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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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ヴィルフリートの処分

「……私は、おばあ様の真実だけが他の者の真実と合わないことを不思議に思った。父上も母上もローゼマインも、皆が本当のことを言っているならば、おばあ様の言葉が一番おかしいではないか。私はおばあ様が好きだが、正しいか、間違っているかで考えるとおばあ様が間違っていると思う」

 堂々とそう言い切ったヴィルフリートを静かに見ながら、神官長は先を促す。

「ふむ。……それで?」
「……其方に謝らねばならぬ。色々言ってすまなかった、フェルディナンド」

 素直に謝るヴィルフリートに、わずかに神官長が目を見張った。その後、ゆっくりと目を細め、ヴィルフリートを検分するようにじっくりと見つめる。

「あ、謝ったのに、そのように怒らなくても良いだろう……」

 神官長から更に厳しい目で見られるようになったヴィルフリートが顔を引きつらせ、泣きそうになった。

「大丈夫です、ヴィルフリート兄様」
「何が大丈夫なのだ!?」

 凍りつくような視線に晒されているヴィルフリートが悲鳴のような声を上げたので、わたしは説明してあげる。

「謝罪した後の方が、フェルディナンド様のお顔が険しくなっているように見えますけれど、これはフェルディナンド様が身を入れて話を聞く気になったからです。ヴィルフリート兄様のお言葉はきちんと届いておりますから、このまま頑張ってくださいませ」
「……そ、そうなのか?」

 わたしと神官長と隣で手を握って支えようとしている養母様を、ヴィルフリートは心配そうに交互に見やる。

「ローゼマイン、余計なことを言うな」
「余計なことではございません。必要なことです。フェルディナンド様も謝罪を受けられたのですから、怖い顔をする前に、許す、と一言おっしゃれば良いのですよ」

 フンと鼻を鳴らした神官長が「まだ許すつもりがないから何も言わなかっただけだ」などと可愛げのないことを言いながら、ヴィルフリートに視線を向けた。

「お茶会にいた貴族達をどのように思ったのか聞かせてもらおうか」
「あの貴族達は……親切そうに私に教えてくれたが、犯罪を勧めたのだから、親切でも何でもなかった。オズヴァルトが言っていた、笑顔で近付く者が自分の味方だとは限らない、というのはこういうことか、とわかった」

 言われただけでは理解できなかったことが実体験を通して、身に染みて理解できたのだろう。ヴィルフリートの言葉に、オズヴァルトが悔しそうに顔を歪めた。もう少し早く理解していれば、そんな言葉が聞こえる気がする。
 神官長はヴィルフリートの大事な気付きに、一つ頷いた。

「だからこそ、知らぬ貴族とは口を利くな、と教えられるし、迂闊なことを言うな、と叩き込まれる。危険を少しでも排除するために、其方等に面会できる貴族は筆頭側仕えが選別するのだ」
「禁止されることには意味があるのか……」

 領主の子は「あれをするな」「これをしてはいけない」と禁止事項が山のようにある。禁止事項が教えられ、何度も言い聞かされても、その意味を理解していなければ守れるはずがない。

「当たり前だ。何の意味もなく禁止されるわけではない。逆に、教育として叩き込まれることにも意味がある」
「……それは文字や計算やフェシュピールの練習で知っている」
「そうか。他に思ったこと、考えたことはあるか?」
「おばあ様が犯した罪も見る者が変われば、全く違うことに驚いた。様々な意見を聞くのは大事だと思う」
「ふむ」

 ヴィルフリートの意見を聞いた神官長が、眉間に深い皺を刻み込んで考え込む。
 わたしはグッと拳を握った。何とかヴィルフリートを救う方向へ持って行きたい。確かに驚くほど迂闊なことをしてしまったし、罪を犯してしまったわけだが、ヴィルフリートはきちんと成長している。
 今まで教育が全く足りていなかっただけで、できない子ではないのだ。今回もきちんと大事なことに気付いた。わたしも色々な意味で勉強になった。

「今回は廃嫡にして神殿に入れるか、祖母と同じく塔に幽閉するのが本来の処分だろう。……だが、少し難しい」
「何が難しいのだ?」

 養父様も神官長と同じように眉を寄せる。

「真実が人によって違うのと同様に、一つのことに複数の者が加担している場合、それぞれの狙いが同じだとは限らない。今回は多くの人間が関わりすぎている。相手の狙いが絞れないのだ」

 神官長が自分の書いた手元の紙を見ながら、苦い声を出した。

「あの塔の扉を開くことができるのは、礎の魔術に関わることができる者のみ。今は領主夫妻と私とボニファティウス様とヴィルフリートとローゼマインだけだ。塔の扉には結界があるから、番人などは置いておらぬし、周囲の木々に隠れがちな塔の存在やその使い方を知る者は限られている」
「知る者が限られているのに、お茶会で話題に出せた人物がいるということですよね? 塔の前にいた男はどなたです? ボニファティウス様ですか?」

 わたしが首を傾げると、ヴィルフリートがむっとしたように眉を吊り上げた。

「ボニファティウスならば、私にもわかる。見知った顔ならば、名指しで報告したぞ」
「それに、ボニファティウスは若い者には負けぬ、と狩猟大会で大暴れしていた。塔の前でボニファティウスがおとなしくしていたら、誰もが不審に思うだろう」

 ……狩猟大会で大暴れ?

 あまり接点のないおじい様について考えている間に、神官長の説明は進んでいく。

「あの塔は扉さえ開けば、他の者も入れるのだ。扉を開けられる者が誰なのか知っていて、塔の場所を知っている者ならば、扉さえ開けば中に入ることができることもわかっているはずだ。それなのに、先代領主夫人を助け出すでもなかった」
「誰でも入れるのか!?」

 我々には入れない、と言われて納得していたヴィルフリートが驚きの声を上げた。

「其方がいたのだ。入れる。罪を犯したくないから入らなかったというのが一番考えられる理由だが、情報提供した者が先代領主夫人を助け出すつもりなどなかったから、他の者は入れないと塔の情報として教えたということも考えられる」
「そ、そうなのですか……」

 貴族の考えることが複雑怪奇で、わたしには理解できない。

「旧ヴェローニカ派はヴィルフリートを派閥の旗頭にしたいのだろうと私は考えていた。実際にそのような動きもあった。それならば、可愛がってくれていた祖母の現状を吹き込んで、両親やローゼマインとの間にひびを入れることは心理戦としては有効な手段だ。実際、半分ほどはうまくいっていた」

 フロレンツィア派の中心人物であるわたしとヴィルフリートの間に溝を作ることで、実子と養女のどちらに付くか、どのように動くかを迫れば親子の溝も作れただろう。

「だが、このままでは旗頭どころか、廃嫡か処刑だ。領主派と反領主派を作りたいのかもしれないが、廃嫡なり、処刑なりされれば、派閥などできるはずもない。そう考えると、塔に入れるのは明らかにいきすぎで、旗頭というよりはヴィルフリートの排除が目的にも思える」
「ちょっと待て。それはおかしいだろう。ヴィルフリートの排除だけが目的ならば、連れ出すことができているのだから、その場で消すのが一番ではないか」

 養父様が眉を吊り上げて指摘し、自分の身に迫っていた危険を突きつけられたヴィルフリートが体を震わせた。目的が派閥作りからヴィルフリートの排除という危険度の大きいものになってぞっとしていると、神官長は養父様の意見に同意して頷く。

「そうだ。確実を期するならば、あの時が最大の機会だった。それを逃している」
「つまり、ヴィルフリート兄様の排除が目的というわけでもないということですよね?」
「むしろ、どうなっても良いように見える。……他には、ヴィルフリートの教育の遅さを知らなかった貴族が、ヴィルフリートの性格や行動を読み違えたということも考えられる。だが、そのような不確実なことを計画に入れるのが、まず間違っている」

 あれだけの人数を動員しているのだから、それほど不確実な計画を立てるはずがない、と神官長は言った。

「……正直な話、ヴィルフリートが目的ではないのかもしれぬ。ヴィルフリートを陥れることは前座で、その後に本命の計画が動き出すのではないかと深読みすれば、誰がどのように狙われているのか、わからなくなる」

 神官長がコンコンとテーブルの上の紙をペン先で叩きながら、難しい顔でそう言う。一瞬、ちらりとこちらを見た視線に「狙われているのは君かもしれない」と言われたような気がした。
 わたしは何とも言えない悪意に満ちたあれこれを聞いて、ハァ、と大きく溜息を吐く。

「……完全に嫌がらせですよね」
「嫌がらせ?」
「そうです。ヴィルフリート兄様にはおばあ様の現状を見せて家族関係にひびを入れ、両親である領主夫妻には罪を犯した息子への処遇で悩ませる。どのように処分しても貴族の不満は出てくるでしょう? それに、関わった貴族を一斉に処分できるほどの魔力的な余裕はないし、かと言って、処分せずに残しておくのも危険。どう転んでもエーレンフェストのためにはならない、外部からの嫌がらせとしか思えません」

 わたしの言葉に、養父様が目を丸くした。

「……貴族の対立ばかりを考えていたから、外部からの嫌がらせは考えていなかったぞ。ローゼマイン、其方、意外と賢いな」
「意外と、とは何ですか、養父様!?」

 わたしが噛みつくように怒鳴ると、養父様は「では、賢いローゼマインに質問だ」と言いながら、存外に真面目な顔つきでわたしを見た。

「外部からの嫌がらせと仮定しよう。その外部は私に強い憎悪を抱いているとして、何をすれば一番嫌がると思う?」
「それは、現状維持でしょう。引っ掻き回したいのに、引っ掻き回せずに終わるのが一番嫌ではないのですか?」

 嫌がらせしたはずが、雨降って地固まるをされると一番嫌なのではないだろうか。
 わたしの答えに、養父様は顔をしかめた。

「現状維持か……。だが、ヴィルフリートが明らかに罪を犯した状態で現状維持などできぬぞ」
「……でも、ヴィルフリート兄様の処分より、そそのかした相手やその目的に関する情報を集めるのが先ですよね? ヴィルフリート兄様に関しては、これだけ本人が犯罪事実をハッキリと認め、それを証拠物件としているのだから、処分はいつでもできるではありませんか。問題の先送り、いえ、情報が出揃うまではなるべく現状を維持すればいかがですか?」

 養父様は心が動いているようだが、神官長は眉間に皺を刻んだまま首を振った。

「駄目だ。そのような対応では領主の権威に傷がつく。相手の狙い通りだ」
「領主の権威に傷をつけることが目的ならば、ヴィルフリート兄様を処分しても落ちるし、処分しなくても落ちますよ。相手の狙いがエーレンフェストの魔力を削ぐことならば、ヴィルフリート兄様を排除したり、今回のことに関わった貴族を処分したりすることで相手を喜ばせる結果になりますよね? まずは現状維持で情報収集ですよ」

 処分した方が良いのかどうかはそれから考えましょう、とわたしが提案したが、神官長は頑なに首を振る。

「それでも、全く何の咎めの無いわけにはいかない。ヴィルフリートへの処分は絶対に必要だ」
「では、処罰するように見せかけて、実際は現状維持するとか……」
「お姉様には妙案があるのですか? お兄様を助けてくださるのですか?」

 それまで泣きそうな顔でじっと座って大人のやり取りを聞いていたシャルロッテが期待に輝く目でわたしを見た。ヴィルフリートを助けてほしい、と祈っているのがわかる。

 ……どうしよう? シャルロッテに良いところを見せたい。いいカッコしたいけど、妙案なんてないよ!

 おおぅ、おおぅ、と心の中でのたうち回りながら、わたしは必死に頭を回転させた。考えなしと言われる脳みそをフル回転させて、わたしが知る限りの犯罪人の扱いを思い出す。

「あ、相手の特定と、狙いがどこにあるのかを知るのが先ですよね? だったら、記憶を覗く魔術具を使いましょう」

 人数が多くて、全ての顔を覚えていない。噂を聞くためにヴィルフリートから近付いて行ったため、相手が名乗っていないので、名前がわからない、とヴィルフリートは言っていたが、記憶を覗けば、相手を確定することは容易いはずだ。

「唆されたとはいえ、今のヴィルフリート兄様は重大な犯罪者ですよね? 重大な犯罪者に対して使う魔術具を、敵を特定するためにヴィルフリート兄様に使うのです。そうすれば、養父様が今回の事件を重視していると相手に知らせる効果もありますし、ヴィルフリート兄様を犯罪者として扱っていることが周囲にもわかると思います。その上で、現状維持しておけば、こちらに考えがあって、ヴィルフリート兄様を泳がせているように見せることができるのではないでしょうか?」

 わたしの精一杯の提案を神官長は目を細めて吟味していく。神官長の厳しい視線とシャルロッテの期待と希望に満ちた視線を受けながら、わたしは続けた。

「恥ずかしい記憶まで全て見られるのですから、ヴィルフリート兄様への罰になりますし、養父様が覗けば今までのヴィルフリート兄様の生活を見ることができて、何がいけなかったのか認識できると思います」
「確かにあれを使えば、少なくとも領地内の危険な貴族が完全に特定できる。ヴィルフリートの記憶を元に、特定された貴族に処罰を与え、同時にヴィルフリートを次期領主から外せば、ヴィルフリートにも処罰を下した印象を残すことはできそうだな」

 ヴィルフリートを次期領主と決めてしまうから狙われるのだ、と神官長が言いながら、養父様へと視線を向ける。
 養父様は安堵したような笑みを唇に乗せながら、ヴィルフリートを見た。

「ヴィルフリート、其方を重大な罪を犯した者として扱い、魔術具を使い、記憶を探る。同時に、次期領主の内定を取り消す。これを今回の処分とする。以後、迂闊な行動はとらず、側仕えと護衛騎士を側から決して離さぬように」
「はい」

 重々しくヴィルフリートが頷き、処分が決まったことで、部屋の空気が緩まった。

「よかったわ、ヴィルフリート。貴方がまだわたくしの手元に残ってくれるだけで、わたくしは本当に嬉しいのです。ローゼマイン、ありがとう存じます」

 養母様はそう言いながら、ヴィルフリートを抱きしめる。シャルロッテが椅子から飛び降りて、わたしのところへと駆け寄ってきた。

「お姉様、すごいです! わたくし、お姉様を尊敬いたします!」
「シャルロッテの一言で全てが報われた気がいたします」

 ……わたし、やったよ! 尊敬されるお姉様になれたよ!

 わたしとシャルロッテが手を取り合って喜んでいると、養父様とお父様が「よくやった」と今回の提案を褒めてくれた。

 養母様の腕の中から抜け出したヴィルフリートが自分の側仕え達に「これからも頼む」と声をかけているのが見える。ランプレヒト兄様が大きく頷いていた。
 その様子を見ていた神官長が立ち上がり、ヴィルフリートの方へと数歩足を進める。何を言われるのか、とわずかに身構えるヴィルフリートに神官長が声をかけた。

「ヴィルフリート、其方には領主の子として消しがたい汚点が残ったことになる。だが、腐らずにこのまま努力することができれば、伸びるだろう。其方の素直さは得難い美点だ」

 最初、何を言われたのか理解できないように、ポカンと口を開けて神官長を見上げていたヴィルフリートの顔が、だんだんと嬉しいような、困ったような顔に変わっていく。

「……努力、します」

 そう言ってヴィルフリートがその場に跪いた。

「私に与えられた機会を無駄にしないよう、努力します。……叔父上」

 ヴィルフリートに対して何を言うでもなくそのまま退室していった神官長だが、いつもよりちょっとだけ早足だったことがわたしにはわかった。



 そして、数日後、神殿に戻っていたわたしは、神官長に呼び出された。ユストクスからの情報がもたらされたらしい。
 新しい髪飾りを持ってきてくれたトゥーリと久しぶりに会って、手紙をもらって浮かれていたわたしは、隠し部屋に入って早々に「何のお話でしょう?」と聞いて、神官長に叱られた。

「何のお話でしょうではない! たった数日前のことだぞ!」

 試験が終われば、特に興味もない試験範囲のことなんて数日間で急速に薄れていく。麗乃時代はそうだった。短期記憶というやつだ。
 だいたい、わたしには新しい紙の使い方とか、新しいインクとか、トゥーリの手紙とか、次のカミルのおもちゃとか、他に考えることがたくさんあるのだ。終わったことに構っていられない。

「たった数日前のことでも、終わったことをいつまでも考えていられませんよ」
「この馬鹿者! 終わったことではない。あれは様子見のようなもので、むしろ、これから始まることだ」
「えぇっ!?」

 思わぬ言葉に、わたしは本気で驚いた。
 あれが様子見ならば、次は一体何が来るのだろうか。全く予想がつかないではない。

「ユストクスからの情報を統合し、考えた結果、様子を探られているのではないか、という結論に達した」
「だから、様子見ですか?」
「あぁ、そうだ。ヴィルフリートが一番誰の意見を聞き入れるのか、罪を犯した我が子をジルヴェスターがいかに扱うのか、その際の周囲の反応がどうなるのか、エーレンフェスト内の貴族達がどのように動くのか……試されていると思われる」

 ヴィルフリートのような子供を使った嫌がらせで様子見。ずいぶんと性格のイイ方だ。

「そのまどろっこしいことをする相手は特定できたのですか?」
「幽閉された場所を知っていて、その開け方を知っている者。先代領主夫人を助け出すことを目的とするわけではなく、標的がヴィルフリートだったこと。廃嫡、処刑、不和、どれがエーレンフェストに起こっても構わないような計画の立て方。……派閥の名を冠する者しかおらぬ」

 どうやら、神官長の中では確定してしまったらしい。
 神官長の金の目が真剣な光を帯びて、わたしを見る。

「なるべく早くエーレンフェストの守りを固めたい。ローゼマイン、魔力の圧縮方法をできる限り早めに教えてほしいのだが、良いか?」
「薬を作ってからです。それだけは譲れません」

 わたしが同じように神官長を見返すと、神官長は溜息交じりに立ち上がった。

「わかった。午前の執務時間を調合に当てる。手伝いに来なさい」

 ……あれ? もしかして、かなり切羽詰ってる感じ?
 次期領主という特別扱いもなくなって、汚点の残った状態で頑張らなければならなくなりましたが、きっと成長してくれるでしょう。

 次は、ユレーヴェ作りと魔力の圧縮方法です。
+注意+
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