挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

311/677

リヒャルダの激怒

 アナスタージウスの呼び出しから二日がたった。エグランティーヌからお茶会への招待があるだろう、と言われたけれど、それは先の話のようで、特に連絡は来ない。おそらく講義が終わって、社交シーズンへと突入してからの話だろう。
 わたしは悠長に構えて図書館へと通い、シュバルツとヴァイスに魔力を注ぎつつ、図書館の本を次々と読んでいくことに時間を費やしていた。

 今日のお供はブリュンヒルデとフィリーネとユーディットとレオノーレとコルネリウス兄様である。
 宝盗りディッターを通し見えた騎士見習いの連携のまずさを考え直し、少しでも楽に魔物を倒すためにどうすれば良いのか、とレオノーレとコルネリウス兄様が話し合っている。速さを競うだけではなく、きっちりと対面して戦ったことで、どれほどの違いがあるのか、身に染みたらしい。

 まだ二年生で騎士コースを受講していないユーディットには兵法に関する話は難しいようだ。そのため、人の気配がほとんどない図書館での護衛はユーディットに任され、レオノーレとコルネリウス兄様はわたしの近くのキャレルで本を写したり、二人で相談したりしている。傍から見ていると図書館デートの雰囲気だ。
 心の中でこっそりとレオノーレを応援しつつ、わたしは次々と本を読んでいく。フィリーネが隣のキャレルで一生懸命に写本をしていた。

 閉館を示す光が輝き、読んでいた本の表面が様々な色に照らされた。ブリュンヒルデに「閉館ですよ、ローゼマイン様」と本を閉じられ、わたしはハァと軽く息を吐く。

「ひめさま、きょうはおわり」
「ひめさま、ほんをかりる」
「わかっています。シュバルツ、ブリュンヒルデ、こちらの本の貸出し手続きをお願いします。ヴァイス、キャレルの鍵の返却です」

 閉館時間ぎりぎりまで本を読んで、続きを読むために貸し出し手続きをした後は、本をブリュンヒルデに運んでもらって、寮へと戻る。講義を全て終えたわたしが手に入れた輝かしい幸せな日常だ。

「ローゼマイン様、本日で魔物に関しては書き写し終わりました」

 思わぬ弱点が見つかった魔物もいると、寮へと戻る途中でレオノーレが嬉しそうな笑顔で教えてくれる。コルネリウス兄様も頷きながら、口を開いた。

「魔物に関する情報が集まったので、連携に関してはエックハルト兄上にお借りした参考書をよく読んでみたいと思います。それから、一度帰って、騎士団長に強い魔物を倒す時の連携について話を聞いてみたいと思いました」
「講義を終えれば、帰ることができるでしょう? そのためにも早く講義を終えなければね」

 騎士団長であるお父様は護衛騎士として、領主の社交について回らなければならないし、冬の主を倒すという大仕事があるため、忙しいだろう。
 それでも、冬の社交界には全ての貴族が集まってきている。宝盗りディッターを行っていた世代の騎士や新人教育で連携を叩きこんでいった教育係から話を聞くことができれば、とても有意義だと思う。
 わたしの言葉にレオノーレがこくこくと頷いた。

「……一体何の役に立つのかと思っていた座学の講義が、ここまで連携に直結していると思っていませんでした。領地対抗戦で宝盗りディッターをしていた頃は、おそらく皆が必死になって戦術について学び、いかにして敵の裏をかくのか、頭を寄せ合って考えたのではないかと思います」

 速さを競うディッターは全員で突っ込んでいっても勝てるので、特に連携や戦術など考える必要がなかったのだ、とコルネリウス兄様が言った。今は色々と考えるのが楽しいらしい。顔を見合わせて笑っているレオノーレも同じように感じているのか、嬉しそうだ。

 ……うんうん、なかなかイイ雰囲気じゃない?

 わたしがコルネリウス兄様とレオノーレを見ながらにんまりと笑っていると、ブリュンヒルデがそれに気付いたようにこっそりと耳打ちしてきた。

「ローゼマイン様はレオノーレを応援していらっしゃるのですか?」
「いいえ、わたくしは何もしませんよ。コルネリウス兄様は結構人気があるようですから、余計な波風を立てるつもりはないのです」

 領主候補生であり、妹でもあるわたしが表立ってレオノーレを応援すると、まるで決定しているように見えてしまう。わたしはまだアンゲリカが兄様達の誰かに嫁ぐという噂も家族に確認していないし、コルネリウス兄様の気持ちさえ知らないのだ。余計なことはしない方が良い。

「そうですか。少し安心いたしました。側近の中で、そのような主の贔屓は良くありませんもの」

 ブリュンヒルデがそう言って小さく笑う。
 確かに、贔屓は良くない。家族に噂の確認をしたら、わたしはレオノーレの応援をするつもりだったが、控えておいた方が良さそうだ。



「いい加減になさい、トラウゴット!」

 寮に入った途端、リヒャルダの怒声が玄関ホールまで響いてきた。上から聞こえてきたので、トラウゴットの部屋でお説教でもされているのだろう。だが、リヒャルダがこれほどの大声を出しているところは初めてで、わたしはブリュンヒルデと顔を見合わせた。

「……トラウゴットは一体何をしたのかしら?」
「わたくしには、わかりかねます。一度部屋へ上がって、夕食のために片付けや着替えをいたしましょう。夕食後にハルトムートが事情を知らないか伺ってまいります」

 男子の部屋が並ぶ二階にブリュンヒルデが入っていくのは難しい。いくら午後に講義があっても、図書館の閉館時間よりは早く終わるはずだ。ハルトムートならば、何か知っているだろう。

「そうですね。後でハルトムートに事情を聴くとして、コルネリウス、一応様子見がてら、リヒャルダに帰ったと報告をしてくださる?」
「……ローゼマイン様は私にあの怒声の中に入って行け、と?」

 コルネリウス兄様が嫌そうな顔で二階を指差した。何を言っているのか、ハッキリと内容は聞き取れないけれど、まだリヒャルダのお説教は続いている。確かにあの中に突入するにはかなりの勇気が必要だ。

「無理して入る必要はありませんけれど、食事の時間だと扉をノックするくらいはお願いしても良いですか?」
「それくらいでしたら……」

 そして、夕食の席で講義を終えてぐったりしているアンゲリカが招待状を差し出してきた。エグランティーヌからのお茶会の誘いだそうだ。座学の時間にエグランティーヌの側仕えが持ってきたらしい。

「ありがとうございます、アンゲリカ。お返事はブリュンヒルデにお願いして良いかしら?」
「もちろんですわ。エグランティーヌ様のお茶会でしたら、リンシャンの準備も必要ですわね」

 お茶会の準備に張り切るブリュンヒルデが手土産について考え始めると、コルネリウス兄様は誰を護衛につけるのか考え始める。座学が終わっていないアンゲリカは最初から排除されていた。

「ローゼマイン様、わたくしも護衛につきたいです」
「わたくしも早く護衛についてほしいですわ。アンゲリカが宝盗りディッターの時のような素晴らしい活躍を座学でも見せてくれることを願っています」
「うぅ……」

 アンゲリカが肩を落とす。その様子を見ていたコルネリウス兄様が小さく笑った。

「三分の一くらいは座学の試験に合格しているのですから、かなり健闘していますよ。やはり、主が見張っているか否かで、ずいぶんと効率に違いがあります」

 わたしが眠っている間の二年間に比べるとずいぶんと頑張っているらしい。予想以上の頑張りに騎士コースの一同は胸を撫で下ろしているのだそうだ。

「あのお姉様が今の時点で座学を三分の一も終えているなんて、お父様とお母様が知ればどれほど喜ばれることでしょう。ローゼマイン様にはいくら感謝しても足りないほどですわね」

 リーゼレータが感動に目を潤ませて、そう言った。
 けれど、まだ三分の二が残っているアンゲリカにとっては、講義を終えるのは非常に遠い道のりだ。油断は禁物である。

「そうですね……。わたくしが奉納式でエーレンフェストに戻るよりも先にアンゲリカが講義を全て終えることができたら、もう一段階魔力を圧縮できる方法を教えて差し上げましょうか?」
「もう一段階ですか!?」

 アンゲリカとコルネリウス兄様が驚きに目を見張った。

「わたくし、魔力圧縮の講義を受けて、全部で四段階の圧縮をすることに成功しましたから」
「何だと!? 三段階ではなかったのか!? もう一段できたなどと聞いていないぞ!」

 ヴィルフリートはもちろん、食堂のあちらこちらで「信じられない」と驚きの声が上がった。

「どうして、私の両親は旧ヴェローニカ派なのだ。……私自身が派閥を選べるようになるのはいつだ?」

 派閥が違うだけでずいぶんと不利になる事が目に見えてわかり、今まで以上に差が開くのか、と頭を抱えている騎士見習い達がいた。明らかに魔力が伸びている面々を見れば、他の者にも置いていかれることになるのが目に見えているのだから当然だろう。

「数年前までは、旧ヴェローニカ派が主流だったのですから、親を責めても、嘆いても仕方がありません。成人前の子供が親と同じ派閥と見なされるのも当然のことですもの。けれど、自らの意志で派閥を選ぶと言うならば、わたくしはできるだけ協力したいと思います」
「え!?」
「ローゼマイン様、どういうことでしょうか!?」

 目を丸くして顔を上げた旧ヴェローニカ派の子達に向けて、わたしはできるだけ聖女らしい笑みを浮かべる。これは子供世代を取り込むための大きなチャンスだ。

「わたくしが魔力圧縮について教える場合、契約魔術を行うのですけれど、その内容を多少変更させてでも、希望する者に魔力圧縮を教えられるようにできないか、アウブ・エーレンフェストと話し合ってみたいと思います。すぐに、は難しいかもしれませんけれど、なるべく早く実現できるようにわたくしも力を尽くしますから、腐らずに皆様も努力してくださいませ」
「はいっ!」

 目標が見えたためだろうか、旧ヴェローニカ派の子供達の顔が輝いた。視界の端でハルトムートが満足そうに笑っているのが非常に気になるが、まぁ、いい。

「ヴィルフリート兄様達は今年が正念場です。これまではうまくやっているのですから、社交が始まるこの先に注意してくださいませ」
「うむ。同じ失敗はもうしない」
「えぇ、ヴィルフリート様も我々も努力しております。ローゼマイン様にお認め頂けると存じます」

 結束力があるヴィルフリートの側近達が笑顔で頷き合う中、アンゲリカが顔を上げて、きゅっと胸の前で指を組み合わせて、わたしを見た。

「ローゼマイン様! わたくしはやります! 挑戦させてくださいませ!」

 勉強したくないと項垂れていた先程とは違い、アンゲリカの青い瞳がキラキラに輝いて、興奮に頬を上気させてうっとりしている。「魔力があればそれだけ身体強化ができて、シュティンルークも強くなれるのです」という言葉がなければ、まるで恋する乙女の表情だ。
 いや、シュティンルークのためならば、こまめに手入れもして、苦手な勉強にも励んで、せっせと魔力を貢ぐのだから、むしろ、アンゲリカは魔剣シュティンルークに恋する乙女と言えなくもない。

 ……残念すぎる。

「ローゼマイン様、新しい魔力圧縮の方法をアンゲリカには教えるのに、実の兄である私には教えていただけないのですか?」

 コルネリウス兄様が不満そうな顔に、わたしは軽く肩を竦めた。

「奉納式で戻るよりも先にアンゲリカが講義を終えたら、の話ですよ。多分、不可能です」

 アンゲリカをやる気にさせるために言ったことだが、わたしが奉納式で戻るまでにはもう三週間もないのだ。これまでの三週間で三分の一を終えたアンゲリカにとってはかなり無茶な条件なのである。
 しかし、コルネリウス兄様は緩く首を振った。

「アンゲリカのこの様子を見て、本当にできないとお思いですか? 図書館を前にしたローゼマイン様とそっくりなのですけれど」

 わたしとアンゲリカを見比べながらコルネリウス兄様が「自分の目的を果たすためならば脇目を振らずに突進するところが非常に良く似た主従です」と言った。コルネリウス兄様の中では、アンゲリカは必ず目標を達成することになっているらしい。

「うっ……。では、奉納式までのアンゲリカの合格と……去年は15位だった領地対抗戦での成績を12位以上に上げることができれば、わたくしの側近には教えようかと思います」

 よしっ! とトラウゴットが満面の笑みを浮かべて拳を握り、ハルトムートが軽く眉を上げる。

「護衛騎士ではなく、側近とおっしゃるならば、文官見習いである私も騎士見習いが成績を上げられるように協力しなければなりませんね。コルネリウス、後で私の部屋に来てください。これまでの領地対抗戦で出た魔物とそれの倒し方などを上位の分だけですが、まとめてあります。多少は役に立つでしょう」
「感謝する、ハルトムート」
「側仕え見習いも領地対抗戦に向けて、知恵を振り絞らなければなりませんね。今年の領地対抗戦が楽しみですわ」

 ブリュンヒルデが飴色の瞳を輝かせ、食事の時間は終わった。



「ローゼマイン姫様、折り入ってお話がございます。食後、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

 感情を全く感じさせない表情でリヒャルダがそう言った。寮に戻った時にトラウゴットを叱り飛ばしていたので、トラウゴットが同席する食事の席ではピリピリしているかと思ったけれど、そうではなかった。
 リヒャルダは感情の切り替えがきっちりできている。だからこそ、わたしは特に疑問も抱かず、頷いた。

「もちろん、よろしくてよ。お部屋でいいかしら?」
「いいえ、一階の一室を確保しています。姫様の側近はできれば共に聞いてほしいと思います」

 わたしが同じテーブルについている皆を見回すと、トラウゴットを除いた皆は頷いた。トラウゴットは一人だけ目を見開き、固まっている。

「おばあ様、私は……」
「では、参りましょう」

 有無を言わせぬ視線でトラウゴットを見据えてそう言うと、リヒャルダが先頭に立って歩き始めた。ぞろぞろと移動する中、リヒャルダとトラウゴットの間に漂う緊迫感がこちらにも伝わってくる。
 わたしは自分の斜め前を歩いているハルトムートのマントを軽く引っ張って、小声で問いかけた。

「ハルトムートは何か知っていて?」
「三日前からリヒャルダが怒っていますからね。もちろん、存じております」

 目を細めて笑うハルトムートからも薄らと怒りの感情が見えているような気がする。リヒャルダとトラウゴットを見る目から考えると、どちらかというとリヒャルダの味方のようだ。

 ……トラウゴット、何をしたんだろう?

 多目的ホールからは少し離れたところにある会議室のような小さな部屋は、異性の階へは立入禁止になっている学生達が話し合うためにある。
 例年では派閥ごとに使う部屋が決まっているそうだが、今年は皆が多目的ホールで集まって活動することが多いので、特に決まっておらず、空いている部屋を使うことになっていた。

 部屋に入って、わたしはリヒャルダに勧められた椅子に座る。そして、左右にリーゼレータとブリュンヒルデの側仕えが並び、その両脇には横に護衛騎士が並ぶ。会議録でも取るつもりなのか、ハルトムートが木札とインクを取り出して座り、その隣にフィリーネを座らせた。
 わたしの正面に護衛騎士の列に並ぶことを許されずリヒャルダに引っ張って来られたトラウゴットとトラウゴットの腕をつかんだままのリヒャルダが立つ。
 くるりと側近一同を見回したリヒャルダが厳しい表情で口を開いた。

「ローゼマイン姫様、トラウゴットを側近から解任してくださいませ」
「え!?」

 わたしと両脇に並ぶ側仕えは突然の言葉に目を丸くした。けれど、周囲の護衛騎士達は多少の予感があったのか、「やはり」というような苦い表情になっているだけで、驚きの表情はほとんどない。おそらく情報をしっかり握っていたのだろうハルトムートは全く表情を変えていなかった。

 そして、解任という言葉に血の気が引いたような絶望的な顔になっているのはトラウゴットだった。まさか自分の祖母からこのような言葉が出るとは全く考えていなかったような顔をしている。

 それはそうだろう。
 主から必要ないと解任されるのは、側近として召し抱えられた貴族にとって不名誉なことだ。側近を解任されるような者が出るのは、一族にとっても不名誉なことになる。リヒャルダが自分の孫にそのような不名誉なことを望むとは考えられなくて、わたしは首を傾げた。

「……リヒャルダ、一体何があったのですか?」
「何があったの、ではございません。わたくしが怒り心頭で、解任を申し出るのが不思議ではない状況にローゼマイン姫様は居合わせたはずです。もう少し注意深く周囲を見て、ご自分の側近の言動に目を光らせてくださいませ」
「はいっ! 今後気を付けますっ!」

 リヒャルダの怒りがこちらに向かってきた。わたしは背筋を伸ばして即座に返事した。

「トラウゴットは姫様の側近に相応しくございません。直ちに解任を」

 リヒャルダが言うには、宝盗りディッターにおけるトラウゴットの言動が側近として完全に失格なのだそうだ。わたしも良い態度ではないと思っていたが、リヒャルダにとっては許しがたい暴挙だったらしい。

「けれど、トラウゴットはリヒャルダが推薦した、自分の孫でしょう? 解任などしては……」
「えぇ、わたくしが推薦いたしました。もちろん、トラウゴットに対して祖母としての情はございますが、わたくしは姫様の筆頭側仕えです。主にとって利とならない側近は不要です」

 祖母としての情があるからこそ、リヒャルダはトラウゴットに宝盗りディッターでの言動を叱り、自ら側近を辞任するように、と言ったのだそうだ。主に側近失格の烙印を押されて、辞めさせられるよりは、自ら辞任する方が対外的にはまだマシだ。

「誰にお仕えするのか、どのような動機でお仕えするのかは、個々により違いがございます。ですから、わたくしはトラウゴットが魔力の圧縮方法を目的にローゼマイン姫様にお仕えすることを選んでも、それについては口を挟みませんでした。大事なのは仕事に対する姿勢ですから」

 ブリュンヒルデは流行を発信したいから、いくつもの流行を抱えているわたしに仕えたいと思っていた。リーゼレータは姉であるアンゲリカを落第から救い、一族の評判を下げることを回避した上に、護衛騎士として重用し名誉を授けてくれたわたしへの恩返しとして仕えることを決めた。

 ハルトムートはわたしの聖女伝説を加速するために側近の仕事に精を出しているし、フィリーネは一緒にお話を集めるためだ。
 リヒャルダやアンゲリカは上からの命令だったし、コルネリウス兄様は自分の家族が領主一族の護衛騎士になっているので、妹であるわたしの護衛騎士を希望した。側近となった理由はそれぞれだ。

 どのような理由で仕えようと構わない。主を立てて、主のために動くことができるならば、それで良い、というのがリヒャルダの持論だそうだ。

「けれど、トラウゴットには仕える者の心構えがございません。主に対する従者の態度が取れておりません。あのような有様で側近を名乗るのは、筆頭側仕えのわたくしが許しません」

 トラウゴットはわたしを侮っているらしい。体が虚弱で、元々がカルステッドの娘で、従妹という間柄であることが一番大きいのだろう、とリヒャルダは言った。

「兄妹であっても公私の区別をつけているコルネリウスを前にして、甘えすぎです!」

 トラウゴットには側近としての心構えや忠誠心が全く感じられないから、これ以上の事を起こして辞めさせられる前に辞めろ、とリヒャルダが言って三日がたった。
 けれど、トラウゴットは全く動く気配がない。「ローゼマイン姫様から解任される前に、自ら辞めなさい」と今日も叱っていたらしい。帰ってきた時のリヒャルダの怒声はそれだったようだ。

 ところが、寸前まで「辞めろ」と叱られていたトラウゴットは、今日の夕食の席で魔力圧縮の四段階の話が出た時に、当たり前のようにわたしの側近として、その恩恵にあやかろうとした。その態度にリヒャルダが激怒し、辞任ではなく解任を申し出ることにしたらしい。

「お仕えする心構えもなく、自分の利益だけ得ようとするなど厚かましいにも程があります。これ以上の温情は実の孫でも必要ございません。領主一族に仕え、エーレンフェストを守っていくのがエーレンフェスト貴族の生き方です。其方の両親はこれまで何を教え、どのように育ててきたのでしょう。本当に情けないこと!」

 解任、解任とリヒャルダが言うけれど、それを決めるのはわたしだ。わたしはリヒャルダの言葉に真っ青になっているトラウゴットへと視線を向けた。

「トラウゴットはわたくしに仕える気があるのですか?」
「あります! このまま仕えさせてください!」

 必死の形相で頼み込むトラウゴットに、リヒャルダが目を吊り上げ、ハルトムートが橙の瞳にうっすらとした笑みを浮かべた。

「トラウゴットは魔力圧縮の方法を教えてもらえるまではローゼマイン様に仕えるけれど、その後はさっさと辞任するそうですよ」
「ハルトムート!?」

 トラウゴットがぎょっとしたようにハルトムートを見た。リヒャルダはハルトムートの言葉に絶句する。ハルトムートはゆっくりと側近全員を見回し、笑みを浮かべたまま、言葉を重ねた。

「雪玉で倒れたり、すぐに寝込んだりする虚弱な上に、周囲の迷惑を省みずに図書館へと突進するような変わり者の主にいつまでも仕えたくはないと聞いております。魔力圧縮を教えてもらえるならば、ヴィルフリート様に仕えたかったそうです」
「ハルトムート、其方!」

 トラウゴットが「余計なことを言うな!」と気色ばむけれど、ハルトムートはそれをフッと鼻で笑い飛ばす。

「私はローゼマイン様の側近ですから、判断材料となる情報をお届けするのは当然の義務ではないですか」

 トラウゴットとハルトムートが睨み合う中、リヒャルダが青筋を立てて怒りを露わにした。

「トラウゴット、貴方は何という……側近以前の問題です! そこへ直りなさいっ!」

 リヒャルダが激怒する様子を見ながら、わたしは目を細める。
 トラウゴットを側近から解任したがる理由は理解できた。けれど、トラウゴットが何を考えて、そこまで魔力圧縮方法を求めているのかわからない。仕えたくないわたしに仕えてまで欲しいと思うものだ。この場ですぱっと解任してしまって良いとも思えない。

「……皆、わたくしはトラウゴットと話がしたいのですけれど、人払いをお願いしても良いかしら?」

 他の人がいると話しにくいだろうな、と思ったわたしの言葉はリヒャルダによって、即座に却下された。

「なりません! 解任についての話をする時に護衛も付けないのはいけません! 姫様は状況をよく見てくださいませ」

 周りをよく見ると、護衛騎士の皆がリヒャルダに賛成して頷いていた。

「けれど、他の人がいると話せないこともあるでしょう?」
「そのために盗聴防止の魔術具があるのです。声は聞えなくても、これで護衛を付けたまま話ができるではありませんか」

 リヒャルダが「本来は事情など聴かずにさっさと解任するものですよ」とわたしの甘さを諌めながら、盗聴防止の魔術具をわたしの前とトラウゴットの前にコトリと置いた。

「わたくしはトラウゴットの言い分を聞きたいと思っています。わたくしと話をするつもりがあるならば、その魔術具を手に取ってください」
「……はい」

 トラウゴットが険しい表情で盗聴防止の魔術具を手に取った。
 アンゲリカのやる気に火が付きました。
 そして、リヒャルダが激怒しました。
 側近らしからぬトラウゴットにも、その態度を叱らないローゼマインにも怒っています。

 次回は、トラウゴットの主張です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ