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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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貴族院での初めてのお茶会

 そして、お茶会当日。
 わたしは髪をリンシャンで艶々に磨き上げ、ブリュンヒルデに結ってもらった。髪型と衣装は貴族院の流行を取り入れたものだが、花の飾りが目立つようにつけられる。お茶を飲んでいても目に留まるように、髪飾りと胸元に花の飾りがあるのだ。

 お茶会に持参するお菓子はもちろんカトルカールで、今回はソランジュの好みがわからないので、プレーンな物を準備してもらった。

「ソランジュ先生に関する情報は本当にありませんもの。誰ともお茶会をしていないというのは間違いないようですわ。わたくしもローゼマイン様が提案するまで、ソランジュ先生をお茶会の相手として認識しておりませんでしたから」
「わたくしも時間があれば、図書館に通って当人からゆっくりと情報を得たのですけれど、そのような余裕もございませんでした。ただ、ブリュンヒルデの言うように交流する相手と見なされず、一人で過ごすのはとても寂しかったと思います。ローゼマイン様とのお茶会が慰めになれば良いですね」

 側仕えとして、お茶会相手の情報を得ようとしたブリュンヒルデとリーゼレータだったが、エーレンフェスト内はもちろん、他領の側仕え見習い達もソランジュに関する情報は持っていなかったらしい。

「カトルカールはお皿に出して、クリームと蜂蜜とルトレーベのジャムとルムトプフ、どれでも好きな味で食べられるように準備しているので、これから少しずつ情報を得ていけばよいでしょう」

 好みがわかれば、それに合わせたカトルカールを作ることもできる。お茶も今回はカトルカールに合わせた物を準備してもらった。お茶会の会話の中でさり気なく聞きださなければならない。それもわたしの役目だそうだ。
 リヒャルダはお茶会の間にわたしがやることを指折り確認しながら、わたしを見た。

「姫様、話題に関しては頭に入っておりますね?」
「はい」
「それから、本日は書字板を使ってはなりませんよ。会話を控えるための文官見習いを連れて行くのですから」

 わたしよりもずっと緊張した面持ちで立っているのはフィリーネだ。フィリーネには初めて書記官としての仕事が課せられる。ハルトムートも手伝ってくれることになっているけれど、これから先赴くお茶会によっては男子禁制の場所もある。フィリーネには頑張ってもらわなければならない。

「フィリーネ、大変でしょうけれど、よろしくお願いしますね」
「ローゼマイン様、わたくし、このような高価な紙をたくさん持ったのは初めてで、手が震えてしまいます」

 フィリーネにはわたしがメモ用紙として使っている工房の失敗作を渡している。商品にはならなかった紙の有効利用だとわたしは思っているが、フィリーネにはとてもそうは思えないらしい。

「……ですけれど、書きとめるには紙とインクが必須でしょう? わたくしの書字板を貸してあげても良いのですけれど、慣れていないと字の大きさや書きとめる単語を決めることもできませんもの」

 書字板は片手で持って、メモを取るために使うので、それほど多くのことは書けない。
 本来のお茶会では文官が控えてメモを取るようなことはないのだが、今回はシュバルツとヴァイスの採寸の予定を立てるし、わたしがまとめかけの騎士物語の原稿を持って行って、ソランジュの感想をもらうというのが、本題に入っているため、文官も同行することになっている。

 それは建前で、本当の目的はフィリーネに文官見習いとしての経験を積ませるため、そして、ブリュンヒルデの要望でソランジュの反応を書きとめるためだ。
 今回のお茶会での反応を元に、これから先のお茶会で、エーレンフェストの学生達がどのように流行をアピールしていくのか、どのようにすれば他領の者の目に留まるのか、文官、側仕え両方で考えるのである。

 わたしの側近は全員、そして、音楽を奏でるためにロジーナも連れて行く。閲覧室に繋がる執務室でのお茶会なので、本当に演奏するかどうかはソランジュの意見で決めるけれど、連れて行かないのも失礼になるのだ。

「……忘れ物はないかしら?」

 わたしは玄関前でもう一度確認する。リヒャルダが押しているワゴンにはお菓子やお茶などお茶会に必要な物が詰まっているのだ。ブリュンヒルデはわたしの簪の位置や衣装に問題がないか、わたしを見て確認し、フィリーネは自分の持っている文房具に不足がないか見直している。

 もう何度も見直しているのを知っている護衛騎士やハルトムートは顔を見合わせて、肩を竦めていた。
 指差し確認しているわたしを見て、ヴィルフリートが緩く首を振る。

「リヒャルダが確認しているから、大丈夫であろう。私は忘れ物よりも其方がきちんと社交できるのか、そちらの方が心配だ」

 ヴィルフリートがハラハラした様子で、わたしを見ている。ヴィルフリートが参加を決められている従姉のお茶会は、従姉達がある程度講義を終えてからになるので、まだまだ先の話らしい。

 本に関しては周囲が見えなくなること、二年間の空白により社交経験がないことがわたしの弱点である、とリヒャルダに言われたヴィルフリートは、今日のお茶会も音楽の先生方とのお茶会も、わたしより緊張しているように見える。

「ヴィルフリート兄様、お話する内容も決まっていますから、大丈夫ですよ」
「其方ならば大丈夫だとは思うが、本当に油断しないように気を付けるのだぞ」
「わかっています。リヒャルダもいるので安心してくださいませ」

 お菓子やお茶の準備も整った。3の鐘が鳴ったら出発だ。



「ようこそ、ローゼマイン様」
「お招きいただきましてありがとう存じます、ソランジュ先生。とても楽しみにしておりました」

 ソランジュの執務室へと通された。登録用に使われていたテーブルや椅子がお茶会仕様に整えられている。その場にはソランジュともう一人、ソランジュの側仕えらしき女性がいた。

 わたしとソランジュが挨拶をしている間に、側仕え達は手早くお茶会の準備を始めた。
 フィリーネはハルトムートに言われて、どこにインクを置くか、どのようにメモをするか、打ち合わせをしている。護衛騎士は扉の付近とわたしの後ろにつく者に分かれて動き出す。

「ひめさま、きた」
「きょうはほん、よまない?」

 業務スペースから繋がっている扉からシュバルツとヴァイスが執務室へと入ってきた。金色の瞳がわたしの方へと向いて、首を傾げる。

「えぇ、今日はソランジュ先生とお茶会です。シュバルツとヴァイスの新しい服に関しても決めることがありますから、その間、お仕事頑張ってくださいませ」
「がんばる」
「あたらしいふく」

 挨拶に近付いてきたシュバルツとヴァイスに魔力を与えると、頭を振りながら、閲覧室へと戻っていく。その様子をソランジュがにこやかな笑顔で見ていた。

「あの、ソランジュ先生。閲覧室の様子が気になるならば、扉を開けたままでもよろしいのですけれど……」
「いいえ、ローゼマイン様。今は利用者が数人しかいませんから、閲覧室にお菓子やお茶の匂いが漂う方が気になりますわ」

 クスクスと笑いながら、ソランジュがシュバルツとヴァイスを見送って、パタリと扉を閉めた。

「音楽はどうしましょう? 音が閲覧室に漏れてしまわないでしょうか?」

 白の建物は基本的に防音性に優れているが、扉は普通の木が使用されているので、どうしても音は漏れる。
 ロジーナとフェシュピールを見て、少し首を傾げていたソランジュが楽しそうに青い目を細めた。

「……ローゼマイン様が作られた珍しい曲を弾くのでしょう? 一曲聴いてみたいですわね。わたくしは他のお茶会には参加できませんから」

 こんなに心が弾むのは久しぶりですね、と控えめな上品さで呟かれて、わたしはちらりとロジーナに視線を向ける。

「では、後日、音楽の先生方のお茶会で披露しようと思っていた曲を、先にソランジュ先生にお披露目しましょう」
「あら? よろしいのですか?」

 目を丸くするソランジュにわたしは笑って頷く。別に音楽の先生方と新曲の披露を約束したわけではない。

「英知の女神 メスティオノーラに捧げる歌ですもの。初めてのお披露目は図書館の方が相応しいと存じます」

 ……わたしが元々付けていた歌詞は、図書館賛歌という方が正しいからね。

 図書館に行けることに浮かれて歌っていた歌詞を知っている側近達は揃って笑うのを堪えるような顔になった。

「ローゼマイン様がよろしいのでしたら、お茶を頂いた後で、その曲を聴かせてくださいませ」
「えぇ」

 ソランジュの側仕えがロジーナに椅子を準備してくれる。ロジーナもフェシュピールの準備を始めた。
 リヒャルダがお茶を入れてくれて、ブリュンヒルデがお皿にカトルカールと添えるためのクリームなどを次々と並べていく。
 自分の前に置かれたカトルカールと、どんどんと並ぶ添え物を見比べるようにしながら、ソランジュが不思議そうに目を瞬いた。

「ローゼマイン様、これは何でしょう? 珍しいお菓子ですわね」

 やはりカトルカールのようなお菓子は中央では珍しいようだ。ブリュンヒルデの飴色の瞳がきらりと輝く。反応を感じ取ろうとしているブリュンヒルデの様子を視界の端に納めながら、わたしはカトルカールの説明をする。

「カトルカールといいます。エーレンフェストで最近はやり始めたお菓子なのです。ソランジュ先生のお口に合うと嬉しいですわ。その、中央のお菓子とは少し趣が違いますので……」

 中央の甘すぎるお菓子に慣れていたら、カトルカールを味気なく感じる可能性もあるのだ。

「このように自分の好みでクリームやジャムを添えていただくのです。生クリーム、ルトレーベのジャム、蜂蜜、ルムトプフを準備してみました」
「ルムトプフ? それもエーレンフェスト特有の物かしら?」
「果物を保存するためにお酒で漬けたものですから、似たような物はあるかもしれませんね。エーレンフェストではルムトプフと呼ばれているだけですわ」

 細かく刻まれたルムトプフを見つめ、ソランジュは何度か頷いた。ソランジュの故郷ではレモンのような酸味の強い果物を蜂蜜に漬けて置いておくのが冬支度になるらしい。

「最初の一口はそのまま食べてみて、お好みの味を添えると良いですよ」

 わたしはお茶とお菓子を一口ずつ食べて見せ、ソランジュにも勧めた。ソランジュはお茶を一口飲み、カトルカールを口に運ぶ。
 中央の貴族にはどのように受け取られるのだろう、と興味津々で見つめていると、ソランジュはニコリと笑った。

「あっさりとした口当たりでとても食べやすいですわね」

 カトルカールはバターもたっぷりと使っているパウンドケーキなので、別に口当たりがあっさりとしたお菓子ではない。けれど、カトルカールをあっさりと感じる程、中央のお菓子は砂糖の固まりで甘いのだ。
 その分、中央のお茶はちょっと苦い。今日のお茶はカトルカールに合わせて、柔らかい味のお茶にしてある。

「中央のお菓子はとても甘いですから、甘さが物足りないならばジャムや蜂蜜を添えると良いですよ」

 とりあえず、準備してくれた全ての添え物で一口ずつ食べて見せると、わたしは生クリームとルムトプフを取ってもらった。

「それぞれの味を試してみたいですわね。どのように変わるのか、とても楽しみですもの」

 ソランジュの側仕えが少しずつクリームやジャムを添えていく。ソランジュは一口ずつ食べて、嬉しそうに顔を綻ばせた。
 中央のお菓子はとても綺麗な細工がされているけれど、一つ二つを摘まんだらそれでもう良くなるらしい。

「いくらでも食べられそうですわね」

 ソランジュが気に入ったのは、蜂蜜とジャムだった。やはり、中央の貴族にとっては甘みが足りないようだ。蜂蜜を入れたカトルカールの方が口に合うかもしれない。

「ローゼマイン様はいつも変わった髪飾りをしていらっしゃいますけれど、それも最近のエーレンフェストで流行り始めたものでしょうか?」

 今までエーレンフェストの生徒が付けているのを見たことがない、とソランジュが言った。わたしは自分の髪飾りにそっと指先で触れる。

「わたくしの専属針子が、わたくしのために作ってくれているのです。初めてエーレンフェストの貴族に披露したのは、わたくしの洗礼式でした。最近ようやく貴族の間で髪飾りだけではなく、衣装の飾りとしても使われるようになってまいりました。作るのが大変なようで、あまり数が増えていないようですわ」

 ギルベルタ商会が独占している状態なので、数年前から流行し始めたとはいえ、それほど数が増えているとも言えない状態なのだ。

「とても可愛らしいですもの。貴族院でも気にしていらっしゃるお嬢様方は多いようですよ」

 わたしは髪飾りのアピールのために、ありったけの髪飾りを持って来ている。日替わりに近い頻度で色々な髪飾りを付けていたことで、無事に広告塔の役目は果たせたようだ。

「興味を持たれる方がたくさんいらっしゃれば、領主会議での話題に上がるのではないかしら?」

 商品の売買に関しては、基本的に領地と領地の話し合いになるので、領主会議に丸投げである。子供同士で勝手なことを決められても困るので、学生であるわたし達にできるのは新しい商品の広告塔くらいだ。
 お茶会を通して実物を見せたり、ちょっとだけ無料提供したりして、アピールするだけだ。実際の購入は領主同士の話が決まってからになる。

「間違いなく領主会議の話題に上がるでしょう。このように立体的な花の飾りを見たのは初めてですもの。誰もがローゼマイン様の髪の艶と花の飾りに目を留めると思いますよ。その髪の艶も何か秘密があるのでしょう?」
「髪を洗う時にリンシャンを使っているのです。こちらは美容に関心が高い貴族女性にあっという間に広がったようですから、特筆すべき特産のなかったエーレンフェストの特産になればよいと思っています」

 今までのエーレンフェストとは違う、良いところを作っていこうとアウブ・エーレンフェストは頑張っています、と言っておいた。

「もちろん、わたくしも領主候補生として、精一杯アウブ・エーレンフェストを支えていくつもりですけれど」

 お菓子を食べながらの会話が一段落したので、わたしはロジーナにフェシュピールを奏でてもらう。
 ピィンと高く澄んだ音を響かせて、英知の女神 メスティオノーラに捧げる曲がフェシュピールで奏でられ、ロジーナの綺麗な声で歌われる。
 ロジーナに作詞を任せた結果、図書館という言葉は完全に消えてなくなった。

 ……図書館賛歌から普通の神様賛歌になってるね。

 けれど、図書館と縁の深い女神への歌ということで、ソランジュはとても嬉しそうに耳を傾けてくれた。青い瞳を感激に潤ませて、わたしを見つめる。

「素晴らしいですわ、ローゼマイン様。英知の女神 メスティオノーラに捧げる歌はほとんどございませんもの。わたくし、とても感動いたしました」
「ソランジュ先生に喜んでいただけて、わたくしも嬉しいです」

 最高神と五柱の大神に捧げる歌や芸術の女神に捧げる曲、戦いの時に鼓舞する軍歌のような曲はいくつもあるけれど、英知の女神に捧げられる曲は本当に少なかったらしい。
 ソランジュがとても喜んでくれているので、その間に決めることをさっさと決めてしまいたい。

「ソランジュ先生、シュバルツとヴァイスの衣装を作るための採寸なのですけれど、いつ行うのが先生にとって都合が良いでしょうか? やはり、なるべく早めの方が良いですよね?」
「……わたくしの都合を考慮してくださるならば、確かに早目の方が助かりますね。最近はシュバルツとヴァイスを見るために図書館へと足を運んでくるお嬢様方がいらっしゃいますから」

 昔もそうでした、とソランジュが昔を懐かしむ優しい笑みを浮かべる。シュバルツとヴァイスは昔から図書館の人気者だったらしい。

「どこで採寸をすればよいでしょうか? シュバルツとヴァイスをあまり動かさない方が良いのでしたら、こちらの執務室で行うことも考えたのですけれど……」
「シュバルツとヴァイスには高価な魔石もたくさん使われておりますし、連れ出されないようにするためのお守りもたくさん付いています。こちらで行うよりはローゼマイン様がしっかりと管理できる環境で採寸を行った方が良いでしょう」

 ソランジュの言葉にわたしは、一瞬言葉に詰まった。わたしとしてはシュバルツとヴァイスを連れてうろうろとするのが怖いのだが、主としてきっちりと管理下で行えと言われれば、その通りである。

「では、エーレンフェスト寮へと連れ出しても構いませんか?」
「えぇ、もちろんですわ。あの二人の主はローゼマイン様ですもの。二人に似合う新しい衣装を作ってくださいませ」
「実は衣装案もいくつかございますの。ソランジュ先生はどの衣装が似合うと思われますか?」

 わたしがリーゼレータに視線を向けると、リーゼレータはスッと衣装案をまとめた紙を出してくれた。

「シュバルツに男の子の格好をさせて、ヴァイスには女の子の格好をさせるつもりなのです。わたくしと同じように花の飾りをつけることと腕章を付けることはきまっているのですけれど……」

 ソランジュは衣装案を見ながら、どれもこれも可愛らしいこと、と口元を綻ばせた。ソランジュは二人が仕事をしやすいように、小物の付けすぎには気を付けるようにしてほしい、と言った。

 ソランジュが新任の頃、主の代替わりでシュバルツとヴァイスの衣装を一新したのを初めて見た時には、帽子やブローチなどで衣装がかなり盛られていたらしい。可愛いからという理由で、袖も主とお揃いの長いひらひらだったのだそうだ。

「けれど、シュバルツとヴァイスが仕事しようと動くたびに帽子は落ちるし、貸出し手続きで袖に保証金である大金貨を引っかけてなくしてしまうし、大変なことになったのです」
「まぁ!」
「新しい衣装ができるまで、シュバルツとヴァイスは主に賜った衣装を脱ごうとはしませんでしたから、大急ぎで新しい衣装を作らせたのですけれど、その間は二人を見張るための司書が必要なほどでしたわ。そのような騒動があって以来、二人の服は肘までの袖と決まっているのです」

 仕事の邪魔にならないという点を心掛けるように、と言われ、わたしは衣装案を見直した。可愛さに重点が置かれているので、ちょっと練り直した方が良さそうだ。

「そういえば、シュバルツとヴァイスには主以外は触れないと、ヒルシュール先生に伺ったのですけれど、採寸しても大丈夫なのでしょうか?」
「主がいる場で主が許可を出した者ならば、触れても大丈夫です。けれど、許可を出す相手はよく見極めてくださいませ。シュバルツとヴァイスに触れられるということは、盗まれたり、壊されたりできるということですから」
「そうですね。よくよく気を付けます」

 ……特にヒルシュール先生には!

 シュバルツとヴァイスの採寸を三日後に設定して、わたしは話題を変えるために、書きかけの騎士物語を取り出した。

「このように吟遊詩人が語るお話や母から子に伝えられるお話をまとめているのです。多くの本を見てきたソランジュ先生の意見をぜひ聞かせてくださいませ」

 わたしが数十枚の紙の束を渡すと、ソランジュはビックリしたように「よくこれだけまとめましたね」と言いながら、目だけは真剣に話を追っていく。

「これだけのお話を集めるのは大変だったでしょう? 一体どのようにしたのですか?」
「皆に手伝ってもらったのです。子供達はお話を聞いて育ちますから、それぞれにお話をしてもらえば、それだけでかなりの数が集まるのです」

 さすがに、教材の貸し出しを餌に掻き集めました、なんて言えない。わたしは笑顔で受け流す。

「こういうお話は売れるでしょうか?」
「……どうでしょうね? 幼い子供が好むお話ではありますけれど、貴族院の高学年や大人を相手にするとなると、また違ったお話の方が良いかもしれませんね」
「確かにそろそろ大人向けの本についても考えた方が良いかもしれません。アウブ・エーレンフェストにも提案してみましょう」

 今まではカミルの成長に合わせて絵本を作ってきたが、貴族院で「趣味は読書です」と言えるような子を作るためには、この年代の子が少し背伸びして読める大人向けの本も必要になってくる。

 騎士物語にしても、この間手に入れた魔物情報を元にもっと戦いの場面を詳しくしたり、ディッターの攻略ヒントになりそうな情報を織り交ぜたり、女の子向けに恋愛関係に特化した物語を作ってみたりすればどうだろうか。
 わたしが考えを巡らせていると、ソランジュが読み終わった騎士物語の原稿を返してくれた。ハッとして、わたしは原稿を受け取ると、側に控えていたリーゼレータに手渡す。

「ローゼマイン様、エーレンフェストにはずいぶんと変わった物がたくさんございますね」
「わたくしはエーレンフェストから出るのが初めてなので、よく存じませんけれど、中央の貴族であるソランジュ先生がそうおっしゃるのでしたら、変わった物があるのかもしれません。どのような物が変わっていると思われますか?」

 これからのエーレンフェストをアピールするために他領の意見を聞きたい、とわたしがねだると、ソランジュはわたしを頭からゆっくりと見ていった。

「髪の艶、花の飾り、お菓子……色々とありますけれど、わたくしが一番気になったのはエーレンフェストの文官見習い達が持っている紙なのです。普通の紙ではございませんよね?」
「えぇ、動物の皮を使って作る羊皮紙とは違う製法で作られた紙ですわ。これから先のエーレンフェストを担う新しい産業として育てている最中なのです。羊皮紙よりも大量生産できるのが特徴です。今年は皆様に新しい紙があるということを知っていただきたいと思っているのです」

 もちろん、わたしの仕事はアピールだけである。売買に関する契約は領主会議に丸投げだ。とりあえず、羊皮紙以外の紙が存在することを知らせるだけだ。どの程度の反響があるのか知りたい、と養父様は言っていた。植物紙とインクの存在は知らせるが、印刷物の存在はまだ秘匿である。

「新しい紙は羊皮紙よりは安価に大量にできますけれど、インクも別にしなければならないので、まだそれほど安いわけではありませんね」
「あら、インクも違いますの?」
「羊皮紙で使うインクが使えないわけではないのですけれど、長期保存を考えると、インクは変えた方が良いのです。覚書ならば、どちらのインクでも特に問題はありませんけれど」

 植物紙に興味を持っているようなので、製法や材料については黙秘して、植物紙を導入する利点や欠点について説明していると、ソランジュがぎょっとしたように目を見開いた。

「覚書に紙を使うのですか!?」
「……わたくしはアウブ・エーレンフェストが運営している工房で失敗した紙を頂けるので、色々と利用しております」

 フランはもちろんリヒャルダ達にも「もったいない」と最初はものすごく驚かれた。けれど、わたしが気にせずに使っているので、周囲は慣れてしまったようだ。久し振りにすごく驚かれて、わたしの方が驚いた。

「正式な契約に使うのは羊皮紙で、この新しい紙は木札の代わりに使っています。木札の代わりにこの紙に書けば本棚に大量の空間ができます」
「それは素敵ですね。本棚の確保は図書館の大きな問題ですもの」
「ソランジュ先生が気になるようでしたら、数枚差し上げますわ。数十年単位の長期保存を考えなければ、普通のインクでも問題なく書けますから」

 わたしはソランジュに数枚の紙を手渡した。興味深そうにソランジュが紙に触れる。お菓子や髪飾りより植物紙の方が興味あるみたい、と思いながら見ていると、4の鐘が鳴った。
 あら、とソランジュが顔を上げて、自分の側仕えに視線を向ける。

「まぁ、もう4の鐘が鳴ってしまったの?」
「はい、ソランジュ様。お時間です」
「時の女神 ドレッファングーアの本日の糸紡ぎはとても円滑に行われたようですね。名残惜しいですけれど、お暇いたします」

 お茶会は終了だ。
 早目に片づけて寮に戻らなければ、側近達が午後の講義に間に合わなくなってしまう。側仕え達が優雅に、だが、手早く片付けている間に、わたしとソランジュは別れの挨拶を交わす。

「このように楽しい時間は久し振りでしたわ。ローゼマイン様に感謝いたします」
「わたくしもシュバルツとヴァイスについて貴重なお話が伺えました。実りの多い時間であったと思います。時間を取るのは難しいでしょうけれど、またお茶会ができたら嬉しいです」
「そうですね。……来年、またローゼマイン様が早く講義を終えてくださることを期待しましょうか」

 久し振りのお茶会がとても楽しかった、とソランジュが喜んでくれたので、わたしは満足である。
 側近達もエーレンフェストの流行がどのように受け取られるのか、それぞれに思うところがあったようだ。しかし、悠長に話をしている余裕もないため、詳しい話し合いはまた報告の場を設けることにして、急いで寮へと戻ることになった。
ソランジュ先生とのお茶会は和やかに終わりました。
お菓子や髪飾りよりも新しい紙が気になるソランジュ先生です。

次は、音楽の先生方とのお茶会です。
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