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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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神官長のイラスト

「か、確約はできません!」

 ダームエルはきつく目を閉じて、苦痛を絞り出すようにはっきりとそう言った。その場に跪き、両手を胸の前で交差させる。

「私は騎士ですから、上司から命じられれば、黙秘はしかねます。ですから……目を閉ざすことをお許しください」

 知らずにいれば、報告することはできない。だから、今まで通り、知らずにいたい。ダームエルの苦渋の決断にわたしはこくりと頷いた。

「では、この工房から決して出ないで。好奇心で身を滅ぼすことがないことを祈ります」
「恐れ入ります」

 ダームエルと灰色神官を数人、工房に残しておく。ルッツとギルはトロンベを刈るための刃物や籠を持って、灰色神官や子供達と外へ出て行った。わたしも皆と一緒に外に出て、女子棟の方へと移動する。

「誰か、女子棟からヴィルマとデリアとディルクを呼んできてちょうだい」
「はい!」
「わたしが行きます!」

 数人の子供達がもつれあうように走りながら女子棟の中へと走っていく。すぐにディルクを抱いたヴィルマとデリアが出てきた。デリアの顔が少しばかり強張っている。

「久しぶりね、デリア。元気そうでよかったわ」
「気にかけてくださってありがとうございます。あたしもディルクも元気です」

 デリアがホッとしたように顔を綻ばせた。

「デリア、ディルクは身食いです。魔力を持っているからこそ、あのガマ、じゃなくて、伯爵や神殿長から狙われました。まだ伯爵が生きているので、ディルクの主は伯爵のままです」

 ざっとデリアが顔色を変えた。
 ガマガエル伯爵は様々な余罪を探し出し、伯爵の所属する領地と取引をするために、まだ生かされている。政治的な取引を主に考えている領主が、身食いの契約破棄を考えてくれるとは思えない。伯爵が生きている間は、ディルクとの契約が破棄されることはないだろう。

「そして、ディルクには体のうちに溜まる魔力を流すための魔術具がまだ与えられていません。魔力が増えすぎないように少し減らしておきましょう。ディルクにその赤い実を持たせてちょうだい」
「はい」

 ギルがデリアにタウの実を渡し、デリアがディルクに持たせる。春に神殿長から魔力を根こそぎ取られたディルクの魔力はそれほど増えていないようで、種がぼこりと出てき始めたところで、実の成長がほぼ止まった。

「これで大丈夫。ディルクはもう戻っても良いわ」
「恐れ入ります」

 ホッとしたように、デリアがディルクの頭を撫でる。季節が一つ変わっただけで、ディルクはずいぶん大きくなった。カミルもきっと大きくなっているのだろう。懐かしさに思わず目を細める。

「あぁ、ヴィルマ。お願いがあるの。神官長の絵を描いてほしいのだけれど……」
「申し訳ございませんが、それはできません。私は神官長のお顔を存じませんので」
「え?」

 青色神官にトラウマを持っているヴィルマは、孤児院の見学に来た時も、なるべく視界に入らないようにしていて、神官長の顔をしっかりと見たことがないらしい。
 まさか、ヴィルマが神官長の顔を知らないとは予想外だったが、考えてみれば納得だ。納得しつつ、わたしはざぁっと青ざめる。

「わ、わたくしの部屋に神官長を招くので、その時に……」
「貴族区域に行くのは、まだ無理なのです。申し訳ございません」

 青色神官の巣窟とも言える貴族区域にヴィルマが赴くのは難しいだろう。しかし、神殿長であるわたしの側仕えに手を出そうとする青色神官はいないと思う。

「ヴィルマ、わたくしが誰にも手出しさせないように送り迎えしても、無理ですか?」
「……申し訳ございません。ローゼマイン様、ロジーナに素描を任せることができませんか? ロジーナの絵を元に描くならば、できると思います」

 申し訳なさそうにそう言ったヴィルマの助け舟にわたしはぱぁっと顔を輝かせた。芸術巫女の嗜みはすごい。

「ロジーナに頼んでみます!」

 クスクスと笑いながら、ヴィルマはディルクとデリアを連れて孤児院へと戻って行った。

「皆、準備は良いかしら?」
「はい!」

 わたしは刃物を構えて、トロンベに備えている皆を見回す。準備はできたようだ。ルッツがこくりと頷いたので、わたしはギルが持っていたディルクの魔力で中途半端に成長しているタウの実を手に取った。
 自分の中の魔力が吸い出され、流れていくのがわかる。

 わたしはどんどん種が増えていくタウの実をじっと見つめた。種がぼこぼこと増えるにつれて、どんどん皮が硬さを増していき、種がいっぱいになると熱を帯び始める。

「行きます!」

 土の部分にちゃんと投げた。種が飛び散った次の瞬間、灰色神官に抱き上げられて、わたしは後方へと移動させられる。
 後方で皆の奮闘を観察していると、去年より手慣れていて、皆の動きに無駄がなくなっているのがわかった。

 星祭りの時に拾ってきて、工房の土の上に残されていた4つのタウの実を全てトロンベにして、刈り取る。準備していた籠がいっぱいになった。
 達成感に頬を紅潮させている子供達を見回して、わたしはにこりと笑う。

「では、これで紙を作ってくださいね。今年の冬もおいしく温かく過ごしましょう」
「はい!」

 ギルとルッツに後を任せ、わたしは工房で居場所が定まらない犬のようにうろうろしているダームエルを回収して孤児院の院長室へ戻った。

「お待たせしました。部屋に戻りましょう」

 神殿長室へと戻り、わたしは早速ロジーナに神官長の絵を描けるかどうか聞いてみた。

「ヴィルマは見ていないでしょうね。神官長の絵は比較的楽ですよ。とても描きやすい顔をしているので」

 くすくすと笑いながら、ロジーナはペンでサラサラと神官長の絵を描いてくれた。すごくうまい。正面から見た神官長と横顔を簡単に描いているが、一目で神官長だとわかる。嗜みという言葉で収まるはずがない。

「す、すごいです!」

 モニカが焦げ茶の目を輝かせて、ロジーナの絵に見入る。

「モニカ、これをヴィルマに届けてちょうだい。これを元にヴィルマに神官長の絵を描いてもらうの」
「はい!」

 ロジーナが書いた素描を胸に抱きしめるように持って、モニカが部屋を出て行く。それと同時に、神官長の予定を聞きに行っていたフランが戻ってきた。

「ローゼマイン様」
「フラン、神官長の予定はいかが?」
「突然の来客だそうです」

 ……本をお預け状態で呼び出しておいて、来客。へぇぇ。

 ルッツと会って、書字板をもらって、少し散っていた黒い感情がぶわっと舞い戻ってくる。

「ですから、図書室の貴重本を閲覧しながら待っていてほしい、とのことでした。いかがいたしましょう?」
「今すぐ行きましょう!」

 ふしゅっと黒い感情が一瞬で抜けた。わたしはすくっと立ち上がって、フランに笑顔を向ける。

「フラン、貴重本の鍵はどこかしら?」
「こちらでございます」

 わたしはフランと護衛を連れて、弾む足取りで図書室へと向かった。神殿長室が自室になって何が嬉しいかというと、図書室が近くなったことが一番嬉しい。

 自分で管理することが許されるようになった鍵で図書室を開け、わたしは貴重本の入っている鍵付きの書棚に向き直る。
 今までは見ることもなかった貴重本とご対面である。一体どんな本が貴重本として収められているのだろうか。考えただけで胸がトクンと高鳴る。ときめきと緊張に胸を躍らせながら、わたしは鍵を挿し込んだ。

 カチリと音を立てて書棚が開く。
 そこには5冊の本が装飾がされた大判の本が並んでいた。

「フラン、今日は一冊で良いわ。閲覧机に運んでちょうだい」

 60センチほどの高さがある大判の本をわたしが運ぶのは難しい。わたしは目を輝かせて、フランに閲覧机まで運んでもらおうとした。

「……ローゼマイン様、これは本ではないようです」
「え?」

 鍵のかかる書棚に並んでいたのは、厳密には本ではなかった。本の形を模した箱で、中には手紙が大量に詰まっていたのだ。
 わたしは折りたたまれている手紙を一通手に取ってみる。自分達が作っている植物紙とは違う、羊皮紙の手紙だ。
 カサリと開いてみれば、差出人の名前が書かれていない手紙だった。

「これは……もしや、『ラブレター』!? フラン、これはわたくしが読んでも良い物かしら?」
「ローゼマイン様が神殿長ですので、まず目を通した後、神官長に報告しなければならないと思われます」

 ここに隠されていたということは、神殿長の秘密のお相手なのかもしれない。隠されている手紙は結構な数がある。どうしよう。すごくドキドキしてきた。

「では、早速目を通します」

 底になるほど古い手紙だったので、わたしはざっとひっくり返して、底の方から読み始めた。

 神殿長に手紙を出している名無しの彼女さんは、どうやら良いところのお嬢様で、ずっと跡取り娘として育てられてきたらしい。けれど、年の離れた弟が生まれ、その子の魔力が高かったことから、跡取りは幼い弟に決定したようだ。自尊心とそれまでの努力を全否定された彼女の口惜しさが綴られていた。

 弟を恨む彼女がいると必ず争いが起こるだろうと危惧した彼女の父親によって、彼女は他領へと嫁がされることになったらしい。父も母も弟に夢中で、「頼れるのは貴方だけ」と書かれていた。

 ……名無しの彼女さん、貴女、頼る人を間違えていると思うよ。

 嫁いだ後も頻繁に手紙を送ってきているようだった。神殿長にとって、この名無しの彼女さんは一体どんな存在だったのだろうか。こうして大事に手紙を隠してあるくらいなのだから、大切な人だったのだと思う。神官は結婚できないし、密かに想いを募らせていた相手だろうか。

 ……ケチで欲張りの色ボケたお爺さんだと思っていたけど、実は純愛してた部分もあったのかも。

 手紙を次々と読んでいると、モニカがわたしを探して図書室へとやってきた。フランに肩を叩かれて、ハッと顔を上げる。

「ローゼマイン様、ヴィルマからお願いされました」
「何かしら?」
「神官長を直接見て、描いてみたいそうです」

 先程と意見が180度変わった。ヴィルマがわたしの部屋に来ようとする進歩はとても喜ばしいけれど、神官長の素描で出る気になるなんて釈然としない。

「……まぁ、いいわ。ヴィルマを迎えに行きましょうか。この後、神官長がいらっしゃるのです。フラン、モニカと孤児院へ行くから、先に部屋へ戻って神官長を迎える準備をしておいてちょうだい」

 わたしが孤児院へヴィルマを迎えに行くと、ヴィルマが「申し訳ございません」と恥ずかしそうに笑った。

「ロジーナの素描を見て、驚きました。あれほど完璧な配置の人を見たことはございません」
「完璧な配置、ですか?」
「えぇ、絵を描くうえで、驚くほどきれいに整った顔なのです。クリスティーネ様ならば、創作対象として、鑑賞対象として、側に置きたがったと思います。ローゼマイン様はそう思われませんか?」

 どうやら神官長はここの基準では、ヴィルマが絵のモデルにしたいと思い、芸術巫女だったクリスティーネが側に置きたいと思うくらい美形なようだ。……ふーん、よくわかりません。

「確かに、神官長は整った顔立ちをしているとは思います。けれど、基本的に無表情で冷ややかな雰囲気なのですもの。わたくしには彫刻が動いているように思える時もあります。どちらかというと、わたくしの側仕えになってから、少し表情が豊かになってきたフランの方が、爽やかで穏やかで透明感のある、生きている美形という気がします」

 フランは小さい時は多分女の子みたいに可愛いタイプの男の子だったと思う。体つきががっちりしているから、普段はあまり感じないけれど、驚いた時や笑った時の顔が時々幼く見える時がある。

「ローゼマイン様、それはフランを褒めすぎです」
「そうかしら? 神官長は確かに整った顔をしているけれど、どちらを好ましく思うかは個人の感性だと思います。……でも、神官長の側仕えより、ウチの側仕えの方が絶対にカッコいいし、可愛いです。それだけは絶対譲りません」
「まぁ……」

 クスクスと笑うヴィルマとモニカを見下ろしながら、ブリギッテがこくこくと頷いていた。……無言の賛同者、発見。ブリギッテとは気が合いそうだ。

「おかえりなさいませ、ローゼマイン様」

 部屋に戻ると、うきうきわくわくという表情をほんのりと顔に出したロジーナがフェシュピールを抱えて待っていた。
 そして、部屋では神官長が同じようにフェシュピールを持っている。神官長が楽譜を書けるように、フランは神官長の座る椅子の近くにテーブルと筆記用具が準備していた。

「ローゼマイン、突然の来客で待たせてすまなかったな」
「いえ、すごく面白い物を読んでいたので、全く問題ないです。全部読み終わったら、神官長に貸してあげてもいいですよ」

 フランに頼んで、ヴィルマの前にも紙とペンとインクを準備してもらいながら、わたしが笑顔で答えると、「そうか」と神官長が小さく笑った。

「では、曲を提供してもらおうか」

 神官長がフェシュピールを構える。ヴィルマが紙にペンを走らせ始めるのを横目で見ながら、わたしは何を歌うか思案した。
 神官長が弾き語りをして面白いと思えるものは何があるだろうか。

 ……神官長には優しさと愛が足りない。愛と勇気と友達になるといいよ。

 有名なアニメソングを選んで、ハミングで歌ってみた。
 わたしが少し歌うと、神官長が軽く手を上げて止める。その後、神官長が流れるように主旋律を弾き、アレンジを加えていく。
 それをうずうずとした様子で見ていたロジーナが、そっと手を上げた。

「どうかしたの、ロジーナ?」
「あの、神官長。このように弾くのはどう思われますか?」

 ロジーナが自分なりのアレンジを加えて弾くと、神官長が感心したように顎を撫でながら、楽譜に何やら書き加えていく。

「合奏にするならば、こちらも良いな」

 その後は、ロジーナと神官長が活発な意見交換をしながら、曲を仕上げていく。高度すぎて、何が起こっているのか、全くわからない。
 感心しながら二人の様子を見ている側仕え達と護衛二人、ヴィルマだけは真剣な目で紙にペンを走らせている。

「ところで、これは一体どのような歌が付いているのだ?」

 神官長の質問に心臓が跳ねた。

「……え、えーと……君の幸せを知りたい、とか、わからないまま終わりたくない、とか、愛と勇気が必要、とか……そういう感じです」
「ふむ、愛を乞う歌か」

 ……違う! 全然違う!

 吹き出しそうなのを抑えて、わたしは平然とした表情を保つ。お嬢様教育の成果だ。お子様に人気の曲がラブソングになってしまうなんて、誰が想像しただろうか。

 ロジーナと神官長がどのような歌詞が曲に合うか、話し合いながら、決めていく。もう原曲とは全く違うものに仕上がってしまった。

「これでよかろう」

 そう言った神官長が一曲を通して、弾き語る。ピィンと明るくも穏やかな曲調が流れ始め、神官長の低くて響きの良い声で、命の神 エーヴィリーベから土の女神 ゲドゥルリーヒに捧げる愛の歌が語られる。

 一目惚れした命の神 エーヴィリーベが「君の幸せを知りたい」と土の女神 ゲドゥルリーヒを口説いている歌なので、神話を元にした歌ではあるが、恋歌だ。

 神官長の美声がじんわりと耳に染み入ってくるようで、原曲が原曲なのに、ぞわりと全身に鳥肌が立つ。
 いつだったか、神官長が恋歌を歌えば、女の子には不自由しないと思ったことがあったけれど、それが証明された。

 ヴィルマがペンを走らせるのを忘れて、軽く目を見張って神官長を見つめている。ロジーナは音楽を理解し合える対象ということで、最初から神官長に好意的だったが、完全にうっとりした顔になっていた。
 モニカやニコラも頬を染めているし、ブリギッテも驚いたような顔のまま、神官長を見ている。

 感心したように神官長を見ているのは、女性陣だけではない。フランやダームエルも感動したように神官長を見ている。

 ……神官長のフェシュピールコンサートって、もしかして、すごく危険なものではないだろうか。

 ヴィルマの脳内フィルターがかかった美麗な神官長の素描を目にしたわたしは、本当にコンサートを開催しても大丈夫なのか、すごく心配になってきた。
 フランの機転によって、神官長とローゼマインの暗黒面を全開にした対面は回避されました。
 前神殿長の手紙は犠牲となったのです。

 次回は、ヨハンとローラー作りです。
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