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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

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ベンノへの献本と仮縫い

 本日はギルベルタ商会へ行くので、見習い服を着た。見習い服を初め、わたしが持っている綺麗な服は薄手の長袖なので、今の季節はさすがにちょっと寒い。最近は去年の冬にベンノにもらったフード付きのポンチョを愛用しているけれど、いつまでもこの恰好ではいられない。

「服もそろそろ冬用を買わなきゃダメだね」
「北用の服?」

 トゥーリの言葉にわたしは頷いた。ここ最近、家でいる時は寝込んでいることが多いので、普段着は正直それほど必要なくなっている。神殿やギルベルタ商会などに行くことが多くなっているので、それに合わせた冬服が必要になる。

「お店に行く時は誘ってね。今度は絶対に勝つから」

 そういえば、前はトゥーリとルッツが引き分けだったなぁ、と思い出す。あれからトゥーリはかなり熱心に服を見るようになってきた。

「あのね、トゥーリ。今日、ベンノさんのところへ献本に行くから、そのまま服を買いに行こうかと思ってたんだけど」
「……今日、わたし、お仕事だよ?」

 昨日はお休みだったので、マイン工房のお手伝いをしてもらったのだ。今日のトゥーリはお仕事である。恨みがましい目で睨むトゥーリに小さく笑いながら、わたしはいつものトートバッグにできあがった絵本を入れる。

「そんな顔しないで、トゥーリ」
「だって」
「側仕え達の冬服も買わなきゃいけないから、わたしとトゥーリのお休みが重なったら行こうね。裁縫教室をするなら、トゥーリも一着くらいは北用の服を持ってた方が良いでしょ?」
「え? わたしの分!?」

 料理教室の先生だったり、子供達を連れて森に行ってもらったり、これから裁縫教室の先生をしてもらったり、トゥーリにはかなり協力してもらっているけれど、お給料をきちんと払ったことがない。
 ルッツはギルベルタ商会からの出向という感じだし、給料に少し色を付ける形で払ったり、新商品については分けているお金もあるので、そろそろトゥーリにも何かプレゼントしようと思っていたところだ。

「先生になってもらう、お給料だと思って」
「……大したこと教えられないのに高いよ、それ」

 むぅっと唇を尖らせて頬を膨らませているが、その頬は薔薇色に染まっていて、トゥーリの表情は嬉しそうだ。喜んでもらえるならそれでいい。うんと奮発しよう。

「行くぞ、マイン」

 ルッツが迎えに来てくれたので、わたしはバッグを持って外に出た。風が少しずつひやりとしてきているのを肌で感じる。

「おはよう、ルッツ。……ルッツもそれ使うことにしたんだ?」

 ルッツは一年で結構背が伸びたので、ちょっと窮屈だから嫌だ、と言っていたけれど、とうとう寒さに抗えなくなってきたらしい。わたしと色違いのポンチョを着ている。

「次にトゥーリのお休みと重なったら、冬用の服を買い行こうって、さっき話していたの」
「服、いるよな、さすがに」

 ルッツは小さくなっているポンチョを見下ろしながら、軽く溜息を吐いた。
 ちなみに、わたしもちょっと成長した。てるてる坊主のようにだぼだぼだったポンチョがちょっとぶかぶか程度になっているのだから。

 これは、真面目に魔力を奉納して、身食いで倒れることが減ったからだと思う。虚弱は相変わらずだけれど、少しでも倒れる回数が減ると、普通のご飯を食べられる回数が増える。おまけに、神殿で食べるご飯は、貴族が食べているような豪華ご飯だ。
 倒れる回数がちょっと減って、お腹いっぱい栄養のある物を食べられるようになった結果、わたし、ちょっと大きくなりました。成長を司る炎の神 ライデンシャフト、ありがとう!

「神に祈りを!」
「いきなり何だ!?」
「あ、ごめん。何となく」

 どうやら、わたしは結構神殿の習慣に慣れてきてしまったようだ。街中で自然とグ○コができるようになっている。気を付けなければ。
 道行く人に注目されて、恥ずかしい汗を拭いながら、わたしはルッツと一緒にギルベルタ商会へたどりついた。

「おはようございます、マルクさん。ベンノさんに見せたい物があるんですけど、いらっしゃいますか?」
「えぇ、旦那様は奥の部屋です。少々お待ちください」

 マルクが取り次いでくれて、わたしとルッツは奥の部屋に入った。奥の部屋ではベンノが執務机に向かって、何やらガシガシと書いている。

「おはようございます、ベンノさん」
「おはようございます、旦那様」

 ベンノの手の動きが一段落つくのを待って、わたしとルッツが挨拶するとベンノがペンを置いて、挨拶を返してくれた。グッと背中を逸らして、身体をほぐしながら、テーブルに向かえとルッツに指示する。

「かしこまりました」

 ルッツはそう言って、わたしに座っているように言うと、ベンノの家に繋がる奥の扉へと消えていった。

「ベンノさん、ルッツは?」
「あぁ、お茶の準備を下働きに頼みに行った」

 ベンノもテーブルの方へと移動してきた。当たり前のことのように言っているが、ルッツが奥の扉から上に上がるところなんて初めて見た。

「勝手に入っちゃっていいんですか?」
「勝手って……。ルッツはダプラだぞ? まだ子供だから、今は昼食の面倒くらいしか見ていないし、親元から通わせているが、成人後はマルクのようにウチに住み込んで、生活の面倒を見ることになる」
「へぇ……」

 商人見習いにならなかったわたしは、ダルアとダプラの違いもはっきりとは認識できていない。契約社員と幹部候補生くらいにしか考えていなかった。

「お前の知識は本当に偏っているな」

 呆れたようにベンノが溜息を吐くのとほぼ同時にルッツが戻ってきた。ルッツはベンノの後ろに立つか、わたしの隣に並ぶか、迷いを見せる。

「ルッツ、一緒に作ったんだから、今回はここに座って」

 ペシペシと隣の椅子を叩いてルッツを呼ぶと、ベンノも軽く頷いた。ルッツはわたしの隣に座って、小さく笑った。

「それで、見せたい物って何だ?」
「じゃじゃーん! これです! 子供向けの聖典絵本」
「……できたのか」

 信じられないというような呟きを漏らして、ベンノはわたしが差し出した絵本を手に取った。裏と表を交互に見て、綴じてある糸を見つめて目を細める。

「これは糸だけで留めてあるのか。糊は使ってないのか?」
「まだ(にかわ)ができていないんです。でんぷん糊もちょっと考えたんですけど、原価が更に上がるし、小麦粉がもったいないって、孤児院の子供達に反対されて諦めました」

 糊にするくらいなら食べたいと、言われてしまった。彼らの飢えている姿を知っているわたしには小麦粉を使って糊を作ることができなかったのだ。
 ベンノは「ふーん」と言いながら、表紙の透かしを撫でていく。

「それにしても、皮じゃない表紙は珍しいな。これは前にもらったのと同じ、花の透かしだろう?」
「はい。一応表紙なので、ちょっと手を加えてみました。色付けができれば、もうちょっと可愛くできると思います。木の実から染料を採ることも考えたんですけど、孤児院の子供達はどうしても食欲優先になっちゃうんです」

 元々お腹いっぱいに食べたい、というところから働き始めた子供達だ。当然、彼らにとっては本より食料の方が大事なのである。今回は完成させることを優先させたけれど、時間がある時に食べられない木の実や草、石、木の皮から染料を採ることを考えなければならない。今後の課題だ。

「白と黒だけでどこまでできたんだ?」

 そう言いながら、ベンノは表紙を、ページを捲っていく。ページを開いていって一番印象的に見えるのはヴィルマの絵だ。ベンノは目を見開いて、絵に見入った。

「……この絵はすごいな。何だ、これは?」
「うふふ、厚紙をカッターで切って、上からインクでザーッと刷ったらできるんです。えーと、ステンシル? 切り絵? そんな感じです。新しい手法だって、ヴィルマが頑張ってくれました。すごいでしょ?」

 わたしが自分の側仕えを自慢して胸を張ると、ベンノは溜息と共に頭を抱えた。

「新しい手法……。お前はまた相談もなく、勝手に……次から次へと」
「まぁまぁ、そんなに頭抱えないでくださいよ。植物紙の本自体が新しい物なんだから、何を今更って、感じじゃないですか?」

 羊皮紙を使った本はあるけれど、植物紙を使った本は初めての試みになる。そこに新しい手法の絵が加わったくらいで、文句を言われると困る。

「今更って、お前な……」
「だって、新しくできた植物紙に、新しい製法のインクで、新しい手法の絵を描いて、印刷という新しい技術で刷り上がった本を、和綴じという糸だけで綴じた、初めての子供向けの聖典絵本ですよ。既存の部分こそ存在しないんです」

 ベンノが不気味な物を見るような目で、絵本を見つめて、ガシガシと頭を掻いた。

「頭が痛い。……それで、値段は?」
「初期投資の回収を考えるなら、小金貨1枚と大銀貨5枚ってところですね。どんどん絵本を作っていけば、初期投資分は分散されるので、最終的には大銀貨8枚くらいに落ち着くでしょうか」

 煤も今回は自分達で掻き集めてきたけれど、実際に煤を作ってインクを作るとなれば、原材料費が高くなる。初期投資に使った費用と原材料費、人件費、手数料を普通に計算すれば、それくらいの値段になるはずだ。
 実際には紙も自分達で作って、ルッツを通してそのまま孤児院で全て買っているので、ベンノに手数料を払っていない分、安上がりだったけれど。

「ほぉ……」
「フォリン紙はもうちょっと流通したら、値段も下げられるでしょう? そうしたら、もうちょっと本の値段も下げられるかな? でも、インクがねぇ。亜麻仁油が安くならないと、こればかりはどうしようもないです。ホントに高いですよね」

 お手上げですよ、とわたしが言うと、ベンノは緩く首を振った。

「貴族が買うような本は大金貨4~5枚はするから、それに比べると安い。激安と言っていい。内容も易しいから、子供が字を覚えるにも向いている」
「豪華にしたいなら、表紙だけ皮張りにしようと思えば、できなくはないですからね。わたしは表紙に凝るより、中身の量が欲しいですけど」

 本を買うという行為は貴族並みの生活ができなければ無理だ。しかし、少し安価で手を出せるなら、ステータスとして欲しがる者はいると思う。見栄っ張りな富豪なら、表紙を少し豪華にすれば食いつくに違いない。

「なるほど。確かに富豪辺りなら、手を出すだろう。……他の本を作る予定はないのか?」
「しばらくはこんな感じの絵本をいくつか作るつもりです。文字を切り抜くのが大変なので、文章は短めにしておきたいんです。それに、ウチの絵師は描けるものが限られているんですよ。神殿から外に出たことがない箱入り娘なので、一般的な物が全く描けないんです」

 最近はスープ作りをするようになって、少しマシになったけれど、食べ物でさえ、原型がわからないものが多いし、生活道具も孤児院は足りない物が多い。工具や裁縫道具、森に行くためのナイフや籠さえなかったことからも明らかだ。

「……それはまた、極端だな」
「生活環境の違いなので、どうしようもないですからね。ヴィルマにはヴィルマに向いた絵を描いてもらうのが一番です。そういう素材のお話を考えればいいんです。神様のお話だって、たくさんあるんですから」
「だが、神様の話ばかりというのもな……」
「ちょっとつまんねぇよな?」

 ルッツの言葉にわたしは苦笑した。孤児院の子供達にとっては取っ付きやすく一番食い付きが良い話だが、街では全く受けないようだ。

「それに、文字ばかりの本を作るなら、効率化と大量生産を狙って、先に作りたい物があるんですよ」
「何だ?」
「一つはガリ版印刷の原紙です。向こうが透けるくらい薄く均一に()いた植物紙に蝋や松ヤニなんかを混ぜて、ものすごく薄く塗ったものなんですけど、正直、どちらも職人技ってくらいの熟練度がないとできないんですよね。機械もないし……。少なくとも、蝋の工房の方に協力してもらわないと無理だと思ってます」

 正直簡単に成功するとは思えない。植物紙の失敗作が大量にできて、蝋の配合を考えるところで試行錯誤を繰り返して、薄く塗ることがなかなかできずに疲労困憊するに違いない。だが、完成すれば、文字を書く要領で文章が彫れるので、とても楽になるはずだ。

「蝋か。……今の季節は無理だろう? 工房が忙しすぎる」
「ですよね? もう一つは活版印刷です。今は原紙を作るのと、活版印刷のために活字作りを始めるのと、どっちがいいか思案中なんです」
「どういう点が問題なんだ?」

 ベンノが首を傾げる。ルッツも同じように首を傾げた。

「鍛冶工房のヨハンが確保できれば、活字作りはそれほど難しくないんです。でも、活版印刷は圧搾機を扱うくらいの力仕事になるんですよ。孤児院の子供達にはちょっときついです」

 新聞がプレスとも言われるのは、圧力をかけて印刷するところからきていると言われている。ここで活版印刷をしようと思えば、それはかなり大変な力仕事になる。

「そして、ガリ版印刷は原紙を作るのが難しいけれど、原紙さえできれば、印刷自体は子供でもできるんです」
「むぅ、難しいな」

 ベンノもルッツも眉を寄せて考え込んだ。

「でしょう? まぁ、どっちにしろ、お金を貯めなきゃどうしようもないんですけどね。今回かなり使ったんです。この絵本は孤児院の教科書にするつもりだから、利益なんてないし……」
「ハァ!? 売らないのか!? マイン、お前は一体何を考えているんだ!?」

 孤児院の冬の手仕事が広く売れたら取り返せるかな、と考えていたわたしにベンノの雷が落ちた。ビクッと肩を震わせながら、わたしは何度か目を瞬く。

「え? え? ベンノさんこそ、何を言っているんですか? 売っちゃったら教科書がなくなるじゃないですか」
「売り物じゃない物を作ってどうする!? 売れそうなんだから、売れ!」
「嫌です! 教科書にするんです! それに、識字率を上げるのは立派な初期投資じゃないですか! 未来の購買層を開拓するんですよ」

 この冬は孤児院で神殿教室ができるかどうか、実験すると決めている。教科書は絶対に売らない。むしろ、石板とそろばんのような計算機をいくつも買い込みたいくらいだ。
 わたしは一生懸命に訴えてみたが、ベンノは疲れきったような表情で頭を振った。

「お前の考えることが理解できん」
「……だいたい、この絵本は街の子供達にどれだけ受け入れられるか、わからないんですよね? それって、今までは神殿でお話を聞いただけで、あんまり浸透していないことが原因だと思うんです。それくらいなら、大衆受けしそうな新しい絵本を作って、売りに出しますよ。その方が良いですって」

 教科書を取り上げられるくらいなら、これから売れそうな新作絵本を作った方がマシだ。

「新しい絵本だと?」
「もう次の話を考えてるのか?」

 ベンノもルッツもものすごく驚いたような顔をしているが、そんなに考えなくても、お話のストックはいくらでもある。ただ、ヴィルマが描ける絵に合わせると、数が減るだけだ。

「お姫様系のお話なら、貴族のお姫様に仕えていたヴィルマも描けると思うんだよね。粗筋を書いたら、神官長に見てもらって、絵本にしようと思ってる」

 シンデレラを元にした絵本ならできると思う。クリスティーネ様をモデルにお姫様姿を描いてもらえば、それらしくなるはずだ。王子様は……どうなるかわからないけれど、星祭りの時には側仕え全員が自分の主と一緒に貴族街に行っていたはずだし、多分大丈夫だろう。

「まぁ、売るにしても、作ってからの話だな。それで、俺はこの絵本にいくら払えばいい?」
「これはお世話になった方への献本なので、お金は必要ないんですけれど……」

 わたしが言葉を濁してベンノを見ると、ベンノは軽く唇の端を上げた。

「……今度は何のお願いだ?」
「次のトゥーリのお休みに冬服を買いたいので、前に連れていってくれた中古服のお店に連れていってください」
「あぁ、わかった。俺かマルクが動けるようにしておこう。他には?」

 ベンノに促されて、わたしは書字板を取り出して開いた。ベンノに聞いておくことが書かれた書字板を見下ろす。

「孤児院の豚肉加工の相談ですけど、塩や香辛料も必要ですよね? 何をどのくらい準備すればいいんですか? わたし、豚肉加工の時はだいたい寝込んでいて、ほとんど記憶がないんです。孤児院では初めてやることなので、道具類も含めて全て揃えなきゃダメだと思うんですけど……」
「……金がかかるぞ。大丈夫か?」

 ベンノがじろりとわたしを見た。わたしはベンノの赤褐色の目を見返して大きく頷いた。

「トロンベの利益が全部吹っ飛ぶくらいの覚悟はできてます」

 マイン工房孤児院支店は、孤児院の子供達が自立した生活を送れるように作ったものだ。彼らが働いた人件費に当たるお金と、工房の利益として取ってあるお金のほとんどは、孤児院のために使っても問題ない。

「わかった。揃えてやろう。その代り、男はこき使うぞ? こっちは人手が足りないからな」
「わかりました。……それから、儀式用の衣装ってどうなってますか? コリンナさんに確認して欲しいんですけど」

 わたしが書字板に視線を落として、もう一つの懸念事項を述べると、ベンノもハッとしたように手を打った。

「あぁ、確かコリンナも言っていたな。お前、時間があるなら、今日コリンナのところへ行って来い。仮縫いをしたいと言っていた」

 ベンノは立ち上がって執務机に向かうと、ベルを鳴らして女性の下働きを呼んだ。コリンナの予定を尋ねて、わたしがいることを伝えるように言う。階段を往復した女性は、コリンナの準備ができるまで少し待ってほしいと言い、また上に戻っていった。

「ベンノさん、お仕事するなら、してていいですよ。話は終わったので」
「悪いな」

 冬支度の季節が近付いている今、物流は盛んで、大店の旦那様であるベンノは忙しいのだ。話が終わったベンノをいつまでも着き合わせるのは悪い。
 待っている間、わたしはルッツにシンデレラの話をしながら、絵本の文章を書いていく。

 どこからかベルの音が響いてきた。顔を上げたベンノが「ルッツ、マインをコリンナのところへ連れて行け」とだけ言って、また顔を伏せる。
 ルッツに案内されて、わたしは奥の扉から階段を上がって、コリンナの家へと向かった。

「コリンナ様、ルッツです。マインを連れてきました」
「いらっしゃい、マインちゃん。ルッツ、もう戻っていいわ」

 今までに見た時とは違って、コリンナはお腹を締め付けない、ゆったりとした服を着ていた。そのせいだろうか、ちょっとお腹が大きくなっているように見えた。順調そうで何よりだ。

「素敵に刺繍ができているでしょう?」

 コリンナが広げた青の生地には裁断するための大まかな線が引かれ、それに合わせて、ゆったりとした水の流れと、上から下に春夏秋冬の花が刺繍で描かれている。

「綺麗……」
「さぁ、こちらが仮縫いの衣装よ。着てみてちょうだい。丈に問題がないか確認したいの」

 本番とは別の布で作られた仮縫い用の衣装に袖を通す。きっちりと測って作られただけあって、ほぼピッタリだった。この寸法で仕立てられたら、すぐに使えなくなりそうだ。
 ほら、わたし、大きくなってるから。うふふん。

「コリンナさん、生地は長めにとって、揚げて頂けると助かります」
「揚げる?」
「成長しても着られるように、予め余裕を持って仕立てて欲しいんです。こんな感じで中に折りこんで縫ったり、ひだを取ったり……」

 わたしが腰の辺りの生地を摘まみ上げて折りこむと、コリンナはこてりと首を傾げた。

「洗礼式の時の服のようにするということかしら? でも、儀式用の衣装に余計なひだはいらないでしょう?」
「あの服は……トゥーリのを着られるように合わせただけですけれど、同じようなものですね。ハサミを入れて、布を切ってしまったら、後から継ぎ足して広げることはできませんよね? 別にひだを作るんじゃなくて、帯を締める腰や肩や袖口にこうして折りこんでおいてくれればいいんですけど……」

 わたしが袖や肩の部分を摘まんでそう言うと、コリンナは不思議そうに目を瞬きながら、首を傾げた。

「着られなくなったら、次を仕立てれば良いでしょう? 流行もあるし、服は身体に合わせなければ、綺麗にならないわよ?」

 着物ならば、子供用を仕立てる時に成長しても使えるように腰揚げや肩揚げをしておく。けれど、ここでは着られなくなった服は売って、次を買うというスタイルで、あまり長く着ることに関しては重点を置いていないようだ。

「コリンナさん、それは貴族の話ですよね? いくら成長したからって、さすがに何度も仕立てられませんよ。こんな高い服」

 今回だって、ベンノの贈り物がたまたまあったから、染める代金と仕立てる代金で仕上がるからよかったけれど、布から作るとなれば、糸の代金、織る代金がかかって、倍以上に膨れ上がる。こんな高級布を何度も仕立てるようなお金はない。

「それもそうね。こんな高級な布を使って仕立てるのは上流貴族の衣装ばかりだったから、感覚が少し麻痺していたみたいだわ。マインちゃんは貴族ではないんですものね」
「作りがシンプルな儀式用の衣装にそれほど流行があるとも思えませんし、長く着られることを重視して、作ってください」
「わかったわ」

 コリンナは納得したように頷いた。

「では、マインちゃんが知っている仕立て方を教えてくれるかしら? どんな風に折りこめば外から見て綺麗か、知っている?」
「えーと、まず肩は……」

 その後は、どのくらい揚げの幅をとるか、どのように仕立てるかを話し合い、仮縫いを終えた。

 ……あ! 仮縫いが終わったって言ったら、トゥーリに泣かれるかな?
 できあがった子供用聖典については、新しい物の結晶でベンノさんの頭痛の種になりそうです。

 次回は、神官長に献本します。
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