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本好きの下剋上 ~司書になるためには手段を選んでいられません~ 作者:香月 美夜

第二部 神殿の巫女見習い

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神官長の招待状

「……ン。……マイン。こら、聞いているのか?」

 肩を揺さぶられてハッとしたわたしは、神官長を見上げた。こめかみをぐりぐりと押さえながら、わたしを見下ろす神官長がトントンと石板を指差す。

「全く進んでいないようだが?」
「あ、申し訳ありません」

 謝った後、わたしは計算を再開した。カツカツと石筆を動かして計算が一段落すると、溜息が出る。

 ……ルッツ、どうしよう?

 家出してしまったルッツの現状を何とかするには、ルッツとルッツの家族がしっかりと向き合って話をして、それぞれの思いを伝え合って和解できるのが一番良いと思う。お互いが言いたいことを胸に秘めているような状況で伝わっていないから、ルッツとルッツの家族は完全にすれ違っているのだ。

 このままで良いわけがないと思うのは、わたしが家族に恵まれているからだろうか。家族と一緒にいるのが辛いなら離れてしまった方がルッツにとっては良いのだろうか。そこが難しい。

「マイン、手が止まっている」
「え? あ、これは終わりました」
「では、これを……」
「はい」

 現状打破するだけなら、ベンノと養子縁組をするのが一番の近道だと思う。仕事に打ち込むこともできるし、仕事上の強固な後ろ盾も得られる。生活面でも心配はなくなる。ただ、両親の許可がなければ、養子縁組はできない。そして、今回はベンノが手出ししないと明言していた。

 話し合いの場を設けて、ルッツの両親とルッツとベンノを呼びだして、きっちりと話をしてもらうことも考えたが、わたしが「みんなで腹を割ってお話しましょう」と言ったところでみんなが集まってくれるとは思えない。
 そして、話し合いがヒートアップしすぎて、ベンノやルッツの父親が暴走し始めたとしても収拾をつけることができない。どう考えても好転する未来が全く見えなかった。

「……ホントにわたし、全然役に立たない……」
「その通りだ。君の意見は正しい」
「え?」

 独り言に反応が返ってきたことに驚いて顔を上げると、神官長が怖い目でわたしを見下ろし、くいっと顎でベッドの方を示した。

「マイン、こちらに来なさい」
「あの、神官長。お仕事はよろしいのですか?」
「計算機の整備が先だ。来なさい」
「……はい」

 計算機というのはあまりにひどい言い草ではないか、と心の中で文句を垂れながら、わたしは神官長の後をついて行き、部屋に入った。
 相変わらずごちゃごちゃと物がある部屋の中、わたしは長椅子の物を端に寄せて、座る場所を確保する。
 神官長は自分の椅子を持ってきて、苛立たしげにドスンと座ると、わたしをじろりと睨んだ。ここに来ると神官長が少々感情的になるので、さっきより2倍くらい眼光が鋭い。

「一体何を考え込んでいる? 先程から辛気臭い溜息ばかり吐いているようだが」
「……神官長には全く関係のないことです。すみません。もうちょっと頑張ります」

 ルッツのことが心配で仕事が手に付きません、なんて言ったら、お説教が長引きそうだ。反省しているところを見せて、お説教を手短に終わらせようとしたら、神官長は椅子の肘かけに頬杖をついて、忌々しげにわたしを見据えた。

「執務が滞る以上、全くの無関係ではない」

 おっしゃるとおりでございます。
 薄く細められた金色の瞳からわたしはそっと視線を逸らす。考え無しと言われているわたしはなるべく喋らない方が良い。
 わたしが口を噤んでいると、軽く溜息を吐いた神官長が立ち上がり、わたしの前に立ったかと思うと、わたしの頬をぐにっとつまんだ。

「ハッキリと言いなさい。子供がうじうじうだうだとしていたら、気になって執務が捗らないであろう」

 計算機扱いする態度からはよくわからなかったが、どうやら心配されていたらしい。回りくどくてわかりにくい神官長をじっと見上げる。
 そういえば、神官長は貴族として教育も受けた人だった。政変の粛清で貴族が減って、神殿の貴族が婚姻や養子縁組でたくさん移動したと聞いたけれど、神官長は養子縁組に詳しいのだろうか。

「神官長は、親の許可を得ずに養子縁組をする方法をご存知ですか?」

 わたしの質問に神官長は驚いたように軽く片方の眉を上げた。

「何だ? あの家族から離れる決心でもついたのか?」
「わたしのことじゃないし!」

 神官長のビックリ発言に思わず敬語も何もかも忘れてしまったが、神官長は「だろうな」と軽く呟いただけで、済ませてしまった。椅子に座り直し、ひじ掛けにそれぞれ肘を乗せて、お腹の前で指を組む。

「……では、誰のことだ? 状況によるが、全く方法がないわけではない」
「あるんですか!?」

 わたしが思わず立ち上がると、軽く手を振って座り直すように示しながら、神官長は頷いた。

「私に権力がある以上、多少の抜け道はある。権力を使う相手は見極めさせてもらうが」
「ルッツとベンノさんの養子縁組です」

 ルッツの現状改善にわずかな光明が見えた。わたしは座り直しながら、期待に満ちた目で神官長を見つめる。

「どちらも君にとって重要人物だな?……詳しく話しなさい」

 神官長に軽くあらましを話したところ、次々と質問をされ、質問に答えている間にかなり詳しく事情を説明することになった。
 満足するまで質問をしたらしい神官長は、情報を一度整理するように軽く目を閉じた後、ゆっくりと目を開けた。

「ふむ。ルッツが商人見習いとなることに反対され、今また街の外に仕事で出ることに反対され、家での待遇に不満を持ち、家出した。ベンノは将来有望なルッツを養子としたいが、これにも親が反対している。マインはルッツの生活環境を何とかしたいというのが、一番の希望で、最良は家族との和解。最速はベンノとの養子縁組だと考えている。ここまでで問題はないか?」
「ないです」

 メモも取らず、しっかりと情報を覚えてまとめられるなんて、実は神官長はものすごく記憶力が良いのではないだろうか。わたしが変なところで感心していると、神官長は更に続ける。

「家出したルッツについて、仕事に行っているなら放っておけ、と父親は言っているんだな? 出て行けとか、帰ってくるなとは、一言も言っていないのか?」
「……多分。わたしもトゥーリの話を聞いただけなので、はっきりとはわかりませんけれど」

 そう、今回神官長に説明する上で一番痛感したのが、ルッツの両親の意見が又聞きばかりで全くわからないということだ。ルッツとは話をするし、ベンノの意見も聞いた。けれど、ルッツの両親についてはルッツやラルフやトゥーリから聞いた話ばかりで、わたし自身は聞いたことがない。

「……状況的には少し弱いが、親から捨てられ、孤児院に保護された子という扱いにすれば、孤児院の院長が親代わりにサインすることで孤児を引き取りたいと申し出たベンノと養子縁組は可能になる」
「えぇ!? 孤児院の院長ってわたしじゃないですか! じゃあ、早速ルッツを孤児院に……」

 すごい、わたし! 孤児院の院長をやっててよかった!
 心が浮き立ってガタッと立ち上がると、神官長はまた座り直すように手を振る。

「待ちなさい。マイン、君は話を最後まで聞くように。早合点したり、聞いていなかったりと君に失敗が多いのはそのせいではないのか?」
「……」

 至極冷静に指摘されて、わたしはぐぅの音も出ずに座り直す。何だろう。神官長が着々とわたしの性格をつかんでいるような気がする。

「孤児院の院長という役職に就いているとはいえ、君は未成年だ。君のサインだけでは養子縁組をするには不十分だ」
「……じゃあ、本当に孤児を引き取りたいという人が来たらどうするんですか?」

 孤児院の院長なのに、サインでさえ役立たずだなんて……。
 しょぼんと肩を落とすが、保護者がいなければ何もできない年齢の子供にそんな責任を負わせられるわけがないことも頭の片隅では冷静に判断していた。

「君にできない以上、上司である私のサインが必要になる」
「神官長、お願いします。ルッツの養子縁組にサインしてください」

 わたしが神官長に頼むと、神官長はゆっくりと息を吐いた。

「サインをしないわけではない。だが、今の君の言い分は、全て子供であるルッツの視点で語られたものだ。子供の言い分だけで、親から捨てられたと判断することはできない。親に捨てられた子供として孤児院で保護するために、私は彼の両親の話を聞きたい」
「え? あの、どうやって?」

 簡単に聞きたいと言われても、どうすればいいのかわからない。首を傾げるわたしを、神官長は不思議な物を見るような目で見た。

「どうとは? 話聞きたければ、相手を召喚すれば良いだろう? 君は何言っているんだ?」
「……権力というものの力を目の当たりにしました」

 話を聞きたくなったら相手を呼びつければいい。それが神殿の常識だった。自分の両親が招待状を受け取って呼び出されたことを思い出して、わたしは肩を落とす。話し合いの場を設置したくてもできないと悩んでいたわたしは一体何だったのか。

「私が立ち会う前で全てを詳らかにし、納得できれば、ベンノとの養子縁組に協力しよう」
「ありがとう存じます」

 わたしは晴れやかな気分で顔を上げた。
 珍しく神官長が笑った。しかし、その笑顔は爽やかでも何でもなく、何かちょっと悪いことを思いついた時のようなニヤリとした笑顔だ。

「そのために君は午後からも執務に励まなければならない。図書室はお預けだ」
「……はひ?」

 わたしが呆然としていると、神官長はさらに愉しげに目を細めた。

「フランに聞いた。君には反省室より効果があると」
「のぉっ!?」

 ……フランのバカバカ!

 わたしが泣く泣く午後からの執務に励むと、神官長は約束通り招待状をしたためてくれた。ルッツの両親とベンノとルッツの分だ。

「これを渡しなさい」

 ルッツの現状が少しでも改善するための大事な木札を、わたしは満面の笑みで受け取った。



 ルッツは送り迎えしてくれなくなったので、わたしはフランと一緒に帰る。神官長から預かった招待状を渡すのに、ギルと一緒に行けば子供のお使いにしか見えないからだ。成人しているフランがいれば、ルッツの両親もちゃんと受け取ってくれるだろう。

「では、ベンノ様とルッツに渡してしまいましょう」

 フランに促されて、わたしはギルベルタ商会へと寄った。マルクに奥の部屋へ通してもらい、ルッツも呼んでもらう。

「ベンノさ~ん。褒めて、褒めて。ほら、これ!」

 わたしは弾む足取りでベンノところへと駆けて行き、ビシッと木札を差し出した。訝しげな顔で木札を受け取ったベンノはざっと目を通した途端、顔色を変えて雷を落とす。

「……神官長からの招待状だと!? お前、今度は何をやらかした!?」
「えーと、その、ルッツの家出と養子縁組の抜け道について神官長に相談したら、こうなったんですけど?」

 今回はとても役に立つことをやり遂げた気分だったので、いきなり雷を落とされたことに目を瞬いて首を傾げる。

「何て事をするんだ!?」
「え? え? 何がいけなかったの?」
「お貴族様をこんな問題に係わらせるな! どんな結末になるかわからんだろうが!」

 ベンノが激昂するが、わたしにはいまいちその理由がわからない。神官長は確かにお貴族様だが、話せばわかってくれるし、回りくどくてわかりにくいが、わたしを心配してくれただけだ。

「だって、神官長が、計算機整備のためだから仕方ないって……それに、ルッツのために何かしたかったんだもん」
「マイン、気持ちは嬉しいけどさ。こんな招待状もらったら、普通怖いから」

 ルッツが手渡された招待状を見て、ガックリと項垂れる。ベンノも同じように項垂れて頭を抱えた。

「お前がルッツのために動いたら、神官長からの招待状か……ハァ」
「だって、今回はベンノさんが手を出せないって言ったから、わたしにとって身近な大人に相談しただけなのに」

 むぅっと唇を尖らせると、ベンノが赤褐色の目に凶暴な光を宿してわたしを睨んだ。

「そうか。俺が全力で権力を行使して、ルッツの家族を脅して、無理やりにでも養子縁組を進めれば、こんなことにはならなかったのか……」
「な、何て怖いことを言っているんですか!?」
「……マイン、旦那様は本当にやろうと思えば、それくらいはできるんだよ。ウチの家族は店に迷惑をかけたわけだし、ウチの両親と旦那様のどっちが強いかなんて考えなくてもわかるだろ?」

 ルッツの言葉にわたしはハッとした。自分は気軽に出入りしているギルベルタ商会だが、トゥーリは北の方へ出向くだけでも緊張すると言っていたし、当初は自分達の生活圏との違いを明確に感じていたはずだ。

 カルラおばさんがルッツを返してほしいと直談判したのも、相当な勇気がいる行為だっただろうし、店に迷惑をかけたルッツの家族が何の罰も受けていないなら、ベンノが寛大に許したということになる。

「こっちがルッツのためにも穏便に済ませようと思っている時にお前は……」
「神官長だって穏便ですよ! 養子縁組する手段だってちゃんと考えてくれたんですから」
「何?」
「マジで!?」

 ベンノとルッツが揃ってこちらを向いた。わたしは頷いて、神官長が言っていた方法を二人に説明する。

「親に捨てられたということでルッツが孤児院へ来て保護を求めて、ベンノさんが孤児であるルッツを引き取ることにしたという状況なら、孤児院とベンノさんのサインで養子縁組が成立するって……」
「孤児院長はお前か」

 ベンノがニヤリとしながらわたしを見た。期待されているところ悪いけれど、わたしのサインには意味がないのだ。

「わたしは子供だから、神官長がサインすることになるんです。だから、ルッツの両親も交えて、事情を聞いた上で判断するって。その招待状なんです」

 ベンノは手に持ったままだった木札を見て、眉を寄せたままゆっくりと顎を撫でる。

「お前、ずいぶん神官長に気に入られていないか? 普通、お貴族様は俺達のことに関与などしないぞ?」
「大事な計算機らしいです。わたしが機能するかどうかで、仕事効率が違うそうですよ」
「そういえば、オットーもそんなことを言っていたな。今回はマインに感謝するべきなのかも知れんが、感謝したくない。何だろうな、この徒労感は……」

 ハァ、と疲れたようにベンノが溜息を吐いてガシガシと頭を掻いた。

「ルッツの両親にはお前が渡しておけよ」
「はい」
「悪いな、マイン」
「ううん、いいよ。カルラおばさんにはどうせ報告に行くはずだったし。ただね、ルッツが両親に捨てられたと主張して孤児院に来たという設定だから、明日から孤児院に来てね」

 ちゃんと来てね、とルッツに手を振って店を出て、わたしはフランと一緒に帰途に着く。
 ルッツの家に向かおうと思っていたら、井戸の広場でうろうろしているカルラおばさんの姿が目に入った。

「カルラおばさん!」

 わたしが声をかけると、おばさんは弾かれたように顔を上げて、こちらに駆け寄ってきた。丸かった顔がやつれて細くなり、目元が少しくぼんで見える。

「マイン、遅かったね。ルッツには会ったかい? どんな様子だった?」
「真面目にお仕事してたよ。元気そうだった」
「そうかい」

 ホッと安堵の息を吐くカルラおばさんからはルッツを案じる気持ちが痛いほどに伝わってきた。簡単に養子縁組に応じないのは当たり前かもしれない。

「おばさん、これね、神殿の神官長からの招待状なの」

 わたしは木札を取り出して、カルラおばさんに差し出す。おばさんは信じられないと目を大きく見開いて、顔色を真っ青にして、木札を見た。

「……何だって神殿から?」
「ルッツ、孤児院に保護を求めたの。親に捨てられたって」
「勝手に出て行ったのはあの子だよ!?」

 ぎょっとしたようにおばさんは叫んだが、それをここで叫んでも招待状はなくならない。貴族である神官長からの招待状は絶対のものだ。

「それで、神官長がルッツを本当に孤児院で保護するかどうか、決めるために両親の話が聞きたいって……。おじさんとおばさん、二人で来て。お仕事を休む都合もあるだろうから、三日後になってる。三日後の3の鐘までに神殿へ来てほしいって」

 字が読めないおばさんにわたしは招待状の内容を伝える。差し出されたままの木札を握りしめて、おばさんはわたしを見返した。

「……三日後の3の鐘だね?」
「そう。この木札を門番に見せれば、案内してくれるから」



 わたしはそわそわしながら、三日後の召集日を迎えた。
 早目に神殿へと行って、青の衣に着替えて、神官長の部屋に向かう。わたしの側仕え部屋に泊っていたルッツも見習い服で一緒だ。一階の側仕え部屋に泊めたのは、養子縁組で出て行くルッツの姿を見せると、他の孤児達に無用な希望を抱かせることになるかもしれないと神官長が言ったからだ。

「すっげぇ緊張するな」
「……家族会議にしては壮大すぎるよね」

 わたしとルッツが神官長の部屋に着いた時には、ベンノとマルクが到着したという連絡が入った後だったようで、すぐに神官長の部屋へと二人が灰色神官に案内されてやってきた。
 ベンノが貴族に向けるためのだらだらとした長ったらしい挨拶を終える頃、ルッツの両親がやってきた。

 建築関係の仕事をしていると聞いていた通り、ルッツの父親の身体はそれほど大柄ではないが、がっちりとしている。よく日に焼けていて、外で汗水を流して働く労働者の風貌だった。頑固そうな性格をよく表しているのは眉間に刻まれた皺とギョロリとした翡翠の目で、白に近い感じの金髪のせいで少し年を食っているように見える。

 ルッツの父親は一瞬ルッツを見て、フンと鼻を鳴らした後、神官長に簡単な挨拶をした。勧められた席に着く時に、カルラおばさんはすでに正面の席に着いているベンノとマルクを見て、ビクリとする。

 マルクさん、マジで何したの? 何言ったの? すでに脅したあとでしょう?

 全員が神官長の部屋に揃ったところで、高らかに3の鐘が鳴り響いた。
 今回は神官長のターンでした。
 やっとルッツの父さんが登場です。

 次回は、全員でのお話し合いです。
+注意+
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