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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第四部 貴族院の自称図書委員

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成績向上委員会

「姫様、側近の件は皆に快く承諾いただけました。すでに部屋の移動を始めてもらっています。この後、側近が挨拶に来ますよ。殿方は三階に上がれないので、夕食後の発表の後に顔合わせですね」

 側近の内定と夕食後に発表することを伝えに行ったリヒャルダが戻ってきた。
 側近になった者は側近用の部屋に移動しなければならないらしい。扉の向こうがバタバタとし始めた。おそらく大々的に側近たちの引っ越しが始まったのだろう。

「ローゼマイン様、側近を通してよいでしょうか?」
「えぇ、通してちょうだい」

 扉前に控えていたアンゲリカがわたしに扉を開ける許可を求める。扉が開けられると、わたしの側近になった子達が次々と部屋に入ってきた。彼女達のお部屋を側仕えと下働きが整えている間、ここで挨拶や仕事の分担についての話を行うそうだ。

 ブリュンヒルデが一番に入ってきて、わたしの前に跪いた。

「ローゼマイン様、お引き立てくださり、大変嬉しく存じます。流行の発信については、ぜひわたくしにお任せくださいませ」
「ブリュンヒルデには社交に関することをお願いするつもりです。ご存知の通り、わたくしは二年間眠っていたため、国内の細やかな情勢にも派閥や領地同士の繋がりにもあまり詳しくございません。社交の場での、わたくしの補佐に加え、色々な情報を集めてくださることを期待しています」
「お任せくださいませ」

 ブリュンヒルデの挨拶の後にはリーゼレータが静かにわたしの前に膝をついた。

「貴族院の進級さえ危ぶまれていたお姉様を救ってくださったローゼマイン様には、家族一同、いえ、一族一同感謝しております。わたくし、ローゼマイン様が心地良く過ごせるように精一杯お仕えしたいと存じます」
「リーゼレータはわたくしに仕えるため、目覚めを待っていてくれた、とアンゲリカから伺いました。その気持ちを嬉しく思います。これからよろしくお願いいたしますね」
「はい」

 基本文字が書ければ、参考書づくりや課題のお手伝いから仕事を始められる文官見習いと違って、側仕えは主を不快にさせないように一年間は研修しなければ、誰かの専属として仕えることはできない。
 わたしが洗礼式の時に貴族院の一年生だったリーゼレータは、わたしに仕えるのだと一年間の研修を終えた直後、わたしが襲撃を受け、眠ってしまったそうだ。運の悪さに愕然としていたが、わたしが眠る間にアンゲリカがどんどんと鍛えられていくのを見て、奮起したらしい。

「姫様、側仕え見習いの二人には、わたくしがこの部屋での仕事について教えます」

 ブリュンヒルデとリーゼレータにはリヒャルダがついて教えてくれるので、問題ない。わたしが頷くと、リヒャルダは部屋の説明や一日の予定について話をし始めた。

 わたしは並んでいる騎士見習い達に視線を向ける。跪いたユーディットが興奮冷めやらぬ顔でわたしを見上げていた。

「ローゼマイン様にお仕えできるなんて嬉しいです。わたくしもできる限り強くなって、お役に立ちたいと存じます」
「ユーディットの頑張りに期待しています」

 その隣に跪いているレオノーレは葡萄(ぶどう)色の髪に、知的な藍色の瞳をした落ち着いた雰囲気の少女だった。雰囲気が落ち着いているためか、発育が良いせいか、とても大人びて見える。
 騎士見習いと言われなければわからない。文官見習いかと思う容貌だ。

「ローゼマイン様、護衛騎士にお引き立ていただきありがとう存じます」
「レオノーレ、わたくし、貴女には大変なお仕事を頼んでしまったと思っております。何か問題があれば、わたくしも協力いたしますので、コルネリウスと相談しながら、アンゲリカとユーディットを補佐し、導いてほしいのです」

 レオノーレはアンゲリカとユーディットに視線を向けた後、表情を引き締めてゆっくりと頷いた。

「……誠心誠意努力いたします」

 断られなくて良かった、とわたしは胸を撫で下ろし、同じように「考えてくれる人が入って良かった」と嬉しそうに目を細めているアンゲリカに声をかけた。

「アンゲリカ、二人にこの部屋での仕事の説明と分担について話をしてください」
「かしこまりました」

 アンゲリカの説明が下手でも、きっとシュティンルークが何とかしてくれるとは思うけれど、アンゲリカの思考放棄に関しては、少し対策を練らなければならないだろう。
 むーん、と唇を尖らせるわたしの前にフィリーネがおどおどとした様子で膝をついた。

「あの、ローゼマイン様。側近に引き立てていただけて嬉しいのですけれど、本当にわたくしのような一年生の下級貴族を側近にしてもよろしいのですか?」

 不安そうにフィリーネが尋ねる。下級貴族が領主一族に取り立てられることは少ないので、心配になる気持ちはわかる。しかし、フィリーネは唯一わたしのためにお話を各地から集めてきてくれると誓ってくれた。わたしにとっては同士なのである。

「わたくしがフィリーネにお願いしたいのは、基本的にお話集めです。それに、フィリーネを支えたり指導したりするために上級貴族の文官見習いもいます。何より、下級貴族ということで嫌な思いをすることがあれば、必ず相談してください。フィリーネを取り立てたわたくしが対処いたします」
「ありがとう存じます、ローゼマイン様」

 皆が側近としての打ち合わせを始める中、わたしはフィリーネと一緒に成績向上委員会について話をすることにした。

「成績向上委員会とは何でしょう?」
「貴族院に入学するにあたって、領主候補生はアウブ・エーレンフェストからエーレンフェスト全体の成績を上げるように、と命じられたのです。わたくしが在学する間に成績を上げなければなりません。その成績を上げるための委員会です。会長はわたくしとヴィルフリート兄様ですが、エーレンフェストの学生は全員所属させます。誰一人として逃しません」

 そう言いながら、わたしはダームエルがまとめた貴族院に関する情報の資料を広げた。中央を含めて21ある領地の中で、エーレンフェストは真ん中辺りをうろうろしている。去年は13位だったそうだ。
 辛うじてまだ真ん中辺りにいるが、元々は小領地と最下位争いをしていたのがエーレンフェストで、神官長が在籍していた時だけ浮上して、卒業と同時に右肩下がりに落ちていったらしい。
 つまり、一人の天才がいるだけではダメなのだ。エーレンフェスト全体の成績を上げるシステムを作っておかなければならない。

「どのようにして成績を上げるのですか? カルタや絵本でかなり上がったとは伺っていますけれど」
「カルタや絵本で上がったのは、低学年の成績なのです。さすがにカルタや絵本だけでは高学年の成績は上がりません」
「そうなのですか」

 低学年の成績も、目に見えて上がったのは座学だけだ。後は実技の音楽が少し強化されたくらいだろう。

「わたくしが眠っていた二年間にコルネリウス兄様が優等生になったそうです。それは、ダームエルと共にアンゲリカに座学を教えていて、一学年先の勉強をしていたからですね。それに加えて、効率的な魔力圧縮を覚え、おじい様……ボニファティウス様に鍛えられたせいです」

 アンゲリカの進級を守るために成績を上げ隊が頑張ったことで、つられたのか、多少は他の騎士見習いの成績も上がっているが、コルネリウス兄様の上がり方とはずいぶん差がある。そして、皆に手をかけられながら、座学が辛うじて合格というアンゲリカの成績には頭を抱えるしかない。

「確か、魔力の圧縮方法もローゼマイン様が考えられたのですよね?」
「えぇ、貴族院から戻ったら、また一度講義があります。魔力圧縮方法は首脳陣の許可とお金が必要になるので、今この場で教えることはできないのです。フィリーネも魔力圧縮方法を知りたければ、今の内からお話や情報を集めて、自分で自分のためにお金を稼いでおくと良いですよ」

 各地のお話は買い取りますから、とわたしが言うと、フィリーネは若葉のような目を輝かせた。

「頑張ります。……わたくしはお金を稼ぐための期間があって、助かりますけれど、エーレンフェストに戻ってからということは、すぐに魔力を上げることはできないのですね?」
「そうですね。ここにいる学生全員に効果があり、すぐにできるのは座学の成績を上げることですわね」

 貴族院は一年生と二年生は全て共通科目で、基礎を教えられ、三年生からはそれぞれ専門のコースに分かれて学ぶことになっているそうだ。

 一年生と二年生の座学については、わたしはすでに神官長に全て叩き込まれている。そして、「初日の試験で合格しておけ」と言われている。何より、そのくらいの常識がなければ、上級貴族が集まるお茶会で碌な受け答えができないらしい。
 ヴィルフリートもすでに終えていると聞いている。領主候補生や上級貴族、兄姉がいる者は低学年の試験に初日で合格するのが当然だそうだ。

 そして、その後の実技や社交に時間を割かなければならないと聞いている。わたしはできるだけ図書館に時間を割きたい。そのためには、事前準備が必要だ。どうせ講義が始まるまで、図書館には行けないのだから。

 わたしの同期はカルタや絵本で勉強しているので、三年生くらいまでの魔術に関する座学は何とかなると思う。数学に関しても問題ない。ただ、歴史や地理に関しては、個人差が激しいと思う。わたしも知らないことが一番多かったのは、歴史と地理だ。

「兄姉がいた人は、彼らが作ったり、教えてくれたりした木札や資料の参考書を持っていることが多いでしょう? それらを出してもらって、皆で成績を上げようという雰囲気を作りたいのです」

 騎士見習いに関してはエックハルト兄様の資料があるので、それをコルネリウス兄様が出してくれれば、皆が勉強できると思う。他のコースも同じように、皆が抱え込んでいる資料を出し合えば、グッと勉強が楽になると思うのだ。

「わたしは旧ヴェローニカ派の子供達も含めて、エーレンフェスト全体の成績を上げたいと思っています」
「わたくしも派閥に関係なく、皆で成績を上げられるのが一番だと思います。ローゼマイン様がいらっしゃった冬の子供部屋は、年齢も派閥も関係なく、それぞれの進度に合わせた課題が与えられ、皆がお菓子の賞品を目指して努力していました。わたくし、あの雰囲気がとても好きだったのです」

 フィリーネが懐かしそうに目を細めて笑う。わたしがいない二年間の内、一年目は狩猟大会で学友に陥れられ、襲撃を受けたヴィルフリートが旧ヴェローニカ派の子供に敵意を剥き出しにしていたらしい。シャルロッテが取り成し、そのような感情を表に出さない訓練をさせられ、表面上は落ち着いたように見えたようだ。

 だが、実際には今でも席を作るにも旧ヴェローニカ派は距離を置かれるし、側近に召し上げるのはもちろん、重用することもはばかられる雰囲気だ。これを何とかするのが、急務だ。

 ……賞品を目指して、皆で競争するのが一番かな? 後は他に敵を作れば、ちょっとはまとまる気になるかも?

 フィリーネが好きだと言ってくれた冬の子供部屋の雰囲気を何とか貴族院でも作り上げたいものである。



「夕食の後、残ってくださいませ。わたくしの側近の発表と二年分の情報料の支払い、それから、皆様にアウブ・エーレンフェストからのお言葉を伝えなければなりませんから」

 わたしは食堂に集う皆にそう言った後、席に着いた。
 テーブルはおよそ派閥ごとになっている。12人が座れる大きなテーブルにわたしやヴィルフリートは自分の側近達と座り、それ以外は仲の良い者同士で共に食事を取っているようで、4つのテーブルに分かれて座っている。

 ……すでに側近が誰なのか、丸わかりなのに、わざわざ発表するんだよね。

「幾千幾万の命を我々の糧としてお恵み下さる高く亭亭たる大空を司る最高神、広く浩浩たる大地を司る五柱の大神、神々の御心に感謝と祈りを捧げ、この食事を頂きます」

 ヴィルフリートのお祈りに続けて、皆が祈りを捧げ、食事に手を付ける。
 ちなみに、わたしとヴィルフリートだけ別メニューである。他の皆は同じメニューだ。別メニューとは言っても、デザートがつくだけだけれど。

 同じテーブルで食事をしている皆が驚きに目を見張りながら、食事をしているのが見える。

「数年前から格段においしくなりましたけれど、今年はまた一段と味が……」
「貴族院の楽しみはこのお食事ですよね。わたくし、去年初めて食べた時には驚きました」

 貴族院には城の料理人を派遣しているので、三年前から食事の質はぐぐんと上がっていたらしい。今年はフーゴとエラがいるので、更においしくなったそうだ。昔を知っている上級生と入った時からおいしい食事ができていた下級生で意見が違うのが面白い。

「今年はわたくしの専属料理人も貴族院に派遣されましたから。わたくしが眠っている二年間にもよく修行してくれたようですわ。そうそう、わたくしの側仕えがまとめてくれたレシピ本もこの冬の終わりに発売する予定ですの」
「まぁ、レシピというと、作り方が載っているのですか?」

 ブリュンヒルデが口元を押さえて上品に驚く。わたしも少しこの上品さを見習わなくてはならない。

「絵本より高価になりますけれど、それだけの価値があると思っております」
「えぇ、ローゼマイン様のおっしゃる通りですわ。レシピにはとても価値がございます。中央での販売もお考えですか?」
「貴族院でレシピ本を広げていくのは、来年か、その次でしょうね。今年はお茶会でお菓子を一種類か二種類だけ披露して、周囲の興味を引くに止めておこうと考えています。あまり急激に変えるのは反動が大きいですから」

 流行を発信したいと言っていたブリュンヒルデは少しだけ不満そうに唇を尖らせた。そんなブリュンヒルデにわたしは小さく笑う。

「流行も少しずつ小出しにしていった方が良いのですよ、ブリュンヒルデ。わたくしは確かに領主候補生ですが、領主候補生にも差はあります。中央の王族や大領地の領主候補生を上級貴族だと考えれば、中領地であるエーレンフェストのわたくし達は中級貴族です。中級貴族がいきなり流行をたくさん発信すれば、上級貴族にどう思われますか?」

 ハッとしたようにブリュンヒルデが顔を上げた。

「流行として発信できる物を武器に、どの上流貴族と繋がり、影響力を得ていくのが自分達のためになるのか、よく吟味しなければならないのです。いきなり手の内を全て晒す必要などないのですから、少しずつ情報を出して行けば良いのですよ」
「かしこまりました」

 こうして食事を終えると、わたしは自分の側近を発表した。同じ席についているので、一目でわかるが、正式に発表することが大事なのだそうだ。

「では、わたくしの側近を発表いたします。側仕え見習いはリーゼレータとブリュンヒルデ、騎士見習いはアンゲリカ、コルネリウス、レオノーレ、トラウゴット、ユーディット、文官見習いはハルトムートとフィリーネです」

 女の子は部屋で顔を合わせたけれど、男の子は夕食の席で初めて顔を合わせたに近い者もいる。三年前の子供部屋で初対面の挨拶は済んでいるが、一度に挨拶を受けた人数が多すぎて、正直な話、ブラックリストに載っていた警戒対象以外はほとんど覚えていないと言うのが正しい。

「ローゼマイン様にお仕えできて光栄です」

 わたしの前に出てきて跪き、そう言ったトラウゴットは12歳で上級騎士見習いの三年生だ。リヒャルダの娘とおじい様の第二夫人の息子の間に生まれた子だと聞いていたが、見た目はおじい様にもリヒャルダにも似ていない。濃い色合いの金髪と群青色の瞳で、あまり表情が動かず、寡黙な雰囲気に見えた。

 トラウゴットの次に出てきたのは、ハルトムートだ。

「貴族院で情報を収集するという指令が出て以来、ローゼマイン様の目覚めをお待ちしておりました。お仕えできること、嬉しく存じます」

 まるでユストクスのようなことを言う、と感じた。だが、ユストクスと違って特徴的な朱色の髪が諜報活動には向かない。にこにことした穏やかな雰囲気の中に茶目っ気を感じる橙のような明るい瞳がある。上級貴族の文官見習いで14歳の五年生、オティーリエの末息子だそうだ。

 一通りの挨拶を終えると、わたしはリヒャルダにお金の詰まった袋を持って来てもらった。

「わたくしが眠っていた間、有益な情報を集めてくださった方々に感謝を込めて、これから情報料をお支払いいたします」

 わたしは情報提供者の名前を呼び、お金を渡していく。ブリュンヒルデの衣装や流行に関する情報は養母様やお母様から高い評価を得ていたし、ハルトムートの情報は神官長がとても喜んでいた。
 誰が評価していたかも一言添えて、お金を渡していくと皆が誇らしそうに目を輝かせた。

「それから、ローデリヒ、フィリーネの二人は、わたくしのためにたくさんのお話を集めてくださいました。おかげで新しい絵本がまた作れそうです」

 貴族院に所属していたわけではない二人だが、わたしが一番欲しかった情報を集めてくれたのだ。ちゃんと情報料は渡しておく。そうすれば、お金目当てに新しいお話が増える可能性が高い。

 フィリーネは嬉しそうにわたしの前へとやってきて受け取ってくれたが、ローデリヒはものすごく戸惑った顔でわたしとお金と自分の手を見比べた。

「……私が頂いて良いのですか?」
「当然でしょう? これはローデリヒが頑張った分ですもの」

 まさか認められると思わなかった。そんな顔でローデリヒがわたしを見て、泣きそうに一瞬顔を歪めた。

「恐れ入ります」
「ローデリヒにはこれからも期待しております。貴族院でも色々なお話を集めてくださいね」
「……必ず、期待に沿ってみせます」

 ローデリヒがぎゅっときつくお金を手に握りこんで、自分の席へと戻っていくのを見ていたヴィルフリートは、視線を険しくしてわたしを見た。

「ローゼマイン、其方、知らぬのか? ローデリヒは……」
「行いは公正に評価するべきですよ、ヴィルフリート兄様。ローデリヒはわたくしのためにお話をたくさん集めてくれました。わたくしはそれを評価しただけです。成し遂げた成果を評価することに派閥は関係ございません」

 わたしの言葉にざわめいたのは、旧ヴェローニカ派の集まるテーブルだった。

「ローゼマイン様、ならば、私が集めた情報でも公平に評価してくださるのですか?」
「もちろんです。人はそれぞれ価値観が違います。ブリュンヒルデは流行や衣装に重きを置いていましたが、ハルトムートは領地間の関係に重きを置いていました。そして、その情報を喜んだ者もそれぞれ別人です。ですから、貴方が持ち込んだ情報を喜ぶ人がいれば、それは正当に評価します」
「……わかりました」

 旧ヴェローニカ派の者からは全く情報を持って来ていないので、親から禁止されたのか、と思っていた。だが、派閥で禁止されていたわけではなく、評価など得られないと思っていたからだったようだ。ヴィルフリートの態度を見ていれば、そう思うのも仕方がない。

「では、これからアウブ・エーレンフェストより託された言葉を皆に伝えたいと思います。今年からわたくし達領主候補生が在籍します。この後にはシャルロッテやメルヒオールの入学も控えています」

 わたしの言葉にヴィルフリートも立ち上がった。そして、皆に向かってハッキリとした声で語りかける。

「領主候補生が在学するおよそ十年間にできるだけエーレンフェストの影響力を上げる。そのために皆一丸となり、協力して欲しいとのことだ」
「まず、エーレンフェストの成績を上げるためにはどうすれば良いか考えましょう」

 わたしの言葉にすぐに意見が上がった。

「ローゼマイン様の魔力圧縮方法を教えていただければ、それだけでかなり向上すると思います。成績を上げるため、我々にも教えてください」

 実際にアンゲリカとコルネリウス兄様、そして、シャルロッテの護衛騎士見習いであるエルネスタは目に見えて魔力が増えた。何より、下級騎士であるダームエルが未だに少しずつ魔力が伸びていることは騎士団の中では周知の事実になっているそうだ。

「……わたくしの魔力圧縮方法は、わたくしが信用できる者に少しずつ広げていくつもりなのです。この冬に貴族院での行いをよく見た上で、教える者を選別し、貴族院が終了した後、首脳陣の許可を取った上で、その講義を行う予定です」
「それは本当ですか?」
「えぇ。けれど、人選も首脳陣の許可が必要ですし、高額なお金も必要になります」

 期待に顔を輝かせる者、諦めの表情になる者、様々な顔が見える。

「ですから、魔力の圧縮方法で魔力を上げていくのは、春以降の話になります。今年は座学を上げたいと考えています。座学の成績を上げるのは自分のため、そして、エーレンフェストのためです。派閥など関係なく、全員の成績を上げていきましょう」

 わたしの言葉に皆が顔を上げた。何を言い出すのか、と警戒した顔がちらほらとあるところにわたしは少し肩を竦め、口を開いた。

「まず、班分けをいたします」
「班分け?」
「共通科目しかない一年生と二年生は学年ごと、そして、専門コースに分かれる三年生以上はコースごとに分けます。一年生チーム、二年生チーム、騎士見習いチーム、文官見習いチーム、側仕え見習いチームです」

 チーム分けには人数にばらつきはあるけれど、大体十人くらいである。参考書や情報の共有について考えると、この分け方が一番効率は良いと思う。
 しかし、すぐに不服の声が上がった。

「ローゼマイン、正気か!? 班を分けるならば、派閥ごとにした方が……」
「そうです。協力などできません!」
「疎まれている者の立場もお考えください」

 ヴィルフリートからも、旧ヴェローニカ派からも否定的な意見が上がったが、わたしはこの派閥別という雰囲気を何とかしたいのだ。派閥ごとに分けたら全く意味がない。
 やいのやいのと意見が上がる中、わたしは呆れた表情全開で頬に手を当てて、首を振った。

「皆様、ずいぶんと派閥争いがお好きなようですけれど、国内ではエーレンフェスト自体が片田舎で、特に見るべきところがないと思われていることはご存知ですよね? その中でいがみ合っている場合ではないでしょう?」
「そ、それは……」
「其方、自分が襲撃されたことを忘れたのか!?」

 ヴィルフリートの指摘に、わたしは溜息を吐いた。ずいぶんとヴィルフリートが派閥に拘ると思っていたが、どうやらわたしを守るためだったらしい。

「忘れてはいませんし、腹立たしくは思っています。けれど、ここ貴族院には頼るべき親がいません。逆を言えば、わたくし達の行いを監視し、強制する親もいないのです。派閥争いなどエーレンフェストに戻ってからで十分です。わたくし達が相手にしなければならないのは、他領の優秀な学生達ですよ。まず、そこを理解してください。貴族ならば、その時の利を考えて、感情を隠し、敵と手を組むこともできなければなりません。そう教わりませんでしたか?」

 まったく誰も彼も器の小さいこと、と呟くと、ヴィルフリートはもちろん、他の子供達も押し黙った。

「いきなり頭ごなしに勉強しろと言われても、すぐにはやる気がでないでしょう。ですから、わたくし、皆のやる気を引き出すために賞品を準備いたしました。一番にチーム全員が試験合格したチームと最も優秀者が多かったチームには、わたくしが考案したお菓子、カトルカールのレシピを進呈いたします。エーレンフェストに戻って、自宅の料理人に作らせてもよろしくてよ」

 レシピを公開しても良いとフリーダには言ったし、わたしもところどころで教えていたけれど、誰もが秘匿しようとするので、実はカトルカールのレシピは今でも大きく広がっていない。
 カトルカールは今のところエーレンフェストの貴族街に来て、ギルド長の店で購入するか、養母様やお母様のお茶会に招かれなければ食べられないものになっている。

 そのレシピが賞品となれば、自宅で食べられるようになるのだ。来客に茶菓子として自由に提供することができるようになる。皆の目の色が変わった。
 ヴィルフリートとコルネリウス兄様は、うーん、という顔をしているが、彼等にはエラの新作お菓子で我慢してもらおう。

「低学年は全員合格するのが早いかもしれませんけれど、難易度が低いので優秀者に選ばれるのは難しいでしょう。高学年は努力すれば、優秀者を多く出せるかもしれません」
「ローゼマイン様!」

 文官見習いのハルトムートがビシッと手を挙げて指摘した。

「騎士見習いには魔力の圧縮方法を知る護衛騎士が複数いますし、エックハルト様から与えられた良い参考書もありますから、有利すぎると思います」

 そうだ、そうだ、と他のチームからも賛同の声が上がる。こんな時は派閥も関係なく声が上がるのが面白い。

「参考書は他のチームでも兄姉がいれば何とか手に入るかもしれませんが、魔力だけはどうしようもありませんものね。確かに、難易度の調整が必要ですね。……では、アンゲリカに座学でのシュティンルークの使用を禁じます」
「えっ!?」
「それでは難易度が高すぎます!」

 騎士見習いの上級生達から悲鳴のような声が上がったけれど、息を呑んで真っ青になっているアンゲリカをわたしは真っ直ぐに見据えた。

「この二年間でアンゲリカはシュティンルークに頼るあまり、以前よりも考えるということをしなくなりました。これではいけません。自分の頭を使って、考えて覚えてください。二年前はできたのです。今年もできるはずです」
「そんな、ローゼマイン様……」

 儚げな雰囲気で泣きそうな顔をしてもダメだ。悲しげな顔で憂える美少女になっているが、アンゲリカの外見に騙されてはいけない。これは頭を使いたくない時の顔である。

「ローゼマイン様はわたくしがお嫌いなのですか?」
「まさか。嫌いな者を護衛騎士にはしません。わたくしはアンゲリカの成長を願っているのです。シュティンルーク、聞きましたね。不正を行うことは許しません」

 アンゲリカが助けを求めるように魔剣の魔石を撫でているのを見て、わたしはシュティンルークに声をかけた。神官長の人格や物言いをコピーしたシュティンルークは「わかっている」と明確な声を返してくれる。

「不正など騎士として行うことではない。何より、主の成長を願うのは、私とて同じだ」
「シュティンルークにも理解してもらえたようで、何よりです」
「そんな、シュティンルーク!? ローゼマイン様!?」

 悲鳴のような声を上げるアンゲリカを笑顔で激励しながら、わたしはぐるりと食堂内を見回した。

「では、チームごとにそれぞれ対策を練って、協力し合い、講義に挑んでくださいませ。……さて、ヴィルフリート兄様。一年生はいつから対策会議を始めますか?」

 ローデリヒや旧ヴェローニカ派の集まるテーブルをじっと見据えていたヴィルフリートがガタリと立ち上がった。

「今夜は各自、兄姉から聞かされた講義内容、持っている参考書について確認を行うように。明日の朝、朝食後すぐに対策会議を行う。勝利は我らのものだ!」

 こうして、エーレンフェストの成績向上委員会が発足、成果を上げるための奮闘が始まった。
 成績向上委員会で皆が相互協力できたら、自分の労力は少なく、皆の成績が上がるんじゃないかな、というローゼマインの打算でできました。
 一気に登場人物が増えましたが、活躍するのは追々なので、たまに出てきた時にはシリーズで管理している本好きの設定集をご覧くださいませ。

 次は、進級式と親睦会です。
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