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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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ヨハンとザック

 次の日、ルッツに連れられて、ヨハンともう一人が孤児院の院長室へやってきた。ヨハンと同年代なので男性と言うべきか、少年と言うべきか、悩む。角刈りのような短い朱色の髪に、挑戦的な灰色の瞳をしている。

 気合いに満ちた彼とは対称的にヨハンは呆然とした顔をしていた。
 今日のわたしは神殿長の衣装を着ている。ギルベルタ商会に関係する富豪の娘だと思っていた自分のパトロンが、星祭り以来、下町で噂になっているらしいちっちゃい神殿長だったことに、面食らっているようだ。無理もない。

「おはようございます、ローゼマイン様」

 ルッツが貴族に対する礼を尽くすと、わたしを見て茫然としていたヨハンも慌てて膝をついた。

「おはようございます。……ローゼマイン様?」

 名前が違うのが不思議で仕方がないように、ヨハンは首を傾げてわたしを見た。わたしは、打ち合わせ通りの言葉を述べる。

「呼び出してごめんなさいね、ヨハン。わたくし、この通り神殿長に就任してしまったので、もう気軽に出かけられる身ではなくなってしまったの。これからはヨハンに足を運んでもらうことになるのですけれど……」
「い、いえっ! 来ますっ! 足を運びます。工房に来てもらうなんてとんでもない!」

 実直で素直なヨハンは、わたしが出歩いていたことを青色巫女見習いのお忍びだったと思い込んでくれたようだ。ベンノやルッツとの打ち合わせ通りに話が進んで、わたしはホッと胸を撫で下ろした。

「助かるわ。ルッツ、そちらはどなた?」
「ヨハンとは別の工房の鍛冶職人で、ザックと申します。ローゼマイン様の支援を受けたいそうです」

 さらに詳しく聞いたところ、鍛冶協会で行われる新成人の課題では、ヨハンの金属活字が最も評価が高く、次点がザックだったらしい。
 そして、ヨハンはその唯一のパトロンから「グーテンベルク」の称号を得た。ヨハンの親方を初め、工房内ではヨハンをからかう色が強い称号だったが、外に出てみれば、称号はかなり栄誉なことだそうだ。

「試験が始まるまでは、パトロンもつかず、評価も得ていなかったヨハンがいきなりこんな評価を得るのはおかしいのです。ローゼマイン様は他の職人をご存じない。グーテンベルクの称号は俺の方が相応しいと思います。ヨハンと比べていただきたい」
「……このようにザックがどうしてもグーテンベルクになりたいと言うので、ローゼマイン様に伺おう、と連れてきたのです」

 ルッツが少し眉を上げて付け加えた。
 どうやら、ザックは腕に自信があり、ヨハンにライバル意識を持っている鍛冶職人らしい。わたしとしては、そんなにやる気のある職人がグーテンベルクに入りたいと言うなら、大歓迎である。仕事ができる職人は何人いてくれても構わない。

「まずは、その腕前を見せていただきましょうか。工房へ行きましょう」
「はい!」

 ザックはやる気に満ちた返事をして、勝ち誇ったようにヨハンを見た。
 ルッツとフランとダームエルを連れて、わたしは工房へと向かう。ギルは今日孤児達を連れて森へ行っているので、不在だ。門番に顔を覚えてもらったので、もうルッツやトゥーリがいなくても、森へと行けるようになったのである。

 数人が作業しているガランとした工房の片隅にある作業台の上に、わたしは紙とインクを準備してもらって、説明を始める。

「わたくしが次に作ってほしい物は、ロウ原紙を作るためのローラーです」
「ロウ原紙とは?」

 この工房に関する仕事を初めて行うザックはもちろん、工房に初めて入ったヨハンにもわかるように、ルッツが薄く引かれたロウ原紙やヨハンが作った鉄筆や印刷機を見せながら、作業工程と必要な物を説明する。

「……だから、このガリ版印刷をするためには、この向こうが透けて見えるような薄い紙に、薄く均一に蝋を引かなきゃいけないんだ。そのためのローラーが欲しいと思っている」
「ローラーって……以前に作ったのと同じような?」
「いえ、違います」

 わたしがヨハンに首を振ると、わたしの代わりにルッツがカンニングペーパーを見ながら、覚えている限りの仕組みを説明し始めた。

「ローゼマイン様が欲しいと思っていらっしゃるロウ引きの機械には、金属のローラーが二つあって、ローラーの下には受け皿が付いているそうだ。受け皿の中に蝋を入れ、更にその下には火をくべるところがあって、蝋を溶かすことができるようになっている。……こんな風に」

 わたしがざっと描いた絵を二人に見せながら、ルッツは更に作業工程を説明する。

 下に火をくべた状態で二つのローラーを何度か回すと、両方のローラーに熱が伝わり、溶けた蝋が付着するのだ。その間に紙を挟み込み、少しだけローラーを回して、反対側へと紙の先を出した後、ぴったりとローラーに引っ付いている紙の両端の部分を楊枝のような細い木にひっかける。

 そして、木に両端を引っかけることができたら、一人が一気にハンドルを回して、もう一人は楊枝を引っ張って、紙をローラーから取り出すのだ。そうすれば、ふわりと空気中を舞う間に蝋が乾くほど薄く、蝋を引くことができる。

「詳細な設計図を作ることができなくて、ごめんなさい。わたくしもはっきりとは覚えていないのです」

 わたしが植物紙に描いた絵と、ルッツの説明をヨハンは難しい顔で聞いていて、ザックは興味深そうに聞いていた。ザックが目を輝かせて、絵を見ながら質問する。

「ローゼマイン様に言われていた通りのことができれば、機械の形が変わっても良いですか?」
「えぇ、もちろん。大事なのは、薄く均一に蝋を引くことですから」

 三日後までに二人が大まかな設計図を書いて持ってくることになった。その上で、どちらを採用するか、わたしが決めるのだそうだ。

「絶対に俺がグーテンベルクになるからな」

 灰色の瞳が銀色に見えるほどの情熱を燃やして、ザックが胸を張る。ライバル意識に燃える熱い視線を向けられたヨハンは、軽く肩を竦めた。

「……パトロンがいなくなるのは困るから、オレはローゼマイン様が喜ぶ仕事をしたいと思っている。でも、称号は必要ないんだ。ザックに譲るよ。ぜひ、頑張ってくれ」

 称号なんて関係ない。満足する仕事をしたい、と言うヨハンにこそ、グーテンベルクの称号は相応しい。その謙虚で実直な仕事ぶりで、印刷業を広げていって欲しいものである。
 こそっと背後でルッツが呟いた。「謙虚じゃねぇよ」と。



 ヨハンとザックの設計図が出来上がるまでの三日間に、わたしは神官長とコンサートで弾く曲の選曲を行い、プログラムの作成を進めることにした。神官長の部屋に押しかけて、協力をお願いする。

「プログラム? 何だ、それは?」
「演奏会で弾く曲が書かれた印刷物です。印刷業のための寄付金集めが目的の演奏会ですから、その場で印刷物を売るつもりなのです。一枚の紙で、表には絵を刷って、裏に曲名と、どのような歌詞かを大まかに書くつもりです」

 今回のプログラムは、映画のパンフレットのようなものだ。欲しい人が買って、記念にできればよいと思っている。
 神官長がこめかみをぐっと押さえた。感情的には必要ない、と言いたいが、印刷業をアピールするならば、あった方が良いと理性が訴えているような顔だ。

「……できあがったプログラムは先に私に見せるように」
「わかりました」

 やっぱりプログラムの表紙は切り絵の全身図にしておこう。ロウ原紙が成功しなかったら困るからね。

「曲はどうしますか? やっぱりお客様が聞き慣れた曲を優先して、一曲か二曲、新しい曲を入れますか?」
「いや、弾き慣れた曲より、せっかくなら新しい曲が良い」

 クラシックを元にした曲を三曲、間に休憩を挟んで、アニメソングを二曲、全部で五曲を弾くことになった。

「まったく……。二度とリヒャルダを利用しないと誓いなさい」
「別にわたしがリヒャルダに頼んだわけではないですよ。主思いのリヒャルダが助けてくれただけじゃないですか」

 自分に提示できる物で釣れなかった時点で、わたしは諦めていたのだ。リヒャルダが後押ししてくれるとは思っていなかったし、神官長が引き受けるとは更に思っていなかった。

「主である君がリヒャルダを止めなくて、誰が止めるのだ?」
「神官長が断り切れないくらいの勢いを持っているリヒャルダを、わたしが止められるわけがないと思います。リヒャルダを抑えることができるなら、神殿に来るまでにあの本を読みましたよ」

 むぅっとわたしが頬を膨らませて抗議すると、神官長はすっとぼけるように視線を逸らした。

「……リヒャルダに押し切られたとはいえ、一度引き受けたことはやるから、その点は安心しなさい」
「その点では信頼してます」

 部屋に戻ると、ロジーナが神官長と一緒にアレンジした曲を弾いていた。二人でアレンジを決めて作った曲と言うのが、実に良いらしい。
 ロジーナの恋する乙女のような雰囲気は可愛いけれど、正直、もう聞き飽きた。別の曲、お願いします。

「プログラムの相談のために、孤児院に行きます」

 ロウ原紙が完成しなかった時のために、そして、神官長の視線をプログラムに向けておくため、ヴィルマにはフェシュピールを弾く全身像の絵を、切り絵で作ってもらいたい。
 そうお願いすると、ヴィルマは明るい茶色の瞳を輝かせた。

「お任せください。芸術の女神 キュントズィールの加護があるのでは、と思うほど、描きたくて、手が止まらないのです。ローゼマイン様は神官長の絵を描いてほしいとおっしゃいましたが、どのような絵が必要でしょう?」

 部屋に描いた絵がたくさんあるということで、孤児院のヴィルマの部屋へと招かれた。わたしは食堂に男性であるダームエルとフランを残し、モニカとブリギッテを連れて、部屋へと向かう。

「まぁ! ヴィルマ! 素敵!」
「これは、素晴らしいですね」

 部屋に入った瞬間、モニカとブリギッテが声を上げた。
 わたしは部屋を見回して、ポカンと口を開けた。ヴィルマの部屋には驚くくらいに大量の神官長のイラストが積み上がっていた。芸術の女神 キュントズィールの加護と言われても、納得できる量だ。

「大量ですわね」
「もう、次か次へと描きたい構図が浮かんで、手が止まらないのです」

 神官長に心奪われたヴィルマのイラストフィーバーにびっくりだ。わたしがスケッチ用に、と与えた紙の大半が神官長の絵になっている。
 しかも、何割増しとは言えないが、美麗になっている。ヴィルマの乙女フィルターがかかっているようにしか見えない。神官長はこんなにキラキラしていないし、笑わない。
 ヴィルマとわたしでは、同じ人を見ているはずなのに、全く違うように見えているようだ。

 ……確かに、楽器を弾いている時はちょっと表情が緩むけど、ここまで優しそうな笑顔じゃないから。

 コンサートで売るとすれば、神官長のイラストだけだが、ロジーナと一緒にフェシュピールを弾いている絵は、美男美女で雰囲気がすごくよかった。おまけに、歌うわたしとフェシュピールを弾く神官長の絵もあった。……わたしも三割り増しくらいキラキラしい。神官長のキラキラが移った感じだ。

「切り絵で、神官長がフェシュピールを弾く全身像ですわね。すぐにできます。……明日の午後にでも取りに来てくださいませ」

 こんなに生き生きしているヴィルマを見たのは初めてだ。男性不信のヴィルマにここまで影響を与える神官長が怖い。
 きっとフェシュピールコンサートでは気を失ったり、我を失ったりする女性が大量発生するに違いない。救護室に加えて、女性を運び出したり、暴走を止めたりする警備員として騎士団を動員した方が良いかもしれない。

 ヴィルマの「すぐにできます」という言葉は正しく、本当に次の日に版紙を仕上げてきた。注文通りの全身図で、正直、絵本の挿絵より手が込んでいると思う。

「いかがでしょうか、ローゼマイン様」

 ヴィルマはやつれた寝不足の顔をしているが、その目はやりきった充足感に満ちていた。

「とても素晴らしい出来だと思います。神官長に見せて、了承が得られたら、早速工房に持ち込んで、印刷しますね」

 ヴィルマの切り絵を見せたところ、美しく手が込んだ絵に満足したようだ。「これならいいだろう」と頷いて、神官長はプログラムの印刷許可をくれた。
 切り絵の全身図で、髪型と雰囲気で何となく神官長だと判別できる程度だったところが、満足の大部分を占めている気がする。



 そして、ヨハンとザックが設計図を持ってくる日になった。
 直接工房に来てもらうことになっているので、わたしはダームエルとフランと一緒に工房で待っていた。わたし達の背後では、プログラムの印刷が始まっている。
 イラストは今まで通りの印刷だが、今回は初めて金属活字を組んだ印刷でもあるのだ。灰色神官が眉間に皺を刻みながら、ステッキに活字を取り、一生懸命に慣れない手つきで活字を組んでいる。

「ローゼマイン様、ギルベルタ商会のルッツと鍛冶職人をお連れしました」
「ありがとう、ギル。では、早速見せていただきましょう」

 ヨハンは肩身が狭そうに項垂れながら、木札を取り出した。わたしが描いていたのと同じような機械で、言われた通りの物を書いたものの、自分でも納得できる物ではなかったらしい。
 設計図通りの物は完璧に作れても、客の要望を汲み取って形にするのが苦手なヨハンの弱点がそこにはしっかりと表れていた。

 それに対して、ザックは勝ち誇ったような顔で、数枚の設計図が書かれた木札を取り出した。色々な形で、ザックなりの工夫が凝らされた設計図だった。なるほど、パトロンが多くついて自信を持つのも納得できる出来栄えだ。

「これはすごいわね」
「そうですね。オレにはこれだけの発想が出てこない」

 ヨハンががっくりと項垂れるのも無理はない。ザックが持ち込んできた設計図は、わたしが書いたものに比べて、実現可能な範囲で書かれている。ここの技術で、ザックの技術でできることを元に書かれているので、わたしの絵をそのまま描いたヨハンの設計に比べると、作りやすそうだ。

「ザックが一番自信を持って勧める設計図はどちらの物かしら?」
「性能はこれが一番だろうと思うけど、作るとすれば、こちらです」
「ヨハンはどう思う?」

 わたしの質問に、ヨハンは真剣な目でザックの設計図を見比べ始めた。しばらく設計図を睨んだ後、性能が一番良いとザックが言った設計図を手に取った。

「これが良いと思います」
「それは無理だ! この辺りが細かくて難しいんだ!」

 ヨハンはじっと設計図を覗き込みながら、ゆっくりと首を振った。後ろで一つにまとめられた、短い尻尾のようなオレンジの髪が動きに合わせて揺れる。やる気と熱意に満ちた目が強い光を放ち、ザックを見た。

「いや、できる」
「では、二人とも、それぞれ、作ってみてちょうだい。工房は他にもできる予定だから、使える物ならば、二つあっても構わないの。ただし、使えない物にお金は出せません」

 勝負は実物で決めればよい。ここで言い合っても、現物がなければ意味がないのだから。
 ザックがライバル意識に燃えた目でヨハンを睨み、ヨハンはじっと設計図を睨む。

「部品ができたら、工房に持ち込んで組み立ててくれて構わないのだけれど、必ずルッツを通してから、工房に入るようにしてちょうだい。ギル、工房内に機械を置く場所はあるかしら?」

 ギルが広く開いた場所を指差して胸を張った。

「片付けたから、大丈夫です」
「そう、では、よろしくお願いします」

 これで話は一段落だな、と思っていると、ルッツがほんの一瞬、悪戯っぽい笑みを見せながら、手紙を一通取り出した。

「ローゼマイン様、印刷業の話が終わったようなので、こちらのお話もよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろん」
「当店の髪飾りをご愛用いただきありがとう存じます。簪を作る者が新しい簪を作ったということで、ぜひともローゼマイン様にお納めしたいと申しております。ご都合はいかがでしょうか?」

 トゥーリだ。
 手紙を受け取り、わたしは大きく頷いた。

「明日の午後、院長室でお待ちしております」
「かしこまりました」

 隠しきれないわたしの興奮をからかうように、ルッツが少し目を細めて、唇の端を上げた。わたしは何とか表情を抑えようと努力しながら、フランとダームエルを連れて工房を出る。
 背後の工房から、ルッツが堪え切れずに笑いだした声が聞こえた。

 わたしは部屋に戻ると、家族の近況が書かれた手紙を読んだ。
 カミルは寝返りができるようになったようだ。そして、母さんは髪飾りの内職で着実にお金を稼げるようになったので、カミルがある程度成長するまで、ゲルダばあさんにカミルを預けて働くことなく、家でカミルの面倒を見られるらしい。カミルがゲルダばあさんに預けられることがなくて、本当によかった。

 父さんは士長になって門番の仕事が忙しいことと、ベンノやギルド長が頻繁に街を出入りしていることが書かれていた。「あんまりこき使うなよ」だって。
 トゥーリは「新しい簪を持って会いに行くよ」と書いていた。

 わたしはすぐさま返事を書いた。神官長に本を読ませない意地悪をされたこと、貴族街の星結びの儀式も問題なくこなせたこと、神殿で印刷の開発を頑張っていることを中心に書く。
 書けた手紙を折りたたんで、トゥーリに渡すつもりで確保してあった絵本の間に挟みこむ。そして、ロジーナに頼んであった物を束ねてまとめておいた。



「ローゼマイン様、そわそわしすぎです」

 苦笑するようなフランに指摘された。もう少しお嬢様らしく、と頭ではわかっているが、久し振りに会える興奮を抑えることができない。

「ローゼマイン様、当店で髪飾りを作る職人を連れてまいりました」

 かしこまったルッツと一緒に、トゥーリが入ってきた。
 駆け出して行って「トゥーリ」と呼びかけて抱きつきたくなるけれど、久し振りすぎて泣きそうになるけれど、お互い家族として呼びかけることは禁じられている。
 トゥーリも泣きそうな顔でこちらを見ている。小さく唇が動いたけれど、声にならなかった呼びかけは、そのまま呑み込まれた。

「こちらを、ローゼマイン様に。新しい編み方で作った簪です」

 そう言って、トゥーリはわたしが使っていたトートバッグから布に包まれた簪を取り出した。わたしがルッツに教えた(にかわ)を糊として使う方法をアレンジして、花芯を作り、花弁に動きを持たせた大輪の花だった。

「とても綺麗……。貴女の作る簪はいつも愛用しております。新しい簪のお礼に、わたくしからはこちらを差し上げます。貴女のこれからに役立ててください」

 水の女神の眷属について書かれた二冊目の絵本と貴族街の洗礼式で見た貴族の衣装の素描をまとめた物だ。新曲を教えたことと引き換えにロジーナに描いてもらった。トゥーリのデザインの勉強になればいいと思う。

「恐れ入ります」

 ギルベルタ商会で貴族に対応する時の物言いや態度も教えられているのだろう。わたしが知っているトゥーリとは違う言葉遣いからも、トゥーリの努力が見てとれる。

「……こちらの孤児院にも赤ちゃんがいます。這い始めて、世話をする者が大変だと零しておりました。貴女が知る赤ちゃんについて話を聞かせてください」

 トゥーリは少し考えるように視線をさまよわせた後、小さく笑った。

「では、わたしの弟カミルの話でよければ。……カミルは最近よく白黒の絵本をじっと眺めています。わたしには何が楽しいのかよくわからないのですけれど、一人で静かに見ていることが多いので、母さんがいつもベッドの上に広げて壁に立てかけてあります」

 そして、カミルはわたしが作ってあげた白いウサギのガラガラを最近ちょっと握れるようになってきたらしい。自分でつかんで、音を目で追うようになってきたのだそうだ。

「……ローゼマイン様、また新しい簪を作ったら、お持ちしても良いですか?」
「えぇ、ぜひ。待っています」

 物を交わし、言葉を交わし、笑顔を交わす。
 触れることができない悲しさが募っていくのに、トゥーリの笑顔にひどく心が満たされた。
 グーテンベルクの称号が欲しいザックと称号を返上したいヨハンの戦いは始まったばかりです。
 そして、久し振りのトゥーリ。コリンナの指導の下、頑張ってます。

 次回は、お母様とランプレヒト兄様が神殿にやってきます。
+注意+
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