…とあるマサルの日常その2
「なんだこれは?言った物と違うようだが?」
その日、鍛治職人たちはマサルに呼びつけられていた。
「俺はこのナイフを見本にして、同じナイフを3本ずつ作ってみてくれと言ったんだぞ?」
マサルの前には一本の見本のナイフ、8人の鍛治職人たちの前には言われて自分の作ったナイフが3本並べられている。
「だ…だから作ってるじゃないか。見本と全く同じデザインでは無いけど、だいたい同じくらいのサイズで目的は狩人や冒険者が多目的用に所持する為のナイフ…だよな?」
「それを販売する事を目的とした物と言わなかったか?」
「だから………何が悪かったんだ。」
若手が多いにしろ仮にも彼等は職人である。自分たちの作った物が非難されて面白い訳がない。
「もちろん、この見本と皆さんの作った物が違うのは別に良いんですよ。しかし問題は皆さんの作った3本が3本とも同じじゃないのが問題なのです。言いましたよね?同じナイフを作って下さいと。」
「ちょっと待て!同じ様に作っているじゃないか!」
マサルの言葉に更に疑問を深くし、職人たちは不満を顕にする。
「では、もっとはっきり言いましょう。同じ様に作ったのと同じなのは違うと言ってるんですよ。あなたたちの作ったナイフは太さや長さ、磨いた表面の精度と様々な点においてバラバラなんですよ。何より許せないのは何で刃にハンマーの後が残ってるんだ?舐めてんじゃねぇぞ?」
最後の方は完全にキレている…しかし、バラバラと言われても職人たちにとっては自分たちの作ったナイフは3本とも同じにしか見えない。
「ぐむむっ…同じに見えるが…確かに全員ではないがハンマーの後があるのは分かるんだが…。」
「じゃあ、こっちの定盤の上に誰でも良いから自分の作ったナイフを並べてみてくれ。」
定盤とは測定や検査などをする平面の基準となる水平な台のことで、マサルが30時間以上もかけて磨き続けて作った力作だ。その誤差は80cm×80cmの平面で僅か1/100mm以下である。因みにスキル等の使用は全く無い。
並べたナイフの上に一本のスケールを立てて乗せる。このスケールも僅か15cm程の一般的な物なのだがマサルの手製で、地球の世界基準とは少し違うのだが目盛り等は1/100mmも何も狂っていない。これは皆が物作りの基準を覚える為に必死で製作し職人たち全員に配ったものだ。
「ほら見てみろ、スケール(金属製の物差し)とナイフの間に隙間をあるだろう?同じ厚みに作ってあるならこのスケールと刃の間に隙間は出来ないんだ。」
「………このスケールが違う可能性は?」
「………本気で言ってるのか?お前ら自分たちに配ったスケールを並べたり重ねたりずらしたりしてみろ!今すぐにっ!」
マサルは特に職人という訳ではない。しかしその意識は元々高校が工業系の機械科で学び始めてから少しずつ一般的にいう一般人とは離れて来ていて、ホームセンター勤務の前に3年勤めていた鉄工所での経験から精密な作業等に慣れていて、こと作業に関しては少し細かすぎる帰来がある。
ここでマサルの言動を補助しておこう、一般的な一般人にとっての1cmや1mmは気にするに値しない僅かな誤差なのだが、手仕上げや機械加工などをしている人に1mmの誤差というのはとてつもなく大きな誤差となるのだ。実のところ1/50くらいの誤差なら指で撫でたり目で見ただけで狂っているのが分かる様な仕事をする人など日本の工場の中には山ほどいるのである。そういう種類の人間に言わせれば目でパッと見て分かる程の誤差は気持ち悪く感じてしまうのだ。日本が細かい繊細だと言われる由縁である(?)。
その後、どれ程に自分たちの作ったナイフが正確ではないかを語られる事30分…。
「…何か凄い事を言われてる気がする。」
「…出来る気がしない…。」
「いや、そんなの無理だろ…だって1mmってこの目盛り1つだぜ?それの1/10とか言われても…。」
無理だという言葉がどんどん増えていき不満が呆れに、呆れが諦めになっていく。
「ほぅ?無理?これでも無理か?」
マサルが取り出したのは見本として出したナイフと全く同じナイフを9組。
「ここに9組ある。見本と合わせて10あるんだが…さっき言った様にこれは全部1/10mm以下の誤差で作ってある。信じられないなら後で確認してみれば良い。因みに俺は3年の学校教育と3年の仕事で物作りに携わっていたが鍛治なんてまともにした事がなかったからな?」
全員が信じられないという顔をするが本当の事だ。刃物の制作なんて興味はあってもした事はないし、鍛造鍛治なんて言うまでもなく知ってはいても見た事すらないのだ。
「だいたい商品として同じ値段で出すのに同じ精度で出来ていないのは職人としてプライドに関わるとは思わないのか?自分たちの技術不足で武器に不具合が起これば使う人の命に関わるんだぞ?それが許されるとでも思っているのか?」
黙りこむ職人たち…そう、無理とか出来ないは許されないのだ。
「まぁ、最初からそこまで出来るとは思ってなかったから予定通りなんだけどな。」
「えっ?」
「これから皆さんには3年でこれと同じ事が出来る様になって貰います。』
「…えっ?3年?それは短くないかな…。」
「いえいえ、皆さんはプロなんですよね?やれるとかやれないんじゃないんですよ。出来なければ食っていけなくなるってだけですからね?頑張って下さい。」
ニコリと笑うマサルに逃げ場は無いのだと悟った鍛治職人たちだった。
日本人の物作りというのは凄いのですよ。
ただ色々なしがらみがあって面倒なのも確かです…皆がやる仕事を一人精度の高い仕事をしてしまうとコストやお客さんからの要求のレベルが上がったりなどして様々な問題が起きてしまいます。
昔から言う様な職人さんは育ちにくいのも確かなんですよね…。
あと1mmは大きいってのはマジな話ですよ。