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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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冬の社交界の始まり

 冬の気配がどんどんと近付いているのがわかる。風は冷たく肌を刺すようになり、暖炉が使われていても、朝の布団から離れるのが辛い季節になってきた。

 ここ最近は貴族街へと向かう馬車が次々とやってきて、神殿の門をくぐり、貴族門から貴族街へと入っていくのが窓から見える。秋の収穫祭を終えた貴族が、冬の社交界のために貴族街へ移動しているのだ。
 去年は孤児院長室にいたので全く気付かなかったが、神殿長室の窓からは貴族門の様子がよく見える。

「ねぇ、フラン。わたくしの予定はどうなっているのかしら? いつ、城に向かうか、神官長から聞いていて?」
「ローゼマイン様が城へと居住を移すのは、冬の洗礼式が終わってからになります」

 フランがそう言うと、神官長からの連絡を伝えに来ていたザームも軽く頷いた。

「雪の中、貴族街と神殿を往復するのは大変です。どうぞご自愛ください」

 ザームは、神官長による神官達の熱血指導が一段落すると、わたしの側仕えになることが決まっている。わたしが神官長におねだりして引き抜いたのだ。

 今までも神官長からの連絡を持って来てくれた時に、フランの仕事をちょこちょこと手伝ってくれていたようで、ザームが側仕えとして来てくれたら大助かりだとフランが言っている。
 ギルは日中ほとんど工房にいるので、女性率が高い部屋で仕事をしていたフランにとっては、ちょっと話ができる同性の同僚ができることが、殊の外嬉しいようだ。

 神官長は神殿の仕事をする傍ら、騎士団と城へ行かなくなって生まれた余暇を青色神官と灰色神官の教育に注ぎ込んでいる。「神官長の側仕えになれば嫌でも一流になる」と灰色神官の間で噂になるような熱血指導が行われているのだ。

 神官長は本当に優秀な仕事人間で、城へと行かなくなった途端、余裕が生まれたらしい。ここ最近、薬に頼らなくなった神官長が実に生き生きとしている。次は何の課題を与えようかと、新しい課題の作成も楽しそうで何よりだ。

 わたしが推薦したカンフェルとフリタークは熱血指導に涙目だが、課題達成と同時に仕事に対するお給料としてお金を払っているので、生活費向上のために頑張っている。ついでに、彼らの側仕えも一緒に鍛えられている。
 なんと、熱血指導しているのは神官長だけではない。神官長の側仕えも一丸となって、後進の教育に当たっているのだ。心強い。

 そして、神官長という共通の敵に立ち向かうため、カンフェルとフリタークは自分達の側仕えとの主従の絆も深まったようで、主従一丸となって課題に取り組む姿は微笑ましい。
 ちなみに、微笑ましく見ていると、わたしにも課題が降りかかってくるので要注意である。

「ローゼマイン様、本日はギルベルタ商会からの納品がございます」

 フランがちらりとわたしを見て、そう言った。わたしは、うふふ、と笑みを漏らす。そう、今日はトゥーリと母さんが冬のお披露目のための髪飾りを納品に来てくれる日なのだ。
 5の鐘が鳴るまでは冬の洗礼式の祈り言葉の練習や注意事項のおさらいをしなければならないけれど、その後は、隠し部屋で納品なのだ。今回はトゥーリやカミルへのお土産も準備したので、楽しみで仕方ない。

「ローゼマイン様、孤児院長室への移動をお願いしてもよろしいですか?」

 つい先日、側仕えとなったフリッツが呼びに来た。フリッツは焦げ茶の髪に濃い茶色の瞳で、とても落ち着いた穏やかな容貌をしている。数年前には、神殿にいる中でもかなり我儘な青色神官の側仕えをしていた経験があるようで、実に我慢強くて感情的になることがほとんどないらしい。
 ギルとルッツがちょっとした諍いを起こしても仲裁してくれるのがフリッツのようで、以前から工房内では縁の下の力持ちと言える存在だったそうだ。

 フリッツは側仕えになったとはいえ、ギルと一緒に毎日工房へ行くので、朝と寝る前の報告の時間くらいしか、わたしは顔を合わせることがない。しかも、聖女伝説が浸透しているタイプの灰色神官で、わたしと顔を合わせると、ものすごく緊張するようで、笑顔も口調もぎこちない。

「モニカ、フリッツ、歩く速度に気を付けてください」
「かしこまりました、フラン」

 孤児院長室へとわたしが着いてすぐに、門へ皆を迎えに行っていたギルが、ルッツと母さんとトゥーリを連れてきた。

「お待たせいたしました、ローゼマイン様」
「お話はあちらで伺います」

 わたしが隠し部屋へと向かうように促して、ダームエルとギルを見ると、心得たように二人が軽く頷いた。ブリギッテは一歩下がり、他の側仕えも同じようにスッと下がる。

 隠し部屋に入り、パタリと扉が閉じられた後、ルッツは丁寧な仕草でテーブルの上に木箱を置いた。

「こちらがご注文の品でございます。どうぞお確かめください」

 ルッツが開けた木箱の中には、注文した通りの簪が入っていた。赤の大きめの花をレースでブーケのようにまとめて、白い鳥の羽で飾ってある。冬の貴色である赤と白の衣装に合わせた髪飾りだ。
 冬の衣装がその配色なので、揃えてみた。赤を基調とした衣装に、温かくなるように手首や首元に毛皮をあしらっているデザインを最初に見た時は、正直サンタさんですか、と思った。けれど、うきうきでデザインを選んでいたリヒャルダに、「その配色はちょっと……」とは言えなかった。どうせ、言ったところで誰にもわかってもらえない。

「注文通りですね。……挿してみてくださる?」
「かしこまりました」

 母さんに簪を挿してもらい、「似合うかしら?」と軽く頭を振って尋ねれば、トゥーリがグッと拳を握って「もちろん!」と言った。その後で、ハッとしたように言い直す。

「……よく似合っています」
「トゥーリが作った物ですから、似合って当然ですけれど」

 んふふっ、とわたしが笑うと、トゥーリは、そうでしょ、と言うように目を細めた。

「ローゼマイン様、夫がハッセへの護衛に任命されたこと、とても喜んでおりました。出張費が配られるので、門の兵士達の間では競争率が激しいそうです」
「神殿で食べたお料理がおいしかった、と言っていました」

 母さんとトゥーリから聞く、父さんの話にわたしも頬を緩めて、目を細める。

「喜んでいただけて、わたくしも嬉しいです。春にまた神官達をハッセへと戻すので、その時も護衛を頼みたいと思っております」

 父さんの話をして、孤児院の子供達の話をしながら、カミルの成長について話を聞いた。カミルは今つかまり立ちをしようと奮闘中らしい。わたしの記憶の中には、寝ている姿と神殿の扉の向こうで抱っこされている姿しかないので、成長の早さに驚いてしまう。
 だが、孤児院のディルクが先日初めて一歩目を踏み出したと聞いたので、カミルが成長しているのも当然だ。

「つかんで投げることができるようになれば、鈴を入れた丸い球を布で作ってあげると良いかもしれませんね。……ギル」
「これですか、ローゼマイン様」

 ギルが手に持っていた木箱をテーブルの上に置いて、蓋を開けた。そこにあるのは、トゥーリとカミルへのお土産だ。
 わたしはデリアとヴィルマと一緒に作った布のボールを取り出して、トントンと軽くテーブルに打ち付ける。すると、鈴の音がチリンチリンと響いた。

「これならば、投げると音がするので楽しめるでしょうし、布ですから、他の方に当たっても痛くないでしょう? これをお手本に、いくつか作ってあげてはいかが?」

 使っていないならば、まだ鈴が家に残っているはずだ。「お手本にどうぞ」という形でカミルに贈れば、母さんはわたしの意図を察して、受け取ってくれた。

「それから、髪飾りの礼としてこちらをトゥーリに下賜します。これからもお願いいたしますね」

 わたしはそう言ってトゥーリに絵本の第三弾を渡した。手紙を間に挟んで。
 トゥーリが懐かしいトートバッグに絵本と布のボールを入れるのを見ていると、母さんが立ち上がり、わたしをじっと見つめているのに気が付いた。
 伸ばしかけた手をぐっと握った母さんが心配そうに眉を寄せて、目を細める。

「寒さが厳しい季節となってまいりました。熱を出したり、長く寝込んだりしないよう、体調には気を付けてくださいね」
「えぇ、貴女方もどうぞご自愛くださいませ」



 そして、秋の成人式を終え、雪が降り始めた冬の洗礼式を終えた。カミルが風邪を引いたら困るので、来ては駄目だとわたしが言ったのだ。カミルが布のボールを元気に振り回しているとルッツから伝言があったので、わたしは満足である。

 冬の洗礼式を終え、神殿内の青色神官には不在の間にやるべきことを通達する。カンフェルとフリタークが課題を積み上げられて、ひいぃぃっ、と息を呑んでいたが、神官長の笑顔には逆らえず、引き受けてくれた。

 冬の社交界のために城へと向かう日がやってきた。
 エラとロジーナが馬車へと乗り込んでいき、わたしは馬車へと乗り込む前に見送りに来ている側仕えを振り返る。

「ギル、フリッツ。孤児院のことはよろしくお願いします。特に冬の手仕事の印刷は全力で取り組んでくださいね」
「ローゼマイン様も、えーと、エイギョウ頑張ってください」

 ギルの激励にわたしは笑顔で応える。

「ローゼマイン様は体調管理を第一に考え、無理をなさらないようにお気を付け下さい」
「ありがとう、フラン。貴方達も体調には気を付けてちょうだい」

 わたしが側仕えとやり取りしている横で、神官長も自分の側仕えに細々とした注意事項を述べていた。

「カンフェルとフリタークに奉納の儀式の準備は任せてあるが、補佐は頼んだ」
「かしこまりました」

 いつの間にか、神官長の側仕えの間でも書字板が使われている。ザームがフランに頼んで、ギルを通じてルッツに注文されたのが、最初だったらしい。今ではウチだけではなく、神官長やカンフェルやフリタークの側仕えでも必須アイテムになっているようだ。

「では、いってまいります」
「お早いお戻りをお待ちしております」

 エーレンフェストに雪が降り始めた日、わたしは居住地を神殿から城へと移した。

「おかえりなさいませ、ローゼマイン姫様。そして、ようこそいらっしゃいました、フェルディナンド様」

 執事のノルベルトが出迎えてくれ、北の離れに一番近い待合室へと案内された。そこにはリヒャルダが待ち構えており、ゆっくりとお茶を飲みながら、わたしと神官長に冬の予定が教えられる。

「三日後の土の日に洗礼式がございます」

 冬の洗礼式が、社交シーズンの始まりを告げる行事なのだそうだ。そして、その後、今年一年で洗礼式を終えた子供達のお披露目がある。全ての貴族が集まる中で、貴族の仲間入りをする子供が紹介されるのだ。

「……洗礼式? もしかして、わたくしが行うのでしょうか?」
「いや、今年の冬の洗礼式はお披露目を兼ねているので、ローゼマインはお披露目に出席するため、私が洗礼式を行うことになる。来年は君がするので、よく見ておくように」
「はい」

 今年は神官長が、神殿長代理で洗礼式を行うらしい。あぁ、イラストが売れたら、大儲けできたのになぁ、と考えていると、じろりと神官長に睨まれた。

「ローゼマイン、よからぬことを考えている顔になっているぞ」
「考えたところで実行できないのですから、意味がありませんわね。ハァ」

 フェシュピール演奏会の会計報告にちょっとイラストを入れようと思ったけれど、すぐさま却下されたし、売らずに配布するならいいですか、と聞けば、馬鹿者と怒られた。

「姫様、余計なことを考えず、こちらのお話に耳を傾けてくださいませ。お披露目ではこれまでの成長とこれからの加護を願って、神々への音楽の奉納が行われます。順番は貴族のくらいが低い者からだんだん高い者へと決まっております」
「では、わたくしはヴィルフリート兄様の前ですね」

 貴族は序列を大事にする。領主の実子であり、暫定だが、跡継ぎと言われているヴィルフリートよりわたしの方が扱いは下になるのだ。
 だからこそ、お披露目の順番はわたしが先だろう、と口に出したけれど、リヒャルダは緩く首を振った。

「いいえ、ローゼマイン様が養女となったことをお知らせするため、順番は最後になっております。姫様の夏の洗礼式にいらっしゃらなかった貴族も、冬には集まりますからね」
「まぁ、その方がよかろう」
「何故ですか? 順番が崩れるのはよろしくないでしょう?」

 神官長がリヒャルダの言葉に頷いたのが不思議で、わたしは首を傾げた。

「養女の紹介云々は建前だ。そして、建前上は領主の子に順位はない。本来はまだ跡継ぎなど決まっていないのだから」
「ですけれど、養女と子では違うでしょう?」
「だから、本音は別だ。ローゼマインの前に終わらせた方が、ヴィルフリートが見劣りしなくて済む。そうだろう、リヒャルダ?」

 リヒャルダは軽く息を吐いて頷いた。

「ヴィルフリート坊ちゃまも目を見張るような成長を見せていらっしゃいますが、何年も努力してきた姫様と季節一つ分も経っていない坊ちゃまでは明らかに優劣が出ますからね。姫様が最後の方が良いのですよ」
「わかりました」

 洗礼式やお披露目での役割をリヒャルダから聞いた後は、神官長が神殿の奉納式の予定をリヒャルダに伝える。

「神殿と城の往復では、ずいぶんとお忙しいですね」
「ローゼマインの体調を最優先に予定を組んでくれ。面会依頼も多いだろうが、リヒャルダの采配に任せる」
「かしこまりました、フェルディナンド坊ちゃま」

 話し合いを終えた後、神官長は貴族街の自宅へ帰ると席を立つ。そのまま帰るのか思えば、つらつらと注意事項を述べ始めた。

「リヒャルダに薬を預けておくが、体調管理には気を付けること。図書室へは立ち入らず、本を部屋に運ばせること。知らぬ貴族とは直接口を利かず、側仕えに対応を任せること。それから……」
「坊ちゃま、それ以上はわたくしから少しずつ言い聞かせますから、そのくらいにしておきなさい。一度にたくさん言い過ぎても、姫様の頭に入っておりませんよ」

 リヒャルダがパンパンと手を打って、お小言を止めると、神官長は「そういえば、ここには私以外にも注意する者がいるのだな」と呟き、退室していった。
 神官長と会うのは、次は三日後の洗礼式だ。しばらくは神官長のお小言なしで静かに過ごせそうである。

 わたしは一度自室で着替えてから、ヴィルフリートの様子を見に行くことになった。リヒャルダの提案だ。

「ヴィルフリート坊ちゃまも短期間でずいぶんと成長されているのですが、それで少し得意になって、最近はまた少し怠けがちなのですよ」

 本当にジルヴェスター様とよく似ていらっしゃるのですから、とリヒャルダは困ったような、それでいて、懐かしそうな複雑な笑みを浮かべた。

「ヴィルフリート兄様、ずいぶんと進んだのですって? 課題の表を拝見してもよろしいかしら?」
「ほら、これだ。どうだ、私はすごいだろう?」

 ふふん、と得意そうに表を差し出してくる。表がほとんど塗り潰されているので、ずいぶんと努力したことが一目でわかった。
 それと同時に、ゴールが見えているため、「ここまでできればもう大丈夫だろう」という油断が透けて見える。多分、ここまでできれば十分でしょう、と周りも褒めたのだろう。今までのヴィルフリートを知っている者からすれば、十分かもしれないが、この課題表は領主の子としては最低限だ。

「まぁ、本当によく頑張っていらっしゃいますね。でも、あと少し間に合いませんでしたね」

 塗れていない課題があと5つある。間に合うか合わないか、微妙なところだ。微妙だとは言わず、わたしは間に合わなかったものとして、ヴィルフリートを慰める。

「惜しかったですね、ヴィルフリート兄様」

 わたしの言葉に、側仕え達がざわりとざわめき、ヴィルフリートがカッと目を見開いた。

「なっ!? お、惜しくないぞ! まだお披露目までには日があるではないか!」
「……あと三日ですよ? 本当に間に合いますか?」
「もちろんだ! やるぞ、モーリッツ」

 煽られて、やる気に火が付いたらしい。ヴィルフリートがモーリッツを呼んで、勉強を始めたので、わたしはそっと退室した。

 わたしは自室に戻って、神殿から部屋に運ばれた荷物を片付けてもらい、リヒャルダに図書室から本を持ってきてもらって、ゆったり読書時間を楽しんだ。

 夕食の席では、ヴィルフリートの課題がまた一つ塗り潰されたとオズヴァルトから報告があり、両親が褒める。ヴィルフリートが胸を張って、わたしを見た。

「どうだ、ローゼマイン。私はやればできるのだ」
「えぇ、すごいですわ。ヴィルフリート兄様のおっしゃる通り、やらなければ、何もできないのです。そこに気付かれたことが、何よりの進歩ですわね」

 ヴィルフリートのやる気を煽って、わたしが満足していると、ジルヴェスターが苦い顔で不満を訴えてきた。

「ローゼマイン、フェルディナンドを何とかしろ」
「……何とか、とはどういうことでしょう?」

 わたしは知らなかったけれど、ジルヴェスターは今まで何度もオルドナンツで「手伝え」と神官長にSOSを送ってきていたらしい。それが全て「神殿長の許可なく行けぬ」とすげなく断られているそうだ。

「ならば、神殿長に取り次げ、と言っているのに、神殿長は不在だ、とか、忙しい、とか理由を付けては取り次ごうとしないのだ」

 あぁ、神官長の黒い笑顔が見える。
 けれど、ここで神官長を城へ手伝いに出してしまえば、今までと全く変わらない。

「城には文官がたくさんいるのですから、どうにでもなるでしょう? 元々、神官長は政治の世界に関わらないことを内外に示すために神殿に入ったのですから、神官長が城に出入りして、仕事に関わる方がおかしいではありませんか」

 こっそりとはいえ、本来はしてはならないことだろう。

「神官長は今、神殿で後進を育てることを嬉々として行っているのです。大きな政変があって、貴族がごっそり減った、と伺いましたけれど、ここは中立の立場で余波が少なく、比較的平穏なのでしょう? 今のうちに色々と育てて、力を付けておいた方が良いですよ」

 神官長に頼りきりの今の状態では、周囲でいざこざが起こればすぐに駄目になりそうだ。

「……つまり、フェルディナンドをこちらに寄越す気はないのか?」
「フェルディナンド様でなければわからない用件で、文官が神殿まで質問に来る場合は、お答えするように、と伝えておきますね」

 よほどのことがない限り、文官がわざわざ神殿まで足を運ぶとは思えない。神殿に嬉々として足を運びそうな人なんて、一人だけだ。

「ローゼマイン、それではジルヴェスター様が……」
「養母様、そのような心配は必要ございませんわ。まさか、領主となるために努力する息子の前で、みっともない父親の姿を見せるような真似をアウブ・エーレンフェストがするはずございませんもの」

 ココンと大きな釘を打つと、ジルヴェスターがヴィルフリートと全く同じ、むっとした顔で目を逸らした。

「ローゼマイン、父上はすごいのだぞ。みっともないわけがなかろう」

 息子が輝く目で、反論という名の追い討ちをかける。
 これで、さらに執務をサボりにくくなっただろう。

 ……ヴィルフリート兄様、でかした!



 それから、お披露目の日まではヴィルフリートの煽り役を務めつつ、ロジーナと一緒に自分の練習にも励んだ。

 そして、始まりの宴の当日。
 わたしは洗礼式の日と同じように、朝早くから湯浴みをさせられ、朝食を終えるとお披露目のための衣装を着せられて、髪を結われた。髪飾りを付けて、準備が整うと北の離れから、本館の大広間に近い一室へと移動する。

 3の鐘から冬の洗礼式が始まり、そのまま今年洗礼式を迎えた7歳のお披露目へと続くのだが、かなり早い時間から待機させられるのは、わたしの移動速度と騎獣に驚く人を考慮した結果だ。

 お披露目の子供が集められる待合室で待つことになり、専属楽師であるロジーナがフェシュピールを持っており、側仕えのリヒャルダが一緒だ。
 今日の護衛はコルネリウス兄様とアンゲリカだが、今日は二人共お揃いのマントとブローチを付けている。山吹色とも、黄土色とも言えそうな色合いのマントは、去年のトロンベ討伐で騎士団の人達が付けていたのと同じ物だ。

「コルネリウスとアンゲリカのマントはお揃いですね」
「マントとブローチは貴族院に入る時にアウブ・エーレンフェストから賜るのです。本日、このマントを付けている者が貴族院に属する者になります」

 どうやら、貴族院の制服のようなものらしい。更に詳しく聞いたところ、この色がエーレンフェスト領の色で、貴族院では領地ごとに色の違うマントを羽織っているのだそうだ。

 本館の待合室の窓からは、朝早くから騎獣が着き、馬車が着き、貴族達が続々と城に到着する様子が見える。

「早いな、ローゼマイン」
「おはようございます、ヴィルフリート兄様」

 待合室にヴィルフリート兄様が来て、それから、ぽつりぽつりと子供を連れた貴族が入ってくる。わたし達は部屋の奥に座らされ、貴族の対応をするのはリヒャルダとオズヴァルトの二人だ。

 同い年の子供がいても満足に話もできない。親との関係があるので、勝手に話をするな、と言われている。

 ……あ、女の子もいる。

 ニコリと笑って手を振ってみたが、困った顔をされてしまった。自重しよう。
 待合室にやってきた子供は8人。平均では10人なので、今年はちょっと少ないらしい。

「行くぞ、ローゼマイン」

 3の鐘が鳴ると、小さな紳士らしくヴィルフリートが緊張した面持ちでわたしに向かって手を差し出した。どうやら、わたし、ヴィルフリートにエスコートされて大広間に入場するようだ。

「ヴィルフリート兄様、あまり早く歩かないでくださいませ」
「……其方はフェシュピールより、歩く練習が必要だったのではないか?」
「そうかもしれません」

 もう遅いですけれど、と呟くと、緊張が解れたようにヴィルフリートが笑った。わたしとヴィルフリートを先頭に、待合室を出て、大広間の扉の前に立った。

「真っ直ぐに歩いてくださいませ」
「はい」

 リヒャルダとオズヴァルトが脇に避けると、大広間の扉がゆっくりと開かれていく。

「新たなるエーレンフェストの子を迎えよ」

 神官長の声が大きく響くと共に、扉の向こうには今までに見たことがないほどの数の貴族が集い、こちらに視線を向けた。
 好奇と興味に満ちたたくさんの視線に一瞬怯む。それは多分、ヴィルフリートも同じだ。息を呑みつつ、わたしはヴィルフリートの腕に乗せた手に少しだけ力を込めた。ハッとしたようにヴィルフリートがこちらを向く。

「参りましょう」

 視線を合わせ、軽く頷くと、共に一歩を踏み出した。
 扱かれる青色神官や新しい側仕えフリッツが出てきましたが、しばらく出番がないです。
 舞台を城に移して、しばらくは社交シーズンになります。

 次はお披露目です。
+注意+
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