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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

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祈念式の準備

 街を覆っていた雪が半分ほど解け、日差しが少しずつ暖かくなってきた。冬籠りは終わり、皆が雪の除去や春の準備に取り掛かる。トゥーリのお仕事も再開し、神殿に遊びに来てくれる日が隔日になってしまった。

 孤児院で準備していた冬の手仕事は全て完了し、ルッツを通してベンノに売り払った。お陰で、孤児院の予算はかなり潤っている。今はまだ森に雪がかなり残っているので、もう少しすれば、また森に行って採集しつつ、紙を作ることになる。

 それまでの間は教育期間ということで、元側仕えの灰色神官が子供達に礼儀作法を教えることになった。わたしが孤児院をうろうろするので、青色巫女見習いに失礼のないように教育しなければ、他の青色神官にも同じような態度で接しては困る、というのがその理由らしい。

 今は孤児院の食堂で教育が行われているはずなので、工房の中はガランとしていて、わたしとルッツ、護衛のダームエル以外の姿はない。

「次の本を印刷する時は、文章の方だけでも印刷機を使ってみたいんだよね」
「使うのは良いけどさ、印刷機はどうやって作るんだ?」
「えーと、圧搾機を改造して作るつもりなんだけど……」

 わたしは設計図を取り出して、ルッツに見せる。
 グーテンベルクが作った初期の印刷機はワイン造りのブドウを絞る圧搾機を改造した物らしい。初期の印刷機なら何とか作れる気がしたが、わたしの記憶を頼りに再現するのは意外と難しい。

「こんな風に活字を置いて、インクを塗って、紙を置いたら……こうやって、ギュッと」

 届かない圧搾機を使う動作をして見せながら、わたしはルッツに印刷機がどのような物か伝えていく。わたしが神殿から出られない以上、注文したり、工房に説明したりするのはルッツの役目になる。

「だったら、この……組版? この大きさを決めなきゃダメだな」
「それは前に作った絵本を測れば、すぐにわかるよ」

 工房でルッツと一緒に印刷機についての話をしながら、メジャーであちこちを採寸しては設計図に書きこんでいく。
 ここに紙を置くための台をやや斜めになるように取りつけるとか、ここにインクの入った箱を取りつけるなど、思いつく限りに書きこんだ設計書を見たルッツが肩を竦めた。

「なぁ、マイン。とりあえず、余計な物は後から付けていけば良いんじゃねぇ?」
「余計な物って? 必要な物しか書いてないよ?」

 むしろ、わたしの記憶力では、足りない物や気がついていない物、忘れている物の方が多いと思う。

「そりゃ紙を置く場所とか、インクを置く場所は必要な物だけどさ、マインが頭を悩ませてるのは、印刷機にどう取り付けるかだろ? そんなの、最初は印刷機の横にテーブルでも置いておけばいいんじゃねぇ?」

 ルッツの言う通り、圧搾機の下に組版を固定して置くことができれば、手順が面倒でも最低限の印刷はできる。

「マインは完成形が頭にあるから、難しく考えすぎるんだ。紙作りだって、最初は手探りで、代用品がいっぱいあったじゃねぇか。あんな感じで印刷する上で絶対に必要な機能だけあればいいだろ」
「……そっか。むしろ、圧搾機を子供達数人がかりで使えるようにするって工夫の方が大事だよね?」

 そんな話をしているうちに、設計ができあがる。一番シンプルな形で作ってみようという話になって、インゴの木工工房にベンノ経由で注文してもらうことになった。

「あとは小物が必要になるよね」

 印刷機について、大体のことが決まったので組版やステッキなどの小物について話をしようとしていたら、ギルが慌てた様子で工房に駆けこんできた。

「マイン様!」
「どうかしたの、ギル? もう神官長のお部屋に行く時間?」

 今日は祈念式の準備のために、女の側仕えが総出で支度をしている。そのため、フェシュピールの練習はお休みになっていた。

「ロジーナが怒ってる」
「え?」
「祈念式の準備が終わってないのに、印刷機にばっかり時間割いてるから、マイン様を呼んで来てくださるかしらって言われたんだけど、静かに、すっげぇ怒ってる」

 多分、フェシュピールの練習時間が減ったのに、わたしが自分の好きな事をしている八つ当たりが大部分を占めているような気がする。

「そう。では、ギル、わたくしの代わりに怒られてきてくださる?」
「おぅ!……ん? ちょっと待ってくれよ。ダメだ! 嫌だ!」

 一瞬つられたギルがハッとしたように急いでブルブルと首を振る。
その様子が面白くて、思わず吹き出したわたしとルッツをギルはじとっと睨むと、「絶対に部屋へ連れて帰る」と呟いた。観念して、部屋に戻るしかなさそうだ。

「……仕方ないから怒られてくるよ。ルッツ、あとのことは任せるから」
「わかった。明日から大事なお勤めなんだろ? 頑張って来いよ」

 ルッツに軽く頭を撫でられ、わたしは気乗りしないまま頷いた。そして、脹れ面のギルに連行される形でわたしは自分の部屋へと戻る。

 部屋の惨状に息を呑んだ。
 祈念式への出発を明日に控えたわたしの部屋では、服、靴、身嗜みを整える道具諸々、タオルやシーツなどのリネン類、食器、道中の食料、筆記用具、紙、書字板……まるで引越しのような荷物が側仕え達によって箱に詰められていくことになっている。

 ホールにはいくつかの木箱が置かれ、食料品が詰め込まれているのが見えた。まだ空の木箱もいくつかある。今日の調理が終わったら、調理道具の一部を運び出すことになっている。
 二階に上がると、部屋の散らかりようは更にひどくなった。木箱にリネンの類が詰め込まれ、服や靴が詰め込まれるための順番待ちをしている。他にも日用品がテーブルの上を占領していた。その中でデリアとロジーナとヴィルマが忙しげに動いている。

「マイン様、祈念式の準備も終わっておりませんのに、工房に行ってはなりません」

 準備が終わっていない、とロジーナは言うけれど、わたしが自分で準備しようとすれば怒られるのだ。準備は側仕えの仕事なので、わたしが手を出してはならないと言われる。どうやら、皆が準備しているところをよく見ているのが、わたしの仕事らしい。

「もー! やる気が感じられませんわよ! マイン様の大事なお役目でしょうに!」
「……わたくしの側仕えは優秀ですから、わたくしがいなくても大丈夫でしょう?」
「そういう問題ではございません」

 今回、わたしが祈念式に連れていくのは、神官長と共に祈念式に出席したことがあって、一連の流れを知っているフラン、わたしの身の回りの世話をするのは女性でなければならないのでロジーナ、それから、料理人のフーゴとエラだ。

 ヴィルマは孤児院管理のため、ギルはマイン工房の管理、デリアは部屋の管理で留守番である。もう一人の料理人と冬の間エラの助手を務めてくれた女の子達が留守中の食事を作ってくれることになっている。

「それにしても、ずいぶんな荷物ですわね」

 冬籠りのために予想以上に荷物が増えていた自分の部屋を見回して、わたしが思わず呟くと、ロジーナは軽く眉を上げた。

「マイン様のお荷物など、少ない方ですわ。クリスティーネ様ならば、あと二つほど衣装の詰まった箱に、数々の楽器、絵画用品も必要ですもの」
「荷物を準備するのはかなり早くから始めなければならないのですもの。貴族街への外出も大変でしたわね」

 ヴィルマもくすくすと笑いながら、ロジーナの意見に賛同する。クリスティーネのすごさに驚いていると、ロジーナがハッと何かに気付いたように軽く目を見張った後、おずおずと切りだした。

「……あの、マイン様。フェシュピールは持って行ってもよろしいでしょうか?」
「わたくしのものではないから、置いていく方が無難だと思うけれど?」

 部屋の隅に飾るように置かれているフェシュピールを見て、わたしは軽く首を振った。あれは神官長からの借り物で、独断で持ちだして良いようなものではない。壊したり、失くしたり、盗られたりしても、そう簡単に弁償できるようなものではないのだ。
 それでも諦めきれないように、ロジーナはじっとフェシュピールを見つめる。

「……神官長にお伺いしてみてはいただけませんか?」
「聞くだけで良いなら、聞いてみるわ」
「ありがとう存じます」

 結局、部屋にいても大して役に立たないわたしは、神官長のお手伝いをする時間だと言い置いて、フランとダームエルを連れて部屋を出た。

「祈念式は準備が大変ですね。騎士団の要請は緊急性が高いけれど、準備らしい準備はそれほど必要ないので、側仕えとしては楽だったのですが」

 騎士団の要請で行ったトロンベの後始末と違って、祈念式は馬車で農村を移動することになるので準備が大変だとフランは言う。
 しかし、わたしにとっては準備よりも、道中を考える方が気鬱になる。馬車で移動という時点で、もう行く気になれないのだ。農村に到着しても絶対にへろへろになっていて、使いものにならない気がする。

「ハァ、祈念式に行かずに済ませられる方法って、何かないかしら?」
「何を言っているのだ、巫女見習い? 祈念式は大事な儀式だぞ?」

 ダームエルに滅多な事を言うな、と睨まれたけれど、ちょっと愚痴を零すくらいは見逃してほしい。

「存じております、ダームエル様。ただ、馬車での移動を考えると、わたくし、一体どれだけ寝込むことになるのか見当がつかなくて……」
「……む。普通でも大変なのだから、巫女見習いには負担が大きかろう。それを考慮した上で、フェルディナンド様が指名したならば、逃れようもないだろうが」

 逃れようがないことはわかりきっている。それでも、諦めきれず、わたしはお手伝いが終わった時を見計らって、神官長にも最後の悪あがきという名の愚痴を言ってみた。

「神官長、絶対に農村まで行かなければなりませんか? わたくし、馬車で絶対に体調を崩すと思うのですけれど……」
「ふむ。薬が大量にいりそうだな」

 神官長は何ということもなく、あっさりとそう言った。体調を崩したら、薬で無理やり立て直せと言われて、その薬に心当たりがあったわたしは顔を歪める。

「……薬って、もしかして、あの効果はあるけれど、死にそうなくらい苦くてまずい薬ですか?」
「そうだ」
「うぐっ、更に行きたくなくなりました」

 馬車の移動で気分が悪くなって、体調を崩し、神官長の特製薬を飲まされて、苦さにのたうち、無理やり体調を整えて儀式を行ったら、移動してまた倒れる。それが農村巡りを終えるまでエンドレスに続くのだろう。考えただけで憂鬱だ。

「神官長、せめて薬の味を何とかしてください。それか、いっそ眠り薬でも準備して到着まで寝て過ごすとか、馬車じゃなくて、あの騎士の人達の魔力で動く石像で移動するとか……何かできませんか?」

 泣きたい気分で神官長に頭に浮かんでくる案を並べたてると、神官長はやや引き気味に頷いてくれる。

「……ずいぶんと切実そうだな。少し考慮してみよう」
「ぜひともよろしくお願いいたします。それから、フェシュピールを持って行きたいとわたくしの側仕えが申しているのですが、ダメですよね?」

 高価すぎて持ち運ぶのが怖いわたしとしては、断ってくれた方が気楽だったが、神官長はあっさりと許可を出してくれた。

「いや、むしろ、ロジーナが同行するならば、披露してもらえば良い。長い夜の良い慰めになるだろう」
「え? いいのですか? 街の外には盗賊や獣もいて、危険だと聞いておりましたけれど、楽器のように高価な物を持って移動しても大丈夫なのですか?」

 わたしが信じられない思いで目を瞬くと、神官長も不可解そうに眉を寄せる。

「神官と貴族が乗る祈念式に向かう馬車に攻撃を仕掛けてくるような愚かな盗賊がいるわけがなかろう」
「……そう、なのですか?」

 お金や良い物を持っている貴族こそ狙われそうだと思うのだが、わたしが間違っているのだろうか。

「マイン、盗賊となるのは、大抵がその辺りの農民だ」
「え? 盗賊って、人から物を盗んで生計を立てている集団ではないのですか?」
「馬鹿者。盗賊が出れば、商人はその道を避けようとする。当然、通る場合は護衛が増えて手を出しにくくなるし、あまりにも被害が多いと騎士団の討伐が出るのだぞ。集団が生きていけるだけの物がずっと何度も盗めるわけがなかろう」

 商人は結構行き来があるものだと思っていたけれど、違うのだろうか。やっぱり事情がよく呑み込めないわたしに、神官長が軽く溜息を吐いた。

「道を通る商人から商品や金を少しでも巻き上げようと農民が盗賊化することが多いが、貴族を襲えばその地には聖杯が運び込まれなくなる。祈念式に向かう貴族や神官に手を出してくるような愚かな農民はいない。また、貴族を襲ったところで返り討ちになるだけだ」

 なるほど、自分達の生活に直結してくる上に、貴族は例外なく魔力持ちなので、襲われないらしい。

「では、わたくし達の道中は安全なのですか?」
「……まぁ、そうだな」

 神官長の答えが少しばかり歯切れが悪いことが気になったけれど、わたしが思っていたよりは安全な旅になるようだ。それに関してはホッとした。



 祈念式に出発する朝は実に慌ただしく始まった。わたしは身を清められ、儀式用の服を着せられ、簪も儀式用の物をつけられている。農村へ向かうので、靴は新しく仕立てたばかりの膝丈のブーツだ。農村は泥が跳ねるとフランが言っていたけれど、下町の道路の方がひどいのではないかと思うのはわたしだけだろうか。

 身支度に使っていた道具を次々と箱に詰めて、紐でガチガチに縛っていき、最後の荷造りを終えると、フランとギルが一つずつ箱を馬車へと運んでいく。ロジーナは大事に梱包したフェシュピールの箱を抱えて、馬車へと持って行く。

 準備を終えた部屋はガランとしていた。わたしは留守番をしてくれる側仕えに一人ずつ声をかけていく。

「ヴィルマ、孤児院のことはお願いしますね」
「はい、マイン様。帰ってきた頃にはきっととてもお行儀の良い子達になっておりますわ」

 子供達の成長を褒めてあげてくださいませ、と言われて、わたしは頷いた。そして、その場に跪き、「さぁ、褒めろ」と顔に書いてあるギルを見て、手を伸ばした。

「ギル、工房は任せます。……ギルなら大丈夫よね?」
「おぅ、任せとけ!」
「デリア、留守をお願いします」
「かしこまりました。……もー! 何ですの、その不安そうな顔は!? マイン様こそ、しっかりお勤めしてくださいませ」

 紅の髪をパサリと掻きあげたデリアがわたしを睨む。不安なのは、残るデリアではなく、向かうわたしの方だ。

「う……馬車、大丈夫かしら?」
「もー! こちらが心配になるようなことを言わないでくださいな!」
「せ、精一杯頑張って来ます」

 わたしがそう言うと、デリアがものすごく不安そうな顔になる。
 一通り全員に挨拶を終えたのを見て、フランがそっと声をかけてきた。

「マイン様、そろそろ馬車へ向かいましょう」
「えぇ。では、いってまいります」
「いってらっしゃいませ。お早いお帰りをお待ちしております」

 側仕えに見送られて、フランを先頭にわたしとロジーナ、ダームエルが部屋を出た。馬車は貴族区域の正面玄関に付けられているので、そちらへと向かう。

「私とロジーナは荷物の最終確認やアルノーとの道中の打ち合わせがあるので、マイン様はダームエル様と共に待合室でお待ちください。そちらに神官長もいらっしゃるはずです」

 ダームエルと共に待合室へと向かっていると、側仕えを連れた神官長が早足でこちらへと向かってくるのが見えた。

「おはようございます、神官長」
「おはよう。マイン、君はわたしの部屋へ行きなさい。火急の用件がある。私はアルノー達に命じることがあるので、先に部屋へ向かってくれ。ダームエルも良いな?」
「はっ!」
「はい」

 神官長はそれだけを言い置くと、またスタスタと馬車の方へ向かっていく。一見優雅なのに、とても速い。わたしはダームエルと一瞬顔を見合わせた後、神官長の部屋へと向かった。

 神官長の部屋にも留守番をする側仕えがいたため、すんなりと部屋に通してくれる。席を勧められ、しばらく待っていると、神官長が戻ってきた。

「待たせたな、二人とも」
「神官長、火急の用件とは何でしょうか?」

 わたしが首を傾げて質問する間に、神官長が次々と書類の詰まった戸棚を締めて、鍵をかけていく。

「我々は魔石の騎獣に乗っていくことになった。馬車は先程出発させ、今夜宿泊予定の農村へと向かうように言いつけてある」
「……何かあったのですか?」
「なければ良いと思っている」

 そう言いながら、神官長は鍵の束を持って隠し部屋へと入って行き、すぐに戻ってきた。その手には薄い黄色の魔石のついた指輪と7色の石がついたブレスレットを持って。

「マイン、これらを身につけておきなさい」
「フェルディナンド様、これは……」
「念のためだ」

 わたしに向かって魔術具を差し出す神官長の手首にも同じブレスレットが見えた。中指にも似たような指輪がはまっている。
 そういえば、騎士団の要請の時にも指輪を貸してくれた。あれが役に立ったので、今回も持っておけということだろう。わたしはありがたく受け取って、神官長と同じように左の中指に指輪をはめ、ブレスレットをつけた。

「それから、非常に言いにくいことだが……」
「はい?」
「同行者に……青色神官が一人増えることになった」
「え?」

 わたしが大きく目を見開くのと、扉が開いて一人の青色神官とカルステッドが入ってくるのはほぼ同時だった。

「私が今回同行することになったジルヴェスターだ。お前が平民の巫女見習いか」

 きりっとした意思の強そうな眉と深緑の目がわたしを見下ろしていて、青味の強い紫の髪が背中の中ほどで揺れる。髪を後ろで一つにまとめ、銀細工の髪留めで留めてあるのが、何となく目を引いた。
 神官長より少し背が低いけれど、がっちりとした体つきをしている。神官長が騎士と言われるより、この人が騎士と言われた方が納得できるくらいだ。年の頃は見た感じベンノや神官長と同年代に見える。ただ、わたしの目にはベンノと神官長が同年代に見えるので、当てにならないけれど。

「……小さいな。これで洗礼式が終わっているのか? 年齢差称してないか?」

 深い緑の目でじろじろと不躾にわたしを見下ろした後、ジルヴェスターはフンと鼻を鳴らした。わたしは慌てて「してないです!」という言葉を呑みこんだ。ジルヴェスターは青色神官だ。勢いで反論してはならない相手である。

「お前、ぷひっ、と鳴いてみろ」

 目を細めて、わたしを見下ろしていたかと思うと、突然ジルヴェスターは人差指をビシッと立てた。
 そのまま勢い良く頬を突かれ、ぐりっという感じで指が頬に当たる。思わず「いたっ!」と声を上げたわたしを見て、ジルヴェスターは眉を寄せて首を振る。

「違う。ぷひっ、と鳴くんだ」

 先程よりは幾分力を抜いてはいるが、うりうりと頬を突かれ、わたしは神官長に助けを求めて視線を向けた。
 神官長は一度目を伏せた後、諦めたような溜息を吐いて、視線を逸らす。

「マイン、その男は性格が悪い。だが、性根が腐っているわけではない。諦めて、適当に相手してやってくれ。それから、ジルヴェスター、マインは虚弱だ。いじりすぎると死ぬぞ。それより、カルステッド。ここのことだが……」
「はっ!」

 地図を広げた神官長のところへカルステッドが向かったことで、わたしは顔色の悪いダームエルと一緒にジルヴェスターの前に取り残される。救いの手はなくなった。

「こら、鳴け」

 ジルヴェスターがわたしの頬を何度も突くうちに、だんだんと深緑の目が険しくなっていく。出発前から貴族階級を怒らせるわけにもいかない。

「ぷ、ぷひ」

 仕方なく要望通りにわたしが鳴くと、ジルヴェスターは満足そうに頷いた後、また突き始めた。

「よし。もっと鳴け」
「ぷひぷひ、ぷひぃ……」

 この意味不明なことをする青色神官と一緒に祈念式に向かわなければならないということに、出発前から不安でいっぱいになった。
 名前付きの青色神官、初登場です。
 これから、祈念式に向けて出発します。

 次回は、祈念式です。
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