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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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シュバルツとヴァイスの争奪戦

「祝福を与えましたから、普段より楽に戦えるはずです。けれど、こちらからは決して仕掛けないように。防戦でお願いいたします。わたくし達は図書館のソランジュ先生に託されたシュバルツとヴァイスを守るだけです。エーレンフェストは託された物を守っているだけで、戦いたくて戦っているわけではない。よろしいですか?」

 後で言い訳する時に、こちらからは手を出していないという事実は重要だ。わたしの言葉に、周囲が頷く中、すぐさま飛び出そうとしていたアンゲリカとトラウゴットの肩が下がる。

「ローゼマイン様、仕掛けられたら攻撃しても良いですか?」
「勝手に飛び出すのは禁止です。シュバルツとヴァイスを守り、図書館へと無事に戻すことが第一目的ですから、それができなければ……守るべきものを守れなかった無能、とボニファティウス様に叱られると考えて行動するようにお願いします」
「うっ……。かしこまりました」

 わたしが寝ていた二年間、おじい様は護衛対象を守り切れなかった護衛騎士を徹底的に鍛えたと聞いている。日常的に叱られていたのだろう、おじい様の名前を出した瞬間、アンゲリカとトラウゴットが表情を引き締めた。

「ひめさま、まりょくたりない」
「まりょくいる」
「……え? 先程注いだはずですけれど」

 撫でてあげたよね、とわたしが自分の行動を思い返していると、シュバルツとヴァイスは自分のお腹を撫でた。

「ちがう。ふく」
「まもる。たたかう」

 わたしは言われるままにベストのボタンを撫でて、一つ一つのボタンに魔力を注いでいく。ベストの中に縫い込まれていた魔法陣が次々と浮かび上がり、消えていった。

「つよくなった」
「ひめさま、まもる」

 ……え?

 わたしを守ると言われると、非常に困惑する。守らなければならないのは図書館の宝であるシュバルツとヴァイスなのだ。

「とりあえず、行こう。警戒は怠るな」

 皆がいつでもシュタープを出せる状態まで構えた状態で寮から出た。敵と対面した時に交渉ができるように、上級貴族であり、多少なりとも頭の回転が速いコルネリウス兄様とレオノーレを先頭に置いてある。飛び出していきそうなアンゲリカとトラウゴットは中心部に近いわたしの近くだ。周囲を緊張した騎士見習い達に囲まれて、わたしはシュバルツとヴァイスと手を繋いだ状態で歩いていく。

「宝盗りディッターのようなものです。シュバルツとヴァイスを守りながら、図書館へと入る。敵を倒すのではなく、守る。そこを勘違いしないでくださいね」

 襲撃などなければよい。そう思いながら、講堂のある本館の中央部分を抜けた。南へと向かって曲がり、図書館へと向かう回廊へと差し掛かる。その途端、何色ものマントが見えた。

 ……一つの領地じゃない!?

 4色のマントが翻っている。三十人もいないエーレンフェストに対して、百人ほどはいるように見える。一番前に陣取っているマントの色は青、ダンケルフェルガーだった。
 待ち構えていた相手が複数である上に、大領地が出てきたことに目を細め、わたしはぎゅっとシュバルツとヴァイスを握る手に力を込める。
 少し距離を置いた状態でコルネリウス兄様が足を止め、一歩前に出た。

「レスティラウト様、どういうおつもりで回廊を塞いでいらっしゃるのですか?」

 やや後方で仁王立ちしているのが、領主候補生のレスティラウトだ。領主候補生というよりも騎士見習いの方が似合いそうな体格をしている。レスティラウトはこちらを蔑むように目を細めただけで、何も答えない。
 代わりに、口々に声を上げたのは、ダンケルフェルガーの後ろについている中小領地の者達だった。

「どういうつもりか、問いたいのはこちらだ!」
「過去の王族が残した魔術具を我が物にしようとは、何たる不敬!」
「エーレンフェストからあの大きなシュミル達を取り返すのだ!」

 わたしにとっては、彼らがシュバルツとヴァイスを奪おうとする悪者だが、彼らにとっては、わたし達が王族の魔術具を奪った悪者らしい。
 声の大きさと相手の言葉に少し動揺したエーレンフェストの騎士見習いを見て、レスティラウトが唇の端を上げた。

「その通りだ。あれは古き王族の遺物であり、貴族院の図書館の所有物。たかが13位の領主候補生が所有し、図書館から奪い、持ち去っても良い物ではない! 王族の魔術具を取り戻せ!」

 おぉ! と声を上げる多数の敵を前に、エーレンフェストの騎士見習いが怯んでいるのがわかった。わたしはムッとして、反論の声を上げる。

「失敬な! 奪ってなどいません! わたくしは成り行きからシュバルツとヴァイスの主となりましたが、本日はその義務を果たすために、寮へと連れて行ったのです。ソランジュ先生の許可は得ております!」

 図書館から連れ出すための許可を取っている、とわたしが言った瞬間、相手の勢いが削がれた。

「許可を得ている?」
「奪って来たのではないのか?」

 人数は多いけれど、相手は情報の共有もきちんとはできていないようだ。大領地であるダンケルフェルガーが掲げる大義名分と共に、エーレンフェストを叩いておこうという中小領地が乗ったのだろう。大義名分がなければ怯むのだから、エーレンフェストより下位の領地だ。

 味方に走った動揺を消し去るようにレスティラウトがバッとマントを広げるようにして手を挙げた。

「王族の所有物であるにもかかわらず、主になるということ自体が傲慢この上ないことだ。おまけにエーレンフェスト寮に連れて行っただと!? ヒルシュール先生が我らの講義を放り出し熱中していることから考えても、その魔術具は分解されたり壊されたりする危険性が非常に高かったはずだ。そのような危険性に晒しただけでも、危機感の足りない其方は主として失格である!」

 ……ヒルシュール先生めっ!

 どうやら午後の講義をすっぽかしたらしい。それも含めてレスティラウトは怒っているのだろう。完全にとばっちりである。

「13位のエーレンフェストが主になれるならば、もっと優れているダンケルフェルガーの方が主として相応しい。主の交代を素直に認め、シュミルを渡すがよい。そうすれば、王族の魔術具を盗み取った、と訴えるのは勘弁してやろう。反逆罪に問われたくはなかろう?」

 わたしの周囲の騎士見習い達が「反逆罪」と小さく呟いた。その目には迷いが見える。王族に反逆罪として訴えられるのは、貴族としてあまりにも厳しい。

「そうですね。反逆罪に問われるのは困ります。それに、わたくしは正しくシュバルツとヴァイスを扱ってくださる相手ならば、譲渡することは別に構わないのです」

 そう言いながら、わたしはレスティラウトを見る。
 上級貴族の司書がいれば、わたしは主になる事などなかった。司書として図書館で働く者が二人の主となれるのが、本来は一番良いのだ。

「ローゼマイン様」

 咎めるようなアンゲリカの声を、わたしは軽く首を振って遮り、レスティラウトを見つめる。
 シュバルツとヴァイスは図書館の備品であり、お手伝いのための魔術具だ。主になったところで、魔力を与えるだけで自分の好き勝手に使えるわけではない。
 わたし以上に図書館のために魔力を与えてくれて、ソランジュの手伝いをしてくれる自称図書委員仲間がいるならば、別に主の地位を譲っても良いと思っている。わたしは奉納式でエーレンフェストに戻らなければならないので、後を託せる者がいると心強い。
 けれど、目の前に立つ男は明らかに筋肉質な体育会系で、とても自称図書委員になりたいと望むタイプには見えない。

「シュバルツとヴァイスを譲渡するならば、伺っておかなければならないことがございます。貴方は主となって何をなさるのですか?」
「何を……とは、何だ?」

 質問の意図がわからないというようにレスティラウトが眉を寄せる。

「答えにくいならば、質問を変えましょう。貴方は週に何度図書館へ足を運ぶのですか? これまでに図書館へと足を運んだ頻度及び借りた本の冊数をお答えくださいませ」
「領主候補生が図書館に足を運ぶことなどない。本は文官見習いに命じて借りてくるものだ。其方は一体何を言っている?」

 図書館に足を運ぶことがない。その時点でシュバルツとヴァイスの主としては失格だ。レスティラウトには託せない。
 わたしは首を振って、レスティラウトの申し出を拒否する。

「貴方はシュバルツとヴァイスの主として失格です。図書館に足を運ぶことがないような者はシュバルツとヴァイスの主にはなれません」
「失格だと? 何を勝手なことを……」

 シュバルツとヴァイスには主の魔力が必要だ。数日に一度は足を運んだ方が良いし、運べないならば、その期間ソランジュが困らないように多めに魔力を注いでおく必要がある。
 図書館に足を運ぶことがない者に主など務まるはずがない。

「わたくし達は預かっているシュバルツとヴァイスを図書館に返す途中なのです。わたくしには主としてシュバルツとヴァイスを守る義務があります。図書館の魔術具を図書館のために使うのではない者に奪われるわけには参りません。わたくし達の邪魔をし、奪おうとする貴方こそ反逆罪に問われることになります!」
「生意気な口を利くな!」

 吠えるようなレスティラウトの怒声に、わたしは怒鳴り返す。

「わたくしはシュバルツとヴァイスを、ひいては、貴族院の図書館を守ります! 生意気と言われようとも、相手が大領地の領主候補生だとしても、図書館からシュバルツとヴァイスを奪おうとする者に容赦はいたしません!」

 わたしの言葉に、エーレンフェストの騎士見習い達が敵を定めた目で、集団を睨む。
 人数に大きな差があっても、順位に大きな隔たりがあっても譲らない姿勢を見せたことで、敵対する中小領地の者達が動揺し、日和見を始めた。

「これではどちらの言い分が正しいのか、わからぬではないか」
「私は反逆罪に問われるのは御免だ」
「王子に裁定をお願いするのがよかろう」

 ざざっと中小領地の者達が示し合わせたように去っていく。敵対する意思を崩さぬまま、図書館への道を塞ぐのは、ダンケルフェルガーの青いマントだけになった。

「そこを退いてください。わたくしは図書館にシュバルツとヴァイスを返すのです」
「通さぬ。それの主となるのは、私だ。痛い思いをする前に、譲れ」

 そう言いながらレスティラウトがシュタープを取り出し、剣の形へと変化させた。それを見て、エーレンフェストの騎士見習い達も一斉にシュタープを構える。

「貴方にシュバルツとヴァイスの主は務まりません。お断りいたします」
「生意気な小さいのと、シュミルを捕えろ!」

 ブンとレスティラウトがシュタープを振り抜くと、魔力の固まりが飛んでくる。コルネリウス兄様が「ゲッティルト」と唱えて、盾を作り出し、即座に弾き返した。

「アンゲリカ、トラウゴット、道を開くのは二人に任せます! 他の者は盾を構え、攻撃を防ぎながら図書館へ!」
「はっ!」

 血の気の多い二人に道を開くのを任せた瞬間、アンゲリカは魔剣シュティンルークをつかんで飛び出していった。トラウゴットも嬉々とした表情でそれに続く。
 身体強化を使っているアンゲリカが軽い動きで、盾を構えているエーレンフェストの騎士見習い達を飛び越えていき、先頭へと躍り出た。

「体が軽い!? これは素晴らしいです! 行きましょう、シュティンルーク!」

 大きく刀身を伸ばしたシュティンルークには大量の魔力が籠っている。アンゲリカは魔剣シュティンルークを振るって、敵を素早く倒していった。
 正直なところ、よく見えない。アンゲリカがシュティンルークを持って動いているのはわかるのだが、一体何をしているのか理解できないのである。わたしが知っているアンゲリカと違って、身体強化を我が物としたようだ。アンゲリカの動きは明らかに周囲の敵よりも速い。

「姫様、失礼いたします」

 わたしの前に膝をついたリヒャルダがわたしを抱き上げると、手を繋いだままのシュバルツとヴァイスがリヒャルダの背中でぶつかり合い、ぶらんぶらんと揺れた。

「姫様、シュバルツとヴァイスを手放さぬように気を付けてくださいませ」
「はい!」

 中央突破を目指してリヒャルダを中心とした騎士見習い達が走り始めると、シュタープを弓に変化させた敵が一斉にこちらに向かって射ってきた。光の矢が降り注いでくる。騎士達が構えている盾だけでは防げない量だった。
 パン! と何かが弾けるような音がして、同時に、弓を射った相手がその場に崩れていく。

「何だ、どうした!?」
「ひめさま、まもる」
「てきのちから、てきにかえす」

 リヒャルダの背中で揺れているシュバルツとヴァイスの金色の目が魔力で輝き、服のボタンも光っている。

「すごい?」
「ひめさま、ほめて」
「褒めたいのですけれど、今手を離すわけには参りませんから、図書館まで待ってくださいませ」

 ……シュバルツとヴァイスの守り、すごい。

 一度に複数の敵に対応できる辺り、神官長のお守りよりもすごいかもしれない。神官長は複数の敵に対応できるように、複数のお守りを身に付けておくように、と言っていたのだ。

 ……いや、シュバルツとヴァイスも複数のお守りを身に付けているのと同じか。

 魔石のボタンはいくつもあったな、と思い出して、わたしは一つ頷いた。

「王族の遺物の守り、だと?」
「今のうちだ。図書館へ!」

 混戦状態になりながら、わたし達は図書館へと向かう。扉が間近に見え始めた時、大音声が頭上から降ってきた。

「止めよ! 双方とも武器を引け!」

 騎獣に乗ったアナスタージウスとその側近、そして、おそらく知らせたのだろう中小領地の者達が見えた。
 王族の登場に皆は一斉に武器を収めて跪いていく。図書館への扉を目前に、わたしも下ろされて、跪いた。

「貴族院内で騒動が起こっていると聞いたが、一体何の騒ぎだ?」

 アナスタージウスの不機嫌そうな声に、レスティラウトが頭を垂れながら、主張する。
 王族の遺物であり、図書館に置かれているはずの魔術具をエーレンフェストが盗み出した。それを取り返そうとしているところだった、と。

「王族の遺物?……あのシュミルか。エーレンフェスト、異論はないか?」
「ございます」

 こちらはシュバルツとヴァイスの主としての義務を果たすためにソランジュの許可を得て、連れ出している。図書館に返さなければならないのに、奪い取ろうとする者がいる。こちらは王族の魔術具を守っていたのだ、と。

「ダンケルフェルガー、エーレンフェスト、双方の寮監を呼べ! 詳しくは小広間で聞く」
「アナスタージウス王子、恐れ入りますが、小広間へと向かう前にシュバルツとヴァイスを図書館に戻して来てもよろしいでしょうか? 二人は図書館のものなのです」

 この後の話し合いがどうなろうとも、シュバルツとヴァイスを図書館に無事に届ければ、わたしは勝利できるのだ。

「図書館の魔術具は図書館に返すのが道理だ。返してくるが良い」
「恐れ入ります」

 わたしはシュバルツとヴァイスを連れて、リヒャルダと護衛騎士を連れて図書館へと入った。

「ソランジュ先生。シュバルツとヴァイスを返しに参りました」
「まぁ、ローゼマイン様。早かったですね」
「わたくし、アナスタージウス王子に呼ばれておりますから、すぐに行かなければなりませんの。失礼いたします」

 シュバルツとヴァイスの額を「守ってくれてありがとう」と撫でて、魔力を与える。お昼にも魔力を注いだのに、ずいぶんと減っている。それだけ守りに魔力を使ったのかもしれない。

 無事にシュバルツとヴァイスを返したわたしは、図書館を出て溜息を吐いた。やらなければならないことは終わったので、正直、この後のお話合いなど行きたくない。

「姫様、そのような疲れた顔をしていてはなりません。相手は大領地の領主候補生です。気を入れて向き合わなければ、あちらの思惑通りになりますよ」
「……思惑通りと言われても、わたくしにはレスティラウト様が何を考えてシュバルツとヴァイスを望んだのか、全くわからないのです」

 わたしが溜息を吐きながら言うと、リヒャルダを初め、皆が「何故わからない!?」と驚いた顔になった。

「主の認めと許しがなければ触れられず、譲渡にも主の承認が必要で、図書館から出すことができない魔術具の主に13位の新入生の領主候補生がなったのですよ」
「できることならば、自分が主になりたいと思うのが普通ではありませんか」
「……図書館のために協力したい人がそれほどいるのですか?」

 それは頼もしい、とわたしが思っていると、もどかしそうに周囲が「違う」と首を振って否定した。

「違います! 王族の魔術具の主として認められるというのは、王族の遺物の管理を任されるということです。名誉なことなのです」
「王族の覚えがめでたくなると考えられているのでしょう」

 そんな理由で主を譲る気には到底なれない。

「姫様、周囲とご自分の認識に深い溝があることをよく考えた上で、お言葉を発してくださいませ」
「……はい」



 わたし達が小広間に着いた時、アナスタージウスの前に青のマントがずらりと並んで跪いていた。そして、アナスタージウスの隣にはルーフェンが立っている。どうやらダンケルフェルガーの寮監はルーフェンだったらしい。並べてみると、とてもしっくりとする組み合わせだった。

 わたし達も同じように王子の前に整列して跪いていると、オルドナンツを飛ばしていたらしいアナスタージウスの側近が困った顔で入ってきた。

「ヒルシュール先生は今、研究が忙しいので来られないそうです」
「エーレンフェストは寮監に見捨てられたようだな」

 レスティラウトがフンと鼻を鳴らしてそう言った。バカにされているけれど、腹が立つことはない。事実だからだ。わたし達は顔を見合わせて肩を竦めるしかない。

「……ヒルシュール先生は寮で姿を見ることがまずないので、エーレンフェストではこれが普通なのです」
「なんだと!?」
「別の寮監がいれば、良いかもしれませんね」

 もっとまじめな寮監がいてくれた方が生徒達には助かるかもしれない。わたしがそう呟くと、アナスタージウスが軽く頭を振った。

「寮監を変えてほしければ、それに相応しい人材を中央に出せ。エーレンフェストから中央の役人となれる人材がいないから、交代できないのだ」
「……しばらくはヒルシュール先生が寮監を務めることになると思います」

 エーレンフェストの人材不足は深刻だ。中央に行けるような実力の持ち主は、むしろ、エーレンフェスト内で使いたい。

「だが、寮監が来ないのは困る。ローゼマイン、其方、呼び出せないのか?」
「呼ぼうと思えば、呼べます。リヒャルダ、オルドナンツを」

 リヒャルダがオルドナンツを出してくれる。わたしはリヒャルダが作ってくれたオルドナンツに向かって話しかけた。

「ヒルシュール先生、ローゼマインです。急いで小広間に来てください。寮監がいなければ、シュバルツとヴァイスの主を他領へと移すことになり、先生の研究を続けることができなくなります」

 リヒャルダがオルドナンツを飛ばすのを見て、わたしは「すぐ飛んできてくれると思います」とアナスタージウスに微笑みかけた。

「エーレンフェストの寮監、ただいま到着いたしました。何かございましたか?」

 おそらく騎獣で飛んできたのだろう。わたしの予想通り、ヒルシュールが小広間に姿を現し、「ヒルシュール先生が自発的に研究室から出てきただと!?」と生徒達から驚きの声が上がった。



「……では、今回の騒動の原点である魔術具について聞こう。ローゼマイン、何故其方が主なのか? 確か、主がいなくては触れられぬ魔術具だったはずだ。どのようにして主となった」
「成り行きとしか言い様がございません。詳しくはソランジュ先生に聞いてくださいませ。わたくしの言葉より信用できるでしょう」

 図書館登録の嬉しさに神に祈ったら魔力が祝福となって迸って、シュバルツとヴァイスが動き出したなんて信じてもらえるとも思えない。レスティラウトには「適当なことを言うな」と言われそうだ。

「ふむ。確かにそうだな」
「アナスタージウス王子、エーレンフェストは王族の魔術具を寮内に取り込み我が物にしようとしたのです」

 レスティラウトの言葉にアナスタージウスが軽く片方の眉を上げる。グレイの瞳が説明しろ、と言っているようで、わたしは軽く頷いた。

「わたくしはシュバルツとヴァイスを我が物とするつもりはございません。相応しい者がいれば、主の座をすぐにでも譲るつもりです」
「嘘を吐くな!」
「レスティラウト、黙れ。私は今ローゼマインの意見を聞いているのだ」

 アナスタージウスが軽く手を振って、レスティラウトを黙らせる。せっかくの機会なので、わたしは顔を上げて、アナスタージウスに新しい主の存在を願った。

「アナスタージウス王子、シュバルツとヴァイスの主になれる上級貴族を司書に戻してくださいませ。中級貴族であるソランジュ先生では主となれなかったのです。お一人で図書館の業務をこなすのは大変なので、わたくしは仮の主として協力しているに過ぎません。中央から人員を派遣してください。それが最も正しいあり方だと思うのです」

 中央から派遣された司書に主の座を譲りたい、というわたしの言葉にアナスタージウスは複雑な表情で頷いた。

「……なるほど。其方の言い分はもっともだ。だが、すぐにそれを行うのは難しい。仮の主がいて、魔術具が不足なく動くのならば、それで良いではないか」

 すぐに司書を戻せない理由があるようだ。アナスタージウスがこのままの状態で良い、と言うと、レスティラウトがずいっと前にいざり出た。

「アナスタージウス王子、でしたら、ぜひ私に仮の主をお申し付けください。13位のエーレンフェストより、私の方が相応しいと思われます」
「図書館に足を運ばない主などシュバルツとヴァイスに必要ありません。せめて、三日に一度は図書館に向かえる者でなければダメです」

 わたしとレスティラウトが睨み合っていると、ルーフェンが一見爽やかに見える暑苦しい笑顔でアナスタージウスに向かって提案した。

「ディッターで相応しい主を決めるのはどうでしょう、アナスタージウス王子」

 ルーフェンはそのままディッターで主を決める有用性を熱く語り始めた。
 王族の遺物である魔術具を守るに相応しい力がなければ、エーレンフェストには任せられない。ダンケルフェルガーはエーレンフェストに勝てると実力を示し、正々堂々と主の座を譲り受ければ良い。

「それは、常に優勝しているダンケルフェルガーが有利ではないか?」
「ですから、エーレンフェストは守るだけです。こちらを攻める必要はない」

 ダンケルフェルガーを攻める必要はなく、守るだけにすればちょうど良い、と言う。それが本当に難易度の設定として正しいのか、わからない。

「確かに、エーレンフェストに守る力がないのは困るな。……いいだろう。これから騎士見習いの専門棟にある競技場でディッターを行い、その勝者によって魔術具の主を決める」

 アナスタージウスが決めてしまえば、わたし達は従うしかない。競技場へと向かうため、立ち上がる。

「フン、先程は魔術具の守りがあったが、今度はない。我らに勝てると思うなよ」

 レスティラウトが通りすがりにボソリと呟く。格下を見るその目をわたしは静かに見返した。

「ローゼマイン様、絶対に負けてはなりませんよ」

 ヒルシュールが目を吊り上げて、必死の形相でわたしの肩をつかんだ。大事な研究対象が、と口に出してしまう辺り、正直すぎる。脳内はシュバルツとヴァイスの魔法陣の事しか考えていないに違いない。

「……負けませんよ。わたくしは図書館の事を考えていない者をシュバルツとヴァイスの主にするつもりなどこれっぽっちもないのです」

 ……それに、魔術具のお守りなら、シュバルツとヴァイスに負けず劣らずいっぱい持っているんですよね、わたし。

 シュバルツとヴァイスは無事に図書館に戻りましたが、主を決めるディッターが行われることになりました。

 次は、ディッターです。
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