挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

300/677

お茶会の打ち合わせ

「本日、ローゼマインが全ての講義に合格してしまった」

 わたしが全ての講義に合格したその夜、皆が集まる夕食の席で、ヴィルフリートがそう言った。

「ヴィルフリート兄様、……合格してしまった、というのは一体どういう意味ですか?」
「もう少しゆっくりでも良かったという意味だ」

 その言葉に必死に勉強をしてきた女の子達がコクコクと頷いた。まだ座学が終わっていない子が何人かいるらしい。
 楽しみに頑張ってきた目標が消えてなくなるのは、わたしにとって図書館に行くことを目標に頑張ったのに、合格する前に図書館が閉鎖されるようなものだ。我が身に置き換えると、あまりにもひどい状況だった。

 ……もうちょっとで合格するのに、図書館閉鎖だなんて、そんなのってないよ!

 わたしは胸が押しつぶされそうになるのを感じながら、女の子達を見回した。

「シュバルツとヴァイスの採寸に関しては、ヒルシュール先生とも予定を合わせなければなりませんし、明日すぐに向かうわけではありません。打ち合わせをして日取りを決定するまでにまだ猶予がございます」

 わたしが明日図書館に向かうのは決定しているが、採寸を行う予定はない、と告げると、女の子達は少しだけホッとしたような表情を見せる。だが、ヴィルフリートは逆に難しい顔になって首を振った。

「採寸に関してはどうでも良い。ローゼマインが図書館に行ってしまって、今以上に浮かれる前にきちんと話し合っておかねばならぬことがあるのだ」

 ……はて? 話し合うようなことが何かあったっけ?

「講義を終えた以上、これからは社交を行うことになる。エーレンフェストとして、どの程度の情報を流行として発信するのか、そして、よく質問されることに関する共通の答えを作っておいた方が良いと思うのだが、どうだ?」
「最近は答えに窮する質問が多いので、助かります」

 ヴィルフリートの言葉に文官見習い達は揃って顔を輝かせた。どうやら文官見習いは情報のやりとりが盛んなようで、最近は質問攻めにされているらしい。

「他領との接触をすでに行った者に問う。どのような質問をされた? そして、どのように答えた? それを元に考えていきたい。これからは下級生も社交の場に出ることになるからな」

 ヴィルフリートの質問に次々と答えが出てきた。成績向上委員会で専門コース毎にまとまって勉強させるようにした効果もあるようで、派閥に関係なく意見が出てきている。
 上級生はすでにお茶会を前回の土の日に行った者もいるし、講義の間で盛んに情報交換も行っているらしい。

 やはり一番の話題はエーレンフェストの成績向上の秘密だそうだ。一年生の座学一発合格に加えて、二人の領主候補生が成績優秀者の候補に挙がっていることも噂になっていると言う。

「座学の成績が一気に上がったことについて質問されますが、その時の答えはもう決まっていますよね? 成績が上がっているのは、エーレンフェストの聖女の功績です。来年はもっと驚くことになりますよ、と答えるように、とハルトムートから指示が出ていますから」

 わたしは指示なんて出していないけれど、そういうことになっているらしい。

「今のところ上がっているのが、基本的に座学だけなので、今年はこれで問題ないでしょう。来年、ローゼマイン式魔力圧縮を知った者がどれだけ魔力を伸ばすか。それでエーレンフェストの評価が大きく変わってくると存じます」

 更に面倒になるのは来年のようだ。もう考えるのが嫌になってくる。

「冬の子供部屋での教育や、絵本、カルタ、トランプに関する情報は伏せてください。今はまだ座学の成績に関する優位を保っていたいのです」
「わかりました」

 ヴィルフリートが「成績向上に関してはそれで良かろう」と重々しく頷いた。

「わたくしはお茶会で髪の艶について尋ねられましたわ。進級式の前日にローゼマイン様がリンシャンを貸してくださったとだけ答えました。どこで売っているのか、どのように作るのか、など色々と尋ねられました」

 進級式に女子生徒にリンシャンで髪を艶々にした効果も出ていたようだ。わたしの周りではあまりそのような声が聞こえてこなかったので、知らなかったけれど。

「どのように答えたのですか?」
「わたくしはお借りしただけですから、詳しくは存じません、と。エーレンフェストで流行し始めているとだけお答えしておきました」
「リンシャンについては、それでよろしいでしょう」

 貴族院には基本的に自分の領地から物資を転移して生活を行っている。貴族院の施設の中には店もなければ、民もいない。
 貴族院の子供達は噂や流行を掻き集めるだけで、本格的な売買の話は領主会議で行われることになる。手広く売りたければ、この場で宣伝すれば良いが、控えておきたければ、隠しておけば良い。

「リンシャン、花の飾り、カトルカールはお茶会に参加する時に、実物を持って行ったり、話題に出したりしても構いません。エーレンフェストで流行り始めていると伝えれば良いでしょう。ただし、販売している商会の名前は伏せておいてください。領主会議での取引が決まる前に引き抜きや製法の盗難などがあれば、一気に価値が下がります」

 ここ最近、自力でお金を稼ぐことに関して頭を使っているため、情報の価値やその価値の上下に少し敏感になっている学生達は神妙な面持ちで頷いた。実物だけ見せて、情報は出し渋って、価値を吊り上げておきたい。

「ローゼマイン様、わたくしは本日、乗り込む形の騎獣について質問されました。ローゼマイン様とヒルシュール先生が貴族院の上空を乗り回していて、騎士見習い達の多くが目撃したようです」
「ヒルシュール先生がわたくし達の騎獣作成の実技でシュミル型の騎獣を作ったのです」

 わたしは騎獣作成の実技であったことを説明した。わたしが魔獣を模した騎獣でフラウレルムに襲い掛かったという噂を検証するために、複数の先生がやってきたことを説明する。

「それでフラウレルム先生の噂は否定されたのですね。複数の先生方の証言が得られるならば、悪い噂を打ち消すのは容易いでしょう」
「あとは、そうですね。一年生の何人かは乗り込む形の騎獣を作成しています」

 領主候補生の女の子がシュミル型の騎獣を作っていたことを伝えると、リーゼレータが相好を崩した。

「シュミルならば、流行るかもしれませんね。とても可愛いですから」
「ローゼマイン様の騎獣は着替える必要がないという利点が、とても大きいです。今の騎獣がもう馴染んでしまっているので、少し苦労するでしょうけれど、わたくしもこれから騎獣を変えようかしら?」

 ブリュンヒルデは流行の最先端を担うために、自分の騎獣を変更しようかと言いだした。

「……魔力の消費量は増えますが、大きめにすると荷物が運べます。風雨も防げて便利ですけれど、これは武器を持って戦うことになる騎士見習いには向きません。わたくしの護衛騎士はそう言っていました」

 わたしの言葉にユーディットが残念そうに眉を下げた。ユーディットも乗り込み型の騎獣にしたかったらしい。

「それに、乗り込む形の騎獣にするならば、馬などのすらっとした動物よりも丸みのある動物の方が可愛い……あ、いえ、乗り込む部分が大きくできる動物の方が作りやすいですよ」

 とりあえず、エーレンフェストにも広げられるように宣伝はしておいた。その内可愛い騎獣が増えると良い。

「座学の初日合格に比べると、音楽の先生方のお茶会にローゼマイン様が招かれていることはそれほど噂にはなっていないようですわね」
「エーレンフェストが招かれることは滅多になくても、先生のお茶会自体は珍しくないからではないか?」

 そんな上級生のやりとりに、わたしはブリュンヒルデに視線を向けた。

「ブリュンヒルデ、先生方とのお茶会の日取りは決まりましたの?」
「本日、わたくしの座学が終了したので、これからリヒャルダとも相談して決めることになります。準備する物に関してはこちらで準備いたしますから、ローゼマイン様は先生方に関する情報を覚えてくださいませ」

 誰が参加するお茶会なのかを事前に知っておいた方が良い、とブリュンヒルデが言う。

「わかりました。それから、これは皆にお願いしたいことなのですけれど、貴族院の中でどれだけフェルディナンド様の影響や伝説があるのか、調べてきてくださいませ」
「……フェルディナンド様、ですか?」
「わたくしが耳にしたところ、色々と貴族院で伝説を作っていたようです。お茶会で話題にすれば喜ぶ方もいらっしゃるかもしれません。……逆に嫌がる方もいらっしゃるかもしれませんから、調べてほしいのです」

 神官長本人も言っていたように、神官長はどちらかというと人に好まれる性格ではない。面倒見も良いし、過保護な一面もあるが、それは自分の中で価値を認めた相手に関してのみ発揮されるものだったり、物言いや態度が冷たくて厳しいことが多かったり、良い印象を与えない方が圧倒的に多いと思う。

 ……貴族らしい愛想笑いで皮肉の応酬も得意そうだし、伝説も敵も両方多そうなんだよね。

「エーレンフェストで流行っている音楽も、わたくしの作曲にフェルディナンド様の手が加わったものですから、音楽の先生方のお茶会に向かうまでにある程度まとめてくれると助かります」
「かしこまりました」

 文官見習い達が張り切った顔をする一方で、騎士見習い達はあまり気が乗っているようには見えない。

「騎士見習いの方々もしっかりフェルディナンド様の伝説を調べてください。宝盗りディッターでは負け知らずのようですよ。今年は領主候補生がいるということでエーレンフェストのディッターが注目されることになりますから、気を引き締めて訓練をしてくださいませ」
「……アレは一時の栄光だったと伺っております。それに、今は速さを競うディッターですから、当時とは違います」

 コルネリウス兄様の弱気な言葉に、わたしはムッと眉を寄せる。宝盗りディッターは他領の騎士が入り混じる中で、巧みに兵を用いなければならない大変な競技だ。けれど、速さを競うだけならば、それほど考えることは多くなさそうなのだから、勝ち目はあるはずだ。

「だったら、少しでも早く倒せるように敵を分析するくらいはできているのですか? 先生方が作り出す魔獣を倒すならば、種類はそれほど多くないでしょう?」
「結構多いですけれど……」
「ルーフェン先生ならば、気合で行けとか、一丸となって突っ込めとか、おっしゃいそうですけれど、それを真に受けて、全員で攻撃なんてしていてはダメですよ」

 騎士見習い達が驚いたように顔を見合わせた。まさか全員で切りかかるような攻撃をしていたのだろうか。

「どの魔物を出されても対応できるように、全ての魔物の弱点や攻撃方法を把握するのはもちろん、誰がどのように攻撃しかけて、誰がどのように防ぐのか、役割分担くらいはできていますよね? それも定期的に変えてみて、本当に適性に合っているのか確認はしていますか?」
「……あ、いや……」
「全員で飛びかかるのではなく、周囲から俯瞰して見る役も必要ですし、長引く時に回復する時間を稼ぐために戦力を温存しておかなければ、交代ができないようでは困ります」

 わたしの言葉にトラウゴットが嫌な顔になった。

「領主候補生であるローゼマイン様に騎士見習いのことがわかるとは思えません。回復が必要なほど長引く戦いなどございませんから、どんな魔物が来ても全力でぶつかれば問題ないですし、弱点を調べるような暇があれば攻撃力を上げるための訓練をした方が有利です」

 調べたり覚えたりするのが苦手なアンゲリカがトラウゴットの意見に賛成するように、コクコクと頷いている。

「先が見えていないのはトラウゴットの方でしょう? エーレンフェストの冬の主を倒すのは騎士団です。毎年、どの魔物が冬の主になるかわかりませんけれど、わからないので魔物の研究をしないなどと言う騎士はいません」

 騎士見習いは冬の主の討伐には参加できない。けれど、その過酷さだけは聞いているはずだ。ぎょっとしたように全ての騎士見習いがわたしを見た。

「騎士団の上層部こそ、毎年いかに早く冬の主を倒すか考えて、魔物の弱点の洗い出しはもちろん、どのような魔物が来ても倒せるように訓練しています。いかに早く強大な敵を倒せるようにどうすれば良いのか、今から考えながら戦うことには意味があるのです。それぞれの役割を明確にし、常に考えながら訓練をしてください」

 考えたくないのだろう、アンニュイな表情になったアンゲリカに苦笑しながら、コルネリウス兄様に視線を向ける。

「コルネリウス、毎年どのような魔物と当たって、どのように倒し、どれだけの時間がかかったのですか? 一年分でも全ての領地の情報があれば、21の魔物の情報が集まっているはずです。それが数年分積もれば、同じ魔物を倒している領地もあるでしょうし、もっと正確に弱点や有利な戦い方がわかると思いますけれど、騎士見習いの中で毎年の情報の蓄積はしていないのですか?」
「口で伝えられる分がほとんどで、書き残すようなことは特にしていません」

 訓練をする中で、口頭で伝えられ、それぞれの経験として残るだけで、資料としては残していないらしい。信じられない。

「では、今年から書き残してください。過去の分も覚えているだけ、全員で書きだして、覚えている限りの魔物やその弱点を書きだしてください。知識の蓄積と伝達をするために本があるのです。書いて綴って残して伝えていけば、エーレンフェストは代を重ねるごとに有利になります」

 わたしの言葉に、騎士見習いより先に、側仕え見習いが顔を上げた。

「騎士見習いがそのような情報を残すのでしたら、わたくし達も先生方の好まれるお茶の種類やお菓子の種類など、お茶会を開くうえで絶対に必要な情報を書き残し、共有いたしましょう。そうすれば、新しく調べなければならない情報がすぐにわかります」
「資料として残すことは我々の仕事です。文官見習いでも口伝をまとめましょうか」

 どうやら文官見習い達にも口伝で伝わっていることが色々とあるらしい。口伝の整理と情報の共有を行おうということで、皆の意見が一致した。

「では、多目的ホールに本棚を置きましょうか。作った資料を誰もが閲覧できるように」
「……ローゼマイン様、寮の中にも図書館を作るおつもりですか?」
「図書室くらいは欲しいですね。他領には見せられないけれど、エーレンフェストの皆で共有したい資料はありますから」

 くすくすと笑いながらフィリーネの言葉を肯定し、脳内で図書コーナーを作る計画を立てていると、ヴィルフリートが肩を竦めた。

「ローゼマイン、ついでと言ってはなんだが、私にも助言をくれないか?」
「何でしょう?」
「ディートリンデとリュディガーとのお茶会の件だ。其方が排除された以上、今から対策を考えておかねばならぬ」

 ヴィルフリートの表情が硬いのを見れば、従姉弟同士のお茶会が気楽なものになるとは全く考えていないことがわかる。

「アーレンスバッハもフレーベルタークも順位を落としている領地ですよね? どなたか良い情報を持っていませんか? 買い取りますよ」

 文官見習い達が今までに集めてきた情報によると、フレーベルタークはエーレンフェストからの魔力の補助がなくなって、今まで以上に魔力に困窮しているらしい。補助の再開を願われるのではないか、と一人が言った。

「魔力の補助? そのようなことをしていたのか?」
「えぇ、わたくしとフェルディナンド様の魔力を小聖杯に満たして渡していたのですよ」

 直轄地を満たして回った経験があるヴィルフリートが「そのような余裕はエーレンフェストにないだろう」と呟いた。ぜひ、その言葉を貴方の両親に言ってほしいものである。

「フレーベルタークに関しては様子見ですね。補助を匂わされたら、エーレンフェストでは領主候補生が直轄地を回って魔力を注ぐほど困窮している、と言ってみてください」
「む?」
「自分達もそうしよう、と思う相手ならば、助言や補助をしても良いでしょうけれど、神官の仕事を領主候補生がするのか、と嘲るような相手ならば、わたくしはこれから先も補助するつもりはありません」

 ヴィルフリートはコクリと頷いた。

「アーレンスバッハに関しては何かございませんか? アウブ・エーレンフェストが貴族間の交流を断ったので、あまり情報がないのです」
「アウブ・エーレンフェストに睨まれても困るので、こちらでもあまり積極的に集めていないため、よくわかりません」

 文官見習い達にこれから集めてくれるように頼んで、わたしはヴィルフリートを見た。

「とりあえず、アーレンスバッハには警戒をしてくださいませ。懐かしさを感じても、ふらふらと惑わされてはなりません」
「わかっている」
「連れて行く側仕え達もよく見張っていてくださいね」
「はい!」

 ヴィルフリートの側近は二年前の狩猟大会であったことを知らされているし、次期領主候補から外されたことも知っている。その上で仕えているのだから、忠誠心はあるはずだ。
 皆できっちりと守ります、と言う側近にヴィルフリートが苦笑する。

「……ローゼマイン様」

 意を決したような顔でローデリヒが口を開いた。

「何故アーレンスバッハをそこまで警戒するのですか?」

 震える声で上げられた質問にハッとしたような視線が集まった。今更何を言っているのか、という視線になるのは、ヴィルフリートとわたしの側近達で、旧ヴェローニカ派の子供達はローデリヒに同意するような視線だった。
 皆の視線を受けたローデリヒが震える手をグッと握る。

「アーレンスバッハは大領地で、第一夫人のゲオルギーネ様は、アウブ・エーレンフェストの姉君ではありませんか。何故それほどまでに警戒するのか、私にはわかりません。ご兄弟であるヴィルフリート様とローゼマイン様とシャルロッテ様のように、アーレンスバッハとも良い関係が築けるのではないでしょうか。私の父上はアーレンスバッハと協力体制を築き、エーレンフェストをより良くしたい、とおっしゃいました」

 ローデリヒはそう言って項垂れた。
 ヴィルフリートがはめられた狩猟大会の一件にしても、ローデリヒは詳細を知らされないままに、ヴィルフリートを白い塔へと導く役を任されて、その結果、ヴィルフリートに遠ざけられる結果となったと聞いている。
 周囲の大人達に良いように扱われたのだろう、と思うが、それは、強い者に巻かれようとする立場の弱い中級、下級貴族にとっては取り返しがつかない失態だ。ローデリヒは洗礼式を迎えた次の年に失態を犯してしまったということになる。

 ローデリヒと同じように、親から言われてアーレンスバッハに擦り寄るため、こちらの情報を流す子供もいるかもしれない。寮内だけでも綺麗にまとめたいと思っているが、なかなか難しそうだ。
 それでも、わたしは全く事情を知らないままでは納得できないだろうと口を開いた。

「ローデリヒ、貴方は洗礼前だったので、ご存知ないかもしれませんけれど、神殿で隠されて育てられていたわたくしは、魔力が豊富な青色巫女というだけで、アーレンスバッハの貴族にさらわれかけました。そして、わたくしが毒を受けて眠ることになった二年前の冬の襲撃においても、使われたのはアーレンスバッハの貴族が所有していた私兵でした」

 幼いと知らされていないのだろう、低学年の子供達はぎょっとしたようにわたしを見た。

「……そのようなことがあったとは、存じませんでした」
「それに、シャルロッテをさらって処刑された犯人とわたくしに毒を飲ませた犯人は別なのです。両方と間近に接したわたくしは別人だと言いきれます。もう一人の犯人が今も捕えられずにいるのです。その者がアーレンスバッハと通じていないと、どこの誰が言い切れるのですか? 危険が少しでもあるならば、襲撃を受けたわたくし達が警戒するのは当然だと思いませんか?」
「思います」

 子供達の顔色の悪さから考えると、判断するための情報さえ与えられていないことがわかる。

「わたくしも、できることならば、他領と仲良くできれば良いと思います。けれど、様々な出来事からアウブ・エーレンフェストが警戒している現状では、アーレンスバッハと協力体制を取るのは難しいと言わざるを得ません」
「……はい」

 それは納得できるようで、旧ヴェローニカ派の子供達も項垂れるようにして頷いた。

「知らなければ理解できないことがたくさんあります。ですから、ローデリヒ。貴方は文官見習いとして、色々なところから色々な情報を得られるように自分を磨いていくと良いですよ。幸い、貴族院には頼りになる上級生がたくさんいるのですから」

 ローデリヒがハッとしたように顔を上げて、ゆっくりと周囲を見回す。

「あらゆる領地からの情報を集めた上で、アーレンスバッハと仲良くすることにどれだけの利点がエーレンフェストにあるのか、アーレンスバッハよりも利点のある領地があるのではないか、よくよく吟味してくださいませ」
「やってみます」

 顔色の良くなったローデリヒの返事と共に、コクリと無言で頷いたのは旧ヴェローニカ派の子供達だった。



 皆を解散させ、わたしは自分の部屋へと戻ろうとした。そこをヴィルフリートに呼び止められて、二人で話ができる小さい部屋に招かれた。小さいとは言っても両方の側近が全員入れる広さだ。

「……ローゼマイン、其方は甘すぎる。旧ヴェローニカ派の者は抑えこんでおいた方が良いのだ」
「わたくしが甘いことは、よく言われますから知っています。けれど、ヴィルフリート兄様。わたくしはヴィルフリート兄様に贖罪と成長の機会を与えたように、彼等にも機会を与えてあげたいのです」

 うっ、とヴィルフリートとその周囲が言葉に詰まった。

「洗礼式を終えたばかりの幼い子供が親の言い分を丸呑みにすることに何の不思議がありますか? 彼らが犯した罪はヴィルフリート兄様と同じです。知らずに罪を犯してしまった彼らの気持ちがわかりませんか?」
「それは……」
「わからないはずがないですよね? それとも、二年も前のことですから、忘れてしまいましたか? ヴィルフリート兄様にとっては二年前でも、わたしの感覚では季節一つ分も変わっていませんから、わたくしはあの時の悔やんだ表情や反省した時の言葉まで明確に覚えておりますよ」

 お手上げだ、と言わんばかりにヴィルフリートが項垂れた。

「旧ヴェローニカ派の子供達を、いきなり全部信用するのは不可能です。けれど、親の影響が少ない貴族院で色々な意見を聞き、自分なりの考えや情報網を築くようになれば、少しは関係を変えることもできるのではありませんか? 旧ヴェローニカ派を全て切り捨てるのは、将来のためにはなりません。……真っ黒な本音を言いますと、親を切り捨てたとしても、子供はこちらの陣営に取り込んで、少しでも未来の派閥を大きくしておきたいです」

 親の世代を取り込むのは難しいと思う。年を食った者の考え方をそう簡単に変えられるとは思えない。けれど、子供はまだ何とかなるかもしれない。

「警戒はしつつ、取り込めるところは取り込んでいく、か。難しいな」
「えぇ、難しいと思います。けれど、自分と領地を支えてくれる臣下を育てるのは、次期領主の務めですよ。少なくとも、次期領主にはならないわたくしの役目ではありません」

 キッパリとわたしはヴィルフリートと自分の側近に向かって「領主にはならない」と宣言しておく。最近、周囲が盛り上がっているようなので、ビシッと牽制しておくのが一番だ。

「では、領主にならない其方の役目は何だ?」
「わたくしは神殿長ですから、神事を滞りなく行い、神殿を運営することが一番大事なお仕事でしょう。それから、領主の子として次期領主を補佐するために、城の図書室を整理することでしょうか」
「……領主の補佐と図書室の整理は別の仕事だと思うぞ」

 肩を竦めたヴィルフリートの言葉に、周囲から同意を示す笑いが漏れた。
 色々なことについて、情報を共有する方向に向かいました。
 旧ヴェローニカ派がこれからどうなっていくのか、ヴィルフリートはハラハラしています。

 次は、図書館へ行こう、です。

※本日で300話です。
感謝の気持ちを込めた記念SSを活動報告にて掲載しています。
よろしければ、そちらもどうぞ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ