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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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フィリーネの弟

 挨拶だけでひいおじいちゃんは退場していった。命に別条はないらしい。魔力圧縮をしたら、確実にはるか高みに上がられてしまったかもしれないので、これでよかったのだと自分を少し慰める。

 ……ビックリした。わたしの心臓も止まるかと思ったよ。

 曾祖父の退場からしばらくたって、ようやくざわめきが収まり、現在のライゼガング伯爵も挨拶に来た。

「命の神 エーヴィリーベの厳しき選別を受けた類稀なる出会いに、祝福を祈ることをお許しください」
「許します」
「おじい様が驚かせてしまい、大変申し訳ございません。最高神のお招きの前に一目だけで良いので、ローゼマイン様にお会いしたいと、ただそれだけを願っておりました。私もまたローゼマイン様と面識を得ることができて嬉しく思っております」

 現在のライゼガング伯爵は若かった。そうは言っても、カルステッドお父様より少し年上に見える。目が野心に燃えているように見えるのは気のせいだろうか。
 親族なのに、今まで会わせてもらえなかった理由がわかる気がした。多分、ヴィルフリートとの婚約が決定したので許可が出たのではないかと思う。

「では、わたくしの魔力圧縮方法を教えます。そのためにはまず、料金の支払いと契約魔術への署名をお願いいたします」

 わたしはそう言って、金額を徴収する文官と国中を範囲とする契約魔術を管理する養父様を手で示した。契約魔術の用紙に名前を書き込むところは養父様が見張っている。わたしでは顔と名前が一致しない人もいるし、わたし個人ではなく、領主主導で魔力の増加を行っているように見せるためだ。

 参加する者から料金の徴収と契約魔術への署名が終わり、わたしはまたもやダームエルを助手に魔力圧縮の方法を教えていく。
 今回教えるのは三段階だ。実際にやって見せることでイメージしやすくなるようで、圧縮しやすくなったという者が大多数で、布団袋圧縮は初めて見たと言う人ばかりだった。

「やり方を知っていても、最終的にそれぞれの精神力によって圧縮できる量には違いが出ます。……それから、急激な圧縮で魔力濃度を上げすぎると、魔力酔いを起こして気持ち悪くなります。仕事に差し支えないように気を付けて魔力を増加させてください」

 注意事項も忘れずに述べた。これで魔力酔いを起こしても本人の責任である。

「すでに成長を終えた大人であっても、工夫次第で魔力濃度を上げることができるとは……。感心いたしました。自分の内に秘めておく方が有利になる知識を、領地のために自分以外の領主候補生にも教えることができる寛容さに感服いたします」

 ギーベ・ハルデンツェルがそう言って、嬉しそうに目を細めて退室していく。
 難しい顔で、おそらく、魔力圧縮をしながら歩いているのだろうヴィルフリートとその側近を見つけて、わたしは思わず呼び止めた。

「ヴィルフリート兄様」
「どうした、ローゼマイン?」
「ヴィルフリート兄様の護衛騎士達は他の領主一族の護衛騎士達に比べると一歩出遅れています。追いつくために魔力圧縮を頑張ると思うのですけれど、魔力酔いはもちろん、魔力圧縮に集中してしまうことで護衛の任務に差し支えないように、くれぐれも気を付けてくださいね」

 魔力圧縮を行いやすいように勤務形態の見直しをした上で、勤務中には魔力圧縮をしないように命じた方が良いですよ、と忠告しておく。いくら何でも全員が魔力圧縮をしながら行動するのは危険だ。

「うむ、そうだな」

 ヴィルフリートが頷き、護衛騎士達も圧縮を止めたようだ。ぞろぞろと退出していく皆を見送り、わたしは養父様と神官長のところへと駆け寄った。

「養父様、フェルディナンド様、フィリーネを助けに行ってもいいですか?」
「……そういえば、其方の側近が一人来ていないな。だが、助けるとはどういうことだ?」

 養父様が目を細めて、わたしを見る。だが、どういうことだと言われても困る。わたしにわかるのは、今朝のオルドナンツの一件だけなのだ。

「わかりません。朝、オルドナンツが届きました。体調が悪いと言う女性の声の後ろ、少し遠くでお金を返してほしいと訴えるフィリーネの声が響いていました」

 トントンと軽くこめかみを叩きながら話を聞いていた神官長が、軽く目を見張った。

「珍しく飛び出さなかったのだな。少しは成長したのか?」
「側仕えに総出で抑えられましたから。……時間を置いたことで少し頭も冷えました」

 正確には、目の前でぶっ倒れたひいおじいちゃんに思考回路を全部持って行かれた。

「フィリーネの立場を尊重して、困らせないように助けるのはどうすれば良いですか? フィリーネのお金は魔力圧縮を学ぶためのお金です。親は出してくれないので、自分で稼がなければならないと言って、貴族院で情報を集め、写本をし、各地のお話を集め、フィリーネが一生懸命に貯めたのです。これで魔力圧縮を学ぶことができると、喜んでいたのに……」

 子の成長を願うはずの親に邪魔をされるなんて考えたこともなかった。貧しくてお金がなく、親にねだれないからこそ、フィリーネは自力で頑張ったのだ。

「親が子供のお金を取り上げるのか?」
「下級貴族は給金を家に差し出すのは珍しいことではありません。特に未成年で実家に住んでいるとなれば、尚更です」

 フィリーネと同じ下級貴族のダームエルの言葉に、ふぅ、と養父様が溜息を吐いた。

「其方が管理しておけばよかったな」
「そうかもしれません。けれど、頼まれもしていないのに、こちらからお金を預かります、とは言えません。命令になってしまうでしょう?」

 本当は、渡すお金から先に魔力圧縮の費用を抜いておくことも考えた。その方が準備するお金も少なくて楽になると養父様にも言われたのだ。
 けれど、初めて意識して自分で稼いだお金を自分の手にすることは、達成感を得るために必要なことだ。そして、その中から自分のための投資としてお金を払うことで、親のお金に頼るよりずっと真剣に学ぶことができる。お金に対する心構えを教えるために、敢えて現金で渡したのが裏目に出たようだ。

「其方が家庭内の問題に介入するのはどうかと思うぞ」
「フィリーネはわたくしの側近ですから、不利益からわたくしが守らなくてはならないのです。それが主の役目ではないのですか? 貴族院でエグランティーヌ様に守られることで、わたくしはそう学んだのです」
「ふむ。その考え方は間違っていない」

 問題ばかり起こしているようだが、少しは成長しているのか、と神官長が目を細める。

「けれど、どのようにして守るのが正解なのでしょう? わたくしはフィリーネを傷つけることなく、なるべく穏便に済ませたいのです」
「家庭内の問題に其方が首を突っ込むと大事になる。穏便にしたいならば、側近にはもう一度稼がせて、次は預かるようにすれば良いのではないか?」

 神官長はそう言って肩を竦めた。神官長にとっては大したことがない金額でも、下級貴族からすれば大金になるのだ。
 穏便に済ませたいならば触るな、と言われて、わたしはグッと唇を噛んだ時、大根役者の棒読みのような口調で、突然ハルトムートが声を上げた。

「あぁ、大変だ。私としたことが」

 全く大変そうではない口調でそう言って、周りを見回す。

「フィリーネに渡すお金を間違ってしまったようです。フィリーネが持ち帰ったのは、他領の学生に支払うべき金額で、フィリーネに払わなければならないお金をローゼマイン様に預けてしまいました。すぐにフィリーネのところへお金を持って行って交換しなければなりません」

 そんなはずはない。わたしが全てのお金を支払ったし、他領に支払う分も管理しているのだから。
 ハルトムートの言い分がよくわからなくて首を傾げていると、クッと小さく神官長が笑った。

「なるほど。それは大変だな。ローゼマイン、他領に支払うべき金額を其方の側近が持ち帰ってしまったようだが、勝手に使われれば領地間での問題になる。本来、支払うべきであった金額を持って行き、すぐに取り返してきなさい」

 今度は魔力圧縮に使う金額を抜いておくのを忘れるな、と言われ、やっと理解したわたしは大きく頷く。

「領地間の問題に発展しては大変ですもの。すぐに行って、間違えてしまったお詫びをしなければなりませんね」
「フィリーネの父親にも理由を話して同行するように命じておく。お金の準備ができたらここに戻ってきなさい」
「はい!」

 フィリーネの家へと向かう大義名分を得たわたしは即座に騎獣に乗りこむと自室へ飛び込んだ。魔力圧縮を辞退したリヒャルダとオティーリエが目を丸くして、出迎えてくれる。

「リヒャルダ、預けてあった他領へのお金を出してくださいませ」

 リヒャルダとオティーリエに事の流れを説明しながら、お金を出してもらった。その中からフィリーネに支払ったお金と同じ金額を取り出す。そして、フィリーネと同額のお金の中から魔力圧縮に必要な金額と小銀貨一枚を抜き出した。稼ぎの全部を家に入れるのではなく、ほんの少しだけ、フィリーネが自由にできるお金があっても良いと思ったのだ。

「姫様、フィリーネに城の部屋を与えた方が良いのではありませんか? そのように虚偽の報告で仕事を休ませるような継母のいる家庭ではフィリーネ自身に落ち度がなくても、いつか落ち度となってしまいそうです」

 リヒャルダが心配そうな顔でそう言った。確かに、フィリーネのことだけを考えるならば、それが一番だろう。

「……フィリーネが望めば、そうします。でも、洗礼式を終えていない弟がいると言っていましたから、城に入るのは嫌がるかもしれません」

 わたしはフィリーネの家族に渡すためのお金をハルトムートに持たせると、騎獣を出した。

「行きましょう」

 さすがに下級貴族の家に側近全員で押しかけるわけにはいかない。城外に出るため、護衛騎士は全員連れていくことになるが、文官と側仕えからは、機転と目端が利くリーゼレータとハルトムートを連れていくことにした。

「わたくし達は一応フィリーネのお部屋を準備して待っています。必要になった時に準備できていないようでは困りますから」
「お願いするわ、ブリュンヒルデ」

 貴族院で側近として一緒に活動してきたブリュンヒルデは上級貴族でもフィリーネを可愛がってくれている。心配しているのがよくわかる飴色の瞳に見送られ、わたし達は神官長が待つ部屋へと戻った。

「お待たせいたしました、フェルディナンド様」
「こちらの事情説明は済んでいる。ローゼマインが渡し間違えてしまったようで、迷惑をかけるな、シッカーク」

 呼び出されて恐縮しまくっている下級文官に声をかける。顔色を変えて、ただひたすら従順であることを己に課しているようなフィリーネの父親にわたしもお金を渡し間違えてしまったことをお詫びする。

「本当に申し訳ないことをいたしました。金額が足りなければ、領地間の問題になってしまいますもの」
「そ、そのようなことが……」

 魔力圧縮に関係する情報収集が忙しくて、冬の間はほとんど寝るために帰るだけだったため、現在、家の中で何が起こっているのか知らないそうだ。
 領地間の問題になりそうなことに自分の家庭が関わっていると聞かされて、血の気が引いているシッカークに案内を任せると、それぞれが騎獣に乗って、フィリーネの家に向かう。わたしの失態を詫びるために後見人である神官長も一緒だ。

「あちらでございます」

 下級貴族の家が集まる貴族街の南にフィリーネの家はあった。城の広大さを考えると比べ物にならないが、平民に比べれば、ずいぶんと広くて綺麗な家である。少なくとも、これだけの人数を招き入れることができるのだから。

「まぁ、ようこそいらっしゃいました」

 後妻と聞いていただけあって、フィリーネの継母はずいぶんと若い女性だった。疲れているのが顔に出ているのは、夏に生まれたばかりの赤ちゃんがいるためだろうか。

「ヨナサーラ、急ぎの用件なのだ。フィリーネが大金を持って帰ってきたそうだが、知っているか?」
「……あの娘が何かしたのですか? 昨日、自分はローゼマイン様の側近だなんて嘘を吐いて、大金を持ち帰ったのでおかしいとは思ったのです。下級貴族がローゼマイン様の側近になれるわけがございません。子供部屋で誓いを立ててお断りされたのを直視できずに妄言を吐いているのです。本当に困ったこと」

 ヨナサーラは本当に忌々しそうにそう言った後、わたしに迷惑をかけたことを丁寧に詫びた。

「ヨナサーラ、誤解しているようなので訂正しておきますけれど、フィリーネはわたくしの側近です。貴族院で正式に任命いたしました」
「……え?」

 信じられないと言うように目を見開いたヨナサーラを見つめて、わたしはゆっくりと首を傾げた。

「フィリーネは嘘など吐いていません。わたくしの側近です」
「そんな……そんなはず……」

 目を見開いて軽く頭を振るヨナサーラを見ながら、わたしはニコリと笑う。

「お見舞いをさせてくださいませ。そして、フィリーネの責任ではないことを説明して、昨日のお金を返してもらわなければなりません」
「そ、そのような……あ、あの子はまだ臥せっていますから、お体が丈夫ではないローゼマイン様をお通しすることなどできません。お急ぎのようですから、お金はすぐに持って参りますね」

 見るからに怪しい慌てぶりに、わたしは神官長に視線を移す。神官長はハルトムートへと視線を移して、ほんの少し顎を上げた。ハルトムートに行かせろという意図を読み取って、わたしは小さく頷く。

「ハルトムート、ヨナサーラと共に向かい、間違いなく金額があるかを確認してください。リーゼレータ、わたくしの代わりに臥せっているフィリーネを見舞って心配することはないと伝えてくださいませ」
「ローゼマイン様……」
「わたくしの体をご心配くださって嬉しく思います、ヨナサーラ。でも、わたくしはここで待機しておりますから、大丈夫ですよ」

 わたしは笑顔を深めてそう言った。
 自分が行けないなら、側近を使えばいいじゃない。フィリーネに対するヨナサーラの悪意を見つけた以上、フィリーネの安全を確認するまで帰るつもりなどないのである。

 ハルトムートとリーゼレータ、そして、二人の護衛としてダームエルとユーディットを付ける。お金の確認をする以上、複数の目があった方が良い。

 ぞろぞろと応接室から出て行くのを見送って、少したった時、離れたところからものすごい物音と悲鳴が聞こえてきた。思わずお尻を浮かせかけたわたしをテーブルの下で手を伸ばした神官長が止める。
 同時に、アンゲリカとエックハルト兄様が武器を手に警戒態勢を取った。

「大変申し訳ございません。すぐに確認して参ります」

 シッカークがそう言って応接室を出て行くのと、「退いてください」というダームエルの鋭い声が響くのはほぼ同時だった。

「フィリーネ!」

 ダームエルのマントに包まれた状態で抱き上げられて、応接室へと入ってきたフィリーネの顔には手をあげられた跡があり、若葉のような瞳は絶望と涙に濡れていた。そして、その後ろからリーゼレータは満足に世話をされていないのが一目でわかる、4~5歳の男の子を連れてくる。

「フィリーネ、一体何があったのです?」

 わたしが声をかけると、フィリーネはゆっくりとわたしを見て、ハッとしたように目を見開いた。

「ローゼマイン様、お願いいたします。わたくしの弟、コンラートを助けてくださいませ」

 フィリーネが涙ながらに話し出したのは、継母による弟の虐待の話だった。
 コンラートの魔術具が継母に取り上げられたと言う。魔術具は貴族の子として生まれた時に贈られる物で、子供の魔力を吸い出し、貴族院に行くまでに魔石に溜めていくための大事なものだ。

 その魔術具を取り上げ、魔石と魔力を全て吸出し、登録されていたコンラートの魔力を取り消して初期化し、生まれた継母の子の魔術具にしてしまったのだと言う。継子の魔術具を準備できるだけのお金はなく、これまでは空の魔石に魔力を移していたのだそうだ。
 社交界で忙しくフィリーネの父が不在で、フィリーネが貴族院から帰らないからこそできたことだそうだ。

「このままではコンラートが死んでしまいます! もう魔力がいっぱいで……」
「だが、これは一家庭の事情だ。領主の娘であるローゼマインの管轄する話ではない」

 わたしが口を開くよりも早く、神官長がそう言った。よく考えて物を言え、と私とフィリーネの両方に釘が刺されているのがわかって、わたしはグッと奥歯を噛みしめる。

「えぇ、そうです。家庭問題です。ローゼマイン様のお耳に入れるようなことではありません。フィリーネ、いくら側近に選ばれたからといって、思い上がるのではありません。身分を弁えなさいませ」

 我が子を抱いたヨナサーラがそう言うけれど、部屋に入って来ようとはせずに扉の近くで止まる。我が子と魔術具を大事に抱えて警戒心も露わな顔で、わたし達をぐるりと見回した。

 だが、家庭内の問題と言われても、魔術具がなければ魔力が溢れて死んでしまうのは貴族も身食いも同じだ。わたしはあの熱に食われていくような熱さの中死んでいく感覚をよく知っている。

「フェルディナンド様、わたくしがフィリーネの弟を死なせたくないと思うのは間違っているのでしょうか?」
「洗礼式も終えていないその子供は数のうちに入らない」

 以前にも何度か聞いた言葉に、わたしは一度目を閉じる。その考え方にはどうしても馴染めない。そこにいて、生きている命を数に入らないとは、わたしには考えられない。
 わたしは家庭問題の当事者であるシッカークに視線を向ける。

「家庭問題ですから、わたくしが口を挟んでも良いことではないでしょう。それでも、わたくしは子供が死ぬかもしれないのを見過ごすことはできません。シッカーク、貴方はこのような状態になっているのをどう思っているのですか?」
「……そのようにしたいと妻から聞いてはいましたが、すでに強行しているとは思いませんでした」

 けれど、そのようにしたいと相談を受けたところで、新しい魔術具を買い与えなかったところで、すでに結論は出ている気がした。子供のうちのどちらかは育たない。

「では、どうするのですか? 新しい魔術具を購入しますか?」
「そのような余裕、当家にはございません。魔力の高い跡取りを優先させていただきます」
「お父様!?」

 フィリーネは悲鳴のような声を上げたけれど、シッカークは声に出して宣言したことで、はっきりと決めてしまったようだ。
 貴族ならば、魔力の高い方を優先するのは当然なのだろう。悲しげに目を伏せるだけで、わたしの側近は誰も何も言わない。

 シッカークの言葉を聞いたヨナサーラは、我が子とコンラートから奪って魔力の登録をし直した魔術具を大事に守るように抱えて、ホッと安堵の息を吐いた。その表情が何よりも大事な我が子を守る母親のもので、わたしはひどく複雑な気分になる。

 貴族の子にとっては生命線である魔術具を奪われ、父に切り捨てられたコンラートは呆然としていて、フィリーネは大粒の涙を流しながら死を宣告された弟をじっと見つめる。

「そんな……では、コンラートは……」
「わたくしがいただきます」
「ローゼマイン様?」
「このまま最高神のお導きにより、はるか高みへと続く階段を上らせるならば、神の家に住んでも同じことでしょう」

 わたしの言葉にシッカークとヨナサーラが、それは困ると言いたげに顔を歪めた。

「残念ですが、ローゼマイン様。我が家には青色神官としての生活を整える余裕もないのです。これからどんどんと物入りになりますから。……ローゼマイン様の側近となるのは光栄でも、それに相応しく身の回りの物を揃えることさえ簡単ではございません。辞退をお許しくださいませ」

 ヨナサーラの言葉を聞いたフィリーネが悲しげに目を伏せる。それは冬の子供部屋で絵本を諦めていた時の顔と同じだった。ずっとこうして何もかもを我慢してきたのだろう。

「わたくしは自分の側仕えを守る義務があります。フィリーネには城の一室を与えますし、仕事に必要な物は貸与しますから問題ありません。フィリーネ、家庭に負担をかけないように城で住むように。わたくしはフィリーネを手放すつもりはないのです。リーゼレータと一緒に身の回りの荷物をまとめていらっしゃい」

 一瞬嬉しそうに顔を輝かせたフィリーネがコンラートを見て、後ろめたそうに顔を伏せる。

「フィリーネ、コンラートは神殿で引き取ります。死ぬことはありません」
「ローゼマイン様もこうおっしゃっているのです。参りましょう」

 リーゼレータに何度か促され、フィリーネは心配そうに何度もコンラートを振り返りながら、重い足取りで荷物をまとめに行く。

「コンラート、貴方に癒しをかけても良いですか?」
「ローゼマイン様、そのようなもったいないこと……」
「シッカークには聞いていません」

 わたしはコンラートと視線を合わせるようにしゃがむ。満足な世話をされておらず、いくつも叩かれた跡がある、自分よりも小さな男の子だ。

「痛いのは嫌ですよね?」

 そう言ってわたしはシュタープを出した。その瞬間、コンラートの顔がひどく強張って、逃げようともがきだした。どうやら、シュタープで魔力の攻撃を受けたことがあるようだ。
 わたしはすぐさまシュタープを消して、ヨナサーラを見た。

「家庭内の問題ですわ。子供の躾です」

 薄ら微笑みながらヨナサーラは言った。悪いことだとは思っていないに違いない。
 わたしはシュタープを使うのを諦めて、指輪にゆっくりと魔力を込めていく。

「水の女神 フリュートレーネの眷属たる癒しの女神 ルングシュメールよ 我の祈りを聞き届け 聖なる力を与え給え 傷つけられし幼子を 癒す力を我が手に 御身に捧ぐは聖なる調べ 至上の波紋を投げかけて 清らかなる御加護を賜わらん」

 指輪から緑の光が出て、コンラートを包み込み、傷を癒していく。目を見開きながらコンラートは自分の体を見つめ、「痛くない」と小さく呟いた。

「わたくしはローゼマイン、コンラートのお姉様の主です。コンラートに魔術具はもうありません。これからどうしたいですか? ここでこのまま魔力の熱に呑み込まれて死にたいですか? それとも、神殿の孤児院で生きていきますか?」
「ローゼマイン様、我が家には青色神官を……」

 ヨナサーラが声を上げた瞬間、コンラートがビクッとなった。わたしは軽く手を動かして、ヨナサーラを黙らせる。

「わたくしは一言もコンラートを青色神官として受け入れると言った覚えはございません。親のない子、灰色神官として受け入れるのです。こちらの家とは全く無関係になります。本当に死んだものと思ってくださいませ」
「ま、まぁ、そうですの。関係がなくなるのでしたら、わたくしはそれで良いのです」

 突然機嫌が良くなったヨナサーラをコンラートが驚いたように見て、わたしを不思議そうに見た。

「孤児院に来るならば、ご飯も、清潔な寝床も、教育も与えます。少なくとも、このようにひどくぶたれるような生活はさせません。けれど、貴方がこのまま家で死にたいと願うならば、わたくしはそれを受け入れます。おいしいご飯を食べたいと思いませんか?」

 しばらく迷いを見せ、あちらこちらに視線をさまよわせたコンラートは最後にわたしに視線を止めて、口を開いた。

「……お腹、空いています」
「そう。では、フィリーネの準備ができたら、一緒に参りましょう」
フィリーネのお宅に突撃訪問です。
予想以上にひどい状態にローゼマインは唖然。
フィリーネとコンラートはもうウチの子ですって心境です。

次は、神殿へ。
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