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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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女神の水浴場

 前神殿長が回っていた地域は本当に直轄地の中でもエーレンフェストに近い部分だけだったようで、ある部分を境に町長や村長の態度が明らかに変わった。

「こういうの、領主の立場では気付かないものなのですか?」
「……なまじ後ろ盾の影響力が強かったせいで、長期間神殿長の地位に就いていたし、自分で都合の良い徴税官の指定もしていた。下級貴族の文官より影響力は強かったのだ。税がきちんと納められていれば、平民との関係は特に追及されなかっただろう」

 神官長は「今は亡き父上もジルヴェスターの母親には弱かった。……私を引き取ったことが一番大きな原因だ」と付け加えて、苦い笑みを浮かべた。

「ジルヴェスターもアウブ・エーレンフェストとなってまだ数年だ。何十年も神殿長として君臨してきた自分の叔父を、ひいては、自分の母親を排するには、力と大義名分が足りなかった。とかく、貴族とは面倒なものだ。正しいことを行うにも反発はある。力を蓄える時間、根回しをする時間が必要になることも多い。性急に正したら、別のところが歪む可能性も高い。多少不愉快でも、放置して様子見ができるようになりなさい」

 内心、不愉快なことを敢えて見過ごすのは難しいな、と思いながら、一応頷く。すると、神官長に睨まれた。

「わかっていないだろう?」
「……本と自分の身内が絡まないなら、様子見できるように努力します」

 絡んだ時点で多分様子見なんて悠長なことはしていられないと思う。わたしの言葉に、神官長は殊更苦い顔になって、溜息を吐いた。

 冬の館の町長や村長にちょっとした釘差しのお話をする以外、祈念式自体は去年と同じなので、特に問題なく進んでいる。もちろん、去年と比べると色々と違いはあるけれど。

 例えば、去年、わたしが祝福したことで、収穫量が上がったため、今年はどこの冬の館に行っても、ずいぶんと熱狂的に歓迎されるようになっていた。去年は青色巫女見習いだったが、今年は神殿長として祈念式を行うので、去年以上の期待がかけられているのが視線と熱気でわかる。

 それに、午前と午後で一つずつ冬の館を回るという余裕のある旅程であること、宿泊地が貴族の離れではなく、冬の館だということが違う。収穫祭では冬の館に泊まっていたので、宿泊場所には特に問題はないし、去年のように薬漬けの強行軍ではないので、気分的にも楽だ。

 ただ、食事を町や村の有力者と共に取ることになるので、気を使って疲れる。領主の養女で神殿長として参加しているのだ。それなりに取り繕わなければならない。
 午前に到着して、祈念式をして、有力者とお話をしながら昼食をとって、午後からは次の冬の館に向かって、祈念式。そして、夕食を有力者と取るという毎日だ。
 去年よりゆったりしたスケジュールだが、疲れることに変わりはない。食事が終わった後、まだ幼いことを理由にさっさと部屋に下がることができるだけ、神官長よりマシだけれど。

 昼食時に「ぜひ、もう少しお話を……」と引き留められるのを、「わたくしも皆様からたくさん興味深いお話を伺ったので、できる限りゆっくりしたいとは思うのですけれど、少しでも多くの土地に祝福を与えたいのです」と聖女笑顔で振りきる。毎日、同じことの繰り返しなので、聖女笑顔にも慣れてきた。

 側仕え達は朝、馬車に乗って、宿泊予定の冬の館に向かうが、わたしは騎獣に乗って移動する。レッサーバスで一緒に移動する側仕えはフランとザームだ。神具の管理を任されているため、そして、昼食の給仕をするためである。

 昼食は自分達の専属料理人、わたしの場合はエラがお弁当を作ってくれている。冬を越して残っている食料が少なくなっている冬の館に負担をかけられない、という表向きの理由が一つ。専属料理人の食事の方が毒見をする必要がないという理由もある。

 一番大きな理由は、「自分の口に合う食事が良い」と神官長が譲らなかったのだ。「たまに、のことであれば、庶民の食事も我慢して食べるが、毎日続くのは嫌だ」とのことである。
 その意見にはわたしも反対できない。ご飯はおいしい方が良い。
 農村付近で春に取れる山菜や少し硬いレタスのような生野菜と、神殿から持ってきている穀物を交換したり、買い取ったりしながら、祈念式の旅は続いていた。



「ここが女神の水浴場に一番近い村だ」

 フォンテドルフの冬の館に到着した時に、神官長がそう言った。
 午後の祈念式を終えると、いつも通り村の有力者達から夕食に招かれる。夕食を食べながら、わたしは村長を初めとした有力者に、女神の水浴場についての話を聞いた。

「ほほぉ、女神の水浴場に向かわれるのですか? あそこの水はちょっとした病や傷に効果がございます。まだ雪が残っているので、水の採集に向かう者はほとんどいないでしょうが、夏には水を求めて、少し遠くからも人が訪れております」
「泉の水に効力があるのですか? 水の女神 フリュートレーネの泉なのかしら? それとも、癒しの女神 ルングシュメールかしら?」

 わたしが癒しを司る女神の名前を上げると、有力者が「女神様のお姿を実際に見た者はおりませんが、春の女神達が集う場所だと言われております」と、聞きたがりの孫に教える好々爺の顔で泉に伝わるお話をしてくれた。

「わたくし、フリュートレーネの夜がとても楽しみになってまいりました」
「え? もしや、フリュートレーネの夜に泉へ到着していなければならないのですか? それでは間に合わないと思われます。近いとは言っても、ここからかなり距離がありますので……」

 慌てたように村長がわたしと神官長を見比べた。
 女神の水浴場と呼ばれる泉は、人里を離れた小高い山となっている森の奥にあるそうだ。泉に向かうためには、馬で向かっても数日必要になるらしい。今からどれほど急いでも間に合わないだろう、と村長は言う。
 しかし、神官長は緩く首を振った。

「案ずるな。我々は騎獣で移動するので、それほどの日数は必要ない」
「あ……あぁ、そうか。そうですか。空を駆ける騎獣があれば、問題ないですな」

 安堵したように胸を撫で下ろした村長と同じように、数人が安堵の息を吐く。そのうちの一人が心配そうに眉を寄せた。

「泉のタルクロッシュがずいぶんと力を付けているはずです。騎士様がご一緒ならば、我々の心配など無用だ、と思われるかもしれませんが、十分にお気を付けください」
「お心遣いありがとう存じます」

 タルクロッシュは泉から出てくることがないので、村に害がないため、放置されているらしい。その分、かなり大きくなっているはずなので、泉に用があるならば、気を付けた方が良い、と忠告してくれた。

「我々は泉まで向かうのに、それほど時間はかからぬが、明るいうちにタルクロッシュを退治しておきたいからな。余裕を持って向かうとしよう」

 神官長の言葉により、森の中でキャンプを行うことが決定した。タルクロッシュを狩るついでに、その辺りの魔物も合わせて退治するそうだ。

「これから、畑を耕すのに害獣を退治するところから始めなければならなかったので、森の魔獣を退治していただけるのは非常に助かります」

 そう言って、村長が目元の皺を深めて嬉しそうに笑った。今は食糧豊富な森にいる小型の魔獣が畑を始める頃になると、農村の方へとやってくるのだそうだ。騎士団を呼ぶほどではない小さな魔物は村人たちで退治するが、農作業と並行で行うとなれば、なかなか骨の折れる仕事になるらしい。

「魔獣退治は情報料のようなものだと思ってくれれば良い」
「では、もう一つ情報を」

 一人のおじいさんがポンと手を打った。

「女神の水浴場に向かうのでしたら、甘い物を持って行くと良いですよ」
「甘い物ですか?」

 わたしが首を傾げると、おじいさんは「騎獣で空から向かうならば必要ないかと思われますが」と言いながら、甘い物の使い方を教えてくれる。

「どうやらあの泉にいらっしゃる女神様は、蜂蜜、ミルク、木の実など甘みのあるものがお好きなようで、森の入り口にある女神の像にお供えしておくと、迷うことなく泉に到着できるのです」
「そうなのですか。では、甘い物を準備します。有益な情報をありがとうございました」

 魔力を込めた神頼みが魔法になる世界だ。お供えで道中が楽になるなら、たっぷり準備して、しっかりお供えしておいた方が良いだろう。

「甘味の準備はローゼマインに任せる。明日は出発準備を整えなさい」
「はい」

 フォンテドルフの冬の館に大半の側仕え達を残し、女神の水浴場には少数精鋭で向かうことになる。
 騎士達は自分の面倒を自分で見られるので、側仕えなし。人数を乗せることができるわたしの騎獣には、わたしの面倒を見られるように、わたしの側仕えを一緒に乗せていくことになった。

 連れて行く人員は、フラン、モニカ、ニコラ、エラ、ロジーナである。わたしの身の回りの世話をする者に加えて、「料理人を連れて行けば、満足なご飯が食べられるだろう」と神官長が言ったためだ。
 ロジーナは残っていても良かったのだが、「一人だけ残れない」と言うので、連れて行くことにした。ニコラとモニカが料理の助手もすることになるので、指を痛めない程度で側仕えの仕事をしてもらうつもりだ。

 わたしは給仕をしていたフランと共に自室に戻ると、就寝準備をしているニコラとモニカに声をかける。

「ニコラ、モニカ。森の中で数日間過ごせるように準備をしてほしいのです。それをエラとロジーナにも伝えてちょうだい」
「女神の水浴場に向かうための水と食料と着替え、薬等の準備ですね?」

 モニカが了承すると、フランも軽く頷いた。

「ローゼマイン様、我々にお任せください。必要な物は神官長より伺っております」
「では、荷物は全てわたくしの騎獣に積み込んでいきますから、食料は護衛騎士の分も考えて準備してください」

 わたしはそう言って、側仕えの顔を見回しながら、ニコラのところで視線を止めた。

「それから、ニコラ。エラに蜂蜜かジャムのような甘い物を準備してもらえるように伝えてちょうだい」
「甘い物、ですか?」

 食べ物関連の話に一番に食いつくのはニコラだ。エラの助手を嬉々として行うので、エラと一番仲が良い。

「えぇ、女神様へのお供え用です。甘い物を捧げると、迷うことなく泉に着けるのですって」

 わたしが村のおじいさんに聞いた話をすると、ニコラが楽しそうに顔を輝かせた。

「ローゼマイン様、甘い物がお好きならば蜂蜜だけではなく、お菓子もお供えしてみましょう。食べたことがないお菓子ならば、女神様はもっとお喜びになるかもしれません」
「そうね。では、ニコラからエラに頼んでちょうだい」

 ニコラはオレンジに近い赤毛のおさげを大きく揺らして「はい!」と大きく返事をした後、ちろりとわたしの様子を伺う。

「……ローゼマイン様、余った分はどういたしましょう?」
「泉の方へ持って行って、皆のおやつにしましょうか」
「はい!」

 手軽につまめるお菓子ということで、クッキーを焼いてもらった。オーブンがなく、エラが持参しているフライパンしか焼くための道具がなかったので、味はクッキーだが、見た目は一口サイズのホットケーキのように見えるお菓子が完成した。
 一つ味見してみたけれど、味に問題はない。



 午前中に準備を終えたわたし達は、昼食を食べた後、フォンテドルフに神官長や護衛騎士の側仕えを置いて、騎獣で女神の水浴場を目指した。

 畑の間を細く続く道をたどるように、上空を駆けながら、森へと向かう。
 馬で数日の距離だと言われていたので、少し時間はかかったけれど、5の鐘が鳴る時間より早く、女神の水浴場があると言われている小高い山と森が広がる場所の上空にたどり着いた。

 森の入り口へと一度降り立つと、神官長が兜の顔を覆っているブレスの部分を跳ね上げる。

「エックハルト、ダームエル、上空から泉を探せ。ブリギッテとローゼマインはここで待機だ」

 女神の水浴場と呼ばれる泉を探すため、三人がまた騎獣に乗って駆け上がっていく。
 森の入り口で待機と言われ、わたし達は一度騎獣から出て、体を伸ばした。馬車より乗り心地が良いけれど、ずっと運転していると疲れるのだ。

 わたしと同じように側仕え達も外に出て、まだ冷たい空気を吸いこみ、体を伸ばしている。そんな中、モニカが森の方を指差した。

「あ! ローゼマイン様、あれはお供えするための女神様の像ではないですか?」

 フォンテドルフから続く道から森に入ってすぐのところに、枯れた植物に絡まれ、冬の間放置されて汚れている女神の像が見えた。長い年月そこにあったのだろう。顔や装飾の細かいところが削れたようになっていて、わかりにくい。目を凝らしてみても、どの女神の像なのか、すぐにはわからなかった。

「ローゼマイン様、お掃除してもよろしいですか?」
「女神様がこのように汚れているのは、落ち着きません」

 神殿育ちのわたしの側仕え達が揃って、眉を下げた。常に神の像を清めている彼らにとって、汚れた女神の像は見過ごせないものだったようだ。

「枯草を払って、少し綺麗にするくらいならば構いませんけれど、神官長達が戻ってくるまで、あまり時間があるわけではないので、手早くね」
「はい!」

 ザッと一斉に動き出して、フランとモニカとニコラが手早く女神の像を掃除し始める。枯葉や枯草を払って、お供え物を置く場所を乾いた布で綺麗にしただけだが、とてもすっきりとして見えた。

「エラ、お供えする物を準備してちょうだい」

 エラが大事に抱えていた木箱から取り出した蜂蜜とミルクと干した果実とクッキーをニコラに渡すと、ニコラがわたしのところへと運んできてくれる。
 わたしはニコラが持って来てくれたお供え物に合わせて、近くに咲いていた春の訪れを告げる白い花レンフールを数輪捧げる。

「女神の水浴場まで無事にたどり着けますように」

 願い事をする時にパンパンとつい柏手を打ってしまうのは、しみついた癖だ。周囲の何とも言えない視線を受けて、ハッとしたわたしは慌てて正しいお祈りをする。

「神に祈りを!」
「神に祈りを!」

 わたしに続いて、皆が祈りを捧げる。
 ビシッと祈りを捧げた後は、騎獣に乗りこんで、余分に持って来ていた干した果実を食べながら、神官長達の帰りを待つことにした。

「待たせたな」

 神官長を先頭に三頭の騎獣が舞い降りてきた。
 わたしは慌てて手を拭うと、一度騎獣から降りて、皆を出迎える。

「おかえりなさいませ、皆様。女神の水浴場は見つかりまして?」
「いや、上空からでは見当たらなかった。不自然なほど水の流れも、木々の切れ目もない。魔力で目隠しをされているように思えたので、おそらく上空からでは到達できない状態になっているのだろう」

 夏場に訪れたユストクスは上空から簡単に泉まで到達したと言っていたらしいので、魔力が最も満ちる今の時期がやはり特別なのかもしれない。

「……ここから森に入るしかなさそうだな」

 何かを警戒するように眉を寄せた神官長が、女神の像がある入り口に視線を向ける。
 わたしも同じように女神の像へと視線を向け、お供え物が並んでいるのを確認して、一つ頷いた。

「すでにお供えは終わっていますし、お祈りも終えていますから、多分無事に泉までたどり着けると思いますよ」
「君は楽観的だな。……まぁ、良い。先頭は私、次にブリギッテ、ローゼマイン、ダームエル、最後にエックハルトで進む。付いてきなさい」

 神官長が騎獣を動かして森の中へと分け入っていった。普段は大きく広げられている騎獣の羽が畳まれ、地面からほんの少し浮いたところを走っていく。
 ブリギッテが神官長に続いて騎獣を駆り、わたしはレッサーバスでブリギッテのマントを追いかけた。

 森の入り口付近は見当たらなかったけれど、少し奥に入っていくとまだ雪がたくさん残っている。高い木々が並んでいて、日が当たりにくいせいか、森の中は薄暗い。
 神官長や護衛騎士の騎獣はわずかに浮いた状態で駆けているので、わたしのレッサーバスも同じように少し浮いた状態で、森を駆けていく。

「ダームエル、ザンツェが来たぞ!」
「はっ!」

 エックハルト兄様の声にダームエルが騎獣を駆って、ネコっぽい魔獣を狩った。すぐに戻ってきたけれど、「一撃で魔石をやれ」とか「狙いが甘い」とかエックハルト兄様に注意を受ける。

「ダームエル、アイフィントだ。行け!」
「はっ!」

 今度はリスのような形で、大きさはネコくらいある魔獣だった。小さい角が二本にょきっと短く生えているのが見える。
 かなりすばしこい魔獣で、身軽に枝から枝へと飛び移って逃げていくのをダームエルが追いかけていった。
 わたし達はダームエルが魔石を回収して戻ってくるまで待機だ。

「ダームエルはまだ動きが遅いな」
「魔力が少ないから、あまり使わないように戦おうとする姿勢が完全に染みついているのではないか?」

 エックハルト兄様と神官長がダームエルの動きを見ながら、これから先の教育方法について話し合っている。どうやら、騎士団でのダームエルを叩いて伸ばそう期間はまだ続いているようだ。

 わたし達の前に現れる魔獣は小さいし、少ないので、あっという間に狩りは終わる。
 ダームエル一人が奮闘して進むうちに、野営地として使われているのか、少しだけ開けた場所があった。立ち止まることなく通り抜け、更に奥の泉を目指す。

 魔獣を倒しながらいくつかの野営地を通って更に奥に進もうとしたが、道が途切れてない。正確には雪に閉ざされて見えなくなっていた。

「どっちに向かって進めばいいのだ?」

 神官長が兜の顔を覆っているブレスの部分を跳ね上げて、目を細めながら周囲を見回す。わたしも神官長の真似をして、周囲を見回した。
 同じように木々に囲まれているように見えるけれど、一か所だけ光が差し込んでいるように見える部分がある。

「神官長、あそこではありませんか? 薄らと光が見えます」
「どこだ?」
「ここです」

 わたしがレッサーバスを動かすと、木々がザザッと動いて道を作ってくれる。思いもしなかった木々の動きに目を瞬きながら、わたしは神官長を見た。

「お、お供えの効果でしょうか?」
「……そうかもしれぬし、それだけではないかもしれぬ」

 神官長が苦い顔でそう呟きながら、開けた道へと騎獣を進めていく。ブリギッテに続き、わたしも新しくできた道に入っていった。

 急カーブと言っても過言ではない道を進むと、段々と道が明るくなっていって、突然視界が開けた。
 木々に囲まれ薄暗い印象だった森の中から、明るく日が差し込む広い場所へと目の前の風景が変わる。

「……これが、女神の水浴場?」
「なんて、綺麗……」

 驚くことにそこだけは完全に春だった。
 それまで雪に埋もれた道を駆けてきたとは思えない程に、さんさんと眩しい光が降り注ぎ、澄み切った水が湧き出る泉があった。泉の周囲には雪の代わりに、春の訪れを告げる白い花レンフールが咲き乱れ、鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 水面が優しい風に吹かれて、キラキラと反射し、湧き上がる清水が流れ出し、更に奥に向かって清流を作っていた。
 青とも緑とも言えない泉の中心には、薄いピンクの花が咲いている。一見しただけならば、睡蓮の花にしか見えない。

「あれが女神の愛した花と言われているライレーネだ」
「あの蜜を採るのですか?」
「そうだ。だが、今はそれ以上進むな。魔物の気配がある。おそらくタルクロッシュだろう。今は非戦闘員が多すぎる。一旦、野営地に下がるぞ」

 神官長の言葉に、今度は来た時と反対の順番で、一番近い野営地へと戻る。美しい春の光景を見た後に、雪が残る野営地に戻ると何とも薄暗くて陰鬱な感じだ。

「ローゼマイン、少し下がれ」

 わたしがブリギッテと共に木々に近いところへ下がると、神官長とエックハルト兄様が広く開けた野営地にピッと指で弾くようにして何かを投げていった。
 次の瞬間、その辺りの雪が見る見るうちに解けてなくなっていく。

「雪が……」

 呆然と目の前の減少を見ていると、神官長が騎獣を寄せてきた。

「ローゼマイン、この魔術具を騎獣の中に置いておきなさい。君がいなくても騎獣が消えずに残る」
「わかりました」

 神官長に言われた通り、レッサーバスに魔術具を置いて、わたしがいなくても消えないようにすると、外へと出てみる。
 周囲に雪があるせいか、背の高い木々に囲まれて日が届きにくいせいか、空気は非常に冷たい。

「ローゼマインの従者は食事の準備だ。我々はタルクロッシュの討伐に向かう。ローゼマインは採集の準備をして、ブリギッテと同乗せよ。討伐後、ライレーネの蜜の採集の仕方を教える」

 神官長がわたしの側仕えに食事の支度をするように命じ、他の者にもそれぞれの役目を与える。
 わたしは神官長に借りている採集セットに忘れ物がないかどうかを確認すると、ブリギッテの騎獣に乗せてもらう。

「では、皆。食事の支度を頼みますね」
「お気を付けて。お早いお戻りをお待ちしています」
 ダームエルの奮闘により、目的地に到着です。

 次回は、タルクロッシュの討伐です。
+注意+
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