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五月の雪は斯くて渡る 作者:饗庭璃奈子

第五章 黄昏のお茶会

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 一抹の不安は拭いきれぬまま、その日の夕刻はやってきた。作戦の決行のことを考えて、気もそぞろに日々を過ごしていると、誰しも少なからずは憂鬱に思うはずの試験期間も、走馬灯のような速さで苺火の眼前を通り過ぎていった。
「今日はもう疲れちゃったから、部屋に戻って休ませて貰うよ」
 できる限りさりげなく聞こえるように、忍と晴にそう告げて、苺火は早々に夕食の席を立った。
「ああ、そうだな。俺もだ……」
 今もがっくりと項垂れ続けている忍は、試験の手応えが芳しくなかったに違いない。苺火は気を遣って何も尋ねていなかったが、試験期間に入ってからの忍の精気の欠片もない様子からして、そのことを察するのは容易だった。忍はいつも穏やかな微笑を絶やさずにいるような少年だったから、苺火はそんな友人を密かに興味深く見守っていた。
「えー!? 二人とももう寝ちゃうのかー!? せっかく試験が終わったから忍の馬鹿も復活して、また三人で遊べると思ったのにー!」
 ただ一人、晴だけがいつも通りに空気も読まず、試験期間中も元気いっぱいあちこち跳ね回っていたが、これで成績は毎度トップクラスだというのだから、誰も文句は言えまい。
「はいはい、どうせ俺は馬鹿ですよ……」
 いつもなら〝うるせー〟のひと言で片付けてしまう晴の馬鹿呼ばわりも、今日ばかりはぶっすりと忍の胸に突き刺さったらしい。短髪の(こうべ)を垂れたまま、卑屈な文句をぶつぶつと並べ立てている。どちらかといえば作戦の決行の方に気を取られていてそれどころではなかった苺火の試験の手応えはというと、全教科においてまずまずといったところだったので、苺火は曖昧に苦笑するに留めておいた。
 三人揃って鹿蹄館に帰り、就寝前の挨拶も交わし終え、一旦はそれぞれの部屋に戻ったものの、苺火はすぐにとんぼ返りで寮の自室を飛び出した。幸い、外は日も落ちかけている。一度中等部寮を抜け出してしまえば、そこから先は知人に見つかる心配もなく、苺火は既に幾度となく通った、花蝶館への急勾配の雑木林にまで辿り着くことができた。
「──よう、元気そうだな」
 やっとのことで勾配を抜けると、何故か星野が花魚子の部屋の外、カーテンの閉めきられた窓を背に、仁王立ちに待ち構えていて、あまりにもわかりやすく辛気臭いその表情に、苺火は、思わず〝うわっ〟とその場から逃げ出してしまいたい衝動に駆られた。
「星野は……あんまり元気じゃなさそうだね」
 控えめな感想を述べると、
「ほっとけ!」
 星野から不機嫌に吼えられて、肩をすくめる羽目になった。どうやらこちらも、試験の出来が芳しくなかったらしい。しかも、一人で卑屈になっていた忍と異なり、何の謂れもない苺火にまで八つ当たりをしてくる辺り、こちらの方が忍よりよほどたちが悪い。
「どうせお前は試験なんてちょろいもんだったんだろう? なあ、優等生?」
 歪んだ笑みを浮かべて、星野は半ば狂気じみた、どんよりと昏い眼差しを、苺火に送りつけてくる。いつの間に、星野の中で苺火のポジションは転校生から優等生にすり替わったのだろうか。そもそも、既にいくつもの法破りを繰り返している苺火が、世間一般で言うところの〝優等生〟の条件を、満たしているはずもないのだが。
「別に、良くも悪くも……まずまずって感じだよ」
「そういうのが一番腹立つんだよ!」
 あまりの気迫に思わず目を逸らしつつも、ごく正直に、なるべく皮肉っぽく聞こえないように答えたつもりだったのだが、どうやら反対にますます星野の怒りを買ってしまったらしい。横暴だ、と苺火は己を襲う理不尽に、軽く眩暈を覚えた。たぶん、この場合、どう答えても星野の激昂を買っていたであろうことは、想像するに難くなかった。
「そういえば、花魚子ちゃんは?」
 どうにかして話題をすり替えようと、なおも何か物言いたげな星野を差し置き、苺火は必死で口を挟んだ。花魚子の部屋のカーテンが閉めきられているのはいつものことだが、今は明かりも点いてはおらず、星野が花魚子の部屋の外で待ちぼうけを食っていたのはこの日がはじめてのことだった。苺火の問いに、星野が一瞬沈黙するのがわかった。
「……花魚子は留守だ」
「留守?」
 怪訝に思って、苺火は眉をひそめた。花魚子がこうして部屋を空けているのも、はじめてのことだった。星野はつと、苺火から目を逸らした。
「そういうこともある。──二階堂はまだ職員室だった。行くぞ」
 普段はっきりものを言う星野が、そんなふうに曖昧に言葉を濁したことが、なおのこと不可解で仕方がなかった。
 これから挑もうとしている一連の動きに向けて、気が昂っているせいだろうか。これまでは大して気にも留めていなかったのに、本来あるべきはずの〝合言葉〟がそこにないことが、今は何故か苺火を酷く不安に駆り立てるのだった。
 黄昏の薄暗闇に乗じて、二人は時計塔へと向かった。柊木犀の抜け道の横を素通りし、二階堂の居住空間がある裏門側へと回る。そういえば、既に数えきれないほど時計塔に立ち入っているのに、この裏門に近づくのははじめてだ。表側の堂々たる青銅門に比べると、裏門の造りは実に質素なものだった。成人男性がくぐって通れるほどの高さしか持たず、一応は観音扉の体を取っているが、どこぞの一般家庭にあってもおかしくはない鋳物の格子門で、掛け金には獅子飾りの替わりに、猛禽類の頭部を模した飾りが付いている。これは、野鳥を愛したという前理事長の趣向だろうか。
 星野は躊躇なく、鳥飾りの掛け金に手をかけた。
 正門側の薔薇園ほどではないが、裏庭にも薔薇が植えられていた。その薔薇の木々のあいだを縫うように設置された石段を渡って、二人は時計塔の裏手のドアに辿り着いた。まずはコンコン、とドアをノックして、耳をそばだてる。返事はない。どうやら星野の言葉通り、二階堂はまだ時計塔に戻ってきてはいないようだ。次に星野は、慎重にドアを開けて中の様子を窺うと──鍵は、かかっていなかった──猫のように素早く身を滑り込ませ、苺火も星野のような身のこなしとまではいかないが、なるべく音を立てないようにあとに続いた。
 真の暗闇が、そこには横たわっていた。窓は、ない。明かりが射し込むような隙間もなく、星野が立てる微かな物音だけが、闇の中ではやけに大きく響く。苺火は作戦通り、戸口の前で立ち止まり、ドアを細く開けた状態に保ち、いつでも外の様子を窺えるようにした。
「転校生、それじゃあ予定通り、お前はそこに立ってろ。俺が下の部屋の様子を見てくるから──、」
「いらっしゃい。桐島苺火君、星野夜鷹君」
 傍らから、突如として聞こえた声に、苺火の心臓は凍りついた。前を行く星野も、おそらくは同じ心境であるに違いない。はっと短く息を飲む音が暗闇から聞こえる。
 ──神経を逆撫でするような、甘ったるい猫撫で声。
 シュボッ、という音がして、苺火の横で仄かな明かりが灯った。見れば、今しがた入ってきたばかりのドアの傍らに、二階堂鶫美その人が彫像のように佇んでいて、いやに爪の長いあの指先で、マッチを擦ったところだった。苺火と星野が半ば呆然と、固唾を飲んで見守る中、二階堂は身を屈め、テーブルの上のアルコールランプに、続いて燭台の上の蝋燭に、火を灯せるありとあらゆる器具に、マッチの炎を移していくのだった。
 不安定に揺らぐ炎に映し出された()の人の姿は、美しかった。彫りの深いその顔立ちはより一層陰影を濃くし、榛色の瞳は潤んだように輝いている。長い桃色の髪が、はらりと白衣の肩を滑り落ちる。その唇が妖しい笑みさえ灯していなければ、苺火は一瞬、自分の置かれた現状も忘れて、神聖な儀式のようなその場面に見入っていたかもしれない。
 最後にフッとマッチの炎を吹き消すと、既に何本もの使い古したマッチが捨て置かれた燃え殻入れに無造作に投げ入れ、二階堂はおもむろに、苺火のいるドアの方に向き直り、こちらに向かって真っ直ぐに歩いてきた。その瞳の、瞬きのいやに少ないことにぞっとして、苺火は思わず戸口から体をずらす。二階堂は落ち着いた動作で、迷いなくドアの前まで歩いてくると、小さな鍵を二本の指で摘まみ、丁寧に、カチリと回してかけた。
 閉じ込められたのだ。整った唇は、薄い微笑を絶やさない。
「きみたち二人が一緒になって何かこそこそやってるのに、僕が気づいていないとでも思った? 残念、こちとら、心強いパートナーがいるものでね。夜鷹君、きみはもう、何度か目にしているんじゃないかな? 綺麗な人でしょう、彼女。ああ見えて、きみの仕掛けた盗聴器を端からぶち壊してくれたりね、なかなかのやり手だよ。まあ、一緒に他のものも壊してくれちゃうのは、ちょっと困りものだけど」
 そう言う二階堂も、古賀姉妹を幼馴染みに持つ星野の目と鼻の先にいながら、いとも容易く気配を絶ってみせたのだ。
 やはり、この男は只者ではない。その思いは、苺火に男への警戒心を強めさせた。
「……居留守かよ。汚えぞ、二階堂」
 星野が悔しそうに歯嚙みするのを、二階堂は鼻で笑った。
「法破りの常習犯が、笑わせてくれるね」
 二階堂は白衣の裾を翻して悠然と部屋を横切り──二階堂はこの日もやはり、黒のハイネックの上に白衣、という出で立ちだった──あの日、少女に触れたのと同じ指先で、苺火たちと彼とのあいだにあるテーブルの木目を、ツとなぞった。使い込まれたテーブルは、薄明かりの下で柔らかな飴色に光っていた。
「悪い子たちだね。せっかくきみたち二人の法破りをいくつか見逃してあげてるっていうのに、あまつさえ僕の私的なスペースにまで土足で立ち入ろうとするなんて──、」
 二階堂はそこで勿体ぶって言葉を切り、相変わらず何を考えているのかちっとも読み取れない淡い瞳で、テーブル越しの二人の少年を交互に、眩しそうに眺めた。それから出し抜けに、いたいけな子供のような無邪気さでにっこりと笑った。
「罰を与えなくちゃいけないね」
 ──子供のように無邪気に、残酷に。
 互いに声もなく身構える苺火と星野を、二階堂はさも面白くて堪らないといったふうに見交わし、目を細めた。そして──、
「ぶっ……あははははははははははは!」
 何の前触れもなく、盛大に、噴き出したのだった。
「何だ! 何がおかしい!」
 今にも噛みつかんばかりに二階堂に食ってかかる星野も、今は獰猛なケモノではなく、わけがわからないものに怯えて毛を逆立てる小動物のようにしか見えない。そうしているあいだも二階堂は、腰を折り曲げて腹を抱え、空いた手で手近な椅子の背もたれに縋りつくようにして、ケタケタと壊れたように笑い続けている。
「冗談! 冗談だって! そんなにびっくりした顔しないでよぉ!」
「……は?」
 涙目で、ヒィヒィと息切れを起こしている二階堂に、さすがの苺火も辟易した。
「どういうことだ!」
 星野はまさしく野生の小動物のように息巻き、相手を威嚇している。もはや少年二人は完全に、目前の不可解極まりない男、二階堂鶫美のペースに飲まれつつあった。
 二階堂はなおも笑いを引きずりながら、
「まあまあ、そう慌てないで。急いては事をし損じるって言うでしょ? きみたちも何か目的があってここに来たんでしょうから、まあ、お茶でも飲みながら、ゆっくりお話ししましょうよ。その方が、相互理解も深まるっていうものだ。ね?」
 と、部屋の奥まったドアを指した。そこでようやく、苺火は部屋の内部の様子にじっくりと目を凝らすことができた。
 狭い部屋の中央には、その造りも粗っぽい、木の木目をそのまま活かしたテーブルが、でん、と置かれている。そのテーブルを取り囲むようにして、やはり同じように素朴な椅子が五脚。テーブルの上は雑然としていて、火の灯ったアルコールランプや燭台の他にも、様々なプリントや専門書、実験器具の類が好き放題に散乱していた。
「この部屋は僕に教えを請いに訪れる生徒たちの、いわば自習スペースのようなものでね。下の倉庫が、僕の住まいなんだ。狭い上に何もないところですが、よければ上がっていって。今日は僕のプライベートな客人として、きみたちをこの時計塔に招待しよう」
 そう言うと、二階堂はたった今火を灯したばかりのランプの類を片っ端から吹き消しにかかりはじめた。唖然とする苺火たちの前で、最後の仕上げとばかりに壁際のスイッチがパチン、と弾かれると、乳白色のチューリップ型シェードを持つウォールランプに、一斉に明かりが点灯した。如何にも意味ありげに部屋中のランプに火を灯して回ったのは、単に苺火たちを驚かすための演出に過ぎなかったらしい。なんてくだらないことに力をつぎ込むんだろう、この人は、と、鼻歌混じりに先を行く二階堂を苺火は呆れて見上げた。桃色の長髪は、今日はシンプルなポニーテールに結われている。
「行くぞ」
「あ、うん」
 星野の声で我に返った苺火は、慌てて二人の後を追った。
 自習室の片隅に造り付けられた階段は、立派な手摺りによってその存在を主張していることと、掃除用具が置かれていないことを除けば、講堂側の地下階段と同じ造りだった。さほど長さはなく、突き当たりに一つ、例の扉が待ち構えている。
 そんなはずはないのに、苺火は扉一枚挟んだ向こう側に小鳥の少女がいるような気がして、息を詰めた。二階堂が開けたドアの先は、仄かな明かりで満たされた剥き出しのコンクリートの部屋ではなく、暗い闇だった。その闇の中に、二階堂は吸い込まれていく。
「お、お邪魔します」
 ドアをくぐる瞬間、思わずそう口にしてしまった苺火に、星野はひと睨み利かせたが、すっかり気が動転していた苺火はそんなことには気づきもしなかった。
「はい、いらっしゃいませ。可愛い侵入者さん」
 可笑しそうな二階堂の声と共に、再びパチン、とスイッチが弾かれ、階下の部屋にも明かりが灯る。同時に苺火は、思わず歓声を上げていた。
「わあっ、すごい……! 秘密基地みたいだ!」
 二階堂の言葉通り、下の部屋は、元は倉庫であったものに手を入れて住まいとされているようだった。部屋の調度品はアンティーク調に統一され、壁の一面をまるまる使って、木製の飾り棚が造り付けられている。その上には所狭しと、鉱物や、蝶を主とした昆虫の標本、大小様々な古い硝子瓶、真鍮製の何らかの計測器、かと思えばその辺の浜辺で拾ってきたような貝殻や、何の変哲もないビー玉が転がっている。巨大な天球儀、天井から吊り下げられたブリキのモビール、壁からはにょっきりと鹿の頭の剥製が突き出し、とかく一貫性も取り留めもない多種多様なもので、部屋中が埋め尽くされていた。悪趣味を通り越していっそ愉悦の蒐集へと昇華されたそれは、ひと目で苺火の心を虜にした。
「でしょでしょー? 少年のロマンが詰まってるって感じでしょー?」
 二階堂は得意げに、ふふーん、と笑った。少年の、かどうかはわからないが、ここに詰まっているものが、確かにある種のロマンの結晶体であることは間違いない、と苺火は目を輝かせ、こくこくと強く頷いた。
「──転校生、」
 傍らの星野が、呆れきった視線を送ってきているのにようやく気がつき、
「あっ、ごめん……」
 と口にはしたものの、あふれ出る興味は抑えきれず、苺火はきょろきょろと忙しなく、部屋の内装を隅々まで見渡すのに夢中だった。二階堂は既に、部屋の更に奥まったキッチン──食器棚に仕切られて、苺火たちのいる場所からは、死角だ──にいて、声はやや離れた位置から苺火たちの元に飛んできた。
「散らかっててごめんねー。靴は履いたままで構わないから、どうぞソファーにかけて。今、お茶を淹れますからね」
「いえ、お気遣いなく!」
「転校生!」
 とうとう短い堪忍袋の尾を切らした星野に一喝されて、苺火は肩をすくめた。
 ──だって、常識的に考えて、例えそれがどんな相手であったとしても、人様の家にお邪魔する時にはこういう対応をするのが、礼儀ってものじゃないか。
 何となく、腑に落ちないままぶすっとしていると、食器棚の陰からひょっこりと顔だけ出した二階堂が、苺火に向かってにこっと笑いかけ、すぐにまたキッチンへと引っ込んでしまった。何だか苺火は少し、拍子抜けしてしまう。何度か遭遇した時に抱いたイメージとは、随分かけ離れた人のような気がするのだけれど──。
 星野の時と同じで、やはり彼も本当は、ちょっと風変わりなだけの、単なる一教師に過ぎないのではないだろうか?
 壁のとある一面には、今しがた苺火たちとは入ってきたのとは別に、もう一つ扉があった。向こう側から既に幾度となく目の当たりにしてきた、小鳥の少女の部屋へと続くあの扉だ。
 でも、だとしたら、あの晩に見たものは一体何だったんだろう? 事が起こるまでの一部始終を、息を殺して覗き見ていた苺火と星野の鼓膜を、つんざいた悲鳴──。
「ったく、お前は何しにここに来たんだよ。俺たちの本来の目的は何だ? 多少予定は狂ったが、俺たちは遊びでこんなところに来てるわけじゃねえんだぞ」
 黒い革張りのソファーに、我が物顔でどっかりと腰を下ろしながら、星野は渋い顔で苺火への説教をつらつらと並べ立てはじめた。
「だって、一応は人様のプライベート空間にお邪魔させていただいてるわけだし……」
 曖昧に語尾を濁す苺火に、星野は更に苛立ちを募らせたようだった。
「馬ッ鹿か、お前! そうやって俺たちを油断させて、何を企んでるか知れたもんじゃないだろ? いいか、あいつに気を許すな。ったく、お前はどこまでお人好しなんだ。その調子じゃ、いつか自滅するぞ」
「う、五月蝿いなあ! 馬鹿馬鹿言うなよ!」
 星野は偉そうに腕組みをして、ケモノの眼光で苺火を射抜いてきたが、巨大なソファーに半ば体が埋もれかけてしまっているが故に威力が半減してしまっていることは、話を余計ややこしくしないためにも口にはせずにおくことにした。
「でもさあ、なんか、随分優しそうな感じだし……勘違い、だったんじゃないの?」
 おずおずと切り出した言葉に、星野は今度こそ、その軽卒な思考への蔑みを露わにして、冷ややかに苺火を睨み据えた。
「じゃあ、地下室のあの女は何だ。お前があの日、時計塔の前で言われた言葉は何だったんだ? ただの勘違い、じゃあ、説明がつかないだろう」
「それは……」
 まさに心の片隅にわだかまっていたことを指摘されて、苺火は口籠った。
 灰色の鳥籠に閉ざされた小鳥の少女。覆い被さる二階堂の背中と、直後に部屋の空気をつんざいた、絹を裂くような悲鳴。
 そして不覚にも星野に助けられてしまった、時計塔前での二階堂との遭遇。星野が二人の交わした会話のどこからどこまでを知っているのかは定かではないが、あの日、男の言葉はただただ謎に満ちていて、不可解だった。醜く歪めた唇で、男は苺火に言ったのだ。
 ──僕は未来のきみなんだよ。
「ハイハイ、それを今からご説明いたしますからね、夜鷹君」
「うお! ……随分早いな」
 既にソファーに陣取っていた星野は、トレーを運ぶ二階堂が背後から近づいてきていることにもさっぱり気がついていなかったらしい。苺火との会話を聞かれた後ろめたさからだろうか、明らかに気まずそうに、視線をトレーの上の食器類へと流している。一方の苺火は、明日葉の気配は屋上の分厚いドア越しにでも読み取ってみせた星野が、二階堂相手にはそうはいかずに翻弄されている事実を、冷静に分析していた。
「電気ポットがあるからね。お菓子もよかったら摘まんで。あ、毒なんて盛ってないから安心してね、おもに夜鷹君。苺火君も、どうぞ座って下さいな」
「うるせえ! 余計なこと言ってんじゃねえよ」
「ありがとうございます」
 二階堂は二人の前の低いテーブルに、それぞれ優美な曲線を描く揃いのカップとソーサー、テーブルの真ん中にはミルクとシュガーポット、目にも楽しい淡い彩りのクッキーが綺麗に飾りつけられたプレートを並べた。それから、部屋の一角のデスクの傍らに置かれたロッキング・チェアにかけ、金箔でひと囲いにされた美しい細工のカップのふちに唇を宛てがい、紅茶をひと口啜った。苺火はさっきから、星野の言動が教師に対するものとは思えないほど失礼極まりないものであることにひやひやさせられっぱなしだったが、二階堂がさほど気にした素振りも見せないのでほっとして、ようやく星野の隣に腰を下ろした。
「それにしてもホント、子供の想像力って、目を見張るものがあるよねえ。おかげでこの一ヶ月と少しのあいだ、すごーく楽しませて貰ったよ?」
 暫しの沈黙を破ってにこやかに話を切り出してきたのは、二階堂だった。
「だから、どういうことだよ」
 ちゃっかりプレートの上のクッキーに手を伸ばしながら、星野がすかさず噛みついた。さんざ二階堂を疑い、危険人物だと見なしている癖に、毒は盛っていないという言葉は素直に信じたらしい。
「まあまあ、そう焦らないでよ。つまりさ、きみたち二人は僕がこの時計塔の地下室で、人知れずあの子を監禁していいようにしてる、とか思ってたんでしょ? ブッブー、大ハズレ。僕は至って善良な一教師でーす」
「ハッ、善良ねえ」
 星野は皮肉っぽく嘲笑したが、如何せんクッキーを頬張りながらなので、さしたる迫力はない。何だよ、星野も、敵陣の只中でくつろぎまくりじゃないか──と心中で文句を垂れつつ、苺火もクッキーを一枚、そろりと手に取った。星野も口にしているものならば、苺火が手を伸ばしても怒られることはないだろうと思ったのだ。
 苺火の手にしたクッキーは、淡い桜色の生地に、透明な砂糖をまぶしたものだった。薄明かりの下で繊細な煌めきを見せる砂糖の細やかな粒と、二階堂の右目の底のシャンパンゴールドの(エトワール)のさざ波が、苺火の中で重なって、またほどける。
 手にしたクッキーに視線を落としたまま、苺火はおもむろに口を開いた。
「じゃあ、先生。僕に言ったあれはなんだったんですか? 先生が未来の僕だとか、罰を受けるだとか。それに、先生の目──、」
「うーん、よろしくないねえ、苺火君。成績優秀なきみとしては実に愚かな問いかけだ。あっ、苺火君、きみの今回の試験の成績、とってもよかったみたいだよ? なんたって、僕の耳にまで噂が入ってきたくらいだしね。すごいすごい。で、ですねえ、僕がきみにあんなことを言ったのは、転入早々、法破りを繰り返してる苺火君を、ちょーっとだけ脅かしてやろうと思ったんですよ。心当たり、ありまくりだよね? 文句は言えないよねー?」
 笑顔で圧力をかけてくる二階堂に、苺火は押し黙った。
 今、二階堂はあからさまに苺火の言葉を遮った。挙げ句、どうやら自分が感じていた手応え以上に成績がよかったらしい苺火を、星野が恨めしげに睨めつけている隙をついて、こちらにウィンクまで寄越してきたのだから、疑う余地もない。
 ──星野には言うな、ということか。
 二階堂の右目の底で見たものは、真夜中の森のユニコーンと同じくらい、現実からかけ離れた光景だった。今、星野の前でそのことに言及するのは、確かにあまり賢明ではないかもしれない。星野には、あくまでも苺火が体験したことの中から現実的なことだけを搔い摘んで、伝えてあるだけに過ぎないのだ。今、ここで右目の焔のことに言及すれば、また別の問題が勃発するであろうことを推し量ることは容易かった。
 二階堂はやはり、苺火たちのひと回りもふた回りも先を読んで、行動している。
「俺たちの処分は、どうなる」
 試験のことに気を取られていて、二階堂と苺火とのあいだで交わされた密やかなやり取りには全く気がつかなかったらしい星野が、険しい表情で今度は二階堂を睨み、苺火もその言葉ではっと現実に引き戻された。
 そうだ。二階堂には数々の法破りを見逃されてきたばかりか、事もあろうか彼の私的なスペースに無断で侵入しようとしていた現場までもを、押さえられてしまったのだ。今や二階堂には二人を公的に罰する、れっきとした理由がある。ロッキング・チェアを気紛れに揺らしながら優雅に紅茶を楽しむ二階堂を、苺火はこわごわ見やった。
 二階堂は顎に人差し指を当て、勿体をつけて考え込む素振りを見せた。
「うーん、そうだねえ。なんだかんだ言って僕も、きみたちの法破りを見て見ぬふりしてからかってたわけだし。──うん、いいよ! 今回は誰にも言わないでおいてあげる」
 にっこりと、悪びれもせずに言う二階堂に、星野は胡散臭そうな目を向けた。
「教師がそんなんで、いいのかよ」
「いいのいいの。勇魚(いさな)先輩と、苺火君のお姉さんのよしみもあるしね」
「蜜蜂を、ご存じなんですか?」
 苺火は驚いた。蜜蜂の名を聞くのは、そういえば月舘に転入してきてからはじめてのことだったからだ。蜜蜂がかつて月舘に在学していたという事実さえ、今の今まで苺火はほとんど忘れかけていたほどだった。
「うん。みっちゃんは僕の教え子だったからね」
「そうだったんですね。じゃあ、勇魚先輩っていうのは……?」
「俺の親父だ」
 二階堂に変わって、何故か星野が不機嫌そうな声音で答えた。星野がそれ以上を語るつもりはないらしいことを悟って、二階堂がそのあとを引き継いで言葉を続けた。
「夜鷹君のお父さんと僕は、大学時代の先輩と後輩に当たる関係でね。当時はいろいろよくして貰ったし、卒業してからも随分長いこと交流があったんだ。だから僕は、夜鷹君が赤ちゃんだった頃を知ってるの」
 最後の方は悪戯っぽく、二階堂はさも楽しそうにふふ、と笑った。一方の星野は、面白くなさそうにツンとそっぽを向いてしまっている。
「へえ! 世間は狭いですねえ」
 苺火は素直に感心した。星野の二階堂に対する妙に突っぱねた態度の理由も、何となく、理解できたような気がする。
「本当にねえ。夜鷹君、〝つぐみつぐみー〟って僕に懐いちゃって、すっごく可愛かったんだから。それが、こーんな捻くれ者に育っちゃって。お母さん、泣いてない?」
「余計なことは言わんでいい!」
 とうとう耐え兼ねた星野が、ダンッとテーブルに拳を叩きつけて立ち上がった。その顔が、心なしか上気しているのは、決して気のせいではあるまい。苺火の複雑そうな視線に晒され、二階堂にはどうどうと嗜められ、どうにかその場は照れやら怒りやらその他いろいろな感情を押し殺すことに成功したらしい星野は、ぼすんっ、と元の位置に腰を落ち着けると、ヤケ酒をする中年親父の如く紅茶を一気に搔っ食らい、空いたカップを叩き割らんばかりの勢いでソーサーに叩きつけた。
「ちょっとちょっとー、人んちの食器に八つ当たりしないでくれる? それ、結構いい値段したんだから。ロイヤルコペンハーゲンよ? 知ってる?」
 さすがに眉をひそめた二階堂の言葉にも、しかし星野が耳を貸すことはなかった。
「で、だ。俺たちの処分が免除されるっていうなら、その話はそれでもういい。単刀直入に訊く。地下室のあの女は、一体何だ?」
 下手に答えようものならその喉笛食い破る、と言わんばかりの勢いで、星野はいきなりざっくりと本題に突入した。
「あらあら、ご機嫌斜めだねえ、夜鷹君」
「お前のせいだよ!」
 そんなやり取りの傍らで、苺火は静かに紅茶を口に運びながら、もう少しうまい話の運びようってものがあるだろうに──と冷めた視線を星野に送っていた。幼少期の恥ずべき過去を苺火の前で暴露されたというのは、無闇やたらとプライドの高い星野にとっては、どうやら相当の痛手であったらしい。完全に、自制心を失っている。
「うーん、そうだね。既に数えきれないくらいここに忍び込んで、彼女と直接言葉を交わしている苺火君なら、もうある程度、事情が飲み込めてきてると思うんだけど?」
 と、傍観に徹していたところにいきなり自分の名前を出されて、苺火は危うく嚥下しかけていた紅茶で咽せ返りそうになった。軽く咳き込みながら二階堂に目をやると、こちらはゆったりと余裕の笑みで苺火を見下ろしている。
 ──全てお見通し、というわけか。
 星野はというと、〝お前、そんなことしてたのかよ〟と驚愕と呆れの入り混じった眼差しで、隣の苺火を凝視している。本当に、何から何までわかりやすい奴だ。
 苺火はソーサーにカップを戻すと、少し考え込んだ。少女の置かれている現状をどう説明したらいいものか、迷ったのだ。
「──彼女は、自分が誰だかわかっていないように見えました。名前を訊いても答えてくれないし、よくわからない一定の言葉を、繰り返すばかりで……」
「正解」
 結局、己が見聞きした事実と、状況に基づく憶測を、簡単に話すのみに留めておいたのだが、二階堂はその回答にいたく満足したようだった。
「彼女ね、雪見五月(ゆきみさつき)ちゃんっていうんだ。ちょっと過去にいろいろあって、あんな状態になっちゃってね。親戚はいるにはいるんだけど、とても彼女の面倒を見きれるような環境にはなくて、今は僕が彼女の親戚から養育費を頂いて、ここでさっちゃんの身辺の世話をしてる。きみたちが考えてるようなあんなコトやこんなコトはしてないから、安心していいよ。僕はあくまでも、善良な一教師ですからね」
「──あの夜の悲鳴は」
 星野はなおも疑わしげに、二階堂に詰め寄った。
「ああ……彼女、たまにね、夜を酷く怖がるんだ。それで軽い錯乱状態に陥っちゃう時があって、そういう日は、彼女が落ち着くまで僕が付きっきりで宥めてる。そうしないと、自傷行為なんかに走っちゃうもんだから、僕もちょっと手を焼いていてね」
 二階堂はそう言って、ほろ苦く笑った。痛ましい笑顔だ、と苺火は思った。ありとあらゆる感情を噛み殺して、無理矢理絞り出したかのような、笑顔。
「他の教師たちはこのこと、知ってるのか?」
 二階堂の痛ましげな表情に心を動かされたのか、ようやく二階堂の言葉に耳を傾ける気になったのか、とにかく落ち着きを取り戻してきたらしい星野が尋ねた。
「ごく一部のお偉いさんだけね。あとの責任はすべて僕に一任されている」
 そこで苺火は思い当たった。
 とある事件ののち、どこか壊れてしまったのだと周囲に噂される教師。過去の出来事から、心を壊してしまったという小鳥の少女。時を止めた時計塔で人知れず、ひっそりと共に暮らしている二人。そこに奇妙な共通項を、見出したような気がしたのだ。
「じゃあ、先生がここで生活しているのも、もしかして……」
「うん、さっちゃんのためだよ。ここなら立入禁止区域だから人目につきにくいし、さっちゃんを養えるだけのスペースも整っている。まさかあの子を、寮に押し込むわけにはいかないからね。それに僕自身、この場所には特別な──と言ったら変だけど、まあとにかく、ちょっとした思い入れがあってね」
 そう言って、二階堂は元は倉庫であったという彼の小さな部屋を見渡した。
 玩具箱をひっくり返したかのように、とかく一貫性も取り留めもない多種多様なもので埋め尽くされた部屋。
 月舘の創立者であるという前理事長も、かつてはこの部屋に住んでいたのだろうか。二階堂の思い入れのわけは、果たしてこの時計塔の、どこに根付いているのだろうか。
「そういえば、ここで暮らしてるってことは、薔薇園の手入れも先生がしてるんですか?」
 ふと、ベンチに置かれていたガーデニング用品のことを思い出して、苺火は尋ねた。使い込まれてはいたけれど、手入れが行き届き、錆一つなかったシャベルや熊手、剪定鋏などの類。今も時計塔に人の出入りがあることを確信させた最初の足がかりとなったものでもあったし、苺火をあんなにも魅了した薔薇園の管理者は果たして誰なのか、単純に気になったというのもある。
「うん、そうだよ。もっとも僕は、元々ここにあった庭園にちょっと手を入れて、維持しているってだけだけどね。大元の形を作ったのは、たぶん、前理事長の月舘小五郎先生なんじゃないかな。僕も、詳しいことは知らないけど」
 そう言って、二階堂は不思議そうに首を傾げた。この様子から察するに、あの庭園を最初に作り上げたのが誰かなど、これまで気にしたこともなかったようだ。
「それでも、すごいです。立派な薔薇園だから、維持するのも大変でしょう? でも、そういえば、紅い薔薇は一つもなかった。何か理由があるんですか?」
「ああ、僕は紅い薔薇があまり好きじゃなくてね。だって、血みたいでしょう?」
 二階堂は何気ない調子で言ったが、苺火は咄嗟に何と返したらいいものかわからず、押し黙った。それが、苺火にとって思いもかけない返答だったからだ。傍らで、星野が無言のまま視線を上げる。星野は少し、険しい顔をしているようにも見える。
「──ま、とにかくそういうことだったってわけです。きみたちの用件には、大方答えられたかな? いろいろと驚かせてすまなかったね。さっちゃんのこともあったし、早いうちに誤解を解いとかなくちゃ、とは思ってたんだけど、何せきみたちからかい甲斐があるから、こっちもちょっと面白くなってきちゃってね。ついつい先延ばしにしてるうちにこんなことになっちゃって、いやあ、本当に楽しませて貰ったよ」
 未だ糸口の見えない様々な疑問が胸の内を駆け巡っていたが、部屋を見渡し終えて再び二階堂に視線を戻した時には、既にその顔には元の人を食ったような笑みが舞い戻ってきていて、そこに痛ましさも、感情を噛み殺したようなほろ苦さも、欠片も滲んではいなかった。もはや今、ここで何を尋ねても、道化に戻った彼は苺火たちをうまくたぶらかして、いとも容易く話をはぐらかしてしまうに違いなかった。
「あんたの楽しみのおかげで、こっちは何度か心臓が止まる思いがしたけどな」
 嫌味ったらしく追い打ちをかける星野も、心なしか安堵しているように見える。星野にとっても、幼少期からの馴染みである二階堂は、本来であれば罪など犯しては欲しくない相手なのだろう。今はどういうわけか、全面的に彼に対して疑念を抱いているようだが。
「よかったら、また遊びに来てよ。裏門から入ってくれば、人目だって憚らずに済むでしょう? それに、きみたちが来てくれたら、きっとさっちゃんも喜ぶと思う。僕がいない時でも、さっちゃんの部屋なら好きに出入りしてくれて構わないからさ。もちろん、さっちゃんが許す限り、ね。もっとも彼女は、何者も拒まないとは思うけれど」
 二階堂は最後に、二人の見送りにと、裏門まで出てきてくれた。勝手に侵入を図ったのはこちらなのに、手厚くもてなされた上にわざわざ見送りにまで来てくれるなんて、と苺火は大変に恐縮したけれど、星野はあれだけ驚かされたのだからこのくらいのことは当然だと、最後の最後まで失礼極まりない態度を貫き続けていた。
「でも、あっち側、立入禁止区域だろ?」
 何気ない二階堂の言葉に、星野は訝しげに眉をひそめて、振り返った。
「ん? 僕が許すよ?」
 きょとんとした二階堂に、振り回されっぱなしの生徒二人は今度こそ盛大に呆れ返った。
「あのなあ……」
 二階堂は事もなげに言ってのけたが、それは月舘の誇る二大の鉄壁の一つ、法に抵触する大問題に当たる。この人は本当に、見た目通りに型にはまらない、気紛れで奔放な人なのだ。周りが二階堂に対してお手上げ状態だというのも、あながち間違ってもいなさそうだと、苺火は今一度、二階堂鶫美という男への認識を改めたのだった。
「さっちゃんはさ、僕にとっては特別な子なんだ。僕も、さっちゃんに対してどう接したらいいのかわからない時、あるんだよね。見たところ苺火君、さっちゃんはきみに心を許しているようだし、よかったらまた、話し相手になってあげて下さい」
 別れ際、二階堂は少しおどけて、苺火に向かって優雅に芝居がかった一礼をしてみせた。
「あ、いえ! こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします!」
 苺火も思わず改まってお辞儀をしてしまい、図らずも〝彼女のちょっとチャーミングな父親に、はじめてのご挨拶にやってきた初心な彼氏〟のような構図になって、その場はなんともいえない気恥ずかしさが漂った。
 星野だけが一人、〝やめろ、頭なんか下げるな、気色悪い。転校生、お前もつられてるんじゃねえよ、阿呆か〟などとひとしきり騒いで、二階堂に笑われていたけれど、苺火はとてもそんな気分にはなれなかった。何故か、最後のその言葉にだけは、二階堂の切実で真摯な本心が現れているように、苺火には思えてならなかったのだった。
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