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異世界に転生したんだけど俺、天才って勘違いされてない? <旧題  転生したんだけど俺なんか勘違いされてない?> 作者:にゅん

学院編 1年度 夏期休暇~異世界編~

47/77

帝都陥落

活動報告でも書きましたが、PCのグラボが壊れていました! 今日になってやっと注文していた新品のTITANが届いたの必死の形相で換装を終えて、今回の投稿になりました。

お待たせして申し訳ありませんでした。
----荒川美紀 視点----

「美紀さん、もう間もなく合流予定ポイントです。ウルスナ軍も予定より早く到着しています」

「そう。私達が一番最後だったようね」

 飲みかけの紅茶が入ったティーカップを置きながら、スクリーンに拡大投影された予定ポイントの街を眺めると、外縁部にウルスナ軍とノアの本隊がテントを設営して駐留しているのが確認できた。
 だが、やはりウルスナ軍の数が足りない。報告が届いていたように初戦で本隊が包囲殲滅されそうになったのが効いているのだろう。

「ノア本隊が設営しているテントの近くに艦を近づけて頂戴。そこで作戦会議を開いてから帝都の攻略を開始するわ」

「了解しました」

 艦をテント近くで止めてお茶の準備をしていると、修一さんとヴィクトリア陛下がアリスのCICに入室してきた。陛下には聞きたい事もあったのでタイミング的に丁度良い。

「修一さん、ご苦労様。そっちの戦線はかなり苦労したようね」

「あぁ、ドラゴン族が援軍に来てくれなかったらかなりヤバかったな。俺の直属隊に損害は無いが、陛下が率いているウルスナ軍は全滅状態だ。帝都攻略が終了次第、ウルスナ軍は戦域から撤退する」

「申し訳ないのじゃ」

 陛下が頭を下げながら謝ってくるが仕方の無い事だろう。たとえ後方に下がったとしても治安維持が行える程度の戦力は未だに有しているので、そちらの方面での協力に期待しよう。

「構いません、ウルスナ軍は25万もの敵を撃退してくれました。戦略的にかなり有利な状況を作る事ができたので、それだけで十分ですよ。それよりも陛下は『グール』という言葉はご存知ですか?」

「グールだと? 知っておるが……、それがどうしたのじゃ」

 私の言葉に陛下の顔色が変化する。昨日の夜、連合軍に潜入している情報部員が『グール』という名前の兵器をキャプス王国とリクル教国が合同で研究していると知らせてきたのだが、それほどまでに警戒すべき兵器なのだろうか。

「連合軍に潜ましている部下からの報告で連合軍はグールを戦場に投入するつもりのようです。ですが、我々にはそのグールという兵器の情報が無いのでお教え願いませんか?」

「……グールは兵器や武器なんてモノではない、あれは呪いによる疫病だ。あやつらは自分の国を滅ぼすつもりなのか」

 陛下が苦々しく続ける説明を聞いてCICの中が凍りつく事になる。まず、『グール』というのはモンスターの一種で間違いは無いのだが、知能等は皆無で単純に餌を食べるという行為しかしない。だが……その『餌』が問題で、グールは動いている動物なら全てを捕食しようと襲ってくるそうだ。
 極めつけはグールに噛まれると同じようにグールになる事───、つまり『感染』するのだ。

「治療法はあるのですか?」

「ない。全て殺すか、グール共が飢えで全滅するまで隠れているか、そのどちらかじゃ」

 陛下の説明を聞いて連合軍の愚かさに対する怒りがこみ上げてくる。私達の世界にも生物兵器を配備している国家はあるが、治療法が確立していないモノを使用するような馬鹿は存在していない。仮に1匹のグールが放たれたとしたら被害は鼠算式に拡大する事になる……、そして戦時下で混乱している今のこの大陸には組織的に封じ込め作戦を展開できるような余力は残っていないだろう。

「こんな話、功樹に聞かせたらなんて言うか……」

「僕がどうしたって?」

 突然後ろから聞こえた声に驚いて振り返ると、コンちゃんを頭の上に乗せた功樹が首を傾げながら私を見つめていた。マズイ───、今の話をこの子が全部聴いていたとしたら全力で連合軍の首脳部を殺しに行こうとするだろう。CIC要員も私と同じ考えに到ったのか、先程までとは違う意味で
凍りついて様子を窺っている。

「こうちゃん、いつから聞いてたの?」

「最初からだよ。それよりさ、んーどうしようかな」

 右手の人差し指を顎の下にもって行きながら考え事を始めた功樹を尻目に、私は修一さんに目で合図をする。修一さんは私の意図を正確に汲み取って、いつでも取り押さえられるように功樹の背後へと回ってくれた。これで功樹が『殺しに行くからパワースーツを準備してくれ』と言い出しても、私達がすべてが解決するまで部屋に軟禁しておけば良いだけだ。
 そんな事を考えていると、功樹は自分の端末を操作して何かを確認してから口を開いた。

「ヴィクトリアさん、グールの弱点って頭で良いですよね?」

「よく知っておるな、確かにグールの弱点は頭じゃ」

「クレアさん、キャプス王国周辺の地図を持ってきてください。できれば衛星画像がいいです」

「了解です」

 何故か慣れた様子で指示を出し始めた功樹を、修一さんと二人で驚愕の表情をしながら眺めていると私にも真面目な顔で質問をしてくる。

「母さん、熱核兵器って直ぐに作れる?」

「無理よ、条約で禁止されているから箱根基地に帰っても材料すら無いわ」

「マジか。バイオハザードとかパンデミック系の王道は核兵器で焼き払う事なんだけど……厳しいのか」

 息子は一体何を言っているのだろうか、王道? 核兵器? いやそれよりも何故グールの弱点が『頭』という事を知っているのかが疑問だ。思い返せばこの子はジャイアントワームやエルフ族の事も詳しく知っていたのだ、どのような方法を使えば異世界の情報をここまで詳しく知りえる事が可能になるのだろうか。
 まさか月面遺跡から私が把握していない遺物を持ち帰ったのか? 息子の言動に疑問を抱いていると、クレアさんが衛星写真を持ってきて机の上に広げたのが見えた。

「閣下、お待たせしました。ご要望の衛星写真です」

「ありがとうございます。それと、皆さんの端末にデータを送信したので確認してください」 

 功樹の言葉に自分の端末を確認すると、確かにメールが届いていたので開いて中身を確認する。内容を読み進めて行くと対グールに有効な戦略・戦術・武器等が細かく説明付きで記載されており、まさに解決方法そのモノと言っても過言では無かった。過言では無かったのだが……ファイルの題名が
問題大有りだったのだ。

「こうちゃん。実験や演習をしていないのに、何でここまで詳しく記述できたのかはどうせ誤魔化すから聞かないわ。でもね……ファイル名の『もしも、母さんがゾンビウイルスを作ったら~パート3』ってどういうことよ!?」

 功樹が普段、私の事をどういう目で見ているのか今回の件で良く分かった。一度アリスちゃんに相談してみよう、きっと優しい彼女なら功樹が抱いている私のイメージを修正してくれる筈だ───。





----荒川功樹 視点----


「こうちゃん。実験や演習をしていないのに、何でここまで詳しく記述できたのかはどうせ誤魔化すから聞かないわ。でもね……ファイル名の『もしも、母さんがゾンビウイルスを作ったら~パート3』ってどういうことよ!?」

 どういうことって言われても、そういう事だよ。母さんならいつかは『ゾンビウイルス』を作る筈だ。しかも、そういう系は絶対に流出事故を起こすに決まっている。そんな時に役立たせようと、冗談半分で作った緊急事態マニュアルが今回初めて使われる事になっただけだ。

「功樹、この『ゾンビ』っていうのは何だ? 何かのコードネームか」

 データを黙々と読んでいたマッチョが質問してくるが、ゾンビの概念を教えても脳筋には理解できないと思うので適当にそれっぽい事を教えておく事にする。

「そうだよ。僕は体を変異させる事ができて爆発的な感染力を持つウイルスの事を『ゾンビウイルス』、そのウイルスに感染した生物は『ゾンビ』と呼んでいるんだ」

「閣下、このファイルにはパート3と書いてありますが……もしかして他にもあるのですか?」

「勿論ありますよ。全部でパート27まであって様々な状況下を想定してあります」

 クレアさんは言葉を失ってこちらを眺めている。ふふん、俺だって転生してから無駄に過ごしてきた訳ではないんだ。天才の母さんや軍事面で凄いマッチョには遠く及ばないが、前世の知識をフル活用してこういった事態に備えてきたんだ。思えば初めてまともに母さんの役に立っている瞬間じゃないだろうか?
 ちなみに、俺は対ゾンビを想定したサバイバルではスーパーマーケット等に立て篭もるのは愚の骨頂だと思っている。一番良いのはホームセンターだろう、工具や土嚢など立て篭もるのに必要な武器も道具も揃っているし、食い物もカップ麺とか最悪ドックフードを食べていれば生き延びれる。

「それにしても随分と細かいな。『奇妙な音が聞こえても1人で確認に向かってはならない』というのは分かるが、この『脱出の際にはヘリの使用を禁ずる』ってのは何でだ?」

「墜落するから」

 俺の返答にマッチョは困惑しているが、脱出する時に使うヘリは絶対に墜ちる。たとえ明確な理由が無くても原因不明のエンジントラブルで何故か墜ちるので使用禁止だ。
 他にも『地下道への侵入時は細心の注意を払うべし』とか『分隊員の内、必ず1人は後方警戒すべし』なども書いてあるのだが、詳しくは実際にマニュアルに基づいて行動するマッチョ達に確認してもらおう。取り合えず今は100キロ向こうにある帝都を攻略するのが優先だ、アレがある限り他の動きが全く出来ないしな。

「まぁゾンビ対策は後でゆっくり立てる事にして、今は帝都をサクッと攻略しちゃおうよ」

「『サクッ』って、こうちゃん……帝国軍は鉄壁と言って良い程の防御陣を敷いているのよ? そんな簡単にはいかないわ」

「大丈夫だよ、僕の作戦が上手くいけば誰も傷付かずに素早く帝都を無力化できる。その為にも全員に協力して欲しいんだ、あのね───」

 母さんの疑問をよそに、俺は昨日の夜に考えたある作戦の事をCICに居る全員に教える。最初は呆然と聞いていたが詳しい内容を話すにつれ、皆の顔に笑顔が浮かぶ。

「功樹、お前は本当にとんでもないヤツだな。だが成功すれば相当面白い」

「良かろう、なら妾はドレスを変えてくるのじゃ。リリンの分も用意しなければな」

 ノア軍事部の最高責任者であるマッチョと当事者の1人であるヴィクトリアさんの許可が下りたので作戦が正式に採用される事が決まった、後は俺の度胸がどこまで作戦について来れるかが問題だな。同盟軍に所属している全員が俺の一挙一動に注目する筈だ、恥ずかしい真似はできない。
 俺は気合を入れる為にクレアさんにコーヒーを頼んでから───、作戦中に漏らさないようにトイレに行って置く事にした。





----帝国近衛騎士団 ヨアヒム 視点----

 夕方、同盟軍が帝都の間近に迫っている中、俺達は堅牢な門の外で敵を待ち受けていた。詳しい事情を知らない周りの兵士達は所詮は矮小な亜人種が相手だと言って楽観しているが、俺はどうしても嫌な予感が拭い去れない。 妻から出撃前に渡された首に巻いているスカーフを触って気を落ち着かせていると、前方から何か巨大な物体が近づいて来るのが見えた。

「弓隊! 準備しろ」

 俺の指示に反応して後方に展開している弓隊がいつでも矢を放てる準備をする。緊張で喉が張り付くのを感じていると巨大な物体は城門から十分な距離を開けたまま停止した。

「攻撃してこないのか?」

 そんな独り言を呟くと、上空から黒と白のドラゴンが舞い降りてきたのが分かった。間違いない……あのドラゴンはマーベラスとリリンだ、やはり同盟軍と協力関係にあるという噂は本当だったのだ! かつての勇者すら討伐できなかった伝説の化け物を相手に俺達は生き残れるのか?
 隣を見ると楽観していた兵士達も現実を見せ付けられて顔が青ざめている。だが何かおかしい、絶対的に有利な筈のドラゴンが攻撃してこない。

「やつら、俺達の事を恐れているのでしょうか?」

 副官が質問してくるがそんな事は絶対にあり得ない。ドラゴンの謎の行動に考えを巡らせていると、巨大な物体から人が2人で出てきて此方に向かって悠然と歩いてくるのが見えた。そして2人の歩調に合わせるかのようにドラゴンもゆっくりと移動を開始する。

「全軍に通達! 絶対に攻撃するな、なにか変だぞ」

 俺は再び指示を出して向かってくる2人を観察する。1人は艶かしい格好をしている美女だがもう1人が異質だった。いや、戦場に美女が居る時点で異常なのだが……もう1人は軍服らしい服装はしているが明らかに少年なのだ。まだ若い16・7の少年が美女とドラゴンを引き連れて向かってくる。
 悠々とまるで散歩でもするような感じで最前列にいる俺達の10メル程度まで接近すると、少年は口を開いた。

「そこの身なりの良い騎士、そう貴様だ。貴様がこの雑兵共の指揮官か?」

 俺の方を指差して問いかけてくる少年の威圧感に圧倒されながらも、声が震えそうになるのを堪えて返答する。

「そ、そうだ。お前は何者だ? 同盟軍か」

「グラァァアァアアアアア! 貴様、魔神陛下になんという口の聞き方だ!」

 俺の返答にそれまで唸り声一つ上げなかったマーベラスが激怒して襲い掛かってくる。その姿を見た配下の兵達が独断で一斉に弓を射掛けるが、今度はリリンが尻尾を一振りしただけで強固な魔法障壁が出現して矢が全て跳ね返されてしまった。
 絶望と恐怖を感じながら目の前に迫るマーベラスを眺めていると、感情を一切感じさせない静かな声が少年の口から発せられた。

「止めろ、マーベラス」

「ですが! 陛下を侮辱───」

「マーベラス、俺は『止めろ』と言ったのだ。2度目は無いぞ」

 少年の『命令』にマーベラスは頭を垂れて地面に顎を付けている。あの凶暴で幾つもの国を滅ぼした化け物が少年に服従している姿を見て、俺は思わず気絶しそうになってしまった。冗談だろう? マーベラスを従えるなんて目の前にいる少年は……。

「悪魔」

 ポツリと俺が少年の方を見ながらそんな言葉を零した瞬間、再びマーベラスが目に怒りの炎を燃やして襲い掛かろうとしてくる。だが地面から頭を上げた時、少年が軽い動作で左腕を振るった。それだけ───、たったそれだけでマーベラスは一瞬にして俺の視界から消え去ったのだ。
 何が起きたのか分からずに混乱していると、遠くでドゥンと何か重たいモノが落ちる音が聞こえた。恐る恐る音のした方に視線を向けると、マーベラスがピクリともせずに横たわっている姿が目に入る。

「クズが、2度目は無いと言っただろうが。リリン、あれ死んだか?」

「あれでも上位種ですから死ぬ事は無いかと。それより陛下、御手の方は大丈夫ですか? なにも陛下ご自身が手を下さなくても私がやりましたのに」

 いつの間にか人化したリリンが心配そうな表情で少年の手を擦っているが、まさかマーベラスを吹き飛ばしたのはこの少年なのか!? たった一撃で伝説のドラゴンを? 目の前で起きた事について行けず呆然としていると、少年は何事も無かったかのように微笑みながら『要求』を口にした。

「貴様の国の国王と話がしたい。もし拒絶するなら、その時点で帝都に向けて総攻撃を開始するが……民を巻き込んだ市街戦は悲惨だぞ?」

 下種がっ! 民を人質にするつもりか!? だが少年はハッキリと『国王』と言った、ドルネ卿ではなく国王陛下を指名したのだ。もしや我国の実情を知っているのか? 俺はもう一度だけ少年に陛下で良いのか確認を取る。

「ドルネ卿ではなく、陛下で良いんだな?」

「そうだ、俺は国王と話がしたい」

 俺は相変わらず微笑みながら質問に返答する少年の姿を眺める。その絶対的な自信に溢れた姿を見ていると、もしかしたら少年がこの国を変えてくれるのではないかという淡い期待を心に抱かずにいられなかった。






 完全に日が落ちてから、伝令として城に走らせていた部下が陛下の意向を確認して前線へと戻ってきた。暗くて良く見えないが明るい顔をしているので結果は良かったのだろう。そのまま俺のすぐ近くまで来ると部下は敬礼してから話し始めた。

「団長! 陛下がお会いになるそうです」

「そうか、ドルネ卿は?」

「あの方もご一緒との事です」

 ドルネ卿が一緒となると話し合いが拗れそうだが、伝令が城に走っている間に暫く会話していた少年───魔神陛下ならなんとか話を進めてくれると思う。俺は竜化したリリンの上で付き添いの美女と茶を飲んでいる魔神に話しかける。

「魔神陛下、カール陛下がお会いになるそうです」

「分かった。リリン、降ろしてくれ」

 魔神が地面に降りるのと同時にリリンも再び人化して隣に寄り添う。その姿を確認してから3人を城まで運ぶ為の馬車を呼び寄せると、馬車と一緒にドルネ卿直属の騎士団も歩み寄ってきた。
 やつらが一体なんの用だ? 警戒しながら様子を窺っていると、その中の1人が前に出て口を開いた。

「城に向かうのは同盟軍だけだ。魔神陛下と白の女王は兎も角、付き人はこの場で待っていてもらおうか。心配はいらん、俺達が『ちゃんと』警護するからな」

 ニタニタと下卑た笑いを浮かべる騎士の顔に思わず腰に差した剣を抜きそうになる、やはりこいつらは噂通りで騎士とは名ばかりの薄汚い傭兵共だ! こいつらが……こんなやつらが居るから帝国は駄目になってしまったんだ。帝国の命運など関係ないという顔を見ていると虫唾が走る、この場で斬り捨ててやる! だが、腰の剣を抜こうとしたその時、ゾッとするほどの低い声で魔神が傭兵共に問いかけた。

「ちゃんと警護してくれるのか?」

「はい、魔神陛下様。どうか俺達にお任せ下さい、付き添いの方には楽しんでもらいますよ」

 傭兵の答えに魔神は『ふむ』と言いながら考えている様子だが、まさか本当に置いて行くのか? そんな事をしたら絶対に碌な事にならない。俺は考えを改めるように声を掛けようとして魔神が浮かべる含み笑いに気付く。

「ヴィクトリア、楽しませてくれるそうだからお前は残れ。ついでに自己紹介もしてやれ」

 魔神にそう言われた美女は『分かりました』と答えた後、艶やかな笑みを浮かべながら傭兵共に自己紹介を始めた。

「ウルスナ帝国皇帝のヴィクトリア・ロア・ウルスナじゃ、宜しくな人間。妾を楽しませてくれるそうだが一体何をしてくれるのかの?」

「あ、俺達はその……」

 馬鹿な傭兵共が狼狽しているが俺も油断していた、冷静に考えれば自らを『魔神』と呼ぶ少年が普通の付き人を連れてくる訳がないのだ。だが、魔族の皇帝を付き人扱いするなど予想できる筈がない。想像を超えた事態にこの場をどうやって収めるか内心で必死に考えていると、リリンが助け舟を出してくれた。

「陛下、私はヴィクトリアも連れて行ったほうが良いと思います。あの者は人間達の社会に詳しいですから話し合いに必要かと」

「リリンがそう言うならそれで良い。ヨアヒム、貴様もそれで良いか?」

「はい、構いません。我国の兵士が失礼しました」

 魔神はヴィクトリアに向かって『馬車に乗れ』と命令して自らも乗り込んで足を組んでいる。俺も慌てて乗り込んで座席に座ったが魔神とリリン、ヴィクトリアすらもクスクスと笑っているのが見て取れた。
 その姿はまるで今の騒動が想定の範疇で在るかのようであったのだが、そんな事は無いと本気で信じたい。そのまま無言で城までの道を進んでいると魔神が独り言のように言葉を漏らした。

「暗くて良く見えないが良い街だな。こんな街が戦火で燃えるのは避けたい」

 心の底からそう願っているのが伝わってくる言葉に、俺はわざわざ魔神自身が前線まで出てきた目的を考える。最早、帝国には多種族同盟軍を打ち破る程の戦力は無い。各戦場から撤退している筈の騎士団も同盟軍の進撃が余りにも早いせいで、その殆どが撤退中に行方不明になっている。
 言うならば最後に残った意地と王家を守る為に戦っているのだ。末端の兵士達は知らないが、同盟軍に全ての補給路を閉鎖された帝国は攻勢を掛けられなくてもこのまま包囲され続けるだけで無力化する。勿論、魔神はそれを把握している筈だが……ならば何故この段階になって俺達の前に姿を現したのか。
 もし魔神が俺の期待通りに帝国を変えてくれようとするならば、その時は───。

「団長、到着しました」

 御者の声にハッと我に返る、随分と長い時間考え事をしていたようだ。一足先に馬車を降りて周囲の安全と迎えの騎士を確認していると、城門の前に副団長のクレメンスの姿を見つけたので不自然な動作にならないように気をつけながら近づいて話し掛ける。

「クレメンス、準備の方はどうだ?」

「ハッ! 完璧に整っております」

「そうか、これから帝国の明日を左右する重大な会議が行われる。くれぐれも警備を怠るなよ」

 その言葉に敬礼で応えてくるクレメンスの肩を叩くフリをしつつ、俺は顔を寄せて彼だけに聞こえるように小声で囁く。

「例の準備をしておけ」

 クレメンスが小さく頷いたの確認してから馬車に戻ると、既に魔神は馬車から降りて大きく伸びをしている所だった。敵国の本拠地を前にこれほどまで無防備な姿を見せる胆力に感心しながら、俺は城の内部へ入る準備が出来た事を魔神達に伝えた。





 城の中を歩いていると魔神が歩みを止めて中庭を眺めている。なにか目を引くようなモノがあっただろうか? 最近は滅多に訪れる事がなくなった城内の記憶を思い出していると、魔神は中庭に植えてある一本の木を指差してながら問いかけてきた。

「あの木で羽を休めている鳥はなんだ? 見た事が無い種類だが……」

 差している指の先を確認すると東の大陸に生息している鳥がとまっているのが見えた、確かあの鳥は王妃様の誕生日に公国から譲られた珍しい種類だった筈だ。俺がその話を教えると魔神は『そうか』と呟きながら再び歩き始めたが、目線はチラチラと鳥の方を向いている。
 愛玩用の動物に興味があるのだろうか? そんな疑問を抱きながらも案内を続けていると話し合いが行われる部屋の前に着いた。

「ここが、陛下がお待ちになっている部屋です」

「分かった」

 扉を開けるのと同時に魔神は颯爽と部屋に入っていく。俺も後ろから続いて中に入ると、青い顔をしたカール陛下と不機嫌そうなドルネ卿が椅子に座っているのが見えた。魔神に2人の紹介をしようしたが彼は直ぐに開いている長椅子にどっかりと座り足を組んでくつろぎ始めた。
 そんな魔神の立ち振る舞いを見たドルネ卿は案の定、顔を真っ赤にして怒声を上げ始める。

「座る許可など出しておらんぞ! そもそも女連れで戦場に来るなど亜人の癖に随分な余裕だな?」

「俺は臣下の礼に来た訳ではないから許可などいらんだろ。それともお前は俺が帝国に屈するとでも思ったのか? だとすれば相当の馬鹿だな。余裕についても敗戦間近の『小国』と比べたら有り余っている」

「貴様、帝国を愚弄する気か!」

 唾を飛ばしながら捲くし立てるドルネ卿を眺めていた魔神は、大きな溜息をついてカール陛下に問いかける。

「カール陛下だったかな? 俺はアンタと話がしたいとは言ったが、こんな毛むくじゃらのモンスターと話したいとは一言も言っていない。目障りだからどうにかしてくれないか」

「臣下が礼を欠いているのは謝罪します。ですが、ドルネ卿はその……帝国一の忠臣でありまして私としても彼の意見を取り入れたく思いまして、ですからその……」

 カール陛下は俯きながら魔神の問いに答えている。魔神よ頼むから気付いてくれ! 今、帝国を牛耳っているのは目の前にいるドルネ卿なのだ、王妃様と王子殿下を監禁して『国璽』を握られている我々にはドルネ卿に逆らう事などできん。
 あまりの悔しさに震えながら唇を噛み締めていると、魔神は俺と陛下を交互に見やってから納得したように頷いて口を開いた。

「なるほどな大体は理解した。ではドルネ卿、改めて同盟軍の要求を伝える。1つ、リンクドブル帝国は同盟軍が用意した停戦合意書にサインする事。2つ、犯罪奴隷以外の全奴隷を即時解放する事。3つ、帝国に居る全ての亜人種を正式な帝国臣民として認める事。4つ、帝都を含めた主要都市5つに同盟軍の駐留を認める事。以上だ、受け入れられない場合は明朝に総攻撃を開始する」

 馬鹿な!? その内容では事実上の無条件降伏ではないか! 到底受け入れられるモノではない、魔神は一体何を考えてこんな馬鹿げた内容を突きつけてきたのだ。
 やはり予想とは違って単に他国を蹂躙する事が目的なのか? 淡々と告げられた魔神の要求にカール陛下は青を通り越して卒倒しそうな程に顔を白くさせ、ドルネ卿すらも口をパクパクさせて言葉が出ない様子だ。

「陛下、要求だけではなくて見返りも教えたらいかがです? この人間達は青い顔をしてます」

「あぁ、そうだな」

 リリンがクスクスと笑いながら魔神に提案しているが、こんな条件を出しておいて見返りだと? どうせ碌な事ではないだろう……俺は諦めにも似た気持ちで魔神の『見返り』とやらを聞き始めたが、その内容を詳しく聞くにつれて先程の要求を突きつけられた時以上の衝撃を受ける事になった。

「要求を受け入れる見返りとして、同盟軍は王家の存続を許可する。また、奴隷解放時に発生する社会的混乱を治める為の資金は同盟軍が支払う。支払った資金は労働奴隷の解放に伴う労働力の低下を、正当な賃金を払う事によって元奴隷達を雇用する場合などに使って欲しい。
 更に駐留する同盟軍が法を犯した場合は帝国の法をもって処罰される───、つまり『治外法権』は適用されないという事だ」

 破格といってよい条件に陛下は生気を取り戻した顔で目を輝かせている。王家が存続するならば帝国は立て直すチャンスが得られる、それに治外法権が認めれないなら友好国に対しても『完全に負けた』訳ではないと言い逃れも出来る。
 俺は陛下に同盟の提案を受け入れるべきだと話し掛けるが、ドルネ卿は真っ向から反対した。

「ならん! 帝国はまだ戦える、最後まで亜人共に抵抗するのだ! ヨアヒム、貴様には人間として誇りはないのか!?」

「ドルネ卿! 現実を見てください、帝国にはもう同盟軍と戦う力は残されていないのです! 卿は帝国を破滅させるおつもりですか」

 俺の忠告に激怒したドルネ卿は兵を集めると言い残して部屋から出て行ってしまった。不味い……、このままではドルネ卿が子飼い兵士達だけで同盟軍に攻撃を仕掛けるだろう。
 そんな事になれば帝国の未来が、臣民達の命が、俺が守るべき全てが無くなってしまう。妻から渡されたスカーフを撫でながら僅かな時間だけ逡巡した後、俺は意を決して胸に付けているペンダント型の魔法具で近衛騎士団に向けて命令を出す。

「予ねてよりの計画を実行する。急げよ、門の前に展開している主力部隊が戻ってくるまでに全てを片付ける」

『了解』

 魔法具から聞こえてくる部下からの力強い返答に満足して、俺は事態が呑み込めずに狼狽している陛下に近づく。

「ヨアヒム、一体どうなっているのだ? 計画とはなんだ? なぜ城内が急に騒がしくなったのだ」

 申し訳ありません陛下、ですがこれは帝国を正常に戻し臣民と王家を守る為に必要な事なのです。そう心の中で口が裂けても言えない謝罪をしてから、俺は腰の剣を抜いてカール陛下に切っ先を向ける。

「お座り下さい陛下。これは、『クーデター』です」

 俺の宣言に絶望的な表情を浮かべる陛下を直視する事が出来ずに、俺はただ黙って陛下に背を向け誰も部屋に入ってこれないように扉に鍵を掛けた───。





 ドルネ卿が腰掛けていた椅子に座りながら部下からの報告を聞いていると、計画は順調に進んでいるようだった。

『団長、主要貴族の拘束に成功しました』

「よし、人質として城内で軟禁しろ。絶対に傷つけるなよ」

 最初の目的は成功したようだ。貴族達を人質として城内に軟禁しておけば主力部隊が前線から戻ってきても何も出来ない、むしろ指示を出すべき各派閥の指揮官が居ない為に混乱に拍車が掛かるだろう。
 後は監禁されている王妃様達の身柄の確保だが……上手くいくだろうか? 葉巻に火をつけながら腕組みをして待っていると、待望の報告が入る。

『王妃様と殿下を救出しました! 憔悴していますがご無事です』

「よくやったぞ。直ぐに俺がいる部屋にお連れしろ」

 扉に掛けた鍵を外して部下達が王妃様達を連れてくるのを待っていると、廊下の奥からバタバタと走る音が聞こえてきて顔を布で隠した部下が部屋に飛び込んできた。

「王妃様達を連れてきました。それと申し訳ないのですがドルネ卿の拘束には失敗しました。ですが、居室から国璽を発見しましたのでこちも団長にお渡します」

「取り逃がしたのは痛いが、まぁ良い。お前たちは持ち場に戻れ」

 俺は用意してあった『奸臣』を処罰する為の書類を取り出し国璽を押して次々に決済していく。王妃様がそんな俺の姿に疑問を抱いて話しかけてくるが一切を無視して作業を続け、全ての書類を処理してから一連の騒動が始まっても堂々と長椅子に座っている魔神に最後の確認を取る。

「現在この国の意思決定は私にありますが、私が降伏文書にサインしても先程の条件は守られますよね?」

「勿論だ、降伏文書は個人では無く帝国の意思として認められる。そこに国璽が押されていれば誰が書いたとしても問題ない」

「分かりました。書類を渡して下さい」

 魔神は懐から畳んだ書類を出して俺に渡してくる、ご丁寧にも帝国の言葉で書かれたその書類には魔神が話した条件と変らない内容が記されていた。3度、帝国に不利な条件が書かれていないか確認してから国璽を押そうとすると、王妃様が苦しげな声で問いかけてきた。

「ヨアヒム、そなたは帝国を裏切るのですか? そなただけはどんな事があろうと帝国に忠義を尽くしてくれると信じていたのに……」

 忠義を尽くしているからですよ王妃様、だからこそ俺はこの道を選んだのです。全ては帝国と王家の為……その為には喜んで反逆者になろうではないか、俺は一切の感情を捨てて降伏文書に国璽を押し書類を魔神へと突き返した。

「しかと受け取った、現時点で同盟軍のリンクドブル帝国に対する軍事行動は停止される。ところでだ、逃げ出したドルネ卿は今はどういう立場なのだ? 帝国貴族として扱って良いのか、それとも逆賊として扱うのか」

「ドルネ卿は逆賊の奸臣として手配していますので、そのように扱っていただきたい」

 魔神は俺の言葉に『ふむ』と頷いてからおもむろに立ち上がると、窓辺へと歩いて外を眺め始めた。

「もう直ぐ、夜が明けるな」

 言われてみればもうそんな時刻だ、空も薄っすらと明るくなってきているのが分かる。思えば魔神が帝都に訪れてからあっという間の出来事だった、そして俺が日の出を見るのはこれが最後になる事だろう。ドルネ卿を取り逃がした事だけが心残りだが後の事はカール陛下とクレメンスに任せよう。
 俺はそう判断して魔法具を使って部下最後の命令を出そうとするが魔神が手でそれを制する。

「ドルネ卿が帝都から逃げ出すとしたらどこから逃げると思う?」

「それは……一番警備の薄い北側ではないでしょうか。我々も手配しましたが既に帝都から逃亡していると思われます、口惜しいですが教国にでも逃げ延びるでしょう」

「そうか、だがアレを見ても逃げ延びられると思うか?」

 魔神が指差した方を眺めると最初は何も見えなかったが、太陽が昇るにつれて北の草原に無数の旗が風に靡いているのが見えた。一体何処の部隊だ? 同盟軍の主力部隊は帝都の前面に展開しているし、そもそも帝国の北側は高魔力地域で魔族でも生きられない環境だ。そんな所を行軍して王都に接近してきたとでもいうのか。
 なおもゆっくりと近づいて来る謎の部隊を観察していたのだが掲げている旗の種類がハッキリと見えた時、俺は驚きのあまり声を上げてしまった。

「メルカヴァ王国軍だと!? 馬鹿な、しかもあの軍旗は『黒金騎士団』の旗だ」

「貴様が命懸けで帝国の未来を守ったように、黒金騎士団も命懸けで北の山脈を走破してきたのだ。結果として総攻撃の前に帝国が降伏したから無駄になる所だったのだが、黒金騎士団からの報告で帝都から逃走してきたと思われる貴族を捕縛したそうだ。喜べ、人相からドルネ卿と考えて間違いないそうだ」

 そうか、これで心残りは無くなった訳だ。肩の荷が下りた気持ちを感じながら魔法具で部下達に命令を出す。

「計画を終了する、後は予定通りに頼むぞ」

『…………了解。団長の下で戦えて幸せでした』

 俺は腰に差していた剣をテーブルの上に置いてから、懐からいつも持ち歩いているフラスクを取り出して一口飲んだ。酒精の強い酒が喉を焼く心地よい感触を味わいながらスカーフを撫でていると、数人が廊下を走る足音が聞こえてきた。
 どうやら部下達が来てくれたらしい……、普段の訓練通りに素早い行動を見せた部下を褒めてやりたいがもうそれも出来ない。やがて勢いよく扉が開かれると完全武装したクレメンス以下の近衛騎士団が部屋に入ってきた。

「逆賊ヨアヒム! 見ての通り近衛騎士団は私が再掌握した、貴様の目論見は失敗したのだ。総員! これより我らは逆賊を処罰する心してかかれ」

 クレメンス……なに泣きそうな顔をしているんだ、そんな事じゃ他の騎士団の連中に不審に思われるぞ。前々から決めてあった事だろうが、クーデターが成功した暁には全ての奸臣共を排除した後に『俺1人だけ』を首謀者として近衛騎士団が処断する。
 近衛の恥を近衛が早期に処罰する事によって全体の面目を守る事が出来る、その為にクーデター参加者が分からないようにお前達の顔を布で隠させたのに意味がなくなっちまうだろうが。相変わらず今にでも泣き出しそうな程に顔を歪めたクレメンスが俺に剣を向けながら質問してくる。

「何か言い残す事はあるか?」

「無い」

 そんなモノは無い……帝国の未来は全てお前に託すクレメンス、どうか俺には出来なかった最後まで陛下を守り続けるという近衛騎士団の責任を果たしてくれ。覚悟を決め、手塩に掛けて育て上げた優秀な騎士団員の顔を見つめてから小さく頷くと、クレメンスではなく何故か魔神が慌てたように声を上げた。

「俺はこんな結末は絶対に嫌だ! ルイスさんジョナサンさん出番です、プランCでお願いします」

 魔神がそう叫んだ瞬間、突如として空間が歪み2人の黒尽くめの人間が現れて部下達に向かって武器と思われるモノを向けた。

「動くな! 俺達は同盟軍の特殊部隊だ。停戦条約に基づいて現在、帝都は同盟軍の管理下に置かれている。これに違反することは『継戦の意思あり』と判断する、全員武器を捨てろ」

 2人組がどうやって現れたのか理解できないが、ここで再び戦争が再開してしまっては元も子もない。俺は部下達に武器を捨てるように手で合図してから魔神に向き直り事情を説明して貰おうとするが、それよりも早く2人組が話し掛けてくる。

「申し訳ないが堪えてください」

 その言葉を理解できないままパァンッ! という破裂音が鳴るのと同時に体が吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。痛みと叩きつけられた衝撃で動けないまま蹲っていると、黒尽くめの1人が近づいてきて俺の首筋に手を当てる。数秒そのまま手を当てていた黒尽くめはやがて首を振りながら魔神に話しかけた。

「閣下、残念ながら武装解除勧告に従わなかった帝国軍人を1名射殺しました」

「そうですか、非常に残念ですが仕方の無い事です。カール陛下、最後の最後で痛ましい事件が起こりましたが今回は不問にします。ですが射殺する際に使用した武器は同盟軍でも極秘兵器に該当するので、申し訳ありませんがヨアヒムさんの遺体はこちらで回収します」

 魔神は何をしようとしているのだ。それよりも喋り方が変っていないか? 先程までは威圧感に溢れていたのに今は歳相応の笑顔と喋り方をしている、一体どちらが本当の姿なのだ? 
 混乱と痛みで唸り声を上げていると、俺の声に気付いた黒尽くめが寄ってきて俺の前にしゃがみこんだ。

「死人が喋っては困ります。鎮痛剤を打つので暫く眠っていてください」

 そう言って黒尽くめは俺の太ももに何かを刺した。急速に痛みが引いていくの感じながら魔神と困惑しているクレメンスをぼんやり眺めていると、やがて意識を失った───。





----荒川功樹 視点----


「ん……ううん」

 目の前のベットに寝ているヨアヒムさんが声を上げる、どうやらそろそろ城で打たれた麻酔が解ける時間のようだ。そのまま様子を窺っているとヨアヒムさんはしっかりと目を開けて辺りを見回した後、俺の方を向いて質問してきた。

「ここは?」

「多種族同盟軍の旗艦を務めている陸上戦艦アリスの艦内です。ここは中央医務室、分かりやすく説明すると怪我の治療をする所ですね」

「リクジョウセンカン? それは何ですか」

 詳しく説明してもいいがそんな事よりも大事な事がある。ヨアヒムさんが気絶してから直ぐに俺達は帝都から撤収したのだが、その道中にヨアヒムさんの家に立ち寄って家族を救出する事になった。
 だが、ルイスさんとジョナサンさんを先頭に家に突入して2階で発見した奥さんの姿に俺は絶句した。

「ヨアヒムさん、僕達は城からの帰り道で奥様の救出に向かいました。2階部分で奥様を発見したのですが……」

「妻に何かあったのですか?」

「いやぁ、奥様ってケット・シー族だったんですね! 最初に見た時は驚いて固まっちゃいましたよ。やっぱり奥様の耳って上機嫌だとピンッってなったり、悲しい時はペチャッてなるんですかね?」

「は? いやなりますけど……え、それだけですか」

 それだけって俺にしてみれば物凄い重要な事なのだ。本物のネコミミだぞ!? 奥さんはいきなり家に押し入ってきた俺達に驚いて当初かなり警戒してネコミミをピクピクさせていたが、リリンさんが担いでいたヨアヒムさんを見せて理由を話すと大人しく付いて来てくれたのだ。
 ちなみにアリスに帰ってから猫を飼っているコートさんに分けて貰った『マタタビ』を奥さんに渡そうとしたら、母さんに本気で止められた。喜ぶと思ったのだが意外に危険なモノらしく無闇に渡してはいけないと言われたので慌ててコートさんに返してきた。

「帝国はこれからどうなるのですか?」

「城で説明したように暫くは同盟軍の管理下に置かれます。その後、段階を踏んで管理は緩やかに解かれていきますがそれから先はどうなるか分かりません。新しい一歩を踏み出すのか、それとも元の帝国に戻るのかは帝国の皆さんが決める事です」

「そうですか」

 ヨアヒムさんは目を閉じて何かを考えている。命懸けで守った帝国がこの先どのような未来を辿るのか心配なのだろう、その姿に俺はヨアヒムさんを励ましたい想いに駆られ何か心に支えになるような話はないかと必死に考える。暫く考えていると、記憶の底に沈んでいたある出来事を思い出してその話を教える事にした。

「昔、ある島国が世界を相手に戦争をしました。国力や技術力が他国に劣るその国は最後まで力の限り戦いましたが、やがて敵国の無限と思える程の兵力と新兵器の前に敗北しました。
 国力の最後の一滴まで使い切るような悲惨な戦争を行ったその国の戦死者は300万人以上と言われています。終戦後に敵国が進駐してきた時には正に精根尽き果てた状態でした」

「その国はその後どうなったのですか?」

「もう二度と過去の過ちを繰り返さないと心に誓い、国を守る為に散っていった戦没者達の想いを受け継ぎ戦後60年以上掛けて、その国は大国と肩を並べる程に成長しました。特にその技術力は素晴らしいの一言に尽きます」

「帝国にも同じ事ができるでしょうか」

「できます。皆で手を取り合って協力すれば必ず帝国は生まれ変わる事ができる筈です」

 俺の話を聞き終えたヨアヒムさんは天井を見つめながらしきりに頷いている、どうやら多少の希望を見出してくれたようだ。大丈夫だよヨアヒムさん……きっと帝国は生まれ変われる、俺達も勿論協力するからそんなに心配しなくても良い。俺は医務室から出ようとしてカール陛下に頼まれていた伝言を思い出し足を止める。

「そうだ、カール陛下から伝言があります」

「なんと仰られてましたか?」

「『ありがとう』と伝えてくれと言われました」

 俺には『ありがとう』という言葉にどんな意味が含まれているのか分からない。だが、長い間カール陛下の警護を担当していた近衛騎士団の団長にはその言葉に含まれている意味が伝わったのだろう、厳つい顔をくしゃくしゃにしながらヨアヒムさんは涙を流していた。

「うぐぅ…………陛下……俺は陛下に仕える事ができて……幸せでした」

 俺はベットの上で男泣きをしているヨアヒムさんを独りにする為に、今度こそ医務室からそっと退出する事にした───。
という訳で、帝都攻略回でした。今回の主人公は完全にヨアヒムさんです、作者はこういう忠臣が大好きなんです(`・ω・´)

次回は本格的な戦闘があって正に最後の決戦といった感じになります。ちなみに異世界編は後2話で終了しますので6月からは第3章がスタートします。
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