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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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フェシュピール演奏会

 わたしは演奏会の前日には城に戻ることになった。お母様方と最終的な打ち合わせや確認をしなければならないし、お菓子職人としてエラを城の厨房に入れて、クッキーの大量生産をしてもらわなければならないからだ。

「私は当日に行く。事前準備は手伝わぬ。そう言ったはずだ」

 フランとギルに荷物を運んでもらっている間に、わたしがモニカと一緒に神官長のところへ出発の挨拶に行くと、神官長はむっすりと不機嫌そうに眉を寄せて言った。

「大丈夫です。きちんと覚えていますよ。神官長はフェシュピールを弾いてくださるだけで結構です」

 今、馬車にはヴィルマ作の美麗イラストが積み込まれている最中なので、神官長は一緒に来ない方が、正直ありがたい。

 今日までの間にヴィルマが描いた神官長の絵をできる限り印刷をした。三種類を100部ずつ。購買意欲を高めるためにも、足りないくらいでちょうど良い。
 嘘です。売れるならもっと刷って売りたかった。ただ、切実に、時間が足りなかったのだ。時間があったら、もっと種類も数も増えたのに、残念すぎる。

 エラとロジーナは側仕え用の馬車に、わたしと護衛騎士二人は貴族用の馬車に乗り、城へと出発した。

「さぁ、ローゼマイン。もう時間はなくてよ!」

 城にはお母様と養母様が待ち構えていた。自分の部屋に入るより先に会場へと連れて行かれ、演奏会場のチェックを行う。
 明日のためにすでに席が準備されていた。
 神官長が演奏する舞台が作られている会場を歩き、立見席の場所や広さを確認する。立見席とはいえ、お嬢様や奥様の集まりだ。入学式や卒業式のように椅子が等間隔で並べられていて、一応派閥ごとに席が分けられていた。

 会場には出入りする扉が複数あり、神官長が出入りする扉や給仕達が出入りする扉、客が出入りする扉を確認し合い、控室になる部屋や救護室も見て回った。

「話し合った通りに準備できていると思います」

 会場の確認が終わった後は、音を増幅させる魔術具の準備、お菓子関係の確認、警備体制の確認を各担当者と共に行った。

 色々と話し合った結果、わたしはなんと司会者をやらされることになった。
 コンサートの司会など誰もしたことがないし、よくわからないということに加えて、司会で神官長と同じ舞台に上がっても妬みの感情を持たれない年齢であること、今回の主催者で、寄付を集める本人であることが、その理由だ。

「そういえば、ローゼマイン。あの絵はどうなったのかしら?」

 粗方の打ち合わせが終わると、お母様が身を乗り出すようにして聞いてきた。わたしは胸を張って「できました」と答える。

「見せてちょうだい」
「わたくしも見てみたいわ」

 二人が神官長の絵を見たいと言うので、わたしの部屋へと移動した。
 イラストを運ぶためにルッツが準備してくれたのは、それほど厚みのない文箱だった。普段はギルベルタ商会で使われている書類を入れておくために使われているらしい。
 わたしは文箱を三つ、テーブルに並べて、蓋を開ける。

「まああぁぁぁ!」

 お母様が目を輝かせて覗き込み、養母様は何枚も同じイラストがあることに驚いたようで上の絵を何枚か(まく)って確認し始めた。

「話には聞いていたけれど、実際に目にすると驚きますね。これが印刷ですか」
「そうです。孤児院と工房を作って、この印刷業を行うために寄付が欲しいのです」
「実際にその目で見れば、よくわかるでしょう」

 そして、わたしの側仕えはもちろん、養母様の側仕えも動員して、売り子教育を始めた。演奏会のプログラムは最初から、お菓子とイラストは神官長の演奏会が終わった後、ワゴンで会場に運び込み、売っていくのだ。

「あら? この絵も先に売った方が、混乱は少ないのではなくて?」
「いえ、演奏を終えたフェルディナンド様が控室に入った後が良いと思います。見つかったら、没収されるに違いないので、それだけは避けたいのです」
「没収は困りますわ。ローゼマインの言う通り、フェルディナンド様に見つからないようにいたしましょう」

 お母様は真剣な目で、絵の売り子を待機させる場所や売る場所などを検討し始める。わたしは、一つの懸念事項を養母様に尋ねることにした。

「養父様は、演奏会のことをご存知なのですか?」
「お茶会を開くとは言いましたが、それ以上は特に何も伝えておりません。知れば、面白がって引っ掻き回しに来るでしょうから、なるべく知られない方が良いのです。そのために、部屋の外に音が漏れない魔術具も準備しておりますから、ローゼマインも夕食の席でお話を漏らさないように気を付けてちょうだい」

 ジルヴェスターの手綱を握る養母様は、そう言って優雅に笑った。
 不安事項が消えたので、わたしは安心して、司会の原稿作成に取り組むことにする。印刷業のアピールと神官長が厚意で協力してくださっているアピールは必須だろう。時間はもうない。



 そして、次の日、演奏会の当日になり、貴婦人と言われる方々が次々と城に到着する。
 わたしは会場で、お客様が到着するのを待ちながら、部屋の設備をぐるりと見回した。音響関係の魔術具も問題なく動いていることが確認できたし、給仕達もお茶やお菓子を準備しているし、神官長が控室にやってきたという報告も受けた。

 エックハルト兄様を初めとする騎士団の方々が20名、部屋の周囲に等間隔で立っている。彼らの大半が神官長のフェシュピールを聴いたことがあり、警備の名目ながら、会場で聴けるのを楽しみにしているらしい。

「まぁ、このような広いところで、フェシュピールの演奏を聴くの? 聞こえるのかしら?」
「ご覧くださいませ。こんなにたくさんの魔術具を使うなんて……」
「部屋に並んでいる騎士達はどうしたのかしら? 立ち見のお客様、ではございませんよね?」

 ざわざわとしている会場で、わたしは舞台の上に上がる。
 大きく息を吸って、養母様から預かった拡声用の魔術具をマイクのように口元に当てた。

「フェルディナンド様のフェシュピール演奏会へようこそいらっしゃいました。本日は孤児達に住む場所と食事と仕事を与えるための寄付金を募る演奏会でございます。皆様が購入されたチケットの売り上げは全て孤児院を作るために使われます。そして、こちらでプログラムの販売を行っております。この売り上げも寄付となりますので、慈善事業としてお買い上げいただけると大変嬉しく存じます」

 切り絵の表紙を見せながら、わたしがプログラム購入の案内をすると、お客様として会場にいるお母様と養母様が率先して立ち上がった。すると、養母様達の派閥の女性達がぞろぞろと追従を始めて動き出す。

「まぁ、ご覧になって。全く同じ絵ですわ……」
「ずいぶんと腕の良い絵師ですわね」

 舞台に一番近い席でお母様がプログラムを同じ席の奥様方に見せて自慢しているのが見える。プログラムは一枚大銀貨3枚だ。

「このように、全く同じものを作る技術を印刷と言いまして、印刷をする仕事を孤児達に与えるつもりです。皆様のご協力をどうぞよろしくお願いいたします」

 リヒャルダとオティーリエが売り子をしてくれている中、貴婦人方がぞろぞろとプログラムを買っていく。

「まぁ、孤児のためだなんて、ずいぶんとお優しいのですね。孤児以外にもその優しさを向けて欲しかったのですけれど……」
「紙一枚がずいぶんと高価だこと、と思ったけれど、この絵は素晴らしいですわね。見たことがない描き方だわ」
「わたくし、このように同じものをいくつも作るなんて初めて見ましたわ」

 やはり立見席にいるのは、下級貴族の方々が多いようで、プログラムを買おうとする人はそれほどいない。ただ、興味はあるようで、一人が買うとそこに複数人が群がっているのが見えた。

「準備させていただいた本日のお茶とお菓子は、フェルディナンド様が好んで召し上がっていらっしゃるものです。このお菓子は別に準備しておりますので、お気に召した方は演奏会の後、ご購入いただければ幸いに存じます」

 テーブル席には給仕がお茶とお菓子を配って回っていて、お茶会の雰囲気になっている。プログラムを見て、「知らない曲ばかりだわ」と話し合ったり、切り絵の技術に感心したり、優雅に過ごしている様子は、わたしの知っているコンサートとは全く違う。
 けれど、お茶会の余興くらいでしか演奏しない彼女達にとっては、この演奏会こそが異色で初体験なのだ。

「それでは、フェルディナンド様に演奏していただきましょう」

 そう言ってわたしは会場から一度出ると、神官長の控室に飛び込んだ。

「フェルディナンド様、準備はできていらっしゃいますか?」
「あぁ」

 貴族らしい袖口が長い衣装を着た神官長がフェシュピールを持って、立ち上がる。
 会場に入った神官長が一瞬硬直したのがわかった。すぐに動き出したが、「何だ、この人数は……」という小さな呟きが聞こえる。

「寄付してくださった皆様です」

 チケットを買った時点で寄付をしたのと同義なので、間違ってはいない。

「多すぎる。いくら何でもおかしいだろう」
「わたくしは神殿にいましたし、基本的にはお母様方が準備してくださったので、これが貴族の普通だと思っていました」

 すっとぼけて、わたしは神官長を舞台の中央に置かれた椅子に案内する。
 そして、神官長もまた孤児達の現状を憂い、孤児達を助け、印刷業を広げることに協力してくれている、と言葉を飾って、お客様に訴えた。

 神官長は一瞬嫌な顔をしたが、優秀な貴族はわたしと違って空気を読むのも得意なようだ。張り付けたような笑顔で神官長は会場を見回す。

「では、寄付してくれた皆への感謝を込めて、フェシュピールを弾きたいと思う」

 そう言って、神官長は椅子に座り、フェシュピールを構えた。視線だけは「後で覚えておくように」とわたしを睨んでいたけれど。

 明るく窓から差し込む光が神官長の右側から差し込んで、フェシュピールが輝くように見えた。
 神官長が一度俯いて目を伏せると、水色の髪がサラリと揺れて、表情が見えない顔に少し影を落とす。
 そっとフェシュピールに当てられた指が、音を確かめるように幾つかの音を出した。ポゥンと左手が低い音を出し、ピィンと高い音を右手が紡ぎだす。

 一度顔を上げた神官長がわたしを見る。準備ができたようだ。
 わたしが会場を見回すと、高いチケット代を払って最前列を確保している上級貴族の奥様やお嬢様は、すでに惚れ惚れとしたような顔で神官長を見ていた。

「本日は、皆様のためにフェルディナンド様が新しい曲を準備なさいました。一曲目は火の神 ライデンシャフトに捧げる曲でございます」

 神官長が俯くように楽器へと視線を向け、ゆらりと指を動かした。左手でネックを支えながら、中指で弦を弾けば、空気が震えて、音を伝える。左手が奏でる少し低い音に、右手が奏でるピィンと透き通るような高い音が加わった。

 次の瞬間、神官長のいつもの無表情がふっと緩んだ。標準装備されている眉間の皺が消えて、鋭い金の瞳から険が取れる。よく見なければわからない程度だが、唇の端が自然と上がった。
 それだけで、ずいぶんと印象が変わるようで、最前列は揃って口元を押さえて、打ち震えている。

 神官長の節の目立つ長い指がフェシュピールを撫でるように滑らかに動き、弦を弾いていく。次々と紡ぎだされる音が連なり、響いて、空気に溶けていく。

 神官長の指先から紡がれる音はいつ聴いてもとても綺麗で優しい。本人はあんなに意地悪もするし、黒い笑みを浮かべるのに、そんなことを全く感じさせないくらい優しくて柔らかい音がする。

 フェシュピールを弾き始めたら、ときめくお母様を筆頭に大騒ぎになるかと思いきや、皆様、育ちが良いせいか、うっとりとろんとした目で、静かに演奏を聴いていた。

 神官長が低く響く美声で歌い始めると、全身がぞわりとするような感覚に襲われる。今回は特に魔術具で音を響かせているせいもあるのか、ヘッドフォンで聴くように耳元から声が入ってくるような感じがした。

「はぁ……」
「ふぅ……」

 そこかしこで悩ましげな溜息が聞こえ始めた。
 常にきゃあきゃあ騒いでいるお母様だが、なんだかんだ言っても神官長に慣れている。そんなお母様は頬に手を当てて、目を輝かせて聴き入っているだけだけれど、神官長に接する機会のない年若いお嬢様は顔を紅潮させて目を潤ませていたり、心臓の辺りを押さえていたり、両手で顔を覆ってテーブルに伏せるようにしていたり、人目を気にしておとなしくしているが、心の中は大変なことになっていそうだ。

 ……お嬢様方の声にならないけれど、悶え叫ぶ心の声が聞こえるよ。

 お嬢様方が静かに大騒ぎしているおかげで、表面上は何も起こらないせいか、騎士の皆も会場ではなく、神官長に視線を向けている。

 これならば、騎士の皆は必要なかったかな、と思い始めた時だった。命の神が土の女神に捧げるラブソングで失神者が出た。

 ただでさえ、遠い席でもよく聞こえるように耳元で響くように聞こえる魔術具を使っている。神官長の美声が耳元で甘く愛を乞うように歌えば一体どうなるのか。
 どのような歌詞を歌うのか知っているわたしでも、一瞬息を呑むくらいだ。お嬢様方はキュンとなって、心臓がバクバク暴走して、居ても立っても居られなくなる。

 ……曲はアニメソングなんですけどね!

 男性不信だったヴィルマにも衝撃を与えた神官長が歌う恋歌は、やはり威力が大きかったようだ。「はぅっ……」と小さく声を上げた女性がふらりとテーブルへと突っ伏した。

「アンゲリカ、騎士に救護室に案内するように言ってちょうだい」

 小声でわたしが命じると、アンゲリカが音も立てずに背後からいなくなる。次の瞬間、数人の失神者が立て続けに出て、騎士団の面々が慌てたように運び始めた。
 前々から「失神してフェルディナンド様のフェシュピールを聞き逃すなんて勿体ない真似はできない」と言っていたお母様は、打ち震えながら失神せずに堪えているようだ。お母様、頑張って。

 騎士団が大活躍する中、アンゲリカがすっと戻ってきて、エックハルト兄様がわたしを呼んでいると告げた。
 わたしは神官長の演奏の途中で抜け出して、会場を出る。そこにいたのは、エックハルト兄様だけではなかった。

「ずいぶんと面白そうなことをしているではないか、ローゼマイン」
「養父様……」

 ニィィッと口元を歪めた養父様と頭を抱えたお父様がいた。エックハルト兄様によると、倒れたご婦人を運び出している時に、ちょうど養父様が通りかかったらしい。
 ジルヴェスターが深緑の目をギラリと光らせた。

「私には報告が来ていないようだが?」
「養母様がしていらっしゃるとばかり……」
「ローゼマイン?」

 誤魔化すな、と言われて、わたしはちらりと会場へと続く扉を見た。せっかくいい感じで進行しているのだ。ここでめちゃめちゃになるのだけは回避しなければならない。

「わたくし、養父様は寄付金集めに興味がないと思っていましたが、協力いただけるならば、これ以上心強いことはございません」
「うん?」

 軽く眉を上げたジルヴェスターを見据えながら、わたしは何とか穏便に終わらせる方法を考える。

「フェシュピールを持ってくれば、まだ間に合いますから、養父様には主役として最後を飾る重要な役をお任せしたいと思います。真の主役とは遅れてやってくるものですから!」
「よし、その言い分は気に入った。カルステッド、私のフェシュピールを取って来い」

 お父様が心配そうにわたしを見た。

「良いのか、ローゼマイン?」
「全部めちゃくちゃにされるよりマシです」

 お父様が駆け出した後、わたしはジルヴェスターに神官長と打ち合わせ無しでも弾ける曲を聞き出し、書字板にメモを取る。
 すぐにお父様はフェシュピールを持って戻ってきた。

「ローゼマイン様、演奏が終わりました」

 ブリギッテが扉を開けて、こっそりと声をかけてくれる。わたしは慌てて会場に戻り、舞台に立った。

「ここで特別なお客様をご紹介いたします。アウブ・エーレンフェスト、どうぞお入りくださいませ」

 会場の外で待機していた騎士達が扉を開き、ジルヴェスターがフェシュピールを抱えて会場に入ってきた。椅子を持ったダームエルが後に続き、神官長の近くに置く。

 わたしもびっくりさせられた本当のサプライズに、当然のことながら会場内は騒然となった。まさか、このようなお茶会の延長上である催しに領主がやってくるとは思わなかったのだろう。大慌てするお客様に、わたしも同感だ、と心の底から叫びたい。

 舞台の上で「聞いてないぞ」と神官長に睨まれて、「つい先ほど見つかってしまったのです」と小さく返す。会場内には、見つかっちゃったのね、と困ったように肩を竦めた養母様が見えた。
 養父様が入ってくるまで静かに演奏を聴いていた奥様やお嬢様が騒ぎ始めたので、わたしは拡声の魔術具を口元に当てて、それらしい言い訳をする。

「この印刷事業には、アウブ・エーレンフェストも力を入れたいと仰せで、寄付してくださった皆様に少し報いたいとおっしゃいました。そのために、忙しい執務の合間を縫って、この場にいらっしゃったのです」

 こうすることに決まっていたと言わんばかりに堂々とした態度でフェシュピールを構えるジルヴェスターを見れば、主催者以外は予定調和にしか見えないはずだ。

「アウブ・エーレンフェストとフェルディナンド様のお二人が奏でられるのは、皆様もご存知の曲でございます」

 祈念式の時にジルヴェスターが弾いていた曲を紹介して、神官長に目配せすると、神官長は溜息を一つ吐いて、フェシュピールを抱え直した。

 二人の演奏はお客様にとって耳慣れた曲であるせいか、ジルヴェスターが「共に歌え」と軽く手を振ったせいか、一番の盛り上がりとなり、皆が一体感を得る素晴らしいラストになった。

 曲が終わると、自然と拍手喝采が湧き起こる。敬意を込めた光るタクトが取り出され、上にバッと上げられる中、二人が退場していく。

「素晴らしい演奏会になりました。では、本日の思い出に、よろしければ、こちらの商品はいかがでしょう? こちらの利益も寄付金となります。慈善事業のため、寄付のため、できればご購入を検討してくださいませ」

 神官長達が退場した後は物販だ。ワゴンを押した側仕え達が入ってきて、高いチケットを買ってくれた席から順に回って、美麗イラストとクッキーを販売していく。もちろん、最初から売っているプログラムの購入も同時に行っている。

 クッキーは十枚から販売していて、小銀貨1枚だが、美麗イラストは一枚大銀貨5枚だ。プログラムが大銀貨3枚なので、美麗イラストはよほどお金に余裕があるマダム以外買わないだろうと思っていたが、皆がこぞって買いたがった。

 皆が買うと欲しくなるのか、悩みに悩んでそっとクッキーに手を伸ばしたり、財布としばらく睨みあった後、イラストをじっと見ながらプログラムを手に取ったりと、立見席の奥様も雰囲気で財布の紐が少し緩んだようだ。

 やはり、失神するほどの恋歌の後にやってきたヴィルマの美麗イラストは心に訴えるものが違うようで、絵を購入したお嬢様方は、一度じっくりと眺めると折り目が付かないようにクルクルと丸め、胸元に抱えるようにして持っていく。宝物レベルで大事にしてくれそうだ。

 ……イラスト完売、ありがとうございます。

「本日はありがとうございました。今回集まった寄付金の額、及び、使い道については、冬にご報告したいと存じます。皆様、足元には十分お気を付けてお帰りくださいませ」

 まだ夢を見ているように足元が覚束ない貴婦人の皆様を送り出す。
 神官長によるチャリティーコンサートは大成功だと言って良い出来だった。全てのイラストを買ったお母様の至福の笑みに、わたしはホッと胸を撫で下ろす。



「では、申し開きを聞こうか?」

 演奏会から数日がたった午後。わたしは神官長の説教部屋に呼び出しを受けた。

 薄い金色の目を怒りで染めた神官長が、冷気を発するような空気をまとい、わたしの前に三枚のイラストをテーブルの上に並べていく。
 神官長に見つからないように売ったはずのイラストが目の前に並んでいるのを見て、わたしは失神したくなった。

「これを騎士が持っていた、とジルヴェスターが馬鹿笑いしながら、見せてくれたものだ。裏面にしっかり名前が書かれているのを見れば、責任者が誰かはすぐにわかる」

 のおぉぉ! 印刷する以上、奥付必須と思って、馬鹿正直に印刷したわたしのバカバカ!

 神官長にガッツリ怒られ、二度と売らないと約束させられた。

 失神者続出の恋歌。そして、遅れてやってくる主役(笑)!
 無事にではありませんが、寄付金的には大成功の演奏会となりました。

 次回は、夏の成人式と秋の洗礼式です。
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