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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

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ヴィルマをください

 さて、ルッツの問題が家庭内の会話不足ということで、何となく落ち着いた。まだ兄弟間の格差問題が残っている上に、ルッツがダプラとなって収入的に下剋上した今、更に面倒なことになる気もする。
 だが、両親と和解できたし、話し合う大切さを両親がわかってくれたようなので、後は何とかなるだろう。ルッツの生活環境が良くなったので、わたしは満足だ。

 そして、ルッツの問題が片付いた今、わたしが気になっているのは、母の体調不良である。わたしの虚弱体質がうつったのか、と疑わしく思ってしまうくらい、母は最近顔色が悪い。仕事にも行っているし、普通に家事もしているけれど、よく寝込んでいる。

 今日の朝も顔色が悪く、ふらふらしているように見えた。わたしが起きる前に、父はすでに仕事に出ているようで、姿が見えない。母がいきなり倒れたらどうしようかと不安で仕方ない。

「母さん、まだ体調戻らないの? 大丈夫?」

 いまいち食が進まない母を見て、わたしが尋ねると、うーん、と母がしばらく考え込んだ後、「もう言っても大丈夫かしらね?」と呟いた。

「マイン。母さんね、お腹に赤ちゃんがいるの。マインはお姉ちゃんになるのよ」
「え? えぇ!?」

 まさかの妊娠発覚だった。ビックリして母のお腹を見てみるが、まだぺったんこで赤ちゃんがいるようには見えない。

 ……悪阻(つわり)だったんだ。

 麗乃時代は恋愛経験さえもなかったので、当然のことながら、妊娠経験などあるわけがない。記憶の限りで周囲に妊婦もいなかったので、母が間近で初めて見る妊婦になる。

 ……のおおおおぉぉ! 自分には全く関係のないこととして、妊娠関係の本は何となくしか読んでないよ。ひっひっふー! とりあえず、悪阻の時は安静に、栄養とって、適度な運動を心がければいいんだっけ!? どうだっけ!?

 麗乃時代も一人っ子だったわたしは、お姉ちゃんというものになったことがない。素敵なお姉ちゃんに憧れがあるけれど、なれるのだろうか? わたしがお姉ちゃんに。トゥーリみたいなお姉ちゃんに。

 期待と不安でわたしがぐるぐる考えているうちに、トゥーリは喜色に満ちた歓声を上げた。

「ホントに!? うわぁ! わたし、生まれてくる赤ちゃんのために服やおむつを縫うね!」

 すぐさま赤ちゃんのためにできることを探してくるトゥーリに焦って、わたしも自分ができることを慌てて探す。

「わ、わたしだって……えーと、えーと……」

 赤ちゃんが生まれた時に贈る物を考えて一番に思い浮かんだのは一つだけだ。この家の中にない物。ここに来たばかりのわたしが一番に探した物。

「わたし、生まれてくる赤ちゃんのために『絵本』を作るよ!」
「……エホン? 何それ?」

 トゥーリと母が揃って首を傾げた。ダメだ。絵本が通じないなんて。早く何とかしないと。

「絵がついた本! 子供が読むための本を作るの!」

 わたしの説明に目を丸くしたトゥーリが弾けたように笑い始めた。

「あはははは、マインらしい」
「赤ちゃんのために頑張ってくれるってことは、マインもいいお姉ちゃんになってくれそうね」

 弟だか、妹だか、まだわからないけれど、絶対にめちゃくちゃ可愛がる。トゥーリが仕事で培ったお裁縫技術を使って、服を作ってあげるなら、わたしはこれから生まれる弟妹のために知育玩具の作成に力を入れたい。

「……赤ちゃんのために頑張る。わたし、絶対にいいお姉ちゃんになるよ!」

 わたしがそう宣言すると、今まで笑っていた家族が揃って困ったような顔になって、わたしをたしなめた。

「マインは張り切りすぎたら熱が出るから、ちょっと落ち着きなさい」
「そうだよ。母さんの体調が大変なんだから、マインは自分で体調管理ができるようにならなきゃ」
「……わかってる。頑張るよ」

 殊勝な返事をしてみたものの、頭の中はどんな絵本を作るかでいっぱいだった。
 赤ちゃん向けの本にはどんなものがあっただろうか。確か、麗乃時代に住んでいた市町村の広報に載っていたプレゼント絵本はロングセラーの絵本だった。顔を伏せたページと顔と見せるページが交互に続く、いないいないばぁの絵本だったはずだ。

 ……でも、いないいないばぁ、って、ここでは何て言うんだろう?

 世界中に赤ちゃんをあやすために顔を隠して見せる動作があったから、多分ここにもあると思うが、赤ちゃんにかける言葉がわからない。そして、掛け声について、どうやって質問すればわかるのか。

 ……やっぱり母さんが話してくれた寝物語のうちの一つを絵本にしよう。そうしよう。

「うふふん、ふふん~。おはよう、ルッツ。今日はお店に寄ってから、神殿に行くね」

 迎えに来たルッツを鼻歌交じりに出迎えると、ルッツが不気味なものを見るように、一歩後ろに下がった。

「いいけど、どうかしたのか? 気持ちが悪いくらい機嫌が良いな」
「んふふ~……。あのね、わたしね、お姉ちゃんになるの」
「マイン、早く荷物を取ってきなさい」

 こめかみを押さえた母にそう言われ、わたしは寝室へと向かう。その間、母がルッツにこの状態になった理由を話していた。

「ルッツ、ごめんなさいね。お姉ちゃんになれることがよっぽど嬉しかったのか、この子、ちょっと浮かれすぎてて、今日は外に出さない方がいいかもしれないんだけど……」
「今日だけじゃなくて、エーファおばさんが赤ちゃん産むまで、このままだと思う。……マインって、なんか、ギュンターおじさんに似てるよな」
「そうね。浮かれようがそっくりだわ」

 困ったように眉を下げているが、それでも、幸せそうに母が笑う。

「お待たせ、ルッツ。じゃあ、母さん。いってきます。気分悪い時は無理しちゃダメだよ。母さんがちょっとでも楽にできるように、わたし、頑張って稼いでくるから」
「マイン、それ、今朝の父さんのセリフよ」

 母に笑われながら出発進行。まずは、ギルベルタ商会に向かう。お姉ちゃんになる報告をして、ついでに、孤児院用のカルタ板を発注しておくのだ。
 道中で、わたしはルッツに向かって、延々と絵本計画を述べていた。

「それでね、トゥーリは赤ちゃんのために服やおむつを縫うって言ったから、わたしは『絵本』作ることにしたの」
「何だ、それ?」
「絵がついた、子供でも読みやすい本だよ」

 ふふん、と胸を張って説明すると、ルッツはハァと溜息を吐いて、軽く頭を振った。

「……あのさ、生まれたばっかりじゃ字なんて読めねぇだろ?」
「読み聞かせが大事なんだよ! わたし、いっぱい読んであげるんだ。絵本を作ろうと思ったら、まず厚めの紙が必要だよね? 赤ちゃんは何でも口に入れるって言うし、紙よりは薄い板が良いかな? それとも、布絵本? あ、でも、この辺りで『フェルト』は見たことないかも。それに、布絵本にしたらわたしの出番がないよね? ルッツ、どうしよう?」

 わたしが見上げると、ルッツは困惑したように視線をうろうろとさせる。

「どうしようって……えーと」
「絵本を作るというのに、自分の出番がなくなったら、すごく悲しいでしょ? でも、紙の絵本は破られるし、噛まれるし、赤ちゃんの口にインクが入ることを考えたら、ああぁぁぁ! 危険すぎる!?」

 本を噛んで、口の周りをインクで汚した赤ちゃんの姿を想像して、わたしが頭を抱えていると、ルッツが呆れたように溜息を吐きながら、わたしの肩を軽く叩く。

「マイン、落ち着け。生まれるのは次の春だろ? すぐの話じゃないから」
「でも、試作品を作って、改良に改良を重ねて、完璧な物を贈りたいじゃない!」
「マインが突っ走ると、たいてい碌な結果にならないし、ぶっ倒れるから。落ち着いて周りの意見を聞け。な?」

 ルッツに諭されているうちに、ベンノの店に着いた。店の中にはいつも通りマルクがいて、きびきびと働いている。

「マルクさん、ベンノさんいますか? 以前お世話になったジークの木工工房にカルタ用の板を再発注したいんです」
「こちらで承りますが、ずいぶんご機嫌ですね、マイン」

 発注用の木札を取り出しながら、マルクがそう言った瞬間、ぐわっとテンションが上がっていくのが自分でもわかった。

「うふふ~。マルクさん、聞いてください。わたし、お姉ちゃんになるんです。だから、赤ちゃんのための本を作ったり、カルタ作ったり、積み木作ったり、これからすごく忙しくなるんですよ」
「ほぅ、赤ちゃんのための本ですか。せっかくですから、旦那様にもご自分で報告したらいかがでしょうか? お姉さんになるのでしょう?」

 ニコリと笑ったマルクがそう言いながら奥の部屋に通してくれたので、ベンノに向かって駆けだし、報告する。

「ベンノさん、おはようございます。わたし、春になったらお姉ちゃんなんです。だから、『絵本』を作るんです」
「あぁん?……ルッツ、翻訳」

 視線を上げたベンノはわたしではなく、ルッツに視線を向けてそう言った。

「マインのお母さんに赤ちゃんができて、春に生まれるそうです。お姉ちゃんらしいことをしたいマインが赤ちゃんのための絵がいっぱいついた本を作ると張り切っています」
「子供に本だと? 読めないだろう?」

 ベンノもルッツと同じことを言った。絵本は親子の絆作りに最適で、絵を見るだけでも楽しめるし、字に親しむこともできるのに、誰もこの素敵さをわかってくれない。

「読み聞かせが大事なんですよ! 小さい頃から字に慣れ親しむんです」
「ふぅん。……コリンナへの祝いにも良いかもしれんな。その絵は誰が描くんだ?」
「もちろん、愛をこめてわたしが描きますけど?」

 初めてできるわたしの弟か妹へのプレゼントだ。自作するに決まっている。わたしがそういうと、ベンノは即座に却下した。

「駄目だ。前の絵師を使え。子供の美的感覚が狂う」
「ひどいっ!」
「ひどくない。有用な忠告だ」

 絶対に絵師としてヴィルマを使うことを約束させられ、姉の愛を否定された気分になったわたしは、ちょっとむくれながら神殿に向かった。

「なぁ、マイン。これから先、絵本を作るつもりなら、絵師は確保しておいた方が良いんじゃないか? 一冊じゃ終わらないんだろ?」
「確かに、一冊じゃすまないよね」

 しかし、絵本を作るためにヴィルマに協力してもらうことになるなら、本格的にヴィルマをわたしの側仕えにした方が良いかもしれない。

「おはようございます、マイン様。ご機嫌麗しいようで何よりです」
「おはようございます、フラン。あのね、お姉ちゃんになるんです……」
「マインは後。オレの報告が先だ」

 ルッツはわたしの話を遮って、フランにわたしの浮かれる原因と共に、いつ倒れてもおかしくない興奮状態であることを注意する。

「興奮しすぎて熱が出るかもしれないけど、一度熱を出さなきゃ興奮は収まらないだろうから、注意深く見つつ、放っておいていい」
「……かしこまりました」

 自分の部屋に向かっている間に、フランから「デリアにはなるべく言わないように」と注意された。

「どうしてですの?」
「今のところ、神殿長は何も手を出してきていらっしゃいませんが、情報だけは確実に集めていらっしゃいます。マイン様がそれだけ楽しみにしていれば、妊婦や赤子は大きな弱点となると思われます。くれぐれもご注意ください」

 ざっと血の気が引いて行く。今の母や生まれてくる赤ちゃんに何かあったら、自制できる気がしない。

「マイン工房で新しい商品を生み出すのは良いことだと思います。その話題ならば特に問題ないでしょうが、弟妹に関する話題はお控えくださいませ。ここでは子供ができるというのはあまり歓迎されないことも多いのでございます」

 花捧げや子供ができた灰色巫女の行く末を思い出さされたわたしは、キュッと唇を引き結んだ。浮かれた気分がしゅるしゅるとしぼんでいって、少し冷静になれた。
 フランはそんなわたしの気分を明るくしようと気遣ってくれたのか、話題を変える。

「マイン様が新しく作ろうとしていらっしゃる本は、絵が多いのですね? やはりヴィルマにお願いするのでしょうか?」
「えぇ、そのつもりです。ですから、わたくし、神官長にヴィルマを側仕えにしたいとお願いしようと思っているのですけれど……」

 わたしの言葉にフランが少し眉を寄せて考え込んだ後、「そうですね。先に神官長への報告と許可を求める方が良いでしょう」と言った。
 お願いがある旨を手紙にしたため、神官長に面談時間を取ってもらえるようにフランにお願いする。
 手紙に目を通した神官長は執務の後、わたしを見て、声をかけた。

「お願いとは何だ? 手短に済むことなら、今聞こう」
「神官長、ヴィルマをわたしにください!」

 わたしができるだけ手短にお願いしたら、神官長がこめかみを押さえた。

「……君が何を言っているのか、全く理解できない。説明しなさい」
「絵が上手で、子供達の面倒見もいい、聖女のような笑顔の、おっとり可愛いヴィルマがわたしには必要なんです」

 一生懸命にヴィルマの説明をしたが、神官長には伝わらなかったようだ。一層不可解そうな顔になって、フランに視線を向けた。

「フラン」
「……ヴィルマを側仕えとする許可を頂きたく存じます」

 呼びかけだけでフランは神官長の意図を察したようだ。すぐさまフランが説明を始める。

「ヴィルマはもともとクリスティーネ様の側仕えで、絵を得意とする灰色巫女でございます」
「あぁ、あの芸術好きな巫女見習いの……。ならば、絵よりも音楽を嗜んでいた見習いの方がマインの教養には役立つのではないか? 竪琴の名手がいただろう?」
「ロジーナでございましょうか?」
「あぁ、そちらを側仕えにしなさい」

 黙って聞いていれば、いつの間にかヴィルマではなくロジーナを側仕えにする話に変わっている。慌ててわたしはフランと神官長の間に割って入った。

「神官長、わたくしに必要なのはヴィルマで、ロジーナではありませんけれど?」
「今の君に必要なのは教養だぞ?」
「絵師です。音楽で『絵本』は作れません」
「エホンとは何だ?」

 今日だけで一体何度目の質問だろうか。わたしは「絵がたくさん描かれた子供向けの本です」と同じように答えた。本が存在する貴族のもとなら、子供向けの絵本くらいは存在するだろう。
 しかし、神官長は眉を寄せて、わたしを見た。

「……子供向けの本? 変わった物を作るのだな」
「貴族の家ならば、子供向けの本もあるのではないですか?」
「本自体が高価なのに、どう扱うかわからない子供の本などあるわけがなかろう。勉学に使う本ならば、知識が系統だって載っていればそれで良いだろう?」

 どうやら、子供向けの本というものは存在しないらしい。紙が高価で、書き写して作成するなら、字はきつきつに書きつめるだろうし、勉学に必要な図形やグラフならともかく、挿絵まで書き写しはしないだろう。
 わたしが子供向けの絵本が存在しない理由に一人で勝手に納得していると、神官長も何やら納得したらしい。

「まぁ、よい。君が絵のついた本を作るならば、絵師を欲することは理解した。けれど、君に必要なのは教養だ。ヴィルマだけではなく、ロジーナも側仕えとして召し上げなさい」
「……そのような無駄なことはできません」
「無駄だと?」

 わたしが断ると、神官長はすぅっと目を細めてわたしを見据えた。しかし、二人も側仕えを増やす気はない。

「ロジーナを側仕えにしても、わたくしは楽器を持っておりません。高価な楽器をわざわざ買わなければならないような催しが神殿にございますか? 平民と蔑まれているわたくしが貴族の元へと連れていかれて、楽器の演奏を披露するような機会がございますか?」

 わたしは音楽には大して興味がないのだ。聞くのは嫌いではないが、自分で演奏したいとは思わない。演奏できるのは素敵だと思うが、練習時間に使う時間を読書に使いたい。
楽器が間違いなく高価なものなのに練習する気がない以上、はっきり言って、時間と金の無駄である。

「わたくしには高価な楽器を準備するお金もございませんし、必要性も感じません」
「なるほど。確かに楽器がなければ、練習もできないな」

 ひとまず神官長は納得したように頷いた。ヴィルマを側仕えにする件は了承してもらえたので、わたしは満足して神官長の部屋を退室する。

「では、フラン。午後からは孤児院へ行って、ヴィルマの意思を確認しましょう」
「ヴィルマの意思? 召し上げるのではないのですか?」

 わたしの言葉に、フランは不思議そうに目を瞬いた。

「……平民のわたくしに仕えたくないと思っているかもしれないでしょう?」

 もともと、今仕えてくれているわたしの側仕えは命令されて決まったもので、フランもギルもデリアも、誰一人としてわたしの側仕えになりたいと望んでいた人はいなかった。平民に仕えるなんて、と文句を言われたのはそれほど前のことでもない。

 今はせっかくうまく回っているのに、不満たっぷりで仕事をされると、その嫌な気分は周りにも伝染する。ヴィルマがわたしの側仕えになるのが嫌だと思うなら、今までと同じように絵の依頼をするだけでも問題はない。いつ、別の人にヴィルマが召し上げられるか、びくびくすることになるけれど。

 午後からわたしは孤児院へと赴き、ヴィルマを呼びだした。フランが一緒なので、食堂にしか入れないため、食堂で話をする。
 いつもは穏やかな茶色の瞳を優しく細めて、最近の孤児達の様子や孤児院で足りない物などの話をしてくれるヴィルマが、わたしとフランを見て、不安そうな表情になった。

「マイン様、何のお話でございましょうか?」
「ヴィルマ、わたくしの側仕えになってくださいませんか? これは命令ではなく、意思を確認するものですから、断っても結構です」

 わたしの言葉におろおろと周りを見回したヴィルマは軽く溜息を吐いて、目を伏せた。

「……大変ありがたいお話ですが、お断りさせていただきます。私よりロジーナをお引き立てくださいませ」
「それは、やはり、わたくしが平民だから?」
「違います! そうではありません」

 勢い良く頭を振ったヴィルマはちらりとフランに視線を向けた後、困ったように視線を逸らした。ものすごく言いにくそうに眉を寄せ、口を開く。

「……私、青色神官に騙されて、花捧げへと連れ出されたことがございます。主であるクリスティーネ様が不在に気付き、助けてくださって事なきを得たのですが、あれ以来、殿方が苦手なのです。殿方が出入りするマイン様のお部屋に仕えるのは……」

 孤児院の院長室とは違って、貴族区域にある青色巫女の部屋は灰色神官の部屋が完全に主の部屋から離されているため、ヴィルマ自身は灰色神官と接することもなく、穏やかに過ごしていたらしい。
 けれど、わたしの部屋は一階と二階で男女に分かれているけれど、外に出るにも一階を通らなければならないし、料理人の姿も見えれば、ベンノのような客人もいる。フランという灰色神官も当たり前のように二階へ出入りする。

「ご命令であれば従いますが、意見を聞き届けてくださるなら、私はこのまま孤児院の女子棟で過ごしたく存じます。ここにいれば、子供達と女性だけですから」

 男がいない環境から出たくないということらしい。ヴィルマの主張はわかったけれど、どうにも腑に落ちないことがある。

「孤児院で過ごしていたら、花捧げの対象になるのではないの?」
「私のように地味な者に着目する青色神官はいませんわ」

 髪をきっちりとひっつめて、なるべく目立たないように本人はしているつもりなのだろうが、オレンジに近い金髪はよく目立つし、ふわんとした癒し系の笑顔は身形が地味な分、清楚さを増している。子供達の面倒を見ているヴィルマはまるで聖女様だ。着目しない青色神官ばかりではないと思う。

「いると思いますわ。わたくしは子供達を可愛がっているヴィルマをとても魅力的だと感じましたから」
「それは、マイン様が女性で、まだ幼いからですわ」

 お褒め頂き光栄です、とはにかんだように笑うヴィルマは近いうちに、色好みの青色神官に連れていかれる気がする。

「では、ヴィルマ。神官長にお願いして、孤児院から出ることなく、身分だけ側仕えにすることができれば、わたくしの側仕えになってくださいますか?」
「……願ってもないことですが、どうしてそこまで私を?」

 ヴィルマは不思議そうにわたしを見て、首を傾げた。

「これから、わたくし、絵のたくさんついた子供のための本を作るつもりですの。絵の上手なヴィルマが絶対に必要なのです」
「でしたら、ご命令なされば、簡単ですのに……」
「嫌な気分でお仕事をしてほしくはないのですもの」

 わたし自身、誰かに命令されるのが好きではないし、側仕えなんて、主の部屋で住み込みで働くのだから、生活すべてが仕事になる。ずっと不満を持ったままでは、どこかで歪みが出てくるに違いない。

「ありがとうございます、マイン様。孤児院を出る必要がないならば、喜んでお役に立ちたいと存じます」

 くすくす笑いながら、ヴィルマがそう言ってくれた。
 わたし、この笑顔を守るため、何としても神官長を説得したいと思います。
 母の妊娠発覚と同時に、マインがはっちゃけました。

 次回は、増えた側仕えです。
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