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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

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祈念式

 わたしをぷひぷひと鳴かせることにはすぐに飽きたようで、ジルヴェスターの指の動きが止まった。しかし、飽きたのではなく、別のものに興味が移っただけのようだった。

「……何だ、これは?」

 そんな呟きと同時に、ジルヴェスターはわたしの簪をするりと引っこ抜いた。
 え? と思った時には髪がパラリと落ちてくる。くっと顔を上げると、家族がわたしのために作ってくれた儀式の用の簪を持ったジルヴェスターが興味深そうにしげしげと簪を見ていた。

 ジルヴェスターの見た目は二十代後半の大人だが、やっている事は、意味不明で力加減を知らない小学生男子と同じだ。そう思った瞬間、「壊される」という単語が頭の中に浮かんできた。ざっと血の気が引いていく。

「か、返してください」

 わたしは思わず手を伸ばした。わたしの声にジルヴェスターはチェシャ猫のようにニヤッと目を細めた。わたしには届かない位置に手を上げ、ごつごつした指の間から零れた緑の葉の飾りをゆらゆらと揺らす。返してくれる気はこれっぽっちもない。

「ほら、取ってみろ」
「返してください!」

 手を上げ下げするジルヴェスターを追いかけて、ぴょんこぴょんことジャンプしているうちに、息切れがしてきた。

「もう、返してって、言っているのに……わたしの、簪。父さんと母さんとトゥーリが作ってくれた、わたしの簪」

 高い位置にある簪をキッと見据えて、グッと拳を握る。それと同時に全身に魔力が漲っていくのがわかった。

 ……こういう男子、大嫌い。

「うわぁっ! 巫女見習いっ!」

 焦ったようなダームエルの声が響く。
 振り向いた神官長とカルステッドが目を吊り上げ、同時に光るタクトを取り出して、素早く振りかぶった。

「この馬鹿者! いじりすぎるなと言っただろう!」
「子供相手にみっともない真似をするな!」

 スパパーン! と小気味良い音が二人分、同時にジルヴェスターの頭で炸裂した。わたしは目の前で光るタクトが変形した(しゃく)のようなもので叩かれるジルヴェスターの姿に、ビックリして、息を呑んだ。

「二人して怒らなくても良いだろう? 少しからかっただけではないか」

 全く懲りていなさそうなジルヴェスターだが、限度を過ぎると神官長とカルステッドが諫めてくれることがわかった瞬間、全身に漲っていた怒りがすぅっと抜けていく。
 神官長がジルヴェスターの手から簪をさっさと取り返し、わたしに返してくれた。

「マイン、自分で付け直せるな?」
「はい。ありがとうございます、神官長」

 わたしは手早く簪で髪をまとめる。それを面白そうに見ていたジルヴェスターがまた簪に手を伸ばそうとした。

「くぉら!」

 カルステッドがバシッとジルヴェスターの手を払いのけ、目を白黒させているダームエルをくいっと指差した。

「マインではなく、ダームエルで遊んでいるといい。あっちは頑丈だ」

 神官長も「そうだな。ダームエルとあっちで遊べ。マインはこっちだ」と言って、ぺっぺっと手を振る。
 そして、神官長はわたしを小脇に抱えて執務机のところに戻ると、カルステッドと打ち合わせを再開した。ダームエルが「ぎゃーっ! 止めてくださいっ!」と情けない声を上げるのを、完全に無視した二人は地図を覗きこんで、さっさと道順を決めていく。

 わたしは机の上に広げられている地図に、ほぉ、と感嘆の息を吐いた。商業ギルドで以前に見た地図より詳細だった。
 商業ギルドで見た地図は街の名前と街道しかなかったので、領地の形や地形がわかる地図は初めてだ。領地は南北に長い形をしていて、何かの基準で赤と青に色分けされている。この街の周辺はほとんどが赤で、遠くに行くほど青が増えていく。

 ……どういう基準で色分けされているんだろう?

 聞いてみたかったけれど、わたしの頭上で真剣に話をしている二人に質問すると邪魔だろうと判断して、わたしは黙ったまま地図を眺めていた。

「……ふむ、これでよかろう」
「では、出発しましょう」
「ダームエル、マインを抱き上げて行け。ジルヴェスターはこれを持つんだ。カルステッドはこれだ」

 二人の間で意見がまとまると、すぐさま貴族門へと向かうことになる。大きな荷物を持たされたカルステッドとジルヴェスターが部屋を出ていき、わたしはダームエルに抱き上げられる。
 わたしはこっそりとダームエルに囁いた。

「ダームエル様、できれば少しでもあの神官と距離を取ってほしいのだけれど」
「私もそうしたいと心から思っている」

 ダームエルとの意見は一致した。ジルヴェスターを警戒して、少しでも距離を開けることにする。ジルヴェスターは青色神官だが、ダームエルの態度を見ると、実家の勢力はダームエルより圧倒的に上のようだ。

「お前達、少しつれなくないか?」

 怒らせたらシキコーザの時のようになるかもしれないので、何とか距離を置こうとしているのだが、向こうが何故か寄ってくる。

「お、恐れ多いだけです」

 そう言って、わたしはジルヴェスターを何とかしてくれそうな人を探す。カルステッドは先に行ってしまって姿が見えない。
 居残る側仕えに留守を任せた神官長が早足で追いかけてくるのをダームエルの肩越しに捉えて、わたしは手を伸ばして助けを求めた。

「神官長……」

 わたしの情けない声に、神官長はこめかみを押さえて、溜息を吐いた。

「ジルヴェスター、マインにはあまり近付くな。祈念式も始まっていないのに、マインが不安定になると後々面倒だ」
「この程度で不安定になるなんて、弱すぎるだろう?」

 ダームエルに抱き上げられたことで目線が近付いているせいだろう、ジルヴェスターが人差指でわたしの頬をぷすぷすと突く。神官長はその手を軽く払って、じろりと冷たくジルヴェスターを睨んだ。

「あぁ、その通り。マインは脆弱で虚弱で、面倒だ。何度も言わせるな」

 先に行っていたカルステッドが貴族門を開け、門を抜けたところにある広場で、待ちかまえていた。
 神官長とカルステッドとダームエルの三人が魔石の騎獣を出すと、神官長が指示を出す。

「カルステッドが先行し、マインとダームエルを挟んで、私とジルヴェスターが後ろを行く。良いな?」

 ジルヴェスターにいじられている間、全く守ってくれなかったダームエルは、護衛としてとても頼りなく思える。正直、神官長と相乗りする方がよかった。

「巫女見習い、不満そうだな?」
「ダームエル様はジルヴェスター様からわたくしを守ってくださいませんでしたもの」
「あ、あれは……」

 何か言いかけたダームエルが一瞬だけピタリと止まる。言っても良いのかどうか逡巡した後、ハァ、と溜息を吐いた。

「……すまない」

 ダームエルの騎獣は天馬だ。わたしはその背に乗せられ、ダームエルがわたしの後ろに座って手綱を握った。ばさりと天馬が羽を広げると、先に飛び立ったカルステッドのグリフォンもどきを追いかけて駆けていく。

 下街の上空を駆けて、外壁を越えると、グリフォンもどきはすぐに降下を始めた。
 多分、豚肉加工でウチのご近所さんがお世話になっている、南門から一番近い農村の、冬の館と言われるところだと思う。まるで、昔の小学校のような木製の大きくて広い建物があり、運動場のような広場があった。

 農村の広場に大勢の人間が集まっているのが上からでもわかる。千人くらいの人々がいるように見えた。わたし達が広場に降り立とうとすると、人々が押し合いながら場所を開けてくれて、真ん中の辺りから人がいなくなる。

 最初にカルステッドがその場にゆっくりと降り立ち、騎獣を消した。そこにダームエルの天馬がふわりと降り立つ。カルステッドがわたしを下ろしてくれて、ダームエルが滑るように下りると同時に天馬が消えた。

「退け!」

 上空からジルヴェスターの声と共に、神官長のライオンもどきが下りてくる。数歩下がるカルステッドに抱き上げられたまま見上げていると、「はっ!」という短い掛け声とともに、青いものがライオンの上から飛び出してきた。

「なっ!?」
「うわっ!?」

 突然のことにざわめく民衆の前で、その青い影は空中で何度かくるくると回った後、ビシッとポーズを決めて降り立った。

「おおおぉぉぉ!」

 ジルヴェスターの勢いにつられたような、見世物を見ているような興奮が広場に一瞬で広がり、ポーズを決めたままのジルヴェスターに喝采が湧きおこる。

「あの馬鹿、浮かれすぎだ……」

 カルステッドの口から何とも言えない苦々しい声が漏れると同時に、ジルヴェスターを踏みつぶす意図を持っているとしか思えない神官長のライオンが勢い良く滑降してきた。
 しかし、素早くてアクロバティックな身のこなしで、ジルヴェスターはその場から飛びのき、またもやポーズを決める。

「おおおおおぉぉぉ!」

 更に拍手喝采を浴びて、満足そうなジルヴェスターはまるで自分にできることを見せつけたい小学生男子だ。

「……春の祈念式って、神官が民衆に芸を見せる行事なのでしょうか?」

 わたしが知っている青色神官とは似ても似つかないジルヴェスターの存在にわたしは呆然としながら呟いた。

「マイン、あれは参考にならないから、見なくて良い。むしろ、手本には絶対にしてはならない」
「カルステッド様がご存じで、気安く接しているのですから、ジルヴェスター様はとても位の高い貴族の方、ですよね? わたくし、またシキコーザ様の時のように理不尽な事を要求されるのでしょうか?」

 反論も何も許されず、気分のままに目下の者をいたぶる様な相手に、わたしはどう対応すればよいのだろうか。

「あ、いや、暴力を振るうような男ではない。その点は安心しても良い。だが、頭が痛くなるような理不尽は、多々ある」
「……ジルヴェスター様に理不尽な要求をされたら、泣きついてもよろしいですか、未来の養父様(おとうさま)?」

 わたしが首を傾げて尋ねると、カルステッドは一瞬目を丸くした後、ニヤッと唇の端を上げて笑う。

「いいだろう、泣きついて来い。フェルディナンド様からの預かり子を泣かせる悪者は退治してやろう」

 ……わたしの未来の養父様、マジ頼りになる。

 わたしがこっそりカルステッドの保護を取りつけた後、神官長がライオンを消して、広場の前方に作られている小さな舞台のような場所に向かって歩きだした。
 神官長の動きに合わせて、ざっと人波が割れ、真っ直ぐに舞台までの道ができる。ジルヴェスターが背負っていた荷物から80センチほどの高さがある大きな聖杯が取り出され、恭しそうに持って、神官長の後ろに続く。

「ほら、行け」

 そう言ってわたしを一度下したカルステッドだったが、わたしの歩くスピードを数秒間観察すると、すぐさま抱え直した。そして、大股で神官長達の後に続き始める。

 ……わたしが遅いのは、足の長さが違うから仕方ないんだもん。

 わたしを舞台に下ろした後、カルステッドとダームエルは舞台の前に立って、民衆に睨みをきかせる。

 神具である大きな金色の聖杯がジルヴェスターから神官長へと渡され、神官長の手によって舞台の中央に設置されている大きな台に置かれた。

「これより、祈念式を始める。各村長、上がりなさい」

 神官長の呼びかけと共に、蓋のついた10リットルバケツくらいの大きさの桶を持った5人が舞台に上がってくる。

「マイン、出番だ」
「はい、神官長」

 立ったままでは聖杯に届かないわたしは、神官長に抱き上げられて聖杯が乗せられた台に上がった。赤い布が敷かれている台の上を膝立ちした状態で前に寄っていく。
 台の上に置かれた聖杯は、ワイングラスのような形をしていて、丸いボウル部分に大きな魔石がはめ込まれていて、ステム部分からプレート部分にかけて、複雑な彫刻と小魔石が並んでいる。
 わたしは台に正座して、プレート部分の小魔石にそっと手を触れて、目を伏せた。

「癒しと変化をもたらす水の女神 フリュートレーネよ 側に仕える眷属たる十二の女神よ 命の神 エーヴィリーベより解放されし 御身が妹 土の女神 ゲドゥルリーヒに 新たな命を育む力を 与え給え」

 聖杯にわたしの魔力が流れ込んでいき、カッと金色の光を放つ。広場の民衆からはどよめきの声が上がった。

「御身に捧ぐは命喜ぶ歓喜の歌 祈りと感謝を捧げて 清らかなる御加護を賜わらん 広く浩浩たる大地に在る万物を 御身が貴色で満たし給え」

 わたしが祈り文句を終えると、神官長とジルヴェスターがそっと聖杯を傾けていく。聖杯から緑に光る液体が流れ出し、順番に並んでいる村長の桶へと注がれていく。

「土の女神 ゲドゥルリーヒと水の女神 フリュートレーネに祈りと感謝を!」

 一つ桶が満たされ、蓋がされると、広場の一部分が神への祈りを口々に叫び始めた。おそらく満たされた桶の村人達なのだろう。次の桶が満たされると、更に祈りと感謝を口にする人が増える。
 5つの桶が満たされるまでわたしはプレート部分から手が離れないように気を付けて、魔力を流し続けた。

「マイン、もうよい」

 神官長の声にわたしは手を離した。傾けられていた聖杯が元通りに置かれて、わたしは神官長に抱き上げられて、舞台へと下ろされる。
 ずっと魔力を注いでいたわたしが中央に立たされ、その半歩後ろに神官長とジルヴェスターが立った。

「神に祈りを!」

 神官長の声につられて、わたしがバッと祈りを捧げると、広場にいた人々もまたザッと祈りを捧げた。 農村の人々にとっては毎年の慣れた祈りなのだろう。下町の人々に比べて、当たり前のように祈りを捧げている。

「これで祈念式を終える。神の御心に従い、新たなる命と共に正しく生きよ!」

 神官長の言葉に人々が歓声を上げる中、ジルヴェスターはさっさと聖杯を布に包んで、袋に詰めた後、荷物として背負う。
 次の瞬間、神官長は魔石の騎獣を出して、ジルヴェスターと共に飛び乗った。

「今回は予定が詰まっているので、次に向かう。そなたらに神の祝福を」

 金の粉を振りまくようにして、白いライオンが広場を一周する。その間にカルステッドとダームエルも騎獣を出した。わたしはダームエルに抱えられて、天馬に乗る。バサリと翼を動かした天馬が空へと駆け上がり、農村を後にした。



 その後、4つほど農村の冬の館を回り、それぞれで祈念式を終えた時には、すでに日が暮れかけていて、わたしはぐったりとしていた。

「後は宿泊先に向かうだけだ。巫女見習い、しっかり意識を持て。落ちるぞ」

 ダームエルに叱咤されながら、わたしは手綱を握って、こっくりこっくりと頷いていた。

「マイン、起きろ」
「ふへっ!?」

 神官長の叱咤する声に、ハッと意識が戻った時には大きなお屋敷の前にいた。

「ここ、どこですか?」
「ブロン男爵の夏の館だ」

 領主から農村の管理を任されている貴族は、祈念式から収穫祭までの間、農村のある土地の館で過ごし、冬は領主の街へ行って、一年間の報告や納税を行い、貴族間の情報収集に励むらしい。

「そして、ここは神官が滞在するための離れになっている」

 祈念式と収穫祭の時期には毎年神官が訪れることになっているので、領地内の農村を預かる貴族の館には離れが神官の滞在場所として準備されているとのことだ。
 貴族階級出身であっても、厳密には貴族ではない神官達を隔離しておくための建物だとも言える。その証拠に、代表者が到着の挨拶にさえ向かえば、後は目通りする必要もないらしい。

「今回はアルノーが挨拶して、開けてもらっているはずだ」

 神官長の言葉通り、離れには馬車が何台も止められていた。大量の荷物が載せられていたはずの馬車はガランとしていて、全てが中に運び込まれていることがわかる。

「お帰りなさいませ」

 わたし達が離れの扉を開けて中に入ると、側仕え達が揃っていた。見知らぬ顔が何人もいたけれど、彼らはおそらくジルヴェスターの側仕えなのだろう。
 一人進み出てきたアルノーが神官長に囁くように声をかけてきた。

「お食事の準備を整えたいのですが、食堂が二つしかございません。いかがいたしましょう?」
「大きい方の食堂で全員が食べれば良かろう。ただし、マインとジルヴェスターの席は離しておいてくれないか」
「かしこまりました」

 冬籠りが終わったばかりの農村には、側仕えを含めた一行の食事を全て準備できるほどの食料がまだないので、多少の野菜や卵や牛乳は売ってもらえるが、穀物や油などはある程度持参しなければならない。これが今残っている神官達が祈念式に行きたがらない理由になっている。

「では、各自、身支度をして食堂に集まるように」

 神官長の声と共に、それぞれの従者が主のもとへと向かっていく。
 わたしのところにはロジーナとフランが足早にやってきた。二人の顔を見て、わたしはホッと安堵の息を吐く。

「マイン様、おかえりなさいませ。まずはお召し替えをいたしましょう」

 わたしは二人によって整えられた部屋に案内された。
 神官は大体二人で移動するので、神官のための豪華な部屋は不測の事態に備えても三部屋しかなかったらしい。今回はその豪華な部屋を神官長とカルステッドとジルヴェスターが使うことになっていて、身分を考えた結果、ダームエルとわたしは、通常従者が使う部屋を割り当てられたようだ。

「ダームエル様にはお辛いかもしれませんわね。わたくしは、自分の家より広いので全く問題ないですけれど」

 部屋のグレードが下がろうが、わたしには何の不都合もない。持ち込んだカーペットやシーツで整えられているので、大満足だ。
 フランが盥にお湯を運んでくれたので、わたしはロジーナに手伝ってもらって湯浴みをする。一日中外にいたので、お湯を使うとかなりすっきりした。

 ロジーナによって、夕食のために若草色の衣装が選ばれ、仕立てたばかりの豪華な飾りがついた布製の靴を履く。祈念式のためにいくつか準備した簪の中からロジーナが選んだのは、この冬にトゥーリが作っていた手仕事の小花の簪だ。黄色とオレンジと黄緑の小花が私には菜の花のように見える。春の色だ。

「フーゴとエラが張り切って食事を作っておりましたよ。余所の料理人に負けるわけにはいかないと言って」
「では、わたくしも頑張らなくてはならないわね」

 貴族階級が集まる夕飯は、わたしにとって気の重いものでしかない。
 ロジーナやフランからマナーについては冬の間に叩きこまれているけれど、恐らく平民にどれだけのことができるのか、と養父となる予定のカルステッドからは厳しい査定の目を向けられるだろう。

 それから、もう一つの懸念は、あのジルヴェスターだ。彼が何を言い出すのか、全くわからなくて怖い。小学生男子なら無視すればいいけれど、相手が高位貴族出身だというところから、完全に無視することもできない。

「お食事が終わったら、お部屋に下がっても良かったのですよね?」
「……食後の会合に招かれれば、マイン様のお立場上、お断りはできませんわよ?」

 ……あ、嫌な予感がする。


 食事は大きな食堂で行われた。全員が着替えている。青い神官服と全身鎧しか見たことがない神官長の貴重な私服だ。貴族らしい袖口の深緑を基調としたゆったりとした服だ。
 神官という点ではジルヴェスターも同様なのかもしれないが、今まで会ったことがない人なので、大して私服姿を貴重だとは思わなかった。

「そうした服を着ていると、本当に貴族の令嬢と見分けがつかないな」

 カルステッドがわたしを見て、軽く目を見張ってそう言った。これは褒められていると判断して間違いないだろう。

「恐れ入ります、カルステッド様」
「冬の間にかなり所作が洗練されたな。感情が丸見えである点は、相変わらず要改善だが……」

 神官長は基本的に褒め言葉と改善点が同時に出るので、あまり褒められた気分に浸れない。

「マイン様、こちらへどうぞ」

 フランに席に座らせてもらい、給仕してもらう。わたしの前にコトリと出されたお皿を見て、ジルヴェスターが声を上げた。

「どうしてお前だけ違うのだ?」
「料理人が違うからではございませんか? フラン、わかるかしら?」

 フランが声を落として、事情を説明してくれた。
 二つある厨房のうち、狭い方がフーゴとエラに与えられ、広い方の厨房でお貴族様用の食事が作られていたらしい。従者の人数を考えても妥当な配置だと思う。

「わたくしだけ厨房が違うから、だそうです。人数を考えれば、わたくしの料理人が狭い方の厨房を使うのは妥当でございましょう」

 わたしは自分が食べ慣れた物を食べられるので全く問題なかったが、一番遠い席のジルヴェスターが興味津々にこちらを見てくるのが面倒だ。

「良い匂いがするな」
「わたくしの料理人はとても腕が良いのです」

 そんな話をしているうちに、全員分の食事が揃ったので、胸の前で手を交差させ、お祈りを捧げる。

「幾千幾万の命を我々の糧としてお恵み下さる高く亭亭たる大空を司る最高神、広く浩浩たる大地を司る五柱の大神、神々の御心に感謝と祈りを捧げ、この食事を頂きます」

 わたしが一口食べた瞬間、「ぬあっ! 何故食べる!?」とジルヴェスターの声が響いた。意味がわからなくて、わたしは首を傾げる。

「え? 何故とは?」
「ジルヴェスターはマインの食事に興味があったのだ。良い匂いだと言っただろう?」

 神官長は軽く肩を竦めた。どうやら、ジルヴェスターの言葉は、それを寄こせ、という貴族特有の遠回しな催促だったらしい。全く気付かなかった。

「全部は差し上げられません。半分こならいいですよ」
「は、半分こだと?」

 信じられないものを見るようにジルヴェスターがわたしを見た。信じられないのはこっちだ。

「これはわたくしの食事ですもの。まさか、貴族階級の青色神官であるジルヴェスター様が貧しい平民の食事を全て取り上げようなんて卑しい真似をなさるおつもりですか?」
「す、するわけがないだろう……」

 結局、好奇心を押さえきれなかったらしいジルヴェスターは、半分こを所望した。どうやら、側仕えに下げ渡すことはあっても、誰かと半分こしたことはなかったらしい。
 神官長とカルステッドがこめかみを押さえて、呆れかえったような溜息を吐き、ダームエルは埴輪のような顔で固まっていた。

 後で神官長が教えてくれたところによると、所望されたら自分の皿を差し出し、代わりにジルヴェスターが下げ渡してくれるのを待つのが正解だったらしい。半分こは不正解だって。惜しかったね。

 スープを食べて、目を輝かせたジルヴェスターに料理人を寄こせと脅されたけれど、神官長とカルステッドが守りに入ってくれたお陰で、食事は恙無く終了した。
 席を離してくれた神官長に感謝しながら、わたしは席を立つ。

「では、わたくしは失礼いたしますね。後は殿方でごゆっくりなさってくださいませ」

 食後の会合に入ろうとする男達に挨拶して、そそそっと部屋に戻ろうとしたら、獲物を見るような目のジルヴェスターに睨まれた。深緑の目でわたしを見据え、こちらへ来いと手招きする。

「待て、マイン。お前も来い。料理人の交換について、じっくり話し合うとしよう」

 ……うへぇ、まだ諦めてなかったんだ。
 ジルヴェスターの暴走とマインの管理、両方をする神官長の胃が心配です。
 今日の祈念式では大きな聖杯を使いましたが、次は小さな聖杯も出てきます。

 次回は、襲撃です。
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