議会場にて2
「どうしたのかね?」
何だか凄く嬉しそうに聞く騎士司令ランスロット。
「条件について思ったより破格で驚いてます。もっと無茶な提示をしてくるのだと思ってましたよ。」
正直に言って解放されるとしても何年も拘束される可能すら視野にいれていた。こちらから見ればタダの無茶な侵略だが、向こうから見れば国の指示で行われた正規の戦争で獣人達は戦利品なのだ。国や組織というものは基本的に面子に拘るものなのである。
「それは見解の相違というものだね。わたしからすれば後々に違う形でトラブルを呼び込む獣人達を引き取ってくれて、尚且つ正しい意味で街に利益がある。それで何が問題になろう?我々だってあの戦とは名ばかりの戦いには憤慨していたのだよ。そこの気絶しているアドルフのように人間至上主義の馬鹿は別としてね。」
思ってより腐ってなかったのか。しかし、それはそれで問題が残る。アドルフのように人間至上主義の馬鹿は一定数いて俺が動いている間に何かしらの行動を起こすだろう。
「なるほど、しかしアドルフのような考えを持つ方達がそれを良しとしますかね?それに獣人達を奴隷として使役している方達は本当に彼らを手放すでしょうか?」
「獣人達に関しては既に各集落等を含め、こちらに集める様に触れを出している。同時に獣人達を隠したり危害を加えたら厳罰に処すと言ってある。稀に見る面白…いや、大きな取り引きだ。その方の信頼を損ねるのは愚策だ。あとはこの馬鹿共か…何か面白い事を思い付かないかね?」
「面白い事ですか、そうですね…公の場でタコ殴りにするのが早いのですが…そうだ!決闘にしましょう。わたし1人と彼を筆頭に獣人解放が気に入らない有志達で。わたしが1人で彼ら全員と同時に戦わせて頂きます。それに負けたら彼らは文句を言わない。また、その後の文句や意見は聞き入れないとすれば如何ですか?」
「きっと面白い様に馬鹿共が釣れるな。面白い見世物だ。この際、動きで派閥や住み分けをみて今後の人事へと活かそうではないか。」
最後のは大隊長のハモンドさんだ。やはり見世物になるんだろうね。賭けの主催者誰だろう…少し組ませて欲しいものだ。
「では、ヤツが起きたら決定事項を伝えそういう流れにしよう。どうせすぐに乗るな。交渉するにしても張り合いが無さすぎてつまらぬわ。」
分かりやすくて助かります。白か黒か、是か否かとはっきりしている所も騎士らしくて気持ちが良い。あんまりそのまま信用していると後が恐いけど。
「取り敢えず、彼が起きる迄に改善や改良についての詳細を詰めましょうか。まずは衛生についての皆さんへの講義からですね。なぜ清潔にしなければならないのか、具体的に何処がマズいのか?どうすれば改善されるのか?維持する為にはどうすれば良いのか?等です。最初に1番分かりやすい所で言うと適切な衛生状況を維持すると赤ちゃんが3歳までに死亡する確率を3割以上減らせます。ちゃんと最低限に食べる事が出来るという条件は付きますけど。」
実の所この3割というのは出任せや勘ではない、下手をすると3割では効かないくらいに効果が出るかも知れないのだ。これは地球ですら実際に衛生管理の有無で3割くらいの死亡率が変わるからだ。それくらいに赤ちゃんは弱く慎重に正しい知識を持って育てる必要がある。子は宝なのだから。
「3割…そんなに変わるのか?間違いないのだな?」
「正しくは最低3割です。その他にも大人の病気等での死亡率も格段に下がりますし、疫病の発生も阻止出来る可能性がありますし、医療には大した知識はありませんが疫病の発生時の対処の仕方等についてもお話出来ます。」
「マサル…本当に君は何者だ?疫病なんかについての研究は王都でもされていなくて、弱い病気なら隔離、感染率が高い病気なら全てが焼き討ちとなるのだぞ?それほどの危険があるからこそ研究者はいないし成果は上がらないのだ。それを君は当然の様に他人を救う為にタダで差し出すだと?何か思惑があるのなら早めに言ってくれ…出来る事ならわたし沿岸騎士団指令として力になろう。いやなに、いささか獣人達と交換では対価が足りぬと思っただけだ。借りを作るのは職務の性質上嫌いなのでな。」
何て言うか清々しい人だな。こういう時は遠慮何かしても仕方ないな。
「じゃあ、今日は出来るお話を極力して明日から鍛冶場をお借り出来ませんか?材料も用意して頂けるますかね?…馬車の改良もしないといけませんし、色々と試したい事もあるので。」
「良かろう、鍛冶場は明日からでもすぐに使えるように手配しよう。実はな鍛冶場はしっかりとした物があるけど大した職人はいないのだ。なにせ辺境だからな、腕の良い職人は基本的に大都市に取られる。お陰で材料も在庫が山ほどあってな。はっはっはっは…。」
笑い事じゃねぇよ。騎士団の拠点には武器の整備するところが必要なのは分かるし設備が必要なのだが、明らかに使えてないのに住民がこの貧しい生活してる中で不良在庫の鉱石やインゴット買ってる場合か!
「…もう色々思うところはありますけど。筆記用具を用意して下さい。皆さんにはこれから衛生に関しての講義を行います。皆さんはそれを聞きながら必要だと思う所をメモしていって下さい。メモした内容は皆さんで見せあい再度検討してみて下さい。1人1人書く内容や捉え方が違うでしょうが最初は自分なりに記録を出来るだけ残す様にして下さいね。また検討の後に更に皆さんには理解しているかどうかを試験します。わたしがこの街から離れたら出来ない何て言わない様に必死で覚えて下さいね。」
その言葉に一同顔をひきつらせる。俺の後ろに立っていたエルダムはそっと扉を開き逃げようとするが「代わりにクックを連れてきて下さい。それなら逃げて構いませんよ」と言うと驚きの速さで消えていった。
「俺たちも頭の良い部下を連れてくるから…。」
と逃げようとした面々には「ご自身で1人ずつ確実に連行して来て下さい。逃げられたら再度その人は個別に講義しますので。」と伝える。すると全員が一斉に部屋を飛び出していった。残されたのは司令付きの文官ただ1人だけだった。
「では、貴方はさっきの全員と連れてくる部下の方達のメモする為の道具を用意して下さい。トップに立つ彼らが知らないでは許されないですからね、部下共々一緒にお勉強して貰いましょう。」
エルダムはともかく、他のメンバーには誰にも講義から逃げれるとは言ってないのである。覚えておく人は多い程良いに決まっているではないか。「騙したなぁ!」と叫ぶ声が鳴り響くのはこの数分後なのであった。
…アドルフ君もそろそろ起きてね。