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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

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襲撃

 嫌な予感がするお招きを受けたわたしは、神官長に助けを求めてみる。

「し、神官長……」
「身分を考えたら、君が招きを断れぬことは、知っているな?」
「はひ……」

 この場は貴族階級の者ばかりが集まっている食事会ですものね。平民のわたしに拒否権なんてありませんよね。わかってます。一応聞いてみただけです。

「こちらへ来い、マイン」

 せっかく神官長が席を離して設置してくれているのに、ジルヴェスターは自分とカルステッドの間を軽く叩いて、ここへ座れと主張する。
 席がないのにどうしろと言うのか、とわたしが困惑していると、「諦めろ、マイン」と言いながら、カルステッドとダームエルが立ち上がって、席を移動し始めた。

「マイン、ダームエルと同じようにあちらから回って、ジルヴェスターの隣に座りなさい」

 この席替えも多分拒んではいけないのだろう、神官長が気の毒そうにわたしを見ながらそっと背中を押した。

「し、失礼いたします」

 食堂の大きなテーブルをぐるりと回って、わたしは仕方なくジルヴェスターの隣に座る。反対側の隣はカルステッドなので、椅子の上でじりじりっとできるだけカルステッドの方へと移動した。
 ジルヴェスターの正面に神官長、わたしの正面にダームエルがいる。

「マイン、料理人を交換しようではないか。取り上げるわけではないから、良いだろう?」

 良い訳がない。勝手にトレードなんてしたらベンノに怒られるだろうし、レシピの流出も困る。

「彼らは余所からお預かりしている料理人なのです。わたくしの独断で交換などできませんわ」
「では、その者と交渉しよう。誰だ?」

 ベンノが貴族階級に命じられて、断れるわけがない。ここまで準備してきたイタリアンレストランが料理人不在で開店できないなんてことになったら、どうしてくれるのだ。ベンノとマルクの胃痛と頭痛と赤字が限界を越えてしまうに違いない。

「ジルヴェスター様、商人相手ならば、貴族階級であるジルヴェスター様の要望に逆らうことなどできません。それはもう交渉ではなく、理不尽な命令でございます」
「なるほど、商人相手にはそうなるか」

 面白そうに目を光らせてジルヴェスターがそう呟く。「性根が腐っているわけではない」と言った神官長の言葉は正しかったようで、わたしの指摘に逆切れして怒りだすようなことはせず、更に続けるように、と軽く顎を動かした。
 神官長に視線を向けると、神官長も「構わない」と言うように、小さく頷いたのが見えた。神官長の隣のダームエルは真っ青でガクガクブルブルしている。

「わたくしの料理人はもう少ししたら開くお食事処の料理人となるのです。そのための教育期間で、料理人の教育にも開店準備にも多額のお金と人手がかかっております。貴族の方々には大した金額でなくても、平民にとっては生死に係わる金額です。それらを踏まえた上で、ジルヴェスター様は出店計画を潰せと仰せですか? それほど彼らのお料理が気に入ったのでしたら、出店計画を潰すのではなく、お食事処のお客様になってくださいませ」
「ほぉ、食事処だと? あの食事を平民が食べるのか?」

 信じられないと言わんばかりに目を見開くジルヴェスターに、わたしはここぞとばかりに宣伝しておく。

「下町でも富豪と呼ばれる方々でなければ入れない値段設定になっておりますし、紹介がなければ入店をお断りするお店でございます。貴族の館を模した造りの食堂で、貴族の方が食べているような食事を、いえ、貴族の方も食べたことがない食事を提供するのです」
「ほぉ、紹介は誰がするのだ?」
「……えーと、興味がおありでしたら、わたくしが紹介いたします」

 本音を言ってしまえば、意味不明な言動が多いジルヴェスターを紹介するのは、後々の負担が大きそうだが、料理人を取られて計画が潰れるよりはマシだ。

「よし。では、紹介しろ。足を運んでやろう」
「大変有り難く存じます。……カルステッド様と神官長も、ジルヴェスター様とご一緒されませんか?」

 暴走しそうになったら手綱を握れる人が欲しいな、と視線でお願いすると、二人が揃って項垂れた。

「あぁ。……行くしかないだろう」

 ……ジルヴェスター様も一応、貴族階級のお客様だけど、ベンノさん、喜ぶかな? 頭抱えるかな? どっちだろ?

 どちらにしても、平和的に料理人トレードを阻止できたことだけは褒めてほしいものだ。
 わたしがホッと息を吐いていると、チーズやハムなどの簡単なおつまみとお酒を手に、神官長が思い出したように顔を上げた。

「マイン、ロジーナにフェシュピールを弾いてもらったらどうだ?」

 そういえば、長い夜の慰めになるので、持っていけと言われていたのだ。
 わたしは視線でフランを呼んで、ロジーナにフェシュピールを弾いてほしい、伝言を頼む。その様子を見ていたカルステッドが驚いたように目を見張った。

「平民がフェシュピールを持っているのか?」
「神官長から覚えるように言われたのです」

 神官長から「教養を身に付けろ」と言われた話をすると、カルステッドは「さすがフェルディナンド様だな」と小さく呟いた。たしかに、あの時点では貴族の養女になる話などなかったのだから、さすが、なのかもしれない。

「マインはなかなか筋が良いぞ。練習は怠っていないのだろう?」
「ロジーナが優秀なのです」

 神官長が褒めてくれるが、わたしの練習時間はロジーナによって、きっちりと確保されている。わたしがいくら練習をサボりたくても許してくれないのだ。毎日練習していれば、ある程度までは誰でも弾けるようになるのはピアノだって同じだ。ただ、麗乃時代は毎日できなかったから上達しなかっただけだ。

「お呼びと伺いまして、参りました」

 ロジーナがフェシュピールを持ってやってきた。食堂の椅子が一つ、ロジーナのために準備され、ロジーナは満面の笑みでフェシュピールを構えた。そして、ジルヴェスターがリクエストした曲を次々と奏でていく。

「見事だな。灰色巫女が一体どこでそれだけの技を身につけたのだ?」
「前の主であるクリスティーネ様は芸術に造詣が深かったのでございます」
「ほぉ……。では、マイン。次はお前だ」

 ロジーナのフェシュピールに聴き入っていた直後に、「お前も弾け」はひどいと思う。比べられるではないか。わたしは慌てて断る理由を探す。

「わたくし、その、大人用のフェシュピールでは弾けませんので……」
「あら? こんなこともあろうかと、マイン様のフェシュピールも持参しております。お部屋から取ってまいりますわ」

 ……のおおぉぉ、ロジーナ、余計な事を。

 カクンと項垂れるわたしの背中を、必死で笑いを堪えているカルステッドが軽く叩いて慰めてくれる。ジルヴェスターはニヤッと笑いながら、わたしから神官長へと視線を移した。

「よし、その間はフェルディナンドが弾け」

 拒否するかと思いきや、神官長は溜息一つで立ち上がり、フェシュピールを手に取った。ロジーナの後に弾いても全く劣らないところがすごい。

 だがしかし、選曲が、わたしの教えたアニメソング。アレンジが違いすぎて、原曲がわかりにくくなってるけれど、歌詞が神様賛歌になっているけれど、元はそれ、アニメソングですから。
 うっとりと聴き入る周囲と腹筋崩壊を堪えるわたし。まさか、ちょっと面白そうだなと思ってやらかしたことが、こんな形で自分に戻ってくることになるとは、考えていなかった。

「聞いたことがない曲だな」
「まぁ、そうであろうな」

 軽く流した神官長の答えに、ジルヴェスターが眉を寄せた。

「どこの誰が作曲した曲だ」
「……秘密だ」

 一瞬わたしをちらりと見て、フッと得意そうに笑った神官長にわたしは、ひいぃっと息を呑んだ。隣でジルヴェスターが軽く眉を上げて、深緑の目を輝かせる。

 ……ああぁぁ、公表されるのも困るけど、変な煽り方をされるのも困る! 興味持っちゃったよ、この人。

 わたしが内心大嵐になっている中、ロジーナが小さなフェシュピールを持ってきた。

「どうぞ、マイン様」
「ありがとう、ロジーナ」

 わたしは無難に練習中の課題曲を弾いて歌った。さすがに、ここで麗乃時代の曲を弾くような墓穴は掘らない。わたし、成長した。

「……まだまだ、だな」
「では、次はジルヴェスター様の番ですわ。わたくし、聴いてみたいですもの」

 わたしの周りには神官長やロジーナやヴィルマのような芸術に精通した人ばかりがいて、一般的な貴族が一体どれくらいのレベルかわからない。ここはジルヴェスターにも弾いてもらって、レベルを知っておきたい。

「フッ、私のフェシュピールを聴きたいのか。よかろう、聴かせてやろう」

 得意そうにフェシュピールを持ったジルヴェスターだが、今までの言動からまさか芸事に通じているとは思わなかった。けれど、ピィンと弾いた音は存外柔らかく、張りのある声が良く伸びて、予想外に上手い。

 ……おおぅ、貴族のレベルが高すぎる。

 神官長達の要求レベルが高すぎるというサンプルが欲しかったのに、貴族のレベルの高さを確認する結果になってしまった。

「カルステッド様も弾いてくださいます?」
「私はフェシュピールが得意ではない。横笛の方が得意だが、今回は持参していないのだ」

 なんと、見るからに無骨な武官という感じのカルステッドも楽器はできるらしい。細い弦を爪弾くより、鍛えた肺活量で音を奏でる笛の方がお好みだそうだ。何それ、ちょっとカッコイイ。

「だが、皆が芸を披露しているのだから、何もしないわけにはいかぬか。……そうだな。ここですぐに見せられて、見栄えがすると言えば、剣舞くらいだ」
「剣舞ですか!? わたくし、まだ見たことがないです。ぜひ、見てみたいです」

 麗乃時代も剣舞なんて実物は見たことがない。わたしが期待で目を輝かせてカルステッドを見上げると、カルステッドはダームエルを呼んだ。
 そして、光るタクトを出して「シュヴェールト」と呟くと、光るタクトが剣へと変わっていく。

 片手剣を持って、向かい合った二人が軽く剣先を合わせた後、ビシッと真っ直ぐに剣を立てる。それが開始の合図だったようで、二人の目付きが変わり、剣がヒュンと空を切って動き始めた。

 これは剣の練習をする時に、基本の型として叩きこまれる動きをいくつも繋げてできる舞だということで、騎士団に所属する者ならば、できて当然らしい。
 だが、今回のように打ち合わせもない即興の場合、相手の動きや視線をよく見て、型を見切って動かなければ、二人の動きが噛み合わなくなるし、怪我をする恐れもあると言う。

 真剣の煌めきと緩急がついた二人の剣舞は、動きに無駄がなくて洗練された美しさがあった。ダームエルの額に汗が浮き、息が上がり始める。それを見たカルステッドが涼しい顔で剣を引く。

「こんなものか……」
「素敵です! カルステッド様もダームエル様もすごいです! 怪我しそうでハラハラしましたけれど、二人ともとてもカッコ良かったです」

 手放しでわたしが二人を褒めたら、ジルヴェスターが「そのくらい私もできる」と対抗して、カルステッドを相手に剣舞を始めた。

 ……えーと、もうお部屋に帰っても良いかな?

 真面目な顔で剣舞を披露するジルヴェスターはカッコいいと思う。ダームエルとやっていた時よりスピードが速くなっていて、高度な事をしているのもわかる。でも、鬱陶しい。

「フッ、カッコ良かっただろう? ほら、褒めろ」

 得意そうに胸を張って言われて、もう一度心の底から思う。ホントに鬱陶しい。剣舞が終わるといつも通りすぎる。一瞬でカッコよさと感動が吹き飛んだ。

「……ジルヴェスター様もとても素敵でした」
「感情が籠ってない。やり直しだ」

 三回褒め直しをさせられたところで、ジルヴェスターがあまりにも面倒なので、わたしは体調が悪くなったふりをして、さっさと与えられた部屋に引っ込んだ。



 次の日の朝、ブロン男爵に奉納式で力を込めた小さな聖杯を渡すために、神官長が目通りしていた。貴族が治めている農村はここ数年、それだけで良いらしい。神官や巫女の人数に余裕がある時は、それぞれの貴族の農村にも赴いていたようだが、今年は特に余裕がないと神官長は言っていた。

 いくつかの農村の人々が集まって過ごす冬の館へと赴いて、大きな聖杯で村長に直接聖杯の恵みを与えなければならないのは、領主の直轄地の農村だけらしい。小さな聖杯に魔力を込めてあるので、発動だけならば貴族にできるようだ。

 ……小さい聖杯に魔力を込めるなんて、魔力を持っている貴族なら当然できるんだから、わざわざ神殿で冬に奉納の儀式なんてせず、聖杯を渡しっぱなしにして、自分で魔力を込めてもらえばいいのに。それができないなら、せめて春に貴族が領地へ戻る時に配って、持って帰ってもらえば、わざわざ赴く必要もないのに。変なの。

 わかったような顔で話を聞いたけれど、よくわからない。面倒でもわざわざ行う理由があるのだろう、と心の声は外に出さず、ほぅほぅと頷いておいた。

 神官長がブロン男爵との会合を終えた後は、領地内で一番大きな農村が集まる穀倉地帯を一日中飛び回った。5カ所の冬の館を巡って祈念式を行った後は、また貴族が治める農村へ向かって、宿泊だ。そして、出立時に神官長が目通りして、小さな聖杯を渡す。

 次の日も、その次の日も、同じように冬の館を回って祈念式を行った。それで、直轄地の農村は終わったらしい。「明日からは貴族達の館ばかりを回ることになる」そう言った神官長の顔が少し厳しいものになっていた。

 基本的には騎獣に乗って貴族の土地を回る。けれど、何の法則があるのか、馬車で行くところと騎獣で行くところがあるようで、時折、馬車に合流しては、いかにも「ずっと馬車で移動していました」という顔で訪れる貴族の館がある。

 その時はいつも「マイン、これで顔を隠せ」と、ゴトゴトと揺れる馬車の中で、神官長の指示により、貴族の令嬢が被るというヴェールを被らされることになる。そして、貴族の館に入るのは、わたしと神官長、フラン、アルノーの4人だけなのだ。
 騎士達やジルヴェスターは馬車で居残りだ。目立ちたがり屋のジルヴェスターが騒がないか心配していたけれど、大人しく馬車の中で待つことに異論を唱えなかった。

「次のゲルラッハ子爵の元には馬車で行くことになる。合流するぞ」

 朝早い時間に、ある貴族へ小さな聖杯を渡した後、騎獣で飛び立った神官長はそう言って、先にゲルラッハ子爵のところへ向かっている馬車の方向へと騎獣を駆けさせる。馬車に魔術具を設置してあるらしく、神官長には馬車のいる場所がわかるらしい。

 難なく馬車に合流した。馬車はわたしとダームエルと神官長、カルステッドとジルヴェスターに別れて乗っている。戦力的にそれが一番良いそうだ。わたしにはよくわからないので、お任せである。

「ゲルラッハ子爵は君にずいぶんと興味を持っていた。春の祈念式ではぜひ君に立ち寄ってほしいと言っていたが、彼は神殿長と交流が深い。警戒しておいた方が良かろう」

 神官長がかなり警戒した状態で、わたしにヴェールを深めに被るように言った。
 ゲルラッハ子爵の館に着いたが、すぐに出立するので、馬車はそのままで、わたしと神官長だけがアルノーとフランを従えて目通りする。

「おぉ、遠いところ、ようこそいらっしゃいました、フェルディナンド様。それから、そちらが噂の巫女見習いかな?」

 先入観のせいか、じっとりとした嫌らしい声に聞こえた。ヴェールを被せられて、跪いているわたしには、ゲルラッハ子爵の顔は全く見えない。足元が辛うじて見えるが、ちょっと太そうとしかわからなかった。

「今日は泊っていかれるのでしょう? 盛大に歓待いたしますぞ」
「いや、急ぐので、すぐに出立する。今夜はライゼガング伯爵のところで泊ることになっている」

 そう言って、神官長は小聖杯を渡すと、話を終わらせて、さっさと立ち去る。最初から最後まで神官長が対応したので、わたしは直接顔を合わせることなく、特に何事もないままに終わった。

 午前中にゲルラッハ子爵の館を出たはずなのに、お隣さんであるライゼガング伯爵の夏の館へ到着した時には夕方になっていた。騎獣が速くてわからなかったが、馬車の進みはかなりゆっくりだった。
 部屋を整える側仕えより先にライゼガング伯爵のところに着いても困るので馬車で移動する、と聞いていたが、しきりに後ろを気にする神官長の様子から、別の理由がありそうだと思った。

 ライゼガング伯爵の管理する農地は、領地の貴族の中でも最大規模の大きさらしい。だが、年に二回訪れるだけの神官のための離れが大きいはずもなく、わたしはいつも通り、従者の部屋で眠った。
 さすがに疲れが出てきて、体調が不安になってきたので、神官長が調合した味を犠牲にしていない薬をもらって、飲んでいた。だから、朝までぐっすりと熟睡していて、爽快な気分で目が覚めた。

「昨晩遅く、カルステッドの部屋に賊が入った」

 春の爽やかな朝一番から神官長の部屋に呼び出され、盗聴防止の魔術具を渡されて、そんな言葉を聞かされた。だが、わけがわからずに首を傾げているのはわたしだけだった。集まっている面々は皆すでにわかっているようで、厳しい顔をしている。

「……賊が入ったって、泥棒か何かですか?」
「いや、攫うつもりだったのか、男が二人だったな。布団の盛り上がり方でマインではないことに気付いたようで、すぐさま移動しようとしていた。即座にベッドから飛び降りて捕らえようとしたのだが……」

 そこでカルステッドが言葉を濁し、言いにくそうにわたしを見た。

「もしかして、逃げられたのですか?」
「違う。片方を捕らえて、フェルディナンド様に任せ、もう片方は少し泳がせようと思って追いかけたのだ。館の東の森に馬が繋がれていて、男は馬に乗って走りだした。私が騎獣を出して追いかけようとした途端、馬ごと弾け飛んだ」
「……え?」

 最後の言葉を理解したくないと、わたしの頭が拒否する。馬ごと弾け飛ぶなんて言われても意味がわからない。
 固まったわたしを見て、ジルヴェスターが軽く息を吐いた。

「捕らえた捕虜については、フェルディナンドが武装解除している時に自害、カルステッドが泳がせようとした方は爆発という結果に終わった」
「君に知らせないことも考えたが、相手の狙いが君である以上、現状を把握した方が良いと判断した。ここに泊ることを知っている相手を考えれば、おそらくゲルラッハ子爵だ。マイン、気を付けなさい」

 神官長が犯人を断定口調で言い切った。ざわりと不安と恐怖が広がっていく胸元を押さえながら、わたしはそこに揃う面々をゆっくりと見回す。

「……犯人がライゼガング伯爵という可能性はないのですか?」

 わたしの質問にカルステッドがきっぱりと頭を振って否定した。

「ない。ここは私の母の実家だ。私が同行している者に仇なすようなことはあり得ない」



 喉を通りにくい朝食を終えて、わたし達はライゼガング伯爵の館を出立する。次に宿泊する場所は領地の一番南に位置する貴族の館だ。馬車はそちらに向かって出発し、わたし達は騎獣で、午前と午後に一箇所ずつ貴族の館を訪問することになっていた。

「では、馬車と合流するぞ」

 予定を問題なくこなし、最も領地の境界のところへ近付いた時のことだった。そろそろ馬車と合流しようと、神官長が声をかけ、騎獣を馬車への方へと向ける。

 上空を駆けだしてすぐに、空に一筋の赤い光が真っ直ぐに立ち上った。騎士団の間では救援を乞う時に使われる赤い光の屹立に、全員の顔色が変わる。

「襲撃だ!」

 そう言いながら、カルステッドがグンとスピードを上げた。グリフォンもどきが赤い光に向かって突っ込んでいく。

「先に行くぞ!」

 そう叫びながら、神官長がわたし達を追い抜いていく。置いていかれることに焦って、わたしは手綱を掴んだまま、ダームエルを振り返った。

「ダームエル様、急ぎましょう!」
「……あのスピードに追い付くには、私の魔力では足りないのだ」
「だったら、わたくしの魔力も使ってください」

 わたしは気が急くままに手綱を強く握りしめた。その瞬間、魔力が流れていくのを感じて、天馬の速度がギュンと上がる。

「助かる!」

 森と耕地の境目に沿って続いている道の真ん中に、馬車の群れが立ち往生しているのが見え始めた。あの中にフランやロジーナ、フーゴ、エラがいるというのに、馬車はわけがわからない黒い靄に包まれている。

「何ですか、あの黒いの!?」

 わたしは大声で後ろのダームエルに問いかける。やっと神官長達に追いついたが、高速で移動しているのでおそらく声が届かないと思ったのだ。

「闇の神の結界だ。あれは魔力を吸い取る。魔力による攻撃が効かなくなるのだ。あのような事ができるということは、襲撃者の中に貴族がいるということだ」

 相手の魔力がわからなければ攻撃も難しい、とダームエルの声が緊張を帯びる。

 農民だろうか、手に手に武器を持った100人ほどの襲撃者達が森の中からわらわらと出てきて、馬車を目がけて走っていくのが見えた。ザッと血の気が引いて、わたしは神官長に隣に並びながら叫ぶ。

「神官長! 馬車に魔力が効かないなら、さっさと魔法攻撃して、あの男達を蹴散らしてください!」
「待て! あれはこの地の領民かもしれないんだぞ!?」

 ぎょっとしたように反論したジルヴェスターをわたしは力いっぱい睨みつけた。顔を知りもしない有象無象の襲撃者など、どうなっても構わない。

「そんなもんより、フランとロジーナの方が大事です! 神に祈れば、魔法になるんですよね!?」

 わたしは今祈りを捧げるのに相応しい神を思い浮かべながら、身体の奥の魔力を開放し始める。身体中に魔力が満ちて、腕輪と指輪が光りだした。
 緊迫してきました。襲われる馬車を前に、マインが大暴走です。
 神官長が止めなければならないのは、襲撃か、マインか。悩みどころですね。

 次回は、撃退です。
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