【これまでのあらすじ】沿岸騎士団小隊長クックの場合
わたしの名前はクック・コルスタイン。三代前からの騎士の家系に産まれ産まれた時から騎士となるべく育てられてきた。昨年、順調に昇進もして21歳にして小隊長の地位についた。隊長と言っても名ばかりで多少の手当金で面倒な仕事はしているものの普通に時間だけが過ぎていたのだった。
でも今は頭が痛い…胃がキリキリする…原因は目の前にいる彼、全てマサルのせいだ。
数日前、突如ゴブリンの集団が現れて討伐の命令が下された。数は10匹程だという、本来はもっと人を集めて安全に制圧するのだが今回は騎士団の大隊がオークがいるとの情報で出払ってしまっているので我々の小隊に出番が回ってきたのだ。
私たちの小隊は自分でいうのも少しおかしな話だが意外と精鋭揃いなのである。
若手だが槍の技術は目を見張るものがあるハボック、盾を使わせたら巧みな技で攻撃を捌きながらそのまま盾で殴りつけるジャミ、少し騎士団の中では年齢は高いがその技術は実戦向きで頼りになる熟練のエルダム、少し口は軽いが俊足を活かし斥候や偵察任意が得意なガイ、とても口は悪いが実のところ照れているだけで優しき斧使いのバギー、そして万能型といえば聞こえは良いが特に得手不得手のない隊長のわたしクック。
小隊規模で動くならこの沿岸都市ポータリィムの中でもピカ一で実力派で知られた小隊なのだ。…個性が強すぎるとか協調性に欠けるとか言われるけどそこは置いておきたい。
しかし事態がおかしくなったのはゴブリンの群れから村人が逃げて避難している集落について話を聞いてからだ、なんとゴブリンは15匹以上もいるというではないか、これは油断すると痛い目をみるなと身体に緊張が走っているとエルダムが上手く策を立て少しずつ全滅させれば良いと無駄にこもる力を抜いて様子を見に行ったのだった。
そこで見たのは二つの小さな人影を追う異様に早いもう一つの人影だった。まさか子供が襲われているのかと馬を走らせると追われているのはゴブリンで追っているのが平民だった。一匹のゴブリンに彼はすぐに追い付きそうだったのでわたしとエルダム、ガイは弓を取りだし残ったもう一匹のゴブリンへと矢を放ったのだった。
しかし、それは誤算だったらしくもう一匹のゴブリンを追いながら斬り殺した彼は矢の飛ぶゴブリンの方へスピードを落とさず駆けて行くのだ。慌てるが声を出す暇もなく矢はゴブリンへと届き足を止める一人の男性。なんと声をかけようかと少しだけ悩んだ隙に名乗りを上げるバギー「こちらはグレイタス王国沿岸騎士団だ!おい、そこのお前!貴様は何者だ!」こちらがやらかしたばかりなのに堂々と上から挙げる名乗りに彼は…ほら怒ったよ。
なんとか自己紹介をするとただの平民かと思いきや話す口調は時に鋭く時に礼儀を重んじていて教育をちゃんと受けているのが分かる。ちゃんとした教育は王族や貴族、一部の金持ち、そんな上流階級を相手にする大きな商人くらいしかいない。これは嫌な相手に当たったかなと思いながら漁村へと入るとゴブリンの死体が彼の通った道筋の様に列をなして横たわっていた。驚きながら彼を見ると返り血すら殆ど浴びてないではないか…しかしまだ驚きは終わりではなかった。城壁破りとも言われる大猪に乗ったゴブリンの死体までもがそこにはあるではないか。我々の驚きは無視するかのように彼は次々と適切に指示を出しその場を片付けていく。わたしはその指示を聞きながらただひたすらゴブリンを運んだのだった。あと夕飯に食べたオオトカゲの丸焼きは旨かった。
漁村を出て集落へ着くと彼の態度は急に厳しくなり、最初は報酬を渋る村人達に憤慨したのかと思ったのだが、なんと獣人の奴隷解放が目的だったみたいだ。我々人間が卑劣な侵略者で何の罪もない獣人達に対して酷い仕打ちをしてきた事を突き付けられ、わたしは何かを変えなければならないのだと悟ったのだ。
奴隷の解放に協力しようという事になり街へと馬と馬車で帰る途中、彼は馬車の揺れに酔い青い顔をして外へと胃の中の物を吐き出した。その姿に普通っぽさに微笑ましい気分を感じていると、彼は何を思ったか馬車を飛び降り並走して走り出した。最初は笑ってみていたのだが幾ら経ってもバテる様子のない彼の様子に顔はひきつるばかりだ。
問題は起きる時には起きるもので盗賊までが現れわたし達の前をふさぐ様に立ち塞がる。盗賊は一瞬で嬉しそうに彼に倒され尋問を受けている…どっちが追い剥ぎか分からない光景だ。わたしの苦難はまだまだ続きそうで頭痛に胃痛が身体へと染みるのだった。
…わたしは彼とは争いたくない、それは彼が言っている事が正しいと認めてしまったというのも間違いなく一つの理由だ。
しかし、何よりわたしは怖いのだ。彼の圧倒的な身体能力と思考。
もとより戦闘しか教育を受けた事がないわたしとは比べ物にならないのであろうが彼はきっとわたし達の及びのつかない様な先の事まで考えているのだろう。
何が違うと思い続けてきたこの世界を彼は変えてくれる気がする…わたしはただそれが見たいのだけかも知れない。