元いた世界
「そういえばさ…何の資材が必要なの?」
今さらな話である。朝食をオオトカゲの干し肉を使ったスープで摂りながら今後の予定を話し合う事にしたらまず出たのがそれだった。
「まず石材と木材。可能なら狩りをしながら使えそうな物を片っ端から…と思っていたけど、自生種の食べれたり薬に使えたりする種類の種や苗を優先させよう。」
「育てるのね?」
「そうなんだけど、将来的には増やして自然に返す事と自分たちが必要な量を確保出来る様にする事の2つが大切だな。余裕があれば周辺の魔物や動物の保護をしながら共生出来る環境になればなと思っている。」
「共生って魔物や動物との住み分けをせずに一緒に住むって事?」
「一緒に住むのは難しいけど周りの生き物も同じ世界を支える仲間として尊敬する事かな?だから周りの生き物にも優しい環境を出来るだけ守りながら生活を豊かにする方法を探し続けるんだ。」
「たまにマサルは難しい事言うわね。」
「俺の住んでいた世界では人の文明が発達し過ぎていてね、絶滅した生き物もたくさんいたんだ。今もたぶん絶滅していっている生き物がきっといる…。人間が力を持ちすぎるってのは世界にとってはきっと良くない事なんだよ。だって世界の全ての命あるものが神々の愛しき子供達なんだから。」
日本で教育を受けた人ならば人間の文明のもたらすエゴや危険性が漠然にだけど分かる。しかしそれすらも人の考えるエゴかも知れなくて、でも考える事は止められない。それがエゴならばそのエゴを貫き通せば良いと今なら思える…日本にいた頃は何をしても自分の力で世界に影響を与える事なんて出来なかった。でも今なら何かが出来るかも知れないと思える…なんたって世界には本当に神様がいてその神様たちが世界を良くしたいと思っているんだから。
「全ての命あるものが神々の愛しき子供か…神々に本当に会った事あるマサルが言うならそうなのかもね。」
そういえば気になる事が1つある…。
「アデリナ達は俺が神様に会ったって言ってもすぐに信じたよね?何で?」
「…えっ?嘘なの?」
「嘘じゃないけど妙に簡単に信じたなぁ〜って思ってね。俺なら多分信じないしね。」
「神様の事で相手に嘘を言う人なんていないわよ?」
もしかしたら宗教が発展してない所で神様がどうのって詐欺がまだ存在しない?…宗教なんかの扱いも考えた方が良いだろうな…宗教戦争とか酷いみたいだし。神々の名の元に殺しあいなんてするのは前の世界だけで十分だしな。
「マサルのいた世界はどんな世界だったの?」
「うんとね…世界人口が73億人くらいいて、住んでた国は1億2700万人くらいいたよ。世界には200くらいの国があってその中の唯一国の決まりで戦争をしないと決めてた国。」
「73億とか多過ぎて分かんないや1億人以上も住んでるって事は凄い大国だったの?」
「世界的にみたら凄く狭い島国だよ。陸地ではどの国とも繋がって無い本当に狭い国…。」
「狭いのに1億人もいたの?食べ物とか大変だった?」
「食べ物とかは豊かな国だったな…殆どが他の国からの輸入に頼ってたりするけど経済的に豊かな国で今思えば贅沢だったな…なのに食べる事に飽きてつまらなくて生きる為に働いて生きる為に食べてた。あの頃はあれがそんなに贅沢な事とも素晴らしい事とも気付けなかったんだ。」
考えれば考える程にいびつで不思議な元いた世界。日本は豊かだったし良い人もいっぱいいたのに何故か満たされなかった。
「なんか凄い国なのね。世界で唯一戦争しないって?そんな事出来るの?」
「昔に戦争に負けてね…その時に出来た決まりなんだ。なんでか色々と他の国とはトラブルは起きたりするけど戦争にはなってないし大丈夫なんじゃない?攻められたら防衛する権利くらいはあるしね…他の国に行ってやり返したりは出来ないけどね。」
「やり返したりしない?そんなの駄目だよ!」
「ほら、殴られたから殴り返した…そしたら蹴り返されて、次は武器が出て来てなんてのは馬鹿みたいじゃない?最後までいけば殺しあいだよ?殺しあいは1人を殺せば、その人を大事にしてた人が怒るよね?その人が相手を殺したら?その後は?その人にも大事な人がいて殺しにこない?それが戦争なんだよ…誰かが止めないと…。」
「でも、自分から止めるのって怖いよ?」
「俺…いや、僕は人に武器を向ける方が怖い…。最初盗賊を相手にしてた時には思わなかったんだけどね…キミの叔父さんのランスロットと武器を交えた時に彼を殺してしまうかも知れないのが凄く怖かった。」
「そんなの強い人のエゴだよ…。」
「エゴでもそれが当たり前になったら少しは皆が幸せな世界に近付かないかな?」
「じゃあ、マサルは元いた世界で幸せだった?」
日本の道徳もなかなか難しいところである…不幸にならない事は幸福になれる事と道義にはなり得ないのだ。思いやりだけで人生が幸せにはならないしね。
「いや、不幸ではなかったけど幸せではなかったかな。」
「何をしてた人?やっぱり戦士?」
「いや、ホームセンターっていうお店の店員さん。こっちでいうと商人の下っぱだね。商品を運んだり並べたり会計をしたり…いろんな事をさせられる人。戦士はいなかったかな…近いお仕事の人もいたけど一応軍隊も建前上はいない国だったしね。」
自衛隊はグレーだから建前上はって事で。一般人には区別がよく分からないわ。
「商人さんだったんだ。戦士も軍隊もいない国か…なんか凄いね。」
「魔法も魔物もいなかったしね。」
「え!?嘘!それは絶対嘘よ!」
「本当だよ。神に誓っても良いよ。」
むぅと何だか難しい顔をしてたけど何とか納得して貰った。
「好きな人はいた?」
「いたよ。」
「っ!それで!?」
「何年も口説いてたんだけど違う人と結婚した。」
「…ごめんなさい。」
「それ、ビクティニアスみたいだ…謝らなくて良いよ。今でも好きだし忘れられない女性だから…。」
「なんでビクティニアス様みたいなの?」
「同じように好きな女性が向こうにいるの知って謝ってたよ。」
「神様も謝るんだ…っていうかビクティニアス様とそんな話までする仲なの!?」
「…どういう仲だよ。ほらそろそろ行くよ!お仕事お仕事!ほらまた何かあるところまで背負ってやるから背中に乗った乗った!」
テキパキとすっかり冷えた朝食の片付けをしてから出発の準備を
始める。「また今度聞かせてよね」と言っているアデリナを背負って走り出すマサル。
「面白い物見付かると良いね!」
そんなアデリナの声に色々と頭を巡っていたどうしようもない事が薄れていくのであった。それから約3時間アデリナがマサルの背中に酔うまで疾走は続くのだった。