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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

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教養が必要な理由

「マイン様、側仕えは主の部屋に居を移すものでございます。孤児院に居続けることはできません。どのように神官長を説得するおつもりですか?」

 孤児院を出た途端、フランから厳しい声がかかった。

「今、子供達の様子を見てくれる灰色巫女がいませんから、孤児院の院長であるわたくしの側仕えに孤児院の様子を見ていてもらうだけです。夜中に突然熱を出す子供もいますもの」
「……全く何も考えていないわけではなかったのですね。少々安心いたしました」

 意外と失礼な物言いにわたしが頬を膨らませると、フランが慌てたように言葉を足した。

「マイン様は思いついた途端に動きだすことが多いので、私から神官長にどのように説明をすればよいのか、心配になりまして……」
「……ヴィルマを孤児院に置いたまま、側仕えにすることをフランは賛成? やはり、反対かしら?」
「慣例を破ることにはなりますが、孤児達の現状を考えても、ヴィルマの状況を考えても、実現できれば良いと思っております」

 フランの賛同を得て、わたしは神官長に面会依頼の手紙を出した。ヴィルマの扱いについてはフランの意見も聞きたいので、隠し部屋よりは君の部屋で話をした方が良いだろう、という返事が来て、五日後の5の鐘で指定があった。

 面会までの間、わたしは精力的に働いた。
 ギルに頼んで、絵本を作るために厚めの紙をマイン工房で漉いてもらい、ルッツを通して購入する約束をする。

 それと同時に、孤児院で母の寝物語を朗読して、どれが絵本にしやすいか、子供受けが良いのか、反応を見てみた。しかし、寝物語を聞いた子供達は出てくる単語に対して「何、それ?」と疑問の連続で、話を楽しむには至らず、ヴィルマには街の暮らしがわからないので、絵にはできないと言われてしまった。常識や生活の差は思ったよりも大きいようだ。

 さらに、どうやら神殿には動物の擬人化という概念もないようで、七匹のこやぎや桃太郎の話をしても、「どのようにして動物と話をするのでしょうか?」と聞かれてしまっては、わたしが知っている童話を絵本にしてもらうことも難しい。
 ヴィルマには聖典関係の絵を描いてもらうのが一番のようだ。

 ……やっぱり初めての弟妹に贈る、初めての絵本だし、わたしが絵も描こうかな?

 それから、フーゴとエラがほとんどのレシピを覚えたので、新しい料理人が入ってきた。フーゴとあまり変わらない年の男性が、「え?」とか「ちょ!?」とか慌てたような理解不能のような声を上げながら、奮闘している。
 助手をするエラが「大丈夫。そのうち慣れるから」と、自分の来た道を思い返しているような表情で言っていた。



 そして、面会日当日。午後は約束があるので、図書室に行くこともできず、部屋でフランと一緒に神官長を出迎える作法や好みのお茶について復習して過ごしていた。
 すると、約束よりかなり早い時間にドアの外でベルが鳴った。側仕えが持っているベルで、部屋の中にいる者に来訪を知らせるものだ。

「神官長の使いですね」
「どうしてわかるのですか?」
「音や鳴らし方に違いがございます」

 フランはそう言って、一階へと降りて行く。多忙そうな神官長なので、もしかしたら、面会時間の変更でもあるのだろうか。
 わたしが上から身を乗り出すようにして下を見下ろすと、厨房から出てきたデリアがドアへ向かって早足で歩いて行くのが見えた。来客の取り次ぎは見習いの仕事だ。

 デリアがドアに向かって何事かやり取りをした後、ドアを開ける。大きな箱を持った灰色神官が次々に入ってきた。

「神官長からの贈り物でございます。どちらに運びましょう?」
「二階へ。主の部屋へお願いいたしますわ」

 デリアの声と共にフランが先導して、荷物が運び込まれてくる。わたしは慌てて執務机に戻って、お嬢様然とした笑顔を張り付けた。

「失礼いたします、マイン様」

 アルノーが挨拶に来て、灰色神官達がデリアとフランの指示の元、荷物を置いて行く。アルノーはどこか懐かしそうに目を細めて、ぐるりと部屋を見回した。

「……マイン様はそのまま使っておられるのですね」
「え?」
「いいえ、お気になさらず。……大きい箱が3個、小さい箱が2個。確かにお運びいたしました。では、失礼いたします」
「ありがとう存じます、と神官長にお伝えくださいませ」

 アルノーの言葉にわたしは笑顔で答えた。アルノーを先頭に神官長のお使いがざっと並んで帰っていく。
 見送っていたフランが扉を閉めると同時に早足で二階へ上がってきた。

「すぐに開封しましょう。神官長のいらっしゃる時間になってしまいます。デリア、工房へ行ってギルを呼んできてください」
「かしこまりました。もー! 贈り物なら来訪直前でなくてもよろしいのに」

 デリアが駆け出していくと、慌てたようにフランが開封し始める。すぐにデリアとギルが戻ってきて、フランの手伝いをして、箱を開けた。
 木箱の中に更に布で包まれて入っていたのは、寝具一式と大人用と子供用の楽器が二つだった。それから、楽器を手入れするための道具の数々。神官長はわたしに何が何でも教養を身につけさせたいようだ。

 ……わぁーお。楽器がないとお断りしたら、楽器がやってきたでござる。

「ねぇ、フラン。神官長から何か聞いていたのかしら?」

 さすがにこれだけ大量の贈り物があると、感謝より先に困惑がくる。特に、寝具なんて他人にプレゼントされたことがないので、戸惑いの方が大きい。フランにとっても戸惑いの方が大きいのか、困ったように眉を寄せた。

「神官長が、ここで生活しないとはいえ、虚弱でよく倒れるのに寝台の準備さえまともにできていないとは何事か、と反省室で倒れた時に憤慨されていましたが、まさか寝具が贈られてくるとは……」

 わたしも、これだけ神殿でもボテボテ倒れていたら、布団は必要だなと思っていたが、まさか神官長に贈られるとは予想外だ。

「でも、すごく良いお布団ですよね?」

 ギルとデリアが寝台に入れて整えてくれた寝具に近寄って、わたしは手でまふまふと触ってみる。
 神官長が選んだ寝具は、ウチで使っているような藁の詰まった布団ではなく、フリーダの家の客室に準備されていたような上等なお布団だった。さらりとした肌触りの良いシーツに、上掛けは刺繍がたくさん入った上等なものだ。

 布と刺繍だけで、とんでもない金額になっていく。寝具一揃えにかかった金額を考えると脳味噌が拒否しそうになる。
 こんな物をぽんと贈るのが貴族では当たり前なのか、もしかしたら神官長に立て替えてもらっただけで後から請求されるのか、わたしにはわからない。

「……フラン、これは後でかかった料金をお支払いした方が良いものかしら?」
「いえ、おそらくマイン様を反省室に入れて、倒れさせてしまったことに対するお詫びの品なので、お礼に留めておくのがよろしいかと」
「お礼……。今回はどの神様に感謝すればいいかしら?」

 お礼の挨拶に、また新しい神様の名前を覚えなければならないのだろうか、といい加減うんざりした気分で尋ねると、ぐっとフランが笑いを堪えるような顔で、口元を押さえた。

「今回は神様ではなく、神官長に感謝してくださいませ」
「あぁ、そうよね。神様は関係ないですわね」

 5の鐘が鳴るまでに、寝台に寝具を入れて、楽器や道具の置き場を決めてバタバタと過ごした。何とか荷物の片付けを終えて、木箱や布をしきたりどおり側仕えに下賜する。

 5の鐘が鳴るとすぐに、アルノーを従えた神官長がやってきた。フランに教えられた通りに神官長を出迎えて、挨拶する。神官長からは「まだおぼつかない感じはするが、一応覚えたようだな」と及第点らしき言葉を頂いた。

「神官長、寝心地の良さそうなお布団、ありがとう存じます」
「まったく君は……」

 二階に上がって、寝台が目に入ったわたしがお礼を言うなり、神官長は頭を抱えた。

「何がいけなかったんでしょう? お礼を言っただけですよね?」
「……そうだな。君は礼を言っただけだ。だが、贈り物の内容を口にする必要はなかった。以後、お礼を言う時は、素敵な贈り物とか、私の望みを叶えてくださってとか、曖昧にしておくように」
「かしこまりました」

 わざわざ贈り物の内容は口にしない、と心の中で繰り返していると、神官長が苦虫を噛み潰したような顔になって、声を潜めて付け加える。

「それから、私が君に寝具を贈ったことは他言無用だ」
「え?」
「本来、寝具というものは、家族や婚約者……愛人に準備するものだ。周囲にとんでもない誤解を招く」
「ぅえっ!? な、なんで、そんな誤解されそうなことをしたんですか!?」

 わたしじゃあるまいし、神官長のような人がうっかりしたということはないだろう。誤解を招くとわかっていて、敢えて寝具を贈る理由がわからない。
 わたしの疑問に神官長は鋭い視線で答えてくれた。

「今回は君が悪い」
「はい?」
「身体が弱くて、神殿内でもすでに何度か倒れたという情報があったにもかかわらず、寝台が剥き出しのまま放置されているというのはどういうことだ? 倒れた君をフランが運んで、同行した時には我が目を疑ったぞ」

 放っておいたら、いつまでたっても寝具が揃わないだろうと思った、と言われて、喉元を過ぎればすっかり忘れて、布団を注文することさえ、頭になかったわたしはそっと視線を逸らす。

「……あぅ、申し訳ございませんでした」

 コホンとわざとらしく咳払いをした神官長がちらりとテーブルの方へと視線を向ける。まだ席を勧めていなかったことを思い出して、わたしは神官長を席へと案内した。

「神官長の好みはディアンプルーラと伺っておりますけれど、本日のお茶もそちらでよろしいでしょうか?」
「あぁ、フランのお茶は久し振りだな」

 今日は神官長が相手なので、デリアではなく、フランがお茶を入れる。全く無駄がない、流れるような美しい仕事を食い入るようにデリアが見ていた。同じ水、同じ葉を使っているのに、フランが入れるとお茶の味が全然違うように感じるのだ。

「ふむ、相変わらずよい香りだ」

 フッと満足そうに目を細めて、お茶を飲む神官長の姿にフランも少しだけ表情を綻ばせる。
 ギルが運んできたお皿をデリアが受け取って、テーブルの上に置いた。

「お茶受けにどうぞ。クッキーです。甘いのがあまり得意ではない殿方用に甘さは控えめにしてあります」

 さくりと一つ口に入れた神官長が軽く目を見張った。一つ目を食べた神官長がすぐに次のクッキーに手を出したので反応はそれほど悪くないと思う。

「……マイン、これはどこで?」
「今のところ、わたくしの厨房で作っているだけですけれど、よろしかったら感想を聞かせてくださいませ。売り出し予定なのです」

 イタリアンレストランの食後のお茶に添えたり、お土産用に小さく包んで販売したりする予定だ。

「……君は紙やリンシャンだけではなく、料理にまで手を出していたのか?」
「えぇ。開店前に試食会をする予定がありますから、ご都合がよろしければ、神官長もぜひ足を運んでくださいませ。貴族が食べているような料理を出すお店にするつもりなのです。フランに味の保障は頂いていますけれど、本当の貴族のお食事も経験してみたいものですわね」

 誘って、誘って、と一生懸命に目で訴えると、空気を読むことに長けている神官長が根負けしたように目を伏せた。

「……わかった。近いうちに昼食に招待しよう」
「まぁ、光栄ですわ」

 これで、ベンノから出されていた課題を一つクリアしたことになる。神官長のランチで食事内容や味、給仕のサービスをチェックしておきたい。
 お茶とクッキーを一通り味わった後、神官長が話を切りだした。

「それで、ヴィルマのことで相談があるということだったが?」
「側仕えにした後も、ヴィルマは孤児院で生活させたいのですが、許可いただけませんか?」
「それは何故だ?」

 神官長が不可解そうに眉を寄せた。側仕えは名の通り、主の側で仕えるもので、孤児院を出ることを望むことはあっても、留まることを望む者はいない。

「ヴィルマ本人が望んだということもあるのですが、孤児院の様子を見てくれる者が必要だとわたくしが感じたからでございます。本来、洗礼前の幼い子供達は子を産んだ灰色巫女が面倒を見ていたと伺いましたが、今はいないでしょう? そこで、わたくしの孤児院長としての権限でヴィルマを孤児院において、子供達の世話をしてもらいたいのです」
「神官長、私からもお願いいたします。今は子供達の面倒を見る者がいません。子供は体調も崩しやすく、夜中に熱を出すこともございます。ヴィルマは子供達をとても心配しております」

 フランの口添えに神官長が、ふーむ、と言いながら顎を撫でる。

「一応もっともらしい理由付けだが……ヴィルマが孤児院に留まるなら、尚更、ロジーナを側仕えにしなさい。楽器も準備した。これで問題なかろう」

 じろりと神官長がわたしを見る。

「どうして神官長はわたくしに教養を身に付けさせたいのでしょう? 以前にも言ったように、神殿の儀式で演奏するようなことがあるのでしょうか?」
「神殿では全く必要ない。青色神官でも嗜みのない者はいるだろう」
「では、何故?」

 コツンと神官長は小さな魔術具を取り出した。盗聴防止の魔術具だ。見覚えのあるそれをわたしと神官長は手に握りこむ。

「君は間違いなく将来的に貴族と係わることになる」
「……わたくし、家族と離れるつもりはありませんけれど?」

 そのために神殿へ入ってからも通いにしている。神殿長相手に暴走させた魔力から、家族との関係をある程度把握しているはずの神官長が「間違いなく」と言い切ったせいで、じわりと不安が忍び寄ってきた。

「君は知らないかもしれないが、魔力的に釣り合いが取れなければ子供は望めない。君の魔力は小魔石10個ほど奉納しても平然としていられるし、私のあの部屋に入れるほどだ。つまり、貴族以外と子供はできない。下の街では婚姻できないだろう」

 そういえば、デリアが魔力的な釣り合いについて言っていた。青色神官の非道について怒っていたので、全く意識が向かっていなかったけれど、その法則は当然わたしにも適用されるのだ。
 しかし、わたしとしては「だから、何?」という気分だ。

「……えーと、もともと結婚できると思っていません。だから、結婚できなくても特に問題ないですよ?」
「待ちなさい。それは何故だ?」

 驚いたように神官長が目を見張ったけれど、わたしはそもそも自分が結婚や出産などできるはずがないと諦めている。
 麗乃時代もそういうものから程遠い人生だったので、大して悲観していない。本作りに没頭していれば、きっと人生なんてあっという間に終わるだろう。

「ご存知の通り、わたくしは虚弱ですから。熱ばかり出して、満足に働くこともできないような女を娶りたい殿方はいません。ただの足手まといではないですか」

 貧民街における良い嫁とは、まず、健康で丈夫であること第一条件だ。そして、気立てが良くて働き者であることが続く。美人条件に裁縫の腕ややりくり上手などが加わるが、わたしは第一条件の時点で嫁候補から外れるのである。

「……下の街ではそうなるのか。貴族は違う」
「え?」
「子供の魔力は母親の影響を色濃く受ける。君の魔力は平民の中に突然生まれる身食いとしては考えられないくらいに大きい。今の貴族が少ない状況では、年頃になれば、魔力の釣り合う貴族が群がることになるだろう。引き取って育てようと思えば金がかかるし、君の場合は虚弱でいつ死ぬかわからないから、神殿にいる間は放置されているだけだ。全ての青色神官の実家から逃げられるわけがない」

 つまり、今のわたしは肥えるのを待たれている家畜のようなものらしい。自分が全く知らないところで、そんな目で見られているとは思わなくて、動揺する。青色神官が十数名で、その父方と母方の実家となれば、一体どれだけの貴族が出てくるのだろうか。

「下級貴族では魔力的に釣り合いが取れないだろうから、上級貴族と繋がりを持つための道具としてつかわれることになるだろう。その時に子供を産むための道具のように扱われるのか、青色巫女として実績を積んで貴族らしく振る舞うことで立場の保障がされるのか、君の生活は大きく変わる。自衛のために教養を身に付けておきなさい」

 ぞくりと身体が震えた。そんな先のことは考えたことがなかった。
 五年くらいで貴族がまた増えてくるだろうから、お払い箱になるだろう、とベンノに言われていたので、その時には神殿を離れれば良いと気軽に考えていた。家族と離れるのが嫌で、わたしにとって都合が良い契約できそうな貴族がいなければ、タウの実を使って逃げ出して延命するつもりだった。
 まさか、都合の良い母体として貴族に狙われることになるなんて考えていなかった。

「……わかりました。ロジーナも側仕えとして、できる限りの教養を身に付けます」
「よろしい」

 神官長が魔術具をコトリとテーブルの上に置いたので、わたしもテーブルの上に置いて、そっと神官長の方へ魔術具を返す。

「では、神官長。お手本を見せてくださいませ」
「お手本?」
「貴族の嗜みとして、どの程度が求められているのか、見せて頂きたく存じます」

 さぁ、弾いてくださいな、とわたしが楽器を示すと、神官長は溜息混じりに魔術具を回収してポケットに入れた。

「フラン、フェシュピールをもて」
「かしこまりました」

 大小並んだ楽器はフェシュピールと呼ばれているらしい。大きい方は大人用で、小さい方は子供用らしい。
 リュートと琴を合わせたような楽器で、バンドゥーラによく似た形をしていた。ボディは洋なしを半分に切ったような形で、背面は少し湾曲している。表面板にはギターのサウンドホールのような穴が開いているが、それはとても装飾的で大人用は幾何学模様で、子供用は蔦の這う植物の模様になっていた。

 パッと見ただけでも50~60本くらいの弦が張られていた。弦を巻き付けているピンにはまるで象牙のような素材が使われていて、木の楽器に色を添えている。
 ヘッドの部分には馬の彫刻がなされていて、一瞬「馬頭琴か!」とツッコミを入れたくなったが、ここで通じるはずがないので自重した。

 神官長は少し椅子の位置を変えた後、足を揃えて椅子に座り、フェシュピールを太股の間に少し挟むようにして置いた。
 左手でネックを支えながら、中指で弦を弾く。ボロンと空気が震えて、ギターのような音が響いた。右手で竪琴やハープを弾くように弦を爪弾くと、ピィンと透き通るような高い音が出て、空気に解けていく。

 調律はすでにされていたようで、フェシュピールを構えた神官長が軽く目を伏せた。右手が主旋律を奏で、左手がベースのような低音で深みを出す。

 ……上手い。

 節が目立つ長い指が自在に動き、聞いたことがない曲を奏で始めた。初めて見る楽器で、初めて聞く曲だが、神官長の演奏が達者であることだけはすぐにわかる。東門の辺りにうろうろしている吟遊詩人など比べ物にもならない。

「青く高い空……」

 神官長が曲に合わせて、歌い始めた。夏の命輝く情景が目に浮かぶような歌詞で、草木が伸び、太陽の恵みに感謝する歌だ。

 ……神官長の声が美声すぎる。

 低くてよく響く声だとは以前から思っていたが、歌うとまた響きが違って、恐ろしく美声になった。耳慣れない曲なのは当たり前だろうが、すんなりと耳に入ってきて、うっとりと聞き惚れてしまう。

 ポロン……と、最後の一音の余韻に、ほぅと感嘆の溜息を吐いていると、神官長がフェシュピールをフランに手渡した。

「ふむ、こんなものか。マイン、どうだ?」
「神官長が恋歌を歌えば、女の子には不自由しないと思いました」
「君は何を言っている?」

 神官長にじろりと睨まれて、本音がぼろりと零れたことを知った。急いで余計な事を言った口を押さえて、わたしは本音をオブラートで包みこむ。

「綺麗な音でうっとりしました。……でも、ちょっと難易度が高いと思います」
「教養はすぐに身に着くものではない。普段からの練習が必要だ。少しやってみなさい」

 いきなり神官長のフェシュピール練習が始まった。教育熱心な神官長から逃れられるはずもなく、わたしはフランの差し出す小さなフェシュピールを受け取った。
 そんなこんなでロジーナも側仕えになります。

 次回は、フェシュピールとロジーナです。
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