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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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王子と面会

 5の鐘が鳴るとアナスタージウスと面会だ。昼食を終えたわたし達は、リヒャルダが準備してくれていたお土産の数々を持って出発する。もちろん、運ぶのは側仕えや文官達の仕事で、わたしは一生懸命に歩くのが仕事だ。優雅に美しく、そして、体力の配分を忘れない。貴族院の中で歩くのは、わたしにとって結構大変なのである。

「ねぇ、グードルーン。フェルディナンド様も学生時代はやはり王族のお招きを受けていたのですか?」
「……そうですね。何度かお供したことがございます。フェルディナンド様は王子だけではなく、王女の招きも受けてフェシュピールの披露をされていました」

 音楽の先生方のお茶会に招かれ、王女に気に入られて呼びつけられていたとグードルーンは教えてくれる。領主候補生でなければ、専属楽師にしたかったそうだ。

「誰しも似たような経験をするのですね」
「姫様、何やら誤解されていらっしゃるようなので、訂正しておきますが、王族の自室に招かれるというのは、誰しもが経験するようなことではございません」

 グードルーンは呆れたような顔でそう言ったけれど、わたしも神官長も招かれているし、アナスタージウスのあの言い方ではエグランティーヌも何度も招かれているはずなので、それほど珍しいことではないと思う。

「せっかくですから、今日はアナスタージウス王子に開かずの図書館について伺ってみましょう」
「姫様?」
「場所を知っていれば、開けてくださるかもしれません」

 王族にしか開けられない書庫ならば、王族に頼んでみればいいじゃない、とわたしが素晴らしい思い付きを口にすると、グードルーンがぎょっとしたような顔でわたしを止めた。

「そのような質問はお止めくださいませ、姫様」
「……何故ですか? 王族しか開けられない書庫ならば、王族にお話を聞くのが一番早いでしょう?」

 わたしが首を傾げるとグードルーンは深々と溜息を吐いた。

「ローゼマイン姫様、開かずの書庫は貴族院の不思議話の一つでございます。嘘か本当か、出所さえ不明な噂話です。王族の耳に入れるような話ではありません」
「……つまり、貴族院の七不思議のようなものですか?」
「何故七不思議なのですか? あとの六不思議は何でしょう?」

 学校の不思議話は七不思議と相場が決まっているからだ。理由も他の六不思議もわたしは知らない。

「わたくしは存じませんけれど、グードルーンは他にも知っているでしょう?」
「わたくしが覚えている貴族院の不思議話は二十ほどあります」
「二十不思議……。多いですね」
「学生達が面白がって増やし、似たようなものは統合され、改変され、どんどん形を変えていくのです。開かずの書庫だけではなく、卒業式の夜に踊る神の像、時の女神が悪戯をする東屋、ディッター勝負を始めるゲヴィンネン……いくつかは耳にしたことがございませんか?」

 グードルーンが指折り数えていく不思議話について、コルネリウス兄様達は顔を見合わせて、その後、ゆっくりと首を横に振った。高学年のコルネリウス兄様達が知らないということは、あまり話される話題ではないのかもしれない。
 目を丸くしたグードルーンが「このようなところにも政変の影響が出るのかもしれませんね」と小さく呟いた。



「ローゼマイン様、ようこそいらっしゃいました。……本日はお顔の色がよろしいようで、安心いたしました」

 アナスタージウスの筆頭側仕えのおじいちゃん、オスヴィンがわたしを見て、安堵したように頬を緩ませた。そういえば、前にここでぶっ倒れた後は、一度も顔を見せることなく、お見舞いの返事と同時にエーレンフェストへの帰還報告をしたのだった。

 わたしが色々とやらかしすぎて帰還命令が出たのだが、そんな内情がわからなければ、王子に呼び出されて体調を崩したため、エーレンフェストに戻ったようにも見える。オスヴィンはずっと心配してくれていたのだろう。

「よくあることなので、もう大丈夫です。アナスタージウス王子だけではなく、皆に心配をかけてしまったのですね」

 オスヴィンに案内されて、アナスタージウスが待っている部屋へと案内される。来客を持て成すための椅子に座り、待ち構えていたアナスタージウスが席を勧めてくれた。

 ……あれ? 何だか王子がキラキラしてる?

 元々アナスタージウスの金髪は豪奢なものだったが、艶が増している。もしかしたら、エグランティーヌから少しリンシャンを分けてもらったのだろうか。そんな邪推をしてしまうくらい艶々だ。
 それに、見た目だけではなく、以前に呼びつけられた時とは違い、焦りやそわそわした感じが完全に払拭されていて、どっしり構えているというか、自信たっぷりに見えた。穏やかな雰囲気さえ見えて、同じ顔の別人かと一瞬思うほど、雰囲気が違う。

「ずいぶんと長い帰還だったな。待ちかねたぞ」
「申し訳ございませんでした。けれど、その甲斐あって、エグランティーヌ様に捧げる髪飾りは良い品ができあがりましたよ」
「そうか」

 今すぐに見せろと言うのかと思えば、アナスタージウスはグレーの目を嬉しげに細めて、お土産の数々を側仕え同士がやり取りし始めたのを見遣っただけだ。

「わたくしが不在の間に何かございましたか?」
「何かとは?」
「いえ、何だかずいぶんと雰囲気が変わって見えたので、エグランティーヌ様との関係に変化があったのか、と思ったのです」

 男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉が頭を回った次の瞬間、余裕たっぷりの態度が崩れた。

「何だ。それほど気になるのか? (なり)は幼くても女性というのは本当に恋愛の話が好きだな。……そうだな。其方の運んできた情報で一気にことが動き出したわけだから、少しくらいは教えてやっても良いぞ」

 ……ものすごく長くなりそうなので、結構です。

 そう言いたかったが、口には出せなかった。アナスタージウスがキラリとグレーの瞳を輝かせ、「さぁ、聞きたいと言え」と無言で圧力かけてきたからだ。ついでに、グードルーンまで「聞きたいです、姫様」と目配せを送ってくる。空気を読むしかなかった。

「とても気になりますわ。ほほほ……」
「ふむ。では、教えてやろう。そうは言っても教えられる部分だけだ。詳しく言えぬところが多いからな」

 得意気に笑いながら、アナスタージウスが口を開く。誰かに言いたくて仕方がなかった顔をしている。

「其方と話をした後、私はエグランティーヌと二人で話をした。其方の忠告を聞き入れ、エグランティーヌが望んでいること、自分が望んでいることを確認するため、人を介さずにきちんと話し合ったのだ」

 そこでエグランティーヌが何故突然そのようなことを言いだしたのか、と訝しげに問いかけてきたそうだ。図書館から連行されるわたしの姿は多くの学生に見られていたようで、わたしの関与をエグランティーヌはすでに知っていたらしい。
 嘘を吐いても仕方がないので、アナスタージウスは正直にわたしと話したことを告げた。間に人を介しすぎて、心が通じていないと指摘された、と。

 そして、エグランティーヌの望みを聞きだし、それを実行するために、それから先の土の日や講義を終えてできた余暇を使って、王城やクラッセンブルクへと動き回り、エグランティーヌのために奔走していたらしい。

「まだ発表されていないので、詳しいことは言えぬが、エグランティーヌの喜ぶ顔は見られた。私が初めて見るような笑顔で、まさに光の女神と見紛う美しさであった」

 そう言いながら、アナスタージウスが表情を綻ばせる。今まで見たことがないような優しい笑みで、全身からエグランティーヌへの愛しさがダダ漏れだ。正直とても居た堪れない。これ以上の惚気なんて聞きたくない。

「つまり、努力の甲斐あって、アナスタージウス王子は見事エグランティーヌ様のエスコートの座を射止めたのですね?」
「そうだ。先代のアウブ・クラッセンブルクを説得するのが一番大変だったのだ。本当に何度もエグランティーヌと足を運んで……あぁ、すまぬ。詳しいことは言えぬことになっている」

 ……もう聞きたくないです。

 誰かに喋りたくて仕方がなさそうなアナスタージウスだが、エグランティーヌのエスコートができるならそれでよい。髪飾りが無駄にならなかったし、この二人がうまくいったのならば、エーレンフェストに損はないだろう。

「では、エグランティーヌ様のために準備した髪飾りをご覧くださいませ。わたくしの専属が腕によりをかけて作った最高傑作ですよ」

 強引に話を打ち切って、わたしはグードルーンへ目配せして髪飾りを持って来てくれるようにお願いする。
 音を立てないように配慮してテーブルに置かれた木の箱を丁寧にそっと開けて、わたしは髪飾りがアナスタージウスからよく見えるように箱の方向を変えて差し出した。

「こちらが髪飾りです。エグランティーヌ様によく似合う雰囲気に仕上がったと思うのですけれど、いかがでしょう?」

 エグランティーヌの好きなコラレーリエという百合に似た花の飾りだ。大輪の花を春の訪れを感じさせる緑の葉が彩っていて、周囲を飾るレースが繊細な華やぎを加えている。
 卒業式の日にエグランティーヌが着る衣装がゲドゥルリーヒの赤だと聞いていたので、それに合わせた色になっている。花芯に近いところはややオレンジがかった赤で、花弁の先に向かうほど赤くなっていくという手の込んだ髪飾りだ。

 箱から髪飾りを取り出して、アナスタージウスが目を細めながら検分する。グレーの瞳が真剣な光を帯びて、髪飾りを様々な角度から見つめる。
 王族のお眼鏡に適うのか、緊張にコクリと唾を呑み込みながら、わたしは評価の言葉を待った。

「其方が付けている飾りよりもずいぶんと豪華だな」
「わたくしの髪飾りは普段使いの物です。成人を迎える卒業式に飾る、正装に合わせた物とはまた違います」

 それに、今のわたしにその髪飾りでは、コラレーリエの花の方が豪華で大きすぎて、絶対に負けてしまうだろう。これはエグランティーヌに似合う飾りなのだ。

「どうでしょう? お気に召されましたか?」
「あぁ、いいだろう。この飾りならば、素晴らしくエグランティーヌの美しさを引き立てるに違いない」

 アナスタージウスは満足そうに頷いた。王族の口から「素晴らしい」という言葉が出たことにわたしは思わず満面の笑みを浮かべた。

 ……やったー! トゥーリ、王子に素晴らしいって言ってもらえたよ! わたしのトゥーリ、すごいよ! あぁ、皆に自慢したい。

 テーブルの下でグッと拳を握って、湧き上がる興奮を堪えていると、アナスタージウスに「表情を抑えろ」と言われた。慌てて頬を押さえてみるが、によっと上がっていく口元が元に戻らない。

 オスヴィンが髪飾りを箱に戻し、丁寧に蓋をして、持ち去っていくのと入れ替わるようにして、グードルーンがわたしの前に楽譜を置いた。「頭を切り替えろ」と指示するように目を細めたのを見て、やっと興奮が収まってきた。

「アナスタージウス王子、光の女神に捧げる曲はいかがいたしましょう? やはり、わたくしではなく、アナスタージウス王子からエグランティーヌ様に捧げられた方が良いと思うのですけれど……」
「そうだな。最初に言った通り、私が買い取ろう。オスヴィン」

 オスヴィンが進み出てきて、グードルーンとやり取りを始める。その間、アナスタージウスは楽譜に目を通し、満足そうに頷いた。神官長とロジーナが編曲して、見事に作り直してあるのだ。問題はないと思う。

 その後はエグランティーヌの可愛さや貴族院における些細な日常の話を交わして、面会を終了しようとした……ら、グードルーンに咳払いをされた。

 ……まだ何かあったっけ?

 グードルーンは王子には見えない角度でスカートに隠すようにして、手をチョキの形にした。そして、指をぴくぴくと動かす。

 ……シュバルツとヴァイス!

 そういえば、出発前に「領地対抗戦に図書館の魔術具に関する研究発表をしても良いのか、王子に尋ねてくださいませ」と言われていた。すっかり忘れていた。

「あの、アナスタージウス王子。最後に一つお伺いしたいのですけれど、領地対抗戦でエーレンフェストの文官達が図書館の魔術具、シュバルツとヴァイスについての研究発表をしたいそうです。王族の遺物に当たるのですが、発表しても問題ありませんか?」
「あぁ。特に問題はなかろう。何か新しい発見でもあったのか?」

 アナスタージウスの言葉にわたしは「わかりません」と口を開きかけて、一度噤むとゆっくりと首を傾げた。

「詳しくはヒルシュール先生にお願いいたします。わたくし、エーレンフェストから戻ってまだ日が浅く、全てを見せていただいているわけではございませんから……」
「またヒルシュールか。エーレンフェストは寮監ではなく、学生の展示を増やした方が良いぞ」

 呆れたようにそう言われ、わたしとしては言葉もない。

「来年はあっと驚くような研究発表を学生達からできるように全力を尽くします」
「……あまり期待はせずに待っておこう」

 アナスタージウスから下がるように指示が出て、わたしは面会を終えた。



「わたくしを姫様に付けたフェルディナンド様のお心がよくわかる面会でした」

 寮に戻ると同時に、グードルーンがゆっくりと息を吐いてそう言った。

「え?」
「王子を相手に姫様が何を言い出すのか、どのように返事を返すのか、全く予想が付かない上に、事前に打ち合わせたはずの事も忘れてしまうようですし、とてもハラハラいたしました。姫様には社交をさせずになるべく隔離しておきたいとおっしゃっていたフェルディナンド様のお言葉を今、わたくしは噛みしめているところです」

 無事に終わって良かった、という言葉が滲み出ているグードルーンの声に、わたしは非常に不安になった。

「……グードルーン、わたくしの社交はそれほどダメなのですか?」
「一見普通にこなせそうに見えるところが一番困るのです。受け答えも大半は問題ありません。けれど、開かずの書庫の話を王族に向かってしようとしたり、事前の打ち合わせをうっかり忘れたり、姫様のなさる失敗は致命的なものに繋がる気がいたします。側近はかなり気を配らなければなりませんね。側近の教育についてもフェルディナンド様に進言しておきましょう」

 騎士見習い達はおじい様の教育を受けて、文官見習い達は神官長の教育が入るようになるかもしれない。貴族院に広がっている神官長伝説を知ってしまった側近達はひくっと表情を引きつらせた。

 これからすぐにグードルーンはリヒャルダと交代して、エーレンフェストに向けて報告書を書くと言う。

「おかえりなさいませ、姫様。エーレンフェスト主催のお茶会の招待状に返事が戻ってきております」

 交代したリヒャルダが手にしていたのは、招待状の返事だった。すでに話し合いをするための部屋が準備されていて、わたし達はすぐさま返事のチェックを始めた。
 全員参加のお茶会になりそうだった。部屋の大きさの関係上、参加者は各領地代表者一名に限らせてもらったけれど、側仕えや護衛騎士が一緒なのだから大変な人数になる。

「これだけの人数、本当に大丈夫なのか?」

 コルネリウス兄様が心配そうな声を出すと、ブリュンヒルデが飴色の瞳を強気に光らせる。

「領地対抗戦の前哨戦だと思えば良いのです。各領地一名に限っているのですから、当日よりずっと楽ですわ。当日はアウブ夫妻だったり、貴族であったり、おそらくもっと多くの来客がいらっしゃいます。ユストクスの言う通り、どれだけ準備していても足りないかもしれませんね」
「こちらの厨房では作れる数に限度があるでしょう? どうしましょうか?」

 リーゼレータの言葉にわたしはうーんと考えこんだ。

「エーレンフェストに依頼書を送って、領地対抗戦の前日には城の厨房もちろん、カトルカールを販売しているオトマール商会にも注文して、荷物として貴族院へ送っていただきましょう」

 早目にエーレンフェストの養父様達に向けて依頼を出しておかなければ、どう考えても貴族院に送られている物資では足りない。注文数や金額の計算を側仕えに任せ、わたしはどのようにして大量の人達を捌くのか考えることにした。



 そんな大規模なお茶会までの間にエグランティーヌからの呼び出しもあった。アナスタージウスにもらったエーレンフェストの髪飾りの付け方を教えてほしいと言われては向かうしかない。

 エグランティーヌのところは男性禁止である。ハルトムートとコルネリウス兄様はお留守番だが、ユストクスはグードルーンとなってついて来るらしい。グードルーンが同行することを知った時にハルトムートの目が非常に気になった。

 ……ハルトムートが変な道に突き進みませんように。

「お忙しい中、お呼び立てしてごめんなさい。でも、卒業式までに伺っておかなくてはならないものですから」

 エグランティーヌは輝くような笑顔で出迎えてくれた。アナスタージウスではないが、本当に光の女神を見紛うような美しさだ。元々美しい少女だったのに、恋する乙女というか、愛されている女性特有の幸せそうな華やかさが加わり、無敵状態になっている。

「このような見事な髪飾りをいただけて、わたくしはとても嬉しかったのですけれど、またアナスタージウス王子が無理をおっしゃったのではないか、それがとても心配だったのです」

 優しいエグランティーヌはアナスタージウスの無茶振りではないか、と心配してくれていたようだ。わたしはニコリと笑って首を振る。

「わたくしがお勧めしたのです。エグランティーヌ様にとても似合うと思ったので……」
「まぁ。……では、付け方を教えていただいてもよろしくて?」

 髪飾りの付け方をレクチャーするのに、わざわざ当日の衣装を着てくれることになった。髪飾りの色が合うのかどうか、エグランティーヌ自身も見てみたかったらしい。

「どうかしら?」
「とても美しいです。アナスタージウス王子でなくても、心奪われるに違いありません」

 豊かな金髪を成人らしく結い上げた首周りの白い肌を赤の衣装が引き立てていた。豪華な刺繍がされた長い袖を揺らしながら、普段と違って髪がない首元を気にするようにエグランティーヌが手を伸ばす。

「こちらの刺繍はクラッセンブルクの紋章ですか?」
「えぇ。刺繍の意匠はおじい様、いえ、養父様がずいぶんと口を挟んできましたの」
「孫娘であり、末娘となったエグランティーヌ様の成人の衣装ですもの。思い入れがあるのでしょう。豪華な刺繍にもエグランティーヌ様の美しさは負けておりませんよ。とてもよくお似合いです」

 わたしは自分の側仕えがエグランティーヌの側仕えに髪飾りの挿し方を教えているのを耳にしながら、エグランティーヌの衣装を褒める。
 エグランティーヌの側仕えが教えられた通りに髪飾りを挿した。リンシャンで艶が出された金髪に大輪の赤の花が咲き誇る。春訪れを感じさせる数種類の色が違う緑の葉がそれを取り巻き揺れていた。どちらの色もエグランティーヌの金髪をより豪華に見せている。

「まぁ、なんて素敵なのでしょう」
「とてもよくお似合いですわ、エグランティーヌ姫様」

 側仕え達の反応も上々だ。これならば、卒業式でも問題ないだろう。褒められて嬉しそうに「ありがとう」と言った後、髪飾りに指で触れ、エグランティーヌが少しだけ首を傾げた。

「ローゼマイン様、この髪飾りを付けて舞っても大丈夫かしら?」
「少し舞ってみてください。外れそうになったり、舞の邪魔になったりするのでしたら、挿す位置を変えるか、髪の結い方を考えなければなりません。わたくしはいつも上から挿す感じにするので、それほど気になりませんけれど、横に挿すのであれば、舞う途中で落ちる可能性があります」

 エグランティーヌがゆっくりと腕を上げ、その場でくるりと舞い始めた。小さく旋律を口ずさみながら、舞う。
 くるりと回れば、後れ毛が光を帯びてかすかに光ってエグランティーヌを彩り、柔らかな動きに合わせて長い袖が空気を孕んで意志を持っているようにふわりと踊った。
 口元に浮かぶ小さな笑みからはエグランティーヌがいかに舞を大事に思っているのかよくわかる。

「……これで問題はなさそうですわ」

 エグランティーヌが満足そうに笑って、そう言った。わたしは思わぬところでエグランティーヌの舞が見られて、とても嬉しかった。わたしはエグランティーヌの奉納舞のファンなのだ。

 髪飾りの出来に喜んでもらい、お土産のリンシャンを一本こっそりと売れば、今回の訪問でやるべきことは終了だ。今回はちゃんと忘れずに言われたことができた、とわたしが拳を握っていると、エグランティーヌが盗聴防止の魔術具を出してきた。

「これで少しお話をしても良いかしら?」
「もちろんです」

 一体何を言われるのか、とドキドキしながら、わたしは盗聴防止の魔術具を握る。

「わたくしが卒業式でアナスタージウス王子のエスコートを受けることができるようになったのは、ローゼマイン様のお蔭ですわ」
「アナスタージウス王子がとても努力したと伺っています」
「……それに間違いはございません。アナスタージウス王子は本当に頑張ってくださいました。王やジギスヴァルト王子、それから、おじい様のところへ何度も足を運んで、言葉を重ねてくださいました。千の愛の言葉より、そのお姿こそがわたくしの心を奪ったのです」

 ……盗聴防止の魔術具を用いて惚気ですか。

 どうやらエグランティーヌは養父となっているおじい様、前アウブ・クラッセンブルクを真摯に説得しているアナスタージウスの姿にときめいてしまったらしい。頬を赤らませてうっとりと目を潤ませているエグランティーヌは恋する乙女のオーラが溢れていて、非常に愛らしくて魅力的だ。
 だが、わたしの想像力が貧困なせいだろう、おじいちゃんを必死に口説くアナスタージウスの姿しか思い浮かばない。ガッカリである。

 ……のおぉ、せっかくの美男美女なのに、心ときめくラブシーンにならない。

 でも、エグランティーヌが幸せそうに笑っているので、それでいい。自分が政争の種になるかもしれないと思い詰めていた時の表情よりはずっと素敵だ。

「わたくし達の卒業後に関しては、春の領主会議で正式に発表されますから、それまでは詳しいことを申し上げられないのですけれど、事態が好転したきっかけはローゼマイン様でした。わたくし、本当に感謝しているのですよ」
「エグランティーヌ様がお幸せそうで、わたくしも嬉しいです」

 わたしが笑ってそう言うと、エグランティーヌはほんの少しだけ笑顔を曇らせた。

「ローゼマイン様は……もし、わたくし達が王座から遠のいたとしても、そのように祝福してくださるのかしら?」
「もちろんです。わたくしはエグランティーヌ様の味方をすると決めています。王座から遠ざかる分には全く問題ございません」

 王座を巡る問題に近付きすぎだ、と叱られたことを思い出したわたしが、王座から離れられるならば好都合だとグッと胸を張って答えるとエグランティーヌは本気で驚いたように目を丸くした。

「……エグランティーヌ様、どうかなさいましたか?」
「いいえ。そのような答えが返ってくると思わなかったので、驚いたのです。あとでアウブ・エーレンフェストに叱られませんか? その、領地の方針を決める方は王座に近付く方が良いでしょう?」
「元々エーレンフェストはどこにも属していない中立の領地ですから、むしろ、近付きすぎると叱られます」
「まぁ!」

 クスクスと笑ったエグランティーヌの表情からは曇りが拭い取られ、穏やかな笑顔になっていた。

「ローゼマイン様は本当にエーレンフェストの聖女ですのね。わたくし、少し救われた気がいたします」
「何かの助けになれたのならば、わたくしも光栄です」

 ……あれ? わたし、何かしたっけ?

 よくわからないまま、大量の惚気を聞かされてエグランティーヌとのお茶会は終わった。



「姫様を社交に出すのは危険すぎます」

 読唇術の心得があるらしいユストクスが寮に戻ると同時に頭を抱えていた。今日も神官長に報告書を書かねばならないと言っている。

「わたくし、何か悪いことをしてしまいましたか?」
「教育不足、認識の違い……姫様ご自身よりも周囲の問題でしょう。ご自分が危ない橋を渡っている自覚がないところが一番恐ろしく感じられました。早急に何とかしなければなりません」

 ものすごく疲れた顔でユストクスはそう言った。読唇術の心得がない他の側近達はよくわからないというように首を傾げている。

 ……なんだかよくわかんないけど、ごめんなさい。
ローゼマインが帰還している間に貴族院でもしっかりと時間が流れています。
アナスタージウス王子、頑張りました。エグランティーヌ様をうっとりさせることに成功しました。良かったね。
そして、有能なせいで一番胃が痛い思いをしている報告係ユストクス。ファイト!

次回は、全領地をお招きするお茶会です。
+注意+
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