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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

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騎士団からの要請

 収穫祭の時期が終わり、青色神官が神殿へと戻ってきたらしい。わたしは青色神官を直接見ていないのでわからないけれど、孤児院では神の恵みが増えることで、それが顕著にわかるようだ。
 神官長は派遣されたのが近くの村だったということで、比較的早く戻ってきた。そのため、わたしのお手伝いも復活し、3の鐘の後は神官長の部屋に通っている。

「神官長、こちらの計算は終わりました」

 今日も日課通り、わたしは神官長に任された計算に精を出していた。ちょうど切りがついて顔を上げると、窓に向かって白い鳥が真っ直ぐに飛んできているのが見える。

「あ!?」

 ぶつかると思って、思わずわたしが声を上げた瞬間、白い鳥はすっとガラスを通り抜けた。そのまま部屋の中をくるりと一周して、神官長の机にぱさぱさと下りて、行儀よく羽をたたんだ。

「わわっ!?」

 ぎょぎょっと目を見開いて驚いているわたしと違い、この鳥が何かわかっているのか、周囲にいる神官長の側仕え達は身構えるようにして、白い鳥を凝視する。

「マイン、静かにしなさい」

 神官長がわたしを叱責しながら白い鳥に触れた瞬間、鳥の口から男性の声が響いてきた。

「フェルディナンド、騎士団からの要請があった。すぐに出立の準備を」

 同じ言葉を三回繰り返すと、鳥の姿はふっと消え、その場には黄色の石がコロリと転がった。
 神官長は光るタクトのような棒をどこからか取り出して、何やらブツブツ言いながら、机の上に転がっている石を軽く叩く。すると、石はぐにゃりと歪んで大きさを増して、また鳥の形をとった。

「了解した」

 神官長が鳥に向かってそう言って、ふいっとタクトを振ると、鳥はそれに合わせて飛んでいく。飛んできた時と同じようにガラスを通り抜けて飛び立っていった。

 ……わぉ! ファンタジー!

 目の前で神官長が起こした魔法っぽい不思議現象にわたしが興奮していると、神官長にじろりと睨まれた。気が付くと、今まで静かに仕事をしていた周りの側仕え達が何やらバタバタと片付けたり、次の準備をしたりしている。

「マイン、ぼんやりするな! 騎士団からの要請だ。儀式用の衣装に着替えて、貴族門へ来なさい」
「はい!」

 神官長の剣幕につられて、元気よく返事したものの、貴族門なんて知らない。

「……あの、貴族門とはどちらにあるのでしょう?」
「私が存じ上げております」

 フランはそう言いながら神官長に一礼してわたしを抱えあげると、足早に神官長の部屋を出た。そのままスタスタと大股で歩き、回廊を突っ切っていく。

「マイン様、儀式の祈りは覚えておられますね?」
「えぇ」
「騎士団からの要請です。部屋に戻ったらすぐに出立の準備を整えてください」

 フランの肩にしがみつきながら、わたしはコクリと頷いた。
 早足で部屋に戻ったフランは、ドアを開けるなり、普段では考えられないような大きな声を出した。

「デリア、すぐに儀式用の衣装の準備を!」
「はいっ!」

 デリアに命じながらもフランの足は止まらない。階段を早足に上がっていく。

「デリア、ロジーナ、急いで準備をお願いします」

 二階に着いて、フランにそっと下ろされた。わたしを下ろすとフランはすぐさま背を向けて足早に階下に降りていく。
 儀式用の衣装を手に駆け寄ってきたデリアは、テーブルの上に衣装を置くと、即座に今着ている青の衣装を剥ぎ取った。

「わわっ!?」
「もーっ! じっとしていてくださいませ」

 いつもと違う少し乱暴な動きにわたしが思わずよろけると、デリアがわたしをキッと強く睨む。
 周囲の勢いに目を白黒させているうちに、今度は儀式用の衣装をバサリと被せられた。わたしが袖に腕を通しているうちに、ロジーナが帯を持ってきて巻き始めた。
 デリアが黄色っぽいタスキのような細長い布を取ってきてロジーナに渡すと、ロジーナはそれを帯の上から更に巻いて飾るように結んでいく。

 ……すごい連携プレーだ。

 ロジーナによって帯が整えられるのとほぼ同時に、デリアがするりと簪を引き抜く。パサリとわたしの髪が落ちてくるより速く、ロジーナに脇のところに手を差し入れられて、椅子に座らせられた。

「マイン様、相手は騎士団でございます。不愉快な事が起こっても、決して表情に出さないようにお気を付けくださいませ」
「……はい」

 椅子に座らされ、ロジーナが髪を梳いている間にデリアはクローゼットから洗礼式で使った豪華な簪を持ちだしてくる。

「マイン様、簪はこちらでお願いします」
「はい」

 差し出された簪を手にとって、わたしは簪をいつも通り身に付けた。

「マイン様の準備が整いました」

 デリアの声にフランが階段を駆け上がってくる。そして、ウェストポーチのようなバッグを身につけたフランが神官長の部屋で事務をするために使っていた道具をテーブルに置いた。

「ロジーナ、こちらの片付けを頼みます。マイン様、急ぎますので、失礼いたします」

 そう言うと、フランはわたしを抱き上げて、また大股で歩き始めた。

「フラン、貴族門とはどこにあるのですか?」
「神殿の貴族区域の中でも一番奥にございます。貴族門は貴族街と繋がっている門で、青色神官が自宅に帰ったり、儀式のために貴族街へ向かったりする際に使う門でございます」

 なるほど、青色神官と顔を合わせるのを避けるため、貴族区域をあまりうろうろしないように気を付けていた上に、完全に平民で貴族街に全く用がないわたしには使う必要がない門だったようだ。

「お待たせいたしました」

 貴族区域の奥の扉を出たところに、白銀の鎧に身を固めた神官長と水の女神 フリュートレーネの神具である杖を持ったアルノーがいた。
 神官長は板金鎧と言われるような全身を覆う甲冑を身につけていて、その左手には兜を抱えていた。白銀に輝く鎧に映える青のマントが鮮やかな彩りを添えている。

 正面にはまるで街と外を隔てるような高い塀と人の力では到底開きそうもないような大きな両開きの扉が見える。どちらも神殿と同じ白い石造りで、日差しを反射して眩しいほどだった。

「それが儀式用の衣装か?」
「そうです」

 フランがわたしを下に下ろすと、神官長はわたしを見下ろして、わずかに目を細めた。指をくるりと回して、わたしに回れと指示を出す。

「少々見慣れぬ柄だが、予想以上の出来だ」

 フッと表情を緩めた神官長が儀式用の衣装を褒めながら、「アルノー」と声をかける。アルノーはわたしに向かって何かを差し出してきた。

「マイン、君は夏の生まれだったな? これを貸してやろう。中指にはめておけ」

 神官長の言葉でアルノーから渡されたのは、大きな青い石のついた指輪だった。明らかに大きさが合わない指輪を受け取って、わたしは礼を述べる。
 ぶかぶかだよ? と思いながら、言われた通りに左手の中指にはめた。次の瞬間、石が青く光ったかと思うと、勝手にサイズがしゅるんと縮んで、わたしに合う大きさになった。

「わわっ!?」
「このくらいでいちいち驚くな」
「そ、そんなことを言われても……」

 驚かずにいられるわけがない。わたしにとっては「このくらい」ではないのだ。
 神官長がこの指輪を貸してくれるということは、これが必要な場所へ行くということだ。わたしの常識が全く通用しないファンタジーな場所へ。

「そこで待ちなさい」

 神官長がわたし達にそう声をかけた後、ガシャガシャと音を立てて歩き、巨大な門に手をかざした。神官長の部屋にある隠し部屋を開ける時と同じように、大きな魔法陣が浮かび上がって光る。その後、ゆっくりとではあるが門が勝手に開いていく。
 麗乃時代には自動扉なんて見慣れていたはずなのに、ここで見たのが初めてのせいか、心臓が飛び出るほど驚いた。

「ぅえっ!?」
「平民丸出しだ。せめて黙っていなさい」

 平民以外の何者でもないわたしに、神官長はなかなか無茶な事を言ってくれる。しかし、現に神官長の側仕えとして貴族街に同行しているアルノーやフランは見慣れているようで、顔色一つ変えずに平然としている。
 これが貴族の普通で、側仕えも主と一緒に経験している程度にありふれていることならば、わたしがいちいち驚いていると騎士団から奇異な目で見られることは間違いないだろう。わたしはぐっと口元に力を入れた。

「行くぞ」
「はい」

 完全に開いた門に向かって歩き出した神官長にアルノーと再びわたしを抱き上げたフランが続いた。



 門をくぐったその先が貴族街だった。門一つであからさまにわたしが住む下町とは全く違う別世界が広がっていることに目を見張った。
 門の前は大きな噴水がある石畳の広場で、その石畳は白く輝き、同じ石が道を作って大通りとなっている。狭苦しく高い建物が密集している下町とは違って、見渡す限り白い石畳と緑の豊かな公園がずっと続いているように見える。
 何より、臭くて汚い街と違って汚物一つ落ちていない。恐ろしく清潔で美しい場所だった。何かで隔てられているのか、空気まで違う。

「マイン様、貴族らしくお願いいたします」

 わたしを抱き上げたままのフランが、わたしにしか聞こえないくらいの小さな声で注意する。わたしはコクリと頷きながら、ロジーナ直伝の優雅らしい笑顔を浮かべてみた。

 白い石畳が広がる広場には、神官長と同じような白銀の鎧に身を固めた20名ほどの男達がいた。神官長と違うのは、黄土色の揃いのマントだ。彼らが間違いなく騎士団だろう。開門に気付いたらしい男達が集まってきて、四列に整列する。

 一番前にいる人だけが兜を小脇に抱えていた。赤茶の髪の大柄なおじさんだ。動作は洗練されていて美しいが、雰囲気は武人という感じで猛々しさを感じる。彼が神官長に向かって跪くと、整列している騎士団がざっと一斉に跪いた。

「フェルディナンド様、お変わりないようで何よりでございます」
「あぁ、カルステッド。そなたも」

 神官長と話をしているカルステッドと呼ばれた人が、おそらく団長とか、部隊長とか、今ここにいる騎士団を率いる立場の人に違いない。

「少ないな」
「まだ収穫祭から戻っていない者が多いものですから」
「待てるものではないから仕方がないな」

 諦めたように軽く息を吐いた神官長が軽く手を上げると、フランがわたしを下ろして、前に出るようにそっと背中を押した。

「カルステッド、今回の儀式を執り行う巫女見習いのマインだ。くれぐれもよろしく頼む」
「カルステッド様、マインと申します。よろしくお願いいたします」

 わたしはカルステッドの前で、貴族に向かってやるのと同じように跪いて挨拶する。跪いたままのカルステッドと目が合い、検分するように薄い青の瞳が細められた。

「こちらこそよろしく」
「では、出立する」

 神官長の言葉と同時に騎士が全員ざっと立ち上がって、鎧の右の手甲についている石に触れた。すると、その石が光って、動物の彫刻がぶわっと広場を埋め尽くす。全く動かない、色とりどりの動物は手甲の石で作られた動物のようだ。どの鎧の手甲からも石がなくなって、丸く穴が開いている。

「カルステッド、側仕えを誰かに相乗りさせてくれ。マインはこちらだ」

 そう指示を出しながら兜を被った神官長に抱えられて、わたしは羽が付いた白いライオンのような動物の上に乗せられた。安定重視でわたしはライオンもどきに跨る。
 神官長が全身の鎧をつけているとは思えないほど軽い動きでわたしの後ろに飛び乗り、手綱を握った途端、その彫刻は普通の動物のように動きだした。

「ひぁっ!?」

 予想していなかった動きに身体が揺れて、ゴンと神官長の胸元で思い切り後頭部を打った。

「い、いったぁ……」
「口を閉じておきなさい。舌を噛むぞ」

 ぐっと奥歯を噛みしめたわたしは、やや前のめりになるように身体を倒し、目の前に揺れる手綱をぎゅっと握った。
 タタタッと数歩軽く駆けた羽付きのライオンは、バサリと羽を震わせると上空へと駆けていく。途中でクモの巣を突き破ったように何かが引っ掛かるような感じがしたけれど、それはほんの一瞬のことだった。そのまま空を駆けて、下町を飛び越えていく。

「うわぁ、高い……」
「怖かったのではないのか?」
「自分が知らない不思議現象に驚いただけです。ほとんど揺れない分、馬車より怖くないです」
「ほぉ……」

 空を駆けていく不思議ライオンは、速度が遅いジェットコースターのようなものだった。馬車より揺れない分、不安定感はない。安全ベルトなしというところには非常にスリルを感じるけれど、後ろから手綱を握る神官長の腕が両脇にあるおかげで、それほど怖くなかった。

 周囲には同じような空飛ぶ彫刻の動物達が並び始める。天馬が人気のようで一番多く、色々な色の天馬が空を駆けていた。狼っぽいものや虎っぽい動物もいる。個人的に一番可愛いと思ったのは羽の生えた兎だ。

「神官長、この動物は何ですか?」
「魔石を変化させたものだ。魔力の供給が切れぬ限り、自在に動いてくれる。何に変化させるかは術者の好みによる」

 下町の街並みを駆け抜けて、門を越えるのがわかった。街道が続き、街道の先にうっすらと他の街の外壁が見える。街の周囲には収穫が終わった農地と緑豊かな森がそこかしこに広がっていた。

「神官長、どこに行くのですか?」
「あそこだ」

 普段わたし達が採集している森のずっと奥の方を神官長が指差した。大きなクレーターのようにそこだけぽっかりと森に穴が開いている。

 ……森に穴?

 よくよく目を凝らしてみると、その部分だけが土を露出させていて、木々も草も何もなく、そのど真ん中で大木が長い枝を振り回して大暴れしている。そして、大木が大暴れすればするほど、クレーターが少しずつ拡大しているように見える。

「な、何ですか、あれ?」
「トロンベという魔木だ」
「えぇ!? あれがトロンベ!?」

 クレーターの真ん中で枝を振り回しているトロンベは、わたしが知っているにょきにょっ木とあまりに違いすぎて、見ても全くわからなかった。
 そういえば、ルッツも他の下町の子供達もトロンベは顔色を変えて刈っていたし、少し成長すると門を守る兵士達が半分以上出動して刈っていた。大きくなりすぎて兵士では対応できないトロンベは、騎士団が刈りに行くと聞いたことはあるけれど、まさかこんな状態になるとは予想外だった。

 これは危険だ。
 紙を作り始めた当初、わたしがトロンベを栽培したいと言った時に、ルッツがものすごい剣幕で怒った理由をやっと理解した。

「騎士団が刈り終わってからが、君の出番だ。それまでは危険なので、森に隠れているように」
「はい」

 騎士団が巨大トロンベをやっつけた後、根こそぎ魔力が奪われた土地に再度魔力を満たすのが、神官の仕事だと言う。
 そして、騎士団の人数が少ない今回、神官長はやっつける方にも参加するらしい。

 ……神官長、マジ万能。

 神官長が手綱を操り、トロンベのクレーターから少し離れたところにある、開けた場所に向かって下りていくと、騎士団もそれに合わせて降下してくる。

「マインとフランとアルノーはここで待機だ。カルステッド、護衛を二人ほど選んでくれ」

 するりとライオンから降りた神官長が後ろを振り返って、カルステッドに声をかけた。軽く頷いたカルステッドが護衛役を指名する。

「ダームエル、シキコーザ。お前達が護衛だ」
「はっ!」

 護衛役として、ダームエルとシキコーザと呼ばれた二人は天馬のような動物から降り立つと、動物を消した。キラキラとした光の軌道が手甲の穴へと飛び込んで、元の石に戻る。

「お世話になりました」
「お手数をおかけいたしました」

 フランとアルノーは相乗りさせてもらった騎士に礼を言って、するりと動物から飛び降りる。わたしも二人を見習って華麗に飛び降りようとしたが、それより先に神官長に睨まれて、視線だけで「止めろ」と怒られた。

 ……忘れてた。優雅、優雅。

 わたしは自分の立場を思い出して、完全に彫刻と化して微動だにしなくなったライオンの背中で方向だけ変えて、足を揃えて待つ。「まったく、君は」と低く呟く神官長に抱き上げられて下ろされた。

「巫女見習いに傷一つ付けぬよう、しっかり守るように」

 神官長の言葉に、護衛の騎士が「はっ!」と頷く。
 こうしてやり取りしている間にもトロンベのクレーターは少しずつ大きくなっている。突然バサバサと鳥達が飛び立つ音がしたかと思うと、ズシンと何かが倒れたような大きな音がして、地面が揺れた。

「きゃっ!?」

 木々の間から、大木が一本倒れたのが見えた。トロンベのクレーターに向かって倒れたその木に、まるで意思を持っているように土から飛び出してきた根が絡みつく。見る見るうちに大木の葉が枯れて散り、太かった幹が生気を失ったように干からびていった。生気を吸い取った根は、用が済んだとばかりにまた土の中へと戻っていく。

 想像もしていなかったトロンベの化物っぷりに背筋を冷たい汗が伝っていく。わたしは、木々の先で暴れるトロンベと戦いに赴く騎士団を交互に見て、その場に跪いた。

「神官長、騎士団の皆様……。ご武運をお祈り申し上げます。ライデンシャフトの眷属である武勇の神アングリーフの御加護がありますように」

 わたしがそう言った瞬間、神官長から借りていた指輪が青く光って、騎士団に光が降り注いでいく。指輪の石が魔力を吸い上げていることに気付いて、わたしは慌てて魔力を押さえた。魔力を引っ込めるようにすると、指輪の光が消える。

「巫女の祝福だ。行くぞ!」
「はっ!」

 カルステッドの言葉で、わたしは自分がしたことを理解する。ちらりと神官長を見上げると、何とも言えない複雑な顔でわたしを見下ろしていた。

「マイン、くれぐれも、くれぐれも出番までおとなしくしているように」

 神官長は「くれぐれも」を強調して言い残すと、ライオンもどきに跨って、また上空へと駆けていく。神官長に続くように騎士達も手綱を操り、空へと向かっていった。
 やっと出せました。ファンタジーらしい世界。
 巨大トロンベ大暴れです。

 次回は、トロンベ討伐します。
+注意+
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