獲物
騎士の二人には大量の蟻の解体をまかせ獣人の戦士や狩人たちは狩りに出ていき、他の者は家事をしたり街造りに関わっていく。
「俺はちょっと新しい弓矢作ってから街造りに取り掛かるけど、いない間に何か問題があったか?」
聞いたのは兎人族の兄妹ジータとメイ。2人はマサルのいない間に一生懸命頑張って貝を焼き続けて消石灰の作成に勤しんでくれていた。子供という立場から善し悪しを含めてこの2人は大人とは違う視点や言う事の出来ない問題点を指摘する事が出来るので助かっている。
「大人の皆は武器が足りないって言ってたよ。にいちゃんに剣や槍を貰ったけど直さないと使えなくなったりして数が足りてないみたい。」
確かに鉄製の武器を加工したり修理する人が足りてない。これは技術職だから簡単に育たないから可能なら何処かから引き抜きも考えなければならないだろう。
「後ね、街から帰ってきた人の中にたまには違う物が食べたいって言う人がいてね…でもあんまり違う物が無くて…おにいちゃん何とか出来る?」
確かに今は食べるのに困っている訳ではないけど、圧倒的に種類が少なく同じ食べ物がループしているのだろう。食の悩みは爆発すると大きくなるので早急に対策が必要だ。
「取り敢えずはジータの報告の武器問題だな。これはさっき言った弓矢を新しく追加して、壊れている武器は直してから行くから大丈夫なハズだ。今回また人が増えたけど合流した獣人たちも武器を持っているから何とかなる…と思う。」
現在の集落の人口は約200人…そろそろ戸籍等の記録が必要かもしれない。
「で、メイの言ってた食べ物については夜にも皆の前で話をするけどノーム達との交流が決まった。これからは食べる物の幅が少しずつ広がって美味しい物が出来るようになるはずだ。あと今夜は俺が新しい料理を教えよう!夕飯の準備は俺を呼びに来て欲しいと伝えてくれ。…じゃあ、ジータは武器の修理に関してメイは料理に関して大人達に報告してきてくれ。じゃあ、行っていいよ。」
ジータとメイを送り出してから早速弓矢作りに取り掛かる…どれくらい集中して作業をしていたのか気付くとトレントの素材が足りなくなっていて、すぐ側には作る様子を真剣な眼差しで見つめるジータとメイの姿があった。
「いつから見てたんだ?いたなら声をかけてくれたら良かったのに…。」
「何度も呼んだよ。でも全然気付かなくて邪魔出来ないから弓の作り方知りたかったし見てたんだ。」
2人して「ねぇ〜?」と頷きあう。どうやら本当に何度も声をかけてくれたのに気付かなかった様だ。
「ねぇ!にいちゃん!この弓オレが使っていい?オレも弓覚えたいんだ。」
「ズルい!わたしもやるの!」
キラキラした目で完成した7つの弓を見ている。
「ごめんな、これは2人には少し早いと思うわ…この弓は弦にワームっていう魔物の胃袋を使ってるんだけど凄く力がいるんだよ。大人が今使っている弓よりも張りが強いから大人にならないときっと難しいなと思うよ。なんなら試しにその弓を引いてみる?」
もちろん2人は試しに引いてみるけど力が足りず弦を引くことが出来ない。
「練習用の弓矢を作ってあげるからそっちで練習からだな。」
そういうと2人は大はしゃぎで喜び周りを跳ね回る。やっぱり兎人族…良いジャンプしてるぜ!…いや、何でもありません。それよりこの喜び様はすぐに作ってあげないといけない流れなんだろうな…。
「じゃあ、ジータとメイはアデリナのところに行ってお手伝いがないか聞いておいで、俺は2人の弓矢を作っておくから。」
子供用の弓矢は大した手間じゃないので簡単だ。自分用や大人の狩猟用に作った様な強い物は必要ない。正しい姿勢と扱いが学べる物で良いハズだ…ついでにアデリナのも作って一緒に練習させよう。そういう名目で大人の目の届くところで使ってくれるなら安全で良いだろう。手早く練習用の弓矢を作り終えて1人になったマサルは今度は黙々と街の住居予定地の土台作りに励み、夕飯作りにアデリナが呼びにくる迄一心不乱に働くのであった。
その日の晩には小麦粉で作ったナンの様なものにハンバーグとスプラウトの様な生野菜(生野草?)を挟んだハンバーガー擬きと干した魚と具の肉団子からたっぷり出汁のでた白菜(っぽい野草)スープとなった。意外と美味しく出来て好評だったのだが一部男性陣からは歯ごたえが足りないとの物言いが入ったが味には満足してくれた様だ。
食事の時間が終わり皆を集めてこの旅の報告をする事を話す。
「はい、注目して下さい。今回俺とアデリナは様々な資材などを集める為に近場をうろうろしてきたのですが、色々と成果と問題点が浮上しました。思いついた順に適当に話すので、アデリナにはその穴埋めをお願いします。」
アデリナさんや、面倒そうな話をしないで下さい。
「まずは皆さんも目にしたと思います、蟻の群れに遭遇しました。倒した蟻は今日の日中にフリードとウェインがかなりの数の解体を丁寧に進めてくれました。これは適当に戦士や狩人たちの防具や皆さんの道具に使って下さい。あと明日もお2人は頑張って下さい。」
「ちょっと待て!もう殆ど終わったぞ!?」
「大丈夫ですよ、追加を出しておきますので心配しないで下さい。」
「ちょっと待て!まだあるのか!!?」
「まだ折り返しにも辿り着いてませんので心おきなく作業について下さい。ザーグ君もじっとしてるのが嫌なら明日からは少しずつ作業に加わっても構いませんよ?」
見た感じ悪化する様子もないだろうし大丈夫だろう。
「何で俺が!そんな作業をするくらいなら俺は王都に帰るぞ!」
「はいはい、移動の物資も困ってるんだろ?食料も水も用意してやるから少しくらい言う事聞いとけ。はい、次の話に移ります。蟻と同時にワームとも遭遇し、数体のワームの死骸が入手出来ました。これとトレント材を使って新しい弓を作りました。先日合流した戦士たちは4つ程同じ物を持っているので話し合いをして誰が新しい弓矢を使うか決めて下さい、この件は各族長の会議に一任する事とします。」
黙って頷く獣人たち。ウェイン君欲しそうにしても君の分はないよ?
「えっと次は…アデリナ何だっけ?」
「ノームの集落の話でしょ?これはわたしに言えって言ってもオリーブ?とかよく分からないわよ?」
「そうか、えっと…今回の旅で俺達は皆さんの同胞だけではなく、ノームたちと出会いました。最初こそ色々あったのですがノームの集落との交流と取り引きを進めていく事を独断ではありますが決めてきました。」
そうなんだよな…独断なんだよな。
「具体的にはオリーブと呼ばれる木の実や香辛料等の食生活の向上に繋がるものです。彼らは素材となる物資がありますが加工する技術や知識を持ちません。そこで技術や知識を提供しながらこちらが豊かになる有利な条件の契約をする事よりも共に豊かになる道を模索出来ないかと考えています。皆さんには協力して頂けると嬉しいと思います。」
獣人たちの中からは温かい拍手が広がっていく。不満そうな顔は…ザーグ君だけか問題ないな。
「では、最後に今回の俺達の成果というか大勝負になった獲物を皆さんにご披露して楽しんで頂けると嬉しいと思っています。まずはこちらをご覧下さい!」
と何も無い空間から巨大な蛇を取り出す。そうなのだ今回はついでにアイテムボックスが隠しきれないと思って暴露する事にしたのだ。
「ステルスジャイアントパイソンという名前の大蛇です。こいつは先日の雨の日に遭遇したのですが何と周囲の色に溶け込んで見えなくなってしまうという大変危険な魔物なのです!」
周りからは「おお!」と驚きの声が漏れ子供たちは棒でつついている。なかなか反応は良さそうだ。ん?騎士たちが神妙な顔をしている。
「どうした?何か問題があるか?」
「こいつは王都でも危険度の高いとされ高額で討伐報酬が出ているし、素材もかなりの値段で取り引きされている。過去1度だけ騎士団で討伐した記録があるが16人もの死人が出たという凶悪な魔物だ。」
それは王都で食料を買い付ける資金が出来そうな良い情報である。あれ?アイテムボックスに誰も気付かない?
「次はこれだ!青白い毛を持つ巨大な馬の魔獣…アサルトサバンナホースの角付きの頭蓋骨です。この長さ80cmにも及ぶ立派な角はなんと!鋼鉄よりも硬いそうですよ!」
悔しそうにザーグ君の顔が歪み、フリードとウェインも押し黙る。
「こちらにいる彼らの同僚たちがこの魔獣の手にかかり命を落としたそうです。皆さんでその人たちの魂に安らかな時が訪れる事を祈りましょう。」
それっぽく言うと獣人たちは跪き、当然の様に祈りを捧げ始めた。マサルもそれに習い祈りを捧げる。騎士3人が呆然とする中、祈りは終わり皆が顔を上げたのを確認して騎士たちはスルーで話を進める。
「最後に今回の最大の獲物を紹介しましょう!こちらです!…とその前にもっと皆下がって!マジで危ないから!もっと…もっとだよ!」
全然がかなり離れたのを確認してアイテムボックスからドスンドスンと2つ続けて地鳴りをさせながら巨大な魔熊の死体を放り出した。その瞬間沸き上がる悲鳴とパニックを起こした人たちの謎の言葉の数々が辺りに響きわたる。全員が冷静を取り戻すのに3分近くかかり思った以上のインパクトがあった事に喜んで良いのか何やらわからなくなってしまった。最後まで唖然としていた騎士たちにも大きな刺激になった事を確信したのだが、結局は獲物のインパクトが強すぎてアイテムボックスに気付く人がいなかった事だけをここに記しておく。