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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

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奉納の儀式

 書類仕事を早めに切り上げた神官長とリバーシをしている途中で、コトリと盗聴防止の魔術具を差し出された。
 わたしが手を伸ばして魔術具を握りこむのと、神官長がペチッと黒を置くのは同時だった。

「マイン、次の土の日から奉納の儀式が始まる」
「はい」

 神官長の置いた黒を睨みながら、真剣に次の手を考えていると、神官長がぼそりと呟いた。

「……手を抜くように」
「はい?」

 言われたことがすぐに理解できなくて、わたしは神官長を見上げた。神官長は「間抜け面を見せないように下を向きなさい」と注意した後、奉納の儀式で一日に使う魔力量について説明を始めた。

「君は魔力を込めすぎないように気を付けなさい。神殿長には普段奉納している、君にとって余った魔力が小魔石7~8個分だと伝えてある。その場合、どれだけ気合を入れても20個を越えると倒れる」

 神官長は「君には20個でも余裕があるだろうが……」と呟きながら、ゆっくりと溜息を吐いた。

「下手に魔力を見せつけると、今まで隠していたとか、騙すつもりだったというように邪推される可能性があるので、今回の奉納の儀式で聖杯に込める魔力は小魔石20個くらいにしておきなさい。できれば、帰る頃は少し気分の悪そうな顔をしていると尚良い」
「別に構いませんけれど……それって、結局のところ、神殿長を騙しているって言いませんか?」

 奉納する魔力を抑えるくらいはできるけれど、「騙そうとしている」というのが神殿長の邪推ではなく、事実になるのではないだろうか。
 わたしの指摘に神官長はフッと唇を歪めた。

「騙しているのが事実ならば、邪推にはならないだろう? 邪推されるのは腹立たしいが、事実ならば、その通りだ、と言えば済む。それに、本気を見せてしまうよりは隠しておいた方が後々都合は良い。馬鹿正直に全て教えてやる必要などないからな。敵対する者がいるならば、常に隠し玉や余力を持っておくべきだ」
「……なるほど」

 一応納得はしておいたけれど、「騙したな!?」「その通りだ」という神殿長と神官長のやり取りを想像して、悪役は神官長のようだと思った。



 土の日。奉納の儀式が始められる日。
 わたしはデリアによって朝から風呂に入れられて、身を清めさせられた。そして、新しい儀式用の衣装を身につける。
 同色の糸で流水紋と花の刺繍がされた青の衣装は金の縁取りがされている。腰に締められるのは銀の帯だ。そして、それ以外の飾りに使われる小物の色は冬の貴色である赤。冷たさを和らげ、希望を与える炉の色だそうだ。

「デリア、今日の簪は新しいのを使うわ」

 クローゼットから簪を取り出そうとしたデリアを止めて、わたしは数日前に届いたばかりの包みを執務机の引き出しから取り出してデリアに渡した。

「もー! 簪は机の引き出しに入れるものではありませんわ! 形が崩れたらどうしますの!?」

 ぷりぷりと怒りながら、デリアが包みを丁寧に開けていく。
 冬と春の儀式で使えるように、色は赤と緑の糸が使われているけれど、デザイン自体は前の洗礼式用の簪とよく似ている新しい簪だ。赤いバラのような大きめの花が3つあり、藤の花のように垂れていた小花の代わりに緑の小さな葉が何本も垂れている。
 騎士団の要請の時にちょっとぐちゃっとなってしまった簪を見て、しょんぼりしていたわたしのために家族が新しく儀式用の簪を作ってくれたのだ。冬籠りの寂しさを和らげる品物としても活躍している。

「これも似合いますけれど、マイン様の御髪の色には以前の簪の方が映えましたわね」

 わたしが新しい簪で髪をくるりとまとめると、少し離れた位置からできあがりを確認していたロジーナが少し残念そうな溜息を吐いた。

「今回の簪は冬と春に使える儀式用で、貴色を使ってもらえるように頼んだから、仕方ないのです」

 新しい簪で髪を整えた後は、ダームエルが来るのを待って、神官長の部屋に移動する。
 わたしの部屋だけが貴族区域から外れた場所にあり、神官長の側仕えが呼びに来るのが大変なので、神官長の部屋で待機するように言われたのだ。
 最高級の生地を使った儀式用の衣装は温かいのに軽く、歩くとサヤサヤと心地良い衣擦れの音がする。

「恐ろしく高価なだけあって、素晴らしい衣装だな」

 罰として衣装にかかる費用の1/4を負担することになったダームエルは、わたしの儀式用の衣装を見て、感嘆の溜息を吐いた。
 すでに生地が手元にあって、持ちこんで仕立ててもらったわたしの時と違って、この衣装は生地から準備することになった上に、特急料金を上乗せされている。こっそりとダームエルに教えてもらった情報によると、わたしが支払った価格の三倍以上は高価だったらしい。
 下級貴族で、金銭的に余裕がない家柄のダームエルは、金額を聞いて真っ青になり、家族に相談したと言う。結果として、後継ぎである兄の愛人の実家に用立ててもらって支払ったらしい。

「巫女見習いは一度自分で仕立てたのだろう? よくそれだけの資金が手元にあったな」
「わたくしは頂き物の生地を持ちこんで仕立てて頂いたので、それほどの金額はかかっておりませんから」
「それはそうだろうが……」

 そんな話をしているうちに、神官長の部屋へと到着した。部屋の主である神官長は儀式の間にいるため不在で、世話をするように言いつけられている側仕えだけが数人いた。

「おはようございます、マイン様。他の青色神官の奉納の儀式が終わり次第、アルノーが呼びに参りますので、それまでこちらでお待ちくださいませ」

 儀式が終わるまで飲食は禁止されているので、ただ座っているしかできない。勧められた席にわたしは座り、フランとダームエルはその後ろに立った。
 貴族であるダームエルを立たせた状態で自分が座っているという状況が落ち着かず、わたしはダームエルを振り返って見上げる。

「ダームエル様は座りませんの?」
「巫女見習い、護衛が座っていては緊急時に困るであろう?」
「そうですね」

 居心地が悪くてもそのまま座っているしかなさそうだ。
 神官長の部屋でおとなしく座って待機していると、アルノーが呼びに来た。

「マイン様、急いでお越しくださいませ」

 アルノーに先導されて、わたしはフランとダームエルを従えて、貴族区域の最奥にある儀式の間へと向かう。神官長の部屋を出て、いくつかの扉を通り過ぎ、数回入ったことのある神殿長の部屋の前を通り過ぎて、角を曲がる。
 わたしの歩調に合わせてくれる側仕え達と違って、アルノーの歩調は速めだ。必死について行こうとするわたしを見たフランがアルノーに声をかけた。

「アルノー、申し訳ありませんが、もう少しゆっくりお願いします」
「あぁ、マイン様には少し速すぎましたね。失礼いたしました」

 アルノーが歩調を落として歩き始めた時、一番奥の扉が廊下に立つ灰色神官の手によってゆっくりと開かれるのが見えた。わたしの到着に合わせて開かれたのではなく、中から出てくる者に合わせて開かれたようで、灰色神官達の視線は奥へと向かっている。

 開いた扉の向こうから出てきたのは、白の衣装に赤の帯を締め、金色のタスキのような物をかけている恰幅の良い人物だった。自分の洗礼式でも見たし、一人だけ神官とは違う衣装なので、一目でわかる。

「……神殿長」

 思わず呟きが漏れた。
 神殿に入ってから全く姿を見ていないため、印象が薄れていたけれど、あちらはしっかりとわたしを敵対視しているようだ。わたしの姿を見つけて、忌々しそうに目を細めて、こちらに向かってくる。

 部屋に戻るところだろうか、タイミングが悪い。せめて、部屋に戻った後だったら、お互いに顔を合わせることもなく、嫌な気分になることもなかっただろう。

 わたしは廊下の端によって、両手を胸の前で交差させて跪く。アルノーとフランとダームエルもそれに従った。
 シュシュッと衣擦れの音をさせながら、コツコツと靴音が近付いてくる。嫌われている自覚があるだけに、神殿長と顔を合わせることで何事が起きるかと、心臓をバクバクさせながら、通り過ぎるのをじっと待っていた。
 顔を伏せていても、視界には白い衣装が動いて行くのが見える。緊張しながら、じっと待っていたが、目の前を忌々しそうに「フン」と鼻を鳴らした以外、特に何事もなく、神殿長は通り過ぎていった。

 わたしはホッと安堵の息を吐いて顔を上げる。そして、アルノーに案内され、扉が開いたままの儀式の間に入ろうとした。

「ダームエル様はこのままお待ちください。儀式の間に入れるのは儀式を行う神官と巫女だけでございます」

 アルノーの言葉にわたしは思わず振り返った。アルノーは「神官長が中でお待ちです」とわたしに入室するように促す。
 わたしは知らなかったけれど、アルノーの言葉は正しかったようで、儀式の間には神官長がたった一人、祭壇の前に立っていた。

 儀式の間は小さな礼拝室だった。神官長の部屋より少し天井が高く、奥行きがあった。壁も柱もところどころに装飾に金が使われている以外は白だ。
 両側の壁際には礼拝室と同じ複雑な彫刻がなされた円柱の柱が並んでいる。その柱の間には窓が等間隔で並び、その前には篝火のように火が焚かれていた。
 正面の壁には天井から床まで色とりどりのモザイクで複雑な文様が描かれ、色彩が豊かだ。その前には祭壇が準備されていて、祭壇の両脇にも篝火が焚かれている。

 部屋の真ん中には赤いカーペットのような布が敷かれていて、その布は祭壇に繋がっていた。赤の布が敷かれた祭壇には、神の石像はないけれど神具が飾られている。

 段の一番上には最高神である光の女神の冠と闇の神の黒いマント、その下の段には大きな金の聖杯が中央に置かれ、両脇に小さな聖杯がたくさん並んでいる。小さい聖杯は青色神官達が収穫祭の時に農村から持ち帰った物で、この奉納式で魔力を満たし、春の祈念式にまた農村へ持って行かなければならない物だ。その次の段には杖と槍と盾と剣が飾られている。
 その下段には神への供物。息吹を象徴する草木、実りを祝う果実、平穏を示す香、信仰心を表す布が捧げられていた。

「マイン、早かったな」

 神官長がくるりと振り向いた。神官長の衣装も儀式用の衣装で、普段使いの青の衣とは全く違うものだった。小さな葉のような模様が全体に織り込まれた青の衣に、成人している者が締める金色の帯。小物は同じように冬の貴色である赤でまとめられていた。

「他の青色神官はいないのですね」
「魔力量が違いすぎるからな」

 神官長は軽く息を吐いた。
 平民風情と嘲るわたしと奉納できる魔力に大きな違いがあると、彼らの自尊心が傷つくのだろう。こちらとしても、顔を合わせて気分良い時間を過ごせるとは思えないので、隔離されているなら、それで全く構わない。

「彼らの自尊心を守るためだけではない」
「え?」

 わたしの考えを読んだような神官長の声に思わず顔を上げた。

「同じ目的を持って集合し、同じ祈りを捧げながら魔力を放出すると、相乗効果で魔力が流れやすくなるのだ。君の魔力放出量につられてしまうと、他の者にとっては危険を感じるほどの流出になる恐れがある」
「……そうなんですか」
「君の儀式に付き合えるのは私だけだ。……始めるぞ」

 神官長がふわりと袖を翻し、祭壇に向かって跪き、両手を赤い布に当てる。わたしも同じように神官長の一歩後ろに跪き、手をついて、顔を伏せた。

 この奉納の儀式は、神殿で一年間にある行事の中で一番大事な儀式だ。次の年の豊穣に関係してくる神具に魔力を込める儀式である。祭壇に繋がる赤い布は魔力の籠った糸が織り込まれていて、手をついて祈りを捧げると、神具に魔力が流れていくようになっているらしい。

「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」

 低くゆったりとした口調が儀式の間に朗々と響いていく。わたしも続いて復唱する。

「高く亭亭たる大空を司る、最高神は闇と光の夫婦神 広く浩浩たる大地を司る、五柱の大神 水の女神 フリュートレーネ 火の神 ライデンシャフト 風の女神 シュツェーリア 土の女神 ゲドゥルリーヒ 命の神 エーヴィリーベ 息づく全ての生命に恩恵を与えし神々に敬意を表し、その尊い神力の恩恵に報い奉らんことを」

 祈りの文句を口にするうちに、するりと自分の中から魔力が流れていくのがわかった。赤い布がキラキラと光り、魔力が光の波となって祭壇の方へと流れていくのが目に見える。

「マイン、そろそろ止めなさい」

 スッと手を上げた神官長がそう言った。わたしも同じように赤い布から手を離し、魔力の流れを止める。最後の魔力の流れが、キラキラと光りながら小さな聖杯へと吸い込まれていくのをじっと見つめていた。

「今日はこのくらいで良いだろう。予想以上に流れたな」

 神官長は祭壇の小聖杯を見つめてそう呟いた。一日で7つほどの小聖杯を満たすことができたようだ。単純計算で全ての小聖杯を満たすために8日はかかることになる。

「君がいなかったら、このほとんどを私一人で満たさなければならなかったのだ。私には貴族街での務めもあるというのに……」

 神官長はハァと疲れきったような溜息を吐いた。わたしは祭壇に並んだ小聖杯を見て、肩を竦める。なるほど、神官長が最初からわたしに親切だったわけだ。これを一人だけで満たさなければならないとすれば、嫌になるのもわかる。

 神官長も結構強い魔力を持っているのに、普段の奉納で手抜きしているのが不思議だったが、神官長はわたしと違って、貴族街でのお仕事もあるらしい。大変だ。



 それからは、毎日奉納の儀式が行われた。わたしは他の青色神官と顔を合わせることもなく、神官長と一緒に魔力を込めていく。
 ほとんどの小聖杯への補充が終わったところで、神官長が新しい小聖杯を10個ほど持ってきた。

「マイン、奉納の儀式が長引くが、協力してもらっても良いか?」
「どうしたんですか?」

 領主と仲が良いお隣の領地でも魔力不足が深刻で、余力があれば、と協力を要請されたらしい。

「恩を売って優位に立つにも良い機会だからな。少々無理でも引き受けておいた方が良い」
「……えーと、仲良し、なんですよね?」
「あぁ、良好だ。だからこそ、良好な状態を保つための駆け引きは常に必要だろう?」

 ……政治の世界、怖い。

 それでも、自分の領地を守り、良好な状態を保つことを考えれば、わたしの考えるような仲良しと領主同士の仲良しは全く違う状態になるだろう。頭では理解できるけれど、馴染まない感覚だ。

 領主から頼まれたと言われれば、協力するのは構わない。どうせ、わたしの魔力なんて余っているもので、自分の魔石も持っていないわたしが自由に使えるようなものではないのだ。

「我は世界を創り給いし神々に祈りと感謝を捧げる者なり」

 神官長と共に預けられた小聖杯にも魔力を込めていく。その儀式の途中で、ギギッと音を立てて扉が開いた。

「ずいぶん熱心に祈っておるな」

 目の前でざっと立ち上がって振り向いた神官長につられて、わたしも立ち上がって振り返る。
 今まで全く姿を見せなかった神殿長が儀式の間に入ってきた。一抱えもありそうな袋を抱えた神殿長がゆっくりとした歩みで祭壇の前まで歩いてくる。

「神殿長、どうなさいましたか?」

 神官長の質問に答えようとせずに、神殿長はコトンコトンと袋から取り出した小聖杯を並べていく。
 10個ほどの小聖杯を並べ終わり、くるりと振り返った神殿長の顔は、わたしが貧民だと知る前のような好々爺の笑みが浮かべられていた。

「さぁ、マイン。これにも魔力を込めよ。これも領主に頼まれた物じゃ」
「そのようなこと、私は伺っておりませんが?」

 神官長が眉を寄せて、神殿長を見据えるけれど、神殿長は好々爺の顔を崩さないまま、眼光だけを強めた。

「そなたには何も申しておらぬよ。儂はマインに申しつけておる。神官長の命は聞けても、神殿長である儂の命が聞けぬということか?」

 断ることも、顔を立てることも、どちらでもできる。ただ、すでに怒りを買いまくっているわたしが、ここで神殿長直々の命令を断るのは賢明ではないと思う。後がものすごく面倒なことになりそうだ。わたしはちらりと神官長を見て判断を委ねた。
 わたしの視線の意図に気付いたらしい神官長は、表情を少し険しくしながら、ゆっくりと頷いた。

「今日の儀式は終了しました。明日からでよろしければ、行いましょう」
「その言葉、忘れるでないぞ」

 ニヤァと笑った神殿長が入室してきた時と同じゆっくりとした足取りで、儀式の間を出ていく。
 扉が閉ざされ、シンと静まった儀式の間の中、神官長の溜息が落ちた。

「君が暴走するのではないかと、冷や冷やした。……だが、この増やされた小聖杯は、領主の命令ではないと思われる」
「やるって言っちゃいましたけど、どうしますか? たまには顔を立ててあげるくらい、わたしは別に構いませんけれど」

 神官長は難しい顔をしたまま、しばらく考え込んでいた。

「儀式はこのまま続行する。領主にも問い合わせて裏を調べるつもりだが、この雪ではすぐに情報は集まらないだろう。泳がすためにも、しばらくは従順であった方が都合は良い。頼めるか?」
「はい」

 こうしてわたしの冬は少しずつ増えていく小聖杯を満たすことで過ぎていく。

 この先、春になり、各地で祈念式が行われるようになる頃、近隣の領地で噂がじわじわと広がっていくことになる。エーレンフェストの街の神殿には力の強い巫女見習いがいる、と。
 神官長がその噂に気付いた時には、広範囲に広がっており、手遅れだった。
 奉納の儀式には新しい衣装と新しい簪です。
 そして、久し振りの神殿長でした。

 次回は、ロジーナの成人式です。
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