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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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シュツェーリアの夜

 夕食の後、わたしは部屋で着替えをした。
 女騎士と同じようにズボンを履いて、スカートが捲れても大丈夫なような格好にしておく。着ているワンピースもシンプルで飾り気がなく、丈夫な生地で作られた服だ。

「あんまり可愛くないですね」

 ニコラは残念そうにそう言ったけれど、基本的にヴィルマと一緒のシンプルを愛するモニカは軽く息を吐いた。

「森に採集に行くのに、飾りは必要ないわよ、ニコラ。動きやすさが一番ですもの。そうですよね、ローゼマイン様?」
「モニカの言う通りです。今夜はひらひらした飾りは必要ありません」

 髪は邪魔にならないように整髪料でがっちり固めて、後ろで一つに縛る。そして、冬の館を歩くだけなら、と思って履いていた短靴から、森を歩いても問題のない膝丈の革靴に履きかえた。ぎゅっぎゅっと紐を引いて締め付けられる度に、高揚感が湧き上がってくる。

 ……久し振りの森だし、久し振りの採集だから、頑張らなくちゃ!

 神殿に入ってから、森に行く機会がグッと減った。領主の養女になってからは、当然のことだが、全く森に行く機会などない。紙作りで工房の子供達が、ルッツやギルと森へ出かけていくのを見て、わたしも行きたいなぁ、と思っていても、わたしの体力では足手まといなので、いつも留守番係だった。

 ……うぅ~、わくわくする。

 靴を履かせてもらうと、わたしは立ち上がり、革のベルトを付けてもらう。
 ベルトには採取用の革手袋や素材を入れるための革袋、魔石を入れるための道具などが取り付けられている。今日はもう一つの革ベルトを付け、神官長が準備してくれた魔術具のナイフを装備した。

 これで、言われていた採集の準備は完了だ。
 腰にじゃらじゃらとついている色々な採集道具とナイフの柄を見下ろして、わたしはフフッと笑った。

 ……わたし、すごくカッコいい気がする。

 ブリギッテと違って、鎧のようなものはないけれど、今日のわたしの格好は今までになく勇ましくてカッコいい。

「モニカ、ニコラ、どうですか?」
「とても動きやすそうで、良いと思います」

 冷静なモニカの意見と違って、ニコラは楽しそうに目を輝かせて、ぐっと拳を握る。

「ローゼマイン様が強そうに見えます。カッコいいです」

 ニコラが褒めてくれたことに気を良くして、わたしは部屋を出た。

「エックハルト兄様、わたくし、とても強そうに見えると思いませんか?」

 準備が整ったわたしはエックハルト兄様達が待っている部屋へと向かい、バッと両手を広げて見せる。
 エックハルト兄様は目を丸くした後、ものすごく残念そうな顔で緩く首を振って、聞き分けのない子供に言い聞かせるような声を出した。

「ローゼマインは採集以外には手を出してはならないよ。わかったかい?」
「……はい」



 皆の準備が整って、外に出る。満月ならば、夜道が少しは明るいはずなのに、思った以上に明るさがない。不思議に思って、すいっと顔を上げて空を見上げると、月が今まで見たことのない色をしていた。

「お、おお、お月様が紫色なのですけれど!?」

 あまりの気持ち悪さにビックリして、わたしが月を指差して叫んだけれど、皆は一度月の方をちらりと見ただけで、特に反応を示さなかった。

「シュツェーリアの夜ですから」

 ユストクスが当たり前のようにそう言い、エックハルト兄様は驚いたように軽く目を見張って、わたしを見下ろした。

「……ローゼマインは見たことがないのか?」
「初めてです。このような遅い時間に外にいることなんてありませんし、この季節は寝込んでいることが多かったものですから」
「なるほど」

 見たことがないのは、仕方ないのかもしれないが、三年間この世界で生活していて、月が紫になるなんて聞いたこともない。

「シュツェーリアの夜を越えると急に寒さが強くなってくることから、風の女神 シュツェーリアの力を命の神 エーヴィリーベが超える夜だと言われている。逆に、春の初めのフリュートレーネの夜は月が赤く染まる。フリュートレーネの夜を越えると雪解けが始まることから、命の神 エーヴィリーベの力を水の女神 フリュートレーネが超えたと言われるのだ」

 なんと、月の色が妙な色になるのは、秋だけではないらしい。毎年の季節の変わり目のことだし、魔力が強まるかどうかなんて、下町の貧民には全く関係のないことなので、家族が熱で寝込んでいるわたしに聞かせる話にはならなかったのだろう、と納得する。

「姫様、リュエルは満月の光で花が咲きます。そろそろ良い頃合いでしょう」

 そう言って自分の騎獣を出したユストクスが、ひらりと騎獣に乗って駆け出した。
 紫色に光る不気味な月を見ながら、わたしも一人乗りのレッサーバスを出して、ユストクスを追いかける。わたしの左右にそれぞれブリギッテとダームエルがいて、後ろを守るのがエックハルト兄様だ。

 皆が冬の館に移動してしまって人の気配がなくなった農村を越え、そこから森に入って、少し奥へと進んだところにリュエルの木を見つけた、とユストクスは夕食の席で言っていた。

 その言葉通り、全く迷う素振りも見せず、ユストクスは森へと飛び込んでいく。印を付けた、と言っていたけれど、わたしには全くわからない。

「姫様、あれがリュエルです」

 リュエルにはすでに花が咲いていた。葉が茂っておらず、つるりとして金属めいた質感の木の枝に白木蓮のような花が数十ほど、枝の上に立つように咲き、強い芳香をまき散らしている。

「満月の光が当たるうちに、花弁が外側から剥がれるように落ちていき、リュエルの実は成長していきます。実ができるまでには、まだ時間がかかりそうです」

 ユストクスの説明に、ほぅほぅ、と頷きながら、わたしは花にレッサーバスを近付けた。近付けばもっと匂いが強くなる。
 わたしは軽く目を閉じて、漂ってくる甘い香りをゆっくりと吸い込んだ。うっとりとするような匂いだ。

「この花は何かの素材にならないのですか? 香水になりそうですけれど」

 わたしの問いかけに、ユストクスは目を細めてリュエルの花をじっと見つめる。

「うーん、リュエルがこれほど強い香りを出すとは知らなかったな。シュツェーリアの夜は他の満月とは違うのかもしれない。花も一つ持ち帰るか?」

 わたしに聞かせるものではなく、自分の趣味に走っている口調で、以前のリュエルとの違いを呟きながら、ユストクスがうきうきとした様子でシュタープを取り出した。そして、「メッサー」と唱える。

 ナイフの形に変形したシュタープを持ち、ユストクスは騎獣を枝に寄せた。(あぶみ)を踏みしめて立ち上がり、枝を切って花を採集する。
 長く余計な部分の枝を切り捨て、花が付いている部分の枝だけを残すと、花を丁寧に革袋の中に入れた。

「ユストクス、わたくしもやってみたいです」
「うん? あ、あぁ、姫様」

 完全に周囲を置き去りにして、自分の趣味に没頭していたようだ。ユストクスはわたしの声にハッとしたように顔を上げて、少しだけ罰が悪いような表情になった後、すぐさまニコリと笑った。

「では、ナイフを出して、魔力を込めて、私がしたように枝を切って、花を採集してみてください」
「はい!」

 わたしもユストクスを真似て、神官長にもらったナイフで一つ切り取ってみることにした。ちょっとした予行演習だ。本当に自力で採集ができるかどうか、きちんと確認しておかなければならない。

 右手で魔術具のナイフを取り出すと、花に触れられるくらいの距離まで近付いて、レッサーバスの窓から身を乗り出した。手を伸ばして、つるりとした感触の枝を握り、わたしは魔力を込めて、枝にナイフを当てる。
 本当に切れるのか、ドキドキしながら、力を加えると、まるでバターでも切るようにスッと枝が切れた。

「すごい。簡単に切れた……」

 わたしは手に握ったリュエルの枝と神官長にもらったナイフを見比べる。魔術具のナイフは魔力を込めれば、わたしの貧弱な力でもちゃんと枝が切れる優れものだった。
 このナイフがあれば、わたしも森の採集で役に立てたかもしれない。そんなことを考えながら、わたしは余分な枝を切り落とし、採集した花を革袋の中に入れる。

「うん、採集に問題はなさそうだな」

 わたしが採集できるかどうか心配していたエックハルト兄様が、安心したようにそう言った。

「姫様、実の採集方法も同じです。枝を切って、余分な枝を切り落とせばいいのです」
「はい、わかりました」

 無事にリュエルを採集できそうだ。採集の仕方も練習して、わたしはホッと安堵の息を吐いた。



「……あ、花が」

 月の光が差し込むうちに、花が散り始めた。花弁が一枚一枚剥がされていくようにひらり、また、ひらりと落ちては、風に揺られて舞う。

 桜の花弁と違って、白木蓮ように大きな花弁だ。白い鳥の羽が風に遊ばれているように揺れて、くるりくるりと回りながら落ちていく。

 花弁が地面に落ちた瞬間、土と同化するように消えていく様子が何とも儚くて、美しく、落ちていく花弁から目が離せない。

 幻想的な時間は短かった。
 あれ? と思った時には、すでに花弁は完全に剥がれ落ち、枝に残っている花は一つもない。

 そして、リュエルの枝をよく見てみると、花があったところには、わたしの小指くらいの大きさの紫水晶が枝から生えていた。

「これがリュエルの実です。満月の光でこのくらいの大きさまで成長しますよ」

 ユストクスが親指と人差し指で10センチほどの大きさを示しながら、眉を寄せてリュエルの実を見つめる。

「だが、以前に採った時は、少し淡い黄色のような実だった。このような色ではなかったぞ」

 ユストクスはまた自分の考えに没頭し始めたようだ。口調が変わるのでわかりやすい。

「月の色に、実の色も左右されるのでしょうか?」
「そうかもしれぬな。フェルディナンド様への報告のためにも、私が収集するためにもいくつか採っておいた方が良い。……そうは思われませんか、姫様?」
「報告と研究のためですもの。全部を採るような真似をしなければ良いのではないですか?」

 わたしがユストクスとリュエルを挟んで話し合っていると、遠くの方からガサガサと草を踏み分けるような音が近付いて来るのがわかった。それも一匹や二匹の足音ではない。
 数十匹はいるのではないか、と思った瞬間、ダームエルの膝にも満たない大きさの猫っぽいのやリスっぽい動物が藪を飛び出し、こちらに向かってやってくるのが見えた。
 小動物と言えなくはない大きさの動物だが、可愛いと全く思えないのは、暗闇の中、目が不気味に赤く光っているせいだろう。

「魔獣だ!」

 エックハルト兄様がそう言いながらシュタープを取り出し、槍のような形に変形させると、降下する騎獣から飛び降りた。そのままの勢いで長い耳の代わりに角が生えているウサギのような魔獣をザッと一突きする。

 魔獣の腹から背に向かって突き出した槍の先には、きらりと輝く小さな宝石のような物が刺さっている。次の瞬間、ウサギの形がどろりと溶けるように形を崩れていき、槍の先に刺さっていた宝石が槍に溶け込むように消えていった。

「見回した限り、どれもこれも強くはないが、数が多い。確実に仕留めろ!」
「はっ!」

 ダームエルとブリギッテもすぐさま騎獣から飛び降りてシュタープを取り出すと、変形させて構える。ザッと振り回して、数匹をなぎ倒した。

「エックハルト兄様、たくさん来ています!」

 リュエルの木を取り囲むように魔獣が寄ってきているのが、騎獣に乗って浮いているわたしにはよくわかった。赤く光る目が、藪の向こうにたくさん見えている。不気味な目と明らかに向けられている敵意に、背筋が震えた。

「ローゼマイン、決して騎獣から降りないように! ユストクス、ローゼマインの採集を最優先にするんだ!」

 リュエルの木を背中で守るように、騎士三人は武器を構えると、一斉に魔獣を屠り始めた。槍が大きく振るわれ、魔獣が薙ぎ払われたかと思うと、魔獣を突き刺して仕留める。
 形を崩して溶けるようになくなる魔獣もいれば、バタリと横たわっているだけの魔獣もいる。

「ひゃっ!?」

 バタリと横たわった魔獣に周囲の魔獣が群がって、食らいつき始めた。武器を持った騎士達よりも同じ魔獣を食らう方を優先する、共食いのような様子を見て、ぞわっと全身に鳥肌が立つ。

 群がっていた魔獣が突然興味をなくしたようにその場から飛び退いた時には、横たわっていた魔獣の姿は完全になかった。そして、一匹だけ周囲の魔獣に比べて大きくなっている魔獣がいるのがわかる。

「ダームエル! 弱い魔獣でも確実に魔石を取れ! 他の魔獣に食われたら成長する! どんどん戦いがきつくなるぞ」

 エックハルト兄様の言葉から推測すると、どうやら魔獣は魔石を食らって成長するらしい。そして、少し成長した魔獣は周囲の弱った魔獣を食らって更に成長しようとする。

 ダームエルは急いで少し成長した魔獣を槍で何度か突き刺し、魔石を貫いた。共食いで魔獣が少し強くなると、ダームエルにとっては苦しい戦いになるようだ。他の二人に比べてダームエルには全く余裕がないのがわかる。

「わ、わたくしにできること……何か……」

 おろおろとしながら、自分にできることを探していると、ユストクスが首を振った。

「姫様にできることはありません」

 そう言われるのはわかるけれど、少しでも力になりたいと思う。わたしは魔獣に襲われている恐怖で固まっている頭を必死に動かして考える。
 戦闘でわたしにできることなど、ほとんどない。神に祈るくらいしかできない。

「た、盾は!? シュツェーリアの盾でこの木の周辺を覆ってしまえば、魔獣は入ってこられなくなります!」
「駄目です! 魔力の盾で覆ったら、満月の光も届かなくなります!」

 採集ができなければ意味がない、とユストクスに却下されて、わたしはぐっと唇を噛んだ。

「姫様は採集のことだけを考えていれば良いのです。戦いは騎士に任せておきなさい」

 専門家に任せろと言うユストクスは正しい。間違ってはいない。けれど、藪の奥から次々と出てくる魔獣の数に比べて、戦える騎士の数が圧倒的に少ない。

「ユストクス、これほど魔物が出るものなのですか?」
「いえ、私が採った満月は魔物などほとんど出ませんでした。これは異常です。シュツェーリアの夜は特別だとフェルディナンド様もおっしゃったではないですか。これだけの魔物を惹きつけるのだから、品質は間違いない。……魔物の数は想定外だが」

 ギリッと奥歯を噛むように言ったユストクスも、今の状況に色々と思うところがあるらしい。ただ、全てにおいて、わたしの採集を最優先にしているだけだ。
 じりじりとした焦る気持ちで、少しずつ大きくなってくるリュエルの実を見つめているが、苛立ちを感じるほどそれはゆっくりの成長だった。

「ユストクス、あとどれくらいかかる!?」

 エックハルト兄様の声が下から響き、それに対してユストクスがリュエルの実を睨みながら、唸るように答える。

「まだ半分の大きさにもなっていない!」
「数えきれないくらいの魔獣がリュエルの実を狙ってきている! キリがない」

 三人の中で一番魔力が低いダームエルがかなり苦戦しているように見えた。肩が大きく動いて、荒い息を吐いている。魔力が少ない分、腕力で叩き伏せているため、消耗が激しいのだろう。

「……ユストクス、シュツェーリアの盾は魔力を遮って使えないのですよね? 遮るのではなく、ご加護ならばどうですか? 武勇の神アングリーフに武運を祈って、祝福を与えるのは大丈夫ですか?」

 ハッとしたようにユストクスが顔を上げて、わたしを見た。目を輝かせて大きく頷く。

「あぁ、それなら大丈夫です。姫様、彼らに加護を」
「炎の神 ライデンシャフトが眷属 武勇の神アングリーフの御加護を彼らに」

 わたしは指輪に魔力を込めて、祈りを捧げた。祝福の青い光が降り注ぎ、リュエルの木の周囲で戦う三人に降り注ぐ。

 三人の動きが突然変わった。明らかに先程とは動きの切れやスピードが段違いになる。武器の切れ味が上がったように、一振りで屠れる数が増えた。

「ローゼマイン様、素晴らしい加護です!」

 弾んだ声を上げたのはブリギッテだった。
 ブリギッテはアメジストの瞳に強い光を浮かべながら、周囲を睨み、ふわりとスカートを翻した。やや腰を落とした状態になったかと思うと、薙刀のように長い柄の先に少し反った刃が付いている武器を振るう。

「やああぁぁぁっ!」

 気合いの入った声と共にブリギッテの武器がブンと音を立てて振るわれる。刃の当たる範囲にいた、周囲の魔獣が数匹一度に形を崩して溶けていった。
 ブリギッテの一撃で倒せなかった弱った魔獣に、周囲の魔獣が力を求めて群がり始めるが、ブリギッテはその固まりに向かって、武器を構えて数歩走る。

「散れ!」

 ブリギッテが地面を踏みしめて、武器を一閃させる。長めの刃が翻り、固まった魔獣達を一気に薙いで、切り裂いていた。
 止まることなく武器を振るう姿が凛々しくて、ダームエルよりも魔力が強いと言っていたお父様の言葉が脳裏に蘇る。

「これは助かるな」

 エックハルト兄様もダームエルもかなり楽になったように、魔獣を倒し始めた。

「姫様、このリュエルの実を握って、魔力を注ぎ込んでください。完全に色が変わるまで魔力を注ぐのです」
「はい」

 大きくなったリュエルを指差してそう言われ、わたしは下の様子を気にしながら頷いた。

「姫様、彼らは騎士だ。領内の魔獣を狩るのは、彼らの仕事だから問題ない。それよりも、こちらの採集に集中してください」

 ユストクスに言われて、わたしは顔をあげると、大きくなったリュエルに手を伸ばして、握りこみ、魔力を注ぎ始めた。紫水晶のように見えたリュエルの実は見た目通り、硬くてひんやりとしていて、つるりとしている。

 ……早く終わらせなくちゃ。

 わたしの採集が終わるまで、騎士達は戦いを止めることができないのだ。キッとリュエルの実を睨むようにして、わたしは自分の魔力を注ぎ込んでいく。
 レッサーバスを作った時の魔石と違って、リュエルの実には自分の魔力がなかなか流れ込んでいかない。余所の魔力を入れたくないと言わんばかりの抵抗を感じる。

「魔木も生きていますから、抵抗が激しいでしょう?」

 自分以外の魔力をその内に入れたくないのは同じだ、とユストクスが言う。
 わたしはトロンベ退治の時、傷を塞ぐことを目的に神官長がわたしに魔力を注ぎ込もうとした時の気持ち悪さと不快さを思い出して、リュエルの抵抗に納得した。

「私は周囲を警戒しながらそちらを採集します」

 自分の魔力で染めていない素材を欲しがっているユストクスは、魔力を遮断するための革の手袋をはめ、手早く数個のリュエルを採集した。魔力で染める必要がないので、あっという間にユストクスの採集は終わる。

 ぎゅっと強く握って、わたしの手の中にある紫水晶のようなリュエルの実へどんどんと魔力を流し込んでいく。ひやりとした冷たい夜の空気の中なのに、じわりと額に汗が浮かぶ。抵抗を押し流すような勢いで魔力を叩きつけていくと、じわじわと紫の実が淡い黄色へ変化し始めた。

 ……もうちょっと。

 わたしがリュエルを握っている最中、取り零した一匹のリスっぽい魔獣が木を登ってきた。すかさずユストクスが蹴り落とし、ダームエルが止めを刺した。
 怪我もしなかったけれど、全く動けない今の自分の現状には何とも言えない恐怖を覚えた。早く、早く、と念じながら、わたしは魔力を流し続ける。

「ユストクス! どうですか?」
「いいでしょう。切り取ってください」

 完全に色が変わったことを確認したユストクスの言葉に、わたしはナイフを取り出して、枝を切った。

「採れました!」
「よし、撤退準備だ!」

 エックハルト兄様の声が響き、雰囲気が緩んだ途端、別の木から飛び移ってきた猫っぽい魔獣が、わたしに向かって、しゃああああ、と叫びながら飛びかかってきた。裂けているように大きく開いた口が、尖った歯が、鋭く光る爪が襲い掛かってくる。

「きゃっ!?」

 頭を庇うように手を交差させ、わたしはきつく目を瞑った。

「姫様!」

 ユストクスがシュタープで魔獣を殴り飛ばす。魔獣だけではなく、わたしの手にも衝撃があった。わたしが目を開けると、殴られた魔獣がわたしの手にあったリュエルを咥えたまま飛んでいくのが見えた。

「わたくしのリュエルが!」

 咄嗟に魔獣を追いかけようとしたわたしを、ユストクスの鋭い声が止める。

「姫様! 戻れ! エックハルト!」

 エックハルト兄様が飛んでいく魔獣を追いかけるように走るが、地面に落ちてくるよりも先に、わたしのリュエルの実を咥えて飛んでいった魔獣が空中で爆発した。……ように見えた。
 あぁ、何だか久し振りにファンタジーを書いた気がしました。
 ブリギッテを書くのが楽しかったです。

 次回は、後始末です。
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