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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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閑話 洗礼式の日のおじい様 前編

 私はボニファティウス。年は60を超えたが、まだまだ若者に負ける気がしない。
 先々代の領主の子ということで、騎士団を引退した今でも領主を補佐する仕事が回ってくることがある。今まではなるべく回避したい、と思っていたが、ここ最近は城に行くのが少し楽しみになった。

 ……ローゼマインがいるからな!

 私は今、猛烈に感動している。私の孫娘が優秀で可愛すぎるのだ。
 ローゼマインはあのちっこい虚弱な体で、大勢の貴族が見つめる中、神殿長として洗礼式とお披露目を立派にやり遂げた。そのうえ、今はジルヴェスターの子供を背に庇うようにして、貴族と立派に対応している。

 ……それにしても、腹立たしい。私のローゼマインに、ヴィルフリートに関する文句など言うでない!

 エルヴィーラからは「妹を守れる良いお姉様になりたいそうなので、手出し厳禁ですわよ」と言われているので、こうして見守るしかできぬことがもどかしい。
 カルステッドとエルヴィーラから、私がローゼマインに触ったら死にそうだから近付くな、と釘を刺されていなければ、あんな中級貴族、祖父として一喝して黙らせて蹴散らしてやるのに。

 そういえば、いつだったか「ボニファティウス様のように、力任せに相手を黙らせればよい、とローゼマインが覚えてしまっては大変です。ローゼマインにはそれだけの魔力があるのですから」とエルヴィーラが言っていた。
 力があるならば、使えば良いのに、面倒なことだ。ちなみに、「父上はそのような考え方ですから、領主から外されたのでしょう」とカルステッドに言われたが、そんなことはない。私がそんな面倒な立場に立ちたくなかったから、回避したのだ。

 ……それにしても、雪玉をいくつか当てられただけで卒倒するくらい体力も腕力もないのに、魔力だけは余裕でエーレンフェストを支えられるくらいにあるとは、私の孫娘は本当にすごい。

 去年の冬、私を含め、大勢の騎士達によって危険がないように見守られている中、子供達が雪玉を投げ合っているのは、微笑ましい情景だった。
 だが、それはせこせこと雪玉を作るローゼマインが狙われるまでの話だった。
 ポスポスと雪玉を当てられたローゼマインが突然意識を失った時には、雪玉を投げていたヴィルフリートとその学友達はもちろん、周囲を見守っていた騎士団一同が真っ青になったものだ。あのひ弱さを見て以来、私は怖くてローゼマインに触れない。

 ……雪玉で倒れるのだぞ? 私が触ったら、カルステッドの言う通り、死んでしまうかもしれぬではないか。



「わたくし達はそろそろお暇いたしましょう」
「うむ、そうだな」

 七の鐘と共に、どうやら子供達は退出するようだ。領主夫妻に挨拶をし、近しい者に挨拶をしながら大広間を去っていく。それを機に、私も子供達が通る辺りへと場所を移した。

 ……何のために? もちろん、ローゼマインと挨拶するために決まっている。

「ボニファティウス様、ごきげんよう」
「あぁ、シュラートラウムの祝福と共に良き眠りが訪れるように」
「恐れ入ります」

 ……うむ、私の孫が一番愛らしい。公の場では「おじい様」と呼んでもらえないのが非常に面白くないが、な。

 ちなみに、私がローゼマインにおじい様と呼んでもらえたのは、洗礼式で初めて会った時と春に領主夫妻がいない時に魔力供給を手伝っている間だけだった。
 ヴィルフリートの魔力供給を手伝っていた時に「おじい様、いつもありがとうございます」と礼の言葉を欠かさなかったのだ。ヴィルフリートは礼を言う元気も残っていないが、ローゼマインはいつも笑顔で礼を言っていた。

 ……今になって思えば、あれは他の者に邪魔をされない貴重なローゼマインとの触れ合いだったな。あぁ、早く次の春に、領主会議の時期になればよい。ついでに、ちょっと会議が長引けばよいのだが。

 私が領主会議の時の思い出に浸っていると、先程退出していったはずのヴィルフリートが側仕えに抱えられて大広間に駈け込んで来た。ヴィルフリートの護衛騎士であるランプレヒトも一緒だ。
 その慌ただしさに危険なものを感じて、私は身体強化で視力を強化しながら、即座に周囲を見回した。周囲の反応を見る限りでは、何が起こっているのか知っているような者は見当たらない。

「北の離れに程近い場所で襲撃を受けました! ただいま護衛騎士が交戦中。その内一人はシュタープを所持! シャルロッテ様とローゼマイン様は北の離れ側に分断されています! 至急救援を!」
「騎士団1~4班は救援に! 残りは大広間を閉鎖せよ! ここにおらぬ貴族には疑いがかかると思え!」

 ジルヴェスターの怒声と共に周囲がざわめき、騎士団の者が一気に大広間を封鎖するために動き始めた。

「カルステッド、私はローゼマインの救援に行くからなっ!」

 すでに騎士団を退団しているとはいえ、何かあれば都合良く駆り出されることが多いのだ。このような時に動けなくては意味がない。ローゼマインを助け出すのは、祖父である私の役目だ。「おじい様、ありがとう。大好き」と言ってもらう立場は誰にも譲らぬ。

「父上っ!?」

 カルステッドの焦った声と同時に、ジルヴェスターの叫ぶ声が響いた。

「フェルディナンド、行け! ボニファティウスのやりすぎを止めろ!」
「また無茶を……」

 背後のやりとりを無視して、私は騎士により閉じられつつある扉をすり抜けると、北の離れに向かって直走る。魔力による身体強化で足を強化して、私は駆けつけようとしている騎士達を次々と追い抜いていった。

 ……若者にはまだまだ負けぬ! 一番乗りは私だぁ!

 本館の大広間から北の離れまでは結構距離がある。ローゼマインのような騎獣があれば速いのだが、と一瞬思いながら、わたしは身体強化を使った全力で駆け抜けた。

「ローゼマイン! どこだ!?」

 数回角を曲がったところで、黒いのと騎士達が交戦しているのが見えた。グッと視力を強化する。だが、その周辺にはローゼマインもシャルロッテの姿も見えない。残りの護衛騎士が北の離れに誘導したのだろう。とりあえず無事だけでも確認しなければならぬ。

「ローゼマインは無事かあぁっ!?」

 私はそう叫びながら黒ずくめに背後から飛びかかり、身体強化した腕を振り上げて、一人を叩き潰す。次の瞬間、地に落ちた黒ずくめがボンと鈍い音を立てて爆発した。

「うわっ!? なんだ!?」

 黒ずくめの血や体液や内臓が、切れ切れになった黒い布と共に辺りに飛び散り、応戦していた騎士達が黒ずくめを中心に起こった爆風に飛ばされた。
 突然濃い血の匂いに晒され、飛び散った肉片を顔で受けた騎士がえずく。視界の端にそれが見え、私は即座に叱咤した。

「気を抜くな! 馬鹿者が!」

 私の怒声と共に、びりっとした緊張感が戻り、騎士達は体勢を立て直したが、その後は連鎖的に、そして、順番に交戦していた黒ずくめが爆発し始める。
 これまで、敵を叩き潰したり、武器で切り捨てたりすることはあった。けれど、自分が何もしていないにもかかわらず、敵が勝手に自爆していくのは、あまり見たことがなくて、私は思わず眉を寄せた。

「何が起こっているのか、よくわからぬが、敵が勝手に消える分には、よかろう。そこの者、ローゼマインは無事か?」
「……わかりません。シャルロッテ様がさらわれ、騎獣で追いかけていったところまでは確認しております」
「この役立たずが!」

 その場にいた騎士を一喝して、私は大きく開かれた窓へと駆けだした。敵が勝手に死滅したならば、この場に長居は不要だ。私の役目は敵の掃討や犯人を定めるための証拠集めではない。ローゼマインの救助なのだ。

 私が窓へと駆け寄るのと、真っ青になったシャルロッテを抱えたローゼマインの護衛騎士、アンゲリカが戻ってくるのは同時だった。

「おぉ、無事でしたか、シャルロッテ姫。……ローゼマインはどちらに?」
「お姉様は何者かにさらわれました。わたくしを助けようと、ご自分の護衛騎士を使って……それで……」

 涙ながらのシャルロッテの言葉に私はカッと目を見開いて、護衛騎士であるアンゲリカを見た。

「今、コルネリウスが追っています。わたくしも姫をここに届けたら、追いかけるつもりなので、ボニファティウス様、姫をよろしくお願いいたします」

 アンゲリカはシャルロッテを私に渡そうとしたが、私の強化された目にはかなり遠い場所だが、コルネリウスが森へと降りていくのが白く見えている。

「待て、アンゲリカ。ローゼマインは私の孫娘だ。私が行く!」

 アンゲリカとシャルロッテを押し退けるようにして、私は冬の夜空へと飛び出し、騎獣を出現させて、飛び乗った。
 翼を動かすと大きな羽音を立てるので、あまり動かさぬように滑降しながら、周囲の音を探る。じっと集中して音を拾っていると、コルネリウスが降りていく場所よりも、さらに先、下働きの者が動く場所を隠すように広がっている森の中、正面玄関側に向かって走る馬の足音が聞こえてきた。

 ……あれか!

 私がカッと目を見開くと同時に、騎獣がバサリと羽音を立てて、空を叩く。魔力を大量に注ぎ込んだ騎獣の全速力で、目的の場所へと冷たい夜空を駆け出した。
 騎獣で突っ込みながら、これ以上誘拐犯を逃がさぬように、私は怒りに満ちた魔力をシュタープに注ぎ込む。すぐさまシュタープの先には、バチバチと白い火花が散る魔力が集まり始めた。

 魔力の固まりが私の顔よりも大きくなった時には、強化などしなくても馬の走っていく様子が見えるところまで近付いていた。私はシュタープを振り下ろし、魔力の固まりを馬の進路方向に向かって力一杯打ち込む。

 シュンと白い光が長い尾を引きながら森の中へと飛び込んでいく。直後、大きな爆発音が起こった。木々が消し飛び、鳥や小動物の悲鳴のような鳴き声と逃げ出す物音で、森が騒然となる。突然の爆音に驚き、恐怖に駆られたのであろう。馬が大暴れして、暴走を始めた。

「私の唯一の孫娘をさらった愚か者は、お前かああぁぁぁっ!」

 めちゃくちゃに走る馬に向かって、私は馬を張り倒すような勢いで魔力を放出しながら、騎獣から飛び降りる。
 正面から私の威圧を受けた馬が棹立ちになって、泡を吹いて止まった。同時に、手綱を握っていた男が馬から放り出される。私は男を怒りに任せて叩き潰すと、すぐさまローゼマインを探した。

 棹立ちになった馬に括りつけられた布の固まりが見える。すぐさま紐を切って、布の固まりを救出すると、こちらに向かって倒れてくる馬を反対方向に向かって、身体強化した足で蹴り飛ばした。

「ローゼマイン、入っているか?」

 布の包みは本当に子供が入っているのか、と疑うほどに軽い。ちょっと振ってみたら、布の形がぐにゃりと崩れて人の形になった。

「返事がない! まさか、死んでいるのではないか!? ローゼマイン、今すぐ出してやるからな!」

 いくら耳を澄ませてもローゼマインからの何の返事がないことに血の気が引き、私は急いで布からローゼマインを取り出そうと、布の端をつかんで、布を引っ張った。

「ふん!」

 私が力一杯布を引くと、ローゼマインの重みがある方がぐるぐると回り、布が大きく広がっていく。
 あ、と思った時にはもう遅かった。布が剥がれ、空中へと飛び出したローゼマインが高速で横回転しながら、思わぬ方向に飛んでいく。咄嗟に手を伸ばしても届かない。

「うわああぁぁっ! ローゼマイン!?」

 直後、私を追ってきていたらしいフェルディナンドが、木々にぶつかる寸前にローゼマインを捕まえたので、事なきを得たが、本当に口から心臓が飛び出すかと思った。



 そして、ローゼマインが投薬されていることを知ったフェルディナンドがローゼマインを神殿へとさらって行った。
 正直な話、神殿になど可愛いローゼマインを預けたくはないが、悔しいことに私ではローゼマインに与える薬の量もわからぬし、カルステッドの言った通り、不用意に触ったら死んでしまいそうだ。

 ……さっきも危なかったからな。

 私は私でローゼマインのためにできることをした方がよかろう。そう考えた私は、追いついたコルネリウスと共にもう一頭の馬を追跡することにした。

「行くぞ、コルネリウス」
「はい、おじい様」

 もう一頭の馬も興奮して暴れていたため、発見は容易で、すぐに犯人を捕獲できた。だが、ここでも手綱を握っていたのは下働きの男で、シュタープを使う貴族ではない。
 魔力の網にローゼマインが捕えられたところをコルネリウスが見ている以上、犯人には貴族がいるはずなのだ。

「お前に命令をしたのは誰だ?」
「存じません。黒の装束に身を包んでいらっしゃる貴族の方でした。ただ言われた通りのことをすればよい、と命じられただけでございます」

 他に人の気配はないか、周囲の気配を探ってみたが、特にはいないように思える。とりあえず、この男を連れて行くしかない、と縛っていると、救援要請の赤い光が森の中に立ち上った。

 コルネリウスと顔を見合わせると、すぐさま捕えた下働きの男を抱えて、救援要請のロートが上がる森の奥へと急いで駆けつける。
 赤い光の先では、アンゲリカが一人の黒ずくめの貴族を捕獲していた。

「ボニファティウス様、わたくしでは運べないので手伝っていただけませんか?」
「任せておけ。でかしたぞ、アンゲリカ。……さて、私の孫娘に手を出した愚か者はどこのどいつだ?」

 私は誘拐犯の顔を覆う黒の布を力任せに引きちぎった。どこかの肉も一緒につかんでしまったようで、「痛っ!」と軟弱な悲鳴が上がる。
 布をむしられたそこには、眉を情けなく下げて、私を見上げている、見知った顔があった。

「ジョイソターク子爵、其方……」
「ボニファティウス様、私はっ!」
「黙れ!」

 ジョイソターク子爵はカルステッドの第三夫人だったローゼマリーの親族だ。端の端とはいえ、我が一族に連なる者の縁者の顔が出てきたことに、一瞬で血が頭に上っていく。
 私は怒りと勢いで殴り殺してしまわぬようにシュタープを握りしめて突きつけた。そして、ギリッときつく奥歯を噛んで、ガクガクと震えている男を見下ろす。

「申し開きはアウブ・エーレンフェストの御前でせよ。……私は今すぐにでも其方を捻り潰したくて仕方がないのを必死に堪えているのだ。余計な口を開くな」

 シュタープで捕縛し、下働きの男とひとまとめで引きずるようにして、私はジョイソターク子爵を連れて、城に戻った。

「コルネリウス、アウブ・エーレンフェストに報告を。私はこの愚か者を逃がさぬようにしておく。アンゲリカはこちらに同行せよ。さすがに私が一人で行動するわけにはいかぬからな」
「かしこまりました」

 コルネリウスが騎士に任務完了の合図を出しながら城へと戻っていくのを少しだけ見送り、私はアンゲリカと共に牢へと向かう。
 罪を犯した貴族を捕えるための牢にジョイソターク子爵を放り込んだ。そして、シュタープを封じるための犯罪者につける手枷をはめ、一通りの申し開きを聞いた後、猿轡を噛ませ、逃げられぬように処理をしていく。

「アンゲリカ、このままアウブ・エーレンフェストの呼び出しがあるまで待機だ」
「かしこまりました」

 私がドカッと椅子に座ると、アンゲリカが捕えた男達と私を見比べて、小さく息を吐いた。

「ボニファティウス様はお強いですね。わたくしは身体強化を使って、尚、目の前でさらわれてしまいました」
「……シャルロッテ姫を助けておったのだろう? それに、其方は筋が良い」

 アンゲリカは中級貴族の割になかなか強く、身体強化の魔術を比較的良く使いこなしている方だと思う。まだ全身に魔力を行き渡らせなければ、強化にならないようなので、魔力の無駄も多い。だが、その年にしては良くできている方だ。

「本当にそうでしょうか? わたくしは身体強化に魔力を注ぎ込む分、他への魔力が残らないのです。それに、少し残っていても、同時に複数のことができません」

 アンゲリカは悔しそうに唇を一度引き結んだ。

「今回もわたくしが身体強化を使いながら騎獣を出すことができていれば、一人でシャルロッテ様を助け出すことができました。そうしたら、コルネリウスはローゼマイン様を守ることができたと思います」

 アンゲリカがしょんぼりと肩を落とした。だが、シャルロッテの救出の話を聞いていると、アンゲリカが身体強化していなければ、シャルロッテを捕まえることはできなかっただろうと思う。ローゼマインもなかなか無茶をする。

「できるはずのことができなかったならば、反省は必要だ。だが、最初からできないことに関して嘆いても仕方がなかろう。どう考えたところでできるはずがないのだからな」

 私は領主の子なので、他の者よりも魔力が豊富だ。そして、身体強化を長年使っているので、部分的な強化もお手の物だし、呼吸をするように強化したい部分だけを強化することもできる。
 だが、身体強化は難しい。慣れれば、少ない魔力量で効率よく強化できるが、慣れるまでは魔力を大量に必要とする。故に、中級貴族はもちろん、上級貴族でも身体強化をしようとする者はなかなかいない。使いこなせるようになるまでが大変なのだ。

「できぬことはできるように努力すれば良い。身体強化の上達のためには魔力の量を増やすのが一番の近道になるのだが、こればかりは難しいな……」

 アンゲリカは中級貴族だ。中級貴族の割に魔力は多い方だが、これ以上増やすのは難しかろう。うむむ、と私が眉を寄せていると、アンゲリカはゆっくりと首を振った。

「今、わたくしはローゼマイン式圧縮方法で魔力を増やしている最中なのです。……まだ全然足りていないのですけれど、もっと増やします」
「ローゼマイン式圧縮方法だと!? 何だ、それは!?」

 アンゲリカによるとローゼマインが考えた魔力の圧縮方法で、冬の社交界が始まる少し前に、ローゼマインと領主夫妻の護衛騎士、それから騎士団の一部に教えられた圧縮方法らしい。ヴィルフリートの護衛騎士はまだ要観察だと判断されたそうだ。

「私はそのような圧縮方法があることを聞いていないぞ」
「……ボニファティウス様はこれ以上増やす必要などないと思いますけれど」
「やかましい。ローゼマインが考えたことを他人が知る前に、祖父である私が知っておかねばならないだろう? どのようなものだ?」
「教えられないように契約魔術で縛られているので、領主夫妻に申請を出して、ローゼマイン様に直接教えてもらうしかありません。教えられるのはローゼマイン様だけなのです」

 ローゼマインと話をする機会が増えたようだ。ふむふむ、と頷きながら、私は自分の中の予定表に「ローゼマインに魔力の圧縮方法を教えてもらう」と刻み込んだ。

「よし、アンゲリカ。其方の魔力が増えるのであれば、私が其方を鍛えてやろう。ローゼマインの護衛騎士として十分な働きができるよう、私は協力を惜しまぬ」
「嬉しいです、ボニファティウス様。ぜひ、よろしくお願いいたします」

 やる気に満ちたアンゲリカの青い瞳が真っ直ぐに私を見た。そして、二人でガシッと固い握手を交わす。こうして、私はアンゲリカという新しい弟子を得た。

「全身の強化ができるようになれば、次は部分強化の訓練をすると良い」

 コルネリウスが呼びに来るまでの間、私はアンゲリカとその魔剣シュティンルークに対して身体強化のコツについて話し始めた。
 なんとアンゲリカはローゼマインから魔力を与えられた魔剣を所持していて、この魔剣が喋るのだ。しかも、周囲の声を拾って記憶しておいてくれるらしい。

「アンゲリカ、その魔剣を私に……」
「差し上げることはできません。シュティンルークはローゼマイン様がわたくしのために魔力を注いでくださった大事な魔剣です。主であるローゼマイン様から頂いたものを他人に渡せると、ボニファティウス様はお思いですか?」
「……そうだな。すまぬ」

 ローゼマインからもらった物を他人に渡すなどできるはずがない。アンゲリカの気持ちはよくわかる。

 ……だが、私もローゼマインからの贈り物が欲しい。

 せっかくなので、私も魔剣を育てて、ローゼマインに魔力を注いでもらうというのはどうだろうか。
 私が魔剣作りに関して真剣に考えていると、コルネリウスが呼びに来た。

「おじい様、尋問の場が整ったようです」

 コルネリウスからの報告によると、アウブ・エーレンフェストへ犯人捕獲の連絡を入れた後、貴族が帰されたらしい。大広間で現場不在証明がされた貴族は、不審な動きをする者がいないかどうか、騎士団に見張られながら、それぞれの館へと速やかに帰っていったそうだ。

 同時に、大広間にいなかった貴族――ほとんどが領主一族に仕える側仕え――に対する尋問が行われたらしい。領主夫妻の寝室を整えている側仕えや領主の子の面倒を見ている側仕えばかりなので、すぐに現場不在証明ができたようだ。

「先程、神殿からフェルディナンド様もお戻りになられました」
「では、行くぞ。アンゲリカ、なるべく腕の部分だけに身体強化を使って、これを持て」
「はい、お師匠様!」

 私がきつく縛り上げている下働きの男の綱をアンゲリカに手渡すと、大きく頷いてアンゲリカは綱を受け取った。
 アンゲリカは腕の部分だけを強化しようとしているが、まだまだ全体に魔力が流れている。それでも心持ち腕の部分だけが魔力を多く帯びているので、多少は成功しているのだろう。

「……師匠?」

 訝しげにコルネリウスが私とアンゲリカを見比べる。グッと綱を握ったアンゲリカは、誇らしそうに頷いた。

「わたくし、ボニファティウス様の弟子として鍛えていただけることになったのです」
「なんて物好きな……」

 信じられない、正気か、などと呟いているコルネリウスに、私は喝を入れておく。

「私が鍛えてやろうとしたら、すぐに逃げ出そうとする軟弱者が何を言うか!」
「お言葉ですが、私は逃げ出したことなどありません。だいたい、おじい様が逃がしてくださったことがありますか?」
「ふん! 逃がすわけがなかろう。……そうだ、コルネリウス。其方も鍛えてやろう。ローゼマインを守るに相応しい力がない護衛騎士など必要ないからな」

 できれば、私が直接ローゼマインを守ってやれれば良いのだが、一応私は先々代とはいえ、領主の子。残念ながら、私がローゼマインの護衛騎士になることはできないのだ。遠回りにはなるが、ローゼマインを守るため、私は護衛騎士を鍛えるところから始めることにしよう。

「……おじい様、ローゼマインの護衛騎士ということは、ダームエルやブリギッテも同様ですか?」
「うむ、同様だ」

 強い護衛騎士が増える分には問題ない。
 少し考えてみたところ、今回のようにシャルロッテがさらわれて、ローゼマインの護衛騎士が救いに行くようなことになっては、やはりローゼマインの警護が手薄になってしまう。それでは意味がない。

 ……いっそのこと、領主一族の護衛騎士は全員鍛え直すか?

 どのようにして護衛騎士を鍛えるか考えながら、私は領主の執務室へと向かう。
 階段を上がっていると、私が引きずっている犯罪者がゴゴンと段差にぶつかるたびに呻き声を上げた。うるさいが、無視だ。私の脳内は忙しい。

 ……ローゼマイン、おじい様は護衛騎士を強くするために、精一杯頑張るからな。
孫娘可愛さに暴走するおじい様はアンゲリカを弟子にしました。
脳筋師弟、誕生です。
さすがに、おじい様の暴走だけ書いて、犯人を捕まえた後を書かないのでは、読者様も消化不良だろう、と考えた結果、前後編になりました。

次は、後編で、犯人の尋問をします。
+注意+
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