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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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社交週間の始まり

「遅いではないか、ローゼマイン!」

 貴族院の寮へと戻ると、ヴィルフリートが仁王立ちで手を腰に待ち構えていた。わたしが城へ戻った時の養父様と似たような格好で、似たようなことを言っているのを見ると、「よく似た親子だな」と妙に感心してしまう。

「ただいま戻りました、ヴィルフリート兄様。……けれど、帰還日程を決められたのはアウブ・エーレンフェストとフェルディナンド様ですから、わたくしに怒られても困ります」
「だが、其方がいないせいで、こちらは本当に大変だったのだ!」

 本格的な社交のシーズンに入り、お茶会の招きが例年とは比べ物にならないくらいに増え、どうしても断れない上位領地が相手のお茶会には、ヴィルフリートが出席して当たり障りのない答えを返していたらしい。
 加えるならば、それぞれの階級や役職での集まりも例年より誘いが多く、質問が多かったようだ。

 お茶会が増えたことも大変だったようだが、周囲からの注目が増えて、似たような順位にある領地からの探りや嫌味がひどいものだったらしい。これまであまり注目されることがなかったエーレンフェストの見習い達はどのように対処して良いのかわからず、右往左往していたそうだ。

 本来ならば、その対処を手伝い、助言を与える役目を持っている寮監ヒルシュールは研究室に籠りきりで出てこないし、エーレンフェストに質問書を送っても答えが戻ってくるまでにタイムラグがあるため、あまり役に立たない。孤立無援の気分だったらしい。

 ……でも、それって、わたしだけのせいじゃないよね? どちらかというとヒルシュール先生のせいじゃない?

「其方がアナスタージウス王子やクラッセンブルクと交流など持つから……」
「わたくしも好んで交流を持とうとしたわけではありません。お招きされたら向かうしかないではありませんか。ヴィルフリート兄様はお断りできるのですか?」
「できないから困っていたのだ!」

 今はわたしの戻りがいつになるのかを伝えて、上位領地との社交は一時停止している状態らしい。
 自分がどれだけ大変だったのか、必死に伝えるヴィルフリートにリヒャルダが苦笑する。

「ヴィルフリート坊ちゃま、お話するのでしたら、このような立ち話ではなく、お部屋でなさったらいかがです、他の皆も姫様にお話したいことがたくさんあるのではございませんか?」
「そうです! わたくし、ローゼマイン様にお話することがたくさんあるのです」

 わたしの側近の騎士見習いとしては唯一貴族院に居残り組だったユーディットが「おかえりなさいませ」と前に出てきた。講義を終えたらすぐにエーレンフェストに戻って護衛任務につこうと思っていたのに、わたしの側近として貴族院の社交に巻き込まれ、ダンケルフェルガーからディッター勝負の再戦を挑まれ、戻れなくなったらしい。

「わたくし、きちんと合格したのですよ! それなのにエーレンフェストに戻る許可が下りず、ローゼマイン様の護衛任務に就くことができなかったのです」

 ダメな子だったわけではない、とユーディットが必死に訴えるのを横目で見ていたヴィルフリートが軽く肩を竦めた。

「……きちんと合格したと言うが、エーレンフェストの学生はすでに全員が合格しているではないか」

 問い合わせやお茶会の誘いが急激に増えて、人数が少ないエーレンフェストは全員で対応に当たらなければならない事態になっていたそうだ。そのため、全員がなるべく早く講義を終える必要があり、急き立てられるように皆が果敢に試験に挑み、講義を終えたらしい。

「ほらほら、長いお話は多目的ホールでおやりなさい。姫様の体調を最優先に考えなければ、倒れられると更に大変なことになりますよ。わたくしは荷物の整理に参りますからね」

 リヒャルダがヴィルフリートの背を押すようにしながら、荷物の整理に向かっていく。わたしはヴィルフリート達の後ろを側近達と一緒に歩いていった。

 リヒャルダが階段を上がっていくのを何となく見送っていると、リヒャルダとすれ違うようにして誰かが降りてくるのがわかった。茶色の瞳が生き生きとして、実に楽しげな表情のユストクスだ。半ば引きずられているような状態のげんなりとしたトラウゴットも一緒である。

「ご無沙汰いたしております、ローゼマイン姫様」
「プランタン商会のことで、ユストクスにはとても世話になったと聞きました。わたくしが眠っていた間、色々と骨を折ってくださったのですってね。助かりました。これからもよろしくお願いしますね」
「いつも姫様には得難い経験をさせていただいております。期待に沿えるよう尽力いたしましょう」

 わたしがユストクスと話している間、トラウゴットは何と言えば良いのかわからないというような表情で視線をふらふらとさまよわせ、最終的には目を伏せた。自信たっぷりで楽しそうだった表情が完全に沈んだものになっている。エーレンフェストで親族からかなり叱られたようだ。

 何と声をかけたものか、とわたしが考えていると、ユストクスが肘でトラウゴットをドンと突いた。素早い動きだった上に、トラウゴットの口から「ぐっ」と声が漏れたところから察するに、かなり痛いポイントに入ったようだ。
 そんな様子には全く気付かなかったようにユストクスが目を細めてトラウゴットを睨む。

「トラウゴット、其方、姫様に申し上げねばならぬことがあるだろう。何をぼんやりしているのだ?」

 奥歯を噛みしめ、脇腹を庇うようにしてトラウゴットがゆっくりとわたしの前に跪いた。

「……私の浅はかな考えで、ローゼマイン様には大変失礼いたしました。本当に申し訳ございません。心から謝罪いたします」

 わたしがトラウゴットの謝罪を受け入れようと口を開きかけた瞬間、ユストクスが茶色の瞳をすっと細めて、わたしを制した。

「トラウゴットに許しの言葉は必要ございません、ローゼマイン姫様。簡単に許されてはならないことをしたのです」

 ユストクスの言葉にわたしの周囲にいた側近達が頷いた。反射的に「もういいよ」と言いかけたわたしは、先回りして止めてくれたユストクスに心の中で感謝する。

「さて、姫様、先日フェルディナンド様から文官教育も合わせて行うように、と申し付けられましたが、一体どのような教育を行えばよろしいのでしょうか?」
「わたくしはこれからの印刷業を担っていく人材を育てたいのです。そのためには平民と接することができる者が必要なのですけれど、平民との交渉で気を付けることやどのように事業を進めていくのか……。それ以前に、見習い達は文官として使えるのか見極めてほしいです」

 わたしはユストクスに文官教育について話をしながら、多目的ホールへと入った。側仕えであるユストクスがわたしと話をして、その後ろをトラウゴットがついて来るのだから、この二人は主従が完全に逆転している。
 監視役として付けられているため、トラウゴットは文句も言えないのだろう。もしくは、文句を言ってすでに凹まされた後かもしれない。



「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」
「心からお戻りをお待ちしておりました」

 多目的ホールに入ると、寮内の学生達が表情を輝かせて出迎えてくれた。ヴィルフリートが言う通り、今年の社交は非常に大変だったようだ。

「ただいま戻りました、皆。大変だったとヴィルフリート兄様に伺ったのですが、わたくしがエーレンフェストに戻ってからどのようなことがあったのか教えてくださる?」

 わたしは神殿で側仕え達の報告を聞く時のように、学年も派閥も関係なく、順番に話を聞いていく。

「実は、他領の領主候補生を招くお茶会の開催が未だにできておりません。奉納式のために領地に戻らなければならない領主候補生は他にいないので、仕方がないのですが……」

 わたしという女性の領主候補生がいるのに、上級貴族がお茶会を開いて他領の領主候補生を招くのは、他領を軽んじていることになるらしい。領主候補生が不在だった去年ならば、上級貴族の女子生徒がエーレンフェスト主催のお茶会を開いていたけれど、それができなかったため、領主候補生を相手にした社交が滞っているそうだ。

「……ヴィルフリート兄様がお茶会を開催すればよかったのではございませんか?」
「お茶会を開くのは基本的に女性の仕事なので詳しくないし、私には男の社交もあったのだ。招かれた上位領地のお茶会に参加するだけで精一杯だった」

 なんと男性は小さな狩猟大会をこなしたり、ゲヴィンネンのような貴族間で行われているゲーム大会を開催したりして自分の実力を示しながら語り合って情報交換をするのが社交になるらしい。そこでもお茶やお菓子は提供されれば話題にはなるが、女性ばかりのお茶会とは違って、あくまでも添え物なのだそうだ。
 招かれて断れない上位領地の女性ばかりのお茶会に参加しつつ、男性側の社交にも顔を出さなければならなかったヴィルフリートはとても大変だったそうだ。

「皆、大変だったのですね。では、これから社交をこなしていかなければなりませんね。わたくしが一番にしなければならないことは……まず、図書館へ行ってシュバルツとヴァイスの魔力供給を行うことで、次は……」

 皆の話を聞き終えて、わたしがそう発言すると、周囲が一斉に目を尖らせて口を開いた。

「待て。どうしてそうなる? アナスタージウス王子との面会予約が最優先だ」
「クラッセンブルクからも帰還を知らせてほしいと言われていますよ。他の上位領地からも問い合わせが多いのです」
「ローゼマイン様が戻られることを知ったルーフェン先生からディッター再戦の申し込みが来ています」
「エーレンフェストが主催で、他領の領主候補生をお招きするお茶会を一度は開催しなければなりませんわ」

 図書館に向かう前にやるべきことを次々と並べられて、わたしは気が遠くなるのを感じた。これを全て領地対抗戦と卒業式が行われる日までに終えろというのは、過密スケジュールすぎると思う。
 わたしはリヒャルダに相談しようとして振り返り、荷物の片付けに行っていることを思い出した。多目的ホールを見回したが、自分がすぐに相談できそうな相手がユストクスしかいない。

 ……ちょっと不安だけど、あの神官長の側近で、ルッツやベンノさんも優秀だと言ってたんだもん。助言してもらっても大丈夫だよね?

「ユストクス」
「何でしょう、姫様」

 トラウゴットの背後に立っていたユストクスが軽く目を見開いて、わたしの前に進み出ると、跪いた。

「わたくしが一番にしなければならないことはどれかしら? フェルディナンド様ならば、どのように片付けていくと思いますか?」
「私が発言してもよろしいのですか?」
「頼るべき寮監がいないのです。トラウゴットの側仕えではなく、フェルディナンド様の文官として助言を頂けませんか?」

 ユストクスはすぐに了承してくれた。そして、「文官見習い、これからの予定を」とハルトムートが持っている予定表を覗き込み、軽く目を伏せてしばらく考える。

「先に確認しておかなければならないのは、これからの社交にどれだけの人数を動員できるかです。領地対抗戦の準備は終えているのですか?」

 わたしは視線をぐるりと周囲に向けた。ヴィルフリートやその側近、そして、ユストクスの間近にいるハルトムートは困ったように眉を動かす。

「……いや、正直なところ、それどころではなかったのだ」
「多少は進めておりましたが、まだ準備を終えているといえるような状況ではございません」

 その回答にユストクスは指を折って日数を数え、「かなり時間的に厳しいな」と小さく呟いた。

「では、姫様と側近以外の者には他領のアウブもご覧になる領地対抗戦の準備を最優先にしていただきましょう。ヴィルフリート様とその側近が中心となり、領地対抗戦の準備を進めてください」
「うむ」

 ヴィルフリートとその側近が大きく頷くのを見て、ユストクスはわたしに視線を戻した。

「姫様はこれまで滞っていた社交が最優先です。まず、王子に面会依頼を。それから、問い合わせのあった上位領地に帰還を知らせるオルドナンツを飛ばし、お茶会の開催も知らせてください。王子の面会日が決定次第、エーレンフェストが主催で開くお茶会の日程を決めて、全領地に向けて招待状を出します。できるだけ多くの領地の者にお茶会へ参加してもらうことで、一度に社交の大半を終わらせましょう」

 まとめて終わらせてしまえ、と言われて、かなり気が楽になった。これならば、少しくらいは図書館に行く時間が取れるはずだ。

「合間を見て、姫様は図書館に魔力供給へ。当然ですが、魔術具に魔力を供給するだけで読書の時間はございません」
「うっ……」
「お茶会を開催することに決めても、上位領地から呼び出しがあるかもしれません。それに、領地対抗戦の準備に割ける人数を考えても、側近を何人も連れて図書館に籠るような余裕はエーレンフェストにはないのです。わかりますね?」
「……はい」

 わたしが図書館に行こうと思えば、側近を何人も引き連れて行動する大所帯になる。一人でひょいひょいと身軽に行けないのだ。
 簡単に図書館の禁止をしたユストクスをヴィルフリートが目を丸くして見る。そして、「大丈夫か」と言いたそうな不安な顔でわたしを見た。さすがにこれだけ大変な状況で図書館通いを我慢するくらいはできる。

 ……寮で読むための本は持ってきてるから平気だもん。図書館に引き籠りたかったけどね。

「ユストクス、ダンケルフェルガーからの再戦の申し込みはどうする?」
「そのようなものは考慮に値しません。当然断ります」

 ヴィルフリートの言葉にユストクスが軽く片眉を上げてそう言った。

「ルーフェン先生は学生時代からディッターの事しか考えていませんが、ローゼマイン様に申し込みをされるなど、何か勘違いしていませんか? フェルディナンド様と違って、姫様は騎士見習いでもなければ、本来はディッター勝負に出ることもできない一年生です。ディッターは騎士見習いの競技ですから、お断りすればよいでしょう。幸い、領地対抗戦がすぐにあるのです」

 ルーフェンと同世代のユストクスはキッパリと「再戦など必要ない」と言い切った。その言い分は全くの正論だと思うが、上位領地からの申し出を断るのは大変だったはずだ。

「ダンケルフェルガーからの申し出ですよ。一体どのように断るのですか?」
「ヒルシュール先生に任せます。そのための寮監ですし、あの方はフェルディナンド様の学生時代からルーフェンの申し出を断ることに慣れていますから、問題ありません」

 ……そういえば、ユストクスは神官長の側仕えだったって言ってたね。

「だが、ユストクス。ヒルシュール先生にどのように頼むのだ? 全く研究室から出てこないのだぞ」
「フェルディナンド様からのお土産を交換条件として小出しにしながら頼めば、よく働いてくれますよ。ヒルシュール先生は中央に入れるだけの実力があるので、使い方次第ではとても有能な人材です」

 神官長の学生時代にも再三ディッター勝負の申し込みがあり、研究助手として神官長を使いたいヒルシュールとディッターをしたいルーフェンの間でお断り合戦が開催されていたらしい。ヒルシュールに任せておけば問題ないそうだ。

「……何だかユストクスがとても頼もしく見えます」
「おや、今までの評価はどうだったのでしょう?」

 ……興味の赴くままに突っ走り、女装してでも情報収集する変人だと思っていました。

 わたしの心の声が聞こえたように、ユストクスはおどけた表情で肩を竦めて「情報収集が私の仕事なのですが」と呟いた。
 ユストクスの情報収集は、仕事にもなるけれど、完全に趣味だと思っていた。正直有能さにビックリである。どんな変人でもユストクスが神官長の側近として重用されている事実をなめていた。

「では、姫様方は別室で王子への面会予約、主催するお茶会について、これからの社交予定などを話し合ってください」

 ユストクスの言葉にリーゼレータが話し合いのための部屋を押さえるために多目的ホールを出て行った。

「他はヴィルフリート様の側近を中心に騎士、文官、側仕えに分かれて領地対抗戦の準備について話し合ってください。もう時間がないので無駄のないよう、よく考えて行動するように」

 神官長のような言葉で締めくくったユストクスの指示に従って、全員がざざっと動き始める。明確に指示を出してくれる大人がいるというのがこれほど心強いことだとは思わなかった。

 部屋の準備が整ったとリーゼレータが呼びに来た時には、騎士見習い、文官見習い、側仕え見習いに分かれて領地対抗戦の話し合いが始まっていた。文化祭や体育祭の準備のような盛り上がり方を横目で見ながら多目的ホールから出ると、わたしは近くの談話室へと移動する。
 そして、リヒャルダが荷物の整理を終えるまでの間、側近達と大規模になるお茶会の準備について話し合っていた。

「全ての領地を一度にお招きするのですからかなり大規模になりますね。当日はヴィルフリート様にもお手伝いいただかなければ、他の学生達とほとんど面識がないローゼマイン様だけでは大変だと思います」
「当日だけのお手伝いならば、引き受けてくださるでしょう」

 荷物の片付けを終えたリヒャルダが部屋に入ってくると、王族に失礼がない言葉かどうか相談した上で、アナスタージウスに帰還の報告と髪飾りの納品のため面会予約を取りたいと告げたオルドナンツを飛ばした。

 返事を待っている間に、ハルトムートとフィリーネにエーレンフェストの新しい事業である印刷業をわたしとお母様が中心になって進めていくことを告げる。そのためにユストクスが文官見習い達を鍛えてくれることになっていると伝えた。

「新しい事業ですから、次代のアウブとなる者が関われるように、ヴィルフリート兄様、シャルロッテ、メルヒオール、そして、わたくしの文官見習いが、ギーベから送られてくる文官や平民とこれまで付き合いのあった文官達をまとめて進めていくことになりました」
「……ローゼマイン様、わたくしがそのような大事業に関わるのですか?」

 青ざめた顔で話を聞いていた下級貴族のフィリーネが怖気づいたような声を出した。若葉のような緑の瞳が不安に揺れている。そういえば、ダームエルも下級貴族ながらわたしの護衛騎士となり、魔力が伸びていることで周囲からの嫉妬が多いと言っていた。フィリーネも同じように大変な思いをすることになるはずだ。

「印刷業に関わるのが怖ければ、他の部署を斡旋してもらえるようにお願いしても良いのですよ」
「……いいえ。わたくし、ローゼマイン様と本を作ると決めたのです。自分の誓いに背くような事は決して致しません」

 グッと握った拳がまだ不安そうに小刻みに揺れている。けれど、フィリーネはハッキリとした口調でそう言った。頑張ろうと決意している姿に、思わず顔が緩んでいく。

「ハルトムート、わたくしも気を付けますけれど、フィリーネが文官達の間であまり嫌な思いをしないように目を配ってあげてください」
「かしこまりました」

 ハルトムートとフィリーネの二人を、これから印刷業を広げていくための腹心として育てていくこと、そのためにも短い期間だけれどユストクスから文官仕事を学ぶように、と告げていると、オルドナンツが戻ってきた。

 明日の5の鐘に来い、とアナスタージウスの声が三回告げて、オルドナンツは黄色の魔石に戻る。エグランティーヌに少しでも早く髪飾りを贈りたいのだそうだ。
 了承の返事を送り、わたしは問い合わせのあった領主候補生に向けて帰還を伝えるオルドナンツを順番に送っているブリュンヒルデとリーゼレータへと視線を向けた。

「アナスタージウス王子との面会が明日ならば、お茶会はいつ開催できるかしら? それに合わせて皆様に招待状をお出ししなければならないでしょう?」
「五日、いえ、四日後ならば可能ですわ。お茶会を少しでも早く終えた方が良いと思うのです。わたくし達はもちろん、お客様も同じように領地対抗戦の準備がございますから。……それに、アンゲリカは卒業式の準備もあるでしょう?」

 ブリュンヒルデがアンゲリカに視線を向けると、リーゼレータも同意するように大きく頷いた。けれど、卒業する当の本人は不思議そうに首を傾げただけだった。

「衣装は持参しましたから、これ以上の準備は特に必要ないと思います」

 アンゲリカの答えに、ブリュンヒルデが目を吊り上げた。

「晴れ舞台のために、今から少しでも磨きをかけないでどうします!? アンゲリカはせっかく美しい外見をしているのですから、リンシャンや髪飾りで美しく装ってエーレンフェストの流行を広げなければなりません」
「お姉様、衣装だけではなく、髪型や化粧に関してもまだ決めていないことがたくさんあるとお父様やお母様から伺っていますよ。神殿での護衛任務を盾に、話し合いから逃げ出したのでしょう?」

 リーゼレータの指摘にアンゲリカは悲しそうな顔でほんの少し目を伏せた。長い睫毛が目元に影を落とし、ひどく傷ついた美少女の絵面になっているが、これはとても面倒くさい時の顔だ。わたしもかなり見分けがつくようになってきた。
 当然、姉妹であるリーゼレータもアンゲリカの表情に気が付いているようで、呆れたような溜息を吐いた。

「髪型などに関しては、お姉様に似合うものをわたくしが選んで決めますから、せめて、当日はおとなしく身を任せてくださいませ」
「リーゼレータがそこまで言うのならば仕方がありません。当日はおとなしくします」

 本当に悲しそうな表情でアンゲリカが頷いた。まるで意に染まない政略結婚に身を任せる姫君のように憂鬱な顔をしているが、単に面倒がっているだけだ。
 ちなみに、正装は面倒がるけれど、護衛騎士として身に付けている騎士装束を魔石で強化したり、マントに魔法陣の刺繍をすることには全力投球している。

「お姉様が戦力強化以外の目的で身を飾ることを好まないことは知っていますけれど、卒業式の姿がおざなりではエスコートしてくださるお相手の方まで恥をかくではありませんか」

 わたしはエスコートのお相手という言葉に、何度か目を瞬き、アンゲリカを見た。「お父様」や「叔父様」という言葉ではなかったということは、誰かきちんと相手がいるということだ。

「アンゲリカのお相手はどなたですの? リーゼレータの言い方ならば、親族の方ではないのでしょう?」
「え? ローゼマイン様はご存知ないのですか?……お姉様はご報告していらっしゃらないのですか?」
「わたくし、聞いておりませんけれど……」

 リーゼレータはわたしとアンゲリカ、そして、周囲を見回す。アンゲリカが他人事のような顔で首を傾げたのを見て、リーゼレータは困ったように眉尻を下げると、取り繕うような笑みを浮かべた。

「まだどなたもご存知ないようですから、当日のお楽しみにいたしましょう」

 ……アンゲリカの相手って誰だろう? すごく気になるんだけど。
貴族院に戻ってきました。ローゼマインの社交週間の始まりです。
うっきうきのユストクスと灰色学生生活のトラウゴット、息子の暴走が不安でならないリヒャルダ。

次回は、王子との面会です。女装ユストクスにトラウゴットが頭を抱えます。


※1/6にSS置き場の方へダンケルフェルガーの一年生視点のSSをアップしました。興味がある方は、そちらもどうぞ。
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