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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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図書館登録

「うふふん、ふふん」

 わたしは朝からご機嫌だった。今日はお昼休みに図書館で利用者登録をすることになっている。初めて貴族院の図書館に立ち入ることができるのだ。
 実は昨夜の就寝前から、わたしが図書館登録のことで、うきうきわくわくしていることを知っているリーゼレータは、わたしのテンションの高さについてこられない側近を見回して苦笑する。

「昨夜から楽しみにされているなんて、ローゼマイン様は本当に図書館がお好きなのですね。図書館に立ち入ったことがないお姉様とは全く好みが合わないのではありませんか?」

 側近が勢揃いする朝食の場で、リーゼレータは部屋でのわたしの様子を知らない男の側近達にそれとなく様子を知らせる。
 アンゲリカは得意そうに胸を張った。

「主従はお互いに苦手なところを補い合うと良いと騎士団長もおっしゃいました。お勉強が得意で体を動かすことが不得手なローゼマイン様と、お勉強が苦手で体を動かすことが得意なわたくしはとても良い主従なのです」
「その言い分では、ローゼマイン様が身体強化を覚えて、体を動かすことができるようになれば、釣り合うためにはお姉様もお勉強が必要になりますよ」

 クスクスと笑うリーゼレータにアンゲリカが軽く目を見開いた。アンゲリカの反応に皆が小さく笑いながら、朝食を終える。
 ブリュンヒルデがハッとしたように顔を上げた。

「ローゼマイン様、昨日はヒルシュール先生がいらっしゃっていたので、お伝えしそびれたのですけれど、音楽を教えている先生方からローゼマイン様をお茶会にお誘いしたいと打診がございました」

 その言葉に上級生から「おぉ」と声が上がった。上級生は何やら興奮していて嬉しそうだが、一年生や二年生はその反応の意味がわからず、首を傾げている。

「三年生は昨日の午後に音楽の実技がございました」

 音楽の実技で、「一年生の実技でローゼマイン様が新しい曲を演奏したのですけれど、エーレンフェストではよく知られているのかしら?」と質問されたのだそうだ。そのため、上級、中級、下級、全てのクラスで、プランタン商会が販売していた楽譜を練習していた子達がそれぞれの難易度に合わせて演奏することになった。

 その結果、わたしが作った曲がすでに何曲もあることが周囲に広がった。
 わたしの側仕え見習いをしているブリュンヒルデは実技の後で呼び出され、「エーレンフェストの一年生が座学を全て終えているので、午前中ならば、お時間があるでしょう?」と言われたらしい。

 神官長のフェシュピール演奏会で弾かれたこと、楽譜となって売り出されていることから、わたしが披露した曲はエーレンフェストの中では二年前から比較的有名になっている。
 全ての領地の文化が集まってくる貴族院で、今までと全く異なる独創性に溢れた曲が突然何曲も出てきたことに音楽の教師が興味を示している、と言われ、わたしの頭に疑問が浮かぶ。

「わたくしが楽譜を販売してから二年ほどの期間がございましたけれど、誰も貴族院で演奏していなかったのですか?」
「ローゼマイン様が作られたものは全て、ローゼマイン様のご入学と共に少しずつ広げるというアウブ・エーレンフェストの意向がございましたから」

 わたしが作った物は、基本的に神殿や下町で作られている。神殿で活動しているので、文官は全く関与していないし、神官長でさえ売り上げや完成品について報告を受けるだけだった。
 領主会議で話題に上がっても、詳細を答えたり、領地外へ勧めたりするだけの知識を持っている者がいないため、予め広がらないように緘口令が敷かれていたに違いない。

「そのお茶会、ブリュンヒルデは同行できるのですか?」

 自分一人で行くのは不安だな、と思ってブリュンヒルデに尋ねると、ブリュンヒルデは輝く飴色の瞳で大きく頷いた。

「もちろん、同行させていただきます。教師からの招待は、言うなれば、中央がエーレンフェストの文化に興味を示しているということですもの。このような晴れがましい場に同行できる機会は初めてです」

 教師のお茶会に招かれるのは名誉なことで、ブリュンヒルデが知る範囲でエーレンフェストが招かれるようなことはなかったらしい。お茶会に招かれたことに上級生が驚きと興奮の声を上げた理由がやっとわかった。

「わたくし、貴族院でのお茶会は初めてになるので、こちらでのことをよくご存知のブリュンヒルデに先生方とのやり取りや必要な物の準備はお任せいたします。日取りは決まっているのですか?」
「いいえ、まだですわ。ローゼマイン様のご意向を伺ってから、お返事することになっております。わたくしが座学を終わるのに、あと数日はかかるので、正式に招待状を頂いてから、側仕えと共によく考えてお答えするとお返事してもよろしいでしょうか?」

 ブリュンヒルデはお茶会までに座学を終えるつもりらしい。目的に向かって突き進む様子は微笑ましいので、応援しておく。

「そのお返事でわたくしは問題ありません。座学を終えて、お茶会に向かう準備をするとなると、大変でしょうけれど、よろしくお願いしますね」
「お任せくださいませ。お茶会までに、衣装、髪飾り、音楽、手土産、全てを完璧に準備しなければなりません。腕が鳴りますわ」

 ブリュンヒルデが音楽の先生方に招かれた時に必要な準備を指折り数え上げていく。当然、その場には専属楽師であるロジーナも連れて行くことになるらしい。

「お茶会の日取りはまだ決定しておりませんけれど、練習はしておいてくださいませ。新しい曲があると尚良いと存じます」
「新しい曲、ですか。ロジーナと少し考えてみます。わたくし、曲を思いついても、自分ですぐには演奏できませんから」

 わたしは基本的に鼻歌で歌うくらいしかできない。フェシュピールで弾けるように楽譜に起こしたり、アレンジをしたりするのは専属楽師であるロジーナの仕事だ。

「お昼休みには図書館へ参りますから、なるべく早く戻ってきてくださいませ」

 朝食後、笑顔で上級生が出かけるのを見送った後、一年生が参考書を作る傍らで、わたしは新しい曲についてロジーナと話をしていた。新しい曲のアレンジという仕事に、ロジーナは大喜びだ。

「ローゼマイン様、早速歌ってくださいませ」

 フェシュピールと白い紙とペンを準備し、わたしが歌う主旋律をロジーナはフェシュピールで確認しながら数小節ずつ書き留めていく。今回は音楽教師に披露するのだから、クラシックからそれほど長くない曲を選んでみた。

「こちらはどの神に捧げる曲でしょう?」
「初めての図書館登録を記念して、英知の女神 メスティオノーラに捧げましょう」

 参考書作りをしている一年生が興味深そうにこちらを見ながら、曲ができる過程を見ている中、ロジーナは主旋律を拾い上げ、アレンジを始めた。



 昼食を終えたわたしは、一年生全員とわたしとヴィルフリートの側近を引きつれて、図書館へと向かうことになった。登録料を持ったリヒャルダも一緒である。
 玄関ホールで全員揃っているか、ヴィルフリートの側近が確認している間、わたしは自分のテンションがぐんぐんと上がっていくのを感じていた。

「図書館、図書館、本がたくさん、幸せの場所、るるるん、ららん」

 午前中ずっと音楽をしていたせいで、勝手に歌が出てくる。

「これは先程ローゼマイン様が作曲していた曲ですね? すでに歌がついているのですか?」

 ハルトムートが目を丸くするので、わたしはニコリと笑いながら頷いた。

「今、つけました。題名は神が作り給いし地上の楽園でどうでしょう?」
「待て、ローゼマイン。その歌を聴かされても、先生方が困惑するであろう。歌詞はもう少し考えた方が良いのではないか? 図書館ではなく、英知の女神 メスティオノーラの曲のはずだ」

 ヴィルフリートの呆れた顔に周囲が小さく笑いを漏らし、わたしが浮かれまくっているのをリヒャルダが溜息で止める。

「姫様、今日は登録だけで、読書の時間はございませんよ。午後は宮廷作法の実技ですからね」
「存じています」

 朝から何度も言われているリヒャルダの言葉にわたしは頷いた。もちろん、実技も含めて合格しなければ、自由に図書館へ出入りできないと言われているのだから、サボるつもりなど爪の先程も考えていない。

「……けれど、ギリギリの時間まで、閲覧室の散歩をするくらいは良いでしょう?」

 ついでに、ちょっとだけ、お料理で例えるならば味見する程度に、ちらっとどんな本があるのか見るくらいは良いよね?……と考えていると、リヒャルダが黒い瞳を細めてわたしを睨んだ。

「姫様、何度も申し上げておりますが、読書の時間はございませんからね」
「もちろんわかっております」

 わたしとリヒャルダの間で何度も繰り返されている言葉に一年生の苦笑が漏れる。

「全員揃っております。参りましょう」

 エーレンフェスト寮を出れば、講堂前の廊下へと出る。そして、いつも実技で使っている小広間を通り過ぎると、もうわたしにとっては初めての場所だ。廊下を歩き、中級や下級貴族が実技で使っている広間を通り過ぎる。
 そして、講堂や小広間などの大教室がたくさんある本館の中心部分から南へと向かうと、T字路になっているところへと出た。回廊が左右に分かれて伸びていて、突き当りには大きな扉がある。

「ここを右に曲がると文官見習いが使う専門棟に、左に向かうと側仕え見習いが学ぶ専門棟になります」

 コルネリウス兄様が説明してくれるのを聞いて、わたしは首を傾げた。

「騎士見習いの専門棟はどちらですの?」
「北側だからちょうど反対で、専門棟の中では図書館から一番遠いです。やはり、騎士見習いはあまり図書館を利用しないと思われているのだと思いますよ」

 アンゲリカを見ながら、コルネリウス兄様はそう言った。なんとアンゲリカは最終学年であるにも関わらず、未だに図書館登録をしていないという事実が発覚したのだ。今まで図書館に立ち入ったことがないらしい。信じられない。

 わたしが図書館登録を勧めると、アンゲリカ本人は図書館に用はないし、最終学年で登録などお金の無駄遣いなので必要ないと言っていた。だが、「主、図書館に主の主を迎えに行かねばならぬ時にどうする!?」とシュティンルークに叱られて、今回、登録することになったのである。

「この扉の奥に図書館がございます」

 登録を終えている上級生は入れるが、司書であるソランジュと共に入らなければ、未登録のわたし達は図書館には入れないらしい。

「ローゼマイン様、ここにソランジュ先生から届けられた木札を入れてください」

 扉に新聞受けのような口が開いている。そこに面会予約の木札を入れれば、ソランジュ先生にわたし達の来訪がわかるのだそうだ。
 カコンと木札を入れて数秒後、扉がゆっくりと開いていく。その開いた扉の向こうにはよく日が差し込む明るい回廊があり、また突き当りには扉があった。

 そして、薄い紫の髪に青い瞳の上品なおばあちゃまが扉を背に、穏やかな笑みを浮かべて待っている。ややふくよかで、見るからに人の良いおばあちゃまがここの司書だろうか。

「ヴィルフリート様、ローゼマイン様。こちらがソランジュ先生です」
「ソランジュと申します。今年のエーレンフェストの一年生の活躍については、わたくしの耳にも届いておりましてよ。図書館を利用するより早くに座学を終えてしまうとは、本当に驚かされましたわ」

 ゆったりとした口調でにこにことしながら、ソランジュはそう言って、少しばかりふくよかな体をゆっくりと動かし、背後の扉を示す。

「こちらの扉の向こうが閲覧室ですわ」

 扉を手で示して、閲覧室の場所を示しながら、ソランジュはそう言った。貴族院の本館を出て、南に向かってただ真っ直ぐに歩けば、図書館の閲覧室に到着するようだ。これはいい。迷子にはならなそうだ。

 閲覧室に向かって駆けだそうとしたわたしの肩をガシッとコルネリウス兄様が止めて、くるりと右へと回した。それと同時に、ソランジュが「本日は登録手続きを行いますので、こちらへどうぞ」と言いながら右へと曲がる。

 ……おおぅ、閲覧室がわたしを呼んでいるのに。

 後ろ髪を引かれる思いで、わたしはソランジュの後に続いた。
 閲覧室から程近い場所にある部屋の扉が開けられる。そこは応接間兼ソランジュの執務室だった。

 こうして、新入生の登録ができるように、かなり広い部屋だった。細長い窓が等間隔に並んでいて、左に向かって広がっている横に長い部屋は、わたしの部屋と同じだ。
 入ってすぐのところが応接用のスペースになっていて、窓から光が差し込む場所にテーブルと椅子が準備されている。テーブルの上にはペン立てがあり、魔力で書く魔術具のペンが立てられていた。

 部屋の壁際に一人掛けの椅子が数脚と、椅子としても使える木箱が並んでいて、そこで順番を待つように、と指示される。ヴィルフリートとわたし、それから、上級貴族が椅子に座り、中級貴族と下級貴族は木箱の椅子に座る。木箱の椅子とは言っても、装飾は細かく、座面には布が張られている豪華な物だ。

 奥の方には窓の光で執務ができるように、窓に横付けされている執務机があり、その周囲には、いくつもの書箱と書棚があった。けれど、どれもきっちりと鍵が閉められていて、背表紙一つ見えない状態になっている。

 執務机が置かれている更に奥には目隠し用の衝立が置かれている。そこはソランジュのプライベートスペースのようで、わたしの身長くらいはありそうな大きさの黒いウサギと白いウサギのぬいぐるみが服を着せられ、並んで座らされているのが見えた。
 ぬいぐるみとは言っても、麗乃時代の丸っこいデフォルメされた物ではなく、かなり本物に近い姿だ。おばあちゃまであるソランジュがウサギのぬいぐるみを大事にしている様子を思い浮かべて、その微笑ましさにわたしは頬を緩めた。

 わたしがぐるりと部屋を見回している間に、執務机からソランジュは何枚もの紙を持ってきた。登録するために必要な物らしい。それを応接スペースのテーブルに置いた後、壁際に座るわたし達の前に立った。

「図書館は英知の女神 メスティオノーラがわたくし達に与えてくださった貴重な知識の結晶が集められた場所でございます。英知の女神 メスティオノーラに敬意を払い、細心の注意を払って本に触れることを誓える者でなければ、立ち入ることはできません」
「わたくし、ソランジュ先生のお言葉には全面的に賛同いたします。図書館は神がわたくし達に与えてくださった地上の楽園ですもの」

 わたしの言葉にソランジュが相好を崩した。わたしは個人的にソランジュととても仲良くなれると思う。

「登録料は準備されていますか?」

 ソランジュの言葉にリヒャルダがお金の入った袋を取り出した。お金を数えていたソランジュが「あら?」と首を傾げる。

「エーレンフェストの一年生は8名のはずですが、9名分の料金がございますよ」

 そう言いながら、ソランジュは登録のために並んで座っている人数を数え直し、一年生と共に並んで座らされているアンゲリカの姿に目を細めた。

「新しく登録される上級生もいらっしゃるのですね。一年目で登録されなかった生徒は、その先に登録されることが滅多にないので、嬉しい限りですわ」

 登録料が必要なので、新入生でも全員が図書館に登録するとは限らないらしい。そして、一年生で登録しなかった生徒はそのまま卒業するのが常だそうだ。
 人数分のお金を払った後、図書館の使い方の説明があった。

「一階の本は座学で使用される参考書がほとんどです。閲覧室の中ならば持ち歩いて、好みの場所で読んだり、書き写したりしても構いません。閲覧室の外に持ち出すには貸出しのための手続きと保証金が必要になります」

 保証金は本と等価のお金が必要になるらしい。そして、借りた本は必ず卒業式の前日までに返却しなければならないそうだ。ずいぶんと長期にわたって貸してくれるようだ。

「二階には貴族院の講義で使うわけではない貴重本が鎖に繋がれております。こちらはその場で読むだけでございます。貸し出しはもちろん、閲覧室内でも鎖を外すことはございません」

 閲覧室内は飲食禁止であること、開館は2と半の鐘で閉館は6の鐘であることなど、いくつかの注意事項が述べられた。

「これらに違反することなく、細心の注意を払って本を大事に扱うことを誓う者だけが登録を許されます」
「誓います!」

 わたしが手を挙げると、ソランジュは楽しそうに青い目を細めながら、「ローゼマイン様から登録をいたしましょう」と言って、わたしを窓際のテーブルへと招いてくれた。
 エーレンフェストでは一番乗りの登録である。わたしは一応ヴィルフリートに「わたくしが先に登録してもよろしくて?」と尋ねる。ヴィルフリートは軽く肩を竦めて、「構わぬ」と手を振って許可してくれた。

「うふふん、ふふん」

 わたしはテーブルを挟んでソランジュと向かいあう。ソランジュは何も書かれていない羊皮紙の紙を一枚、わたしに差し出し、魔力で書くペンをわたしに手渡してくれた。

「それでは、こちらの紙に、英知の女神 メスティオノーラに敬意を払い、図書館の規則を厳守し、細心の注意を払って本に触れることを誓います、と書き込んでください」

 わたしは言われるままに書き込んだ。そして、その文言の後に自分の名前を書きこむようにと言われ、書き込んだ。
 それをソランジュが確認して、承認のサインをすると同時に、紙が金色の炎を上げて燃えていく。図書館との契約魔術のようなもので、これで魔力登録が完了したらしい。

「次の方はどなたかしら?」
「私だ」

 ヴィルフリートと交代し、わたしは椅子に座り直すと皆の登録が終わるのを待つ。そして、全員の登録が終わると同時に、わたしは満面に笑みを浮かべて立ち上がった。

「では、早速閲覧室へと参りましょう」
「姫様、本日は登録だけです。そう何度も申し上げたでしょう?」

 リヒャルダが怖い顔になった。このままでは閲覧室を散歩するという野望さえ果たせないまま寮に帰ることになってしまう。
 入れない楽園、再び……という事態が目前に迫り、嫌ぁ! とわたしは息を呑んだ。

「リヒャルダ、わたくし、閲覧室を見るだけでも良いのですっ! 図書館に、図書館に入らせてくださいませ!」
「一度入れば、姫様は出てこないではありませんか。本と姫様を引き離すのは重労働なのでございます。もうじき午後の実技が始まるのに、閲覧室への入室はなりません」
「と、図書館……」

 リヒャルダの禁止と同時に、一瞬で涙が盛り上がってきて、堰を切ったように、だーっと涙が零れ落ちていく。貴族の令嬢が涙を見せるようなことをしてはならないと言われてきたが、そんな注意はすっぽりと頭から吹き飛んでいた。
 俯いて「図書館、図書館」と呟きながら、ボロボロと涙を零すわたしに、周囲の者が慌てる。

「リヒャルダ、ローゼマインは図書館に来るために一年生全員を合格させた。その、少しだけ閲覧室を見て回るくらいは良いのではないか?」
「これだけの人数がいるのですから、時間になれば、本と引き剥がし、ローゼマイン様を担いで退館すれば、遅れることはないと思われますよ」

 ヴィルフリートとコルネリウス兄様の言葉に、図書館登録のために座学を詰め込まれた一年生が「許してあげてください」と援護してくれる。皆の訴えを聞いたリヒャルダは「皆様までそのように望まれるのでしたら……」と苦笑しながら許可をくれた。

「ですが、姫様。本当に閲覧室を見るだけですよ?」
「はぁい! ありがとう存じます、皆様」

 ごしごしと目元を擦ろうとした途端、リーゼレータがわたしの手を止めて、ハンカチで涙を拭ってくれる。
 そんなやり取りを見ていたソランジュがクスクスと笑った。

「せっかくですから、閲覧室をわたくしがご案内いたしましょう。それほどに図書館を望んでくださる学生は珍しいので、わたくしも嬉しく存じます」
「ありがとう存じます、ソランジュ先生。神が与え給いし地上の楽園との邂逅を、わたくし、本当に、本当に心待ちにしていたのです。貴族院の図書館との出会いを感謝して、英知の女神 メスティオノーラに祈りを捧げましょう!」

 図書館に行ける。リヒャルダに禁止されて、一度絶望に落ち込んだわたしは、その感動にバッと両手を上げて、左足を上げる。

「神に祈りを!」

 喜びの感情のままに、本気で神に感謝して祈りを捧げた瞬間、指輪から祝福の魔力が、どぱーっ! と勢いよく吹き出した。英知の女神 メスティオノーラへの祈りを捧げていたため、黄色の光が部屋中に満ちていく。

 ソランジュが呆然と目を見開いて、祝福の光を見つめる中、ヴィルフリートは「こうなってしまったか」と溜息を吐き、ハルトムートは「さすがローゼマイン様ですね。自ら聖女伝説を作ってくださるとは」と楽しげに笑った。

 ……やっちゃった。

 わたしがそっと視線を逸らして部屋の奥へと視線を向けると、衝立の向こうで黒いウサギと白いウサギのぬいぐるみがひょこっと立ち上がった。大きいぬいぐるみだと思っていたが、ほてほてと二本足でこちらに向かって歩いてくる。

「え? 『ウサギ』が動いた」
「ま、まぁっ! シュバルツとヴァイスではありませんか!」

 ソランジュが目を丸くして、そう二匹を呼んだ。黒と白、そのままの名前である。
 わたしの肩くらいまでの大きさがある二匹のウサギはソランジュの横を素通りして、わたしの前に立った。

「ひめさま。なにをてつだう?」
「おしごと? おしごと?」

 額に濃い金色の魔石が付いているウサギが、金色の円い目をわたしに向ける。意味がわからなくて、わたしはソランジュに助けを求めた。

「……ソランジュ先生、これは一体?」
「上級貴族数人が司書を務めていた時代には当たり前のように図書館の仕事を手伝っていた魔術具です。魔力を込めると主の手伝いをしてくれる人形ですわ。ローゼマイン様の祝福で魔力を得て動けるようになったので、彼等にとってはローゼマイン様が主なのでしょう」

 中級貴族であるソランジュの魔力では動かすことができなかったそうだ。「シュバルツとヴァイスが動く姿を再び見ることができるなんて……」と涙さえ浮かべて感動している。

「では、シュバルツとヴァイス。二人はソランジュ先生のお手伝いをしてください」

 この二匹が図書館のお手伝い人形ならば、図書館のお手伝いをさせるのが一番だろう。そう考えたわたしの言葉に二匹のウサギがコクリと頷いた。

「わかった。ソランジュのおてつだいする」
「ソランジュ、なにをする?」

 シュバルツとヴァイスを見下ろして、ソランジュは懐かしそうに目を細めた。

「まずはローゼマイン様をご案内いたしましょう」
音楽の先生達がお茶会の計画をしています。
そして、図書館登録が完了しました。

次は、シュバルツとヴァイスです。
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