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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

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子供用聖典の製本

 孤児院の女子棟から出ようとしなかったヴィルマが工房に登場したことで、ざわざわとしたどよめきが起こる。

「わぁ! ヴィルマだ!」
「ヴィルマが来た!」

 子供達が歓声を上げてヴィルマに群がり、自分達がどんな仕事をしているか、どんなことができるようになったか、口々に説明し始める。
 子供バリアで灰色神官が近付く隙など全くない。そして、ヴィルマを守ろうと決意したわたしの出番もない。

「……では、印刷しましょうか」

 ヴィルマを守る必要がなくなってしまって、しょんぼりと肩を落としながら、わたしはルッツのところへと向かった。ヴィルマは子供バリアを張り付けたまま、わたしの後ろをついてくる。

「ルッツ、最初に扉と奥付を印刷してくださる? このローラーでインクが均等につくかどうか確認したいのです」
「わかった」

 ルッツが印刷のための台に紙を置いて、その上から版紙を重ねて置く。印刷台はだいたいA4サイズで、版紙はA5サイズになっている。
 今回の絵本では上下で絵と文の版紙を分ける予定だ。今は上に扉、下に奥付の版紙が置かれている。

「これで間違いないか?」
「えぇ、大丈夫ですわ」

 ルッツはわたしに確認した後、網のはまった木枠をそっと下ろして、次にインクを取り出した。大理石の台の上に少しの油と合わせて、パテヘラで少し練った。その後、ローラーにつけて伸ばして、満遍なくインクを付ける。

 準備ができたルッツがちらりとわたしに視線を向けてきた。わたしがコクリと頷くと、ルッツはゆっくりと網の上にローラーを転がしていく。縦と横に数回転がし、ローラーを大理石の方に一度置いた。

 そっと木枠を上げてみると、インクで版紙は網の方にくっ付いていて、台の上に残っているのは刷り上がった紙だけだった。
 白い紙の上に文字がしっかりと印刷されている。掠れてもいないし、にじんでもいない。

「よし!」
「問題ないですわ。これを乾燥台に置いてちょうだい」

 刷れた扉と奥付を確認して、わたしは一人の灰色神官に紙を渡した。灰色神官は棚に紙を置いていく。そして、ルッツは新しい紙をセットして、せっせと印刷する。厚紙の版は何度も使える物ではないので、一気に刷ってしまうためだ。

 今回は30部刷る予定である。わたしが家に持ち帰る分と神殿の部屋に置く分、ルッツの分、ベンノの分、神官長の分を献本して、残りは孤児院に置くことになる。いずれ神殿教室を開いた時には、教科書にする予定である。

「では、次に本文と絵を刷ります。準備してください」

 わたしの指示を聞いたヴィルマの顔に緊張が走る。
 ルッツが版紙を交換する。扉と奥付の版紙を外して、代わりに見開きで見やすいように左側に文章、右側に絵になるように考えて、慎重に版紙を丁寧に置いた。真ん中は製本時に縫い合わせるため、広めに空白を取ってある。

 ヴィルマとルッツ、二人の視線がわたしに向かっているのを感じて、わたしは二人の顔を見た後、ゆっくりと頷いた。
 ルッツもヴィルマに負けないほど緊張した面持ちで、ローラーを使って縦横に満遍なくインクを付けていく。

 ルッツがローラーを動かすのと同じ速度でドクンドクンと心臓が鳴る。
 きちんと仕上がっているだろうか。
 ヴィルマが満足できる絵に仕上がっているだろうか。

 祈るような気分で見つめる中、ルッツがローラーを置いて、そっと木枠を上げる。わたしだけでなく、周囲で見守る人達からもゴクリと息を呑む音が聞こえた気がした。

「……わぁ!」
「すごいっ!」

 最初に声を上げたのは、ヴィルマの周りを取り巻く子供達だった。

 闇の神が光の女神と出会った場面が、白と黒だけで見事に表現されていた。版を見た時から素晴らしい物になるだろうと思っていたが、インクが入って色がくっきりとすると、それがよくわかった。

 夜空のような黒のマントで女神を包み込もうとする闇の神と、長く孤独な時間を過ごしてきた闇の神を照らす光の女神が鮮やかに浮かび上がるようだった。切り込みが入った版だけを見ただけではわからなかった細かな髪の影や衣装の皺がヴィルマらしい繊細さで描き出されていた。

「とても、とても素晴らしいですわね」

 わたしがヴィルマを振り返ると、ヴィルマはほろほろと涙を流しながら、刷り上がった絵を凝視していた。

「ヴィルマ!?」
「も、申し訳ございません。これは、その、安心したもので、私、嬉しくて……」

 途切れ途切れにヴィルマはそう言いながら、そっと涙を拭った。子供達がヴィルマを慰めようとおろおろしながら背中を撫でたり、「泣かないで」と慰めたりしている。
 嬉し涙を隠せないヴィルマと慰める子供達の図こそ、わたしには宗教画のように見えた。

 ……ヴィルマ、マジ聖女。

 周囲の視線は当然ながら、頬を薔薇色に染めて綺麗な涙を流すヴィルマに向かう。
 注目されていることに気付いたヴィルマは恥ずかしそうに耳朶まで真っ赤に染めて、くるりと踵を返した。

「マイン様、わ、私、次の絵を描いてまいりますね」



 それからはヴィルマの絵が完成するたびに、印刷していくことになった。その間、子供達はせっせと紙を作り、灰色神官達はインク作りに精を出す。
 それと同時に森で収穫した果物やキノコを干したり、冬支度として薪を買い込んだりすることも始めた。孤児院に必要な量は多いので、早目に準備に取り掛かった方が良いと考えたからだ。

「マイン、今日で印刷が終わったぞ。次はどうするんだ?」

 秋が深まってきたある日の帰り道、ルッツがそう言った。とうとう、全てのページの印刷が終わったらしい。

「次は製本だよ! わたし、明日は絶対に工房に行くから!」
「来なくていいから、説明しろって」
「最初だけでも良いから参加したいし、この目で見たい。順調に進んでいるのを確認したら、その後は印刷の時と同じように立ち入らないようにするから。ね、ルッツ。お願い」

 青色巫女見習いで作業をさせてもらえないわたしが工房にいると、灰色神官達が気にして動きにくくなるので、非常に邪魔な存在になるらしい。しかし、本の製作に係わりたい気持ちは押さえられない。特に新しい作業に入る時は尚更だ。

「……最初だけだからな」
「うふふ。やったぁ!」

 その場でくるくる回りながら喜ぶわたしの腕を引っ張って、ルッツは歩き始める。わたしがにやける顔はそのままにルッツと一緒に歩き始めると、ルッツは手を離して、荷物の中から書字板を取り出した。

「ほら、説明。……製本だっけ?」
「そう、製本だよ! 印刷した紙がきちんと乾いたら、丁寧に二つ折りにしていくの。見開きで絵と文が一対になっている方が谷になるように、端を揃えて綺麗に折ってね。これは台が必要だから、孤児院の食堂で作業した方が良いかも」

 わたしの説明をルッツは書字板に書き留めていく。その速度を見ながら、わたしはゆっくりと説明を続けた。

「折れたら、必ずそのページ毎に向きを揃えて重ねて山を作っていくの。絶対に他のページと混ぜたり、上下や左右が逆になったりしないように気を付けて。あ、そうだ。午前中に扉と奥付のページはカッター使って半分に切っておいてね」
「……わかった」

 次の日の午後、わたしが待機する孤児院の食堂に今まで印刷した紙が次々と運び込まれてきた。紙に染みが付かないようにどのテーブルも綺麗に磨きあげられている。
 わたしは自分の前に縦横互い違いになるように積み上げられた紙の束に、ほぉ、と感嘆の溜息を吐いた。新しい紙とインクの匂いにうっとりする。これから本ができるのだ。

「では、班長は取りに来てくださいな」

 仕事がしやすいように工房の中では、班分けがされているようで、今回はその班毎にページを折ってもらうことになっている。灰色神官が班長として、見習い達を見ているのだ。
 さすがにきちんと折れるかどうかわからない見習い未満の幼い子供達を今回の作業に入れることは止めた方が良いとギルからの進言があり、今子供達はヴィルマと一緒にスープ作りをしている。

 端がずれないように細心の注意を払うこと。折る方向に注意すること。全て折れたら、わたしのチェックを受けることなどの注意事項をルッツが述べた後、紙を折る作業が始まった。

「端をもっと丁寧に揃えてくださいね。最初にこことここを押さえて、それから、こうやって……」

 わたしはゆっくりと各テーブルを見回りながら、折り方を教えていく。紙が高価で身近に存在しなかったこの街では、当然のことながら、折り紙をしたことがない。そのため、成人の灰色神官でもあまり綺麗に端が揃っていない。不器用な外国人が初めて折り紙をしたような有様になっている。

 ……おぉぅ。せっかくの本が! ページが斜めになっちゃうよ!?

 直視せざるを得ない現実に頭を抱えながら、わたしは自分の席に戻って、ルッツにこっそりと囁きかける。

「ルッツ、これ、わたしが折ったらダメなんだよね?」
「今は我慢して見てろ」
「うぐぅ……」

 失敗作の紙で折り紙の練習をさせておくべきだった。失敗。
 どんな仕上がりになるのか、わたしがハラハラしながら待っている中、何となく半分で折られたページが積み重なっていく。チェックして、あまりにひどい物はやり直しとして突き返していく。このまま本になるなんてとんでもない。

 全てのページが折れたら、次は扉と奥付を加えて、テーブルに順番に並べていく。それを順番に取っていけば、本のページが並んでいるはずだ。
 学生時代に遠足のしおりを作らされた時に行った作業である。わたしにとっては別に珍しい作業でも何でもない。実際に作業する他の人は初体験だけれど。

「では、このように奥付のページを取ったら、横にずれて次のページの山から一枚取って、そのまま重ねて、また横に寄って……と繰り返します。決してページをひっくり返したり、重なったまま二枚取ったりしないように気を付けてくださいね」

 そう言いながら、わたしは手早くページを取っていく。これでホッチキスで留められたら、話は早いのだが、そんな便利グッズはここにない。
 全ての紙を取って自分の席へと戻ると、フランが苦い顔で溜息を吐いた。

「……マイン様」
「これは持ち帰りたいの。勝手な事をしてごめんなさいね」

 作業はするな、と言いたい溜息だとわかったけれど、視線を逸らしてやり過ごす。これはみんなにお手本を見せるためだ。そして、自分の手元に一部を確実に確保するためでもある。

 みんながもたつきながら、ページを重ねている間に、わたしはページを丁寧に折り直し、折り目を爪でしっかりしごいていく。ヘラや物差しを準備しておくべきだった。いや、まだ折り直しができることを考えれば、ヘラでしっかりしごかれなくてよかったのかもしれない。

 30部しかないので、あっという間に本の中身が揃えられ、10冊分ずつで縦横交互に積み上げられた。それを崩さないように注意して、工房へと運んでもらう。

「これから先の作業には道具が必要になりますから、今日はここまでですわ。皆様、お疲れさまでした」

 今日は早速家に帰って製本作業の続きだ。わたしは自分で確保した一部をバッグに入れる。ルッツには工房から表紙にするための透かしが入った紙を一枚持ってきてもらった。

「帰って続きをやるなら、手伝うぜ。聞くより見た方がわかりやすいからな」
「ありがと」

 まだ(にかわ)ができていないので、糊として使えそうな物がわたしの手元にほとんどない。そのため、今回は和綴じの基本である四つ目綴じで、製本したいと思う。

「ただいま!」
「おかえり、マイン。早かったね。あれ? 今日はルッツも一緒?」

 家に帰ると、今日はトゥーリがすでに森から帰ってきていた。わたしはバッグの中から、本日製本するために持って帰ってきていたページの束をトゥーリに見せる。

「トゥーリ、見てみて。ほら、子供用の聖典! 印刷できたんだよ」
「わぁ、こっちの絵本は素敵!」

 トゥーリはパラパラと紙を捲って、弾んだ声を上げた。わたしの作った白黒絵本は全く理解できなかったらしい。別に良いけど。

「……でも、バラバラだね。これって読みにくくない?」
「これから製本するんだよ。……トゥーリも手伝ってくれる? それで、工房に来て教えてくれると助かる。わたし、あそこでは作業しちゃダメだから」

 バッグから表紙にする紙を取り出し、テーブルに置きながらトゥーリに尋ねると、トゥーリは少し首を傾げた。

「でも、わたしにできるかな?」
「針と糸で縫うから、多分、わたしよりトゥーリの方が上手にできると思う」
「そっか。……じゃあ、手伝うから、わたしにも本をちょうだい。わたしも字を覚えたいの」

 ちょっと恥ずかしそうにトゥーリがそう言った。わたしやルッツが書字板や石板に書いている様子やコリンナが注文時にメモを取っている姿を見て、トゥーリも字を覚えたくなったらしい。
 そのくらいはお安い御用だ。トゥーリのためならわたしが家庭教師になっても構わない。

「この本、一つは家に置いておくつもりだから、一緒に読もう。石板も貸してあげるよ。わたし、裁縫はダメだけど、字を教えるならできるから。この冬の間に孤児院の子供達には字を教えるつもりだし、トゥーリも一緒に覚えればいいんじゃない? 競争相手がいると覚えも速いからね」

 わたしはごそごそと父の工具セットの中から製本に必要な道具を探しだしてきて、テーブルに並べていく。物差しと千枚通しとトンカチと板だ。

「まずは、紙の端がきっちり合っていることを確認してね。直せるのはここまでだから。確認できたら、ヘラや物差しを準備して、折り山をきちんと整えるの。……こんな感じ」

 わたしがお手本を見せて、物差しを折り山に沿って動かすと、ルッツとトゥーリも自分の手元の紙で同じようにやってみる。

「全てに折り目がしっかりと付いたら、上下や左右が揃っているか確認して、のど側……背表紙、えーと、これから縫い合わせる方が真っ直ぐになるように、トントンとして揃えたら、仮綴じの穴を開けるんだよ」

 わたしは板の上に揃えて置いた後、物差しでサイズを測って、煤鉛筆で小さく3つの印を付けた。

「ルッツ、ここに穴を開けてほしいの。千枚通しを真っ直ぐに立てて、トンカチで叩いたら真っ直ぐの穴が開くから」
「おぅ。ここだな」

 わたしが端を揃えて押さえると、ルッツは印の入ったところに千枚通しを当てて、コンコンと上から叩いていく。

「トゥーリ、針に糸を通して、真ん中の穴の表から裏に糸を通して」
「うん」

 わたしならばもたつく糸通しもトゥーリは仕事で慣れているので、手早い。さっと真ん中の穴に糸が通った。

「裏側から上の穴に通して、表に出てきた針を下の穴に入れてね。下の穴の裏に出てきた針を真ん中の穴に通すの」

 そこでトゥーリに糸を切ってもらって、上下に渡した糸を挟むようにして、わたしは糸を結んだ。糸の端を短く切って、ルッツにトンカチで軽く結び目を叩いてもらう。

「なんで叩くんだ?」
「結び目を潰しておくと、表面が綺麗に仕上がるからだよ」

 トンカチで叩いた後、ルッツは書字板に作業順を書きこんでいく。その間にわたしは物差しを背や小口に当てて、端が揃うようにカッターで切り落としていった。

「本当はこの後角裂(かどぎれ)を張るんだけど、糊になるものがないから、今回は飛ばしちゃって、表紙を付けるね。表紙はみんなが森で採ってきた花や葉を透かしに使った綺麗な紙を使うよ」

 押し花にされた小花と小さい葉が散り浮く表紙を半分に折っていると、トゥーリが覗きこんできて、顔を輝かせる。

「わぁ、可愛い」
「でしょ? これも半分に切って、表と裏に付けてね。それで、本綴じの位置に定規を当てて、千枚通しで軽く筋を付けたら、仮綴じの時みたいに綴じ穴の位置を決めて、穴を開けるの」

 わたしは物差しで測って、今度は表紙が汚れないように、千枚通しを押しつけて、印を付ける。わたしの力では穴が開かないところがちょっと悲しい。

「じゃあ、オレの出番だな」

 ルッツがトンカチを持って、コンコンと穴を開けていく。トゥーリは穴が開いたら糸を通すとわかっているようで、針に糸を通し始めた。

「二番目の穴の裏から表に針を出して、ぐるっと背を回ってもう一度裏から表に糸を通して……そうそう。それで、トゥーリの人差指の長さ分くらい糸を残して、本を開いてページの中心に残った糸を一度引きだして、ページの間に押し込んで見えないようにするの」
「こんな感じ?」
「針でもうちょっと押し込んで。そう、いい感じ。残り糸の処理が終わったら、三番目の穴の表から裏に針を出して、ぐるっと背を回って、もう一度表から裏に糸を通してね」

 その後は四番目の穴も裏から表に針を出して、背を回し、また裏から表に。今度は糸を地に回して四番目の穴に針を通す。そして、地から天へと戻るように糸が渡っていないところを補うように縫っていく。

「やってみると結構簡単だね」

 しゅるしゅると糸を通しながら、トゥーリが呟く。穴が開いているところに順番に通していくだけなので、順番だけ忘れなければ、綴じる事自体は難しくない。緩まないように丁寧に綴じていけばいいだけだ。

「これで、天まで糸を回したら、次は裏表紙を上にして、最後の糸の始末だよ。こうやって、こっちからここへ針を通して結わくの」
「あ、ホントに結べた」

 わたしの指示通りに針を通すと結び目ができたことにトゥーリが小さく驚きの声を漏らす。

「この糸は強く引っ張って、よく結んだ後、針を二番目の穴に通して、結び目を穴に落とすんだよ。こうすれば簡単に解けないから」
「おぉ、すげぇ!」

 ルッツが目を見張る中、トゥーリが糸をくっくっと引っ張って結び目を穴に落とそうとする。なかなか落ちない結び目を針で少し押し込んで、もう一度軽く引っ張る。

「これで、糸を切ったら……本の、できあがり」

 完成が目に見えて、胸に熱いものが込み上げてきた。全身を締め付けられるようで、喉の奥がひくひくする。

「マイン、切れよ」

 そう言ってルッツが糸切りばさみを渡してくれた。トゥーリが小さく頷きながら、本と針の間の糸をピンと張ってくれる。わたしは震える手で糸切りばさみを手に取って、ピンと張った糸に当てる。少し力を入れただけで、プツッと糸は切れた。

 それと同時に涙腺も決壊する。留めることもできない熱い涙が次々と頬を伝って落ちていった。

「できた……。できたんだよ、ルッツ」

 粘土板でもなく、木簡でもなく、メモ帳を束ねたような物でもなく、字が書かれていない白黒絵本でもなく、これは本だとはっきり言い切れる本が完成した。

「……長かった」

 わたしの意識がこの世界にやってきて、本を作ると決心してから約二年。やっと本ができあがった。夢のようだ。
 ずっと一緒に作ってくれたルッツも達成感に満ちた最高の笑みで、目を潤ませている。

「やったな、マイン」

 わたしは腕を広げてくれたルッツにギュッと抱きついて、何度も頷いた。わたし一人では何もできなかった。ルッツが一緒に作ってくれたから、完成したのだ。

「ルッツとトゥーリのお陰。ありがとう。嬉しい。すごく嬉しい。本ができたんだよ。ずっと欲しかった、わたしの、本」

 できたばかりの本を汚したくなくて、涙で濡れた手で触れることもできないまま、わたしはじっと本を見つめる。薄い和綴じの絵本だが、これを作り上げるまでの道のりを考えると、涙が止まらない。
 体力がない、腕力がない、お金がない、紙がない、インクがない、道具がない。ないない尽くしから始まった挑戦がやっと実ったのだ。

 本ができあがった幸せに浸っているわたしに、ルッツは挑戦的に笑う。

「でも、まだたった一冊だ。もっともっと作るんだろ? 読んでも、読んでも、終わらないくらい、いっぱいの本を作るんだ。な、マイン?」

 ルッツの翡翠の瞳はもう次の目標を見据えている。わたしも自分の野望を達成するために、次々と挑戦を続けていかなくてはならない。
 ぐしぐしと涙を拭いながら、わたしもニッと笑って大きく頷いた。

「そう。図書館が必要になるくらい、たくさん作るの。約束、だからね」
 まだまだ改良点はありますが、やっと本の完成です。
 本作りという点では、一段落ですね。

 次回は、収穫祭のお留守番です。
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