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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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消えるインクと城への帰還

 
 春の洗礼式が行われ、自分とあまり変わらない大きさの子供達を横目で見つつ、祭壇へと向かう。わたしを見ながらひそひそと言葉が交わされるのはいつものことだ。今回は洗礼式なので、子供達の言葉は成人式の時よりずっとストレートだ。

 ……そこ、「うわ、ちっちぇえ!」って言わないで。聞こえてるよ! 指差して「見てみろよ」って言わないで。

 動物園の動物になった気分でわたしは歩く。祭壇に上がったら、神官長のお話があり、祝福をしたら、洗礼式は終了である。この間の成人式に来ていたので、扉のところに家族の姿はなかった。

 ……トゥーリも仕事だし、仕方ないね。



「終わったか」
「神官長はこれからまた工房に籠るのですか? ライゼガング伯爵が街から出るまで、わたしと神官長は神殿に籠ることになっているのでしょう? エックハルト兄様から聞きました」

 曾祖父様やライゼガング伯爵は、ライゼガングの血を引いていることになっているわたしと神官長を結婚させて次期領主とし、アーレンスバッハの血を少しでも退けたいと考えていたらしい。
 庇護下に置いていたわたしが領主の養女となったこと、ヴェローニカ失脚後に神官長が還俗し、正式にわたしの後見人となったことなどから、神官長にも領主を目指す気があるのだと思い込んだそうだ。

 ライゼガング伯爵からわたしとの結婚を打診された神官長はヴィルフリートと婚約させることで、曾祖父様達の根回しを打ち砕いたらしい。
 そんな状態で面会謝絶とばかりに引き籠っていて良いのか、と首を傾げていたが、自分達に都合の良い次期領主を決めて暗躍する貴族達を平定するのは、領主である養父様と次期領主としたいヴィルフリートの仕事だそうだ。

「フェルディナンド様に野心があるならば、神殿に戻らず、城にいただろう。ライゼガングの申し出を受け入れて、黙っていれば、勝手に後ろ盾はできて、状況は整ったはずだ。接触を控え、情報の全てを領主に渡し、後のことは全て任せるという姿勢を見せることで、領主への恭順と辞退を示しているのだ。政治には関わらぬことを示すのに、神殿に籠る以上のことはないからな」

 エックハルト兄様は肩を竦め、神官長の籠った工房を見ながらそう言っていた。わたしも「アウブ・エーレンフェストのおっしゃる通りにします」という姿勢を見せるためには、下手に接触せずに神殿に籠っていた方が良いらしい。

「君は神殿にいる方が伸び伸びとしているから、神殿でいるのは特に苦痛ではなかろう?」
「そうですね。苦痛は全く感じません。でも、神官長も同じでしょう? 伸び伸び研究できますものね?」

 青色神官達がきちんと仕事を手伝ってくれるようになってきて、前神殿長が溜めこんでいた仕事がある程度片付いてくると、神官長は神殿にいる方が自由時間を確保しやすくなっている。
 貴族が「神殿の方が落ち着く」など言ってはダメなせいだろう、口は開かなかったが、神官長は少しだけ唇の端を上げて肯定した。

「神殿にいる時くらいは研究に時間を費やしても良いでしょう」
「工房へ籠る前に、君に話しておかなければならないことがある」
「何でしょう?」
「あのインクのことだ。昼食を終えたら、君の工房へ向かう」

 神官長の表情が少しばかり厳しいものになった。何か良くない結果でも出たのだろうか。わたしはフランに今日の予定を聞いて、その場で了承した。



 昼食後、いくつかのインクの入った小瓶を持って神官長がやってきた。わたしは工房の扉を開いて、神官長とエックハルト兄様を迎え入れる。ユストクスは貴族達の状況を見るために城へ行っていて不在だ。
 わたしの護衛騎士であるアンゲリカとダームエルも入ってきた。神官長は護衛騎士達に戸口まで下がるように言って、わたしには盗聴防止の魔術具を差し出した。

「私も同じインクを作ってみて、色々と研究してみたわけだが……」

 神官長はコトンコトンと音を立てて瓶を並べていく。それぞれにラベルが糸で括りつけられていた。ローゼマイン、フェルディナンド、「マイナス1」、「マイナス2」と書かれたラベルを見て、わたしは目を瞬いた。

「名前はわかるのですが、こちらは何ですか?」
「属性を抜いて作った分だ」

 変わったインクができたのは、最終的に加えた金色の粉のせいである。それ以外に変えたところがないのだから、当然だ。神官長は自分の魔力から一つ属性を抜いた物、二つ属性を抜いた物を作って比較していたらしい。

 ……属性を抜くって何ですか? 小器用な……。

「結果として、全属性を持っていなければ、膨れ上がったり消えたりしないことがわかった。ローゼマイン、君も私のインクで試し書きをしてみなさい」

 わたしは差し出された布とペンで試し書きをする。自分で作ったインクと違って、じわりと滲み、少したつともこもこと膨らみ始めた。

「やはり属性と魔力の色や量が似通っていれば、滲みが少ないようだな。全属性であれば、他人のインクを使っても膨らみが出るのも間違いない」

 神官長はわたしの引いた線を興味深そうに見つめる。立てていた仮定が確信に変わったようだ。満足そうに一つ頷く。
 わたしは自分の線を見ながら、首を傾げた。神官長のインクを使うと綺麗な線にはならなかったからだ。

「神官長がわたくしのインクを使った時より滲んでいると思うのですけれど……」
「魔力差だろう。君の魔力の方が低いのだ。自分の魔力で染めた布に自分の魔力で作ったインクで書くのが一番やりやすいに決まっているではないか」

 ……こういう差が出ると、確かに自分の専用の魔術具を作るようになるよね。

 インク一つでもこれだけ差がでるのならば、自分の魔力で自分の魔術具を作りたくなるわけだ。神官長が何でも自作する理由がわかる気がする。

「このインクは刺繍を回避したい君が布を染めるために魔力濃度が高いインクを欲しがったために作ってできた偶然の産物だ」
「そうですね」
「これを使うのは衣装作りの今回のみとし、製法を秘匿する。あまりにも危険な物だからだ」

 神官長は静かにわたしを見据えながら、そう言った。文字が消えても、そこに魔力を止め、魔法陣を起動させることができるインクはいくらでも悪用される恐れがある。
 その言葉に、わたしは一度ゆっくりと頷いて同意する。

「契約魔術の改竄も簡単になりますし、攻撃系の魔法陣を秘密裏に設置するような使い方もできますし、危険この上ないですよね」
「……即座にそのような悪辣な使い方を思いつく君が怖いな」
「でも、神官長も同じようなことを考えたから禁止するのでしょう?」

 神官長は苦い顔をしながら、「そうだ」と頷いた。

「消えるインクとして使いたいならば、全属性を持つ者でなければ作れぬ。使うのも全属性持ちとなる。つまり、王族や中央の上級貴族、各地の領主一族の一部だ。悪用されれば、国や領地がひっくり返る事態に繋がる」

 そんな危険な物を世の中に出す必要はない。神官長の言う通りだ。わたしは危険や争いは嫌いだ。明らかに悪用されそうな物は秘匿しておいても問題ないと思う。

「完全に同意します。わたくしは衣装の刺繍さえ逃れられれば、それで良いのです」
「危険性を理解し、封印に同意してくれるのはありがたいが、婚約済みの女性として刺繍は必須だ。回避するのは良くない。……まったく」

 頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえて、神官長が溜息を吐いた。

「図書館の魔術具の衣装にはこれまでと同じように魔法陣を刺繍しておく。今回のように引継ぎがきちんと行われない事態もあり得るので、君がインクで先に魔法陣を描き、その上から君の魔力で染めた糸で刺繍してもらうと良い」

 他人が刺繍すると効果は落ちるが、先にインクで書いているので問題ない、と神官長は言った。

「もちろん、花嫁修業と魔法陣の勉強を兼ねて、一つは必ず自分で刺繍するように。……返事は?」
「……はひ」

 じろりと睨まれ、刺繍の課題を与えられたわたしは、とほほ、という気分で項垂れた。

 ……結局、刺繍から逃れられなかったよ。

 完成した魔術具を入れておく木箱にインクを納めた神官長がくるりと振り返り、盗聴防止の魔術具を返すように、と言った。内緒話は終わりのようだ。

「エックハルト、ダームエル、アンゲリカ」
「はっ!」
「あのインクの製法は秘匿することに決めた。インクに関すること全て他言無用だ。良いな?」
「はっ!」

 元々覚えていないので問題ないです、とアンゲリカが胸を張って答えた。魔術具の作成を間近で見ていながら、全く覚える気がないアンゲリカの存在は、神官長にとって理解できない存在のようだ。一度ちらりとアンゲリカを見た後、「そうか」と軽く流す。

「そういえば、ローゼマイン」
「何でしょう?」
「フランから報告が来たが、布を染めることに関して下町の商人達と何やらまた変わったことを始めたそうだな」

 報告はフランに任せていたが、何か不備があっただろうか。首を傾げるわたしに、神官長は軽く溜息を吐いた。

「新しい流行に関係があるならば、フロレンツィア様とエルヴィーラには話を通しておくように。後で混乱が起こるぞ」
「わかりました」

 ユストクスが知らせを持って戻ってくるまでの二日間、午後はどっぷりと本を読んで過ごした。ユストクスからの話があるので来なさい、と呼び出しを受けるまでは幸せの時間だった。

「やっとライゼガング伯爵が城を出たそうだ」

 何とか面会を行おうと、わたし達が城に戻るのをギリギリまで待っていたライゼガング伯爵がとうとう帰途についたらしい。

「ローゼマイン姫様が次期領主になるつもりはない、と貴族院で子供達に宣言していたことや元護衛騎士であるイルクナーのブリギッテが姫様の権力欲は薄いことを述べたことが功を奏したようで、ライゼガング以外は姫様を次期領主につけることをひとまず諦めたようです」

 他領へ嫁に出さず、エーレンフェスト内に止められたらそれで良い、という方向になっているらしい。そこには養父様の説得や頑張りがあったようだ。

「城へ戻りましょう。領主会議についての打ち合わせもありますし、下町の整備に関しても話が聞きたいとアウブ・エーレンフェストからのお召がございます」
「わかった。ローゼマイン、明日には戻るぞ」
「はい。……あ」
「何だ?」

 わたしの言葉に神官長が目を細めた。

「わたくしの専属料理人はどうしましょう? 結婚前の女性一人を城の厨房にやるのは心配なのですけれど」

 祈念式まで結婚準備でフーゴは休みだが、エラを一人で城の厨房にやるのは心配だ。わたしのレシピを全て知っている若い女性を一人では置いておけない。わたしの言葉に神官長も頷いた。

「一人になれば、完全に狙われるな。結婚できない状態にされるかもしれぬことを考えると、こちらの残しておいた方が無難だ。レシピの一つか二つを使って交渉し、城の料理人を一人、期間限定の専属として借りれば良いのではないか?」
「そのようなことができるのですか?」
「どうせ祈念式までだ。長い期間ではないし、新しいレシピが手に入るならば、向こうも喜ぶだろう」

 神官長の言い分に従って、わたしはエラを神殿に残すことにした。危険は少ない方が良い。
 エラには城での危険について話をし、神殿に残るように言って、フラン達に荷物の準備をしてもらう。

「いってらっしゃいませ、ローゼマイン様。お早いお帰りをお待ちしております」
「祈念式の準備を頼みますね」

 ロジーナと荷物を乗せたレッサーバスで空を駆け、わたしは城へと戻った。



「おかえりなさいませ、姫様」

 リヒャルダを筆頭に側近が勢揃いして迎えてくれた。護衛騎士の交代が行われ、ダームエルとアンゲリカはお休みに入る。

「どのような情報が入っていますか? 城で起こったことを教えてくださいませ」

 ライゼガング伯爵と親戚筋になるコルネリウス兄様やレオノーレ、ブリュンヒルデ辺りは親や親戚からの呼び出しがあり、色々と事情を聞かれたりもしたらしい。けれど、わたしが最初から「次期領主を目指す気はない」と宣言していたことを述べ、本人の意に染まぬ婚約ではないことを伝えることで、先走っていた貴族達は多少収まったらしい。
 ヴィルフリートは「罪を犯した者が聖女と婚約して次期領主となるのか」という趣旨の遠回りな中傷を受け、落ち込んでいるようだ。

「落ち込んでいらっしゃる坊ちゃまを慰めて、支えてあげてくださいませ。姫様は婚約者になったのですから」
「ヴィルフリート様が消しがたい罪を犯したのは事実ではありませんか。受け止めて、努力し、貴族達を見返す程度のことができない者に次期領主など務まりませんよ」

 ずっとジルヴェスターの側仕えをしてきて、生まれた頃からヴィルフリートを知っているリヒャルダに対して、おそらく一般的な貴族の視線でヴィルフリートを見ているハルトムートの意見は辛辣だ。

「ローゼマイン様を娶る以上、隣に立つのに努力は必須でしょう。見劣りします」
「……その辺りはヴィルフリート兄様がどうなさるかです。ライゼガング伯爵は諦めてくださったのかしら?」

 わたしを次期領主にしたいと考えていることは知っているよ、と伝えた上での情報を求めた。ギリギリまで城に残っていたことから考えても、まだ諦めてはいないと思う。

 親戚筋であり、曾祖父様に見舞いを求められたブリュンヒルデが、その時の様子を話してくれた。わたしの好みを知りたがるような世間話の後、ヴェローニカが神官長を迫害していたように養父様や養母様に迫害されていて、次期領主にはさせぬと脅されているのではないか、と心配していたそうだ。

「わたくしが、ローゼマイン様は神殿育ちで貴族社会に馴染めていないので、次期領主を目指すなど考えていらっしゃらないと申し上げると、非常に感動されていらっしゃいました」
「……感動、ですか?」

 神殿育ちに感動するというのが、これまでの貴族像から理解できないでいると、ハルトムートが苦笑する。

「多大な魔力を持ち、あれだけの功績を上げ、血筋にも全く問題のない姫の何と奥床しいことか、と。聖女という肩書がこれほど相応しい者はない、とおっしゃったそうですよ。……前ライゼガング伯爵のおかげで聖女伝説が加速しそうです」
「育ちなど気にせずにいられるように、全力で支援してくださるそうですよ。ローゼマイン様はお望みではないとお断りしておいたのですけれど、耳が遠くていらっしゃる振りがとてもお上手ですから、どこまで聞いていて、どこまで聞こえていないのか……」

 ……おおぃ、ひいおじいちゃん!?

 わたしが次期領主となれるように、曾祖父様はまだまだ裏で暗躍しそうである。
 情報収集の結果についての話が終わると、ハルトムートが資料を持ってきた。

「貴族院の寮を改造した際の資料をまとめた物がこちらで、城、貴族街を改造した時の資料がこちらです」

 下町の整備について、わたしからの連絡を受けたお母様を筆頭に、ハルトムートとフィリーネはもちろん、ヴィルフリートの文官やシャルロッテの文官が協力し合って、過去の資料を漁り、まとめたそうだ。

「助かります。では、わたくしからも。こちらはギルベルタ商会との話し合いについてで、こちらがグーテンベルクとの話し合いについての資料です。印刷や街の整備に関する物をハルトムートが、染色に関することはフィリーネがまとめてエルヴィーラに提出してください」

 わたしはフランが書いてくれた資料を二人に渡す。神官長に報告するために書かれた物なので、一連の流れが書かれた議事録になっている。その中から、必要な物だけを抜粋して欲しい。
 パラリパラリと資料を捲ったハルトムートが少し目を細めた。

「この資料をまとめたのは神殿の文官ですか?」
「神殿では側仕えが文官の仕事もこなすのです。フランやザームはわたくしに仕えてくれる前はフェルディナンド様の側仕えでした。フェルディナンド様に鍛えられていますから、資料もよくまとまっているでしょう?」
「そうですね。まさか神殿の灰色神官にこのような能力があるとは思いませんでした」

 ハルトムートが真剣な眼差しで資料を捲り始める。
 フィリーネが神殿の灰色神官と言う言葉に反応してわたしを見た。心配そうな表情に聞きたいことがわかって、わたしはフィリーネを安心させるためにもニコリと笑う。

「コンラートは元気になっていますよ。笑顔が増えて、ご飯もよく食べるようになったそうです。わたくしが孤児院へ視察に行ったところ、同じ年頃の子と仲良くなり、字や計算を教えてもらっていました」
「そうですか」

 ホッとしたように胸元を押さえたフィリーネが、何度か瞬きして、首を傾げた。

「……あの、ローゼマイン様。コンラートが字や計算を教えてもらっているというのは?」
「わたくしの孤児院には、カルタやトランプ、絵本がありますし、洗礼前でも子供達は読み書き計算が当たり前にできます。ですから、まだ読み書き計算ができないコンラートは他の孤児達に教えてもらっているのです」

 そう言うと、フィリーネが絶句して目を見開いた。ハルトムートも驚いたようにわたしを見て、目を瞬く。

「ローゼマイン様、それではその辺りの下級貴族よりも、神殿の孤児の方が良い教育を受けているのではありませんか?」

 洗礼式を終えた直後は文字の書き取りが覚束なかったフィリーネがコクコクと頷く。わたしは孤児院の子供達の様子と城の子供部屋の様子を思い浮かべた。

「わたくしは普通の貴族がどのような教育を受けているのか存じませんけれど、洗礼式直後の子供を比べるならば、魔力を除いては中級貴族の子くらいの教養はついていると思います。元々カルタやトランプは孤児院で使っていて、孤児院で成果が出たので、城の子供部屋に取り入れたのですよ」

 もちろん、洗礼式の後の勉強時間や必要とされる知識が違うので、比較するのは難しいけれど、と付け加える。

「神殿を忌避しないのであれば、低価格で下級貴族の子供を預かって教育を与えるくらいは考えても良いのですけれど、神殿へのイメージが良くないですから、難しいでしょうね。神殿教室は今後の課題です」
「神殿教室、ですか?」
「いずれは平民にも読み書き計算を教える予定なのです。十年、二十年単位の計画ですけれど」

 わたしはそう言って話を終えると、手元の資料に視線を落とす。集められた資料の最後には、下町の改造をするために必要な魔力や時間が計算されていた。

 ……数年間はちょっと魔力的に厳しくなるけど、できなくはないのか。

「あの、ローゼマイン様。この染色とは何でしょう?」

 フィリーネの声にわたしは視線を上げた。

「昔のエーレンフェストではあった布の染め方だそうです。シュバルツ達の衣装を作る上で、単色だけでなく、色々な布が欲しいと思ってギルベルタ商会に相談したところ、古い技術があることがわかったのです。その古い技術を蘇らせることができないか、染色工房にお願いすることになりました」

 ザッとまとめるとそういうことになったのだ。絞り染めや蝋結染についてフィリーネに説明するが、実物を知らないフィリーネにはピンと来ないようだ。反応したのはリヒャルダだった。

「絞り染めと蝋結染ですか。懐かしゅうございますね」
「リヒャルダは知っているのですか?」
「成人前はそれを身にまとっているのが普通でしたからね。家の衣裳部屋を探せば、まだいくつか生地が残っているかもしれません」

 主に下賜された物や思い出深い物は捨てられずに大事に残してあるらしい。この辺りで昔流行っていた染めが一体どのような物なのか、一度見てみたい。

「今度見せてくださいませ」
「えぇ、よろしいですよ」

 リヒャルダとそんな約束をしているとブリュンヒルデは少し不満そうな声を出した。

「そのような古い物をどうするのですか? 古い物ではなく、新しい流行を作ってくださいませ」
「ブリュンヒルデ、古い物を利用して、更に新しい物を生み出すのです。上手く使えるかどうかは、職人の腕はもちろん、わたくし達の選択眼にかかっています。ただそのまま古い物を使うのではなく、新しい染めを作りだすのです。流行を広げるだけではなく、ブリュンヒルデも一緒に流行を作りだしませんか?」

 ハッとしたようにブリュンヒルデが軽く目を見張った。
 良い物を見つけ、エーレンフェストから流行を発信することばかりを考えていたけれど、年齢や派閥の上に養母様やお母様がいるため、ブリュンヒルデは自分で流行を作ることは今まで考えていなかったらしい。

「わたくしはブリュンヒルデの選択眼を信頼しています。エグランティーヌ様に差し上げるカトルカールやお茶、リンシャンの香りなどを的確に選んでいたでしょう? 新しく作られた染め物の中から、貴族女性に受け入れられそうな物を選ぶこともできると思いますよ」

 わたしの言葉にブリュンヒルデは誇らしそうに笑って頷いた。新しい流行を作り出すという目標を得た飴色の瞳が強い光を得る。

「わたくしがローゼマイン様に最も似合う布を選んで差し上げますわ。そして、ローゼマイン様と共に新しい流行を作ります」

もこもこインクはシュバルツ達の衣装作りが終わったらお蔵入りです。
この調子で危険そうな魔術具が神官長のお蔵にはいっぱい入っています。
そして、城への帰還。
染め物コンペには強力な審査員が加わりました。

次は、ジル様とお話です。
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