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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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初めての魔術特訓

「チケットはわたくしに任せてちょうだい」

 お母様がこれ以上なく張り切っているので、養母様とお母様に会場の設置や招待客への対応、お茶やお菓子の準備などは全面的にお任せすることにした。

「エルヴィーラ、落ち着いてちょうだい。日付が決まらなければ、チケットを作ることもできないでしょう?」
「ねぇ、フロレンツィア様。なるべく早く開催したいと思いませんこと?」

 少しでも早く演奏会を開きたいと指を組んだ手に力を入れるお母様とは逆に、養母様は困ったように眉を下げた。

「わたくしは、なるべく準備の期間を取りたいわ。失敗するわけにはいかないでしょう?」

 チケットでお金を取り、その場で物販を行う演奏会というのが、初めての試みなので、養母様は準備に時間が欲しいらしい。

 わたしは養母様に賛成だ。なるべく時間を稼ぎたい。
 それというのも、わたしにはプログラムの作成に加えて、神官長に新しい曲やレシピを提供するというあまりにも過酷な仕事があるのだ。

 お城にいるうちは安全だが、神殿に戻った途端、リヒャルダにやりこめられた神官長の八つ当たりを全面的に受ける気がする。時間を稼いで怒りが解けるのを待ちたい。
 いや、待て。神官長は記憶力が良い分、いつまでも昔のことを覚えていて根に持つ感じだから、時間をかけると怒りが増幅するタイプかもしれない。

「オルドナンツ」

 いつの間にか光るタクトを握っていた養母様が、腕輪の魔石を変化させて、伝言用の鳥を準備していた。

「演奏会は一月後に行います。不都合があれば、代替日を指定してくださいませ」

 そう言いうと、タクトを振って鳥を飛ばす。すでに何度も見たように鳥は壁を通り抜けて飛んでいった。
 しばらくして戻ってきた鳥は、バサバサとテーブルの上に降り立ち、神官長からの伝言を告げる。

「一月後で良い。すまないが、ローゼマインに明日から魔術訓練を始めると伝えて欲しい。薬を飲めば体調には問題ないはずだ」

 冷ややかな声で同じ内容が三回繰り返されて、鳥が魔石に戻る。声だけなのに、背筋がピッと伸びて、冷汗が噴き出してくるのは、わたしだけだろうか。

「……フェルディナンド様、何だかものすごく怒っていらっしゃいません?」
「機嫌の良い声には聞こえませんわね」
「と、とても涼しいお声だわ」

 一応褒め言葉になっているが、お母様の笑顔も少々苦しい感じだ。

「この場合、涼しい声ではなくて、背筋まで凍り付くような声とおっしゃってくださいませ、お母様」



 鳥の伝言通り、大人しく薬を飲んだので、次の日は完全に体調が復活していた。
 神官長の怒り具合は気になるけれど、魔術の訓練という響きは良い。一体何を教えてくれるのだろうか。以前は読ませてもらえなかった魔術関係の本を読ませてもらえるのだろうか。

 ……初めて読む本がいっぱいあるんだろうな。やっぱり教科書になるような「基本の魔術」みたいな本があるのかな?……ハッ! これでマイン十進分類法が完成するかも!?

 魔術関係の本の分類に悩んでいたことを思い出し、わたしは神官長が来るのをうきうきしながら待っていた。

「姫様、ノルベルトから連絡が入りました。フェルディナンド坊ちゃまがいらっしゃったそうです」
「すぐに参りましょう」

 リヒャルダに先導されて、わたしは護衛騎士と一緒に本館の待合室へと向かった。今日は四人全員が集まっている日で、護衛に周りを囲まれると、わたしは完全に埋もれてしまう。

「おはよう、ローゼマイン」

 待合室には感情を感じさせない無表情の神官長が座っていた。怒っているのか、怒っていないのか、判別が難しいけれど、神官長の前に積み上げられている本を見て、そんなことはどうでもよくなった。

「おはようございます、フェルディナンド様。その本はわたくしのための本ですか?」
「あぁ、そうだ」

 きた、きた、きた! 新しい本だ。やったー!
 心の中ではマラカス振ってサンバを踊りだすくらい喜んでいるわたしだが、現実では笑顔で本を見つめるくらいの反応しか示していない。このわたしが本に飛びつきたいのを我慢できるようになるなんて、お嬢様教育はなかなかすごいと思う。

 わたしの後ろで、コルネリウス兄様とアンゲリカが揃って「ぅわぁ……」と何とも嫌そうな声を上げた。どうやら二人とも読書は苦手なタイプらしい。この楽しみがわからないなんてもったいない。

「リヒャルダ、この本は部屋へ運んでおいてくれ。では、行くぞ」
「かしこまりました、坊ちゃま」

 新しいことを覚えるのだから、本を読んで、基本を覚えるのだろうと弾む心で待ち構えていたわたしは、いきなりのおあずけに目を瞬く。リヒャルダに運ばれていく本を悲しい気分で見つめながら、神官長に問いかけた。

「……どちらへいらっしゃるのですか?」
「魔力を放っても問題のないところだ」

 バルコニーで騎獣を出した神官長に続き、ブリギッテが騎獣を出す。アンゲリカではわたしを支えられない可能性が高いという理由で、わたしはブリギッテに同乗させてもらうことになった。

「ぃたっ!?」
「申し訳ございません」

 トロンベ討伐の時と違って、普段の騎士達は全身鎧ではなく、略装の鎧を着ている。魔力が込められているらしい細い金属で編まれたワンピースのような物を着て、胸当て、手甲、膝から下の脛当てをつけているのが普通だ。
 今日のブリギッテも同じだが、同乗すると、わたしの頭に胸当てが当たる。

「先にこうしておくべきでした。これで当たっても痛くないはずです」

 ブリギッテがするりと胸当てを撫でるように触れた。次の瞬間、胸当ての部分がぐにゃりと歪む。
 キリッとした顔で言っているし、間違いなくわたしのためにしてくれたことなので、指摘するのは止めておくけれど、胸の形がくっきりだ。普段は胸当てであまりピンとこなかったけれど、結構巨乳で、わたし、役得かもしれない。

 ……あ、コルネリウス兄様、興味津々なお年頃なのはわかるけど、ビックリしたような顔でこっち見るんじゃありません。ダームエルを見習って、視線を逸らせておきなさい。

 ブリギッテに乗せてもらって、城から少し離れたところにある高くて広い建物へと移動する。先に着いていた神官長が入っていくのが見えた。
 わたしを下ろすとブリギッテはそのまま中に入って行こうとする。

「ブリギッテ、わざわざありがとう。胸当てはもう元に戻しても大丈夫ですよ」
「あ、そうですね」

 すっかり忘れていたようで、ブリギッテはさっと胸当てに触れて、硬いつるりとした胸当てに戻した。
 これで一安心、と頷いて、わたしは建物の中へと入っていく。ガランとしていて、中には何もない真っ白の建物だった。

「何ですか、ここ?」

 うわん、と響いたわたしの声に神官長が答えてくれる。

「騎士達が大きな魔力を使って戦う練習をするための建物だ。魔力が外に漏れないようになっている。私はここでローゼマインに魔力の扱いを教えるので、其方らはあちらの方で訓練するように。特に、ダームエルは今が成長期で魔力が伸びているのだろう? 成長が止まる前にしっかり伸ばせ」
「はっ!」

 神官長の言葉を聞いた護衛騎士達が訓練を始めるために反対側へと向かっていく。
 一体どんな訓練をするのか、興味津々で覗こうとしたら、神官長に頭を小突かれた。

「いたっ!」
「余所見をしないように」

 神官長の目が怖い。ここにはリヒャルダもいないし、護衛騎士は反対側で訓練中だ。わたしの味方も盾になってくれる人もここにはいない。孤立無援だ。なるべく怒られないようにした方が良い。

「ベンノが小神殿関係で忙しいだろう? ならば、今のうちに魔術の特訓をしておいた方が良いと思ってな。本来は貴族院に行くまで魔術関係の訓練はさせないのだが、君はすでに扱いを自己流で勝手に覚えてしまっている。少しまともな知識を身につけるため、私が教師役を務めることになった」

 口では魔術の特訓と言っているけれど、フェシュピールコンサートを開催することになった八つ当たりとしか思えない。

「君はまだ貴族院の生徒ではないので、シュタープを持っていない」
「先生、質問です。シュタープとは何ですか?」
「これだ」

 神官長はさっと腕を振って、光るタクトを取り出した。貴族院の生徒ならば持っていると言っていた光るタクトの正式名称がシュタープらしい。

「シュタープを持っている方が魔力を扱うに当たって、断然効率は良いが、なくてもできないわけではない。取り急ぎ、君に覚えてもらうのは魔石で騎獣を作り、乗りこなすことだ」

 神官長はそう言いながら、薄い皮の手袋をはめる。そして、ベルトに下げられた革袋の中から、わたしの拳ほどの大きさの透明の魔石を取り出した。騎獣に変化させるための魔石で、騎士の鎧の小手に付いていたり、ベルトにジャラジャラつけられたりしている魔石と同じ物らしい。

「魔石に魔力を与えて、動く物の姿に変化させる。それを自分の意思で動かして、空を飛ばせなければならない。この秋にもトロンベ討伐はあるかもしれぬし、下町の馬車に長時間乗れない君が収穫祭や祈念式に向かうためには修得しておいた方が良い。何より、薬の材料を揃えるためには必要な技術となる。一人で騎獣も乗れずに行ける場所ではないからな」

 そう言いながら、神官長はわたしにポンと魔石を手渡した。
 わたしは落とさないように両手で包み込むように持ったけれど、手に触れた瞬間から魔力が吸い出されていくのがわかる。怖くなるような勢いで魔力が流れていくので、わたしは慌てて奥の方に閉じ込めてある魔力を開放した。

「先生、魔力がすごい勢いで奪われているのですけれど……」
「あぁ、問題ない。まずはその石を君の魔力で染めなければならない。君の意識で動くようにするために必要なことだ」
「今までお借りしていた指輪は? あれは使う時だけに魔力を使いましたけれど、こんな風に魔力を吸い取られませんでしたよ!?」

 ぎゅっと両手で魔石を握りながらそう言うと、神官長は軽く肩を竦めた。

「魔石を使うのと魔術具を使うのは違う。そういう詳細については後々説明する。今日のところは関係ない。……さすがに量が多いな。染まるのが早い」

 魔力が少ない下級騎士ならば、自分が気持ち悪くならない程度に魔力を注いで、数日ほどかかることもあるらしい。
 こうして魔力で染められた魔石は他の人には使えなくなるそうだ。正確には使いにくくなる。魔力の色が似通っていれば、使えなくもないが、自分の魔力で染めた魔石とは雲泥の差になるという。

 そんな説明を受けているうちに、わたしが握っている魔石はわたしの魔力に染まったようで、一度明るい光を放った。

「魔力で染めることができたら、形を変化させる訓練に移る。君は魔力の扱いには慣れているので、扱えるようになるのは早いだろう。まず、これに魔力を注ぎ、膨らませる様子を想像しながら、魔力で石を変形させなさい。自分の思った形に変化させることができなければならないが、最初は大きさを変えるだけだ」
「はい」

 言われた通り、少しずつ魔力を注ぎながら、魔力を指先で押し広げるような感じで、自分が想像する通りに広げてみる。
 少しは苦戦するかと思ったが、簡単に魔石はわたしの想像した通りに丸く膨れた。

「わぁ、膨らんだ。『風船』みたい!」

 頭に思い描く風船のように少しずつ丸く大きくなっていく。わたしの拳大で、テニスボールより少し小さかった魔石が、ソフトボールくらいの大きさになっている。

「魔力を流し続けながら下に置いて、手から離しても魔力を流し続けてみなさい。それができるようになれば、特定の形に変化させる訓練へと移る」
「はい」

 わたしはその場にしゃがんで、両手で包むように持っていた魔石をそっと下に置き、一本ずつ指を離していくように、魔石に触れている面積を減らしていった。最後の指を離した瞬間、魔力が途切れるかもしれない、と心配になって、魔力が流れるパイプを太くするように多めに流しながら指を離した。

「ほぉ……」

 感心したような吐息を神官長が吐き、少しずつ大きさを増している魔石を見下ろした。魔石が成長を続けていることからもわかるように、途切れることなく魔力は流れ続けている。
 ソフトボールから、ドッジボールを経て、ビーチボールくらいの大きさになってきて、何となく段々不安になってきた。……これ、割れないよね? 大丈夫だよね?

「先生、質問です。これって、どこまで膨らむんですか?」
「君が魔力を止めるか、形を固定させるまでだ。自分が乗れる大きさにできるのだから、まだまだ大きくできる」

 神官長の言葉にわたしは、ホッと安堵の息を吐いた。振り返って、見上げる。

「よかったぁ。じゃあ、いきなり『風船』みたいにパァン! って、割れ……」

 わたしが「割れることはないんですね」と言う前に、ピシリとひびの入るような音がした。

「馬鹿者!」

 神官長の罵倒と同時に、バサリとマントが広げられ、神官長に庇われる。
 すぐにパァン! とわたしが頭の中で想像したのとそっくり同じような音を立てて、魔石の風船が割れた。割れた魔石の破片がビシビシと音を立ててマントに当たり、ガラスのように澄んだ高い音を立てながら、床に落ちていく。

「魔石は君が頭に思い描いたように変化するはずだが、一体何を考えた!? 自分が想像した通りに魔石を変化させている最中に、割れるような想像をすれば、割れるのは当然だ! この馬鹿者!」
「ごめんなさい! ごめんなさいっ!」
「……まったく、貴重な魔石が粉々だ」

 神官長の疲れきったような声に、わたしはざっと青ざめた。そういえば、魔石は貴重で高価なものだった。これはまずい。

 真っ白な床の上に落ちている魔石の破片はすぐにわかる。わたしは慌てて欠片を掻き集め、魔力を注ぎながら、「粘土、粘土、くっつけ、丸まれ」と唱えた。魔石を粘土のように手の平でこねながらコロコロする。

「何をしている? 割れた魔石は元には戻らない。もっと粉々にして、魔術具を作る時の材料にするしかなかろう」

 神官長が呆れたようにわたしを見下ろしてそう言ったけれど、わたしの魔力に染まった欠片が手の中で形を変えていくのがわかる。

「……大丈夫です。粘土はこうすればくっつくものだから。……ほら!」

 わたしが手を開いて団子状になった魔石を見せると、驚愕の顔で神官長がわたしと魔石を何度も交互に見た。
 わたしの手から魔石を取って、光にかざすようにして検分し、深々と溜息を吐く。

「非常識な……」
「え?」
「まぁ、良い。破片を全て集めろ。それが終われば、本日の訓練は終わりにする」

 勝手にしろと言うように、手をパタパタと振って、神官長がこめかみを押さえた。
 わたしは元気よく返事をすると、床に散らばる破片の上に魔石を転がし始める。コロコロでお掃除をするように魔石団子に破片をくっつけていった。ある程度集まったら、また粘土をこねる要領で魔力を注ぎ込んで丸めていく。

 しばらくの間しゃがみ込んでコロコロしていたら、破片は綺麗に片付いたけれど、足がしびれて立ち上がれなくなった。



「何もわからないまま、魔力を暴走させたら大変なので、勝手に魔力を操る練習などはしないように」

 部屋に戻った途端、そう言い聞かされた。魔石を破裂させてしまったわたしは、項垂れておとなしく聞く。あんな爆発が部屋であったら怖いので、こっそり練習なんてするつもりはない。

「よろしい」

 そう言って頷いた後、神官長がテーブルの上に、今日持って来てくれた魔術関係の本を次々と積み上げていく。

「これはこの城の図書室の本だ。全て魔術関係の基本に関する本になる」
「わぁい! ありがとうございます」

 積み上げられた本に手を伸ばそうとした瞬間、神官長が「待ちなさい」とわたしの手を押さえた。

「リヒャルダ、ローゼマインは本を読み始めると、周りには目もくれず、声も聞こえずに没頭する癖がある。規則正しい生活をさせるように」
「えぇ、えぇ。お任せくださいませ、坊ちゃま。慣れておりますので」
「それから、今日は魔術の特訓で疲れているはずだ。また体調を崩す可能性がある」

 神官長がわたしをちらりと見ながら、そう言った。「体調を崩す」という言葉にリヒャルダが表情を引き締める。

「では、姫様。読書は明日にしましょう。フェルディナンド坊ちゃまがおっしゃる通り、本日は初めての魔術の訓練をしたのですから、早目にお休みしなければ、また体調を崩してしまいます」
「え? あの、リヒャルダ……」

 目の前に積み上げられていた本が見る見るうちに片付けられていく。手を伸ばそうとしても「なりません!」と叱られた。

「あぁ、そうだ。ローゼマイン、明日は神殿に来るように。約束した楽曲とレシピをもらわなければなるまい」

 リヒャルダに叱られるわたしを見て、ニイッと神官長が唇を歪める。

 報復だ! これがフェシュピールコンサートの報復だったんだ!
 わたしの前にまだ読んだことのない本を積み上げておきながら、読ませないように予定を詰め込み、リヒャルダを監視役に任命するなんて、性格が悪すぎる!

「ひどいです、フェルディナンド様!」
「リヒャルダも私も君の体調を心配しているだけだ。全くひどくない」

 すっきり爽快というような顔をして言われれば、誰にだってわかる。これは絶対に意地悪だ。キッと神官長を睨むと、フンと鼻で笑われた。

 悔しい! こうなったら、もう遠慮なんてしない。
 プログラム表紙のヴィルマのイラストは、絵本の神様と同じような切り絵でフェシュピールを弾く全身図にするつもりだった。髪型で神官長とわかるかな、というレベルのイラストにする予定だった。お母様方には雰囲気だけ楽しんでもらおうと思っていた。

 でも、もう遠慮も自重もしない。肖像権なんて存在しないこの世界で配慮なんて丸めてポポイだ。

 一月以内で絶対にロウ原紙を完成させる。
 初めてのガリ版印刷で、神官長の胸から上の顔中心に、細密で美麗なイラストを描いてもらって、表紙を飾ってやるんだから。
 初めての魔術特訓は魔石破裂させてしまいました。
 そして、神官長の報復に、リミッター解除です。

 次回は、やる気満々でロウ原紙の制作に入ります。
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