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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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閑話 神殿の二年間 前編

 魔力が動かない、そうおっしゃって、ローゼマイン様は急いでユレーヴェに浸かりました。今、ローゼマイン様は薄い青の薬の中に静かに横たわっていて、ゆらゆらとまだ髪が揺れているのが見えます。

 神官長は薬液から抜いた手を拭いながら立ち上がると、汚れたタオルを私に預け、扉を開けました。私一人ではこの工房に出入りできないので、急いで神官長と共に工房を出ます。
 神官長が一度ローゼマイン様の眠る箱をちらりと見た後、丁寧に扉を閉めました。

「これでこの中に入れる者は私以外いなくなった。ローゼマインは安全だ」
「はい」
「フラン、ローゼマインの覚書なり、手紙なりがあれば、出してくれ。この冬にローゼマインが行う予定だったことがあれば、把握しておきたい」
「かしこまりました」

 私はすぐにローゼマイン様の執務机から、各人に向けた手紙とこれから先に行うことの覚書を取り出しました。ローゼマイン様は忘れないように、と言って、常に書字板に書かれた予定を紙に書き写して残すので、これから先に行おうと思っていたことはすぐにわかるのです。
 失敗作の紙とはいえ、覚書に高価な紙を使うという贅沢な使い方に、当初は驚いていましたが、もう慣れました。ローゼマイン様は木札ではなく、紙に書くのが一番しっくりくるのだそうです。

 私がローゼマイン様の手紙を貴族関係者と神殿関係者と下町関係者に分けていると、オルドナンツが飛びこんできました。そして、犯人を捕えたことを伝えて、黄色の魔石に戻ります。神官長は「これから城に戻る」と返事をして、オルドナンツを返しました。
 すぐさま神官長は私が差し出した貴族関係者への手紙と覚書を手に取りながら、扉へ向かって歩き始めます。

「あちらでの処理があるため、奉納式まで私は戻らぬ。神殿の中のことは私の側仕えと其方等に頼む。青色神官達をうまく使って、奉納式の準備を終えておくように」
「かしこまりました」

 急ぎ足で神官長が退室すると、すぐに他の側仕え達がやってきました。ローゼマイン様が性急に工房へ入ったことが不安で仕方がないようです。

「フラン、神官長はどのようにおっしゃったのですか? ローゼマイン様はご無事ですか?」

 モニカが不安そうに見上げて来ました。ニコラもギルも私の言葉をじっと待っています。

「一年以上は眠ることになるだろう、とのことです。受けた毒が思いのほか、ローゼマイン様にはご負担だったようです」
「そんな……」

 皆が泣きそうな顔をしていますが、眠りにつかれたローゼマイン様が目覚めるのはずっと先のことです。

「詳しいお話は明日します。今日はもう遅いですから、お休みなさい」

 まだ受け入れにくそうな顔をしている見習い達を各自の部屋へと戻らせます。
 それから、本日の寝ずの番である私は部屋を整え、ローゼマイン様の下町のご家族とプランタン商会に説明できる立場であるルッツに向けて手紙を書きました。



 次の日は、説明に明け暮れる一日でした。気になって眠れなかったのか、朝早くに起きてきた見習い達に説明のための手紙を渡し、私は一度休みます。
 4の鐘が鳴って、私が昼食の席に着くと、皆が一斉に説明を求めてきたのですが、正直なところ、神官長が急いだ様子で出て行ったので、執拗に尋ねられても私もそれほど詳しくないのです。

「ローゼマイン様が当初おっしゃったように、城へ行って、神殿を不在にするのと変わらないのです。不在期間が伸びただけだ、と思って生活していくしかありません。起きていらっしゃったローゼマイン様が困らないように、今まで通りの生活をしてください」

 昼食を終えた後、私とザームはローゼマイン様の仕事に関する資料をまとめて、神官長の部屋へと移す作業に入りました。ローゼマイン様が不在の間の仕事は、神官長がこなすことになります。

「このままでは神官長まで倒れてしまうのではないでしょうか?」

 神官長室へと移す書類の量を見て、私が神官長の心配をしていると、ザームが少し考えた後、大丈夫でしょう、と言いました。

「ローゼマイン様の意見を取り入れて、他の青色神官達を教育していたので、何とかなるでしょう。何もしていなかったら、どうなっていたか……。その一点だけでも私はローゼマイン様を称えることができますよ。神に祈りを!」

 ザームは以前フリッツと同じ主に仕えていたことがあるので、神官長の優秀さと仕事のしやすい環境をとても気に入っていました。そして、そんな神官長の補助ができるローゼマイン様の優秀さを青色巫女見習いの頃から褒め称えていたのです。

 神官長の側仕えの中から誰かローゼマイン様のところへ移動させる、と話が出た時に、ザームは真っ先に立候補したと聞いています。こちらの方がご飯の質も良いし、一人一人に任される仕事の量も多くて、やり甲斐があるし、ローゼマイン様が多くの仕事の受け持つことができるようになれば、結果的に神官長が助かるからだと言っていました。

「では、運んでしまいましょう。神官長の側仕え達にも説明が必要でしょうし」

 私とザームは神殿長室の資料の入った木箱を神官長の部屋へと運び込みました。

「フラン、ザーム。待っていました。こちらの棚を空けてあります」

 神官長はこちらでも指示を出していたようで、私達が持ち込んた資料を整頓する場所がすでに空けられていました。皆で協力しながら、資料を整え、昨夜の出来事についての情報をやり取りします。
 なるべく神官長の仕事を減らし、青色神官達に回せそうな仕事を選別して、どんどん回していこうということで、側仕え一同の意見が一致しました。

「ザーム、カンフェル様やフリターク様への説明をお願いしてよいですか? 私は孤児院と工房に行ってきます」

 資料の整理を終えた後、青色神官達への説明をザームと元同僚である神官長の側仕え達に任せると、私は孤児院へと向かいました。

「フラン、ローゼマイン様が長いお休みにつかれたとモニカから聞いたのですけれど、孤児院はどうなってしまうのでしょう?」

 ヴィルマが青ざめた顔で詳細を求めてきました。ローゼマイン様が孤児院長となってから劇的に変わった孤児院の者は、ローゼマイン様がいなくなることを極端に恐れています。生活がまた以前と同じようなものに戻る可能性があるので、当然のことかもしれません。

「大丈夫です。ローゼマイン様がお休みになられている間、権限は神官長に移りますが、基本的に今まで通りで、私がローゼマイン様の代わりに運営するように言われております。予算に関してローゼマイン様のギルドカードは使えませんが、城から出ている神殿長への補助金や領主の子に渡される生活費としての予算を神官長が管理しているので、それほどの問題になるとは考えておりません」

 不安がる孤児院の子供達に、今まで通りに工房で働いていれば、お金が無くなることはありません、と言い聞かせました。

「すでに冬支度も終わっているので、春までは無駄遣いしない限り問題なく過ごせます」
「……そうですね」

 これは誰にも言っていませんが、ローゼマイン様が鍵のかかる書箱の中に貯めている「タンスチョキン」というお金もあるので、最悪の事態に陥ることはないでしょう。

「ヴィルマ、管理をする者があまり狼狽えた姿を見せるものではありません。毅然としていてください。ローゼマイン様は大丈夫です」
「申し訳ありませんでした」
「では、ローゼマイン様から預かっている冬の課題をここで発表します」

 ローゼマイン様から孤児院に向けて出された去年の課題は、「全員が基本文字と一桁の計算を覚えよう」でした。全員が達成したご褒美に小さなハンバーグが食事に出てきたことを思い出したのか、子供達の目から不安が消えて、真剣なものになりました。

「今年の課題は、10歳までに全員が側仕えとしての基本知識を身に付けよう、とのことです。側仕え経験のある灰色神官達に教師役をお願いします」
「はい」

 ローゼマイン様はイルクナーでフォルクの売買契約に関わり、灰色神官達の価値を高めようと考えられたようです。下働きとして売られるより、側仕えの技量を持つ者の方が高く売れます。そして、できる仕事内容によって、その先の扱われ方も変わってくるのです。

「デリア、ローゼマイン様はディルクのことも心配していました。異常が現れた時は早目に連絡してください。神官長もお忙しいので、対応が遅れる可能性もあります」
「わかりました」

 孤児院での説明を終えた私は工房に向かいましたが、工房に関しては、ギルが「本をたくさん作れば、ローゼマイン様が読みたがって早く起きるかもしれない」と張り切って印刷をしているようなので、特に問題はなさそうです。
 ルッツ達に渡してもらうための手紙を渡しただけで終了しました。

 次の日にはローゼマイン様の専属が城から戻されてきました。専属料理人によるレシピの流出等はもちろん、守ってくれる主なしで城に残ると、権力による無理強いや引き抜きなどが起こる可能性もあります。特にロジーナとエラは若い女性ですので、ローゼマイン様は絶対に城に残さないように、と神官長にお願いしていました。
 戻ってきた専属達にも一年以上ローゼマイン様が戻られないことを告げ、託されている仕事内容を告げていきます。

「エラとフーゴは今まで通りに、側仕え分と孤児院分の料理をお願いします。それから、ローゼマイン様は、料理の好きなニコラを料理の道に進ませてあげたいそうです。助手としての指導をお願いします。後は、忙しさであまり進んでいないレシピ本の作成に力を入れるように、とのことです。更に余裕があれば、そろそろ自分達で新しいレシピを作ってみてはどうかともおっしゃいました」
「かしこまりました」

 ニコラは嬉しそうに笑いながら、厨房でしなければならないことを書字板に書き込んでいきます。エラとフーゴは文字が読めないので、書くことに関してはニコラが一手に引き受けることになります。これも、レシピ本の作成がなかなか進まない理由でしょう。

「ロジーナは孤児院の子供達にフェシュピールを教えてほしいそうです。ローゼマイン様にはわからなくても、ロジーナには子供達の音楽の才能がわかるかもしれない、とおっしゃいました。楽師としての才能が開花すれば、その子の将来がまた変わってくるだろうと考えられたようです」
「クリスティーネ様がわたくし達に教えてくださったようなことを教えれば良いのですね? わかりました。やってみましょう」

 少しでも孤児達の価値を上げ、待遇の良い職場が見つかるようにしたいというローゼマイン様の言葉を伝えると、専属楽師として買い上げられたロジーナは、柔らかく表情を緩めて頷きます。

 こうして、ローゼマイン様がいらっしゃらない神殿での生活が始まったのです。



 ニコラは側仕えをしながら、料理の助手をする生活が始まり、ギルとフリッツは今まで通りに工房と冬籠り中の孤児院で活動しています。私とザームとモニカは食事と睡眠以外は基本的に神官長の部屋で、神官長の側仕え達と執務をする毎日です。

「儀式の間の準備が終わりました」
「薪の準備もできていますか?」
「カンフェル様、奉納式の順番は決まりましたか?」
「フリターク様、他の青色神官達へ伝えてくださいませ」

 去年と同じように、神官長が戻られるまでに奉納式の準備を終えることができました。カンフェル様とフリターク様も準備を任されるのが二年目ですので、少し手慣れて参りました。他の青色神官達も協力してくださる方が増えています。

「準備はできているか?」

 神官長が奉納式の二日前に戻られ、確認をしていきます。そして、問題なく整っていることを確認すると、青色神官達に労いの言葉をかけました。

「ご苦労だったな。では、奉納式の当日までゆるりと過ごすが良い」

 青色神官達を退室させると、神官長はご自分の工房から魔石の袋を持ち出し、ローゼマイン様の工房へと向かいました。

「フラン、来なさい」

 私は神官長と共に工房へと入ると、あの日と全く変わらぬ状態でローゼマイン様が眠っていらっしゃいました。
 ただ、前よりもずっと薬液の青が濃くなっていて、ローゼマイン様の白い肌に浮き出ている赤い線が光っているように見えます。

「……放置しすぎたか」

 神官長が眉を寄せてそう言いながら、私に魔石を中に入れるように言いました。私は色をなくしている透明の魔石や黒の魔石を次々と薬液に入れていきます。魔石が魔力を吸い取っていくと同時に、薬液の色が少しずつ薄まっていくのがわかりました。

「ローゼマインめ、圧縮しすぎだ。魔石が全く足りないではないか。奉納式の時期で助かったな」

 ローゼマイン様の手を取って、その赤い線を睨むように見つめていた神官長が溜息を吐きました。予想以上に時間がかかりそうだ、という呟きが耳に入りました。
 神官長がローゼマイン様の経過について何やら書かれている間、私はローゼマイン様の魔力で満たされた魔石を取り出しては丁寧に拭って袋に詰め直していきます。

「今日はこのくらいでよかろう」

 それからは、奉納式の後、青色神官達が使って空になった魔石をローゼマイン様の薬液に入れて、魔力を補充するという仕事も加わりました。
 ローゼマイン様の魔力があったおかげで、奉納式は恙なく終えることができました。

 奉納式の後も祈念式に向けて魔力を溜めるということで、私は神官長と共に工房へと入ります。ローゼマイン様のお姿を確認できて少しばかり安心するのですが、全く変化が見られないことにじりじりとした焦りも感じました。

 ……早く起きてくださいませ、ローゼマイン様。

 奉納式が終わると、神官長は溜まっていた書類仕事に取り掛かりました。仕事量が一気に増えたにもかかわらず、エックハルト様まで騎士団の鍛錬に取られたことで、またもや、薬漬けの生活が始まったようです。薬入れに手を伸ばす神官長の姿をよく見るようになった、と側仕え達が零していました。

 今までの神官長の仕事、城での仕事、それに加えて、ローゼマイン様が担当していた神殿長の仕事、孤児院、工房、プランタン商会とのやり取りが神官長に圧し掛かっているのです。
 青色神官が少しずつ育っているとはいえ、青色神官にはプランタン商会関係の仕事や孤児院の管理は任せられません。

「冬の間はプランタン商会の者が来ることもほとんどありませんし、孤児院も基本的に冬籠りをしているだけなので問題はないと思われます」
「あぁ、工房や孤児院に関しては管理者もいるし、そちらである程度こなしてほしい」

 しかし、春になり、冬の手仕事の精算や紙作りが始まると、お金のやりとりが出てくるので嫌でも仕事が増えますし、後回しにすることもできません。
 神殿の仕事だけではなく、城からの仕事も回されているらしい神官長は、薬を片手に苦々しい顔で呟きました。

「気が進まないが、あれを呼ぶか……」

 神官長がオルドナンツを飛ばして、少しすると騎獣が高速で神殿に向かって駆けてくるのが見えました。

「フェルディナンド様のお召に従い参上いたしました。工房の管理と商人とのやり取りならば、任せてください」

 下町に対する忌避感が少なく、ローゼマイン様の事情に通じているユストクス様が目を輝かせて、神官長の前に跪いて言いました。

「フリッツ、ユストクスを工房に案内して、プランタン商会との金銭的なやり取りについての説明をするように。ユストクス、忙しいのだから問題は起こすな」
「かしこまりました。さぁ、案内せよ。フリッツ」
「フリッツ、何かあれば報告しなさい。即刻叩きだすからな」

 ユストクス様はうきうきとしたご様子を隠そうともせずに、フリッツを引きずるようにして退室していきます。ものすごく不安で仕方がありません。本当に大丈夫でしょうか。

「……神官長」
「心配はいらぬ、フラン。ユストクスは情報を集めるのが好きなだけで、誰彼構わず喋る者ではない。それに、ああ見えて文官としては優秀だ」

 神官長のお言葉通り、ユストクス様はすぐに工房に馴染んでしまったようです。高圧的な態度を取られる方ではないということもあるでしょうが、人と人の間に入っていくのがとても上手いとフリッツが言っていました。

 ユストクス様が工房へと訪れるようになって、何度目かの頃、これまでの工房の流れを知りたいとおっしゃられたユストクス様のために神殿長室で資料を出していた私は、何となくユストクス様から見た工房について質問してみました。

「ユストクス様、工房の様子はいかがですか?」
「とても新鮮な経験です。面白い。さすがローゼマイン姫様です。面白い腹心を育てていらっしゃる。初めて工房を訪れた時に、私は紙漉きをさせてもらったのですが……」

 貴族が自分の体を使って労働することはありません。工房の者が戸惑う姿が脳裏に浮かびます。連れて行ったフリッツも大変だったでしょう。
 私がフリッツに同情した直後、ユストクス様の口から信じられない言葉が出てきました。

「板に張られたばかりの紙をぺたっと触った途端、プランタン商会のダプラに、何をしているんだ、この馬鹿! と怒鳴られました」

 ……ルッツ、貴方は一体何をしているのですか!? フリッツ、貴方は何をしていたのですか!?

 私の血の気は引いていくのですが、ユストクス様は実に楽しそうに先を続けます。
 怒鳴りつけた直後、ルッツもまずいと思ったようで、工房には沈黙が降りました。すると、今度はルッツを庇うようにフリッツが出てきて、ユストクス様はがっつりとお説教されたそうです。

 まるでフェルディナンド様のような冷ややかな笑顔で、「紙作りに必要な時間と行程を説明されて、尚、時間と利益の損失についてわからないような無能が紹介されると思いませんでした。忙しさのあまり、神官長の目が曇ってしまったのでしょうか」とか「商品を駄目にするような管理者はローゼマイン様の代わりになりませんから、即刻神官長に報告して叩きだしていただきます。ここの重要性を理解できない者は必要ないのですよ」とにこやかに言われた、とユストクス様がおっしゃいました。

「……そ、それでユストクス様はどうされたのですか?」
「さすがに、仕事に忙殺されているフェルディナンド様から呼ばれたというのに、フェルディナンド様の仕事を増やしていきなりクビにされるのは非常に困るので、今回の損失については金銭で埋めることで合意し、事なきを得ました。いや、危ないところでした。今は優秀さを見せつけることで、名誉挽回しているところです。出自も何も関係なくフェルディナンド様に対して、薬の飲みすぎは健康に悪い、と叱り飛ばすローゼマイン様の腹心だけある、と感心いたしました」

 ……多分、普通の貴族はそのような感想を抱きはしないのでしょうが、私は何も言いません。事なきを得た、と当人が考えているのですから、良いでしょう。終わったことです。

 神官長のお心に波風を立てる必要もないので、私もフリッツ同様、工房での一騒動については口を噤むことに致しました。

 ユストクス様もお忙しいのか、神殿に出入りする日はそれほど多くありません。ただ、神官長の言葉通り、優秀な文官であるというのは間違いないようで、一度やってくると数日分の仕事を片付けてしまわれます。
 そして、工房の分と合わせて、別に神官長に任せられた仕事についても報告をして、新しい任務を押し付けられて、貴族街へと帰っていくのです。言葉の端々からローゼマイン様を害した犯人の証拠集めをしているように感じられました。



 春の半ばが近付き、祈念式の準備が始められました。今年の祈念式はローゼマイン様の代わりに領主様のお子様方が魔石を手に直轄地を回るのだそうです。ローゼマイン様や神官長同様、領主様から神殿への派遣という形をとって、直轄地を三人で手分けして回ることで神官長の旅程を短くします。使えるものを使わなければ、どうしようもない神官長の仕事量に涙が出そうになりました。

 ローゼマイン様の側仕えの中では、私が一番儀式のことに詳しいため、シャルロッテ様に教える係りとして同行いたします。必要な物を準備する過程で神官長は言いました。

「フラン、新しい聖女伝説を作れ。ローゼマインが自分達を庇って毒を受けて眠ってしまったため、聖女に守られた領主の子が、代わりに祝福を捧げたいと申し出たのだ、と子供達の美談として周囲には言いふらしておくんだ。ローゼマインと同様に慈悲深く、素晴らしい心映えだと周囲に褒められ、認められれば、来年もあの二人を使えるからな」

 ローゼマイン様に渡すのと同じ、味が改良された疲労回復薬を大量に準備しながら、神官長がそう言いました。

「ヴィルフリートとシャルロッテには気分よく祈念式を終えてもらい、収穫祭でもローゼマインの代わりに奉納される物をもらって来てもらえなければ、孤児院の冬支度に困るぞ」

 そう神官長に指摘され、私は聖女シャルロッテ伝説を作り上げることに賛成しました。
 私もこの数年で書類上ではなく、生活を支えるお金の大切さというものがわかってきたのです。神殿や孤児院の生活を支えるためにも、この祈念式は絶対に成功させなければなりません。

 お二人に合う子供用の儀式服は、ローゼマイン様がお持ちの分しかなかったので、全くお直しなしで使える白い衣装をシャルロッテ様が、ローゼマイン様より少し背が大きくて丈のお直しが必要なヴィルフリート様には青の衣装を使っていただくことにします。
 ギルベルタ商会のコリンナが成長しても着られるように、と作ってくださっていたので、お直しはそれほど時間もかからず、すぐにできました。

 プランタン商会に要請していつも通りに馬車を出してもらい、ハッセの冬の館で過ごしているアヒムとエゴンの二人を迎えに行けるように準備します。そして、神官長から要請していただいて、護衛の兵士も付けていただきました。今回は貴族の襲撃を警戒して、普段の倍ほどの護衛騎士も一緒だそうです。

 まだ貴族院に入っていらっしゃらないシャルロッテ様は騎獣をお持ちではないので、久し振りの馬車の旅となりました。
 シャルロッテ様はローゼマイン様をとても慕っていらっしゃるご様子で、神殿での様子を聞いて、とても喜んでいらっしゃいました。私も城でのローゼマイン様の様子を聞くことができて、非常に有意義でした。

 リヒトは最初シャルロッテ様のお姿を見て、許しが得られなかったのか、と勘違いしていましたが、私が姉の代わりに祝福を届けたいと頑張る健気な聖女シャルロッテ伝説を伝えると、感動の涙を浮かべてシャルロッテ様を歓迎してくれます。

 初めての儀式に緊張していらっしゃるご様子のシャルロッテ様でしたが、ローゼマイン様の魔力の籠った魔石を手に、立派に儀式をやり遂げられまました。
 そして、アヒムとエゴンを引き取り、小神殿へと向かい、こちらの生活に不足がないか確認をすると、エーレンフェストに戻る兵士達への労いのお金をシャルロッテ様に渡していただきます。

「フラン、神殿長のご様子はいかがでしょうか?」

 お金を受け取ったギュンターがひどく複雑な顔をして、私を見ました。

「お変わりありません。幼い頃からの体への負担が神官長の予想以上に大きかったようで、長引くことになりそうです」
「そうですか……」

 この道中、シャルロッテ様はローゼマイン様と違って薬を使う回数が非常に少なく、持って行った薬の大半を使わないまま祈念式が終わりました。
 大半を使わなければ乗り切れないローゼマイン様の虚弱さに、溜息が零れるのを止められませんでした。



 祈念式から戻ると、ギルから相談を受けました。この先印刷する話をどうしよう、と言われたのです。
 去年は確かローゼマイン様が城で子供達からお話を集めていたはずです。神官長に相談した結果、冬の子供部屋で集めた話を渡してくれました。それをギルに渡したのですが、ギルは溜息を吐いて、首を振ります。

「これでは印刷できません。子供の話し言葉で書かれているので、読み物の形に書き直さなければならないのですが……誰かできますか?」
「今はとてもそのような余裕はありませんね」

 ……それにしても、ローゼマイン様は神官長の手伝いをして、たくさんの儀式について覚え、城へ行って貴族令嬢としての務めを果たし、その合間に原稿を作っていたのですよね?

 ローゼマイン様の本作りに対する執念というか、本に対する愛情に、今更ながら驚かされました。

 それから数日後、ギルを通して、トゥーリが土の日に行儀作法を教えてほしいと申し込んできました。受講料はローゼマイン様が家族のために書いた物語集だそうです。すでに読み物として完成されている文章なので、騎士物語集が終わった後、ギルはこれを印刷したいと言っています。

 トゥーリはローゼマイン様の実の姉で、孤児院ではずっとお世話になっていたので、行儀作法を教えることで恩返しができるから良い、と許可が出ました。クリスティーネ様の側仕えとして教養を叩き込まれているヴィルマとロジーナ以上の適任者はいないので、ヴィルマとロジーナに頼みます。ルッツも一緒に練習するようです。
 少し様子を見に行きましたが、神殿にやってきたばかりの頃、長い袖に色々な物を引っかけて失敗していたローゼマイン様の姿を思い出し、少し懐かしい気持ちになりました。

 ヴィルマによると、トゥーリはディルクに関する子育ての相談にも乗ってくれたようです。出産を経験している灰色巫女がいなくなった今の孤児院には、幼い子供を養育した経験のある者がいません。ローゼマイン様から多少の助言はありますが、ヴィルマやデリアは何もかもが手探りのため、同じ年の弟がいるトゥーリの助言は非常にありがたいそうです。



 春の終わりにニコラが成人しました。ロジーナの時と同じように、ちょっとしたお祝いをしましたが、ニコラは「ローゼマイン様に新しいレシピを教えてもらおうと思っていたのに」と嘆いていました。嘆くとは言っても、ローゼマイン様が起きたら教えていただきましょう、とエラのお菓子を差し出したらすぐに笑顔が戻る程度の嘆きです。

 ニコラの成人式とほぼ同じ頃、イタリアンレストランから新しいレシピの問い合わせが来ました。
 ローゼマイン様はまだ一年ほど目覚めないので、自分達で考えてください、と返事をした結果、フーゴとイルゼが自作の創作料理について情報交換することになったようです。料理人の自尊心にかけて負けられない、と厨房の者達が盛り上がっています。ローゼマイン様の専属として恥ずかしくない料理を作るそうです。

 そして、夏の半ば、星結びの儀式を終えてしばらくすると、ローゼマイン様の護衛騎士をしていたブリギッテ様が故郷に戻られることになりました。ご結婚準備のためだそうです。
 ダームエル様が非常に落ち込んでいたので、どうやらこの二人はうまくいかなかったようです。神官長が「二人の階級や状況を考えると難しいだろう」とおっしゃっていたので、仕方がないことだったのだろうと思いました。
 私には結婚というものがよくわからないのですが、上の空になっているダームエル様が結婚だけではなく、仕事でも失敗しないように神々に祈っておきましょう。

 どんよりとしているダームエル様の横を通って、今日はフーゴとエラが大事な話があるとやってきました。

「大事な話とは何でしょう?」

 私が尋ねると、二人は一度顔を見合わせて笑いました。そして、こちらに向いて幸せそのものの笑顔で口を開きました。

「お互いの父親から許可が出ました。俺達、結婚します」

 視界の端でダームエル様が耳を塞いだのが目に入りました。今は聞きたくない話題のようです。

「それで、結婚後のことについて相談したいと思いまして……」
「相談と言われましても、突然すぎて私には対処できません。神官長にお伺いを立てるので、しばらくお待ちください」

 ……こういう場合はどうすれば良いのでしょう?

 神殿においては結婚という単語が出てくることさえないので、相談されても私は戸惑うしかありません。ひとまず神官長に相談したところ、神官長はひどく面倒くさそうな顔になって、パタパタと手を振りました。

「彼らはローゼマインの専属だ。私が勝手に許可を出したり、動かしたりして良い対象ではない。ローゼマインが起きるまでは結婚は許可できぬ。結婚後仕事を辞めるエラの後進でも育てて待っていろ、と伝えなさい」

 私が神官長の言葉を二人に伝えると、エラに「結婚しても専属を辞めるつもりなんて、これっぽっちもないんだけど!」と怒鳴られました。

「え? 辞めないのですか? 子をなすのに仕事はできないのですよね?」
「生む時とその後ちょっとは休むけど、結婚直後から仕事を辞めていたら生活できないでしょ!?」
「……下町ではそうなのですか。女性は仕事を辞めるものだ、と神官長がおっしゃいましたし、神官達は結婚を禁じられているので、正直な話、よくわからないのです」

 エラが述べる結婚生活は、私が神官長から伺った結婚とはずいぶん違いました。神官長にも平民の事情はわからなかったようです。

「お貴族様と平民は違いますよ。わたしは結婚してからも仕事は続けるつもりですけど、前例がないんじゃ、確かにローゼマイン様が起きないとどうしようもないですね。待ちましょうか」

 エラは割とあっさり待機を決めてくれましたが、フーゴはすぐに気持ちを切り替えられなかったようです。

「ちょっと待てよ、エラ。そんなに簡単に諦めるな!」
「え? 別に諦めてないよ。待つしかないって言ってるだけじゃない」
「待つってことはあれだろ? 次の星祭りでも俺は主役になれないってことだろ!?」
「どうでしょう? 全てはローゼマイン様次第ですね」

 私の言葉に、フーゴがギラリとした目をこちらに向けました。

「くっ! 恋人ができても俺は結婚できねぇ運命なのか!? どうなんだ、フラン!?」

 嘆くフーゴに肩をつかんでガクガクと揺さぶられましたが、そのようなこと、私が知るわけがないでしょう。
 神殿は貴族の方と下町と両方が見られるので、長くなりました。
 ローゼマインが眠った後、神殿の皆は忙しい神官長を支えて頑張っています。
 そして、やっとフーゴに春が訪れました。

 次は、後編です。神殿でも色々と変化があります。
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