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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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吹雪の終わりと呼び出された商人達

「ダームエルは討伐に向かう準備を。準備が終わったら、この部屋に集合し、騎士団の訓練場へと向かう。ローゼマインはここで待機だ!」

 冬の主の討伐に向かうのは成人した騎士ばかりだ。見習いは連れて行ってもらえない。神殿への同行を許されたアンゲリカも今回は留守番である。
 わたしは護衛騎士見習い達と一緒に、待機を命じられ、ギーベ・イルクナー達が去った部屋でもう一度座り直した。リヒャルダはすぐさまわたしの防寒具を取りに行く。

「貴族院の騎士見習い達を見学に連れていければ、良い勉強になるのでしょうけれど……」
「そのような危険なこと、許可が下りませんよ、姫様」
「そうですよね。余計なお荷物を抱えていては騎士団の皆様の負担にしかなりませんもの」

 連携が碌にとれていない騎士見習い達に、騎士団の実戦を見せるのは勉強になるが、あの激しい戦いの中で邪魔にしかならない見習いなど連れて行けるはずがない。
 せめて、ビデオカメラでもあればよかったんだけど、と考えながら、わたしはお茶を飲んで、待機していた。

 ダームエルがきっちりと鎧を着て、マントを付けた状態で戻ってくる。その後、神官長も鎧とマントを付けて戻ってくる。

「待たせたな。騎士団の訓練場へ行くぞ」

 わたしはリヒャルダと護衛騎士見習いをレッサーバスに乗せて、神官長とダームエルのマントを見失わないように、猛吹雪の中を駆けた。
 到着した訓練場には、すでに騎士がずらりと揃っていた。お父様もエックハルト兄様もランプレヒト兄様も並んでいるのが見える。レッサーバスの登場に驚いたように目を見張っているのがわかって、小さく手を振ってみた。

「待たせた」

 神官長の言葉にざっと全員が跪いた。わたしもレッサーバスから降りて、神官長の隣に並ぶ。

「エーレンフェストの聖女が神に祈りを捧げ、我らに祝福を授けてくれるそうだ」

 跪いたままの騎士達の前へと進み出ると、わたしはシュタープを出して、高く手を挙げた。これだけの人数に祝福が行き渡るように、と魔力を込めながら、武勇の神へと祈りを捧げる。

「火の神 ライデンシャフトが眷属 武勇の神アングリーフの御加護が皆にありますように」

 見慣れた青の光がシュタープから飛び出して、騎士団の上に降り注ぐ。人数が多いので、思ったよりも魔力を使ったけれど、前回のシュネティルムとの戦いの頃よりは疲労感が少ない。やはり、ユレーヴェで解けたせいで魔力が増えているようだ。

「聖女の祝福に感謝する。これから討伐が終わるまでは北の離れから出ぬように。護衛騎士見習いはよく監視しておきなさい。コルネリウス、良いな? リヒャルダ、我らの留守を頼む」
「はっ!」
「承知しております、フェルディナンド様」

 先に城へと戻れ、と言われ、わたしはリヒャルダと一緒にレッサーバスに乗り込んだ。城へ戻るには護衛騎士見習い達の先導がいる。コルネリウス兄様とアンゲリカとレオノーレのマントを目印に駆け出すと、背後で「出撃準備!」という声がした。



 騎士団の大半が討伐に向かうと、護衛の数が減るため、討伐完了までわたしやシャルロッテは結界のある北の離れから出ることを禁じられることになっている。
 北の離れにいる分には問題ないので、わたしは読書をしたり、シャルロッテとお茶をしたり……多分、目覚めてから一番のんびりとした気分で過ごしていた。

 今もシャルロッテとお茶をしている。「せっかく貴族院から戻っていらしたのに、すぐに神殿へと向かってしまわれましたし、戻ってきたら社交に忙しかったので、お姉様と二人だけのお茶会がしたいです」なんて可愛いことを言われたら、断れるわけがない。
 よく考えたら、シャルロッテと二人だけのお茶会なんて、ヴィルフリートに邪魔された二年前以来である。

「この数日間はお父様もお母様もお部屋にいてくださいますから、昔は冬の主の討伐が始まるのが楽しみでした」

 社交で忙しくする両親とゆっくり過ごせる貴重な数日間だったらしい。シャルロッテからそんな思い出話を聞いた。メルヒオールの話はよく出てくるけれど、年子なのにヴィルフリートの姿がほとんどない。ヴェローニカの生活の場である東の離れで育ったせいだ。

「兄妹でこれだけ違うのは寂しいですね」
「……わたくしはそれが当然だったので、あまり寂しいとは感じませんでした。ただ、わたくしには厳しいおばあ様がお兄様にはとてもお優しいのが、ひどく羨ましかったです」

 養母様に似ているシャルロッテには厳しい態度だったらしい。わたしの昔話は、神殿で育ったことになっているので、碌なことが喋れない。母親の顔は知らず、お父様のお願いによって、神官長に面倒を見てもらったことになっている。
 何を言ってもボロが出そうで、設定を思い出しながら、言葉少なに答えていると、思い出したくない辛い話題のようだと察したシャルロッテが話題を変えてくれた。

「神殿の話はまた今度聞かせてくださいませ。それよりも、お姉様は領主になったら、どうしたいですか?」
「わたくしは領主にはなりませんよ?」
「……そういう意味ではなく、わたくし、先生からの課題で、領主となったらどのように領地を治めていきたいか、と聞かれたので、お姉様ならばどのように答えられるのか、ちょっと伺ってみたかったのです」

 子供同士で「大きくなったら何になる?」と将来の夢を話し合うような感じだろうか。ふむふむ、とシャルロッテの話を聞いていて、そう考えた。

 ……わたしが治めるならば、どういう領地にするかは決まっている!

「わたくしが領主になったら、本でいっぱいの領地にします。印刷工房がたくさんあって、各地から印刷して欲しい原稿が次々と集まってくる本の都です。毎日、毎月、どこかの工房で新しい本が生み出され、領主への献本を義務付けて、わたくしは真っ先に新しい本を全て手に入れるのです。図書館をどんどんと拡張したり、建設したりしなければならないくらいに本が増えて、領民にも文字を教えて、皆に読書の楽しみを普及し、皆が好きなように本が読める領地……あぁ、なんて素敵! なんて幸せ! それがわたくしの理想郷です」

 ……はぅっ!? まずい! ドン引きされた!

 シャルロッテが呆気にとられた顔でわたしを見ている。ちょっと熱がこもりすぎたみたいだ。

「も、もちろん夢ですからね。すぐに実現できるとは思っておりませんよ。……現実にするための努力は怠らないつもりですけれど」
「お姉様は本当に本がお好きなのですね」

 クスクスと笑うシャルロッテの顔が「仕方のないお姉様」って感じで生温かい笑顔になっている。護衛騎士見習いや側仕え達も笑いを堪えているような顔になっているし、リヒャルダは完全に呆れた顔になっていた。

 ……あああぁぁぁ、失敗した。もっとカッコいい回答をするべきだったよ! カッコいい回答なんて、全く思い浮かばないけどね! 誰か模範解答、プリーズ!

 お茶をしながら、貴族院での成績向上委員会の活動について話をしたり、シャルロッテから今年の子供部屋の様子を聞いたりして過ごす。

 シャルロッテと一緒にすれば、わたしが張り切ることを悟ったらしいリヒャルダによって、フェシュピールや花嫁修業としてのレース編みや刺繍の練習を二人で行うように手配され、わたしはシャルロッテにいいところを見せようと張り切ることになった。
 何となく良いように操られている気がするが、仕方がない。わたしはシャルロッテにとって素敵なお姉様になりたいのだ。「お姉様、素敵です」と思われたい。

 本が読みたいと思いながら、チクチクとお花の刺繍をしていると、麗乃時代を思い出した。「さぁさぁ、やるわよ。本を閉じて!」と言われて、刺繍をやらされたものだ。基本的に服は買って来る物だし、プリントされた生地があり、ミシンでも刺繍ができるのに、わざわざこんなことをしなくても、と思っていた記憶が蘇る。

 ……何の役に立つのかと思っていたおかんアートがこんなにお役立ちだったとは。

 優雅とも退屈とも言える日々が数日間続いた後、冬の主討伐が終わったようで、晴れ間が広がっていくのが目に見えてわかる。
 疲れ切った様子の騎士達が帰還し、交代で休日が与えられているとコルネリウス兄様から聞き、更に数日が過ぎる。

 皆が通常に戻る頃には、動き出せるように、わたしは製紙工房を増やす上で、ギーベ・イルクナーに協力してもらえることになったこと、印刷工房は今年ハルデンツェルに作るだけで、来年には他の領地にも増やせるようにグーテンベルク達に準備させること、印刷工房を増やすうえでの下準備についての資料が欲しいこと、神官長がイルクナーのナンセーブ紙を欲しがっていることなどを手紙に書いて、招待状と一緒に届けてもらえるように文官に頼んでほしいとリヒャルダに渡す。

 ついでに、養父様にも神殿での話し合いの内容とギーベ・イルクナーとの面会の結果を記した報告書を出しておいた。神官長から報告が行っているとは思うが、報連相をしろと言われているし、神官長視点の報告と商人よりの視点になるわたしの報告が違う可能性もある。

 話し合いのために呼ばれるとは言っても、平民であるベンノ達が直答を許されることは多分ない。基本的に命じられるだけならば、予めどの程度の事ができるのか、無茶振りしすぎないように養父様に話を通しておいた方が良い。

 ……ここで養父様がいつもの勢いで無茶振りしてベンノさん達が失敗したら、商人の失敗じゃなくて、エーレンフェストの失敗になっちゃうからね。

 失敗した商人のトップの首だけ挿げ替えたり、店を潰して新しいところに任せたりすれば良かったこれまでとは違う。王族やクラッセンブルクを相手に失敗すれば、挿げ替えられるトップの首は商人ではなく、養父様だ。

 ……おおぅ、怖い、怖い。



 騎士達が全員復帰し、城での日常が戻ってきた。本館への出入りが許されたのは、わたしが騎士団への祝福を与えてから一週間が過ぎた頃だ。
 報告書に関することで、わたしは養父様の執務室に呼びだされた。

「ローゼマイン、其方、社交は皆で頭を抱えるような有様だが、商業関係は本当に強いのだな」
「人には得手不得手がございますからね」

 ……下町みたいにポンポンと言い合える方が気楽なんだよね。貴族の社交、難しいんだよ。

 言い回しが遠回しすぎて、未だに意味がわからないことやちょっとずれて受け取っていることがある。お茶会の反省会でお母様達と話をして、自分が斜め上の解釈をしていることがちょこちょことあることに気付いたのだ。お互いが遠回しな言い方をするので、解釈がずれたままでも、会話だけは違和感なく成立してしまうところが恐ろしい。

「取引先として契約できる領地は2つまで。これ以上は増やせないのか?」
「リンシャンと髪飾りに関しては、エーレンフェストの貴族に流行り始めたことで、いくつか工房を増やしてあるそうですが、大領地との契約になった場合、お客様がどれだけ増えるのかわからないのです」

 一応貴族院の学生の比率からだいたいを予想してもらっているが、契約する領地が少なく、基本的に品薄な商品ならば、商機と見て多めに確保したがる商人が多くなる。

「商品を不足させて、契約した相手に不満を抱かせては元も子もございません。それに、植物紙に関しては契約魔術の縛りがあったため、工房が増えておりません。あまり急激に取引相手が増えると……領主間での契約を反故にしたことにはなりませんか?」

「アウブ・エーレンフェストが次の領主会議で責められると思います」というわたしの心の声はきっちりと届いたらしい。
 養父様はもちろん、領主会議に同行することになるだろう文官達が頷いた。

「契約相手を厳選する理由は理解した。もう一つ、こちらの……実際に物をやり取りするのは商人なので、領主会議に向かうための情報収集場所に下町も加えた方が良いという案についてだが……」
「はい」
「其方の報告書に書いてあった通りだと私も思う。だが、文官の方が商人と打ち合わせなどしなくても、命じれば彼らはその通りに動く。今までそれで困ったことはなかった、と言って、下町からの情報収集を渋るのだ」
「……好んで下町に向かうような文官は、かなり特殊ですからね」

 嬉々として下町に向かうような文官は、寡聞にして一人しか知らない。臭くて汚いから貴族は絶対に立ち寄りたくないのは、わたしにも理解できる。

「下町で情報収集をした方が良いのは確かですけれど、なるべく早く下町の整備を官の主導で行った方が良いと思います。ローゼマイン工房に出入りする商人達から話を聞いたところ、エーレンフェストの下町は他領の商人から見ると、汚くて、魅力に乏しいところだそうですから」
「……余所の下町は美しいのか?」

 下町は汚いもの。平民が住む場所だから仕方がない。そんな意識でいたのだろう養父様が目を細める。それは養父様の側に控えている文官達も同じだった。

「余所を知らないので、わたくしは存じません。余所の町も回る旅商人からの話ですから、完全に間違いではないと思いますけれど」
「……ふむ」
「今までは他領の貴族や商人が訪れること自体が少なく、エーレンフェストの状態を知っている者ばかりだったでしょう。けれど、これから中央やクラッセンブルクからの商人が見れば、どのように思われるのか……」

 貴族街がある領主のお膝元がこれでは、と商品の評価まで下がるかもしれない、と訴えてみるが、文官達にはピンと来ないようだ。

「下町と貴族街は違います。今まで通り、貴族は貴族街で持て成すようにすれば良いではございませんか、ローゼマイン様」

 文官と違って、実際の下町を歩き、見て回った経験がある養父様にはわたしの言いたいことがわかったのだろう、ニィッと唇の端を上げながら、文官達を見回した。

「訪問を約束しているのに、身だしなみも整えず、約束した品物も十分な量が準備できておらず、庭から玄関、廊下が泥だらけの状態で客人を迎える側仕えを持つ貴族を周囲がどう思う? 面会する部屋と主だけが身綺麗ならば、正しく評価されるか? ローゼマインはそう言っているのだ」

 ハッとしたように文官が養父様へと顔を向ける。
 他領から来た者が貴族街に入るまでには下町を通る。この街の者は貴族街と下町と分けて呼び、完全に切り離された場所だと考えているけれど、余所から見れば一括りでエーレンフェストの街だ。
 養父様の的確な例えに、文官達が表情を引き締めた。

「よくわかりました。早急に美しく整える必要がございますね」

 ……うんうん。

「一度平民を全員追い出して、街を作り直すくらいしなければならないのではございませんか?」

 ……え? なんて?

「魔力にそれほど余裕がない故に、街の作り直しは厳しいぞ。とりあえず、どのように作り変えるか、設計してみるか?」

 ……ヤバい。養父様と文官に任せたら、街の整備も何か危険な気配がする!

「待ってください。平民に給与を与えて汚物の汲み取りをさせるとか、街の掃除をさせるとか、手洗いや水浴を義務化して、身だしなみを整えさせるとか、できそうな範囲から始めましょう」
「そうだな。ローゼマインの言うように、下町のために大改造できるほどの余力はない。魔力不足には困ったものだ」

 ……いや、わたし、魔力の話なんてしてないよね?

 エーレンフェストが魔力不足のおかげで、劇的で突発的すぎる下町ビフォーアフターを回避して、コツコツと改善していく方向で話は収まったようだ。
 ホッと安堵の息を吐く。ちょっとした提案がこんな展開になるなんて全く考えていなかった。危うくハッセの小神殿の二の舞になるところだった。危ない、危ない。



 文官達にも下町まで含めてエーレンフェストだという意識を持ってもらうことに少し成功したように思えた日から数日がたった日の3の鐘に、商人達がやってくることになった。
 事前にプランタン商会からの資料を受け取り、目を通した上で、謁見したいと申し出たことで、プランタン商会だけは午前から城に上がっていて、他は午後からやってくることになっている。

「文官が数名、同席することになった。君がどのように商人とやり取りしているのか、見ておきたいそうだ」

 下町から情報収集するのが必要だとわかっていても、今まで命令しかしていないので、どのように対応すれば良いのかわからないらしい。

「幼い君が商人の良いように操られていないか、確認する意味もあると思われる。断る方が不自然なので、承諾しておいた。表情の変化、感情の抑制には重々注意しなさい」

 下町関係はわたしの最大の弱点だ、と神官長は周囲には聞こえないくらいの小さな声で呟く。

「そこに触れられれば、君がどのように暴走するのか予想できない。ローゼマインがプランタン商会との繋がりを重視して契約魔術を解消したくないようだと、エルヴィーラが気付いたように、君にとっての重要性を悟らせるな。……彼らを危険に晒すことになる」

 君に悪感情を持っている相手が弱点を知ればどうするのか、予想はできるだろう? と問われ、わたしはコクリと頷いた。

「神殿に戻るまでは、絶対に感情を抑えこむように」
「……はい」

 わたしと神官長が自分達の護衛騎士や側仕えを連れて、プランタン商会の三人が待っている部屋に入ると、すでに文官が四人、並んでいた。そして、その場には、ギーベ・イルクナーとヴィクトアも呼ばれていたようで、椅子に座って待っているのが見える。

 長々しい挨拶を終え、わたしはプランタン商会から頼んであった資料を受け取って目を通す。その間に、プランタン商会を通して、神官長はナンセーブ紙を購入していた。
 ベンノの資料にはハルデンツェルでの下準備や自分が工房を開設した時の段取りが丁寧に書かれていた。この几帳面な字はマルクの物だ。これを印刷して、ギーベ達に配れば、それぞれの土地で必要な準備を整えてくれるだろう。

「プランタン商会の資料のおかげで、次の印刷工房の開設をどこにするのか、決められそうですし、製紙工房をどのように準備すればよいのか、よくわかります。助かりました」
「ローゼマイン様のお役に立てて何よりです」
「ハルデンツェルへのグーテンベルクの移動は、春の祈念式に合わせて行います。そして、製紙工房を各地へ作るため、準備ができた工房へ教師役の職人を三名と、エーレンフェスト紙協会を作るための人員を手配することになります。イルクナー、ハッセ、孤児院から各三名が教師役として出ることになるのですが、プランタン商会は大丈夫ですか?」

 製紙工房は工房や道具の準備が整ってから、差し向けることになる。簀桁を作ったり、道具や職人を揃えたりするのはすぐにはできない。おそらく、ハルデンツェルから戻ってきてから製紙工房へと向かうことになるはずだ。

「大丈夫です。ご配慮いただき嬉しく存じます」

 そして、わたしは資料にあった生産できる量から、契約する領地を2つにしてもらうように要請したことを伝える。
 文官達の真剣な視線を感じながら、わたしはベンノと打ち合わせる。手紙で伝えていたこともあり、スムーズに伝達はできた。ベンノが言いにくそうに「契約魔術は解消されますか?」と言うまでは。

「はい。やはり、産業をエーレンフェスト全体に広げ、他領へ販売しなければならないことを考えると、現状にそぐわない契約になりますから。アウブ・エーレンフェストもそのようにお考えです」

 顔が固まらないように注意して、わたしはニコリと笑って見せた。
 最初に結んだ契約は間違いなく破棄される。領地の産業として育てていこうという時に、工房の設置に領主ではなくわたしの許可が必要で、販売はルッツのいるプランタン商会を通さなければならないようでは、多くの人が困るのだ。
 契約破棄の代わりに支払われる金額とこれから先のプランタン商会の扱いについて、話をする。

「アウブ・エーレンフェストのご配慮には感謝の念が堪えません」
「これから先のプランタン商会に期待していらっしゃるのですよ」

 ベンノの背後に控えているルッツの顔には感情が浮かんでいない。いつの間にか身に付けていた商人の愛想笑いで、わたしを見ていた。



 ギルド長やオットー達も加わった午後からの話し合いはとても簡単に終わった。領主がいるだけで、これまでに打ち合わせた内容を確認するだけの話し合いである。直答を許されない商人達は決定事項として文官達の話を聞くだけだ。それでも、先に打ち合わせができ、商人側の意見が通じているという点で今までとは全く違ったようだ。貴族特有の無茶振りではなく、可能な範囲の命令となっている。

「では、こちらにサインを」

 最後に出されたのは、契約魔術を解除するための羊皮紙だ。契約魔術の番号が二つとそれを解除するという簡潔な文章だけがあるその紙だ。
 契約した時と同じように名を印し、血判を押す。ベンノとルッツの後、わたしだけは文官から魔力でサインできるペンを与えられ、名を記した。契約した時のマインではなく、ローゼマインと。

 わたしがサインを終えると、羊皮紙は金色の炎に包まれて燃えていく。マインとルッツとベンノの契約は呆気なく燃えてなくなった。

 細い繋がりがプツンプツンと切れていくようで、大事な拠り所が離れていくようで、自分の心が何とも言えない不安に揺れる。「契約がなくなっても、繋がりは変わらないよね?」とベンノとルッツに問いかけたい。「変わらない」という確かな答えが欲しくて仕方がない。
 神殿に戻るまでは感情を抑えろ、と言われたことを思い出し、わたしはぐっとお腹に力を入れる。

「ふむ。これで問題なく製紙業や印刷業が広げられるな」
「工房開設の停滞となっていた原因がなくなりましたからね」

 アウブ・エーレンフェストの声と同意する文官達の声が、わたしの耳にはものすごく耳障りに響いた。
シャルロッテと花嫁修業させられています。
そして、契約魔術の解消です。

次は、神殿に帰ります。
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