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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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音楽の先生方とのお茶会

 午後からわたしはまた図書館に行って、読書にふけるつもりだったが、皆がそれを許してくれなかった。反省会と明後日のお茶会への対策が先だと言われたのである。
 今日の午後に準備をすれば、明日は一日図書館にいても良いと言われたので、なるべく早く終わらせたいと思う。

「中央貴族の方は、砂糖が多いお菓子に慣れていらっしゃるようですわ。音楽の先生方とのお茶会に持って行くカトルカールは蜂蜜も混ぜて、甘みが多いものの方が良いのではないでしょうか」
「でしたら、先生方の情報を元に、お茶も少し変えた方が良いですね」

 わたし達の反省会は寮の多目的ホールで行われ、ヴィルフリートとその側近や情報を集めたいと考えている者達も参加している。

「リンシャンや花の飾りにも多少の反応がありました。けれど、ソランジュ先生が一番関心を持っていらしたのは植物紙だったようです」
「植物紙か。ローゼマインほどは気軽に使えぬぞ」

 エーレンフェストの新しい産業としてアピールしていくというのはわかっていても、どうすればアピールになるのかわからない、とヴィルフリートがぼやく。

「エーレンフェストの者が図書館で写本をする時に植物紙を使っていれば、それで十分だと思います。ソランジュ先生との会話で先生方にもそれなりの連絡方法があることがわかっていますから、それなりに話は広がるでしょう」

 それよりも大事なのは、材料と製法がばれそうな「植物紙」ではなく、「新しい紙」と呼ぶことで、更に相手の興味を引くことだ。それから、まだ印刷に関する話はしないということも合わせて説明しておく。
 わたしがソランジュにどのように話をしていたのか、フィリーネが自分の書きとめたメモを元に話し始めた。それにハルトムートがいくつか説明を加えていく。

「研究をされている先生方は研究成果の一部を図書館に納める義務があるそうです。安価な紙の存在を知れば、売れると思いました」

 製本をするのが面倒で巻物にする先生も多いと聞いた。ならば、植物紙の大きさを揃え、綴っていけば良いようにファイルやバインダーのような紙の表紙を予め作っておけばどうだろうか。高さの揃った本の方が絶対に収納しやすいはずだ。わたしは書字板を取り出して、すぐにメモをしておく。

「ローゼマイン様、何を書かれていらっしゃるのですか? 話し合いの状況は文官見習いが書きとめていますが……」
「新しい商品の案ですから、気にしないでくださいませ」
「……お茶会の反省で何故新しい商品の案を書いているのだ?」

 ヴィルフリートが呟いたけれど、思いついた時にメモしておかなければ、忘れるではないか。

「いつ何時思いつくかわからないから、わたくしは常に書字板を持っているのです」
「ローゼマイン様の書字板も便利そうですよね」
「帰ったら、プランタン商会に紹介いたしましょうか? 木の板に蝋を流し込む物ですから、彫刻に凝らなければ非常に安価で手に入りますよ」
「ぜひお願いいたします」

 興味があったのか、文官見習いがすぐに食いついた。羊皮紙よりは安くても、植物紙もまだまだ高価で、メモのためには手が出ないようだ。

「今回のお茶会で気付いた点を次回に生かすとして、シュバルツとヴァイスの採寸予定が決まったのですから、ヒルシュール先生にお知らせしなくてはなりませんね。リヒャルダ、お願いします」
「かしこまりました」

 リヒャルダが部屋を出て、オルドナンツで連絡を取っている間、わたしは次のお茶会での話題について話をしていた。

「やはり、音楽についての話題でしょうか」
「作曲については色々と質問されるのではないでしょうか」
「……わたくし、大丈夫でしょうか? 正直なところ、あまり音楽には詳しくないのです」

 課題曲で弾かされた練習曲しか知らないし、社交の場にあまり出ていないので、よく奏でられる音楽についてもそれほど詳しくない。

「楽師が知っているでしょうから、音楽に関しては問題ありません。ただ、音楽の先生だけでなく、エグランティーヌ様がいらっしゃると伺っております」

 ブリュンヒルデの言葉にわたしは首を傾げる。どこかで聞いたような気がするが、明確に思い出せない人物の名前だ。

「……どなたでした? 有力な領地の領主候補生のお名前だと思うのですけれど、まだ顔と一致できていないようです」
「エグランティーヌ様は大領地クラッセンブルクの領主候補生ですわ。最高学年の成績優秀者で、今年の奉納舞では光の女神に祈りを捧げる役を与えられています。そのためか、光の女神に例えられることもあるほどです」

 ブリュンヒルデの説明にわたしは奉納舞の稽古でとびぬけて上手だった彼女の顔を思い出した。

「とても舞の上手な方ですよね? わたくし、奉納舞のお稽古でご一緒して、感動しましたもの」

 あの人が来るのは少し楽しみだ。わたしの気分が上昇し始めた途端、ヒルシュールが多目的ホールに飛び込んできた。

「ローゼマイン様、日時が決まったのですね!?」
「ずいぶん早いですね、ヒルシュール先生」
「本館から少し離れたところにいたので、騎獣で直接飛んで参りましたから」

 そんなことを得意そうに語られても困る。ヒルシュールの紫の目が輝いて、期待に満ちていた。

「ソランジュ先生の予定に合わせて、三日後になりました」
「三日後……。では、午前に行いましょう。午後にはわたくし、講義がありますから」
「わかりました」

 ヒルシュールの目の輝きが少しばかり怖くて、シュバルツとヴァイスがすでに注目を集め始めていること、さらわれる危険性があること、盗まれたり、壊されたりする可能性を排するために、見るだけならばともかく、自分の側仕え以外には触らせないことを明言した。

「仕方がありませんわね。見るだけにとどめておきます」
「護衛騎士は連携を密にして、他領の人間を近寄らせないように気を付けてください」

 わたしはそう言いながら、中央に籍を移しているヒルシュールへと視線を向ける。コルネリウス兄様は意味がわかったようで、軽く手を挙げた。



 一度お茶会を経験したためか、少しだけ気が楽になったような気がする。わたしは今日もブリュンヒルデに髪や衣装を整えてもらった。
 今日のお茶会に文官は必要ないと言われているが、フィリーネは場馴れするためにも同行することになっている。音楽の先生方に見せられるように、楽譜を持つ役目をしてもらうことになっている。この楽譜は新しく作った英知の女神 メスティオノーラの曲をロジーナが清書したもので、印刷物ではない。

「フィリーネ、楽譜と一緒に紙とインクも準備しておいてちょうだい」
「何故でしょう?」
「わたくしの側近はいかなる時も筆記用具を忘れてはならないのです」

 書字板だけで足りない事態になったら困るでしょう? とわたしが言うと、フィリーネが「かしこまりました」と小さく笑って、筆記用具の準備を始めた。

 今日のお菓子は前回の反省を生かした蜂蜜入りのカトルカールだ。プレーンなものに比べると濃い甘みがある。添える物はこの間と同じように準備してもらった。

「そろそろ向かいましょうか? ロジーナ、それほど緊張しなくても大丈夫ですよ」

 ロジーナがものすごく緊張した顔になっている。本人は顔に出していないつもりなのだろうけれど、長い付き合いで普段よりちょっとだけ強張っているのがわかる。

「講義で顔を合わせているわたくし達でも先生方のお茶会は緊張するのですもの。楽師も緊張しますわ、ローゼマイン様」

 特に今日は音楽の先生方のお茶会だ。わたしが作った曲に興味があるということは、わたしの専属楽師であるロジーナが一番注目されるということでもある。元灰色巫女のロジーナが貴族院の先生方の前で弾くのだ。プレッシャーは半端ないと思う。

 準備を終えたわたし達は、3の鐘が鳴ると同時に出発し、音楽の先生方の部屋がある側仕え見習いの専門棟の方へと向かった。専門棟の三階は先生方の部屋になっているそうだ。ヒルシュールの部屋は文官見習いの専門棟の三階にあるらしい。

「ヒルシュール先生は寮監ですから、本来ならばエーレンフェスト寮で起居するのですが、研究に没頭し、調合で周囲に異臭や騒音をまき散らすため、学生時代から助手の部屋で寝泊まりしていたようです。エックハルト兄上がそのように言っているのを聞いたことがあります」

 エックハルト兄様は神官長から聞いたらしい。寮で調合して、周囲に迷惑をかけるならば、専門棟の部屋にいてくれる方が安心かもしれない。

 お茶会が開催される部屋へとブリュンヒルデが案内してくれる。そこに行ったら、音楽の先生が三人、そして、奉納舞で光の女神に祈りを捧げるエグランティーヌ、そして、何故かアナスタージウスがいた。

 ……王子が同席するなんて聞いてませんけど!

 わたしが思わずブリュンヒルデを振り返ると、ブリュンヒルデも驚きに飴色の目を見張っている。ブリュンヒルデも知らなかったようだ。
 先生の一人がわたし達の驚きに気付いたようで、困ったように眉尻を下げながら、わたしとアナスタージウスを交互に見た。

「本日のお茶会のお話をエグランティーヌ様から伺ったようで、アナスタージウス王子も同席したいとおっしゃったのです。突然のことにわたくし達も面食らってしまったのですけれど、ローゼマイン様、よろしいかしら?」
「えぇ、もちろんですわ。アナスタージウス王子とご一緒できるなんて光栄ですもの」

 一瞬笑顔が引きつったけれど、答えだけならば及第点の答えが返せたと思う。もちろん、わたしの本音としては、「招待もされていないお茶会に顔を出すな!」である。失敗が怖いので、王族などいないほうがありがたい。

「こちらへいらして、ローゼマイン様」

 領主候補生と上級貴族に音楽を教えている、つまり、わたしの先生が自分の隣の席を示した。円いテーブルに先生と生徒が交互に並んでいて、わたしの両隣は先生で、王子との間にクッションがあるのは正直助かる。

 王子や先生に挨拶をしながら、自分の席へと向かっていく。光の女神に例えられるのも納得できるような波打つ金髪を複雑に結いながらハーフアップにしたエグランティーヌが、明るいオレンジの瞳を柔らかく細めた。

「親睦会でご挨拶は頂いたけれど、こうしてお話するのは初めてですわね、ローゼマイン様。わたくし、貴女の音楽をとても楽しみにしていたのです。本日はご一緒できて嬉しいわ」

 エグランティーヌは芸術に造詣の深い生徒で、わたしが音楽の先生方からお茶会に招かれるのを知って、同席したいとお願いしたのだと言った。

「わたくしもエグランティーヌ様の奉納舞のお稽古を見た時から一度ご一緒したいと思っていたのです」
「三年前に卒業されたクリスティーネをご存知でしょう? 彼女もフェシュピールの名手で、わたくし、何度かお茶会でご一緒したことがあるのです」

 わたしにもわかるように、わざわざエーレンフェストの話題を出してくれているのに、クリスティーネを知らないとも言えない。

「皆様がご存知のように、わたくしは二年間眠っていましたから、クリスティーネと直接の面識はほとんどございません。けれど、わたくしの専属楽師はクリスティーネにとても気に入られていたのです。わたくしの専属でなければ、自分の専属にしたかったと伺ったことがございます」
「まぁ、あのクリスティーネが専属楽師に望むだなんて、素晴らしいのでしょうね。エーレンフェストには音楽の才能がある者が多いのかしら? 早速聴かせてくださる?」

 エグランティーヌに促され、ロジーナは準備された椅子に向かいながら、わたしに視線を向ける。わたしは準備されている自分の席に座って、ロジーナにニコリと笑って見せた。
 皆の視線が注目する中、ロジーナはゆっくりと深呼吸して、フェシュピールを構える。

「これから弾いてもらう曲は、わたくしが作曲したのですけれど、演奏しやすいように編曲したのはフェルディナンド様とわたくしの専属楽師ロジーナなのです。ロジーナ、火の神 ライデンシャフトに捧げる歌を初めに弾いてちょうだい」
「かしこまりました、ローゼマイン様」

 ロジーナが奏でるフェシュピールにエグランティーヌはもちろん、アナスタージウスも聴き入っているようだ。先生方も興味深そうにロジーナを見つめている。

 ……わたしのロジーナはすごいんだから。

 視線がロジーナに集まっている間に、その場にいる側仕え達はお菓子やお茶の準備を手早く進めていく。

「大変素晴らしいですわ。クリスティーネが好んだのも納得できる名手ですね」

 ロジーナの腕に賞賛の言葉が降り注ぐ。かつての主と共に褒められて、ロジーナははにかむように笑った。

「今日の演奏はロジーナに任せて良いかしら? わたくし、他の曲も聴いてみたいですわ」

 エグランティーヌの提案にアナスタージウスと先生が頷いた。
 ブリュンヒルデやリヒャルダに事前に教えられていたことだが、こうしてロジーナに弾かせることで、自分の楽師に新しい曲を耳で覚えさせるのだそうだ。そして、帰ったら、楽譜を書かせるらしい。

 曲を出し惜しみして、価値を吊り上げることもできるが、すでに実技でエーレンフェストの生徒達が弾きまくっている。ここには王子もいるので、繋がりを作る意味でも出し惜しみはしないようにと言われている。

「ロジーナ、皆様が楽しみにしているそうですから、他の曲も弾いてくださいませ。次は英知の女神に捧げる歌をお願いするわ」

 わたしがそう言うと、一曲弾いて気が少し楽になったらしいロジーナが自然な笑みを浮かべて、フェシュピールを構え直した。

「あら、嫌だわ。お茶が後回しになってしまったわね」

 先生が恥ずかしそうに笑いながら、お茶とお菓子を一口ずつ口にして、皆に振る舞っていく。わたしも持参したカトルカールを一口食べて見せて、皆に勧めた。

「蜂蜜入りのカトルカールです。お好みでこちらを添えてくださいませ」
「……何だか貧相な菓子だな」

 アナスタージウスはカトルカールを見て、そう評した。確かにカトルカールの見た目に派手さはないけれど、砂糖を固めてあるような中央のお菓子よりはおいしいとわたしは思っている。

「あら、見た目は素朴ですけれど、とてもおいしいですわ。程よい甘さで、とても食べやすくて……わたくしは好きです」
「エグランティーヌがそのように言うのは珍しいな」

 アナスタージウスも一口だけ口に入れて、ふぅん、と呟く。だが、その後の手の動きが速くなったことから考えても、味は好みの範疇に入ったようだ。

「私はむしろこちらが気に入った」

 アナスタージウスはルムトプフをかけて食べるのが気に入ったようだ。多分、お酒の風味が甘さに勝つところが気に入っているのではないか、と思う。

 ……中央貴族でも男の人にはルムトプフ入りのカトルカールの方が受け入れられるかも。

 ルムトプフに砂糖を結構使っているし、高いお酒が必要になるので、その辺りを説明すれば、比較的簡単に受け入れられそうだ。

 蜂蜜入りのカトルカールは先生方にも好評だった。甘さが程良いらしい。
 エーレンフェストでは蜂蜜入りのカトルカールは甘い物が好きな子供が大喜びするけれど、大人は刻んだフェリジーネが入った物やお茶の葉が入った物を好んでいた。結構好みに差があるようだ。

「それにしても、なんて綺麗な髪でしょう。まるで闇の神の祝福を受けたような夜の色の髪ではありませんか」
「エグランティーヌ様の髪は光の女神の祝福を受けたようですね。光が当たってキラキラとして、とても綺麗ですわ」
「あら、お上手ですこと。でも、ローゼマイン様の髪のような艶はありませんもの。一体何を使っていらっしゃいますの?」

 エグランティーヌの振った話題に先生方も全力で食いついてきた。

「そうですわ。進級式の折はエーレンフェストの女子生徒の髪が揃って輝いておりましたもの」
「エーレンフェストには何か秘密があるのでしょう?」

 今日のお茶会の雰囲気は、ソランジュとのものより、お母様方のお茶会の方が似ている。お母様と同じ年代の先生方がじっとわたしを見て、答えを待っている様子はエーレンフェストでも馴染んだものだ。

「わたくしは髪を洗う時にリンシャンを使っております。これから先、エーレンフェストの特産品として売り出していく予定になっています」

 売られるのはこれから先ですか、と残念そうにエグランティーヌが溜息を吐いた。

「先に少し売れ」
「え? あの……」

 ……こういう時は何て答えれば良いんだっけ? はい、と答えるにしても、少しってどれくらいだかわかんないし、お金のやりとりが発生するのは困るんだよ!
 
 お金のやりとりが発生してしまうと、神官長に厳しくチェックされてしまう。無料で渡すにしても、先生方のお茶会という公の場で約束してしまえば、王族に献上という形になる。当然、それなりの品質や量が必要だ。使いかけを「これでよかったら」と渡すわけにはいかない。そんなことをしたら、わたしが何と言われるか、考えるだけでも恐ろしい。

「わ、わたくしの一存では何ともお返事いたしかねます。お金のやりとりが発生するのですから、せめて、アウブ・エーレンフェストの許可を得たいと存じます」
「アナスタージウス様、新入生に無理をおっしゃるものではありませんよ。売買は領主会議を通してから、と決まっているではありませんか」

 上位の者が強引に買い取ったり、取り上げたりすることがないように、と決められているらしい。

「だが、其方は卒業式に欲しいのだろう?」

 アナスタージウスの言葉にエグランティーヌは少しだけ決まりが悪そうな顔になった。どうやら図星だったようだ。エグランティーヌが成人式でもある卒業式にリンシャンを使いたいと考えているため、アナスタージウスは手に入れようと考えたらしい。

「……わたくしが使っている分でよろしければ、エグランティーヌ様に少しだけお分けいたします。その、あまり多く持って来ているわけではございませんから、本当に少しだけになりますけれど」

 わたしの言葉にエグランティーヌは顔を輝かせ、アナスタージウスは一目でわかる不機嫌な表情になった。

「エーレンフェストの小さいの。其方、私に対する答えとエグランティーヌに対する答えがずいぶん違うではないか」
「エグランティーヌ様に使用途中のリンシャンを一回分だけお譲りするのと、アナスタージウス王子の要望でリンシャンを売るのは全く別物ではありませんか。王族に売る、もしくは、献上となれば、品質や量を揃えなければなりませんもの。わたくしの一存ではどうにもなりません」
「……其方、形が小さい癖に中身は相応なのだな」

 アナスタージウスの中で、わたしの評価は一体どのようになっているのだろうか。

「リンシャンが準備できないならば、仕方がない。ローゼマイン、卒業式までに光の女神に捧げる歌を作れ」
「……え?」
「そうすれば、私が買い取ってやろう」

 ……何だろう、この無茶振り。わけがわからない。

 リンシャンを準備できないのと作曲に一体どんな関係があるのだろうか。首を傾げるわたしを見ている先生方がおろおろと困ったようにわたしとアナスタージウスを見比べる。

「卒業式までに新しい曲を作るのは難しいと思いますわ、アナスタージウス王子」
「神に曲を捧げるのが得意なエーレンフェストの聖女ならば、それくらいはできるはずだ。そうだろう?」

 できると言え、とアナスタージウスのグレイの瞳がわたしをじっと見つめる。

 ……光の女神に捧げる曲、ねぇ。

 わたしは心配そうにこちらを見ているエグランティーヌに視線を向けた。わたしの中で、光の女神のイメージは今のところエグランティーヌで固定されている。エグランティーヌに似合うような曲ならば、それらしいのがあるかもしれない。

 ……讃美歌がそれっぽいかな?

「先生、あちらのテーブルをお借りしても良いでしょうか?」
「えぇ、構いませんけれど……」
「フィリーネ、あちらのテーブルに紙とインクを準備してちょうだい。ロジーナ、書きとめてください」
「かしこまりました!」

 わたしの作曲風景を見たことがある側仕え達は何をするのかすぐに察したようだ。ロジーナの椅子を移動したり、フィリーネの準備を手伝ったりして、すぐにその場を整えてくれる。

「編曲はしなくて良いですから、主旋律だけを書きとめてください」
「かしこまりました」
「らららららら~」

 わたしが主旋律を歌って、ロジーナがフェシュピールで音を拾いながら、数小節ずつ書きとめていく。それほど長くないので、アレンジをしないのであれば、すぐに終わる。

「このような感じでいかがでしょう? フェシュピールで奏でた時にもう少し華やかになるように編曲をして、光の女神に相応しい歌を作るので、もう少し時間は必要になるのですけれど」
「ローゼマイン、其方……」

 ポカンとしているアナスタージウスと違って、エグランティーヌは「素晴らしいわ」と手放しで褒めてくれた。

「なんて美しい曲でしょう。心が透き通って、神々の存在を感じられそうになります」
「この曲はエグランティーヌ様を思い浮かべて作ったのです。奉納舞のお稽古を拝見して以来、わたくしの中で、光の女神はエグランティーヌ様なのですよ」

 あまりに褒められて、わたしはちょっと照れながら選曲基準にエグランティーヌを置いたことを話したら、今度はエグランティーヌが照れたようにうっすらと頬を染めた。

「ローゼマイン様が殿方でなくてよかったですわ。このように即興で素敵な曲を作って捧げられたら、わたくし、心を奪われてしまったでしょう」

 クスクスと笑うエグランティーヌの言葉に、アナスタージウスが静かに立ち上がった。

「ローゼマイン」
「はい」
「その曲はエグランティーヌに捧げよ。私はいらぬ。興ざめだ」

 そう言って、アナスタージウスが退室していく。わたしは一気に血の気が引いた。作れと言われて曲を作っていたら、興ざめ、と言われてしまった。

 ……どうしよう、わたしの社交、大失敗!

「アナスタージウス王子を怒らせてしまいました」

 わたしがアナスタージウスの出て行った扉を呆然と見つめながら呟くと、エグランティーヌが困ったような笑みを浮かべた。

「あれは少し違うのです。わたくしが取り成しておきますから、ローゼマイン様は安心なさって。先生方、大変申し訳ございませんけれど、わたくしも失礼いたしますね」
「えぇ、エグランティーヌ様。後はよろしくお願い申し上げます」

 エグランティーヌとその側近がアナスタージウスの後を追うようにして退室していく。わたしは「困った王子様だこと」とお茶を飲んでいる先生方に真っ青になりながら、謝罪した。

「先生方、お茶会をめちゃめちゃにしてしまって申し訳ございませんでした」
「よろしいのですよ。アナスタージウス王子のあの態度は、ローゼマイン様とエグランティーヌ様が仲良くしている様子に少し拗ねただけですから」
「ローゼマイン様がお気になさることではございません。それよりも、もっとフェシュピールを聴かせてくださいませ」
「ですけれど……」

 扉と先生方を見比べていると、わたしの先生が軽く肩を竦めた。

「エグランティーヌ様が追いかけましたから、大丈夫ですわよ。アナスタージウス王子はいつだってエグランティーヌ様の気を引きたくて仕方がないのです。むしろ、今はローゼマイン様に感謝しているのではないかしら?」
「まだローゼマイン様には早いかもしれませんけれど、ちょっとした駆け引きですわ」

 ここだけの話として、先生方が教えてくれたのは、エグランティーヌが政変で亡くなった第三王子の末娘で、大領地クラッセンブルクの領主である祖父と養子縁組して領主候補生となった元王女様なのだそうだ。洗礼式前に祖父の元へと移ったので、元王女だと知らない者も多い。
 現在の王が政変に勝ったのは、アウブ・クラッセンブルクが味方したからで、その養女であり、元王女であるエグランティーヌを射止めれば、確実に王座に近付く。アナスタージウスとその兄である第一王子は何とかエグランティーヌを振り向かせようと必死らしい。

「……アナスタージウス王子のあの必死さは王座を目的とした感情だけではないとわたくしは思うのです。王子を見ていると、アウブ・エーレンフェストの貴族院時代を思い出しますもの」
「彼は努力の方でしたね」

 養父様が努力の人だなんて言葉は初めて聞いた。わたしが目を丸くしていると、先生方は昔を懐かしむように目を細めて、楽しそうに笑う。

「今の第一夫人を卒業式でエスコートするために、なりふり構わず……でしたよ」
「見ていて微笑ましかったですわ」
「貴族院時代の二歳差は大きいですからね」

 ……何それ、もっと詳しく!

 わたしが身を乗り出すのと、側近達が興味津々の目で先生方に向かうのはほぼ同時だったようだ。先生方が顔を見合わせた後、悪戯っぽく笑い合った。

「あまり話してしまうとアウブ・エーレンフェストがこれから先やりにくいでしょうから、この辺りで止めておきましょうか。エーレンフェストに関する話ならば、フェルディナンド様のお話をした方が良いのではないかしら?」
「そうですわね。あれほど変声期を惜しいと思った方はいませんでしたわ」

 養父様の過去のお話をちょっと聞いた後は、神官長伝説へと話題が移り、お茶会は終了した。
 音楽の先生方とのお茶会に恋する残念王子参上。
 エグランティーヌ様に片思い中です。
 そして、ちょっとだけジル様の恋物語も。(笑)

 次は、シュバルツとヴァイスの採寸です。
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