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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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イルクナーのブリギッテ

 夕食は周囲の住人も交じっての、盛大なバーベキューだった。

「お口に合うとよろしいのですけれど」
「エーレンフェストとは気候が少し違うせいか、野菜の種類が少し違うように思います。珍しいものもありますし、素材が良くて新鮮なので、焼きたてに塩を振って食べるだけで、十分においしくいただけますわ」

 わたしはモニカに給仕されながら、レズークと呼ばれているらしい野菜を口に入れる。見た目は桃っぽいが、味や食べ方はズッキーニだ。
 わたしはむぐむぐと口を動かしながら、周囲を見回した。貴族用の席は設けられているけれど、それ以外は切られて横に倒されている丸太に座っていたり、大きめの石に座っていたりと自由に座っているので、他の皆がどうしているのか、わからないのだ。

 ……あ。

 身分ごとに食べ、皆が平等に分けるのが常である灰色神官達が、神殿から持ってきた自分の皿を持ったまま固まっているのが見えた。手を出してよいのか、食べるにしてもどのくらい食べればよいのか判断できないようで、困りきった顔になっている。

「ほらほら、どんどん食べて」
「は、はぁ……」

 地元の人達は気遣って声をかけてくれるけれど、食事は平等に分け与えられる物で、自分で取って食べたことがない神官達にはどうしてよいのかわからないようだ。

「モニカ、ルッツを呼んで来てちょうだい」
「けれど、ローゼマイン様の給仕が……」
「今はお皿にたくさんありますから、急いで呼んでくれれば大丈夫ですわ」
「かしこまりました」

 モニカは駆け出すと、鉄板の前を陣取り、次々と肉や野菜を口に入れているルッツを呼びに行った。すぐに少しばかり不満顔のルッツがモニカに連れられてやってくる。

「ローゼマイン様、お呼びと伺いましたが……」
「ルッツ、悪いけれど、ギルや灰色神官達に食べ方を教えてあげてくださる? 分け与えられるのばかりで、自分から取って食べることがないので、どうしてよいかわからないみたいなのです」
「マジかよ!?……っと、失礼したしました。仰せの通りにいたします」

 兄弟間で食べ物戦争が激しい中を生き抜いてきたルッツには、目の前に食べてよいご飯があるのに手を出さないのがわからないのだろう。それでも、神殿の特異性を知っているので、呆れたように肩を竦めながら、灰色神官達が固まっているところへと向かって行った。

「おい、ギル。早く食べないとなくなるぞ」

 ルッツはそう言いながら、ギルの皿に鉄板から取って、ひょいひょいと野菜や肉を入れた。

「こうやって、自分で取って食べていいから、しっかり食えって。ローゼマイン様からのお言葉だ」

 ギルは自分の皿を見て、わたしを見て、更に周囲を見回してから食べ始めた。その様子を見た灰色神官達はギルの皿に入ったのと同じ物を同じだけ入れて食べ始める。

 ……灰色神官達、ここで生きていけるかな?

 収穫祭までやっていけるのか、無性に心配になった。
 同時に、ダームエルの給仕をしているフランとわたしの給仕をしているモニカが一口も食べていないことに気付いた。ここでは身分ごとの食事がない。今、一緒に食べなければ二人の夕食はなくなってしまう。

「フランやモニカも食べていらっしゃい。皆と一緒に食べなければ、神殿と違って神の恵みはありませんよ?」
「しかし、側仕えが給仕しないわけには参りません」

 ギーベ・イルクナーとその家族は特に給仕もなく、皿を持って行っては鉄板の前で焼いている住人に入れてもらっている。

「わたくしも自分で取りに……」
「なりません」

 フランとモニカの二人にバッサリと切られて、わたしは肩を落とす。

「……モニカ、せめてフーゴに給仕をしている二人分の食事を取り分けてもらえるように、伝えてちょうだい」
「ですが、その間、ローゼマイン様の給仕はどうされるのですか?」

 真顔でモニカに問い返されて、わたしは言葉に詰まった。自分の食事より、わたしへの給仕の方が大事ですか。そうですか。お役目一番で可愛いけれど、困った側仕えである。

「わたくしが伝えて参りますわ、ローゼマイン様」

 わたしの隣にいたブリギッテがすっと立ち上がると、空になったお皿を持って、鉄板の方へ向かう。話しかけてくる住人達と会話し、勧められるお酒をくぴっと飲んで、楽しそうに笑い合いながら、軽い足取りで鉄板のところまで歩いていく。

 そして、住人の男達と一緒になって鉄板前で次々と肉や野菜を焼きながら、自分の口にも放り込んでいるフーゴにわたしの言葉を伝えてくれた。ついでに、自分のお皿に色々と入れてもらっているのが見える。

「彼女は本当にブリギッテ様でしょうか」

 フランは神殿で見る護衛騎士の姿との違いにショックを受けたような表情で、茫然としている。

「自分の家族のもとにいるのですもの。わたくしは笑顔も増えて伸び伸びとして見えるブリギッテがいつもよりずっと素敵だと思います。けれど、エーレンフェストではきっと貴族の娘らしくないと言われる行動でしょうね」

 そこで言葉を切って、わたしはフランと同じように驚いた表情で固まっているダームエルに声をかける。

「エーレンフェストの貴族街でずっと育ったダームエルは、今のブリギッテをどう思いますか? やはり、貴族らしくないので、失望しましたか?」
「私も初めて見るブリギッテの姿に驚いていますが、まぁ、その、可愛いと思いますよ」

 頬を掻き、少し視線をずらしながら、ダームエルは最後だけ小さく早口で告げる。

「そうですか。では、そのようにブリギッテに伝えてあげましょう」
「止めてください!」

 わたしの厚意は即座に拒否されてしまった。別にダームエルをいじめて楽しむ趣味はないので、わたしは快くダームエルの要求を呑んであげる。

「わかりました。秘密にして差し上げましょう」
「恐れ入ります」

 ホッと胸を撫で下ろすダームエルを見ながら、わたしは周囲が全く見えていないダームエルに苦笑するしかなかった。

 ……わたしが言わなくても、ニヤニヤと楽しそうなご家族の口から伝わると思うんだけどね。



 次の日はイルクナーの住民の中でも物知りじいさんと呼ばれている元気なおじいちゃんと一緒に野山の散策だ。
 わたしは素材採集用の服を着て、魔術具のナイフを持ち、騎獣に乗った完璧採集スタイルだ。ブリギッテやダームエルは簡易の鎧を付けているけれど、いつもより軽装で、山歩きができるようにしている。

「久しぶりなので、心が弾みます」

 今日も休暇扱いのブリギッテだが、一緒に行動することになっている。山歩きをするのは騎士見習いとして寮に入るまではいつもしていたことらしい。

 ベンノは離れで終えなければならない仕事をするらしい。ダミアンもその手伝いをするそうだ。
 二人以外の、ルッツやギルを初めとする灰色神官は、森へ行く時と同じように籠を背負ってナイフを持った採集スタイルになっている。

「ほぉほぉ、フォリンのような柔らかめで繊維が細くて長い木が必要ですか……」
「そうです。おまけに、若い木が良いのですけれど、ご存知ですか?」

 わたしは一人乗りのレッサーバスで山道を歩きながら、おじいちゃんの話を聞いていた。先導するのはブリギッテで、その後ろにダームエル。わたしとおじいちゃんがいて、その後ろにルッツとギル、神官達がいる。

「リンファイやシッスイラ……。魔木になるが、ナンセーブやエイフォン辺りが適していると思いますが……」
「じいの見立てに間違いはございません、ローゼマイン様。では、今日はナンセーブとエイフォンを刈りましょう」

 おじいちゃんはエーレンフェストにはない木々について色々と教えてくれた。知らない名前の木が多く、その中でも紙作りに向きそうな柔らかい木や若い木はすぐに思いつくだけで四種類もあるらしい。
 ルッツとギルが書字板に木の名称や見分け方などを必死に書き留めている。

「ナンセーブやエイフォンはこの季節に一番よく増える魔木ですから、今日もいくつか出くわすと思います。狩り方さえ知っていれば、地元の者でも簡単に刈れるのです」

 鼻歌まじりに先頭を歩くブリギッテが食べられる茸や木の実、逆に毒があり、食べられない物についても神官達に教えてくれる。
 普段と同じように食べられる物も収穫しながら歩いていると、おじいちゃんが目を細めて一点を指差した。

「ほれ、嬢様。ナンセーブがあそこに」

 おじいちゃんが指差す先に大人の膝程の高さもないような低木が歩いていた。
 根を足のように動かして、のそのそと移動している。動きはゆっくりで、わたしが追いかけても追いつけそうな速さだが、そもそも、木が動いているのがおかしい。自力で動けるならば植物ではなく、動物だと思う。

「木が歩いていますよ!?」
「種を植える木を探しているのです。ナンセーブは栄養豊富な大木に根を絡ませ、樹木の内部に種を植え付けます。そして、寄生先の栄養を全て吸い取って、枯れた皮を破って新しく出てくるのです」

 ブリギッテは「大木を枯らす寄生樹なのです」と言いながら、むんずとナンセーブをつかんだ。じたじたと動いている根をナイフでどんどんと切り落とし、ぴくぴくとしている根を麻袋に放り込む。

「この根で栄養を吸収するので、ナンセーブを刈る時は根の回収を忘れないでください」
「はい」

 ブリギッテの注意に灰色神官達が頷いた。

「嬢様、向こうに枯れて倒れた大木が見える。ナンセーブもこの周辺に多くいるはず。お願いしてもよろしいか?」
「じいは座って休憩してください。刈ってきます」

 ブリギッテが楽しそうに笑いながら、ナイフを握って駆け出した。

「わたくしもやります!」
「ローゼマイン様!?」
「あのスピードならば、わたくしでもきっと刈れるはずですもの。行きます。誰が一番多く刈れるか、勝負です」

 わたしのやる気につられたように、ルッツやギルもナイフを構えて走り出した。わたしはレッサーバスで走る。

「発見!」

 もそもそと動く低木は木々の中でも意外と目立つ。わたしは騎獣から降りて、ナンセーブを「ていっ!」とつかみ上げた。
 ブリギッテは片手で持っていたが、わたしでは片手で持てない。しかも、持ち方にコツがあるのか、根が暴れるのでずっと持っていられなかった。

「あわわっ!」

 ナイフを取ることもできず、ナンセーブを取り落としてしまった。わたしが落としたナンセーブをダームエルがむんずとつかんだ。

「それはわたくしが見つけたナンセーブですよ!」

 せっかくの獲物を横取りされた気分でわたしが睨むと、ダームエルはハァと溜息を吐いた。

「……私が持っていますから、ローゼマイン様は足を切り落としてください」
「任せてください」

 魔術具のナイフに魔力を注ぎながら、ナンセーブの根を切り落とし、うごうごしている根を袋に入れていく。

「やったぁ! わたくしにも刈れましたよ、ダームエル!」
「あちらにもいますから、行きましょう。あ、移動は騎獣でお願いします」
「はい!」

 そんな感じでダームエルと協力しつつ、ナンセーブを三本刈り取った時、妙な歌が聞こえてきた。
 船乗りを惑わせるセイレーンの美しい歌声というわけではなく、実に熱いソウルフルな……ロックっぽい歌、というか、節の付いた叫び声だ。こんなところで誰かが歌の練習をしているのだろうか。

「……何でしょう?」
「さぁ、わからないところに近付くのは止めて、まずは、あのおじいさんに伺った方がよいと思います」

 しかし、段々歌声が大きくなってきている。ものすごく気になる。確認したくて仕方がない。歌声が大きくなったことでわかったけれど、歌声は一つではない。複数の声がするのだ。

「ダームエル、ちょっとだけ確認しに行きませんか?」
「ものすごく怪しいので、絶対に駄目です」

 ダームエルに睨まれて、仕方なくわたしはおじいちゃんのところへと戻った。おじいちゃんの足元にはブリギッテが刈り取った十本のナンセーブが小さな山になっている。
 くぴくぴと水筒の水を飲んでいるブリギッテに、山の中で歌が聞こえた話をすると「エイフォンという魔木です」と教えてくれた。

「うるさいだけで、大した害はないのですけれど」

 一本だけならば、比較的静かに歌っているのだが、エイフォンが歌声の届く範囲内に複数生えていると、声量を競うようにどんどん大きな声になっていくのだそうだ。わけがわからない。

「複数の歌声が聞こえたのならば、刈った方が良いですね。本当にうるさいので」

 刈り方を教えるために他の神官達が集合するのを待っていると、ここまで歌声が聞こえるようになってきた。

「これはうるさそうですな、嬢様」
「早目に刈った方が良さそうですね。行きましょう」

 歌声のする方へ皆で向かう。わたしは一人だけ騎獣に乗って移動だ。それでも、今までと違って、置いていかれるのではなく、皆と一緒に行動できるのが嬉しい。わたしのレッサーくん、ホントにすごい。

 木々の間から大音量の歌声と共にわさわさと葉擦れの音が聞こえ始めた。風はそれほど吹いていない。運転中でなければ耳を押さえたい音量になってきた頃、音源にたどり着いた。

「……うわぁ、ノリノリ」

 葉擦れの音は風ではなかった。エイフォンがヘッドバンギングのように枝をばっさばっさと動かしながら、歌っていたのだ。わっさわっさと動きながら、歌っている木々をぽかーんと見つめる。

「おっ、おっ、おっ、おっ……ああああああぁぁぁぁぁ!」
「うひゃあ!」

 あまりの音量に思わずわたしは耳を塞いだ。灰色神官達も急いで耳を塞いでいるのが視界に映った。
 木の(うろ)かと思った穴からすごい音が響いてくる。リズミカルだから歌だと思っていたけれど、何となく節が付いているように聞こえるだけで、特に歌詞もない。
 次の瞬間、別のエイフォンがそれに反応して、わっさわっさと動き出す。

「うぅぅ、うううぅぅぅ、おおおおおぉぉぉ!」
「ひゃん!」

 比較的近いところに複数のエイフォンが生息しているようで、あちらこちらから自己主張するように「うぉぅ、うぉぅ、いぇい!」と歌声が聞こえてきた。
 これはかなり迷惑だ。騒音というのは公害になり得る。エイフォンは害がない魔木というのは、絶対に間違いだと思う。

「ローゼマイン様、これは紙の材料になりますか?」

 そそそっと近づいてきたブリギッテの質問にわたしはブリギッテよりも大きなエイフォンを見上げて、首を振った。

「大きい方は紙の材料にできないくらい成長していると思います。向こうの小さいものは材料になりそうです」
「では、大きい方は魔石を狙いましょう。ダームエルはあちらをお願いします。わたくしはこちらを刈りますから」
「わかった」

 二人がすっとシュタープを取り出して、変形させる。トロンベ討伐の時に見たことがある斧と槍と鉾が組み合わさったようなハルバートになった。あの時とは違って、闇の神の祝福がないので、黒くはないけれど。

「炎の神 ライデンシャフトが眷属 武勇の神アングリーフの御加護をブリギッテとダームエルに」

 わたしの祝福の文言で指輪が青く光りだす。指輪の魔石から飛び出した光が二人の頭上に降り注いだ。
 ぐっとハルバートを握り直したダームエルがエイフォンをキッと睨み、ブリギッテはアメジストの瞳で周囲を見回した。

「神官達、下がりなさい!」

 騎士の戦う現場を見られる者は少ない。それは魔力の衝撃が周囲に影響するせいもある。魔力を持たない者が騎士の戦う現場にいるのは、正直危険なのだ。

「わたくしが風の盾で守ります。二人とも、こちらのことは気にせずに、戦ってください」
「お願いいたします、ローゼマイン様」

 二人が頷くのを見て、わたしはすぐに自分の周囲に集まるようにギルやルッツに言った。

「守りを司る風の女神 シュツェーリアよ 側に仕える眷属たる十二の女神よ 我の祈りを聞き届け 聖なる力を与え給え 害意持つものを近付けぬ 風の盾を 我が手に」

 キンと硬質な音を立てて、琥珀のドームがわたし達を包み込む。

「何だ、これは!?」
「……これはシュツェーリアの盾か?」
「フランから聞いたことはあったけど、見るのは初めてです」

 おじいちゃんは自分にとって理解不能な事態に腰を抜かしてしまった。ルッツが驚いたように上を見上げ、ギルは目を輝かせて興奮している。数人の灰色神官がおじいちゃんを助け起こそうとしているのを、わたしは風の盾を維持しながら視界の端に映していた。

「ダームエル、魔石があるのは声を出す穴の中です!」

 先に動いたのは、エイフォンへの対応に慣れているブリギッテだった。「やぁっ!」と高い声を張りあげて、ハルバートを大きく振りかざすと、一番大きいエイフォンへと叩きつける。

 魔力が爆発するような大きな爆裂音と共にエイフォンの洞が吹き飛んだ。
 同時に切れ切れになった木の破片がエイフォンを中心に飛散し、土煙がぶわっと上がる。
 風の盾の中には飛んで来ないけれど、皆が「うわっ!」「ひっ!」と悲鳴を上げ、自分の腕で頭や顔を守るように腕を上げた。

 ダームエルもブリギッテに負けじとハルバートを構えて、わっさわっさと幹を揺すり、まだ大きな声を出しているエイフォンに向かって駆け出す。「はっ!」と気合の入った声を上げながら、ハルバートを叩きつけた。

 魔力差だろう。
 ブリギッテの時のような爆発は起こらず、幹を深く傷つけただけだった。

「くっ!」

 悔しそうにその結果を睨みながら、ダームエルは二度三度とエイフォンを切りつける。三度目で木の幹の中にあった魔石が露出した。
 ダームエルはハルバートを持ち直すと、槍の部分でその魔石を突き、魔石を回収する。エイフォンの大音声がぐっと減った。

「今日は木こりを集めるのも時間がかかりますし、ダームエルがいたので、手っ取り早く魔力をぶつけましたが、大きいエイフォンも普段は木こりが普通の斧で切り倒しているのです」

 皆が耳に詰め物をして大音声に備えた上で、寄って集って切り倒すのだそうだ。

「小さいエイフォンは貴方達にも簡単に刈れます。行きましょう」

 ブリギッテはそう言うと、ルッツやギルを初めとした灰色神官を連れて、エイフォンの採集に向かった。わたしは腰を抜かした後、座り込んでいるおじいちゃんと一緒にお留守番である。

「全然強くなりませんね。少しは魔力も増えているのですが……」

 情けない、とダームエルが呟き、エイフォンから回収した小さな魔石を見下ろした。
 わたしは首を傾げつつ、「ダームエルは攻撃力を上げたいのですか?」と問いかける。

「当たり前ではありませんか!」
「わたくし、ダームエルは魔力を温存するために攻撃力を抑えているのだとばかり思っていました。意図して行っていたわけではなかったのですね」

 わたしは眉を寄せているダームエルに教えてあげる。

「ダームエルは使う魔力を以前と同じ量に抑えているもの。魔力が増えても、攻撃力が上がらないのは当たり前でしょう?」
「……え?」

 予想外のことを言われたようにダームエルが目を瞬いた。
 ダームエルは気付いていなかったのか。わたしは頬に手を当てて少し考えると、ダームエルに問題を出す。

「問題です。ダームエルには魔力が30あります。毎回5ずつ使って攻撃するので6回攻撃できます。最近は35まで魔力が上がったので、7回攻撃できるように成長しましたが、ダームエルは攻撃力が上がらないと悩んでいます。さて、攻撃力を上げるにはどうすればよいでしょう?」

 わたしが出した問題を聞いて、ハッとしたようにダームエルがわたしを見つめた。自分の手の魔石とわたしを交互に見比べる。

「ダームエルは魔力を抑えながら戦うことが身に染みついているのではなくて? わたくしが見る限り、1~5を使い分けることには長けていても、一度に20~30の魔力を使うことを知らないように見えます。今度からは一度の攻撃に多くの魔力を使うことを意識してみればどうかしら?」

 下級貴族で魔力の少ないダームエルが戦う時は必ず魔力が多い者が一緒だ。強大な敵は魔力が多い者が倒し、ダームエルは周囲の小物を倒したり、時間稼ぎをしたり、補佐することになる。少しでも長時間戦えるように魔力消費を抑える癖がついているのだ。
 意識して大きな魔力を使えるようになれば、攻撃力は上がる。

「貴重な助言、ありがたく存じます」

 情けなく眉を下げていたダームエルがやる気に満ちた顔になって、魔石を革袋に入れる。目標が定まったようで何よりだ。

「ローゼマイン様、たくさん取れました!」

 ギルが大きく手を振りながら戻ってきた。神官達が背負っている籠がいっぱいになっている。

「ブリギッテ様が教えてくれたデグルヴァの葉です。これを水につけておくと粘り気のある水になるそうです。エディルの代わりになるかもしれません」

 ルッツが籠の中の葉っぱを見せてくれた。エーレンフェストでは見られない植物がたくさんある。

「わたくしは明日エーレンフェストに帰りますけれど、これで明日からは紙作りができそうですね」
「はい!」

 大きな声で返事したギル達に笑顔で頷き返し、わたし達は山を下りる。
 おじいちゃんを連れたブリギッテを先頭に、おじいちゃんを支える手伝いをする灰色神官達が続き、ギルとルッツ、そして、殿にわたしとダームエルだ。

「頑張ってね、ルッツ」

 騎獣に乗ったまま、小さな声でわたしはルッツに話しかける。ルッツはわたしを見て、肩を竦めた。

「お前こそ、へまするなよ。薬の材料は一年に一回しか取れないんだろ? 失敗しても慰めてやれないからな」
「うっ、次は神官長がいるから大丈夫だよ。迎えに来た時は全部採れたよって報告できるように頑張るね」
「オレも……お前が迎えに来た時、新しい紙ができたって報告できるように頑張る」



 その夜はギーベ・イルクナーとその家族にフーゴのご飯を振る舞い、次の日の午前中には帰ることにした。
 帰るのは、わたし、ベンノ、フラン、モニカ、フーゴ、そして、護衛騎士の二人だ。それ以外はイルクナーで紙作りに励むことになる。

 見送りには多くの住人が集まってくれた。代表して一番前に跪くギーベ・イルクナーにわたしは声をかける。

「イルクナーにはエーレンフェストにはない色々な木材があります。ここにしかない素材で新しい紙ができれば、この地の特産品となります。皆様もご協力をお願いいたしますね」
「かしこまりました」

 真面目な護衛騎士の顔でわたしの後ろに立っているブリギッテを振り返る。

「ブリギッテ、家族に挨拶を。またしばらく離れるのですもの。挨拶は大事ですよ」
「お兄様、お母様……。皆、いってまいります」
「ブリギッテ、元気で。ローゼマイン様によく仕えなさい」

 胸の前で手を交差させて跪く皆に見送られ、わたしはレッサーバスを発進させた。
 久し振りの故郷を満喫したブリギッテでした。
 そして、ダームエルはこれを機にもう少し成長できるでしょうか。

 次回は、夏の素材採集です。
+注意+
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