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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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ローエンベルクの山

 わたしがイルクナーから戻った次の日。
 いつも通り3の鐘に神官長の部屋へお手伝いに向かうと、引継ぎを終えたらしいエックハルト兄様が神官長の部屋にいた。
 ただし、扉の前に立って護衛をしているわたしの護衛騎士と違い、事務仕事のお手伝い要員にされているように見える。青色神官や側仕えが全く反応していないことから考えても、これが常の風景らしい。

「神官長、護衛に事務仕事をさせても良いのですか?」
「君は駄目だが、私は構わない。……私は攻撃を受けても自力である程度何とかなる。君は攻撃を受けなくても勝手に倒れる。その差だ」

 ぐうの音も出ない。
 ダームエルはもともと文官を目指していたと本人が言っていたように、事務仕事には適性があるのに、それが生かされないなんて残念だ。

「今日は昼前にユストクスも来るはずだ。素材に関する話をするので、それまでになるべく執務を終わらせるぞ」
「はい!」

 わたしは数日間留守にしたことで溜まっていた計算仕事をこなしていく。
 生活環境が違うイルクナーでは精神的に色々と大変だったようで、「少し環境が変わるだけで、これほど疲れるとは思いませんでした」と力なく笑っていたフランは、神殿に戻って生気を取り戻していた。

 神官長が言っていた通り、4の鐘が鳴るより早く、ユストクスが神殿へとやってきた。楽しそうに目を輝かせ、面白いものを探すようにぐるりと周囲を見回しながら、執務机の前まで歩く。

「おはようございます、フェルディナンド様。そして、おかえりなさいませ、ローゼマイン姫様。イルクナーはいかがでした? 何か面白いことはございましたか?」

 鼻歌でも歌っていそうな軽い足取りのユストクスが言うには、昼食も楽しみだし、わたしと話ができるのも楽しみだし、工房も見学するつもりだそうだ。

「突然そのようなことを言われても困ります。わたくし、今日は工房ではなく、孤児院に向かう予定ですから」
「では、孤児院を見学してもよろしいでしょうか? ローゼマイン様が慈悲を施す孤児院には非常に興味がございます。確か、孤児が全員読み書きできるのですよね?」

 貴族相手ならば明確にお断りしているのがわかるはずなのに、ユストクスは素知らぬ振りで予定を入れようとする。お嬢様らしく振舞っていると、まだ見たことがない孤児院も良いですね、と勝手について来ることが決定しそうなので、こちらも遠回しではなくハッキリと断ることにした。

「……神官長がご一緒できる時にしてください。勝手に孤児院の中を歩き回られそうなので、困ります」
「見られると困るようなものがあるのですか?」

 さらに興味を引かれたようなユストクスをわたしはじとっと睨む。こんな強引で自分の興味に突っ走る貴族を孤児院に入れたら、ヴィルマの男嫌いが加速してしまうに違いない。

「灰色巫女の中には横暴な青色神官のせいで、男性が苦手な者もいるのです。女子棟は立ち入り禁止ですが、ユストクスはそれが守れるように見えないのでダメです」
「ふむ、なるほど」

 ユストクスは納得したかに見えたが、全く納得していなかった。

「つまり、女装すれば入れますか?」

 目が本気だ。この人は本当に女装してでも孤児院に入るつもりだ。

「ユストクスの孤児院への立ち入りは一切禁止いたします!」
「なんと!?」

 ひどいではないですか、と言うユストクスにこちらが驚く。女装してでも孤児院に入ろうとするような変な人を孤児院に入れるわけにはいかない。
 孤児院がユストクスの妙な興味の餌食になる事は、孤児院長として、神殿長として絶対に避けなければ、と固く決意していると、神官長がこれ見よがしに溜息を吐いた。

「そのようなどうでも良い話は後にしなさい。まずは本題だ」

 軽く手を振って、神官長がわたし達の話を止めると、人払いをして側仕えを外に出す。残っているのは護衛騎士も含めて採集に赴く者ばかりだ。
 バサリと地図を広げた神官長は南の方にある山を指差した。

「今回はローエンベルクという山に向かう。夏の素材採集に最も適しているのは、五日後だ。明後日には採集のために出発する」

 イルクナーからわたしが戻ってこなければ、神官長はイルクナーで合流するつもりだったらしい。

「神官長、今回の素材は何ですか?」
「リーズファルケの卵だ。リーズファルケは火の神 ライデンシャフトの怒りを鎮める鳥と言われている。その卵が今回の素材だ」
「え? 神様の怒りを鎮める鳥の卵を取ってくるって、聖なる鳥ではないのですか? おまけに、卵泥棒ですよね? ものすごく罰当たりではないのですか?」

 いくら何でもそれは……、とわたしが呟くと、神官長が首を振った。

「安心しなさい。リーズファルケは別に聖なる鳥などではない。魔物の一種だ。それから、ライデンシャフトの怒りを鎮めるための対策はする」

 そう言いながら、神官長は不思議そうにわたしを見た。

「君は卵泥棒と言うが、冬にはシュネティルムを殺して魔石を手に入れただろう? 春のタルクロッシュにしろ、秋のザンツェやゴルツェにしろ、君の採集のために討伐した魔物は山ほどいるではないか。卵一つで今更何を言っている?」
「……それもそうですね」

 魔物とはいえ、大量の殺生をしてきた今、卵泥棒くらいは何でもない気がしてきた。

「だが、ローエンベルクの魔物はなるべく殺さぬようにしなければ、ライデンシャフトの怒りが爆発する。今回の採集で一番難しいのはそこだ」
「怒りを鎮めなければ、何か起こるのですか?」
「あぁ、ライデンシャフトの怒りが強くなると、山が火を噴きだすのだ」

 ……それって噴火って言いません? ローエンベルクは火山ということですか?

 しかし、噴火と魔物を殺さないようにすることに関連性が見出せず、わたしは首を傾げる。

「リーズファルケの卵はローエンベルクの魔力を蓄えて孵るので、卵がなくなると卵が吸収するはずだった魔力が余ることになる」

 神官長の言葉にユストクスが頷きながら、更に説明を加えてくれる。

「魔力が余りすぎると、ライデンシャフトがお怒りになって火を噴きだすのです。私は一度卵を採集しすぎて、ライデンシャフトの怒りを爆発させかけたことがあるから間違いありません」
「はいっ!?」

 聞き間違えたかと思ったが、そうではなかったようだ。神官長がこめかみを押さえて、深い溜息を吐いた。

「……あの時は大変だった」
「本当に。どうなることかと思いました」

 神官長とエックハルト兄様が揃って遠い目になった。かなり大変なことをユストクスはやらかしたらしい。情報収集に関しては優秀だが、その分、色々な意味で危険な人物のようだ。

「まぁまぁ、経験が役立っているではないですか」
「私は二度とあのような経験をしたくない。故に、対策は万全にするつもりだ」

 すでに色々な騒動の処理を経験している神官長に任せておけば問題ないだろう。

「全て神官長にお任せいたしますので、よろしくお願いいたします」



 そして、二日後、昼食を終えるとすぐにわたし達は騎獣でローエンベルクへと出発することになった。同行するのは、神官長、エックハルト兄様、ダームエル、ブリギッテだ。
 ユストクスも同行を望んでいたけれど、それは叶わなかった。神官長がすげなく却下し、城の文官に手を回して仕事を大量に押し付けたらしい。

「興味を引かれるものにふらふらと近付いて、騒動を起こされるのは困るのだ。ユストクスはローエンベルクですでに一度騒動を起こした前歴があるし、今回は時間との勝負になるからな」

 神官長は軽く肩を竦めてそう言った。
 今回は近くに村もなく、移動のスピードを重視したいということで、側仕えさえ連れて行かず、騎士達の行軍に準じた行動を取ることになっている。
 食事は携帯食料、お風呂はなく洗浄の魔術で全てを済ませ、わたしの体調不良は薬で無理やり治すという強行軍だ。

 せめて、一食だけでもまともな食事が欲しい、とエラとフーゴに頼んで、わたしはお弁当を作ってもらった。そして、お弁当を腐らせないようにしたい、と神官長に相談したところ、魔術具の小さな氷室を貸してくれた。何故か、すでに神官長の分のお弁当が入っていた氷室に、自分のお弁当も入れて騎獣に乗せる。
 騎獣を小型化できるように、荷物はなるべく減らせと言っていた神官長に荷物を増やされてしまった。別にいいけど。

「ローゼマイン様、くれぐれもお気を付け下さい。薬と寝台の準備を整えてお帰りをお待ちしております。どうぞお早いお帰りを」

 フランの見送りの言葉からも、寝込むのは確実と思われているようだ。あまり薬を使わずに今回の採集を終えられれば良いと思う。

 昼食を終えるとすぐに騎獣に乗って飛び、わたし達はローエンベルクへと向かった。
 先頭にエックハルト兄様でわたしが続く。わたしの左右にダームエルとブリギッテがついて、神官長が最後だ。

 ここ十日ほどは暑い。本当に夏らしい暑さで、陽射しに当たっているだけで、とけそうになってしまう。そんな中、騎獣で地上よりずっと太陽に近付くのだから、暑さが増したような気がして嫌になる。
 そして、騎士の皆は寒さだけではなく、暑さも緩和できる魔術具の鎧を着ているのだ。見るだけで暑くなるような姿でわたしの体感温度を上げるくせに、本人達は暑くないなんて、ちょっとずるい。

 ただひたすらに騎獣で南へと向かって空を駆けていく。畑の多い直轄地の上を飛び越えると、森や丘が多いところへと景色が移り、次第に山が見え始めた。いくつか連なる山の中にひときわ高い山があるのがわかる。

 ……あれかな?

 いくつかの山が連なる中で最も高い山がローエンベルクだと神官長は言っていた。
 麓には青々とした背の高い樹林が広がり、中腹から上の方は噴火したことがあるせいか、丈の短い木や草が目立っている。山頂付近には植物の影はなく、ごつごつとした岩肌だけが見えていた。けれど、今のところ煙を吹いているような噴火の兆候は特にない。

 羽の付いた狼のようなエックハルト兄様の騎獣が地上に向かって降り始めた。わたしも同じようにレッサーバスの高度を下げていく。
 わたし達がローエンベルクの麓に着いたのは、夏の日暮れが近付く時間だった。

「明日の早朝から行動を開始する。できれば、もっとも陽射しが高い時間に採集したいからな」
「はい」

 採集の予定について話をしながら、わたしと神官長はお弁当、他の三人は携帯食料で食事を終える。その後、わたしはブリギッテと二人でレッサーバスの中で洗浄の魔術で身を清めることになった。

「では、洗浄いたしますよ」

 シュタープを取り出したブリギッテが何やら呟きながら、シュタープを振った。タイミングがわからず、鼻を摘まみそこなったわたしは、大きな水滴に包まれ、洗浄されている間、溺れるかと思った。

「今回は全員、君の騎獣の中で眠ることにする。騎獣を広げなさい」

 洗浄を終えて、就寝準備をしようと思ったら、神官長がそう言った。「春と同じことが起こったら困るからな」と苦々しい口調で呟くのが聞こえた。どうやら採集の時に気を使って女性だけを騎獣で寝かせたら、さらわれて手出しできなかったことが非常に屈辱だったようだ。

「これがローゼマインの騎獣か」

 レッサーバスを大きいサイズにすると、男性三人が自分の荷物を抱えて入ってくる。エックハルト兄様が中を見回し、座席を触って、驚いたように目を見張った。

「柔らかいな」
「とりあえず、足を伸ばして寝られますから」

 騎士達は見張りの順番を決めているが、わたしはさっさと寝ることにした。明日は大変なのだ。休息は大事にしなければならない。



 太陽が昇り始めるかどうか、という時間。わたしはブリギッテに起こされ、携帯食料の朝食を食べることになった。

「うっすら塩味ですね」
「粉末状にした雑穀や野菜などを酒と塩に漬け、水分を飛ばして丸めて固めてあるからな」
「もうちょっとお塩を入れると、更に保存性と味が良くなるのではないですか?」

 騎士団の携帯食料はピンポン玉くらいの茶色い塊で、お湯でふやかして食べる物だ。腐らないこと、栄養価が高いことが追及されているが、決しておいしくはない。

「悠長にお湯を沸かすことができない状態では、水を飲みながらかじるだけでも空腹が満たされる。その時に塩がきつすぎると食べにくいのだ。君がお湯を入れすぎたのが悪い」

 おいしくはない朝食を終えると、すぐに出発だ。騎獣に乗って、ローエンベルクの中腹にある裂け目のような入り口へと向かった。裂け目とは言っても、大人が余裕で入れるくらいの大きさはある。
 この後、洞窟へと入ってからは、騎士達は大きく翼を広げなければならない騎獣には乗れないので、徒歩で動くことになる。わたしはできるだけ騎獣を小型化してついて行かなければならない。

「うぅ、くっさぁ~……」

 火山ということを聞いてから覚悟はしていたけれど、すでに硫黄臭がしている。顔を歪めているダームエルを見てもわかるように、硫黄臭がひどい。それも、これから入らなければならない裂け目の奥から臭ってきている。

「そのうち慣れる。諦めろ」

 神官長も嫌そうに顔を歪めていたが、先頭に立ってさっさと洞窟へと入っていった。続いてブリギッテ、わたし、ダームエル、エックハルト兄様の順番で続いていく。
 皆がごつごつした岩に手をかけて、短い斜面をゆっくりと降りているところを、わたしはレッサーバスでひょいっと飛び降りた。

「勝手に先に降りるな。何がいるかわからないのだぞ、馬鹿者」
「ごめんなさい」

 地上の明かりが届く場所はそれほど長くは続かない。すぐに光がなくて、足元が見にくくなる。それと同時に、空気の対流もなくなるようだ。斜面を下りた途端、急に周囲の湿度が上がってじっとり湿った空気になった。

「これから先は明かりがなくなる。これを使いなさい」

 平らになったところに全員が降り立つと、神官長が腰に下げている薬入れを一つ取り出した。そして、目薬のように自分の目に液体を入れると、エックハルト兄様に手渡す。エックハルト兄様も同じように目に入れた。
 ぐるりと全員に回った後、神官長が「ほら、ローゼマイン。目を開けろ」と言って、目薬を差し出される。

「わたくし、目薬は苦手なのです」
「ここを歩くには必要な物だ。苦手も得意もない。エックハルト、押さえつけろ」

 無理やり目をこじ開けられて、液体を注がれた。薬の中に何が入っているのか、目がジンジンすーすーする。鼻の奥がツーンとするような匂いがして、喉の奥が苦くなる。

「……うぇぇ、この目薬、苦いですよ。味の改善を要求します」
「目薬で何故味がするのだ? 馬鹿なことを言っていないで、先に進むぞ」

 目薬は暗い中でも視界を確保するための魔術具だったようで、光が届かなくなってからも先に進むのに支障はなくなった。視界が茶色いというか、暗いオレンジというか、夜中に豆電球を付けているような感じだけれど、全く見えないわけではない。

 しばらく進んでいると途中で泉があった。硫黄臭のする泉は温泉ではないだろうか。小休止をするというので、わたしは泉に近付いて手を突っ込んでみたくなった。

「泉に手を突っ込んでもいいですか?」
「勝手な行動をするな、この馬鹿者。泉の中に何か魔物がいたらどうする? だいたい、手を入れてどうするつもりだ? 汚れたならば洗浄の魔術を使うから言えば良い」
「……いえ、手を洗いたいわけではなくて、温かかったら、お風呂みたいに入りたくなるなぁ、と思っただけです」

 温泉だと思えば、入ってみたくなるでしょう。
 しかし、わたしの意見は鼻を鳴らして一蹴された。

「このような臭い湯に入ってどうするつもりだ? 全身が臭くなるぞ。それに、リーズファルケの卵は最奥の泉にあるのだから、嫌でも入れる。もう少し待ちなさい」
「え? 卵が温泉で温められているのですか?」

 ……つまり、温泉卵?

 わたしの脳内で今回のミッションが神の怒りを鎮める鳥の卵を盗んでくるのではなく、温泉卵を手に入れるというものに変わった。

「リーズファルケの卵はおいしいでしょうか?」
「薬の素材だ。魔力を注いで魔石に変化させるし、食料ではない」
「……そうでした」

 ……残念。ちょっと食べてみたかったな。

 小休止は終了で、どんどんと奥に向かって行く。進むにつれて、どんどんと温度も湿度も上がっていく。
 梅雨時の部屋から、風呂場の脱衣場、そして、温泉の大浴場へと移っていくような感じで、体感温度と湿度が変化していった。

「暑い、ですね」
「そうだな」

 二回目の小休止では全身鎧を着ているくせに、暑さを感じない騎士達に涼しい声でそう返された。レッサーバスで移動しているのに、わたしが一番へろへろになっている。

「氷室に入れてあるタオルを首に当てておきなさい」
「はひ……」

 わたしは昨日の夜に準備した冷やしタオルで顔を拭って、首にかける。ひんやりとした感触に、のぼせたようになっていた頭がすこししゃっきりした。

 この辺りでは完全に温泉になっているようで、泉からは湯気が出ているのがわかる。
 先程泉に手を突っ込もうとして叱られたのが間違いではなかったようで、温泉の中には眠っている爬虫類っぽい物がいた。

「襲ってこなければ放置で良い。ここでは極力殺さないようにしなければならない」
「何故ですか?」
「ここの魔物は魔力をローエンベルクから得ている。魔物を狩りすぎると魔力の消費が減るだろう? そして、山に魔力が溜まりすぎるとライデンシャフトの怒りとして、火が噴き出してしまうのだ」

 ユストクスは卵を得る時に魔物を倒すこともしていたに違いない。そうでなければ、神官長がこれほど詳しく知っているはずがない。

「リーズファルケの卵も魔物と同じだ。ここの魔力と熱で孵る。だから、今回は卵とほぼ同じ大きさの火属性の魔石を一つ、それから、大きさは不揃いだが、火属性の魔石を複数準備している。どれもこれも魔力がなくなっている物だ」

 神官長が腰に付けられている革袋に視線を向けた。ごつごつとした膨らみからも、中に魔石が入っているのがわかる。

「魔力が空っぽの魔石が何の役に立つのですか?」
「魔力のなくなった魔石を属性の強い場所に置くと、魔力が戻る。その性質を利用して、卵を取る」
「えーと、卵を取る以上、卵と同程度の魔力を吸収する物が必要ということですか?」

 そういうことだ、と頷き、神官長はまた出発の準備をする。わたしは氷室の中に温くなったタオルを入れて、冷えたタオルと交換した。

 それからまたしばらく歩き、息苦しいほどの暑さと湿度になった。
 硫黄臭には鼻が慣れたようで、臭いとは思うけれど、それほど気にならなくなったけれど、この暑さには慣れようがない。もうお風呂というよりはサウナだ。息をすると、肺まで熱気が入ってきて息苦しい。

「あの奥だ。親鳥が出てくるまで待機する」

 神官長が奥に暗い穴が開いているのを指差してそう言った。
 親鳥が餌を探しに飛び立った隙に、卵を取ってこなければならないようで、スピード勝負になるらしい。体力とスピードには全く自信がないうえに、熱気ですでに体力を削られているわたしだが、大丈夫だろうか。

 しばらくじっと待った。
 待つだけでも体力を削られそうな熱気の中、周囲を刺激しないように、静かに待った。

 バサバサと翼が振るう音が奥から響いてくる。それが遠ざかっていくのを聞いていた神官長がすっくと立ち上がった。

「行くぞ」
「はい!」

 奥の穴に向かって駆け出した瞬間、横の泉の水面がゆらりと揺れて、何かが飛び出してきた。目薬のせいでオレンジのように見える視界の中でも、まるで燃え上がっているように赤く見えた。
 神官長と同じくらいの大きさの、オオサンショウウオとエリマキトカゲを足して二で割ったような魔物が、自分の卵を守ろうとするように行く手を阻む。

「あなたの卵は狙ってないから道を開けて欲しいのですけれど」

 もちろん、魔物相手に言葉が通じるはずもない。相手は完全に臨戦態勢になっている。
 多分今までの強敵に比べると、神官長やエックハルト兄様にとっては、倒してしまうのは容易いに違いない。けれど、ここでは倒さない方が良いと言っていた。

「エックハルト、採取方法は憶えているな?」
「はっ!」

 神官長がトカゲと睨み合ったまま、片手で素早く腰に付けていた革袋を取り外し、エックハルト兄様に向かって放り投げた。

「私はこれを倒さぬように捕えておく。其方等は急いでリーズファルケの卵を取って来い」
「はい!」
 夏の素材採集です。
 洞窟で温泉卵を取ってきます。

 次回は、リーズファルケの卵です。
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