春が来て夏になり、秋が訪れて冬になった。
駅の近くの公園から聞こえる夏芽の歌は、いつになっても変わらない。桜が咲いた日も、蝉が鳴き止まない日も、木葉が色を変えた日も。そして今日みたいに雪の舞う日も。いつもと同じ、彼女は歌い始めた頃からずっと同じ曲を歌っている。
いつか二人で見た星空は
いつの間にか灰色に変わっていて
隣にあった優しさは
今はもういない
孤独に震える日も
涙が溢れる日も
隣には誰もいない
彼女の周りにはいつも人が集まる。彼女が歌う哀しい歌を、いつも誰かが聞きに来る。歌う曲は、オリジナルの一曲だけ。どうしてこんなに人が集まるのだろう。誰かは不思議に思う。思いながら、それでもなぜか駅を出ると彼女の歌を聞きに行ってしまう。それはどうして? 心地いいから? それとも同じ心を歌ってくれるからから? ネガティブな同志と一緒になれるからなのだろうか。……いや、理由なんて無いのかもしれない。物事に動機を強制するのはもう嫌なんだ。周りの人もそうなんじゃないかな。誰かは勝手に決めつける。
夏芽の歌は、キーボードによる弾き語りだ。冬などは寒さで指が凍えるだろうに、彼女は平然と、いつもの歌を歌い続ける。
夢で誰かに会えるなら
私はきっと潰れてしまう
夢で貴方に会えないのなら
私はきっと枯れてしまう
どうか私を強く包んで
そして優しく突き放して
この曲は売れるのだろう。誰かは思った。哀しくて、弱くて、澄みきった歌。冬の寒さと、キーボードの音色と、彼女の声とで、詩の世界はより一層鮮明に脳裏に映される。誰かは、その世界がいつの間にか過去とリンクしているのに気が付いた。いつか経験した狂気にも似た愛情。愛がほしい。貪欲になる自分を抑えることが出来ずに、空回り。傷つけ、傷つけられて、涙を流した。あの頃の感情を鮮明に思い出せて、誰かはとても驚いた。他のみんなもそうなのだろう。誰かは周囲を見わたす。
目を閉じている人、座り込んで聞いている人、煙草を呑みながら聞き入っている人。いろんな人がいる。
いろんな人が夏芽の歌を聞いている。
今日の昨日は明日の今日で
回る歯車はもう止まらない
確な未来がほしい
願った星は冷たくて
私は苦しくて……
でもなにかを手にしたいと
流れる星に願う
大切なものとはなんだろう。誰かは悩んだ。自分にとって大切なのはなんなのだろう。家族か、自分か、金か、愛か、信頼か、夢か、地位か。ちっぽけな自分の手では掴みきれない、大切なもの。なにかをとれば、必ずどれかが溢れ落ちていく。全てを手にするのは無理なことだ。年をとり、社会に出て、働いて。現実がいかに厳しいものなのか、いかに困難なものなのか、身をもって理解した。欲張るな。現実を見ろ。お前にはするべきことがあるだろう。諦めが肝心なことは一杯あるんだ。自分に言い聞かせて、納得して、理解したつもりでいた。
でも、無理なことは諦めることが出来ることじゃない。今なら胸を張ってそう言える気がした。
あの人が言った無理って言葉は
今の私にどう響くだろう
あの時言った無理って言葉は
未来の君にどう響くのだろう
思って悩んで
私は前を向いたまま立ち止まる
あいつは元気でやっているのだろうか。誰かは昔を思い出していた。セピア色に輝く記憶の中で、いつもあいつは微笑みかける。泣き虫だったはずのあいつ。でも泣き顔は一つも浮かばない。あいつも俺も、成長したのだろう。いや、したのだ。誰かは思う。一緒に遊んで、笑って、時には喧嘩して、俺とあいつは大きくなった。互いに与えあったものは沢山ある。そしてもう二十年。記憶の中のあいつの顔は幼いままだ。
誰かにいてほしいなら
一歩すすんでみて
明日が不安なら
今日を大切にしよう
溢れ落ちていくなら
何度も拾い上げて
振り替えるくらいなら
前へ進みたい
今出来る全てのこと
全て拾って歩きたい
馬鹿だって笑われたって
非情だと罵られても
この道は譲りたくないから
そうやって私は生きていたいから
歌い終わった夏芽に向かって、暖かな拍手が浴びせられる。私はこうやって生きていきたい。変わらぬ想いを胸に抱えて、夏芽はふかぶかとお辞儀をしたのだった。 |