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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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ハッセ改革の話し合い

 イタリアンレストランが片付いたので、次はハッセの町に関する課題を片付けていきたいと思う。
 院長室の隠し部屋で、わたしはギルベルタ商会の面々に改めて協力をお願いした。

「何から始めれば良いと思いますか? ハッセがいつ消されてもおかしくないと言われたら、気になるじゃないですか」

 わたしの主張に、ベンノは赤褐色の目を細めて、顎をゆっくりと撫でる。

「ハッセの一番の問題点は、あそこの町民が貴族を知らなすぎることだ。自分達がどれほど重罪を犯したか知らない。それが問題だろう」

 貴族に娘を殺されても文句も言えずに呑み込むのが当然だと考えるエーレンフェストの平民ならば、自分の生活にそれほど関係のない孤児を取られたくらいで文句は言わない。ましてや、領主の建物に攻撃を仕掛けるような馬鹿な真似はしない。

「ただ、お前にも落ち度はある。町長がすでに文官と孤児の売買契約をしていたのならば、ずっと貴族にねちねち言われたり、今までの融通が利かなくなったりするはずだ」
「孤児を売ったお金で町が冬を越すのだとしたら、なければ困るお金ですし、貴族との繋がりが切れるのは、死活問題にも繋がります」

 ベンノの言葉を補足するマルクの言葉に、わたしは町民側の意識が少しずつ理解できるようになってきた。

「これは、オレが神殿の孤児院に出入りしてたから、比べられることかもしれないけどさ……」

 そう前置きをしたルッツによると、神殿の孤児とそれ以外の孤児は違うようだ。神殿では、灰色巫女から生まれた子供が孤児院で育てられ、それに洗礼式前に親を失った子供が加わる。
 けれど、神殿以外の孤児院は、共同体の中で親が亡くなった子供が集められる場所であり、共同体の子供しかいない。そして、町長のように町の権力者が養っているのだそうだ。
 町長が養い、働かせていて、お金が必要な時には売り払うこともできる共同体の財産の一部だと考えられているらしい。

「それ、神官長から聞いたよ。町長が孤児を引き取って養ってきたのだから、売り払う権利があるって。神殿においては、神殿長がその役を担うんだって」

 だから、神殿の孤児院はわたしがどのように扱っても、構わないらしい。甘やかして堕落させようと、経費削減のためにギリギリまで生活を切り詰めさせようと、神官長には苦言を述べることはできても、最終的な決定権は神殿長にあるそうだ。

 神殿の孤児は灰色神官、灰色巫女となり、成人しても孤児院にいるのは珍しくない。貴族の下働きとして買われていったり、青色神官や青色巫女の側仕えとなったりする。
 それに対して、ハッセのように農業を主とする町ならば、男が成人したら、それに合わせた畑も与えられるため、成人と同時に町の一員として独立するそうだ。

 ただ、女は与えられる畑の面積が小さいため、一人で生きていくのは難しく、結婚相手が必要となる。
 親がいない男性を取り込むのは、自分の娘を手元から離さずに一族の数が増えるという意味で歓迎されるが、親のない女性は結婚資金もないため、悲惨な結婚になることが多い。看護の必要な老人の後添えになったり、乱暴な扱いをされたりすることも珍しくないと言う。

「後ろ盾がなければ、苦しくなるのはどこも同じだ」

 ベンノは眉を寄せながらそう言うと、表情を改めて、わたしを見据えた。

「お前は領主の娘だから、孤児を取り上げたところで、対外的には全く問題はない。だが、孤児を商品に置き換えると、今まで投資をしてきた商品を貴族の権限で取られたようなものだからな。表立って文句は言わなくても、恨みは募る。後腐れがないようにしておけ」

 領主の娘の立場を利用して文官に話を回し、契約を最初からなかったことにしたり、町長に孤児達の代金を払ったりして、禍根を断っておけ、とベンノは言った。

 貴族の視点だけで最低限の説明しかくれない神官長より、ずっとわかりやすくて、理解しやすい。
 わたしは自分がしておかなければならないことを、書字板にメモしていく。

「後は、一人で考え込んで悩んでいないで、神官長にきちんと尋ねろ」
「え?」
「自分なりに考えた答えを持っていけば、修正なり、助言なりしてくれるはずだ。やり方を教える、と言ったんだろう?」

 わたしは書字板とベンノとルッツとマルクを順番に見て、ゆっくりと頷いた。

「それから、お前は虚弱であまり外に出ていなかったせいか、もともと常識に疎いところがあった。その上に、商人の常識が混ざり、神官の常識が混ざり、今、貴族の常識が混ざろうとしている。お前の常識は、どの階層から見てもどこか歪だ。その辺りをきちんと話し合わなければ、お前の考えていることは神官長に通じないぞ」

 わたしの考えが通じないように、貴族の世界しか知らない神官長の常識も、わたしに全く通じない。言葉を尽くせ、と言われた。
 回りくどい貴族の言い方で、そんな話ができるはずがない。隠し部屋で話し合わなければならない案件だ。

「とりあえず、ハッセの町を何とかするのはいつまでなのか、期限があるなら聞く。今回の最適解として、町長一人を犠牲に街を救うことができるか尋ねる。孤児を買おうとした文官に話を付ける。町長に孤児の代金は気前よく払っておく。それが終わってから、町の人間と話を付けるようにしろよ」
「はい」

 神官長と話し合うことを箇条書きにしていると、ベンノが「もう一つ」と付け加えた。

「商人を使って、噂を流すのは良いのかどうか聞いてくれ」
「どんな噂ですか?」
「そうだな。……小神殿を攻撃したことで、ハッセの町全体が危険に晒されているが、襲撃に加わっていない町民まで巻き添えになるかもしれない、と慈悲深い神殿長が憂えている、というものだ」

 ベンノの言葉を聞いて、マルクがにっこりと笑った。

「ローゼマイン様の慈悲深さを強調した上に、貴族の怖さと町長の愚かさを付け加えて、誰が責任を取ることになるのでしょう、という心配と、巻き込まれたくないからハッセとは関わりたくないという一般的な意見を混ぜておけば、不安感を煽りながら、貴族への恐れを伝えることができると思われます」

 ばらまく噂の内容を考えるマルクが、何だか必要以上に生き生きしているように見える。

「大店の店主達に噂を流して、東門から出る隊商には、ハッセのいざこざに巻き込まれないように気を付けろって、注意すれば、あっという間に小さい隊商まで話が回ると思う。商人の情報網ってすげぇから」

 ルッツも考え込むように顎に手を当てて、その状況を思い描いているようだ。

「大店の旦那方ともイタリアンレストランで顔を合わせたところだし、新しい神殿長が懇意にしているギルベルタ商会からの情報なら信憑性は高いと判断されるんじゃねぇかな?」

 早速こんな形で大店の店主達との繋がりが生きてくるとは思わなかった。
 おぉ、と目を輝かせるわたしの前に、ベンノが眉を寄せて、「ちょっと待て」と軽く手を挙げた。

「ルッツの言う通り、噂を流すことは容易(たやす)い。……問題は、噂になると、ハッセが小神殿を襲撃したことも公になる。それを神官長が良しとするか、否かが問題だ」
「神官長が、良し、とした時は、すぐにご連絡ください。このような情報戦は私の得意とするところです。あの町長を相手にするならば、遠慮も義理もございません。腕が鳴ります」

 生き生きと目を輝かせつつ、マルクがフッと黒い笑みを浮かべた。
 素敵執事のマルクが浮かべる怖い笑顔に驚いて、わたしが目を見開いていると、ベンノは仕方なさそうな笑みで「町長の無礼な態度が相当腹に据えかねていたようだな」と呟いた。
 そういえば、文官と町長の態度がひどかったと言っていた。マルクにとっては絶好の報復の機会のようだ。

 ハッセの町について、話がまとまったので、わたしは今年の冬支度についても話をすることにした。

「今年はギルベルタ商会の冬支度と一緒に孤児院の冬支度も行いたいと思っているんですけど、いいですか?」
「こっちは別に構わないが、孤児院の支度は早目じゃなくていいのか?」

 ベンノが去年を思い出すように目を細めたので、わたしは軽く肩を竦めた。

「去年は神殿長と青色神官から隠れてこっそりしなければならなかったので、収穫祭の間に終わらせてしまおうと必死だったんです。今年はわたしが神殿長なので、日付を気にしなくても大丈夫です」

 今年はギルベルタ商会に合わせて冬支度しますよ、と言うと、マルクは書字板に予定を書き込みながら頷いた。

「ローゼマイン工房の者は働き者なので、手伝う人数が増える分には問題ありません。去年必要となった数を人数の増減に合わせて計算し、連絡してくだされば、対応いたします」

 有能で仕事の早いマルクに任せておけば問題はなさそうだ。

「ありがとうございます。それから、収穫祭辺りで小神殿へ馬車を出してください。ハッセの神官達もこちらで冬籠りすることになっているので、本格的な冬支度を始める前にこちらへ連れてきてほしいんです。護衛の兵士も付けますから」
「……忙しい時期だが、まぁ、いいだろう。小神殿もイタリアンレストランも一段落したんだ。ここ最近の忙しさに比べれば、少しはマシだろう」

 うーん、と唸っていたベンノが請け負ってくれた。確かに、忙しさでピリピリしていた雰囲気が、少し緩んでいる。ようやく大忙しのピークが過ぎたようだ。



 ギルベルタ商会の面々と話し合った結果を紙に書き写し、自分がしなければならないリストを作成した。その上で、神官長との話し合いに臨む。

「今日のお話はあちらでよろしいですか?」

 わたしが隠し部屋へと視線を移すと、神官長は一度目を伏せた後、「良いだろう」と立ち上がって、扉を開いてくれた。
 いつも通り長椅子に腰かけて、わたしは自分のリストに視線を落とす。

「フランの報告よりずいぶんと顔色が良いではないか」

 神官長がわずかに眉を寄せて、そう呟いた。わたしの体調を心配したフランがどうやら神官長に報告したらしい。

「フランの報告は別に嘘ではありませんよ。数日間は本当に眠れなくて、護衛騎士から予定変更を切り出されるくらい体調が悪かったんです。ルッツ達と会って、話をして、見方が切り替わったので、やっと寝られるようになったんです」
「……そうか」

 力なくそう言った神官長の方が、今のわたしよりよほど体調が悪そうに見えて、わたしは首を傾げた。
 わたしにも薬を多用する神官長だが、本人も薬で体調を無理やり整えていることが多々あることを知っている。弱っているところを見せれば、付け入られる、と言い切る神官長が、体調の悪そうな顔を見せることは珍しい。

「神官長の方が何だかげっそりしているような気がしますけれど?」
「君への教育が厳しすぎると、周囲から厳重注意を食らったのだ」

 わたしが不眠でフラフラになっていることを相談した神官長は、領主とお父様に、やりすぎだ、と怒られて、フランからは遠回しな苦言をもらったらしい。

「あの二人に本以外で君の機嫌を取って来いという難題を押し付けられたが、回復したようだし、もう良かろう」

 本以外、というが全く思い浮かばなかったらしい神官長が投げやりな口調でそう言いながら、視線を逸らす。
 何でも涼しい顔でこなしてしまう万能神官長の困りきった姿というのは、実に珍しい。

 ……いやいや、こんな楽しい機会を逃すはずがないでしょう。

「良くないです。機嫌を取ってください。ほら」
「全く必要ないと判断した。何か考えたなら、報告しなさい」

 じろっと睨まれたので、わたしはむぅっと唇を尖らせた後、ベンノやマルクから説明を受けて、ハッセの町がいかに危険な立場にあるのか、知ったことや、ルッツに教えてもらった孤児院の違いを述べる。

「待ちなさい。……まさか、君は小神殿襲撃の意味に気付いていなかったのか?」
「建物だし、こちらは無傷だし、襲撃があるなら孤児達を守らなきゃ、とは思いましたけれど、反逆罪に該当するような事態だったとは全く考えていませんでした」

 小神殿への攻撃が持つ意味に気付いていなかったことに驚愕されたので、わたしはベンノが言っていた常識の違いを言った。

「ベンノさんが言っていたんですけれど、わたくしは常識が違うんです」
「どういうことだ?」
「ベンノさんは、わたくしが虚弱で外に出なかった常識知らずだったところに、貧民、商人、神殿、貴族の常識を少しずつ混ぜたせいだって、言っていたんですけれど……。本当は、前の、こことは違う常識が基本になっています」

 魔術具で麗乃時代の記憶を覗いた神官長なら、全く常識が違うことが少しはわかるはずだ。

「わたくしがこの世界で意識を持って動き始めて、そろそろ三年なのですけれど、その間に兵士の娘として生き始めて、商人を目指して商人の世界に片足を突っ込み、青色巫女見習いになりました。今、上級貴族の娘として領主の養女となったけれど、貴族の常識だけじゃなくて、ここの住人なら当たり前に持っている意識や常識が全くないんです」
「……意味がよくわからない。どういうことだ?」

 貴族社会から出たことがない神官長に、他の価値観がわかるはずがない。わたしは何かよい例え話がないか、うーん、と考えて、小神殿で文化の違いに顔をしかめていた神官長を思い出した。

「神官長が下町で暮らせと突然下町に放り出されたらどうするか、考えてください。カトラリーを使わない孤児を見て、眉をしかめてましたよね? そんな風に礼儀作法も言葉遣いも全く違う中で、自分の方が間違っているのだと思いながら、周りを見て自分を合わせて生きていくんです」

 孤児達の様子を思い出したのか、神官長は不快そうに眉間に皺を刻み、唇の端を下げる。

「汚いなぁ、嫌だなぁ、何でそんなことをしてるんだろう、意味が分からない、って思いながら、手づかみで食事を取って、言葉遣いや生活習慣を合わせて生きるんです。少なくとも、わたくしはそうして下町で生きてきました」
「それは、大変だったな」

 下町での生活の大変さが想像できたのか、今まで神官長から聞いた中で、一番実感の籠った労い言葉だった。小さく笑いながら、わたしは緩く首を振る。

「今も大変なんです。下町で暮らすより、環境は良くなって暮らしやすいですけれど、貴族の常識もわたくしの常識と違うんです」
「記憶を見たところ、ずいぶんと良い暮らしをしているように見えたが、君は上級貴族の娘ではなかったのか?」

 なんと、神官長はわたしの記憶を見て、わたしのことを上級貴族の娘だと思っていたらしい。確かに、暮らしぶりだけを見ると、貴族の生活だったから「貴族街のようなもの」とわたし自身が言ったような気もする。

「身分制度自体がなかったんです。……商人でも大店と露天商や旅商人で差があるように、よく見ると小さな差はたくさんあるんですけれど、貴族がいませんでした」
「それは……根本から教育計画を見直した方が良さそうだな」

 神官長がこめかみを押さえて、深い溜息を吐いた。どうやら、わたしが上級貴族の娘として、ある程度の知識や覚悟があることを前提に教育計画を立てていたらしい。道理でスパルタなわけだ。

「それで、君が考えたハッセの分断計画はどうなった? 無理そうなら、こちらで処理するが……」
「ダメですよ! ベンノさん達とせっかく考えてきたんですから」

 わたしがビシッとリストを見せながらそう言うと、神官長が「やりたくないと不眠に悩んでいた者の言葉とは思えないな。私は怒られ損だ」と嫌そうに呟く。

「申し訳ありません。でも、やりたくなかったことも、眠れなかったのは本当ですから」

 ベンノの見解やマルクの意見を取り込んだリストを読み上げていくと、神官長は興味深そうに身を乗り出してきた。

「……下町との繋がりが深い、君ならではの解決法だな。面白い。商人を使って噂を流すのは許す。そのままやってみなさい。貴族街で文官を押さえるのは、君に貴族の扱い方を教えるためにも同行しよう」

 本来の貴族のやり方とは違うが、様々な方法が採れるのは強味になるので、どんどん練習しろ、と神官長は言った。ハッセの町をわたしの練習台としてとことん利用するつもりらしい。

「あの、神官長。わたくしだけではなく、ヴィルフリート兄様にも練習させた方が良いのではないですか? わたくしは養女なので、兄様の嫁にされることがあっても、領主になることはないでしょう?」
「そうだな。だからこそ、君への教育が重要なのだ」

 神官長はゆっくりと溜息を吐いた。

「君も知っている通り、ヴィルフリートはジルヴェスターによく似ている。顔立ちだけではなく、気性もそっくりだ。ならば、補佐できる者を育てなければならない。領主の子となったのだから、君は領主の不足を補えるようにならなければならない」

 最後の言葉は完全に神官長の生き方だった。
 領主の母に疎まれる異母弟として生きてきた神官長が自分の立ち位置を得るために、領主の不足を補おうと躍起になったのか、周囲に求められ続けてそうなったのか、わたしは知らない。けれど、その生き方をわたしに押し付けられても困る。

「それはおかしいと思います」
「何?」
「似ていても同じ人物ではないのだから、ヴィルフリート兄様が養父様のように領主の顔ができる大人に育つかどうかなんて誰にもわかりませんよ」

 わたしの言葉に、神官長は、む、と言いながら目を細めた。

「領主として厳しく育てられたうえで、不足を周囲が補うのは当たり前ですけれど、あんな風に碌な教育も受けずに野放しにされている子供を領主にする必要はないでしょう? 兄弟がいるんですから」

 厳しい教育を受けて真面目に努力して頑張っている領主を補うならば、わたしも領主の養女である以上、できるだけの協力はするし、ジルヴェスターのように、きっちりと領主の役割を果たす顔を知っていれば、敬うことはできる。

 けれど、ヴィルフリートはただの我儘な子供だ。洗礼式が終わって見習いとなる下町の子供よりも責任感も何も感じていない。逃げ出してばかりの子供のために、わたしが必要以上に課題を課されるのは納得できない。

「神官長も血縁者として、わたしの教育より、ヴィルフリート兄様の教育を優先した方が良いですよ」

 領主の息子であるヴィルフリート相手でも、立場が等しい神官長ならば、遠慮がある護衛や側仕えと違って、椅子に縛り付けたり、トラウマを生産したりしながら、熱血教育が行えると思う。一度はそうして、自分が今までどれだけ甘やかされてきたか、思い知ると良い。
 わたしの主張に神官長はゆっくりと首を振った。

「残念ながら、それはできない」
「……何故ですか?」

 わたしが首を傾げると、神官長は至極真面目な顔ではっきりと言った。

「私は愚かな怠け者が嫌いだ。努力もしない、逃げ出してばかりのヴィルフリートを見ると心胆寒からしめ、恐怖の谷に突き落としたくなる。以前ジルヴェスターにそう言ったところ、頼むから近付いてくれるな、と言われた」

 確かに、このトラウマ生産機を近づけたくない気持ちになるのはわかる。けれど、領主ならば、もっと厳しくしなければならないだろう。
 何とか神官長をヴィルフリートの教師にできないものか、と考えていると、神官長がわたしの不眠の原因となった毒々しいほど甘い笑みを浮かべた。

「ヴィルフリートに引き換え、君は実に鍛え甲斐がある。結果は出すし、予想外の意見が出てきて実に興味深い。あれもこれもやらせてみたくなる」
「い、嫌ですよ。わたくしは最低限をこなしたら、本が読みたいのです」
「最低限……か。ふむ。本のためならば、何でもする、君の原動力がどこから来ているのかも、興味がある。実に面白い」

 どうやら、この毒気のある怖い笑顔は、とても機嫌が良い神官長の笑顔だったらしい。子供が懐くはずがない。
 おかしい。ヴィルフリートの前に、わたしの心胆が寒からしめられている。ぞわりとする二の腕をさすりながら、わたしは神官長からそっと視線を逸らした。

 ……神官長はいつも通りの眉を少し寄せた、人間味のない無表情が一番優しい顔だと思いました。笑顔、怖いっ!
 マルクさんがやる気です。
 そして、神官長が怒られていました。ここを神官長視点で書くか、結構悩みました。(笑)

 次回は、ヴィルフリート視点の閑話で、一日教師交換会です。
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