vs魔熊戦2
急いで倒した魔熊に手を触れアイテムボックスにしまってから森の中へと走り出す。目の前にいる魔熊は先ほど倒した個体より少し小柄だが毛皮の黒はより濃く、何となくだがより戦闘に特化している様にも見える。
「多分、さっきのが雌でこっちが雄か…番でいるとか予定に無いんですけど…。」
なんて弱音を吐いているうちに追跡を開始した魔熊はマサルに迫り来る。
「やっぱり攻撃しないと話にならんなっと!」
振り返り様に弓を構えて矢をつがえる…追ってくる魔熊の額を目掛けて目一杯に引いた矢を放つ!
「うりゃっ!当たれ!」
放たれた矢は額に当たる寸前で身体を深く鎮めた魔熊によって回避され背を軽く撫でるだけにとどまる。
「避けるのかよっ!」
怒り狂っているにも関わらず音よりも早い矢を正確に身体を沈めただけで回避し、速度も最小限にしか落とさず迫る魔熊に驚愕と恐怖を覚える。
しかし、矢を当てて毒が効かなければ相手の追撃から逃れるどころかこのまま喰われてしまうのは解りきっているマサルは更に2本の矢を持ち連続で目一杯の力で射ると一本はかわされるが、それで体制を崩した魔熊の甲に刺さり地に縫い付ける。
「グァアアァァアァァォアァァッッ!!!」
痛みと怒りに絶叫する様に吠えて地面に刺さった矢を力任せに足を持ち上げ引き抜き、器用に手を使って足に刺さった矢自体をも抜いてしまう。
「熊さんのクセに器用過ぎるやろ!」
何故か関西弁になりながら逃げる…矢を抜いている間に少し距離が稼げたので、矢の準備だけしてから近くにあった茂みに飛び込むとそれを背に更に身を低くしてから距離を空けるべく急いで離れた。茂みに逃げて隠れたふりをして追って来た魔熊を狙い射つ作戦だ。
しかし何故か魔熊が来ない…弓を狩猟式に構えて茂みとその周囲に集中する…この森は茂み自体もさほどないので回り込まれる事は無いが来るハズの敵が来ない事に不安とストレスが蓄積されていく…。
心の中では既に100を数え終えているのにまだ来ない…しかし向こうに魔熊が待ち構えている可能性がある以上はこちらも動けない。
「ヤバい…早くしないと獣人たちが追い付いてしまう…。」
焦りが渦巻き息が乱れていく…マサルはいくら身体が動いても所詮は素人で精神的に待ちの長時間の戦いが出来るだけの経験がない、明らかな殺意と恐怖に晒されながら戦い続ける事が出来ないのだ。
ガサリ…不意に茂みが大きく揺れ何かが飛び出してくる。慌てて矢を射るマサル!…しかし出てきたのは人の頭ほどの石…茂みに吸い込まれていく矢の横から魔熊が飛び出てくる!
「頭良すぎだろ!?…っと…っ!!?」
あっという間に距離を詰められたマサルは逃げようと弓矢をアイテムボックスにしまった所で追い付かれ魔熊の豪腕が振るわれた。
「ばっ…ぐあっ…っ!!」
必死で回避を試みたものの爪がマサルの胸部に引っ掛かりそのまま腕の動きと同じスピードで身体が吹き飛ばされていく。きりもみ状態で飛ばされ視界がぐるぐる回り受け身も取れないまま近くの木に後ろ向きに叩き付けられてしまう。
痛みに意識を持っていかれそうになりながらも無意識で必死にヒールを連発する。傷は目を見張るスピードで回復していくが恐怖心と目一杯に揺らされた視界がすぐに回復しない。
「…ヤバい…死ぬ…。」
叩き付けられた木にもたれ掛かったまま恐怖に身体が動かないな魔熊は向き直り突進を敢行する!
「ヤバい!ヤバい!ヤバい!ヤバい!ヤバいっ!」
魔熊はマサルの身体に到達する…種も仕掛けもない全力の体当たりだ。噛み付いたり爪で切り裂くなんてまどろっこしい事は考えない!怒りと憎悪の全てをその身に全力で憎き敵を叩き潰す為に…。
ッズッッッッッン……!
重く鈍い音を立てて魔熊の身体が止まる…マサルの背後にあった木が根本から折れてゆっくり倒れていく。そして森の中は時間が止まった様に静けさが満ちていった。
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「おい、あれ!例の熊だ…動かないぞ?どうなってる…?」
暫くしてその場にたどり着いたのは獣人の戦士たち…折れた木の根本でぐったり前にある何かにもたれる様に力が抜けた状態で座っている。
「死んでるのか…?」
そっと近く戦士たち…熊は動く様子がない…。
「おい、熊の下を見てみろ!血だ!それも物凄い量だぞ!」
熊の下は赤黒い大量の血液が溜まっていた。少しずつ近づいていくと毛皮の下から覗く人の手が見えた瞬間、獣人たちは焦り慌てて駆け寄って魔熊の身体を押し退けようとする。
「マサルっ!おい!生きてるか!返事をしろ!」
魔熊の身体は重すぎて戦士たちの力ではびくともしない…必死でマサルに声をかけ続ける。
「…う…ぅぅ…。」
魔熊の身体の下から声か聞こえてきたのはかなりの時間が経ってからだった。
「お…重い…どうなって…るんだ…。」
「マサル生きてるんだな!良かった!今、この熊をどかす為に集落に人を呼びに言ってる!もう少し待ってろ!」
「あぁ…乗ってるのは熊野郎か…いや、大丈夫だ。ほらよっ。」
魔熊の身体をアイテムボックスにしまう。突然消えた魔熊に驚きはしたものの血だらけのマサルの姿に血の気が引く。
「おい!本当に大丈夫なのか?身体中血だらけだぞ?」
「あぁ…殆どヤツの血だよ…倒れたヤツの牙が頭に当たって少し額を切っただけだ…。」
「何がどうなってるんだ…どうやってアイツを…。」
「突進してきた所に咄嗟に槍を出したらヤツが串刺しになったんだ…普通なら勢いそのままに潰されてただろうけど、槍が全部金属製だった事と後ろに木があった事でつっかえ棒の役目をしたんだな…。」
本当に運が良かったのだ、狙った訳でもなんでもなく咄嗟に槍をアイテムボックスから出して必死に刃を向けたら偶然に刺さったという事なのだ。
「取り敢えず俺はちょっと寝るから後は宜しく…流石にもう限界だ…。」
そこまで言ってからマサルは意識を手放したのだった。