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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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リュエルに再挑戦

 夢が幸せすぎて、目覚めた後がとても寂しい気分になってしまった朝、わたしはいくつも並ぶ馬車の前で首を傾げていた。プランタン商会にハッセまでの荷物を運んでもらうため、神殿側が貸していた馬車がどれなのか、わからない。

「ベンノ、どの馬車がわたくしの馬車かしら?」
「神殿からお借りした馬車はこちらになります、ローゼマイン様」

 朝食後、馬車にフラン以外の自分の側仕えと専属と荷物を乗せ、ハッセの冬の館へと送り出した。去年と同じように、エックハルト兄様やユストクスの側仕え達の馬車と合流して、次の冬の館へと向かうことになっているのだ。

 そして、その後はプランタン商会の馬車に、ハッセから神殿の孤児院へと移動する幼い孤児達を乗せ、護衛の兵士に心付けを渡し、送り出す。ほんの一時の父さんとの触れ合いは終わってしまった。

 それから、ハッセの見習いや巫女達に小神殿の清めを任せると、フランと小神殿の成人している神官には冬の館に届けなければならない掃除道具や(たらい)や石鹸などの生活用品を積み込んでもらい、一緒にレッサーバスに乗ってもらって、冬の館に出発だ。

「アヒム、エゴン。これで大丈夫かしら?」
「恐れ入ります、ローゼマイン様」
「雪が降る前ならば、小神殿へ取りに行くことは可能なので、他に必要な物があれば、早目に準備しておくようになさい」

 生活用品を渡すと、二人は「これで清めが捗ります」と大きく頷いて喜んだ。二人はこれから自室の掃除に精を出すらしい。気が済むまで掃除すると良い。できれば、それを見たハッセの人達も少し掃除に関心を持ってくれると良いと思う。

「リヒト、昨日話していた通り、こちらが二人の分の食料です。冬支度の一部として管理をお願いいたします」
「かしこまりました」

 アヒムとエゴンの冬支度用として、わたしは寄贈分の一部をリヒトに預けた。そして、残りは灰色神官達に言って、レッサーバスに積んでもらう。小神殿の冬支度に使うのだ。

「では、わたくしは先に小神殿へ戻っておりますね」

 城への徴税分を転移させているユストクスと仕事ぶりを監視しているエックハルト兄様に声をかけると、わたしはハッセの小神殿へと荷物を運んだ。

 ……朝から重労働したよ。

 基本的にレッサーバスを動かしただけだが、もう疲れた。わたしは小神殿の自室で、フランに入れてもらったお茶を飲みながら、護衛騎士のブリギッテと共にしばし休憩だ。

「ハッセの冬支度が少し心配でしたが、ノーラ達は手順を知っているようですし、孤児院の者達も三度目の冬支度になるので、多少慣れてきたようですね。滞りなく進んでいます」

 フランからの報告にわたしは軽く頷いた。
 今、ハッセの神官達は自分達の冬の食料になる寄贈分を、食料庫に運び込んだり、加工の下準備をしたりと、忙しく動き回っているそうだ。わたしが部屋から出ると、彼等は思うままに動けなくなるので、おとなしく引っ込んでいるのが一番である。

「ねぇ、フラン。エックハルト兄様達が到着するまで本を読んでいても良いかしら?」
「……大変申し訳ございません。ローゼマイン様が準備された暇潰しのための本は荷物として、馬車と共に出発してしまいました」
「そんなっ!」

 城の図書室にあった本を書き写した物や次回作に使うつもりだった騎士物語が、先に出発していたなんて計算外である。
 結構嵩張る暇潰し用の本を儀式の間ずっと持っていることはできない、とフランが至極真面目な顔で言いながら、手持ちの聖典絵本を出してくれた。

「手元にあるのは儀式の折に読み聞かせる絵本だけですが、こちらでよろしければご覧ください」
「ありがとう、フラン」

 パラリと絵本をめくり、文字を目で追っていく。それだけで、とても心安らぐ感じがする。楽に呼吸ができるというか、生きていると実感するというか、読書は本当に人生に必須だと思うのだ。
 わたしがホッとする幸せな一時を過ごしていると、エックハルト兄様とユストクスが到着した。

「一体何のために姫様はこの本を作ろうと思ったのですか?」

 ユストクスがわたしの聖典絵本を覗き込みながら問いかけてきた。言葉はわかるけれど、意味がわからない。

「わたくしが本を作るのは、本を読むためです。それ以外に理由などございませんけれど?」
「いえ、そうではなく、何故、聖典絵本だったのですか?」

 麗乃時代のお話だけではなく、平民時代の母さんの寝物語も含めて、わたしが知っているお話が購入層の常識にそぐわなかったからです、とは言えない。

「当時は聖典以外の本を読んだことがなかったからでしょう。ですから、新しい本を読むと、新しい絵本が作れるような気がいたします。わたくし、本の贈り物でしたら、大喜びで受け取りますよ」

 リヒャルダの息子ならば、ユストクスは上級貴族である。情報集めの好きなユストクスならば、面白い本をたくさん持っていそうだ。
 わたしが期待に満ちた目で見上げると、ユストクスは眉を寄せて、首を振った。

「姫様、そのようなことは決して人前で口に出してはなりません。野心のある貴族を呼び寄せます」

 ……本が手に入るなら、賄賂でも喜んで受け取るけど、あとで神官長に思い切り怒られるんだろうな。

 本に飛びついた直後にハリセンでしばかれる自分の姿が容易に思い浮かんで、わたしは軽く溜息を吐いた。



 フーゴの焼いてくれていたパンと巫女達が作ってくれた昼食を終えて、わたし達は次の冬の村へと騎獣で出発する。熱狂的なお祭りを連日こなして疲れ果てる収穫祭の旅の始まりだ。

 あちらの冬の館からこちらの冬の館へと移動が続く。祝福の効果でハッセと違って豊作であった直轄地の人々は、驚くほど熱狂的に歓迎してくれ、次の春にもぜひ、とお願いされた。
 わたしは「神殿長である間は来られると思います」と愛想笑いで返事をしながら、旅程をこなしていく。
 祭りの熱気に晒されて体調を崩しては薬を飲んで休憩し、体調が回復しては祭りの熱気と興奮に巻き込まれて体調を崩していた。

 結局、待ち合わせの場所であるドールヴァンの冬の館にたどり着いたのはシュツェーリアの夜の前日。体調を考慮して余裕を持たせた旅路だったはずなので、ギリギリと言ってもいいだろう。
 事前にエックハルト兄様が神官長とオルドナンツのやり取りしたところ、すでに神官長がドールヴァンに到着していて、収穫祭も終わっていると返事が来た。祭りの熱狂はすでになく、穏やかな日常が流れているそうだ。

「遅かったな、ローゼマイン。シュツェーリアの夜に間に合わないのではないか、と気が気ではなかったぞ」
「ご心配おかけいたしました、神官長。それから、ありがとう存じます。収穫祭が終わっていて助かりました、本当に」

 シュツェーリアの夜までに本当にドールヴァンに到着できるのか、危惧していたのは、こちらも同じだ。無事に到着して良かった、とわたしが安堵の息を吐いていると、神官長が眉を寄せて、わたしの顔を覗き込み、ぺたぺたと額や首筋に触れた。

「冷たいっ!」
「君の体温が上昇しているせいだ。脈も速いな。……フラン、薬は足りているか?」
「出発前に準備していたうち、半数ほどを使ってしまいました」

 淀みないフランの返事に。神官長はすいっと視線を部屋の中の木箱に向ける。

「あちらに予備がある。足しておきなさい」
「恐れ入ります、神官長」
「ローゼマイン、今日は薬を飲んで寝ておけ。明日には採集だ」

 わたしは神官長に退場を命じられ、すごすごと準備されていた部屋に入る。モニカとニコラに着替えをさせてもらい、フランに手渡された薬を飲んで、さっさと寝た。わたしのための素材採集にお父様がエーレンフェストからわざわざ来てくれるのに、体調不良でまた来年というわけにはいかない。

 ……ルッツとも約束したし、絶対に採るんだ。

 すっきり爽快で目覚めた朝、護衛騎士がエックハルト兄様からダームエルに戻っていた。
 久し振りに会ったダームエルは、何だかげっそりとしているように見え、主がわたしに戻ったことに安堵しているようだった。もしかしたら、神官長に課題を与えられてしごかれたかな? と、勝手な想像に小さく笑いながら、わたしは朝食を終える。

「ローゼマイン、夕刻には仮眠を取ることになっているので、午前中は頭を使った方がよく眠れるぞ。私の部屋に来なさい」

 そう言った神官長に収穫祭の報告書を書かされることになり、神官長の部屋でフランと共にお仕事をさせられることになった。ゴロゴロしながら本を読もうと思っていたのに、神官長の手伝いでは正直、神殿の生活と変わらないではないか。

「嫌そうな顔をしているが、これは君のためだ。報告書を先に仕上げておけば、それだけ早くユレーヴェを作成できる。いくら素材を集めても、領主への収穫祭の報告をしなければ、薬作りには取り掛かれないからな」

 わたしの専属医であり、薬剤師でもある神官長にそんなじんわりとした脅しをかけられれば、「読書がしたいです」とは言えない。自分の健康のために頑張るしかない。

 ……元気になったら、倒れるまで本を読んでやる!

 木箱に入った本を何度か振り返り、後ろ髪を引かれる思いで神官長の部屋に行くと、神官長だけではなく、神官長が連れてきている側仕え達もいつも通りに仕事をしていた。エックハルト兄様も同じだ。
 ちなみに、ユストクスと神官長の徴税官もそれぞれの部屋で報告書の作成をしているらしい。
 時間を無駄にしない仕事人間、神官長。皆を巻き込んで今日も絶好調である。

 カリカリコツコツと静かに書類作成をしている中に、バサバサと羽音を立ててオルドナンツが飛びこんできた。部屋をくるりと一周するように飛んだオルドナンツが神官長の机の上に降り立って、お父様の声で喋りだす。もうじき到着するので、昼食の準備を頼む、というものだった。

 神官長は了解、とオルドナンツを飛ばす。それと同時に、窓を見て溜息を吐いた。
 まだ小さいけれど、窓の向こうに騎士団長を表すグリフォンのような騎獣が飛んでいるのが見える。お父様の到着は本当にすぐだ。

「作業は終わりだ。片付けて出迎え準備を」

 神官長の一言で皆が一斉に仕事道具を片付けた。そして、神官長の側仕え達が出迎えのために玄関口へと向かい、わたしの側仕えがお茶やお菓子の準備を整えていく。慌ただしくて、優雅や余裕の欠片もない。
 それでも、体裁を整えることができる側仕え達は実に優秀だ。お父様が案内されて、部屋に入ってきた時には、出迎え準備は完了していた。

「ローゼマイン、元気そうだな」
「神官長のお薬を頂きましたから」

 昨日はへろへろだった、と明確に言わなくても通じたようだ。お父様は言葉を探すように視線をさまよわせた後、「採集に行けるように回復しているならば良い」と言葉を絞り出す。

「カルステッド、あちらの様子はどうだ?」

 神官長が席を勧めながら、世間話や挨拶の一環のような口ぶりで問いかけた。いつもならば、「特に何事もなく」「平穏無事だ」という言葉が返ってくるのだが、お父様はわずかに目を細めて、部屋を見回し、「人払いを頼む」と言った。

 神官長とお父様だけで話をするのだろう、とわたしも側仕え達と一緒に席を外そうとしたら、お父様に肩を押さえられ、止められる。

「フェルディナンドとローゼマインに知らせておくように、と頼まれたからな。ローゼマインもこちらで聞け。護衛騎士以外は席を外してくれ」

 側仕えを全員退室させると、範囲を指定するタイプの盗聴防止の魔術具を取り出し、お父様は作動させる。

「カルステッド、一体何があった?」
「何があったというわけではないが、少々不穏な動きがある」
「不穏?」

 皆の表情が一気に引き締まる。今は何もなくても、不穏などという単語が飛び出せば警戒するのは当然だろう。
 お父様は皆の顔を見回し、「これはエルヴィーラからの情報だが」とゆっくりと口を開いた。

「旧ヴェローニカ派がゲオルギーネ様の来訪以来、ゲオルギーネ派として復活の兆しを見せていることをフェルディナンドには言っただろう?」
「あぁ、聞いた。だが、ゲオルギーネはアーレンスバッハの第一夫人だ。エーレンフェストの派閥の旗頭を担うことなどできまい」

 元々先代領主の時代から第一夫人として長く君臨し、フロレンツィアが嫁いできてからも跡継ぎを養育して抱え込むことで、ずっとヴェローニカ派が最大派閥だった。
 ジルヴェスターへと領主が代替わりし、多少養母様とお母様の派閥も人が増え、力を蓄えつつはあったけれど、やはり、主流はヴェローニカ派だったそうだ。

 けれど、領主の母という立場を悪用して罪を犯したヴェローニカは幽閉されて失脚してしまった。ヴェローニカ派の中でも中立寄りだった者は、あっという間にフロレンツィア派に寝返った。

「だからこそ、旧ヴェローニカ派は旗頭にヴィルフリート様を据えるつもりのようだ」
「ヴィルフリートを? 女性の派閥には関係が薄いのではないか?」
「お茶会に招くというのではなく、派閥としてまとまるために名前が必要なだけだろう。ヴィルフリート様はヴェローニカ様に育てられていて、そして、ゲオルギーネ様と距離を置こうとする領主の意向に逆らい、エーレンフェストを訪れるように頼んでいたからな。派閥を立て直すためには絶好の旗頭だと考えられているようだ」

 わたしはお父様の言葉に、ゲオルギーネとの別れた時のことを思い出して、うーん、と首を傾げた。

「……でも、ヴィルフリート兄様は別に養父様の意向に逆らったつもりはありませんよね? ただ、周りが見えていなかっただけで」
「あぁ、そうだ。実際には何も考えていなかっただけだ。だが……周囲からどう見えるかが大事なのだ」

 神官長は、面倒なことになりそうだ、とこめかみを指先で叩く。目を細めて、何やら色々と考え始めたけれど、何を考えているのかわからない。
 お父様はそんな神官長に情報を流していく。

「ヴィルフリートはゲオルギーネと親密であり、次期領主という線が濃厚であることから考えても、次の旗頭に相応しいという話があちらこちらで囁かれているそうだ」

 女性のお茶会で話題になったことが、下級貴族同士の繋がりであちらこちらへと流れているらしい。少しでも有利な陣営につかなければならない下級貴族は中立が多く、だからこそ、情報は飛び交いやすいそうだ。

「フロレンツィア様とローゼマインを中心に据え、ヴィルフリートの養育権が祖母から母に戻ったことで、やっと領主一家がうまくまとまりかけていたのに、また派閥争いが大きくなり始めた、というわけか」

 神官長がぐっと眉を寄せる。神官長によると、領主の第一夫人であるフロレンツィアを中心に最大派閥をまとめようと色々と暗躍していたお母様の苦労が水の泡らしい。どうやら、お母様は神官長情報を集めて喜んでいるだけではなかったようだ。

「表立ってはまだ何も起こっていない。狩猟大会でも噂や情報が流れただけだ。ゲオルギーネ様がこちらにいらっしゃらず、ヴィルフリート様も側仕えと護衛騎士の管理下にあるからな。何もなければ、このまま薄れていく程度の話だろう。ただ、ゲオルギーネ様が来年の夏にもいらっしゃる。すぐには沈静化しそうにない。活発になる貴族の動きに関して、警戒はしておいた方が良いだろう」
「はい、お父様! 質問です。警戒とは何をすれば良いですか?」

 わたしがビシッと手を挙げて質問すると、お父様と神官長とエックハルト兄様とユストクスから一斉に答えが返ってきた。

「何をするにもフェルディナンドに話を通せばいい」
「とにかく、勝手な真似はするな」
「見知らぬ者に近付ぬようにしなさい」
「本を賄賂にされても受け取ってはなりません」

 一斉射撃を受けたような注意事項の数々に、わたしは「……はぁい」と力なく答える。

 ……ホントに信用ないな、わたし。

 そして、昼食を終えると、リュエルの実を確実に採集するための作戦会議となった。
 去年のシュツェーリアの夜を経験しているので、今回は対処法がわかっている。騎士団長と神官長とエックハルト兄様の最強の布陣で挑めば、そう大変ではないと言う。

「数は多いが、雑魚ばかりだからな。広い範囲を一度に狩れる武器が良いかもしれぬ」
「リュエルの花が散るまで、魔物はやってきませんでした。出発の時間を少し遅らせても良いかもしれません」
「ローゼマイン様の仮眠は去年より少し長くした方が良いかもしれませんね。去年は眠気覚ましが必要でしたから」
「あれは、ゴルツェを押さえこむのが長引いたからです! 採集だけならば、去年と同じくらいの仮眠で問題ありません」

 皆が色々と意見を出しながら、行動を決めていく。
 リュエルの木を中心に、騎士の配置と対応する範囲が決められ、ユストクスは騎獣に乗って、去年のように枝を渡ってやってくる魔獣を退治するための戦闘要員にされていた。

「ユストクスは文官なのに戦えるのですか?」
「素材採集には必須ですから。多少の心得はあります。自衛くらいは何とか……」
「リュエルは去年大量に採取したからな。今年は戦闘要員に含めても問題あるまい」

 今まで採集したことがない素材を前にすると、ユストクスの視線が素材にしか向かなくなるので、当てにならないが、すでに持っている素材採集ならば、戦闘要員に入れても問題ないそうだ。

 出発時間やある程度の配置、魔獣の種類の把握などが決まると、わたしは夕方から仮眠タイムだった。神官長が午前中にこき使ってくれたおかげでとてもよく眠れたような気がする。でも、感謝はしない。



 紫の月が光るシュツェーリアの夜。
 わたし達は決まっていた通りの時間に出発し、去年と同じように、リュエルの木がある場所へと騎獣を走らせた。

 リュエルにはすでに花が咲いていた。葉が茂っておらず、つるりとして金属めいた質感の木の枝に白木蓮のような花が数十ほど、枝の上に立つように咲き、強い芳香をまき散らしている。

「月はほとんど真上の位置にある。散り始めるのもすぐだろう。今のうちに少し邪魔なものを切っておくか」

 神官長がシュタープを取り出し、「リーズィッヒェル」と唱えると、光る大きな鎌になった。まるで死神のようで、とてもよくお似合いである。死神のイメージが通じないだろうし、通じたら通じたで怒られそうなので、口が裂けても言わないけれど。

「はっ!」

 神官長はその鎌を放り上げ、リュエルの木の周辺の木々の枝を打ち払っていく。その様子を見たお父様が「あぁ」と呟くと、同じようにシュタープを大鎌に変えて、周囲の枝を払っていった。
 これで周囲の枝からリュエルに飛び移れる魔獣は少ないだろう、というお父様の言葉を聞いて、わたしはその場で神官長に土下座したくなった。

 ……死神みたいとか思って、すみませんでした。

「そういえば、リュエルの花は何かの素材になったのですか? ユストクスはいくつか持って帰ったでしょう?」
「私は集めるのが趣味なので、そういうことはフェルディナンド様にお聞きください」

 ユストクスは自分の手元には一つあれば十分で、それ以上の同じ素材は神官長に渡しているらしい。今までに世話をかけたお詫びとこれからもよろしくという迷惑料だそうだ。
 ユストクスは一体今までにどれだけ迷惑をかけてきたんだろう、と首を傾げた直後、わたしはハッとした。

 ……も、もしかして、わたしも神官長に迷惑料を払わなきゃいけないんじゃ?

 神官長が欲しがりそうなものがすぐに思い当たらず、いっそ魔力払いでいいかしら? と悩んでいるうちに、リュエルの花が散り始めた。
 去年と同じように、花弁が一枚一枚剥がされていくようにひらり、また、ひらりと落ちては、風に揺られて舞った。桜の花弁と違って、白木蓮ように大きな花弁だ。白い鳥の羽が風に遊ばれているように揺れて、くるりくるりと回りながら落ちていく。花弁が地面に落ちた瞬間、土と同化するように消えていく様子が何とも儚くて、美しい。

「ローゼマイン、今のうちに祝福を」
「はい!」

 わたしは武勇の神 アングリーフに祈りを捧げ、皆に祝福を贈る。
 その後は、リュエルの実を確実に採集できるように、騎獣でリュエルの実のすぐ近くに上がり、実ができるまで待機だ。わたしは皆の様子を騎獣から見下ろした。

「……来るぞ」

 リュエルの木を取り巻くように五人の騎士がそれぞれの武器を構えている。皆バラバラなところが面白い。
 エックハルト兄様は去年と同じ長い槍だ。ブリギッテも去年と同じで薙刀のようなもの。ダームエルは使い慣れている剣。お父様はさっき枝を払っていた大鎌のままだ。だが、神官長が何を持っているのか、ここからでは見えない。少なくとも、大鎌ではない。

 ……何だろう?

 遠くの方からガサガサと草を踏み分けるような音が近付いて来る。それも一匹や二匹の足音ではない。数十匹はいる。後から後から匂いに惹かれたようにやってくることをわたしはもう知っていた。
 ダームエルの膝にも満たない大きさの猫っぽいザンツェやリスっぽいアイフィントという魔獣が、暗闇の中、目が不気味に赤く光らせて藪を飛び出してくる。

「一匹一匹は強くない。なるべく確実に仕留めるように」
「長い戦いになる。魔力の配分には気を付けろ、ダームエル」
「はっ!」

 お父様と神官長に挟まれたダームエルはぐっと剣を握り直した。
 ドールヴァンでお父様と合流です。
 そして、リュエルに再挑戦。

 次は、ダームエルの成長です。
+注意+
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