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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

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インク工房の跡取り達

「マイン、空いている日を聞いて来いって言われたんだけど……」

 ギルベルタ商会から呼び出しがかかったのは、カミルが生まれて十日ほどたった日のことだった。
 蝋の工房へ連れて行ってくれる算段が付いたのだろう。それ以外に呼び出される理由が思いつかなかったわたしは満面の笑みでルッツを見上げた。

「蝋の工房に連れていってくれるんでしょ? だったら、フランが一緒の方が良いから、明後日の午前中でどう?」
「いや、会いたいって言っている人がいるらしい」
「……なぁんだ」

 一気にテンションが下がった。早く蝋工房に行きたいのに、と唇を尖らせながら、わたしは了承する。

「連れてくる側仕えはフランじゃなくて、ギルの方がいいかもな。インク工房の職人だって言ってたから」

 ルッツの言葉に、わたしのテンションがV字回復した。せっかくなので、色インクを作れないか、相談してみよう。

「うふふ~ん。楽しみだね、ルッツ。……あ、わたし、インク工房の人と顔を合わせて、話をしちゃって大丈夫なの?」

 亡くなったインク協会の会長はわたしの情報を探っていたのだ。新しい会長が今も情報を集めているかもしれない。一気に不安になったわたしに、ルッツは軽く肩を竦めた。

「旦那様が大丈夫だと判断したから、会わせることにしたんだろうし、大丈夫だろ?」
「じゃあ、素直に楽しみにしておくね」



 約束の日、朝迎えに来たルッツとダームエルとギルと一緒に、わたしはギルベルタ商会へと向かった。忙しそうなマルクが、それでも、わたしに気付いてくれて店先へと出てきてくれる。

「マイン様、おはようございます。お客様はすでにいらしています」
「マルクさん、おはようございます。忙しそうですが、案内していただいてよろしいですか?」

 穏やかに笑ったマルクによってギルベルタ商会の奥の部屋へと通されると、見覚えのあるインク工房の親方と若い女性がいた。インク工房の親方は相変わらず神経質そうに眉を寄せている。
 若い女性は髪を上げているので、成人しているようだ。赤茶の髪を三つ編みにして、それを上にあげて留めているだけの髪型で、外見には気を配らないタイプの女性らしい。好奇心に満ちた灰色の瞳があちらこちらを忙しなく観察して動く様子は、彼女を幼く見せていた。

「ねぇねぇ、父さん。あの子?」
「相手はお嬢様だ。指差すな」

 どうやら親子らしい。短く低い声で怒られて、彼女はわたしを指差した手を慌てた様子で自分の背後に隠す。しかし、その好奇心の固まりのような目はわたしに固定されたままだ。

「マイン様、おはようございます」

 ベンノがそう言って、わたしを迎えいれ、自分の隣の席に座るように手で示す。わたしはコクリと頷いて、ダームエルを見上げた。流れるような動きでダームエルがエスコートして、椅子に座らせてくれる。さすが、お貴族様。優雅な動きである。

「ヴォルフが亡くなったため、俺が新しくインク協会の会長になったビアスだ。望んだことではないが、引き受けることになってしまった以上、できるだけのことをしたいと思っている」

 そう言って、ビアスがグッと眉を寄せて、大きな溜息を吐いた。
 どうやらヴォルフはかなり不審な死を遂げていたらしく、インク協会の会長の後釜をインク工房の親方達が押し付け合って、なかなか決まらなかったらしい。最終的には誰もがやりたがらない会長をビアスが引き受けることになったそうだ。お気の毒である。

「亡くなった人のことを悪く言うのは良くないが……あの人は強引過ぎたし、とんでもないところに足を突っ込んだんだ」

 そう言って、ビアスは項垂れる。後始末を全て押し付けられる形になって、非常に苦労しているらしい。あまり饒舌な性質ではないようで、ポツポツと言葉を紡いでいく。

「俺は工房を運営し、インク工房をまとめていきたいと思っている。だが、この通り、口下手で、販売には向いてない」

 本来なら、インク工房はインクを作るだけが仕事だ。販売は商人ギルドの商人や商店を通して行うことになる。
 だが、下町でインクを扱っている文具店は一つしかなく、そこに卸す以外の貴族向けの営業は、強引な手法でヴォルフがずっと独占して利益を得てきたらしい。

「今までは販売のことなど全く気にせず、職人達はただインクを作っていれば良かったが、ヴォルフが死んでしまうと、代わりに誰かが窓口にならなければならない。今まで貴族と付き合いのなかった文具店のじいさんに、貴族と取引しろと言うのも無茶だろう?」

 確かに、実入りも多いのだろうが、貴族との付き合いは面倒が多い。
 わたしから見れば、特に問題なく貴族と取引しているように見えるベンノでさえ、ジルヴェスターや神官長と面会する時は胃を痛くしたり、神経をぴりぴり尖らせたりしている。挨拶一つとっても覚えることは多いし、失敗は店の進退を決めるのだから、当然だ。

 下町の富豪層だけを相手に平和に店をやってきたおじいちゃんにいきなり貴族と付き合えと言うのは酷な話だ。店主が貴族との付き合い方を知らないのに、跡取りやダプラが知っているはずもない。貴族について調べて覚える機会があるならばともかく、明日からよろしく、と言われて、軽く頷けるような話ではないのだ。

 実際、下町の商店でも貴族と付き合いがあるのは、大店と言われる店の旦那くらいで、その数は決して多くない。大店の中で、インクを取り扱ってもおかしくない店となれば、さらに絞られて数店になる。

「ギルド長の店がそういう貴族向けの小物を扱っていただろう? そちらに頼めばどうだ?」

 ベンノが軽く眉を上げてビアスを見た。ギルド長から仕事を奪ってやろうと思うほど、インク販売に魅力がないのか、実入りに比べて面倒が多いのか、もうこれ以上手が広げられないのか、「俺がインクを販売してやろう」とベンノは言わなかった。
 ベンノが引き受けてくれるのを期待していたのか、ビアスはがっかりしたように肩を落として首を振る。

「そうしたいのは山々だが、商業ギルドのギルド長がもともと取り扱っていたのをヴォルフが会長になった途端、独占したんだ。……もう一度頼みに行けばどうなるか、わかるだろう?」

 即座にギルド長の顔が思い浮かんだのか、ベンノは顔を歪める。

「足元を見られるな。嫌らしく笑うじじいの顔が思い浮かぶぞ」
「だから、俺はギルベルタ商会に頼みたいと思ったんだ」

 新しいインクを考案し、これから大口のお客となることが確定しているマイン工房とマイン工房で作りだす絵本の販売を一手に引き受けているギルベルタ商会ならば、インクの販売を取り扱っても不思議ではない。
 ビアスの主張に、ベンノはこめかみを押さえて、頭を振った。

「簡単に言うな。今までヴォルフがこっそりと引き受けていた後ろ暗い仕事を引き受けてくれるのか、と言いだすお貴族様もいるだろうし、俺がインク販売もすることになれば、ギルド長が今まで以上に妙な言いがかりをつけているようになるだろう?」

 わたしはちろりとベンノを見上げた。

「……じゃあ、余所に譲るんですか?」

 ベンノが難色を示す気持ちはわかるけれど、インク協会が他の店にインクを下ろすようになれば、わたしはその店と取引しなければならない。見た目で侮られ、まともに取引できるようになるまでにどれだけの労力がかかるか考えただけで、げんなりする。

「これから先、マイン工房で本を印刷しようと思ったら、インクが大量に必要になるのは、わかりきっていることですから、わたしとしては他のお店が扱うよりはベンノさんに扱ってもらった方が安心なのですが」
「ほら、お嬢様もこう言ってるじゃないか。頼む、旦那」
「う~ん、だが、なぁ……」

 眉を寄せて、難色を示すベンノだが、先程よりは断る勢いが弱まっている。それを察したビアスがわたしを見て、必死の顔で懇願してきた。

「お嬢ちゃんからも、もっと頼んでくれないか?」
「……ベンノさんの説得に助力するのは構いませんけれど、色インクの開発に協力してください」
「色インク? 何だ、それは?」

 首を傾げるビアスの隣で、じっと座っていたハイディがビシッと手を挙げた。

「アタシがやる! その話がしたくて、ここに来たんだから」
「えーと……ハイディさんですよね?」
「あぁ、俺の娘でウチの工房の跡取りだ。インク作りが好きで、新しい物が好きで、20歳を越えたというのに落ち着きがない。お嬢様が言いだした植物紙専用のインクを作っているのが、こいつとその旦那だ」

 パッと見た感じは成人してすぐくらいに見えるが、実は20歳を越えていて、既婚者だったらしい。ビックリだ。

「お嬢様のインクの作り方は斬新で、今までと全く違って、とても刺激的だったよ。これからもよろしく」
「マインと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」
「今のところ、植物紙専用インクを作っても購入見込みがマイン工房しかないんだよね。どんどん買って、どんどん使って」

 今までのインクでは植物紙が傷みやすいというだけで、全く使えないわけではない。そのため、少し安めの植物紙を買う者が増えたとしても、インクは今までの物で代用することがほとんどになる。わざわざ買って、インクを使い分ける必要はないのだ。
 何より、わたしが作ってほしくてインク工房に公開した分量は印刷用の粘度の高いインクの作り方だ。今はまだ他の人が欲しがるとは思えない。

「では、早目に絵本の第二弾を作らなければなりませんね」
「そう。それで、植物紙用インクを作っている時に思ったんだけど、同じ作り方で黒以外もできるんじゃないかって……」

 ハイディは色インクが作れるのではないかと思いついたけれど、すぐに作ることができなかった。「黒インクの権利を譲るために契約魔術のような高額の契約をしてくるギルベルタ商会が相手だ。色インクに関しても様々な契約があるかもしれない」と父親であるビアスに言われたからだ。
 どうしても色インクを作ってみたくなったハイディは、ベンノに色インクを作っても大丈夫かどうか、相談に来たらしい。インク作りに関してはベンノが知っている事はほとんどないので、わたしと会わせることになったようだ。

「黒以外もできます。ぜひ、作ってください」
「ただ、素材がね、何が適しているのかわからなくて……。何か情報があったら、と思って、ここに来たの。絵具や染料に使われる素材なら、たくさん集めたけれど、どんな素材が向くの?」

 キラキラと輝く灰色の目に真っ直ぐに見られて、わたしが口を開こうとすると、ベンノがガシッと肩を押さえた。

「マイン、わかっているな?」

 無料でベラベラと喋るな、と目が雄弁に語っている。わたしはハプッと口を閉じて、ベンノに向かって一度コクリと頷くと、ハイディに向き直った。

「色インクの売り上げの一割を情報料として頂きます」
「高すぎるよ! 商品になるまでにものすごく金がかかるのに!」

 ハイディが悲鳴のような声を上げた。研究や開発に手間とお金がかかることは知っている。わたしは、うーん、と首を傾げた。

「売り上げの一割は頂きますが、初期の研究費の半額は持ちます」
「乗った!」

 ハイディが顔を輝かせて、即座にバッと手を出してきた。商談成立だ。わたしがハイディの手を握ろうとすると、わたしの頭にはベンノ手が、ハイディの頭には父であるビアスの手がベチッと飛んだ。

「勝手に決めるな、お前ら!」

 わたしとハイディは揃って頭を押さえて、それぞれの保護者を見る。

「……え? でも、妥当なところじゃないですか?」
「妥当じゃない。お前が出しすぎだ。情報を出すなら、初期投資の四分の一でいい。」
「そのくらいが妥当だ」

 ベンノの修正を受け、ビアスもそれに頷いた。細かい取り決めを保護者同士が始めると、わたしはハイディと色インクの話がしたくて仕方がなくなってきた。ハイディも同じことを思っているのか、期待に満ちた目でわたしを見ている。

「お嬢様、工房に行かない? 思い当たる素材を片っ端から揃えてみたの。お陰で父さんに思い切り叱られたけど」
「素敵! ぜひ行きたいです!」

 何だろう、ハイディとはとても気が合うようだ。わたしとハイディが同時に立ち上がろうとした瞬間、それぞれの保護者が首根っこをつかんで、椅子に座り直しさせる。

「まだ話は終わってない!」
「落ち着け、阿呆!」

 保護者同士も息ぴったりだ。ベンノはわたしの首根っこを押さえたまま、深い溜息を吐いた。

「……仕方がない。インクの取引はウチがひとまず取り扱う。ただし、ウチが独占するのはマイン工房で扱う植物紙専用のインクのみだ。これには色インクも含まれる。それ以外のインクに関しては、他が参入したいと言ってくれば、参入させてやればいい。ギルド長の矛先を増やしてくれ」
「わかった。助かる」

 疲れきったようなベンノとビアスのやり合いで、無事にインクの売り方も決まったらしい。

「では、工房に行ってもよろしいですか?」
「早速、新しい色を作ってみよう」

 わたしとハイディが立ち上がると、ベンノはルッツを呼んで、肩に手を置いた。

「ルッツ、よく見張っていろ。……マインが二人になったようなものだぞ」
「旦那様、オレだって、そんなの面倒見きれません。マイン一人で手一杯ですよ」

 困ったように眉を寄せて見送ってくれるベンノに大きく手を振って、わたしはインク工房へと向かう。
 わたしの歩くスピードに耐えきれなくなったらしいハイディは「先に準備してるね」と言って、一人で工房へと駆けだしていってしまった。ビアスは顔を青くして、わたしに謝ったけれど、別に機嫌を損ねるようなことではないので構わない。

「ねぇ、ルッツ。ハイディって、お仕事熱心そうで面白いけど、変わった人だね」
「……マインが言うな」



 ビアスに案内されたインク工房は、まるで理科の研究室のようだった。たくさんの器具が置いてあり、天秤のような秤があり、慎重に分量を量って、没食子(もっしょくし)インクを作っている職人の姿がある。
 隅の方の一角に、わたしが頼んだ植物紙用のインクを作る場所があった。出来たインクが瓶に詰められていくつか置かれている。
 そこで、先に戻ったはずのハイディが二十代半ばの男性にガミガミ叱られていた。「遊ぶ前に仕事をしろ」というような内容だ。

「ビアスさん、ハイディは忙しいのかしら?」
「……いや、お嬢様が気にすることじゃない。おい、ヨゼフ! 今日はいいんだ。ハイディには客の相手をさせる」

 ビアスがそう大声で言うと、ハイディは顔を輝かせて振り返り、ヨゼフと呼ばれた男性は驚いたように目を丸くした。

「親方、ハイディに客の相手をさせるって、正気か?」
「新しい色のインクを欲しがって、アイツの研究費の四分の一を負担してくれる貴重な客だからな。今日はハイディの研究を止める必要はない。失礼がないかどうかだけ、見ていてくれ」

 二人のやり取りで、普段のハイディが一体どのような扱いをされているのか目に浮かぶようだ。

「お嬢様、こいつはヨゼフ。ハイディの夫で、実質的なこの工房の跡取りだハイディ共々、よろしく頼む」
「マイン工房の工房長のマインです。本日はできている植物紙用のインクの買い取りと新しい色インクを作るところを見せてもらうために伺いました」

 わたしの言葉にヨゼフはホッとしたように息を吐いた。作ったものの、植物紙インクを欲しがる客がいなくて、どうしたものか、と思っていたらしい。

「これが、今出来ている分だ」
「では、これだけを明日中に店へ運びこんでください」

 ギルベルタ商会のダプラであるルッツが親方から買い取り、マイン工房に売る。一見面倒だが、そういう手順を踏まなければならないらしい。商人としてのやり取りはルッツに任せて、わたしは工房を見回した。ダームエルとギルも、下町の工房は珍しいようだ。興味深そうに辺りを見回している。

「お嬢様、こっち、こっち」

 ハイディが手招きする方へと向かうと、素材を集めたというだけあって、少量ずつ色々な物が集められていた。すでに粉々になっているので、元が何か、全くわからない。そして、色を作るための素材だけではなく、色々な種類の油も集められていた。

「ハイディ、ここにある油は?」
「片っ端から集めてみたの。亜麻仁油だけじゃ足りなくなるかもしれないでしょ?」
「えぇ。わたくしも同じことを考えていたの」

 インクを作るのに乾性油が欲しかったけれど、この街で目にする物の中でわたしにパッとわかるのが亜麻仁油だけだったのだ。生地に麻のような物があるのだから、存在するだろうと見当をつけてみた。
 けれど、亜麻仁油だけでは、量が心もとないし、値段も高い。他に代用できる油がないか、わたしも探そうと思っていたのだ。せっかくだから、この機会にこの世界の油の種類を調べてみたい。

「油には乾燥させれば乾く乾性油と乾燥しても乾かない不乾性油があるのだけれど、インク作りに向くのは乾性油なのです」
「えーと、それなら、亜麻仁油の他には数種類かな。ミッシュ、ペード、アイゼ、トゥルムくらいだよ」

 並んだ油の中から、ハイディはパパパッと名前を挙げながら選別する。胡桃や花の名前を挙げられ、わたしは慌てて書字板にそれを書き留めていった。

「わたくしが知っているインクは、色のついた鉱石を粉状にして、混ぜる物が多いのです。……そうですね、このような黄土の土で黄色と茶色の中間のような色ができます」
「よし、やってみよう。ヨゼフ、手伝って」

 ハイディがヨゼフを呼んで、早速作り始めた。ヨゼフが大理石の板の上で、黄土と油を練り始める。

「……ん? 茶色になんてならねぇぞ!?」
「な、なんで?」

 黄土と油を混ぜれば、黄土色になるはずだ。他の色になるはずがない。それなのに、わたしの前には何故か青があった。晴れた青空のような鮮やかな青が大理石の上に広がっていて、唖然とする。

「ほ、他の油でも試してみましょう」

 ミッシュ、ペード、アイゼ、トゥルムの順で、ヨゼフとハイディが黄土と混ぜていく。唯一アイゼだけはわたしの知る黄土色に仕上がったけれど、それ以外は赤く変化したり、青緑のような色になったり、予想外の結果になった。
 五色の大理石を前に、わたしだけではなく、全員がしぱしぱと目を瞬く。

「どう考えてもおかしいよな?」
「……おかしいけれど、これは、一つの素材から色々な色が作れてよかったと言うべきなのかしら?」

 油の種類でまさか色が変わるとは思わなった。結果としては予想外だが、色数が増えるのは、歓迎できることだ。
 次々と混ぜていたヨゼフが腕をぐるぐると回しながら、疲れた顔でわたしを見た。

「お嬢様、予想以上に前向きだな」
「わたくしが欲しいのは色インクですから。無色透明にならない限りは、問題ありません」

 わたしは書字板にできあがった結果を書き込んでいく。
 ルッツはできた色インクを見つめて、首を傾げた。

「どうしてこんなことになるんだ?」
「君もそう思うよね? 不思議だよね? ぜひとも解明してみたいよね?」

 ハイディが顔を輝かせて、ルッツの手を取った。ハイディはどうやら不思議を解明したくて仕方がないタイプのようだ。

「ハイディ、どうしてこうなるかは、この際どうでもいいです。大事なのは何色ができるか、なのです」
「えぇ!? お嬢様はこの不思議が何故起こるのか、知りたいと思わないの?」

 まるで裏切られたとでも言わんばかりに、ハイディが目を見開いてわたしを見つめると、横からヨゼフの腕が伸びてきて、ハイディの頭をガシッと押さえた。

「ハイディ、お嬢様をお前の変人仲間にするな!」
「変人なんてひどい。このお嬢様とはわかりあえると思っただけなのに」

 ハイディには悪いが、わたしは別に不思議の解明がしたいわけではない。可愛い弟のカミルのために、色付きの絵本を作りたいのだ。ちなみに、自分で不思議解明をしたいとは思わないけれど、研究結果をまとめた本なら大歓迎である。

「わたくしは理由や原因より、結果が知りたいです。アイゼは予想通りの色ができましたもの。今度はそこの青をアイゼに混ぜてみましょう。次々とやってみれば、共通点や相違点が明らかになるかもしれません」

 わたしが青の粉末を指差すと、ハイディは笑って大きく頷いた。

「それに関しては、同意見。次々とやってみよう」

 黄土色は予想通りの色が作れたアイゼだったが、ラピスラズリの粉末のような青と混ぜると、何故か鮮やかな黄色になった。菜の花畑を描くなら、ピッタリだが、わたしが求めた色は黄色ではない。
 余談であるが、ラピスラズリのような青ができたのは、亜麻仁油だった。

「……これは難しいかも」

 大量の素材と五種類の油を前に、わたしは自分の知識と異世界の常識の違いに大きな溝を感じながら、結果の記された書字板を睨んだ。
 インク工房の若夫婦、彼らもそのうちグーテンベルクと呼ばれます。
 そして、異世界の壁に戸惑うマイン。

 次回は、このまま色作りの研究を続けます。
+注意+
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