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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第三部 領主の養女

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小神殿

 領主の言葉にベンノは、給仕や側仕えに外へ出るように告げた。楽師として演奏していたロジーナもフェシュピールを抱えて外に出る。少しホッとしているようにも見える彼らは、これからやっとお昼御飯だ。

 そして、一瞬悩んだ素振りを見せた後、ベンノはギルド長とフリーダに向き直った。孤児院の視察に関しては無関係だが、これから先、ローゼマイン工房孤児院支店を作る時には絶対に協力してもらわなければならない相手だ。

「フリーダ嬢、君は出てくれ。ギルド長はこのまま共に話を聞いてもらいたい」
「……ベンノ、何故彼を残す?」
「グスタフは商業ギルドのギルド長でございます。私より大店にも通じているので、この街から生まれる産業の話に関しては通しておいた方が、より早い対応が可能か、と」

 つまり、領主からの次の無茶ぶりがあった時、ギルド長を確実に巻き込むために、ここに残したということだろう。老体に鞭打って働かなければならない事態になりそうだ。お気の毒に。……元気は有り余っているみたいだから、大丈夫かな?

「ふむ、よかろう。エックハルトは扉の前へ。それ以外の者は外で人が近付かぬよう見張っているように」
「はっ!」

 扉の前にずらりと並んだ護衛騎士に領主が命じると、エックハルト兄様だけが食堂に残り、三人とフリーダは扉の外へと出される。代わりに、マルクが入ってきて、ベンノの後ろに控えた。

 パタリと扉が閉められ、静寂が満ちる。緊張が広がる空気の中、神官長がベンノに視線を向けた。
 わたし達なりに色々と無茶ぶりについて考えて、対策を練ったつもりではあるけれど、相手はジルヴェスターだ。一体何が飛び出すのかわからない。

「では、報告を」
「はい」

 神官長にはすでに述べた内容を、ベンノは領主に向けて報告する。孤児院の状況と周囲の経済状況、担当文官の動き次第では失敗するという懸念についても述べていく。
 間違いなく、神官長から話を聞いているはずだ。ジルヴェスターは驚く素振りも見せず、軽く頷いて聞いていた。形式的なものであり、ギルド長にあらましを聞かせるための場である。

「ローゼマイン、其方はどうすればよいと思う?」

 ベンノの報告が終わると、ジルヴェスターがわたしに視線を向けてきた。わたしは一瞬ベンノと視線を交わし、ジルヴェスターに向き直る。

「わたくしは、時間もお金もかかりますけれど、新しい孤児院及び工房が必要だと思います。作業する工房においては、わたくしのやり方に従っていただきたいですし、町の有力者との折衝も煩わしいですから」
「ほぉ?」

 ここで、わたしは神殿の孤児院と町の孤児院の違いについて述べておいた。ジルヴェスターは、「それで?」と先を促す。

「今の神殿は青色神官が少なく、灰色神官がたくさん余っています。ですから、数人の灰色神官と灰色巫女を新しい孤児院と工房に派遣して、仕事と生活、両方の面でわたくしのやり方を孤児達に教える予定です。ですから、わたくしが様子を見るために出入りし、灰色神官が生活するために小さな礼拝室を併設していただけるとありがたく存じます」

 孤児院を新しく建築しようと思えば、どうしても時間とお金がかかる。お金がかかるのは正直難点だが、時間がかかるのは、ベンノにとっては嬉しいことだ。少しでも時間を稼いで、印刷業の拡大に対する態勢を整えたいらしい。

「一から孤児院や工房を建設しようと思えば、どうしてもお金と時間がかかりますが、先のことを考えると、新しい物が欲しいです」

 街の有力者からのちょっかいを防ぎ、孤児達を保護するためにも、こちらのやり方に孤児達を従わせ、生活や仕事をスムーズにするためにも、新設するのが良い。
 すでにベンノと何度も話し合っていたことを述べていると、ちろりと領主がベンノを見た。

「工房を作れば、道具はすぐに揃うのか?」

 孤児院が新設できるまで工房だけでも場所を借りてやれ、と言われても大丈夫なように、道具の発注は終わっていて、準備させている。ベンノはしっかりと頷いた。

「すでにある程度準備ができております。ただ、孤児達の数、年齢等を考慮いたしますと、印刷は力が足りなくて難しいと思われます」
「ならば、紙を作る工房とするのか?」
「えぇ、養父様。その通りですわ。印刷をしようと思えば、紙はいくらでも必要ですもの」

 わたしもベンノの意見に賛同して後押しする。
 ジルヴェスターが、ふぅむ、と顎を撫でていたかと思うと、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「わかった。ならば、ローゼマインの要望を聞き入れ、工房と孤児院、そして、礼拝室のある小神殿を作るとしよう」
「恐れ入ります」

 まさかこれほど簡単に要望が通ると思っていなかった。この後、早速どの建築工房に頼むか、どう注文を割り振るか、話し合いを煮詰めなくては、とベンノと頷き合っていると、ジルヴェスターが神官長を突然指名した。

「フェルディナンド、お前がやれ」
「私は構いませんが、守りの魔力はどうするおつもりですか?」
「そちらはローゼマインに任せればよかろう」

 何か全く理解できない話が勝手に進んでいる気がする。頭に疑問符を浮かべながら、首を傾げていると、神官長がフッと笑って頷いた。

「かしこまりました」

 そう言って、紙とペンを取りだす。神官長はインクのいらない魔術具のペンで、さらさらと何やら書き始めた。身を乗り出すのは品が良くないので、おとなしく座っているが、何を書いているのか覗き込みたくて仕方がない。

「ローゼマイン、工房の広さは神殿と同じで良いのか? 孤児院の広さ、部屋の数はどの程度必要だ?」
「工房の広さは同じで良いです。孤児院の部屋の数は、この先増えたとしても、半分ほどで十分だと思います」
「そうだな。町の人口を考えても、このくらいあれば良かろう。礼拝室の大きさもそれほどは必要ないな。造りは男子棟と女子棟を作って、神殿の孤児院と同じにすれば良いのか?」

 神官長は、ふむふむ、と頷きながら、紙に色々と書き込んでいく。一体何を書き込んでいて、何を考えているのか、全くわからない。

「男子棟、女子棟の両方に食料の貯蔵や商品を置いておくための地下室が必要です。男子棟の地階が工房、女子棟の地階が厨房になるようにして、女子棟の一階が食堂ですね」
「では、男子棟の一階を礼拝室として、回廊と階段はこの位置に。男女共に二階を部屋とする。ローゼマインの部屋は魔力登録の必要な部屋として、普段は閉ざしておいた方が安全だな。これは礼拝室から出入りできるようにしておこう。君の側仕えには男性も女性もいるからな」

 事態がどんどんと自分達の手を離れていく空気に、ベンノとマルクの顔色が悪くなっていくのがわかる。わたしにも何が起こっているのか、わからない。
 ただ、下町の建設工房に依頼を持っていくのではなく、神官長が主体となることだけはわかった。

「ふむ、こんなものか。……いかがでしょう?」

 ざざっと書きまとめた紙を神官長がすっと領主に差し出した。それにざっと目を通して、ジルヴェスターは満足そうに目を細める。

「相変わらず早いな」
「神殿を基本にしているので、大した手間はかかりませんから」
「では、行くぞ。エックハルト、護衛を呼べ」

 すっと立ち上がったジルヴェスターに合わせて、神官長とお父様も立ち上がる。ベンノとギルド長も立ち上がり、エックハルト兄様は扉を開けて、護衛達に声をかけた。
 わたしは皆から一歩遅れて、椅子から滑り降りる。側仕えがいなければ、品よく動くなんてできない。

「養父様、行くとおっしゃいましたが、一体どちらへいらっしゃるのですか?」
「小神殿を作るハッセの町に決まっているだろう」
「い、今から、ですか?」
「そうだ」

 護衛騎士が入ってきて、扉の前にずらりと並ぶ。

「エックハルト、コルネリウス、ダームエル。其方ら、そこの三人を騎獣に乗せろ。先導はフェルディナンドだ。殿として全体の護衛をカルステッド。ローゼマインは私が連れて行く」
「はっ!」

 領主命令だからこそ、反射的に頷いたものの、騎士達は理解できないような顔になっている。よかった。ジルヴェスターの突然の行動が意味不明なのは、わたしだけではないようだ。

「エックハルトがベンノを、コルネリウスがグスタフを、ダームエルがその側仕えを乗せるのだ。急げ!」

 お父様の素早い指示が出た時には、ジルヴェスターはホールへと向かっていた。存在を忘れられて、放って行かれそうで、わたしも急ぎ足でついていく。

「下がれ、邪魔だ」

 領主の威厳ある声が響き、ホールに控えていた給仕達や側仕えが目を白黒させながら壁際に飛び退いた。フリーダが説明を求めるようにわたしを見たのがわかったけれど、わたしにも事態が理解できていない。

「フェルディナンド、行け」
「はっ! 扉を開けろ」

 命令された側仕えが大きく両開きの扉を開けると、神官長の白い騎獣がその場に出現した。息を呑んで、叫び声を出さないように必死に口元を押さえている店の者には目もくれず、羽のある白いライオンは空へと駆け出していく。
 続いて、ジルヴェスターがケルベロスのように頭が三つあるライオンのような騎獣を出して、わたしを抱き上げて飛び乗ると駆け出した。

 通りを行く人々が、店から駆け出してきた騎獣に、ぎゃあっ! と叫びながら、飛び退いていく。ごめんなさい、ごめんなさい、と謝ってみるものの、獣より速い、魔力のスピードであっという間に駆け抜けていくので、相手に聞こえているとは思えない。

 領主の前で取り乱すわけにもいかず、目を見開いて固まっていたギルド長を初め、口元を引きつらせていたベンノとマルクの顔を思い出す。

 ……ギルド長は会合の間ずっと、事態の変化に頭がついていかないような顔をしていたけど、大丈夫かな? 騎獣に乗せられて心臓麻痺、起こしてなきゃいいけど。

「養父様。いきなりハッセの町に行くなんて、唐突すぎると思います」
「我々の中では計画通りだ。お前達が話し合っていたのと同様、我々も話し合っていたのだからな」

 取り乱し、叫び、指差す人達の頭上を走り抜け、外壁を越える。農地を越えて小さな森を越えたところにハッセの町はあった。ルッツやギルから聞いた話では、馬車で半日ほどらしいが、騎獣で移動すると、ハッセの町はとても近い。

「ローゼマイン、どのような土地が工房に向いているのだ?」

 ハッセの町の上空で、神官長が辺りを見回しながら質問する。わたしも同じように周りを見ながら、紙作りの工房に向いた場所を探す。

「木を採る森が近くて、川が近くにあると助かります」
「では、あそこだな」

 ジルヴェスターが下を見下ろしてそう言うと、水車小屋の近くを指差した。

「フェルディナンド、水車小屋に影響を及ぼさぬ程度に距離を取った対岸だ」
「かしこまりました」

 神官長は辺りをぐるりと見回すと、一つ頷いて、騎獣の高度を下げていく。この面子で押しかけて、町の有力者を脅し、もとい、説得にでも行くのかと思えば、下へと向かったのは神官長だけだった。

 神官長が森の木々よりも少し高い位置で騎獣を止めると、ジルヴェスターが神官長の位置から少し離れた方向へと移動し始める。

「全員、もう少し距離を取れ」

 ジルヴェスターの指示に従い、全ての騎獣が距離を取っていく。神官長がわたしの小指くらいの大きさに見えるまで離れた上空で停止した。

 こちらの動きが止まったことを確認した神官長が、いつもの光るタクトを取り出したかと思うと、もう片手には何やら光る粉を持っていた。神官長がまるで音楽の指揮でもしているようにタクトを振ると、光る粉が意思を持っているように動き出す。遠すぎて声も聞こえないし、何をしているのか、わからない。
 けれど、ふわりと浮かび上がった光る粉が魔法陣を作り出し、くるくると回り始めた。

「養父様、神官長は何をしているのですか?」
「小神殿を作るに決まっているだろう? 他に何をするのだ?」
「え?」

 大きな魔法陣が浮かびあがり、眩い光が満ちた直後、神官長がタクトと下に向けて振り下ろした。それと同時に、魔法陣が下へ下へとゆっくり降りていく。

 魔法陣の光に触れたところから、森の木が白く光る粉へと変わっていった。上から葉が消え、枝が消え大きな幹が消えていく。根元に生えていた草や花も木々と同じように白い粉へと変わっていく。魔法陣の中では大量の白い粉だけが渦巻き始めた。

「な、何ですか、あれ?」
「滅多に見られるものではない。領主と領主の子だけに許される創造の魔法だ。領主の娘となった其方も、いずれ貴族院で学ぶことになる。よく見ておけ」

 ゆっくりと降りていた魔法陣が地面に付いた。
 その瞬間、土の色が変わった。白くなり、ぐにゃりと歪んだかと思うと、液体のようにどろりと動き始める。

 神官長が先程の紙を取り出した。バサバサと風に煽られるように飛んだ紙が魔法陣の中心で金色に燃え上がった。

 神官長の指揮で、まるで白く光るコンクリートが勝手に動いているように形を変えていく。ぼこりと穴が開いたかと思うと、ぶわっと白い土が形を変え、高く上がってきて太い柱となっていく。柱と柱の間に幕が張るように白い土が伸びていった。

 白い土の動きが止まったように見えた次の瞬間、一際眩しく光ったかと思うと、そこには小神殿ができていた。貴族区域がなく、規模が小さいけれど、真っ白の石の見慣れた形の建物があり、魔法陣と同じ大きさの円形に石畳ができている。
 森と川に挟まれた場所に不自然なほどに美しい真っ白の小神殿が建っている様は、実にシュールだった。

「これで、すぐにでも工房ができるであろう?」

 フフン、と得意そうなジルヴェスターと対照的にベンノとマルクの顔色は真っ青だ。時間稼ぎのつもりの新しい工房作りが一瞬で終わってしまうなんて、誰が想像しただろうか。
 ジルヴェスターは騎獣を下に向けて、降下を始めた。

「中を見てみると良い。ほら、来い」
「立っても大丈夫ですか?」

 小神殿の前へと降り立ったわたしは爪先でトントンと軽く石畳を踏んでみる。ぐにゃぐにゃと動いたはずの白い土は神殿や貴族街で見慣れた白い石になっており、上に乗っても何ともない、普通の石になっていた。

 小神殿は見た通り、建物は完璧にできていた。何故か窓がはまっているし、出入り口には扉がある。けれど、中に入ってみると、家具や扉がない。真っ白のがらんどうだった。

「ここが礼拝室になる。神の像とカーペットが必要だな。いつできる?」
「神の像は三月ほどかかると伺いました。カーペットはさすがにすぐにはできません」

 後ろで耳打ちするマルクからの情報を得て、ベンノが答える。
 わたしが礼拝室を併設したいと言ったため、すでに芸術関係の工房に神の像を作るとした場合に必要な期間や金額をマルクは問い合わせてあったらしい。さすが、仕事のできる男。素敵すぎる。

「急かせて二月で準備させろ。収穫祭には間に合わせるんだ」
「はい」
「カーペットは神殿にかなり余裕があったはずだ。この礼拝室くらいならば、十分だろう。譲るので、取りに来るように」

 礼拝室にはそれぞれの季節のカーペットが必要だし、準備するにはかなり時間がかかる物だ。譲ってもらえるのは正直助かる。

「ありがとうございます、神官長。助かります」
「あぁ、礼はいい。今ある分を譲るので、新しくできた方を神殿に納めるように」

 ……神官長のちゃっかりさんめ。

 しかし、新しい物が収穫祭に間に合わないのは事実だ。ある分をありがたくいただこう。

「中の扉と家具の類はどうだ? 冬には間に合わせなければ、孤児達が大変だぞ」

 礼拝室の脇の廊下にある階段を上がると、男子の部屋になる。ドアの部分がぽっかりと空いた真っ白の空間がならんでいる。

「収穫祭に間に合わせるならば、礼拝室の扉と祭壇が最優先だな。家具としては、食堂のテーブルと椅子、食器棚、孤児達のベッドか?」

 神官長が指折り挙げていくものを、ベンノが書字板にガシガシと書き込んでいく。

「ベンノの専属とグスタフの専属とわたくしの専属の木工工房を全て使えば、工期は短縮できますわ。この町の木工工房にも仕事を割り振ってお金を落とせば、神殿の印象も少しは上がるでしょう」

 わたしの専属の扱いになっているインゴは、印刷機の改良に加えて、孤児院の冬の手仕事のための板作りをしてもらわなければならないけれど、収穫祭までならば大丈夫だろう。

「これで工房は動かせるな」
「養父様、無茶言わないでくださいませ。生活基盤があって、すでに人が生活していて、工房だけを整えればよかった神殿の孤児院とは違います」

 神殿の孤児院では、青色巫女見習いであるわたしの言葉には従うこと、年かさの灰色神官の言うことをよく聞き、皆が真面目に働くこと、食事や報酬を皆で平等に分け合うことができていた。ここですぐに生産に結びつく仕事ができるかどうかはわからない。

「家具を運び込んで、生活道具を揃えなければ、ここでは生活さえできませんもの。工房に道具を運び込んで、すぐに工房を動かせるわけではありませんわ」
「仕方がない。少しは待つが、せっかく作ったのだから、なるべく早くしろ」
「はい」

 ベンノとマルク、ギルド長が集まって、何やら話し合いを始めた。仕事の割り振りや納期についての話をしているのだろう。

 わたしはベンノ達の集まりと、ジルヴェスター達を見比べる。何をするにしても先立つものは必要だ。ハッセの町では孤児の数が少ないけれど、何もない状態から始めるので、どうしても初期費用が高くなる。
 確か神官長は領主主体の事業になるのだから、予算が付くと言っていた。補助金の金額を吊り上げることはできないだろうか。

「初期費用には補助金が必要です、養父様」
「小神殿の建築で使い切った。これ以上は自分で集めろ」

 補助金額を吊り上げるどころか、バッサリと切られた。あの光る粉が高価だったらしい。それはそうだろう。商人用の契約魔術の紙もかなり高価だと聞いている。小神殿が建つほどの魔術具が安価なわけがない。
 しかし、工房に手付金を払うにしても莫大なお金が必要になるはずだ。自分で集めろ、と言われても困る。

「全部の費用をわたくしが準備するなんて無理です」
「何のための立場だ? 寄付金を募れ」

 領主の養女の立場を利用して、貴族から金を集めるように、と言われてしまった。なるほど、それならば多少集まるかもしれない。

「募金箱を持って、城をうろうろするということですか?」

 麗乃時代の駅前で寄付金を募っていた人達を思い出してそう言うと、ジルヴェスターはこめかみを押さえて首を振った。

「……ハァ。カルステッド、エルヴィーラにやらせろ」
「ならば、どのように寄付を募るか、実地で教えるため、ローゼマインはしばらく我が家に滞在するといい」

 お父様はフッと優しく目を細めてそう言った。貴族の女性が行う寄付金の募り方は、これから先にも必要になりそうだ。最初にしっかり教えてもらった方が良いだろう。

「お父様、ありが……」
「いや、それは駄目だ。エルヴィーラを城に招いて、フロレンツィアと共にするように。これは領主主体で行う事業だからな」

 お父様にお礼を言って、厚意に甘えようと思っていたら、ジルヴェスターが即座に却下した。言われてみれば、確かにこれは領主主導の事業なのだから、城で行う方が適切かもしれない。

「いやいや、よく考えてみていただきたい。城では一体どこでどのような邪魔者や聞き耳を立てている者がいるか、わからないではございませんか。我が家の方が情報漏洩を防ぐという意味では安全だと存じます」
「いやいやいや、情報漏洩を防ぐこと、常に周囲に対して緊張感を持ちながら過ごすことをローゼマインは学ばなければならない。そう言ったのは、其方だろう?」

 わたしの頭上で、表面上は穏やかな、しかし、目がギラギラした意見が行き交っている。
 そっと一歩後ろに下がり、わたしは成り行きを見ている神官長の袖を軽く引っ張った。

「お二人とも、意見としては正しいと思うのですけれど、どうしてこんなに睨み合っているのでしょう?」
「もっともらしいことを言っているが、其方の料理人がどちらに滞在するか、が争点になっているのだろう」

 予想外の争点が出てきた。建前でやり取りしているが、本音はわたしの料理人がどこに滞在するかで争っていたらしい。心の底からどうでもいい。

「……面倒くさいですね」
「あぁ、食が絡むと、この二人は実に面倒なのだ。だから、ローゼマインは神殿から通えば良いのではないか? 護衛騎士と騎獣で行けば、大して時間もかからぬからな」
「確かに。どちらにも行かなければ、争いにはなりませんね」

 なんていい考え、と手を打った時、神官長の肩にジルヴェスターとお父様の手が両方からポンと置かれた。

「フェルディナンド、抜け駆けはいかんな」

 涼しい顔で面倒な人、もう一人いたらしい。

 表面上は穏やかだが、目が全く穏やかではない三人の争いから、わたしはそそそそっと抜け出して、ベンノ達のところへ向かう。正直、わたしはどこに滞在しても構わないので、くだらない争いに巻き込まないでほしい。

「収穫祭まで、だと? 金と時間が全く足りんぞ」
「想定外だな。どうするつもりだ、ベンノ?」

 頭を抱えているベンノとギルド長の間に立って、わたしは二人を見上げた。

「お金はわたくしが貴族間で寄付金を募るとして、時間はどうしようもないですよね」

 突然現れたわたしにぎょっとしたように、ベンノとマルクとギルド長が一斉に下を向く。そして、領主達の動向を気にするように、視線を巡らせた。
 入り口付近に護衛騎士が立っていて、領主達は三人で何やら話をしているのが見える。けれど、話の内容が聞きとれるほどではないだけの距離があった。

「ローゼマイン様、あの方々はよろしいのですか?」
「今、わたくしがどこに滞在するか、の話し合いをしています。わたくしの滞在場所にエラを連れて行くので、それが狙いのようです」

 つまり、料理人の取り合いだと言うと、マルクが軽く目を細めた。

「旦那様、孤児院の全てを整えるのではなく、家具は木箱や籠に物を入れるようにし、今の季節ならば藁詰の布団を下に敷いて寝ても問題ないので、冬になるまでに順々にベッドを入れていくと仮定します。工房の道具、それから、最低限の生活道具や食料の搬入と神官達の移動にどのくらいの時間がかかりますか?」

 マルクの質問にベンノが頭をガシガシ掻きながら、考え込む。

「ウチとじいさんのところで手分けしたとしても、できれば、一月は欲しいな」
「うむ、そのくらいはかかるだろうな。本音を言えば、もう少し余裕が欲しいところだ」

 ギルド長も眉を寄せて、唸った。二人からほぼ同じ意見が出たということは、孤児院の体裁が最低限整うまでに、一月ほどかかるということだ。
 自分達で出した答えに、ベンノとギルド長がジルヴェスターをちらりと見て頭を抱えた。

「一月も待っていただけるのだろうか?」

 今日一日でいきなり小神殿を立てて、「これで工房ができるだろう」と言った人が悠長に一月も待ってくれるとは思えない。
 書字板にカリカリと何やら書き込んでいたマルクがフッと笑った。

「お任せください。一月は文句を言われないだけの余裕と初期費用を作り出しましょう」
 いきなり小神殿ができました。おかげで、ベンノさんはまた過労で死にそうです。
 負けるな、ベンノさん。頑張れ、ギルド長。希望の光はマルクさんが握っています。

 次回は、フーゴ視点の閑話でイタリアンレストランとそのレシピについてです。
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