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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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春を寿ぐ宴

 城に戻るとすぐに春を寿ぐ宴になる。冬の社交界は終わり、皆がそれぞれの土地へと戻り、春からの日常が戻ってくるのだ。

「姫様にはこちらの衣装がよいのではございませんか?」
「春を寿ぐ宴ですから、やはりこちらの緑が望ましいと思われます」

 わたしが城の自室に戻るや否や、側仕え達はすでに選んでいたらしい衣装を二つ並べて、わたしに選択を迫ってきた。リヒャルダとブリュンヒルデが広げる衣装を交互に見て、首を傾げる。

 ……わたし、どっちでもいいんだけど。

 二人の目のぎらつきに少しばかり怯んでいると、リーゼレータが横からスッと髪飾りを出してきた。エグランティーヌの髪飾りと一緒にトゥーリから購入した、一番新しい髪飾りだ。

「ローゼマイン様、宴に付けられる髪飾りはこちらでよろしいですか?」
「えぇ、その新しい物を使います」

 わたしが頷くのを見て、髪飾りを持ったリーゼレータがリヒャルダとブリュンヒルデに向かってニコリと笑った。

「この髪飾りに合わせるのでしたら、わたくしは最初にオティーリエが選んでいた衣装が一番似合うと思います。お持ちしましょうか?」
「そうですね。髪飾りは決定ですから、それに合わせて衣装を選んでくださいませ」

 それで衣装が決まったら、靴や小物に関してもそれぞれ許可が求められる。わたしは皆が並べて行くのを見て、許可を出していくだけだ。基本はお任せである。

「ローゼマイン様、商人との会合ではどのようなことが決まりましたか?」

 こちらでは印刷業に携わる上で必要な準備に関しての書類作りが終わっています、とハルトムートが書類を見せてくれる。
 わたしはそれにざっと目を通した後、ベンノと話し合ったことをまとめてあるユストクスの議事録と自分の意見を書いた紙をハルトムートに渡した。

「こちらが商人との話し合いの議事録です。例の特殊技能以外はユストクスを見習うと良いかもしれませんよ。とてもよくまとめられていますから」
「特殊技能は不可ですか?」

 なかなか便利そうだと思うのですが、と呟くハルトムートにわたしは首を振った。

「ハルトムートはダメです」
「何故でしょう?」
「似合わないからです。ユストクスは中性的な顔立ちですし、やや小柄で細身ですけれど、ハルトムートはどちらかというと背が高い方ではないですか。肩幅もしっかりあります。それに、まだ成長期ですよね?」

 ハルトムートは冬の間にもちょっと背が伸びている。多分、まだ伸びると思う。どう考えても女装できるような体型ではなくなるはずだ。

「女装は簡単にできることではありません。ユストクスは昔から自分の趣味として行うために研究に研究を重ねた筋金入りなので、発声、言葉遣い、仕草まで完璧ですが、付け焼刃では不気味なだけです」

 神官長は女装癖のある側近でも構わないのかもしれないけれど、わたしは嫌だ。
 ハルトムートは聖女伝説を盛り上げていこうとしたり、わたしの研究をライフワークにしたり、とすでに結構変なのだから、これ以上は必要ない。

「わたくし、ハルトムートが女装などしたら、解任いたしますからね」
「解任は困ります」

 女装は諦めるか、と肩を落としたハルトムートに、わたしはホッと安堵の息を吐く。後ろでオティーリエとリヒャルダが同じように安堵の表情を浮かべていた。

 皆がそれぞれに忙しいので、わたしは自分のやるべきことを進めることにした。ルッツと約束した通り、本を増やすのだ。そのために、春から印刷する本の原稿を作っておかなければならない。
 貴族院で写本された参考書の原稿を見直したり、途中で止まっていた恋愛小説の続きを書いたりしていると、リーゼレータがシャルロッテからの招待状を持ってきた。

「ローゼマイン様、シャルロッテ様からお茶会のご招待が届きました。明日の午後はいかがでしょう、と」
「特に予定はないのでしょう? お誘いを受けても良いならば、わたくしは参ります」

 春を寿ぐ宴までは特に予定もなかったはずだ。わたしの言葉にリーゼレータが「シャルロッテ様はローゼマイン様のお帰りをずっとお待ちでしたからお喜びになりますよ。すぐにお返事をいたしましょう」と微笑んだ。



 シャルロッテのお茶会にはヴィルフリートも誘われていて、兄妹三人でお茶会となった。よく考えてみると初めてである。
 手土産のお菓子も持参して、和やかにお茶会は始まった。

「祈念式の分担をどうするのか、決めておきたいのです。それによって準備も変わってまいりますから」

 最初に話題に上がったのは、祈念式のことだ。今年もシャルロッテとヴィルフリートはお手伝いしてくれるそうで、わたし達は地図を広げながら担当区分についての話をする。
 ギーベが治める土地へは青色神官が小聖杯を持って行くため、祈念式でわたし達が回るのは直轄地だけだ。四人で分担すれば、非常に範囲が小さくなる。もしかしたら、今年の祈念式はすぐに終わるのではないだろうか。

「わたくしは直轄地の祈念式を終えたら、グーテンベルクを連れてハルデンツェルに向かうことになっています。それに、ハッセの様子も確認したいので、直轄地はハッセから東側を担当したいと思っているのですけれど」
「ハッセの民はお姉様をとても慕っていましたもの。小神殿の者もお姉様のお姿を見れば安心するでしょうから、お姉様は東側で良いのではございませんか」
「うむ。ローゼマインは東側だな」

 直轄地の南をシャルロッテ、西をヴィルフリート、北を神官長に任せることで合意する。後で神官長から許可を得たら、正式な決定だ。

「それにしても、本当に祈念式へと向かうお手伝いをしていただくのでよろしいのですか? 二人も準備が大変でしょう?」
「わたくし、すでに祈念式のための衣装を仕立てておりますから、お気になさらないでくださいませ」

 去年の時点でシャルロッテもわたしのサイズの衣装は着られなくなり、これからもお手伝いをすると決めた時点で祈念式用の衣装を仕立てたらしい。ヴィルフリート兄様はもっと前に仕立てたそうだ。

「ローゼマインの衣装は花の模様が刺繍された服だったからな。祈念式の後、秋の収穫祭にも参加するように、と言われた時点で仕立てたのだ」

 わたしが仕立てていた青い儀式用の衣装は、流水紋に花の刺繍だ。いくら丈をお直ししたところで、ヴィルフリートには不満だろう。急に決まった祈念式はともかく、その後何度も袖を通したい物ではないと思う。

「道中も大変ですけれど、大丈夫ですか?」
「神事の道中で一番大変なのは、あの薬だ。魔力も体力も回復するが味がひどすぎる」

 ヴィルフリートがものすごく嫌そうな顔でそう言った。シャルロッテも何とも言えない顔で同意して頷く。

「えぇ。お姉様もあのお薬を飲んで、祈念式や収穫祭を回ったと神殿の側仕えから伺っております。お身体が弱いのに、このようなお薬を飲みながら、神事を繰り返し、エーレンフェストのために魔力を注いで回るだなんて、お姉様は聖女と言うより、もはや、女神ではないかと思いましたもの。しばらくは何を口に入れてもあのお薬の味がするでしょう? 初めて飲んだ時は叔父様の嫌がらせかと思いましたわ」

 ハァ、とシャルロッテが息を吐きながら、緩く頭を振った。
 シャルロッテについていた神殿の側仕えはフランだったはずだ。フランが準備した薬は、改良版だったと聞いている。改良版を準備したのに、嫌がらせと思われている神官長に苦笑しつつ、わたしは真実を教えてあげた。

「嫌がらせではありませんよ。二人が飲んだお薬はフェルディナンド様の気遣いと優しさの固まりです。改良されて、ずいぶんと飲みやすくなったのですよ」
「あれが気遣いと優しさの固まり、だと?」

 ひくっと頬を引きつらせてわたしを見た二人に、「原液はもっとひどい味です。効果は比べ物になりませんけれど」とニコリと笑って頷くと、尊敬の眼差しで見つめられた。

「ねぇ、お姉様。お兄様とご婚約なさるというお話は本当ですの? わたくし、先日の夕食の席でお父様から伺ってとても驚いたのです」

 シャルロッテにそう問われ、わたしはコクリと頷いた。

「アウブ・エーレンフェストが冗談でそのようなことを言うわけがないでしょう? 本当のことです。領地のためには一番良い選択なのですって」

 領地内の派閥をまとめて、わたしが図書室を獲得し、エーレンフェストで作られる本を確実に手に入れるためには最良の選択なのである。
 シャルロッテは少し顔を曇らせながら、そっとお茶のカップを手に取った。

「……お姉様はわたくしの味方をしてくださると伺っていたので、驚いたのです」
「わたくしはシャルロッテのお姉様ですもの。いつでも味方ですよ」

 頼ってくださいね、と胸を張ると、シャルロッテは「仕方がない」とか「そういうことか」と言いたげな表情で諦めの溜息を吐いた。そして、一度視線をヴィルフリートへと向けた後、わたしを見つめる。

「わたくし、何だかお姉様が心配でなりません」

 ……あれ? 頼って良いよ、って言ったのに、なんで心配されてるの?

「婚約に関しても、お父様やお兄様に騙されていませんか? 例えご本を買ってくださると言われても、つられてはなりませんよ」

 本につられて婚約したのではないかと心配そうなシャルロッテに「図書室をもらう約束をしました」とはとても言えない。
 わたしは思わず笑って誤魔化そうとしたけれど、その前にヴィルフリートがムッとしたようにシャルロッテへと視線を向けた。

「シャルロッテ、私はローゼマインを騙していないぞ。私とて、その話を聞かされたのは、先日だ。ローゼマインはシャルロッテの味方だと聞いていたから、驚いたのはこちらも同じだ。まさか私との婚約に同意するとは考えてもいなかった」

 二人のやりとりを聞いて、やっとわたしは「味方」が何を指すのか悟った。それぞれが次期領主となるための後援を示していたらしい。

「それで、ヴィルフリート兄様はわたくしと婚約することを承諾なさったのですか?」
「うむ。兄妹も夫婦も家族で、似たようなものだ。そのように皆が言っていた。今と大して変わらぬならば、よかろう。……それに、其方がいるかいないかでずいぶん違うらしいからな」

 最後は少しばかり後ろめたそうにシャルロッテを見ながら付け加える。
 ライゼガングを中心にわたしを次期領主に押し上げようとする勢力ができていると神官長から聞いた。エーレンフェストでも最大の土地を持つ上級貴族が動いているならば、ヴィルフリートの側近達もそれを知っているはずだ。
 派閥の分裂を避けてエーレンフェストをまとめ、ヴィルフリートの汚点を埋めるためにわたしとの婚約を成立させようとするのは、ヴィルフリート本人ではなく、むしろ、周囲の者達に違いない。

「周囲に流されるのではなく、ヴィルフリート兄様がよく考えて、ご自分でお決めになられたのでしたら、わたくしは良いと思いますよ」
「其方は良いのか?」
「えぇ、もちろんです」



 婚約に対するヴィルフリートやシャルロッテの言葉を聞いたお茶会があった次の日には、春を寿ぐ宴が開かれた。この宴は冬の社交界の終わりなので、基本的に全ての貴族が揃う場になる。

 神官長から「なるべくギリギリに会場入りするように」と言われていたわたしは、ヴィルフリートとシャルロッテと共に、大広間に最も近い部屋でしばらく待機した後、リヒャルダの合図によって入場した。それぞれが自分の側近を連れているので、結構大きな団体になっている。

 大広間の貴族達は大体の位置が決まっている。舞台が近い、前の方に上級貴族、出入り口に近い後ろの方に下級貴族が集まる形になる。大勢の貴族が集まっている中を、わたし達はぞろぞろと最前列に向かって歩いていく。

 フィリーネは今までずっと後ろの方にいたけれど、今回、わたしの側近となったので、初めて上級貴族に囲まれるような前へとやってくることになった。何とか顔を上げて毅然とした態度を取ろうとしているが、顔は強張っているし、足は震えているのがわかる。

 同じく下級貴族のダームエルが緊張しきったフィリーネの様子に苦笑しながら、少し立ち位置を変えた。周囲の貴族からフィリーネが少し見えにくい位置だ。そういえば、ダームエルの時はブリギッテがそうしてダームエルに向かう視線を少し減らしていたことを思い出した。

「私も同じ体験をしたからわかるが、慣れるしかない」
「……頑張ります」

 ダームエルの言葉にフィリーネが弾かれたように振り返った後、少し安心したように笑った。

 ……うんうん、一緒に働く皆の仲が良いのは嬉しいね。

 わたし達の方へと挨拶をしようと近付いて来る貴族達のざわざわとした雰囲気の中、領主夫妻が入場してきた。
 養父様が壇上でぐるりと大広間の中を見回し、口を開く。

「水の女神 フリュートレーネの清らかなる流れに、命の神 エーヴィリーベは押し流され、土の女神 ゲドゥルリーヒは救い出された。雪解けに祝福を!」

 養父様のそんな言葉と共に、春を寿ぐ宴は始まる。

「まず、今年の優秀者の発表を行う。五名という多くの学生が優秀な成績を収めた」

 おぉ、という称賛の声が上がり、拍手が起こる。
 最優秀を取ったのはわたしだけだったようだが、ヴィルフリート、レオノーレ、コルネリウス兄様、ハルトムートが優秀者として舞台へと上がるように言われた。

「よくやった、ローゼマイン。これは記念品だ。これからの其方に役立ててほしい」

 そう言って笑う養父様からわたしは記念品を受け取った。比較的大きな魔石だ。すごい、と思いながら見ていると、他の者も同じように魔石をもらっているのが見える。

「これからのエーレンフェストを担う者に優秀な者が多いのは、実に喜ばしいことである。皆が切磋琢磨して、更に優秀な成績を収めるように」

 成績優秀者の発表はそんな言葉で締めくくられた。
 元の位置に戻り、わたしは優秀者の顔ぶれを見回し、感嘆の溜息を吐く。

「……わたくしの側近は優秀なのですね」
「優秀にならざるを得ないのですよ」

 コルネリウス兄様が呆れたように肩を竦めて見せた。
 主であるわたしが真っ先に講義を終えて図書館通いをするのだ。護衛騎士も文官も手が空いている者が入れ代わり立ち代わり付き従うことになる。図書館が一日で終わるならば、必死になる必要もないが、貴族院にいる間ずっと図書館に籠るのならば、なるべく早く講義を終えられるように側近も必死にならざるを得ない。

「ローゼマイン様が優秀なのに、側近は……と周囲に言わせるわけには参りませんから、必然的に努力することになります」

 ハルトムートがそう言って目を細める。レオノーレも「釣り合いが大事ですから」と微笑んだ。

「今年は成績向上委員会のおかげでコース毎の連帯が深まり、質問しやすい雰囲気になったのも良かったのですよ」
「……そういえば、成績向上委員会の勝者は騎士コースで良いのかしら?」

 最速でチーム全員が試験合格したチームと最も優秀者が多かったチームにカトルカールのレシピを進呈すると約束した。
 最速で講義を終わらせたのは間違いなく一年生で、優秀者を多く輩出したのも、わたしが最優秀を取ったので、一年生になってしまう。次点で、騎士コースだ。

「騎士コースで良いのではございませんか? 来年は文官コースが取りますから。すでに参考書の準備はできています」

 涼しい顔でハルトムートにそう言われて、わたしはむむっと唇を尖らせる。

「あら、ハルトムート。来年の二年生も準備は終わっているのですよ。簡単に勝てると思われては困ります」
「そうですわ。今年は準備が足りていませんでしたけれど、来年は側仕えコースが取ってみせます。準備を万端に整えるのは側仕えの得意とするところですもの」

 優秀者を一人も出すことなく終わった側仕えコースのブリュンヒルデが、来年こそは、と奮起している。

「張り切っているところ残念だが、来年も騎士コースが取ります。ヴィルフリート様の護衛騎士見習いが魔力圧縮を行うようになり、おじい様の特訓を受けるのです。何より、アンゲリカが卒業しました。これは大きいです」

 コルネリウス兄様の勝ち誇った顔にハルトムートが真顔で「アンゲリカの卒業は痛い」と呟いた。そういえば、騎士コースにハンディキャップとしてアンゲリカからシュティンルークを取り上げるように言ったのはハルトムートだった気がする。

「来年が楽しみですね。フフッ」

 そんなやり取りの結果、成績向上委員会からの賞品であるカトルカールのレシピは、一年生と騎士コースに配られることになった。

 優秀者が発表された後は、貴族院におけるエーレンフェストの成績発表が行われる。領地対抗戦のディッターでは11位だったそうだ。これまでが14位だったことを考えると、かなり成長したと言える。

「ディッターで更に良い成績を上げられるよう、この春からは騎士見習いの教育をボニファティウスが主導で行うことになった。皆、励むように」

 研究発表はヒルシュールのものだが、王族の遺物に関する発表やわたしと同じ乗り込み型の騎獣、紋章付きのシュタープが注目を集めたことが述べられた。
 そして、歓待に関しては、リンシャン、髪飾り、カトルカールが貴族院での流行になりつつあること、他領の領主から取引について話が来ていることが述べられる。

 側仕え達の対応も、まずまずの評価が得られたらしい。例年は評価する者が少ないという状況だったので、これから、更に向上できるだろうと言う。
 エーレンフェストの総合的な順位については領主会議で教えられるそうだ。

「今年はエーレンフェストよりいくつもの流行を発信した。これからは、印刷に関しても少しずつ広げていくつもりなので、そのための協力を求む」

 最後に、貴族院を卒業した新成人のお披露目と、見習いではなく正式に働くことになる彼らの配属発表が行われる。アンゲリカも壇上に上がり、わたしの護衛騎士となったことが発表された。

 春を寿ぐ宴もこれで終わりだ、と空気が緩んだところで、養父様が「エーレンフェストの将来に関わる重大な発表がある」と声を上げた。
 ざわっと大広間にざわめきが広がると同時に、壇上にいる養父様が軽く手を挙げて、わたしとヴィルフリートに上がってくるように、と指示を出す。

「行くぞ、ローゼマイン」

 ヴィルフリートにエスコートされて、わたしはゆっくりと舞台に上がる。一体何があるのか、と注目を集める中、壇の上から集まっている貴族達を見回した。

 おじい様が何だか怖い。歯を食いしばってギリギリしているような顔をしている。お母様は目を輝かせていて、何だか華やいだ雰囲気に見えた。きっと脳内ではわたしとヴィルフリートの恋愛小説ができているに違いない。

 神官長はいつも通りの無表情で静かに周囲の様子を探っている。ユストクスやエックハルト兄様も同じだ。神官長の視線の先には信じられないというように軽く目を見張ったライゼガング伯爵がいて、ユストクスの視線の先にはダールドルフ子爵夫人がいる。
 エックハルト兄様が警戒しているのは、また別の男性だった。着ている衣装から察すると、どこかのギーベではないかと思う。

 ……誰だろう?

 わたしが目を凝らしてよく見ようとした時、養父様の朗々とした声が大広間に響き渡った。

「高く亭亭たる大空を司る、最高神 闇と光の夫婦神のお導きにより、今ここに時の女神 ドレッファングーアの紡ぐ糸は重なった。我が子ヴィルフリートとローゼマインの出会いに祈りと感謝を捧げて 聖なる御加護を賜わらん」

 婚約発表の決まり文句だ。
 大半の貴族にとっては予想外の発表だったのだろう、大広間の中が一斉にざわめいた。周囲を見回し合い、並んで立っているわたしとヴィルフリートを見ている驚愕の表情が壇上からでもわかる。
 広間をぐるりと見る限り、喜びの声を上げている者は少ない。「何故だ!?」という声があちらこちらから上がっていた。

 ライゼガング伯爵は大きく目を見開き、ダールドルフ子爵夫人は口元を押さえている。
 そして、エックハルト兄様が見ていた男性は皆が驚いている中、一人ほとんど表情を動かさずにいた。それがとても目立って見える。ほんの一瞬、目が合った気がした。

「領主会議で王より承認を得る。以上だ」



 貴族達の間に波紋を投げかけて、春を寿ぐ宴は終わりを告げた。
やっと冬が終わって、春です。
婚約発表から始まった新しい季節です。
婚約しても悲しいことに二人の恋の季節の始まりではありません。

次は、文官達との顔合わせです。
+注意+
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