ノームの森
「あそこに見えるのは…オリーブ園なのか?」
「オリーブ?何?美味しいの?」
「塩漬けにしたりすると美味しいよ。でもやっぱりオリーブといえばオイルだね。」
「美味しいの?なら少し取って帰ろうよ!」
「駄目だよ、さっき言ったろ?オリーブ園だって。ここのオリーブはちゃんと手入れされているから誰かが育てているんだ。」
そうなのだオリーブはとても育てやすいのだが大きいちゃんとした実をたくさんつけようと思ったら剪定したりちょっとした手間がかかるのである。ここにあるオリーブの木はちゃんと剪定した跡があり、誰かが育てている事が明らかなのである。
「ほぅ、お前さんはこの木を知る者か。」
突然声が近くでしたのでマサルとアデリナは背中合わせになり周囲を伺うのだが誰もいない…。
「アデリナ…誰かいたか?」
「わたしも誰も見付けれないわ。」
2人に緊張が走り息をのむ。オリーブに夢中になって上ばかり見上げていたがオリーブ自体はそんなに高くないので周囲への注意も人が来て分からない程に疎かにしていたつもりはなかったのだ。
「おい!定番のお約束をしてないでこっちを見ろ!下じゃ!」
声に従って下を見ると小さなおじさんが1人立っていた。身長はだいたい80cmくらいで何だか偉そうに腕を組んでいるが威厳は感じられない。
「ドワーフ?…いやノームか?」
「ほぅ、儂等の事も知っておるのか。確かに儂等はノームじゃ、なかなか他の種族とは顔を合わす機会もないのじゃがよく知っておったのぅ。」
「マサル…ノームって?」
「ノームは大地を司る小人さ。精霊とか言われる事もあるけど多分人と獣人が違うのと同じくらいしか違わないんじゃないかな?」
「ふむふむ…お前さんはなかなか面白い小僧のようじゃな、人と獣人ほどしか違わないか。確かにそんなもんじゃ、ちょっと身体の構造が違うだけじゃわい。」
「ちょっと…か。まぁ確かにそんなものなのよね。」
取り敢えずはそんなものにしといてくれ、人種差別とかどうでも良い事で争いや面倒になりたくない。
「そっちのお嬢さんも良い具合に変わっとるのぅ。」
そう言ってガハハと笑うノームのおっちゃん。
「ご挨拶が遅れました私は人種のマサルと申します。こっちの連れがアデリナ嬢と申します。」
アデリナも紹介に合わせペコリとお辞儀する。多分目上の人だよね?俺の事小僧って言ってたし…。
「そんなに固い挨拶はせんでええぞ。儂はノームでここの木の世話をするのが趣味のただの爺でボッツだ。さっきの話なんじゃがお前さんはこの木の実の食い方を知っておるのか?」
「えぇ、一応ってくらいには。っていうか食べないのにこんなにオリーブを植えて育てているんですか?むしろ何をして実を消費してるんですか?」
地図スキルで見てみると日本の四国みたいな形で3km四方くらいの土地にオリーブがひたすら植えている。無茶苦茶な規模だ。
「まったくの趣味じゃ、最近では変わっとる蜂がこの実を食べるのに端に住んで食料にしているが色々試してみてもこの実は食えたもんじゃないわ。趣味に興じてたくさん植えてたら気が付いたらこの規模よ。」
馬鹿じゃねぇのこのおっさん…使い方分からないのに何本の木を育ててるんだよ…。
「食べ方が分かるのなら教えてくれんかの。教えてくれるならここの実は欲しいだけ持っていってくれて構わねぇよ。」
「塩漬けくらいしか分からないですよ?えっと、まずは洗って水に入れたオリーブの実に苛性ソーダを入れて…あ、苛性ソーダ…。」
「どうした?何か足りねぇのか?」
「苛性ソーダっていう薬品がいるんですけど…ありませんよね?」
「聞いた事もねぇな。」
知ってるわけ無いですよねぇ…アデリナも勿論首を横に振っている。
「確か塩化ナトリウム水溶液から電気分解で出来たはずだな…後でスマホで詳しく調べてみるかな何かアプリの辞典か何かに載ってるだろ…。」
「ねぇねぇ、マサル…ぶつぶつ何か言うのは止めた方が良いよ?」
「ほっといてくれ…こういう時は独り言でも言葉にした方が頭に残るんだよ。…で、なんだったかな?」
「何とかソーダを入れるってところ?」
「あぁ、2%弱の苛性ソーダを入れて渋抜きをするんだ時間はだいたい12時間から16時間って言われてるな。褐色になっている水を綺麗な物に入れ替えて時間が立つとまた汚れてくるから水をたまに替えながら2日間!」
「えっ、2日も!?」
「それから4%の塩水に漬け込んで更に2日間!」
「また2日か!?」
アデリナもボッツ爺もいちいち2日くらいで大袈裟な…。
「その後に水洗いしてすぐ食べる物ならまた4%の塩水に、保存するなら6〜10%の塩水に漬けておく。食べる時にはそのまま食べても良いし塩抜きしても良いしお好みで…とどうした?」
「%とは何だ?それに塩水って簡単に言うがこの辺りじゃあ塩は貴重品だぞ!?」
あぁ、少し海から離れただけで塩ってやはり貴重品になるんだな…。
「じゃあさ、俺たちは今街を作ってるんだ。だから加工はこっちに任せて交易品にするってのはどうだ?ボッツ爺一人で住んでる訳じゃないんだろ?」
「そりゃあ、集落には50人くらいのノームが住んでおるが…。」
「使い道のなかったオリーブの実で塩やその他の物が手に入るようになれば集落のみんなも嬉しいと思わないか?」
「そりゃあ、助かるが…。」
「じゃあさ、取り敢えず集落の人とも話してみてよ。…あ、俺たちの街を作るって言ったけど住民は俺たち意外はみんな獣人たちだからな。」
「獣人と街を作っておるのか?人間がまた五月蝿いぞ?」
「大丈夫だよ。人間の街のお偉いさんにも話を通してあるからね。因みにアデリナ嬢はその街のトップの騎士司令の姪だよ。」
「根回しもしておるという事か、それなら集落の頭の固い奴らも説得しやすいわい。じゃあ、お前さんたち好きなだけ実を取って行きなさい。」
実だけではなく交易の兆しまで…これはかなりの成果と考えて良いだろうな。背を向け帰ろうとしているボッツ爺に渡す為にある物をアイテムボックスから2つ出す。
「ボッツ爺!ちょっと待ってくれ!この小樽を持って帰ってくれ!中身は塩と海の魚の干物だ!」
この2つは漁村で貰った塩と魚の干物でちょっとマサルには好みに合わずもて余していた物だった。どちらも作りが甘いのだ。
「ちょっと作りは雑だけどお近づきの印って事で貰ってくれ。」
「おお!魚なんぞ食うのは久しぶりだ!有りがたく貰っていこう。」
じゃあまた!とお互いに挨拶を交わしてマサルはオリーブを採りにアデリナの元へと戻った。
「ねぇ、街でオリーブを育てる事は出来ないの?」
「育てれるよ、それも結構無理なくね。」
「それじゃあ…。」
「駄目だよ、ノームの人たちの生活環境が良くならない。信用して話をしてくれて実まで分けてくれたボッツ爺にも誠実さに欠ける。利益の為に他の人の生活を脅かすと怨みをかうしな。」
「そうだよね…共存と共栄っていうんだっけ?」
なかなか優秀な生徒さんでわたしは嬉しいぞ。
「それにな獣が実を狙わないなら狩りの得意な獣人たちの生活スタイルが変わるし、育てるだけなら難しくない事は自分でわざわざしたくないじゃないか…誰か好きな人に任せてしまおうぜ。」
「…何で最後まで良い人になりきれないかなぁ…。」
ぼやくアデリナはそういって大きく溜め息をついたのだった。
森じゃないじゃんと思った方もいるかも知れませんが、ノームの森としたのはノームの視点で見ると背の低いオリーブの木々は十分に森といえるサイズじゃないかなと思いました。
人間の尺度でみると何処までいってもオリーブ園なんですけどね。