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ウホウホ学園広報犬
作:カエオルーン


 やあみんな、僕はこの学園の……
「おはようさん」
「おはよーっす」
 ワン!
 この『梅星ウッドホーリー学園』に住まわせてもらっている犬だ。
 今日も新鮮な朝の空気が、この校門前を通る生徒たちの声を響かせる。
 僕はいつも道理それに一声で返事をして、生徒たちを学園の中に見送っていく。
「おはようござーす」
「おーっす! 会いたかったぜー!」
 ワン!
「や、やべー、遅刻する〜」
「い、急げ、もう鐘が鳴るぞっ!」
 ワン! ワン!
 朝も早くから部活に精を出す生徒から、遅刻ぎりぎりで駆け込んでくる生徒までしっかりと面倒を見るのも、僕の仕事だ。
 この学園では遅刻をすると『厳しい罰則』がある。
 だから僕は今、挨拶当番と、遅刻しそうな生徒を急かすことと、遅刻した生徒を誘導するのと、三つの役目を負っているんだ。
「……く、くそっ……間に合わなかったか……」
 そう言ってるうちに、早速遅刻者が現れたみたい。
 ワン!
 息切れしている彼に近づいて、一声。彼がこちらに注目したのを確認してから視線をそらす。
 そらした視線を向けた先は、体育館倉庫。
 朝の遅刻者はみんなそこで罰則を受けていくように指示されてるからだ。
「……まじかよ……」
 どうやら彼は遅刻するのは初めてのようだ。遅刻者が一週間に一人程度のこの学園では、珍しくもないことだけど。
 がんばれ! と一声かけてから背中を押すと、彼はおぼつかない足取りで体育館倉庫にふらふらと足を進めた。
 誘導するのは僕の役目だけど、罰則を執行するのは僕じゃない。それどころか、そこで何があるのかもよく知らないんだ。
 そう、人より優れてる耳をすませると、そこからたまに「ぎゃーっ!」とか「ぐえぇっ!」とか「アッー!」とか聞こえてくるぐらいしか知らないんだ、僕は。
 学園の風紀を守るために、きっととても厳しい罰則なんだろう……。
 ――と、まあこんな感じで、朝の学園は過ぎていくんだ。
 男子校であるこの学園はちょっと暑苦しいこともあるけれど、いいところもいっぱいある。
 せっかくだから、今日はみんなにこの学園を紹介しようと思うんだ。


「……だからここの値はこっちに代入して――」
 ひょっこり覗いたこのクラスでは、一限目の授業は数学みたいだ。
 ムキムキで一見体育専門らしき先生が、黒板を数式で埋め尽くして説明している。
 普通の学校だったら、授業中に眠っていたり、内職やっていたり、携帯電話をいじっていたりする生徒の一人や二人いると思うけど、ここは違う。
 みんな背筋をしっかり伸ばし、一言も聞き漏らすまいと耳を傾け、ムキムキ先生に熱い視線を送っている。
 授業に真摯に向き合う姿勢は、とてもすばらしいと思う。
 日々の授業でどれだけしっかりと勉強できているかが成績に響いてくるのだと、校長先生も言っていたし。
「こらぁそこっ! いま少し眠ってただろ!」
「ひ、ひいっ。ち、違います、眠ってなんかいませんっ」
「言い訳は結構だ! 放課後職員室によれ、話があるっ!」
「それだけは、それだけはお助けをっ…………」
「問答無用だっ!」
 ムキムキ先生も熱心な指導で評判で、『穴埋め機』なんて呼ばれてる。生徒たちの勉強不足の穴を埋めるという意味なんだろう、立派な人だ。
 でも残念なことに、この学園の生徒は他と比べて成績が悪いんだ。
 授業態度はこんなにいいのし、ちゃんと生徒の穴を埋めているはずなのに、不思議だよね。


 普通の授業ばかりでとくに説明することもなかったから、今度は昼休みの時間について紹介するよ。
 この学園には学食があるので、弁当などを持参する生徒以外はたいてい学食なんだ。
 僕はいつもは職員室で備え付けのドックフードを頂くのだけれど、せっかくだし今日は食堂に来ている。
 そこはすでに生徒たちで溢れかえっていて、テーブルに座れない生徒が壁にもたれかかって昼食を取っている様子も見受けられた。
 食べ盛りの生徒たちにも十分なボリューム、そのへんの料亭にも負けない味、なにより良心的な値段とくれば、この混雑もうなづけるものだけど。
 生徒たちで混雑するところを、小柄なのを生かしてするすると足元を縫って前に進む。
 ようやく最前列に抜ければ、カウンターに立つおばちゃんと、その上に大きくと書かれているメニューが見えた。
 『カレーライス ……450えん
  ラーメン   ……450えん
  チャーハン  ……350えん
  オムライス  ……350えん
  男体盛り   ……12000えん』
 あとは日替わり定食とかもあるけど、大体こんな感じだ。
「おばちゃん! 日替わり定食とチャーハン!」
「カレーとラーメン一つずつ!」
「オムライス二つーっ!」
「はいはい! ちょっとまってな!」
 生徒たちがひっきりなし注文するのを、おばちゃんは一人でさばいていく。
 厨房で料理をしていたかと思えば、カウンターで生徒たちの注文を一つ残らず受け、注文を受けていたかと思えば、レジで代金の支払いと料理の受け渡しをやり、レジ打ちをやっていたかと思えば……。
 見てるこっちが目が回りそうなその速さは、この学園のひとつの名物となっているのも頷ける。
「……男体盛りで」
 おばちゃんに見ほれていると、後ろから大きくも抑揚もない声が、すっと通ってきた。
 その一言が周りに染み渡っていくように、喧騒とした食堂の空気が、嘘みたいな沈黙に変えられていく。
「……あいよ」
 おばちゃんが厨房に引っ込んで料理している間は他の注文はぴたりとやんで、沈黙に包まれた空気と食堂にいる生徒たちの視線が、『それ』を注文した生徒に集まっていく。
 それでも彼は普通の顔をして、普通の態度で『それ』を待ち続けている。
 だからきっと……たぶん、お金持ちの家の生徒なんだろう。
「はい、おまち」
「どうも」
 その沈黙は長くは続かずに、仕事の速いおばちゃんが『それ』を可動式のテーブルに乗せて運んでくる。
 ――『それ』は、なんとも形容しがたい濃い顔を恥ずかしげに赤らめて、筋肉を纏った鎧のような体を、緊張のためかぴくぴくと動かしている。
 盛り付け内容をよく見れば、食欲をそそるはずの刺身が盛り上がった胸のてっぺんに添えられ、その周りをみずみずしい野菜で飾り付けをしてあるようだ。
 そして腰周り一体をレタスでおおい……その中で自己主張する、にょきっとそり立つものをパンではさんで隠していた。
 それはいわば……草原の中にそり立った、揺れるホットドックだろうか……。
 あっけにとられる僕らをよそに、彼はおばちゃんにためらいもせず代金を支払って、はしを受け取っていた。
 まさか……本当に食べるきなんだろうか? というより、ホットドックは中身的に考えて食べられそうにないような……。
 食堂全体に嫌な緊張が走るのも気にせず、彼は醤油を取って刺身にかけ始めていた。
 濃い顔の人が醤油をかけられて「つめたっ」といったのが、妙なリアリティを持って僕に伝わってくる。
 さ、さすがに……いきなり下に手をつける分けないよ。うん……。
 そして彼は、はしを構えて刺身を取ろうと――
 ――――ガブッ。
「グギャーッ!」
 安心したのもつかの間、聞こえてきたのは鈍い肉の音、そして絶叫。
 思わずみんなが己のそこを抑える中で、彼はそこからパンだけをむしりとって咀嚼し、満足げにうなずいていた。それに対し濃い顔の人は蒼い顔で白目を向いていて、生きているのか死んでいるのかも分からない。
 いざ刺身を食わんとするところでいきなり方向転換する彼は、どこまでも斜め上を行く人のようだ……。
 僕は胸焼けといろいろな萎縮感をもって、食堂を去ることにした。


 五限目はプールにやって来た。目的はもちろん水泳で、ちょうどあるクラスが授業をやっているようだ。
 プールの袖には泳ぎが苦手そうな生徒たちが水面を覗いていて、それを尻目にバシャバシャと泳いでる生徒もたくさんいる。
 僕は犬だけど犬掻きが出来ないから、せっかくの水泳も生徒たちを見てるだけなんだけどね。
 水泳だから当然、生徒たちは水着をつけているだけで、この学園で水着といえばやけに際どいブーメランタイプのもの。
 そうなれば股間の盛り上がりはもちろん、たまにはみ出してひょっこりと覗いているものも……まあ、仕方のないことかもしれない。
「うお、お、おおっ!」
「負け、るか、ぁぁっ!」
 そしていまの水泳は暑い。水に浸かって冷えてるはずなのに、すごく暑い。
 息継ぎをしながらも、体力の無駄になりそうな雄たけびを上げながら競う二人の生徒たちがその原因だった。
 競っている理由はたぶん、ジュースをどちらがおごるかとかそんなところだろう。
 二人で二レーンを占領してものすごい勢いで泳いでいるん彼らをみれば、青春の意味がすこし分かるかもしれない。
 事務職の先生も言っていた、若いうちにしか出来ないことは若いうちにやっておけと。
 これもそうかもしれないけど、ただ……。
「もうやめてくれっ! もう……俺のために争わないでくれっ!」
 やはり過ぎたるはなお及ばざるが如し、ということだろう。
 二人の青春は白熱しすぎていて、周りの生徒にとっては迷惑でしかなかったんだ。
 実際青春することはあるけど、しっかり抑制が効くっていうことは難しいことだと思う。そんなときは、誰かが止めてあげないといけないよね。
 そうして二人を制止する声がかかって、件の二人はその声にひかれるように動きを止めた。
 だけどよく見たら二人とも小さく体を震わせていて、今にも感情が爆発しそうな嫌な予感がする。
 喧嘩とかにならければいいけど……。
「なに言ってんだっ! 勝ったほうだがお前をって話、いまさらなしなんて言う気かっ!」
「ちがう。俺は……ただ、お前らの争うとこなんて見たくないんだ」
「だったらはっきりしてくれよっ!」
「……分かった、はっきりする。俺は、俺は……」
「…………」
「俺はやっぱり片方なんて選べない! 両方いっぺんに突きあいたいっ!」
「……それで、いいのか……」
「ああ。それで丸く収まるなら、そうしたい……」
 …………うん。上手く場が収まったようで、よかったなあ。


 午後の授業も終わり、受験生とそうそうに帰宅する生徒を除けば、たいていの生徒は部活に精を出す時間になった。
 部活の種類はそこそこ豊富なもので、全国的にも有力な部もある。
 とくに柔道が強いことで有名で、創設二十周年を迎える今年も全国大会で入賞したほどだ。
 ――そんなわけで、今は柔道部貸し切りの武道場にきている。
「一! 二!」
「気合入れろーっ!」
 滲み出る汗、吹き出す汗、ほとばしる汗。メガホンいらずの腹からの掛け声、周りをを鼓舞する熱い雄叫び。
 気合いと根性が溶け合ったその空間を一言で表すのなら、熱血だろう。
 時折響く重低音は僕の小さな足を揺らし、心を熱く揺さぶるのだ。
「よし、それまで。次は寝技の練習に移る」
 担当の先生が軽く一言かけると、生徒たちは組み手を切り上げて床に寝そべった。
 どうやら次は寝技の練習に移るらしい。
 この学園の寝技は全国大会でも『寝技の梅星』との異名をとるほどだと聞いた。そして、そのゆえんは寝技の練習時間にあるとも。
「それじゃあ、はじめっ!」
 その掛け声とともに、生徒たちは互いに絡み合う。
 普通どちらが攻めてどちらが受けるほうだとか決めるものだと思うけど、今目の前にあるのは体を上に下にと入れ替えて手も足もごちゃごちゃにもつれ合うという複雑な状況。
 傍目に見ても何の技をかけているのかさっぱり分からないけど、きっとすごい技術なんだろう。
「うおおぅ」
「ああっ!」
「ちょっ先生そこは……うはあ……」
 しだいにそれは一対一の範疇を超えて三人四人と増えていき、いつの間にか先生まで参加しているし……。
 先程とは違う生暖かい声の響きが、なんとなく『寝技の梅星』のすごさを物語っているような気がした。
 寝技を極めれば、こんなフリースタイルにたどり着くのだろうか……?



 一日この学園の様子を見守っていて、どうだっただろうか?
 きっとこの学園のよさが分かってくれたと思う。
 日も暮れて誰もいない職員室。網かごに毛布が敷かれただけの簡易ベットに、僕は一匹丸くなる。
 そろそろお別れのようだし、最後に、この学園で過ごす上で一番重用だといわれている教訓を紹介しよう。
 『頭隠さず、尻隠せ』
 僕もこの学園にお世話になって早三年になるけど、これの意味だけはよく分かってな……いや、分からないでいたい気がする。この学園にやってきてから嗅覚が麻痺気味なのも、気のせいだと思う。
 だから、今日も僕は教訓道理に尻尾でお尻を隠して、あごをかごの上に乗せて頭が見えるようにして寝るんだ。
 ――それじゃあ、おやすみ。
 君がこの『ウ・ホ・ウ・ホ学園』に入学する日を、楽しみにしているよ――。














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